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サーラと王と

違う国には違う王様がいるものです。

  ゲレーンからの一行がサーラへと到着した報せは一瞬で国中を巡り、すぐさま歓迎の宴がそかしこで始まった。街道でベイラーたちが歩いていくのを見上げる国民たちは一様に興奮し、感動している。この国ではベイラーが中々留まることをしない。理由の大部分は、すぐそばにある海のせいだ。


《風が、強い!! 》

「皆平気!? 」

《私は大丈夫ですが……ガインは? 》

《潮風ってヤダヤダ。ミーン》

《支えてもらってる》

《ーー!! 》


  優雅にみえる歩き姿だが、龍石旅団のベイラーたちは転ばないように必死に風に耐えて居た。唯一四脚のリクがその心配がないために、ミーンを支えている。強い潮風。波で削られた切り立つ崖。さらに運河がすぐ側を通るこの国では、乗り手の居ないベイラーにとって恐怖の国である。


  一行は王族以外から順に、サーラの王が手配している宿へとむかう。ベイラーも泊まれるように天井の大きいものが良く選ばれた。その中には川の上に漂う船ある。客船もこのサーラには多くあった。


  カリンら王族は、まずこの国の王、ライ・バーチェスカとの食事会が控えて居る。サーラにとっては、歓迎の意図が、ゲレーンにとっては去年の嵐の差異に行われた物資支援のお礼を言いにいく意図があった。ゲレーン王のゲーニッツは、先頭集団にいたために、もう城に付いているころとなる。最後尾近くを歩いていたカリンら龍石旅団は、結局そのまま最後に残った集団となり、道をいくのは旅団の一行のみになった。


《カリン。あれが乗る船? 》

「ええ。話に聞いていた通りのものだから。でも、なんだか騒がしいわね」


  城への道中に、港と、造船所らしきものがみえる。そこには停まっている大きな船が、丁度帆を張って居る最中だった。


  三つの船が横並びに並んで居るような外見をしている。真ん中の船に、左右に届くような大きなマストを張って居る。よく見れば、真ん中の船は、船とゆうより浮きに近く、真ん中の巨大な帆を支える支柱を浮かばせるだけの機能しかない。人間や荷物を乗せるのは、左右の船で、後方が大きく膨れて居るために、そこが荷物を輸送する際に使う部位なのだと、遠目でも理解できた。


《おっきいねぇ》

「あれは、ゲレーンで採れた木でできているってオルが教えてくれたわ。全部というわけじゃないけど、あの真ん中の支柱なんか、絶対そうよ」

《……俺が切った木とかも、ああゆうふうに形を変えてつかわれてたりするのかなぁ》

「ええ。きっとそうよ。その為にみんな働いて居るのだもの……でもおかしいわ」

《なにが?》

「数よ。3隻って話だったのに、1隻しかない」

《……造船所にもう一個みえるよ。あれじゃない?》 」

「あら本当。でもいま出来上がってないなんて……残りは沖にでもだしているのかしら」


  港の横を通り過ぎながら、自分たちが乗るであろう船を見上げる。大きさは30mほど。それが2隻並列で並んで居るようにみえる。


  突如として、船をまじかで見たコウが興奮した声をだした。


《この船、鉄が使われてる! ってよく見れば家にも!? 》 」

「ど、どうしたの急に」


  船のあちこちに、補強としてなのか、鉄板が釘で打ち込まれて居る。家の屋根や窓枠にも使われていた。使用方法は様々で、コウの視界に収まっていないだけで、他に複数使われているなんの毛ない景色だが、コウが暮らしたゲレーンでは、鉄が使われて居るのは稀で、こうして街並みに鉄があるという状態が、コウにとっては新鮮以外のなにものでもなかった。


「……でも、コウって、鉄に囲まれて暮らしていたのではなくって? 珍しくもないでしょう? 」

《そ、そうなんだ、そうなんだけど》


  コウ自身、驚愕した理由がちぐはぐになる。かつては身の周りに鉄が溢れかえっていたはずなのに、今では見ることも珍しい。それはひとえに、コウがゲレーンでの生活に馴染んでいた事を意味していた。


「そろそろ迎えの使者が来てもいいころだけど」

《アレ、そうじゃないかな》

 

  城から一羽の鳥が人を乗せてこちらに来る。鳥といっても、ダチョウのように体躯がある。しなやかな脚は走ると言うより跳ねるように地面を叩き、上に乗る初老の男を容赦なく揺らながら、最後尾である龍石旅団にやってきた。


「カリン・ワイウインズ様が乗るベイラーはどちらか! 」


  色鮮やかなベイラー達に囲まれて、初老を乗せた怪鳥は頭を低くした。怯えているのだ。その様子をみたカリンが、旅団へ号令をかけた。


「見えてるわね。全員、ベイラーから降りなさい! 使者が来たわ! 」

 

  声かけと共に、ベイラーが次々膝立ちになる。ミーンだけ、足を投げ出した座り方だ。 そして中から乗り手が素早く降りて来る。


  ずらりと並んだベイラー達が膝をついている。自然と頭も下がり、カリンの雰囲気もあって、ただの道が謁見の間になった。祝いの宴に混じったただの酒好き達の喧騒も、ピタリとやむ。


「龍石旅団、団長のカリン・ワイウインズ。迎え、大義でありました。」


  カリンは裾をもっての挨拶。旅団の皆は思い思いの挨拶を行う。マイヤは同じ様に裾をもって。ネイラは軍人の挨拶を。ナットは帽子をとって。オルレイトは手に持った本を抱えながら。リオとクオは、カリン達を真似て。


「初めてお顔をみることができましたな。ゴルといいます 。お待ちしておりました。城で王がお待ちです」

 

  胸に手を当てながらのお辞儀。男性の使用人が用いる一般的な挨拶で返礼する。


「ベイラーの皆様は、お名前は次の機会にお聞きさます。時間はたくさんありますれば」

「たくさん? 私たちは帝都へ急ぐ身です。長居をする訳には……」


  カリンの言葉を聞いて、ゴルははにかむのも忘れ、忌々しさを前面に押し出す表情をする。


「そのお話も、王はしたいと望んでおります。決して、サーラがゲレーンを蔑ろにしているわけではないとだけ、わかっていただきたく」

「……そう。よく分かりました。お姉……お妃様は、息災ですか? 」

「それはもう。王とも仲睦まじくしております」

「分かりました。城への案内、抜かりなく」

「は! 」


  怪鳥に跨り、再び地面を跳ねる様に駆け回る。ベイラーが通ることを見越してか、案内する道はどれも広く丈夫で、掛かる橋は、明らかに遠回りであろうとも、ベイラーが安心して渡れる、丈夫かつ、浅い川の上に立つ橋を選んで案内される。


  途中、この国の習慣や風土をコウは感じることができた。歓迎の宴をあちこちで開いているために、川に飛び込む若者がいたり、突如殴り合いの喧嘩が始まったかと思えば、遠回りしたことで同じ道を覗いたころには、再び乾杯の音頭が、頬を腫らした者同士でとられていた。


  最初は、漠然と、喧嘩しても仲直りできるがほどの間柄なのだとコウは感じていたが、ゴルと名乗る男がすぐさまその認識を訂正させた。


「酒を理由に暴れるのは、この国では寝床に地図を作るくらいとても恥ずかしい事なのです」

「……でも、どうしても許せないから喧嘩になるのでしょう? 」

「昔は三発だけ殴っていいといったような、何といいますか、習わしがありました。厳密なものではありませんし、下の代はもっとたくさん殴っているかもしれません。しかし」

「しかし? 」

「変わらない習わしが一つ。かならず飲み直す事です。仲を違えたまま日を跨ぐと、遺恨が残り、喧嘩で済むものが喧嘩で済まなくなります」

「お酒の飲み方、楽しみ方ひとつでそこまで」

「酒は人を楽しませてくれますが、狂うきっかけにもなりやすいものですから……こんな事を言うと重苦しいとお感じになるやもしれませんが、中には、飲み直す為だけに喧嘩をふっかける輩もいるのですよ」

「まぁ。お酒が好きすぎるとそうなってしまうのね」


  一行は遠回りをしながら、城の門までやってくる。石で積み上げられた城は、長年の潮風に打たれて所々痛みが見えるも、強固な砦としての趣きが損なわれる事はなく、悠然と構えている。


  ゴルが合図を送ると、屈強だと一目でわかる門番が、ロープをつかって門を開けていく。


「ベイラーと乗り手は同じ部屋に。私めはこれにて」

「案内ご苦労……ひとついいかしら」

「なんなりと」

「貴方は飲み直す為に喧嘩をする方? 」


  怪鳥から降りて餌をやらながら答える。その顔は今日一番の笑顔だった。


「つい昨日やってしまいました」


  カッカッカと笑いながら、跨る怪鳥を率いて別れた。アヒルの様な鳴き声と初老に差し掛かるはずの、それに比べては陽気すぎる声が重なる。


《酒ってそんなに良いものなの? 》

「私に聞かれても……ネイラはよく飲むって言ってたけど」

「いいもんですよ」


 即答だった。


「ワインは肉と、ビールは塩茹でした野菜と、まぁよく合う。夜に一口、朝に一口は血の巡りもよくなる」

「……血の巡りがよくなると何があるんです? 」

「身体があったまる。冷えると人は弱る。そこに空腹と寝不足を足してやると、すぐ体を壊す。3つ揃わないようにしてやるのがいいんだ。だから酒はいいんただ。ただし」


  グルンと首をまわし、ナット、リオ、クオに向いてて戒めを課す。


「飲みすぎたら元も子もない! 前後不覚で転べば怪我するに決まってるんだ。一回は無事かもしれねぇ。でも2回目は? 自分以外を怪我させることは? ……酒は飲むものだ。酒に操られちゃいけないよ! 三人ともわかったね! 」

「「「は、はい!」」」

 

  思わず背筋を伸ばして答える三人。釈然としない残りのメンバーとそのベイラー達。とくにネイラのベイラー、ガインは顕著だった。


「……飲む時は酒樽開けるやつがよく言うぜ」

「ガイン。お黙り」

「へいへい」

《(樽って、人間が飲み干せる量だったんたな……1日2日に分けて飲むんだよな。きっと)》


 コウの強引な納得をよそに、門を下っていく。行き先にはさらに門があり、今度は堅牢さよりも豪華さを感じさせる装飾が目を引いた。ベイラーでも中に入れるように、特別高くしてある。足場も、石畳の境目に何か塗ってあるのか、段差が限りなく無くなっている。


《ゲレーンの城みたいだ》


  外見は似ても似つかない。だがそこかしこに感じる住みやすさは、あのソウジュの枯れ木から成る城とよく似ていた。人とベイラーが共に暮らせるような細やかな仕掛け。それは相手に合わせて自分の身を削る気遣いではない。人間も、ベイラーも、お互いが満足しあえるように配慮しあった空間の作り方だった。


「森は海の恋人と昔の人間は言ったそうだ。海に流れる川は、初めは山から出てくる。山が乱れれば海にその跡が流れ込み、魚は餌を失う。山が豊かであれば、魚は餌に困ることなく、海もまた豊かであるとな」


  旅団の面々が城の雰囲気にどこか懐かしさを覚えるころ、階段を降りてやって来る1人の若者がいた。金髪が光に当たって反射し、宝石でも纏っているようなきらびやかさを伴ってる。物腰は柔らかく、人懐っこさすら感じるが、その双眸がすべての、良い意味も悪い意味も含めた優しそうな男性像を打ち砕いていた。


  人間離れした美しさを持つ青い瞳が、カリン達をのぞいていた。


「だが、こうして森の旅人であるベイラーがこの国に訪れてくれたのは少ない。恋人に、この国は少々距離が遠いようだ」


 クセ毛なのか、少しだけ波打つ髪が一歩足を運ぶたびに揺れている。長い睫毛が離れていてもよくわかった。顔立ちはまだ幼さを残しているのが、また見るもを狂わせる。


《(……この人、本当に人間なのか? )》


  コウが、その容姿に恐怖すら抱きながら、じっと階段から降りて来る彼を見る。簡易な服をきており、身分はそこまで高くないであろうと予測はできる。が、纏う雰囲気が、その予測を打ち砕いていた。カリンが一歩前にでる。スカートの裾を指先で摘んで広げ、ゴルの時と同じように挨拶を行う。


「こうして会いに来るのに、随分と長い時間が掛かってしまいました」

「待ち侘びていた。ゲレーン王は既に城に入っているが、ゆっくり支度して欲しい。長旅で疲れた人間に、すぐ政治の話などしたくない」

「ゴルという方から伺ってます。船が少々」

「聴いているなら話がはやい」


 カリンに挨拶に流れるような返礼をかえしながら、金髪の男はベイラーの近くへとやってくる。


「この緑……軍の者か。それに赤い肩。手練れのベイラーか。こっちの布を巻いた方は医者だな……外套を付けたベイラー。随分と身軽そうだ。……四つ脚の四本腕! 珍しいなんてものではないな! よく出会う物だ」


  ベイラーを見上げては、高めの総評をだしながら、最後にコウの前で止まる。


「本当に白いな。だが話では肩は赤いとは聞いていなかったが、いつ赤い肩を? 」

 

  疑問を出されると思っていなかったために、しどろもどろになりながら答える。


《さ、サーラに来る少し前です》

「そうか。海に出るのは初めてであろうが、カリンと上手くやることだ」


  カリン。彼女を呼び捨てにできるのは、ゲレーンの王族でも彼女の父と、姉、そしてカリンのベイラーであるコウだけだった。それをさらっと行える男に。コウは1人だけ心当たりがあった。


《……貴方が、サーラの王? 》

「ああ、カリンには名乗る必要が無い為に失念した。許せよ」


  正面に向き直る若者の顔は、改めて見るまでもなく整っていた。堀の深さ、鼻の高さは言うまでもなく、肌の色まで、若者の顔は余りに完璧だった。


「ライ・バーチェスカだ。サーラで王をやっている。冬をよくぞ乗り越えてくれた。海と酒と陽気を愛するわが国へようこそ」


 佇む若者。ライが両手を広げて歓迎した。そこに、カリンが茶化しを入れた。


「お久しぶりです。お義兄さま」

「歳は下なんだがなぁ。まぁいい。これからゴルに案内させよう。クリンも待っている。ベイラーたちと、乗り手も一緒だ。部屋を用意させた。しばしくつろいで欲しい」


 ライ・バーチェスカ。カリンよりも年下の15歳。しかし、王の風格を既に持つ若者がそこに居た。


 


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