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波乗りベイラー

「マリゴさん! 海賊船だ! 赤い海賊船が出てきた! すっげぇ本当に骸骨の旗あげてる」


 現れた海賊は、こちらを見向きもせず、海上にある、カリン達が視察に向かっていた輸送船へと真っ直ぐにすすんでいる。コウはといえば、初めて見る海賊船にテンションが振り上がっていた。過去、まだ人間の体を持っていた現代の頃に、ただ絵空事でしかなかった物が目の前に現れて、それも自身の感性で『かっこいい』とおもえる外見であれば仕方ないと言えた。だが、あの海賊が船を沈めたという事実を思い出す。その相手を、あろうことか『かっこいい』と言ってしまえば、マリゴを含んだサーラの人々から非難を受けても仕方ない。自分が非難されるだけならばいいが、カリンにまで非難がいくかもしれない。それはあってはならないと急いで自分を律し、事実確認だけを行う。海賊船を観察すると、一つの違いが見える。帆と、外輪だ。特に外輪は高速で周り、船を推し進めている。


「こんな昼間に、しかも何も積んでねぇ船を狙う?……やつらついに見境なくなったか」

《どうするんです?》

「姿を現してくれたんだ。これまでの分ふん縛ってやる」


  コウ達の乗る船も、急いで向かう。三角形にひろがった帆が、風を受けて船を前に進ませ、ない。先程まで出ていた風がやんでいた。


「ったくこんな時に! 野郎ども! オールを出せ! こうなりゃ手漕ぎでいくしかねぇ」

《……あれ、じゃあ》

「どうした旅木さんよ」

《海賊船の方、なんか変だ》


  コウの目には、風もないのにグングンスピードをあげている海賊船がいた。しかし奇妙なのは、時折真っ直ぐに進まず、蛇行している。速度が早く、すぐさま勢いがなくなることはない。 コウは外輪の力だと信じて疑っていないが、マリゴはその行為の意図を見抜き、戦慄した。


「な、なんて奴らだ」

《へ? 》

「船を、船を波に乗せてやがる。あの船を手足みたく使えるやつがいるんだ」

《早いのはそれだけじゃないかもしれません。マリゴさん、あの船の外側についてるやつ、なんだかわかります? 》


 コウが確認をとる。マリゴは目を細めながら確認し、首を振った。


「しらねぇ。あんなものくっつけても海の上じゃそうそう早くはならねぇ。まぁ、風がないときはいいだろうけどな。第一人間じゃ動かせねぇだろ? あんなでっかいわっか」

《もし、ベイラーが回しているとしたら? 》


 コウの推論は簡単だった。『人で回せないものはベイラーでまわせばいい』という、ゲレーンで住んでいた頃には馴染み深い思考。だが、海の上で過ごしきたマリゴには発想の衝撃がちがう。脳みそにナイフが刺さったようだった。そして、コウの推論もあながち間違いではない。船についていた外輪とは、コウの世界では蒸気機関で回していた。コウはその事を知らなかったが、あの外輪が、決して自然ではない、外部の動力が必要である事だけは理解していた。


「海賊はベイラーに乗ってんだ! きっとそいつが回してるにちがいねぇ!! 」

《早く輸送船に! 》

「わかってる!! くそう! 風さえあれば!! 」

「……コウ。いま、動けて?」


状況を見たカリンが、頭を出しているコウに声をかけた。新たな装いが揺れる船上でよく映えている。そしてそれ以上に、不敵な笑みがコウの目を釘付けにした。


 ◆


「敵襲! 敵襲!! 」

「なんでこんな時にぃい!! 」


 一方。輸送船内部は騒々しさしかないありさまだった。何もの船員が襟を立てて支持を漏らさぬよう聞き耳を立てている。この船は船長もまだ決まっておらず、組織を引っ張れるだけの人間がいない。ただ。立場がこの中で一番上だからという理由で、指揮を任されていた男がいた。


「くそう! これから連絡船がきて終わりだって時に!! 明日休みだってときに! クリン様もいないのに!! どうしてだぁ!! 」


 ロペキス・ロニキス。先日、急遽王妃クリン・バーチェスカの専属従者となった者。その働きは非凡そものもで、特に褒め言葉を受け取るようなことをしていない。ただ、側近ともよべる立ち位置に入れる理由に、『ビクビクしながらも意見を言う』ところを、クリンが買い、大出世を果たした。しかしロペキス本人からしてみれば、突如決まった事であり、かつ、時折クリンが見せる殺気によって自身が殺害される幻すらみせられ、やることといえば雑用兼、王妃のぐち聴き係。胃が連日痛くなっていた。今日は妹のカリンがくるということで、船の外装、内装をピカピカに掃除していた、ただそれだけだった。


「なんでそうなるんだぁあああ」

「ロペキスさん! どうすれば! 」

「いいから早く弩で迎撃だぁ! 近寄らせるな!! これを落とされるわけには行かないんだ! 」

「は、はい! でも波が高くってあたるかどうか」

「別に当てなくったっていい! 威嚇になる! とにかく数を撃って撃って撃ちまくれ!! ちょっとでもひるんだらこっちの勝ちだ! 全力で港に向かう! 面舵わすれないように!! 」


 どこまでも逃げ腰である、しかしロペキスはハナから海賊とやりやうなど微塵も考えていなかった。ただ自分の保身であり、そして船長まがいのことを任せられた以上、この船の乗組員全員が助かる事は、結果的に自分を助けることになる。


「……あの、ロペキスさん、自分ひとりでさっさと逃げちゃわないんですか? 」

「逃げる? 1人で? そんなことしてみろ。すぐにバレて俺の首を飛ばしにくる」


 首が飛ぶとは、役職がなくなることではなく、物理的であり、それが誰にされるのかとは言わなかった。それを言っても首が胴体から離れる。そうなる想像がつかないほど、ロペキスは愚かではなかった。卑怯者を何より許せないのがクリンであると知っていたし、従者が卑怯者であれば、その卓越した剣術を披露するのに躊躇がない。ロペキスにとってクリンはそういう女性像であった。


「いいから急いで準備するんだ! ベイラー用の弩ってたしか朝なくなったって話だったな。くそう」

「ロ、ロペキスさん! あれ!! 」

「今度は何だ」


 ロペキスが指示をやめて海を見る。そこには悠然とこちらに向かう赤い海賊船と、もう一つ。


「……胃を痛めすぎて幻でもみてるのか、俺は」


 船とはまた別の、板状の物が、マストではなく、波を利用してこちらに猛スピードで近づいてきた。それは海賊船の格納庫とみられる場所から合計4つ飛び出してくる。ロペキスが幻に見えたのは、その4つの板の上には巨大な人型が乗っていたからだ。それは、彼がゲレーンでよく目にした人型で、見間違うこともなかった


 板のうえに乗っているのは、ベイラーだった。ところどころに傷のような生々しい跡を残す、センの実で緑色になった体。だがゲレーンのベイラーとちがい、職人の腕が悪いのか、酷く燻んでいる。加えて、4人のうち、1人のベイラーが緑ではなかった。海賊船と同じ赤い色。1人だけ海のうえで真っ赤であるために、煌びやかですらある。その頭はほかのベイラーにはない特徴として、刃のような角が一本、空を高々と指している。


 4人のベイラーが、板をつかって波乗りをしていた。その腕には、鉄でできた鉤爪もある。輸送船を攻撃するのは目に見えていた。


「そんなベイラー聞いたこともないぞ!? 」

「ベ、ベイラーは海が嫌いなんじゃ、どうしてこんなとこに」

「居るものはしょうがないだろう!! くそう! 迎撃だ迎撃!! 」


 見るもの全てを信じられそうになくなりながら、気丈に振舞って指示を飛ばす。呆けた船員たちがロペキスの声に気がつき、各々途中だった準備を完了させる。船の片側に船員があつまり、手持ちの弓弩と、2人係で置く、設置型の巨大な弩が並ぶ。ぎらりと光る矢が海からやってくるベイラーたちを睨む。


「うてぇ!! 」


 張り切った弦を解き放ち、矢の雨が横殴りに海賊たちを襲う。ロペキスの言うとおり、大まかな狙いしかつけていない。だが結果としてそれが弾幕となり、広範囲をカバーできる。4つ、いや、4人の波乗りベイラー達を捉える。


「━━━━ッハ!! 」


 一際、挑戦的な、しかし気合の入った声が、波乗りベイラーの1人、赤いベイラーから聞こえる。その言葉だけで、この行動が意味を持つものではないと、ロペキスが悟る。ベイラーたちは足をつかって板……ベイラー製のサーフボードを操り、海の水を弾幕に喰らわせた。水に濡れた勢いのなくした矢が次々と撃ち落とされる。


「第二射だ! 」

「は、はい!! 」


 船員たちが慣れた手つきで矢を再びつがえている。だが海賊たちはさらに別の手を打ってきた。4人のうち2人が、船の左右に陣取ると、腕に絡めた武器を解き放つ。サイクルロープの先端に、鉤爪がとりつけられた物。それを無造作に放り投げ、船へと突き刺した。2人のベイラーが協力し、左右から揺さぶりをかける。2つの船をつなげたようなこの輸送船の安定性は高く、そうそう壊れはしない。だが、人間は違う。船の揺れが波以上に不安定になったことで、数名の船員が甲板から落下する。矢をつがえようとして体を乗り出していたのがさらに拍車をかけていた。落下する人間を見たことで、甲板で必死に船にしがみつく他に無くなった船員とロペキス。必然、迎撃どころではない。船の揺れは、3人目のベイラーが蹴りをいれることでさらに強くなった。


「まずい。これじゃ魚の餌だ。……こうなったら」

「ど、どうするんです!?」


 床に張り付いている、まだ若手の船員が叫びながら聞く。その問ににやりと不敵に笑うロペキス。この瞬間、若者の信頼感は跳ね上がった。この人ならなんとかしてくれるかもしれないと。  


「命乞いする」


 次の瞬間には信頼は崩れさる。言及する暇もなく、ロペキスはふらつく船の上をどうにか踏みしめながら、襲いかかる海賊へと叫んだ。


「や、やめてくれぇ! 俺たちの負けだ! お前たちの望みを聞く! だからこれ以上はやめてくれ! 」


 情けない敗北宣言。船員たちがロペキスに失望する。だが、ロペキスにとって、これ以上船員を亡くすことはなんとしても避けたかった。


「この船の物はくれてやる! だから海に落ちた彼らを拾いに行かせてくれ!! もし命が欲しいなら俺だけにしろ!! こいつらの中で一番偉いのは俺だ!! だから!! 」


 額を床にこすりつけて懇願する。声だけが海の上で響いた。しばらく硬直する海賊のベイラー。すると、1人、赤いベイラーがサイクルロープつきの鉤爪をつかい、船の上に上がってきた。揺れが収まり、船員が一安心する。輸送船の頑強さがベイラーを甲板に立たせても軋み一つ起こさないことで証明される中、赤いベイラーから乗り手が出てきた。


「……なんで旗を立てないんですか? 」

「へ? 」


 ロペキスが間抜けな声をだす。それは、海賊がすぐさま自分の命を奪いにこなかったことでも、まるで意図しない言葉をはっしたことでもない。その彼の容姿に拍子抜けしていた。


 薄い体。そこまで高くない背丈。細い体を覆うようなコート。ズボンはサイズがあっておらず折りたたまれている。船長を示す長い羽飾りが、頭の頂点から垂れ下がるように髪についている。片眼は髪に隠れよくみえない。なにより、海賊は……『彼女』であり、『子供』だった。


「俺たちは子供に船を沈められてたのか?? 」

「なにいってますか。えっと、なんだか順序と全然ちがうんのはなんでです? あれ、あれ? 」


 女海賊は突如焦り出す。焦る原因も分からずにロペキスはさらに混乱する。そしてその混乱おも上回る混乱が女海賊を支配しはじめていた。


「ぜんぜんちがう! おはなしだとこのあとそれっぽくおわって、そのままバイバイなのに、どうして? なんかまちがったことしちゃったかな」

《あわてる必要はない。どしりがしりとお前の尻のように構えればいいんだ》

「なんでいまお尻の話するのぉ! 」


 あろうことか痴話喧嘩めいたことをベイラーとし始めた。男性の、落ち着いた雰囲気を醸し出すこのベイラーが見た目以上にふざけていることをロペキスが知る。そして海賊よりも話が通じそうだとも感じた。


「あー、ベイラーさん。君たちは何が目的だい」

《目的? なぜそんなことを。すでに取り決めがあったろうに》

「とり、決め?……」


 ロペキスの違和感が決定的になりはじめる。会話が通じないのではなく、噛み合っていない。それも、お互いの前提条件が違っているからこそ起きている噛み合わなさだった。しかし目下、相手が海賊であることは間違いなく、現に船員の何名かを叩き落としている。こちらが下手を打ち、状況の悪化を進めるのは、短い間ながら信じてくれた船員たちを失うことにつながりかねないと想像する。


「も、持っていくものはもっていってくれ。ただしこの船はまだ何もはいっていない。めぼしい金品なんかないのだけはわかってくれ」

「……金品がない? なのにここに居る。取り決めとちがう……どうゆうことでしょうか」


 ついには疑問系で返されてしまい、いよいよこの場が混沌としてくる。どうするか考えていると、視界の端で、船員が手持ちの弓弩を構えているのをロペキスが捉えた。海賊からは死角で見えない場所。元は凶暴な魚のウロコを射抜くために作られた強靭な弓矢だ。人に当たれば、どうなるか。


《ん。乗り込め》

「うん」


 赤いベイラーの指示を受け取り、乗り手である海賊がその場から居なくなる。コクピットに入ろうとする海賊を、矢をはなとうとする船員はまだ狙いを定めたまま。


「よせ!! 」

「落ちた連中の報いくらい!! 」


 引き金が引かれ、解き放たれた弓矢が真っ直ぐ海賊へと向かう。弓矢が海賊の命を奪うかに思われた。海賊は首をカクンと傾け、『背後』からの弓矢を交わしてみせる。矢はそのままベイラーへとあたり、大きくしなって揺れた。振り返る際に、髪が飾り羽とともに揺れる。その瞬間、海賊の顔が見えた。長い前髪に隠れた半分の顔には、あるべき眼球がない。この海賊は、隻眼だった。ロペキス含め、船の上で状況を見ていた者が全員息を飲む。


「……こ、こここ、こわいなぁ!! 」


 海賊の反応は、いたってシンプルな恐怖だった。弓矢をひったくってベイラーから抜いてやる。


「もうやです……帰って辞退したい……」

《始めたばっかりで何を言っているんだ。おまえはまだやれることもやるべきことも知らない。諦めるにはいささか早すぎると思うが》

「だってぇ……」

《あとで皆に聞くといい。早く乗れ。何か来る》


 首肯で答え、そそくさと乗り込む。ロペキスが制止しようとするが、それを遮るようにして、突如、風を切る音がした。今の今まで無風であった海の上で、何者かが空を駆けている。鳥ではない。それは人型で、体は白く、肩にあたる赤く、大きい。ところどころから青い炎を出している。


 連絡船のから飛び出したコウが、サイクルジェットで駆けつけたてきた。船の両脇で揺さぶりをかけていたベイラーが、空を飛んでいる光景に唖然とする。


「コウ! 右側のベイラーを! 」

《お任せあれ! 》


2人は呆けたベイラーを利用する。轟音と共に接近し、海賊のベイラーの頭を踏んづけた。悲鳴が一瞬聞こえたが、サーフボードをひっくり返して海に落ちた為に、何といったのか聞こえない。コウたちは踏んづけたベイラーを踏み台にして、船の上へと舞い上がる。そして、コウから見れば襲い掛かるようにしか見えないベイラーを認め、突撃する。


違いに両腕を絡ませながら組み会い、自身の力を相手にぶつけある。その衝撃は船外までおよび、海の上で波を打ち消す波紋となった。そこでお互いが初めて、自分達の色について気がつく。


《赤い、ベイラー!? 》

《白いベイラーとはな! 》


 サイクルが甲高く響く。ベイラー同士の力比べで、コウは圧倒する、筈だった。船の上で踏ん張りが利かず、思うようにチカラが出せない。結果、お互いの力が均衡する。


海賊とコウ達の、初めての邂逅だった。


ロペキスさんは不憫。

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