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海賊ベイラー

 風がそよぐ朝焼け。日差しは弱く、雲は陰って霧がでていた。男が役に立たない目を瞑り、服の襟を立てて耳を澄ましている。己が立つ場所から少しでも前が白くモヤがかかっている中で信じらるのは聞こえる音だけだった。だがそれも、常人では難しい。平地であれば何も問題はないが、ここは違う。


 静かに波立つ海。そこにたゆたう一隻の帆船。男はそこに立っていた。


 波の音が耳に絶え間なく聞こえるこの場で、波以外の音を聞き分けるにはある程度の習熟がいる。この場で忙しく動く男たちは、すでに習熟を終えた者たちであり、変化を敏感に感じ取ってさらに忙しくなっていった。


  襟を立てて耳を澄ます者が一斉に服を直して持ち場へと駆け出していく。男たちは揃いの襟のおおきなシャツとズボン、帽子で統一された組織であることがうかがえた。シャツは現代で言えば、セーラー服とおなじ構造をしており、背中にまで及ぶ襟を立てて、先ほどの男は音を聞いていた。また、帽子には飾り羽が誰しもついており、色と形は様々であるが、大きさだけ決まりがある。その決まりとは、海の上で生き残った年数。一般的には、この船の中で1番羽が大きい者が、船の指揮を行うことになっている。


  小さな飾り羽の若者が、一番大きな飾り羽をつけた者へと駆け寄った。


「き、来た! 目標すぐそこ! 霧の中! 」

「よし! 迎え打ってやれ! ボウガン構えぇ!」


 怒号をあげて周知すると、屈強な男がたちが三人がかりで巨大な矢をもってくる。そしてこれまた巨大な弓にあてがい、さらに2人が加わって、弦を張った。しなりの良い弓が湾曲し、矢に力を溜めていく。

 即座に用意された弓弩。その数2つ。


「2発だ。2発だけ使え」

「へい」


 段取りをすぐさま決めていると、霧の中から甲高い音をたててこちらに迫ってくる何かが居る。


「まだだ……まだまだ…」


 自然に起こる波は穏やかであり、白波などない。しかしこちらにくる何かは、波をかき分けつて強引にやってきている。 そして、霧の中から船の上へと飛び上がった。大きさは7〜8m。人の形をして、怪しく光る目だけが男達に良く見える。時折聞こえる木々の裂ける音が、その正体を告げていた。


 間違いなく、ソウジュの木の実である、ソウジュベイラーだった。霧に乗じて船を強襲してきた。なぜか。それは船の船長が答えてくれる。


「出たな海賊! 」


 大海原の玄関口である、港を持つ国。サーラ。その国で近日猛威を振るう、正体不明の海賊。積荷を奪い、船を破壊するこの悪党は、使う海路も、出現する時間もバラバラで、まるで足取りが掴めない。


 ただ一つ。なぜか沖にいる船がある良く狙われていた。この事実に気づいた船長が、自ら部下を伴って船のを出した。自身を餌として、海賊のベイラーをおびき出すために。


「貴様は網に掛かったんだ! 撃てぇ! 」


 溜め込んだ力が、矢を豪快に加速させる。太さも大きさも人間が扱うものよりずっと大きいこの弓弩こそ、船長が用意した対ベイラー用の武器。発射装置は金属製で摩擦によく耐え、本体の弦と弓は、隣国ゲレーンから仕入れた最高品質の木材。よくしなり、折れない。さらには軽いと良いことづくめのこの材料をふんだんに使った武器を船に直付けした。


 惜しむらくは、隣国ゲレーンな去年の「追われ嵐」で多大な被害を受け、数少ない交易品である木材の輸出が難しくなった。結果として、3丁が作る限度となってしまう。だが、威力の方は申し分ない。試し打ちで壁に打ち込めば、岩に矢が突き刺さり、抜けなくなったほど。


「これで終いになれぇ! 」


 2本の矢が一直線に海賊のベイラーへと伸びていく。一本は足に、一本は胴体に直撃する道を行った。


 勝った。ただ1人を除いてそう確信した。ベイラーが動けなければ、乗り手は只の人間だ。鍛え上げた身体を持つこの船の船員は腕っぷしには自信しかなかった。


 だが、確信が疑問に変わったのも、一瞬だった。ベイラーの方が、弓矢に対応したのだ。


 たしかに別段おかしな事はしていない。海賊がやった事は、単純に飛んで来た弓矢をその手で『掴んだ』ただそれだけなのだ。しかしベイラーでソレを行なった事に、船長は戦慄する。精密な動きは乗り手の存在を意味し、かつ熟練したものだからだ。無論、彼も負けるためにここに来たわけでは無い。作戦も立てている。しかし相手に分からないことが多すぎて対処法を見誤ってしまった。


「こいつは、強い」


 海賊にここまでのベイラーが居ることを、船長は知らなかった。海賊のベイラーは掴み取った矢を、たった今放たれた弓弩へ向けて投げ返す。頑強さを持つはずの弓弩が貫かれ、部品が吹き飛んでいく。投擲にあたり、ベイラーの重心位置が移動したことで船が大きく揺れた。


「だが、これで終わりじゃない」


 もう一本の矢も同じように投擲しようと、片足を上げる。重心の移動が始まり、船が反対側に再び揺れる。


 ……一瞬、無防備になった。


「今だ!! ぶっぱなせぇ! 」


 船長が大きく足を踏み込んだ。地団駄のように不恰好に足をふみ鳴らすと、分厚い木製の甲板が数枚吹き飛び、下にあった空間が露わになる。


 そこにあるのは、3丁目の弓弩。矢はすでに引き絞られて、今にも飛び出しそうだった。海賊のベイラーが事態に気がつく。しかし、すでに投擲の姿勢であり、止めることは叶わなかった。


  最後の弓矢が放たれ、空気を裂いてベイラーの胴体へと向かう。この虚を突いた3射目こそ、船長が息を潜めて機会を伺っていたものであり、船員も全員知っていた。1射でも当たれば、ベイラーを行動不能にさせる事ができるこの弓弩だからこその作戦だった。


 だが、ベイラーの行動は、再び船長の思惑を打ち砕く。放たれた矢を当たるのでも、受け止めるでも、ましてや防ぐでもない。


 ワザと倒れる事で、単純に弓矢を回避してみせた。さらには避けると同時に空中で身体を回し、不安定な姿勢から、隙のない着地してみせる。目標を失った弓矢が海へと消えていく。起き上がったベイラーの視線が船長と交わる。


 そこで初めて、このベイラーが他と違う事を知る。船長はベイラーについて詳しくはない。色や形の差異を認める術がなかった。だと言うのに、他とは違うと分かったのか。それはたった今、相対しているベイラーには、目にはあたる部分が一つしかなく、加えて丸い形をしていたからだ。

 

一つ目のベイラーが、今日まで船を沈めて来たのだと直感もしていた。


 ベイラーの方は、一瞬は船長を見るがすぐさま興味を失い、自身の作業を開始する。両腕で無造作に甲板を引き剥がすと、奥に部屋があった。ベイラーが迷いなく腕を伸ばすと、何かを部屋から何かを取り出す。片手で1つを担ぐと、品定めするように眼を離さない。


  それは、何の変哲のない樽で、側面、底。留め具までしっかりと見定めると、金塊でも抱くように慎重に運び出した。あの樽の中身はこの海で取れる何の変哲も無い海藻であり、この海賊は必ずこれを強奪していく。いつものように強奪し、そして去っていく。怪しく光る一つ目が霧の中へと消えていった。


  今回もまた、海賊の横行を許してしまったと、船員たちが嘆き悔しがる。一部の人間は泣き出す始末だ。大男たちが揃いも揃って感情を発露している中、ただ一人、船長だけが、頭に疑問符が流れ出して止まらないでいた。放心し壊れた甲板を見てただ座り込んでいる。


「逃げられちまいましたね」

「……」

「どうしたんですかい? 」

「なぁ。オレはわかんねぇんだよ」


  座り込んだ船長に、無言で瓶を手渡す。中身は船の上では貴重な真水だ。それを受け取ると、無理に熱された頭を冷やすかのようにあおった。一口分だけ、喉を潤すと、残りは口の中を湿らせるのに時間をかける。ほどよく口がほぐれると、残った分も飲み下した。ゴクリと大きく喉が動く。


「なんで霧の中で船の位置がわかったのか。なんで海の上で旅木がでてくるのか。ワカンねぇことだらけだ。でもよ、一番ワカンねぇのは、どうしてあいつらは船の構造まで知ってて、一発で倉庫を引っぺがして獲物を持って行けたんだってことなんだよ……もう一口いいか? 」

「自分の分もう飲んだんですかい? しかたねぇ船長だ」


  そうして、船長である親友へ、もう一口渡おうとしたとき、音が聞こえた。。鍛えていなくてもそれが何の音であるのかは理解できた。よく酒場できいた、盃が壊れる音だ。だが、発生位置がおかしかった。


  それは上空からやってきた。飲み水と同じように液体が詰められているが、決しておなじものではなかった。粘性があり、船にシミができていく。おかしな現象はさらに続く、上空から同じように何度もやってきては、船のあちこちにシミを作っていった。突如の変化に驚いていると、奇妙な現象がやむ。通り雨のような不自然さがあった。


「国が嵐にでもあったんですかね」

「なら女が降って来なきゃおかしいだろう」

「女以外だってふってきますぜ」

「いいだろ。したら娶ってやるのさ。親父がうるさいんだよ。なまじ仕事ができて王様付きになってから、はやくガキを見せろ見せろとうるさいの何の……」

「船長? 」


 上空から、再びの落下物。だか今度は一つだった。


  なぜならば、種火は一つで十分だったからだ。落下してきたのは小さな小さな燃える松明だった。


「野郎ども!! 海に飛び込めぇええええええ!! 」


  疑問符をあげるものは一人もいなかった、 船長の言葉はこの船では何より信じるべき言葉であり、絶対の掟だかからだ、経験者ほど、海では生き残る術を知っている。だからこそ全員が船を飛び降りた。船長が最後に全員が飛び降りたのかを見届けた後に、不格好ながらも飛び込んだ。その直後。


  船の上に、炎の海が現れる。瞬く間に燃え広がって、船を上から飲み込んでいく。


「どうなってんだぁ、一体こりゃぁ」


 海水を飲み込まないように浮かびながら、つい先ほどまで乗り込んでいた船が焼き尽くされていくのを目にする。霧も一瞬で蹴散らされて、わずかに視界が開けた。日は登り、すでに陸では朝の支度が始まりつつあった。


  海賊の討伐が失敗して、2度目のことであった。


 ◆


「もうすぐ……もうすぐのはずなのだけど」

「《山を越えてたら楽じゃなかったのか……》」


 帝都へ向かうゲレーンの一行が山を越えてはや数日がたった。最後の宿街を抜け、あとはサーラで船に乗りこむだけとなるが、ここで一行に問題が起きた。


  荷物、それも保存食が山越えの際の雨で一通り食べることができなくなっていたのである。いくら宿場町で荷物を買い付けることができるとはいえ、200人を超える人数を賄う食料を日持ちさせることはできはしない。そこで一行が行った手は、サーラに続く川で、食料を賄うを……つまるところ日夜釣りでその日の空腹を癒していた。


  しかし、取れないときは全く取れない。飢えで死ぬほどひっ迫した状況でこそないものの、できれば早くサーラについて食事をとりたかった。


「《カリンは王族なんだから、そのくらい融通を効かせても誰も文句言わないのに》」

「そういう嫌なのよ」

「《知ってるよ。だから余計心配なんだ。この前もリオとクオに自分の分の魚を分けていただろう? あの日はあれ以外一匹も釣れなかったのに》 」

「子供が一番食べなきゃいけないの」


 ゲレーンの姫が長を務める龍石旅団。リクが牽いている荷台には、旅団全員の炊事から洗濯まで手がける使用人のマイヤが揺れに身を任せ昼寝をしている。決してサボっているわけではなく、今日の分を終えて、サーラへの到着までのつかの間の休息であった。ついたらついたで、カリン含めた女性陣を着せ替え人形にする気満々なのだ。そのための体力温存だった。なお、ネイラもきっちりカウントされている。


 それでなくても、一行の足取りは長旅の疲労で重くなっていた。


「見えたぞー!! 」


  誰かが叫ぶ。それは、旅人が待ちわびた景色の訪れ。この旅の中間地点。


「コウ! ちょっと歩いててね! 」

「《わ、わかった! 》」


  カリンが手早くベルトを緩めて自分の固定を外す。すぐさまコクピットから駆け上がって、コウの肩を足場にして立ち上がる。同じように、旅団の皆が自分のベイラーの肩に乗っている。騒々しさで起きたマイヤだけ、リクの両腕に支えられながら外をみていた。


  ベイラー達から乗り手が居なくなったことで、足取りがさらに重くなる。だがそれは疲労ではなく、単純に歩くことが苦手な、ベイラーそのものの特徴である。だからこそ誰も気にしない。少しずつ歩みは進んでいくと、その景色は見えてきた。


  街が山の裾野にある。山といってもおおきなものではなく、各地の川が合流してできた扇状地にできる、丘といってよかった。その丘には、人の手で作られたた、豪華というより堅牢さが目につく石造りの城が鎮座している。そして街の中央に川が通り、川沿いに家や、店が構えている。大きな川意外にも、小さな川が国に巡っているようで、まちのあちこちには小さな橋があった。その川は船ですら通れない小さなもので、人々は「物船」と呼ばれる船に物をおいてやりとりしていた。船には紐が備え付けられ、川沿いに走るスロープにくくりつけて流している。船員は必要なかった。


  やがてそれはすべての陸地を越え、一つの到達点へと収束していく。青く、広く、そして美しい。


「海だ……海だわ……なんて大きい……」


  目の前に現れる群青の大海原。日差しを受けてきらびやかを纏う海の上で、漁をする船があちこちに見えていた。人々は歌い、酒を煽っている。


「《……海って、どこもおんなじなんだあぁ》」


  コウが呟いた瞬間だった。なにやら漁船が方向を変えて急速に散っていく。何事かと思えば海の一部が急に盛り上がると、波を作り出して海中から生物が躍り出た。魚というよりは、鯨に似た体格をしている。


  体表は深い、黒に近い青。両脇の紅い線を境にして白い腹のある生き物が、海の中から空中へと飛び上がり、再び海の中へと入っていく。突如起こった水柱によって生み出された高波に揺らされ、船の船員が何人か投げ出されるのを、すでに日常的におこるものなのか、冷静さよりも怠惰さをのぞかせる動作で助ける人々。


  コウの知識で、あれは鯨に似た生物なんだなと結論付けた。もし、認識の齟齬があるならば、それは、まだ国にすら入っていないのに、その生物が海から飛び上がったところを、くっきり見ることができたことだ。思わず胸の内をさらけ出す


「《だからでかいんだって!! 》」

「し、知らない」

「《カリンも知らないのか!? 》」

「初めてみてわ……ミルブルスと似た感じだけど、すっごい大きさ。この前会ったタルタートスと同じくらいあるのかも」


  一行が突如として現れた海の、それも規格外な生物に息をまいている。そんな彼らのことなど知らずに、乗組員を救出した漁船は、再び海へと出航し、魚を得るために風を受けて船を進めている。

 

  ここはゲレーンの隣国、サーラ。海と酒と、陽気を愛するこの国は、多少のことでは動揺しない心持ちと喧嘩っ早い民が有名な、帝都へと続く海へ渡るための港がある、騒々しくも愉快な場所。


  コウが見る、ゲレーン以外の、はじめての国だ。

 

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