若き王
大きさが1mと少しの人間と、7〜8mあるベイラーとでは、同じ空間にいれることが少ない。人間は家を必要とするが、ベイラーはその必要がない。屋根があれば雨に濡れる心配がないというだけで、最悪外で寝泊まりが出来る。
だからこそ、屋内てベイラーがずらりと並んで、乗り手達が食事をとっている光景は珍しいと言えた。
「海賊とはまた、この時期になぜ」
「海藻がとれるから、という訳でもないようで」
ゲレーン王ゲーニッツと、サーラ王ライが円卓を囲んで食事を摂る。ゲーニッツの隣には、カリンと、オルレイトが同席を許されていた。カリンは王の娘である事で、オルレイトはその娘の、いわばお目付け役としてだ。しかし事実は、カリンからオルレイトに同席を頼んでいた。カリンにとっては外国での、それも王族同士の食事をする会。自分だけでは心細いとオルレイトにとなりにいるように頼んだ。一度はコウがいる事を理由に辞退したオルレイトだったが、そのコウからも同席を頼まれてた事で円卓に座る運びとなった。並んでいるのは、コウとレイダ。ベイラーは食事を取らないために、ただ見学しているような絵面になる。
「帝都行きの準備は? 」
「後は積荷にどの酒を載せていくかを考えるだけになった……それがいつも一番時間がかかるんだが」
「酒好きが多いと大変だ」
会話は終始和やかで、話題も尽きない。カリンらが話題に割り込むことを遠慮し、海の幸で溢れる食事に舌鼓を打つ。長旅で食料を自給していた為に、こうして満足いく食事が取れるのが久々だったからとも言える。王同士の関係として、ライはゲーニッツの娘であり、カリンの姉であるクリンを妻として迎え入れている。つまり、ライから見ればゲーニッツは義理の父となるが、お互いにその点を全く気にしていないようだった。
食事もひと段落したころ、ライが、この食事会で伝えるべき、重苦しい話題を切り出した。
「ゲーニッツ王。船のことなんだが……いつもの船を、用意できそうにない」
ライが心底申し訳なさそうな顔をする。しかしそれでも目の威圧感が消えない為に、仕草と表情がちぐはぐになる。見る者に謝罪を感じさせない。決して意図が無いのではなく、ライの生まれ持った素質がこの場では悪く出た形だ。
それを見たゲーニッツが、首をすくめた。許しているのではない。自身の中で、仕方がないなと考え方を切り替えている。
そして、ある事実を口にした。
「沈んだな。3隻か」
ゲーニッツ王がサーラの現状を茶化すように笑う。しかし含みのある物言いは、同席するカリンも、オルレイトにも、違和感を抱かせた。ただ1人。ライだけが今の言葉の意味を理解し、違和感の正体を突き止め、戦慄していた。
何故なら、3隻というのは、今サーラで沈んだ軍艦と同じ数だからだ。
ゲーニッツ王は、サーラが海賊に襲われ、船を失っていることを既に把握していた。更には、つい今日の事まで把握しきっているのである。ゲーニッツがサーラの内情をどうやって調べ上げたかは分からない。だが重要なのは、手段ではなく、今のサーラの事なら、ライと同等に、もしくはこれ以上に知っている事。隠し事やサーラにとって不名誉な事実をこの場で告白しないことは、ゲーニッツに嘘を言う事になる。外交の場で明確に嘘だと分かることを宣言することは、最悪以外のなにものでもなかった。
「……その通り。以前からの約束通り、帝都へ行く時以外は、普段はこちらの軍艦として使わせてもらっていたが、先日からの襲撃で合計3隻失った。全てこちらの落ち度だ。軍艦が1隻まだ残っているのが幸いか」
「では、どうする? 我らは今から陸路に変えねばならんのではないかね? 」
諭すようにゲーニッツが続きを促す。今、彼はライを試している。謝罪を求めるでもなく、ある提案を向こうからしてくるかどうかを。この状況を打開する方法を、ゲーニッツはすでに用意している。
「……個人の船を数隻買い上げている。もう一隻も急ぎ作らせている。一ヶ月ほどで完成し進水できる予定だ。その間の滞在にかかる諸経費はこちらで持つ。何もしないで大丈夫だ。しばしサーラで骨を休めてくれ」
ライが、こめかみのシワを年齢よりも深くしながら、提案をしてくる。全ての負荷をサーラで負うことで、全ての決着をつけようとするものだった。これならばゲレーン側は何もしなくてよく、かつ、安全に帝都へと赴くことができる。
だがゲーニッツの望む提案とは真逆であり、実情もかけ離れていた。叱責にも似た声を、ゲーニッツがだす。いままで静かだった円卓が彼一色にそまる。ライの威圧感を塗り替えていく。
「それで諸君らはどうする? 身を切ってこちらに尽くしてくれるのは嬉しい。嬉しいとも。だが、我らの目的は帝都への招集に応じることだ。サーラから金を巻き上げることでも、ましてや痛めつけることではない! 」
「な、何をいうか。手厚くしろというのであれば」
「そうではない。そうではないんだ若き王よ」
ついに、ゲーニッツが円卓から立ち上がり言葉を遮った。ライの元へとつめより、すぐ側まで寄る。そしてあろうことか、椅子に座るライと目線を合わせるべく屈んだ。
「王様!? 」
「お父様!? 」
「良い。このままでいい……若き王。聞いてほしい」
「……言われずとも」
ライが眼光を強くする。子供扱いされていることに少なからず腹を立てていいる。それが自分の未熟さであることを自覚しながらも、自身の感情を抑える事ができなかった。それは今までの2年間たしかにサーラを治めていた自負を踏みにじられたようなものだったからだ。そして、ゲーニッツはそれおも見越して話を続けた。
「若き王。あなたの肩にはあなた以外の、民の生活がかかっている。それは重々承知のはずだ」
「もちろんだとも」
「ならば、あなたが今行おうとしたことは、民に悪逆を強いる事と何も違わない事だとはお分かりにならないか? 」
「あ、悪逆!? バカな!! 」
ライが椅子から立ち上がる。ゲーニッツは立ち上がらずに、見上げるまま。
「こちらの不手際であるのは先も言った通りだ。謝罪もしよう。だが、なぜ今の提案を悪逆だというのか。こちらに利がない訳ではない。こちらの軍は己の恥を注ぐ機会を得るからだ。それがなぜ……」
「ならば、民は? この国に住む子供はどうか? 」
「子供?……何を言っている? 」
「サーラの子供達は、何も知らないまま隣人を住まわせる親をどう見る? そして一ヶ月勝手気儘に過ごす我らを見てどう思う 」
「……どう、思うのだ」
「不満に思うのだよ。どんな形であれ、確実にだ 」
「なら、どうすれば良い」
ゲーニッツがライの目を真正面から受け止める。
「どうすれば良いのだ。最善の選択だと信じて疑わなかった。それが民には最善ではないと言う。しかし折り合いはつけねばならない。どこかしらからは必ず不満はでてしまう」
「その不満を、分け合う事が出来るとすれば? 」
「……どのように」
「ベイラーで船をつくるのです」
「ベイラーで? そんな事まで出来るのか」
「今のままでは出来ません。しかし、サーラの人々の力を借りられれば、必ず」
「しかし、それこそゲレーンから不満がでないか」
「出るでしょう。でもサーラの人々だけで行うよりもずっと少ない」
「……良いのか? 」
「もちろん。それに、この手ならば、我らが同時に帝都に着く事ができる」
「そこまで見越すか」
ライが最善の策だと言ったものには、一点、ゲーニッツが指摘しなかった、ライも自覚がある欠点があった。それは、サーラが帝都に向かう手段が無くなる事。しかしサーラにはベイラーも少なく、巨大な船を作る必要もない。ゲレーンの為に作る船よりは手間がかからない事も船大工から確認を取っていた。職人たちから聞けば、ゲレーンの人々から遅れて二週、悪くて一月で帝都に向かう算段であった。
しかしゲーニッツは、同時に進む手を打つ。そしてこれまでの問答で、ライに何を言わせたいのか、ゲーニッツの真意を汲み取ることができた。あれだけ鋭かった眼光がゆるみ、立ち上がったすがたから、同じように屈んで目線を合わせる。2人の王が並ぶ。
「サーラの王として、ソウジュに愛されしゲレーンの王に頼みがある」
「応とも」
「海を渡る船を共に作ってはくれないか。そして共に帝都へ行こう」
ゲーニッツは、ライに「提供」ではなく、「協力」の提案をさせたかった。過失に囚われ、余力を割いてまでの相手への施しは身を破滅させる。それをゲーニッツは望んではいない。全ては、国同士で長く友好を築くため。
「ゲレーンの王として、必ずやその約束を果たそう。そして共に帝都へ」
2人の王が硬く手を結ぶ。こうして、ゲレーンとサーラの共同制作による造船が決まった。同席したカリンとオルレイトはただ圧倒され、後ろに控えたベイラーは、「船ってどうやってつくるんだ」と疑問符が大量にでていた。
◆
食事会が 会合に変わり、幾ばくかすると、カリンらは部屋へ案内される。旅団の皆が個室で泊まれる待遇 であり、旅団の皆が全員カリンに出来るだけ近い待遇を受けていた。ただ、年の事もあり、リオとクオだけは、マイヤが面倒を見る事になった。マイヤは医者であるネイラに預ける事を提案したが、子供の前で酒は飲めないから勘弁してくれと断った。マイヤはそれで納得した。コウはもっと違う点で問題があるはずだど抗議したくなったが、場が収まった為に追求もできなかった。
「カリーン」
「おね、お妃さまぐぅう」
「コウ君も久しぶりねぇ!! 」
「《おひさしぶりです 》」
オルレイトとレイダ、コウを伴ってカリンが部屋へ向かう途中、言い直してはくぐもった声をあげながら胴体を持ち上げられた。無遠慮な振る舞いを許されているもう1人の女性がカリンを振り回す。家臣がここにいたなら卒倒する様な光景だが、2人には馴染み深い。
サーラの王妃、クリン・バーチェスカ。前はワイウインズの名をもつ、カリンの姉だ。遠征でもしていたのか。城の中だというのに、カリンのようにドレス姿ではなく、男装のような騎士の装いをしていた。羽飾りをつけた帽子が腰に下がり、その隣には使いこまれた剣が下げられている。
「ちゃんと来て嬉しいわぁ! 」
「私も会えてうれし…うれ…」
感謝を伝えたくても胴体をもちあげてクリンを起点にしたコマが出来がり、遠心力が働いて血の気が引いていく。前はこの状態になると気持ち悪くなり体調を崩していた。だが。
「た、楽しいのですか、歩いてお話しなくて! 」
「それもそうね! 」
ストンとコマ状態から解放される。息を整え、少しだけ乱れた髪を整える。ふとクリンが気がつく。
「保つようになったわね。鍛えた? 」
「なんの話です? 」
「あら、気がついてないのね。貴方、前は振り回したらすぐ気持ち悪くなっていたのに、今は全然平気みたい。どんな特訓したの? それともこの遊びをされるのがそんなに嫌だったのかしら」
「そ、そんなんじゃありません。ただ、私もよくわからなくって」
「そうなの。コウ君何か知っていて!? 」
「《なにもしりませんってば》」
「あら。なら成長ね。よしよし撫で撫でしてあげる」
猫可愛がりだった。撫でられることを拒否もせず受け入れ、いたずらっぽく笑う彼女につられて2人ともが笑い出す。そのうち両手で撫でくりまわし、はじめ、ついには先ほど整えたばかりの髪までもが乱れていいく。そして、目線がカリンからはずれたことで、はじめてもう1人の同席者に気がついた。
「あれ、君はたしか……ああ!! バイツの息子!! よく病気をしてた方の! ってことはなに、後ろのベイラーはレイダなの!? 」
「お、覚えていただけてるとは思いませんでした」
「体治ったのね! よかったわぁ…… レイダ、私を覚えいて? 」
「《もちろん。冬に来ていただいた時にはお会いできずに居ましたね》」
「すっごい無茶をしたって聞いたわ。だからずっと寝ていたって。もういいのね」
「《はい。サーラではお世話になります》」
「まかせなさい。この国の流儀からなにから全部おしえてあげるわ……そうか。もう「追われ嵐」去年の話なのね……あー!! 」
頭を抱えて振り回すコミカルな動き。しかし、その滲み出るものを感じカリンがそばに駆け寄った。彼女の殺気がどれほど熾烈で強烈で、残忍なものなのかを理解しているかからこその行動だった。怒りはクリンの殺気を倍増させる。その殺気に当てられたが最後、自分の最後を幻視してしまうような物だ。
クリンはもろに受けない術を知っているために影響はすくない。「彼女は剣を持ってるわけではない」と己にいいきかせることで幻視を避けることができる。ベイラーはそもそも殺気を受けることがない。人間の剣で切り裂かれたくらいでは死ぬことはないからだ。
 
ここにオルレイトがいることがなによりの懸念事項だった。オルレイトを視線から外すべく割り込む。当のオルレイトは、駆け寄るカリンの行動に姉思いだなと認識し直すだけである。
「おね、お妃さま今度はどうしたのです? 」
「えっと、もしかして、なにも知らない!? 」
「えっと、海賊が、どうとかいうお話ですか? 」
「そうなんだけど、そうじゃない! もう一個! 私の不手際でしかないから、あとで貴方にもちゃんと謝らないといけないとおもって!! でも会えたことが嬉しくって忘れちゃってた! あーもう!! 」
「あ、あの、お姉さま。おはなしをご自分で完結させないでくださいませ。私はここに居ますから、ちゃんと聞きますから」
取り乱したクリンをなだめると、ほとばしる殺気が治っていく。レイダとコウはお互いに顔を合わせるだけで、なにが起こっているのか把握できず、とりえずそばによろうと2人して膝たちになった。ベイラー特有の木が掠れる音をきいて、クリンが落ち着きを取り戻す。懐かしい、サーラではなかなか聞くことができない音が、混乱する頭にはよく響いた。
「……大切な話なの。貴方にとっても。そして、コウ君にとっても。いえ、ゲレーンの人々全員にとってもと言っていい」
「な、なんですか一体」
「いい、よく聞いてね」
オルレイトが固唾を飲み込む音がやたらと耳に残る。そして、クリンが言う。
「盗賊、パーム・アドモントが逃げ出したわ」
オルレイトは、まず危機を感じた。残忍さを言伝でよく知っている彼にとって、パームがいかに危険な人物かは重々に承知して居た。それは、彼を乗り手とするレイダも同じだった。自分が寝ている間に起きた『ベイラー攫い』。一体なにが起きたのか、そしてその事の顛末をよく知って居た。
カリンは、悲しみが襲った。あれだけ人間が犯してはならないことを平然と行う男が、未だに改心もなにもせずに、逃げ出していることに。同じようにまた誰かから何かを奪っているのかもしれないと想像するのは容易であるが、確信も証拠もない中で、ただの偏見でそこまであの男を決めてつけている自分を戒めた。ただ、コレは無理もないと言える。パームという男が行なった行為によって、森の営みが激変してしまった事実が変えようがなかった。
「……なんてこと。コウ、パームが逃げ出したと……コウ? 」
レイダ、オルレイト、クリン、そしてカリンが、そこに膝立ちになっているものを見上げた。そこには、白いベイラーが普段乗り手を載せるように佇んで居たはずだった。 白い肌、そのう内側が今にも燃え上がりそうに紅く灯っている。肥大化した両肩とふくらはぎは今にも炎を吐き出しそうで、熱風がどこからともなく吹きあげている。
「《あの男が、にげた? ナットの叔父を殺した男が、逃げた?》」
疑問形が続いている。一回の疑問と同期するように、炎が、熱が猛っていく。
「《許しちゃいけなかったんだ。あの男は、許しちゃいけない男なんだ》」
白い木肌が内側からパチパチと燃えている。コウは、ただただ怒り狂いっていた。己が出す炎にも気がつかず、怒り、猛り、憤っていた。その憤りの起点は、ただ一つ。
「《もう、許さない。絶対に、絶対に、今度あったら、今度会った…ら!! 》」
クリンが出すのは、殺気だ。『殺害することを厭わない』という、一種の覚悟で身を包んだ者にのみ纏うことができる、ある種の予防線。殺気をまとったものに、不用心に攻撃などしない。同じく殺気を纏ってようやく同じ場所に立てる。だが、今は、コウが纏っているのは、殺気でもなければ、ただの炎でもない。ただの、無秩序で独善的な正義感を通り越して、一つの決意が胸を満たして燃え盛っている。怒りが膨れ上がって抑えが効かなくなる。
殺意というものを、コウは抱いた。抱いてしまった。
ライはしてやられた顔を必死にとりつくろっております。
 




