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サマナとセス

  海。それも船の上でベイラーが組み合っている。赤と白の2人のベイラーが互いに負けじとサイクルを回しながら、両手をがっちりと掴み合って動かない。コウの力はベイラー3人と同じかそれ以上。1人のベイラーと拮抗しているこの状況は、赤いベイラーはかなりの力がある事の証明になりえた。


「《リクと同じかそれ以上か!? 》」

「《君、一体どんな手品で船に上がってきた》」


  コウが赤いベイラーの力に驚愕している間も、赤いベイラーは冷静そのものだった。


「《たしかに一隻、別の船があった。そこから来たにしても早すぎる。どうやった》」

「《海賊にそんな事教えるか! 》」

「《なるほど》」


  赤いベイラーが一旦退く。カリンが前につんのめないよう、コウの身体を後ろに逸らして耐える。赤いベイラーはそんなコウを見て笑う。表情などないベイラーでも、手を叩いて笑う仕草をとる。


「《兄弟と、それも腕に覚えのある者と戦うのは久しぶりだ。なら全力で応えよう》」

「「《サイクル・ブレード!! 》」」


  赤いベイラーとその乗り手の声が重なる。そうして腕をクロスさせると、片刃の剣が生み出されていく。ベイラーが作り出せる武器のひとつであるが、刃渡りは短く、先端にいくまで湾曲し、刃から峰までの幅が広い。片手で振り回してながら威嚇と防御を行えるほどの軽さも備えていた。切っ先を相手に向け、腰ほんの少し低くした構えをとる。いつでも飛び出し、飛びのく事が出来る構えだった。


「コウ! 」

「《わかってる! 》」

「「《サイクル・ブレード! 》」」


  海賊に呼応するように、コウ達も武器を作り出す。海賊のものより長く細い。コウ達が一番作って、使っているブレード。構えも、肩に担いで、一撃の速さと重さを重視したもの。獲物の名前も、片刃であることも同じだが、それ以外がなにもかも違う両者が船の上で相対した。カリンが自身の稽古を思い出しながら戦術を組み立てる。以前、パームとの戦いでは防戦一方であり、その反省を生かして、相手の調子に飲まれない様にする為の策であった。

 

  故に、先手を取る。一撃で終わればこの争いも終結する。救出すべき船員はまだ船にいる。時間をかける訳にはいかなかった。


  「シャッ!」


  短い気合いを入れ、肩に担いだ刀を横に振るう。一歩を踏み込み放たれた刃は、自身を加速させながら海賊の体へと向かう。同じく海賊も動いた。軽い足取りでゆうゆうと間合いの外へと出る。だがコウが返す刀で追い縋り、剣戟の間合いから逃さない。赤いベイラーがコウの刀を、自身のの刀で受け止め、威力に弾かれる。カリンがベイラーを剣の圧で押し切った。胆力ではコウに軍配が上るが、優位に立っているコウには違和感が身体を支配し始めていた。いつもより踏み込みが弱い。カリンがなぜそうさせるのか分からずも、相手を弾き飛ばした事で、些細な違和感を胸に押し込める。


「《このままいける! 》」

「《まだまだ!》 」


  赤いベイラーが攻勢に出る。軽い踏み込みかつ、素早い剣戟。一撃は軽くとも、確実に刃を相手に当てる事を念頭に置かれたもので、一撃は刀で防ぐ事が出来たが、問題はその後だった。赤いベイラーは、手首のスナップを効かせた連撃をしかけてくる。ここで、獲物の差がでてきた。コウのサイクルブレードより短く軽いブレードは、重い刀で防ぐには手数が多すぎた。致命傷にはならずとも、コウがたちまち細かい傷が増えていく。


「《みえたな》」

「もちろん」


  力の均衡が僅かに崩れていく。赤いベイラーがワザと後ろへ足を踏み込んだ。追いかけるように一歩前に出るだけだが、コウのカラダがそうは動かない。その場に踏み止まる為に力いっぱい踏ん張りを効かせる。カリンが再び意図しない操縦をさせた。


「《カリン!? さっきからどうしてだ》」

「ここが何処か忘れたの!? 」


  突如叫ぶカリンに反応し、ここが何処か思いだす。ここは海の国サーラであるが、カリンの求める答えではないのは、纏う雰囲気と、カリン自身も困惑しているのを感じとる事で気がつく。


「《でも、どうゆう》」

「《こうゆうことなのさ》」


  赤いベイラーが勝ち誇る声で、足を大きく、コウとは逆の位置にある足を踏み込んだ。サーラで作り上げられた船の甲板は丈夫で、踏み抜く事にはならない。だが別の問題が起きた。 赤いベイラーを起点に船が大きく傾く。船員が空中に投げ出されそうになるのを、お互いの服を掴みあって耐える。 そして、コウの片足が傾きによって持ち上がり、重心が強引に崩された。カリンが困惑していたのは、力比べでコウが負けていると感じて居たからではない。

 

  揺れる船の上で十全に踏ん張る事が出来ず、まるで力が出せない事に困惑していたのだ。ゲレーンの大地では、切り立つ崖や、ぬかるんだ地面など、足場が悪い場所はあった。だが、足場そのものか揺れることなどなかった。なにより、赤いベイラーは、この2人が海に不慣れであると、最初の剣戟ですでに気がついていた。


「『た、倒れる訳には』」

「『常に次の手は打つものだ』」


  赤いベイラーが宣言通りに手を打つ。鉤爪の付いたロープをコウに絡めつかせる。身体をがんじがらめにされ、重心も安定せず、手足も使えないコウがあえなく引きずり倒される。コクピットを盛大に揺らしたコウが乗り手を案じて声を上げる。


「《カリン!? 》」

「大丈夫! でも動けない! コウ、こんな縄を引きちぎれなくって!? 」


  乗り手の為に用意した、ゲレーン特製ベルト付の椅子はカリンの身体を守る。コウの知識から生まれた乗り手用の椅子は、気休め以上の効果を発揮していた。だが、現状を打開するには及ばない。無様にジタバタ暴れるコウ。だが赤いベイラーが用意したであろうサイクルロープは千切れることはない。それどころか、暴れれば暴れるほど、コウの身体に食い込んでいく。


「《なんだ、このロープ!? 》」

「手品をみせてよ。真っ白なベイラー」


  赤いベイラーの乗り手の声が聞こえる。少年のようなハスキーな声。


「海賊の邪魔をしたなら、どうなるか教えてやる」


  船の上で右往左往する先程までの気弱な彼女はそこに居なかった。居るのは、自らの生き方をただ真っ当すべく、障害となるものを叩いて砕き行動する女。ロープを引き、コウを船の端へと運びだす。


「《大丈夫だ兄弟。海の上も存外悪くない》」

「《どういうことだ》」

「こうゆうことさ! 」


  赤いベイラーが、ロープを引っ張ったまま海に飛び込んた。手足を縛られているコウは反抗もできず、引きづられながら船の上から滑り落ちる。落下する直前、赤いベイラーは武器を投げ捨て、空いた手で新たな道具をつくる。それは大きく平たくも、わずかに湾曲した、海の上を滑る為の道具。彼らはこれをサイクルボードと呼んでいる。海賊のベイラー達はコレを使って輸送船に接近してきた。


  ボードの上に器用に着地する赤いベイラー。そして雁字搦めのコウを見放すようにロープを捨てた。白い身体は水しぶきを上げて盛大に着水する。


「鉤爪の分、ベイラーでも沈んでいくよ。海賊に逆らったらどうなるか、海の底で骨身に染みるまで、陸には引っ張ってやらないからね」


  赤いベイラーから身体を出す女海賊。ふと周りをみると、1人ボードにしがみついてる仲間の海賊を見つける。


「……新しい遊び? 」

「あそんでねぇ! 急にきた白いのに踏み台にされたんだぁ! 」

「このお間抜けぇ」

「お頭も何にも手柄がねぇのに」

「そ、それは取り決め通りにいってないからで」

「カァー! やっぱいい子ちゃんなのはそうそう変わんないかぁ」

「うるさぁい! 」

「《サマナ》」

「セス! お前まで馬鹿にするの!? 」


  赤いベイラー……セスと呼ばれたベイラーに、乗り手の海賊、サマナがうんざりしながらヒステリック一歩手前の抗議をあげる。


「サマナがキャプテンをやるなんてやっぱり無理なんでしょ。今からでもいいから別の誰かを乗り手を選んでよ…上手くいきっこない」

「《そんな話をしたいのではない。海を見ろ》」

「また話を聞いてくれない……って海? 」


  白いベイラーが沈んだ場所に自然と目線が動く。鉄で出来た鉤爪の分、ベイラーは重くなって沈んでいく。それを目的として引きずり下ろした。そのはずなのに、落下したであろう場所から泡がひっきりなしに立っていた。不審がる海賊2人が覗きこむ。


「魚が群がってるだけじゃないかなぁ」

「《それなら魚を狙って鳥が上に来る。だが今は来ていない》」

「うーん。1人は釣り糸垂らして! 1人は船から落っこちたのをひろって」

「もうやっとりますぜ」


  踏み台にならなかった他の2人がテキパキと仕事をこなす。ベイラーから出て、コクピットに常設してある釣竿を取り出し、慣れた手つきで浮きをつけ、釣り糸を垂らす。1人はボードにのって先程海に落ちた船員を回収しはじめる。


「『キャプテン』は言ってた。借りは沢山つくっておけば後から必ず役に立つ」


  サマナは自分以外の、海賊の長を思い浮かべてながら、セスの中で悠々と足を組み、立てかけられていた果実を齧る。セスのコクピットの中は、一種の生活空間が出来上がっていた。服は無造作に置かれ、小樽には真水が入っている。干された果物や肉等の食料もあるが、食い散らかした様子がなく、物が多く乱雑ではあるものの、頻繁に掃除をしているのがよく分かる。降りた4人のうち、2人はベイラーを使い、簡易的な船を作っている。落下した船員を片っ端から引き上げている。掬い上げられた船員たちは何が起こっているのかまるで把握できない表情でお互いを見合っている。その様子を見て、サマナは得意げに果実を頬張る。自分の行動が海賊らしいと勝ち誇る。


「頭ぁ! 魚なんかいませんぜ」


  いい気分を邪魔するように、釣り糸を垂らした海賊が海を睨みながら叫んだ。サマナが頭を出して面倒そうに答える。


「まだ始めたばっかりなのに」

「なんか白いのがあがってくるような……それとは別にでっけぇ影が! 」

「……セス! 」

「《白いベイラー。まだまだ抗うか》」


  セスが器用に片足立ちになると、爪先にあたる部分にサマナが掴む。普段、コウがカリンをコクピットまで導く時は手で誘導するが、セスは足でサマナを誘導する。その軌道はサッカーボールのようだが、決して蹴飛ばしているわけではない。サマナが地面を蹴る瞬間や、着地する瞬間、絶妙な力加減で足を上下させることで、サマナは自分の何倍も大きいベイラーの体を駆け上がることができる。コクピットに飛び込むと、視界と意識の共有が始まる。


「泳ぎが上手いからって、あそこまで波立つ? 」


  釣り糸を垂らした海賊が言う通り、たしかに海上に何かが上がってくる。魚ではない。泡を吹き出しながら泳ぐ魚を、サマナは知らない。それはセスも同じだった。そのセスが、人間よりも長く生きている事で得た経験が、あの泡がただの泡でない事を直感させていた。


「《サマナ! あいつらを下がらせろ! あの泡は普通じゃない! 》」

「わ、わかってるよぉ! お前たち! 魚の餌になりたくなかったらさっさと引き下がるんだよ! 」

「お頭? 何をいってるんでぇ? 」


  海から上がってくる物の脅威度に対し、感じ方がちがう海賊が首を傾げながら呑気に釣りを続ける。そんな間抜けさが、状況を変えるのに一手買うことになる。白波が浮き上がり、ベイラーが座り込むボードを揺らし始める。ついに、波は荒立ち、海から来たものが浮かび上がる。その体は白く艶があり、2対4つの炎が体を浮かし、手には『焼け落とした』ロープが握られている。そして、浮かび上がるだけでなく、飛びあがって、上空へと躍り出た。コウがサイクルジェットで海から飛び出したのだ。


「あれが手品!? 」

「《自力で飛んだ!? ハッハッハ! そんなベイラーがいるのか!! 》」


  セス達が見上げる中、海水を振り払い、状況を確認する。


「《海賊が落ちたひとたちを拾ってる? どうゆうことだ? 》」

「わからないことが多すぎるわね。とにかく一度船に! 油だっていつ切れるか分からないんだから」

「《待って、なんか赤いやつがおかしい》」


 コウが上空で見た光景はカリンにも映し出される。赤いベイラーは乗っていたボードにうつ伏せになり、手で漕いで離れていく。この場から突如逃走を図ろうとしているように見えた。他の海賊は、カリンたちが踏み台にしたベイラーと、飛び上がった時にひっくり返った海賊。そしてもう1人、船員を拾いあげている海賊は逃げ出そうとしない。むしろ一定の距離を保って観察するようなそぶりさえ見せた。


「何をするというの? 」

「《カリン! 海の向こう! 何かある!! 》」


  コウが叫ぶ。わずかに離れた場所で、水柱が突如として立ち上がる。生物としては大きすぎる体を持ったものが海から飛び上がった。表は深い、黒に近い青。両脇の紅い線を境にして白い腹のある生き物。コウたちがサーラに来た時に見た、鯨に似たあの生き物が、遠くで飛び上がっていた。


「なんだ。海賊じゃないのね……」

「《あれが来るから逃げたわけじゃないのか》」

「まって。もしかして」


  カリンが目を凝らす。そして目にしたのは、飛び上がった生き物が波を生み、それに乗る者。さきほどボードで遠くまで行った、あの赤いベイラーが凄まじい勢いを得て戻って来ている。そして、さらなる行動にでた。


「《競い合い以外で使うのは久しぶりだな! 》」

「いい波なんだ。うまくやるんだよ」

「《もちろんだ》」


  大波にボードで乗りあげて、赤いベイラー、セスが高度を稼いでいる。そのままではコウたちのいる高度には達しない。高いといっても、この波で船が飲み込まれることはない。重要なのは、サイクルボードで波が乗っているということ。


「ッハ!! 」


  サマナが気合をいれる。同時に、セスの目が赤く輝いた。ベイラーと乗り手の意志が真に重なった時に起こる、赤目と呼ばれる状態。こうなったベイラーは、ベイラー単体では決して辿り着くことのできない領域の力を発揮する。発露の仕方はベイラーによって様々だが、セスの場合、それは波乗りという形で発揮される。 高波に乗るだけでなく、そのまま一気に飛び上がる。垂直にあがることで、飛距離よりも高度を稼いだ。


「《赤いベイラーが飛んだ!? 》」

「でもあれじゃなんの意味もないわ。ただ落ちるだけだもの」


  カリンの言う通り、セスはすぐさま自由落下が始まった。ボードごと海へと真っ逆さまに落ちていく。このままでは海に叩きつけられるだけだった。しかしそうはならない。


「《サイクルウェーブ!! 》」


  セスが腕を無造作に振るう。その軌道に合わせるように、木の板が空中に現れる。U字に湾曲しつつも。ベイラーの何倍もの大きさをもつ木の板が一瞬現れる。そして、自身で生み出したその足場に、ボードで着地した。湾曲したその板は着地と同時にボードを滑らせ、再びセスを加速させる。


「白いベイラー、空に行けるのがお前だけだとおもうなよ!! 」


  何度もサイクルウェーブを作り出し、滑走と落下を繰り返す。その繰り返しによって、セスはたしかに飛行を成し遂げていた。海賊のセスとサマナは、波乗りの要領で空を飛ぶ。初めて、コウたちの目線と同じ高さ立つにベイラーが現れた。

初のベイラー同士の空中戦がはじまります。

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