郵便屋と本の虫
双子の捜索は難航した。
山の中であること、土砂降りの雨で地面がぬかるんでいることが大きく、探す範囲を広くできない。ガイン、レイダも協力して探すも、切立つ崖や、山に住む生物たちに道を阻まれて、思うようにいかない。
コウはサイクルジェットで空から探すも、空を飛ぶ際、降り注ぐ雨で体を揺らされ、姿勢の維持が晴天時より何倍もの労力を必要だった。これはコウもカリンも予想もしていなかったことであり、今後の課題であると同時に、捜索がさらなる困難であることの事実であった。
さらには、どうゆう訳かミーンは捜索には協力していない。ミーンの体の事を知るカリンは、別段それを咎めなかった。それより、居なくなった原因に、まるで思い当る節がなく、困惑していたのが大きい。 二人が故意に旅団を離れたとは考えにくく、狩人の父を持つ2人が山で孤立する事の恐怖を知らない訳がないからだ。一旦離れて戻ってくる心積もりが、なんらかの原因で戻って来れなくなった可能性が高いと踏んでいた。
カリンは龍石旅団の長であり、リオとクオはご両親から預かった大切な娘たちだ。二人がこのまま帰ってこないという最悪の結末を迎えさせる訳はいかなかった。だが、カリン以上に、この場で誰より気を揉んでいる者がいた。怪我を治したネイラだ。
「あたいが目を離さなければ、こんなことには……」
空になった2人の寝床と、まだ薬の匂いの残る解かれた包帯を握りしめて、歯をくいしばっている。
「最後に見たのはいつなの? 」
カリンの問い掛けに重い首を上げながら答える。いつもの覇気はそこにはなく、ただただ責任に身を焼かれそうな瞳を携えている。その瞳が、ほんの少し泳ぎながら、過去のできごとを掘り起こす。
「マイヤちゃんからスープをもらった頃だから……」
「あれか。僕らも飲んだな。キノコのスープ。あれはおいしかった」
オルレイトがスープの味を誉めながら、その時を思い出した。今は薬が効いているのか、咳こむ様子はない。
「これ以上の捜索はこちらが迷う。今日は山で一夜を過ごしすからいいとして、それ以上は他の皆から遅れるかもしれませんね」
「それも良くないよ」
オルレイトの言葉に水をかけたのは、一行の捜索にずっと加わわっていないミーンとナットがそこにいた。背中に背負う皮で出来たカバンには、沢山の紙とペンが溢れているのが見える。
「それはまたどうして? ベイラーも一緒なら、コクピットから出なければ大丈夫なのに」
「あの2人がじっとしてるもんか」
オルレイトの言葉を切り捨てると、カリンの元へと歩みを進める。その決意に満ちた表情は、旅団全員が言葉を待つのに十分な働きをする。
「姫さま。お願いがあります」
「言ってご覧なさい」
カリンも様子が違うことに気が付き、佇まいを直して向き直る。真っ直ぐ覗き込んでくるナットの瞳は、決意に満ちていた。
「2人を探しに行かせてください」
「......ミーンで探しに行くと、そう言うのね? 」
カリンは、両腕のないベイラーで山道を行かせるのかと言う問いの意図も含んでいる。オルレイトの言う様に、これ以上の捜索はこちらが遭難するかもしれない。その全てのカリンの意図を汲み取った上で、ナットは答える。
「まだ、僕は2人に言いたい事も、聞きたい事も沢山あるんです。それに、ミーンはこのくらいの山道、いつも仕事で通ってます。だから、行かせてください」
ナットからのお願いが言い終わる。静けさが洞窟の中で這い回る。外に降り注ぐ雨がむやみやたらに耳に入るのを無視しながら、カリンは腕組みをはじめ、頭を項垂れる。ついには唸り声まであげはじめた。
「……ダメでしょうか」
カリンの多種多様の変化についてこれなくなったナットが、決意の顔をできるだけ歪ませないように聞く。遭難の危険性は、自分でも理解しているからこその確認。だがカリンの悩みはそうではなかった。そもそもナットを行かせないという選択肢は存在していない。
なら何に悩んでいるのかといえば。
「コウ。まだ油は残っていて? 」
振り返り、自分の信頼するベイラーへと語りかける。対するコウは、自分の紅い肩をさすりながら答える。残量は多くはない。
「あと3回くらいかな」
「ならいいわ。ナット。私たちも一緒に」
「よくない」
その先を、オルレイトが遮った。読み返したいた本のページに大切に栞をはさんで立ち上がる。対してカリンは不服そうに言葉を投げかけた。
「……なぜ止めるのオル」
「そのままコウを連れて探しにいきそうだから。コウのサイクルジェットはベイラーでも貴重な力だ。ここで使い潰すようなものじゃない」
「今だからこそ使うのではなくて?」
けっして食い下がらずにカリンが続けるも、どこ吹く風で受け流すオルレイト。
「サーラにコウが使える油があるかまだ分からない。温存するべきだ。雨の中で飛ぶのは不自由するみたいだし」
「……なら、オルならどうすると言うの? 」
「簡単だ」
「《私たちがいきます》」
背後で、この会話の中一言もしゃべらなかったレイダが初めて口をだす。その言葉を肯定するように、オルレイトは首を縦にふる。ただ、他にも納得していない者がいた。ネイラのベイラーであるガインだ。彼も、自分の乗り手が双子から目を離したことを悔やんでいるように、自分も見ておけばよかったんだと、悔やんでいるひとりだった。
「《俺と相棒じゃ駄目なのか? 》」
「2人は待っていてください。双子か、ベイラーか、はたまたどちらとも怪我をしていたら事です。そうなったら治せるのは貴方がただけだ 」
あくまで理詰めで2人を説得する。感情を無視した理論だが、今のガインを納得させるには十分な力を持っていた。対して、カリンはそうではない。あくまで自身の責任を果たすことを念頭に置いて行動を起こそうとしている。だからこそ、カリンへは感情を伴った説得をオルレイトは用意している。それを出すのは今ではない。
「私たちでは信頼に値しませんか?」
「そ、そうゆう訳ではなくて」
「姫さまの審美観が正しいと信じてもらえるためにも。そしてなにより、これから先、姫さまが誰かに何かを任せる事に慣れて貰う為にも行かせて下さい」
本を小脇に抱えてから、先ほどのナットの様に決意に満ちた瞳をして真っ直ぐ見つめ返すオルレイト。幼馴染の彼の行動に、カリンはついに疑問という形で隙を見せた。
「なぜ、そこまで? 」
「おかしな事をいう」
会話の流れは、オルレイトの想定通りに進んだ。そして、一番言いたかった言葉を、ほんの少し荒げて言う。それは彼が行う感情の伴った言葉。
「君は、何もかも1人でやろうとしすぎだ。せっかく同じ旅団なのに、そんな調子じゃ組んだ意味がないじゃないか」
……それは、オルレイトがカリンにこの旅が始まる前から思っていた事。
カリンが、面食らった顔を隠しもせずに晒す。自分の知らない面を伝えられて、驚きと困惑を混ぜこぜになりながら、体裁を整えてオルレイトの意見を汲み取った。
「……分かったわ。ただし、必ず見つけて、全員帰ってくるのよ」
「必ずや」
レイダとオルレイトが返事をし、踵を返した。後に続くミーンとナット。
「また共に」
「ええ。また共に」
ミーンがナットを乗せる為に、いつものように地べたに足を投げ出して座ろうとすると、隣に立つレイダが肩をつついた。突然の行動に座るのを中断すると、レイダは両腕を乗り手達へと伸ばした。片手に1人ずつ乗せられるように。行動の意図は、ミーンに地べたに座る事なく、乗り手がコクピットに収まる為の手助けをすると言うもの。
それを見たナットが、ぶっきらぼうに口を出した。
「オルレイトさんの事、まだよくわかんないです」
「そうだろうね」
「でも、連れてるベイラーは、とってもいいベイラーだと思います」
「そうだろうとも」
こいこで初めて、オルレイトが笑顔を見せた。それに釣られるように、ナットも笑う。
2人が左右の手に乗り、しっかりと足を踏みしめたことを確認したレイダは、一方を自分のコクピットに、一方をミーンのコクピットへと動かす。滑らかに回る関節のサイクルは、2人を不意に揺らしたりせず、抜群の安定性を持ってコクピットへと誘う。乗り手が乗り込み、ベイラーの目がほのかに緑色に光る。共有が行われ、本来の動きを取り戻す。それは先ほどまでの動きを、過去の物にしていた。
2組のベイラーが雨の中、洞窟から飛び出す。双子の捜査が、はじまった。
◆
雨はさらに強くなり、風は横殴りになった頃。山の中腹で2人のベイラーが疾走している。緑色に赤い肩をした者と、空色をした者。2人は宛てもなく彷徨っているように見える。レイダは道中で、ずっとミーンの駆け方を双子を探しながら観察していたが、その走ることにおける技量が凄まじいことに、この探索で目撃することとなった。
レイダは腕を使い脚を使い、障害物を避け、ときには切り倒し、時にぶつかりながら駆け足を続けている。当然その動作が挟まると、一時的に加速は弱まり、速度が落ちる。
ミーンは違った。最高時速もレイダより早ければ、加速するまでの時間も短い。だがそれ以上に、一定以下に速度が落ない。ベイラーの中でも小柄に分類でき、なおかつ両腕のない体は、この鬱蒼と生い茂った森を、平原のようにかけている。レイダが跳んで避けた岩は、その跳躍を最小限度にとどめることで落下時間を遅くし、体に当たりそうな枝は、あらかじめ目視で確認し、その全てを回避することでぶつかることなく、かつ最短ルートで真っ直ぐに進んでいる。ナットが乗っているときのミーンは、ことこのような森の中でこそ、速力を生かすことができた。あっという間にレイダとの距離が開いていく。
「すごいな。あのミーンっていうベイラー。これじゃ追いつけそうにない」
「《確かに感心しますが、彼らは宛てもなく闇雲に探す気なんでしょうか》」
レイダの危惧は、圧倒的な速度を無作為に浪費するこで、自分たちが旅団へ帰れなくなることだ。そして今現在、ミーンはどこかもわからぬ場所へと走り去っている。このままでは距離が離れてはぐれるどころか、こちらも場所を把握しきれないまま迷うこととなる。
「一体どこに向かっている・・・・?? 」
オルレイトも、その危惧に同意しながら、脚だけは動かしてなんとしても前方を走る彼らを見失わないようにしていた。
そうして、危惧された事の回避への専念と、彼らの意図を見抜く観察を同時進行しながら、地を走る空色を追いかけていると、山の中腹をこえて、山頂付近まで登ってきてしまう。標高も高くなく、空はまだ灰色がさらに濃くなっていく。雨音だけが先ほどから変わっていなかった。ミーンにやっとの思いで追いつくと、既に山の裾を覗き込んでいた。
「一体さっきから何をしているんだ」
「痕跡をたどってる」
「……そんなものがあったのか? 」
「それ」
雨に濡れながらも、土の色とは明らかにちがう、とても小さな物がある。レイダが拾い上げると、黄色い色をした木の欠片であることがわかった。
ふたごの乗るベイラー、リクと同じ色をしたものだ。闇雲に彷徨っていたわけではなかった。
「ずっとこれをたどっていたのか?よくそんな小さい欠片を見つけられるな」
「家を覚えるのと要領は一緒だよ。他と違うわかりやすい目印を見つけておいて覚える。森の中でその色は目立つからすぐわかった……でも、欠片はここで途切れてる」
あたりを見回しても欠片は見つからない。ただ。別の物を、それもあまり見つけたくなかった物をオルレイトがみつけ、苦々しい顔をしてしまう。
「まずいな。キールボアの足跡だ。このあたりは縄張りかもしれない」
「まさか」
驚いてナットが確認すると、たしかに獣によって付けられた足跡がある。ぬかるんだ土の上からついている。最近ここを通ったことは明白だ。だが、足跡だけで凶暴なキールボアであると特定するオルレイトに疑問を抱く。
「……山なんだから、動物なんかいくらでもいるよ。それこそ草食のおとなしいのじゃないの? 」
「足跡の数を見て。こいつは一匹で歩いてる。草食なら群れで歩く。ぽつんと歩いていたら他の肉食獣の餌食になる」
「群れからはぐれちゃったとかは? 」
「それなら、この足の指に説明がつかない。キールボアの足の指は4つに分かれてる。後ろのふたつが広がるようにしてついてるだろう? これは複雑な地形、えっと……こうゆう山奥とかでの滑り止めの働きをしてるんだ。この指をもってる獣は他にもいるけど、こうして広がった形をしているのはキールボアを含んだ雑食のやつしかいない」
つらつらと説明される知らない単語を飲み込みながら、足跡を見比べる。土に残るその足跡は確かにオルレイトの説明通りになっており、なぜその形をしているのか、なぜキールボアだと断定するのかを事細かに教えてくれた。
必要以上の情報であったかもしれないが、今のナットにはオルレイトイという人物を知ることのできる数少ない瞬間になる。なにせ移動中はずっと弱々しい状態の彼しか見たことがなかった。こうして知識を持っているなどまるで想像できなかったのである。
「……オルレイトさんって、狩人? 」
「まさか。ぜんぶ本で読んだ。こうしてみるのは初めてだよ」
レイダをかがませながら、指先で足跡が向かう方向をなぞりながら応える。
「国にいたころは本が僕の世界だった。こうして国の外に出て、いろいろな物を見て、本に書いてあることは間違いじゃなかったって安心しているのさ……えっと、ナット君、だったかな」
「ナットでいいよ。僕もオルレイトって呼ぶ」
「わかった」
レイダをコクピットで地図を広げ、自身のおおまかな現在位置を割り出す。幸いそこまで旅団から離れていない。戻ることは容易だった。しかし、双子を連れて帰る場合は、どこかもっと平らな場所を選んでおいたほうがいいかもしれないと頭を巡らせていると、ナットが声を上げた。
「つまりオルレイトは『本の虫』ってやつだ」
「なんでそんなは言葉知ってるんだ」
「郵便でいろいろな人にあうから、そこでたまに覚えるんだ」
確認を終えて、大まかな道筋をペンで囲む。ふと、レイダの視線が足跡に移る。オルレイトも気になって、指先確認も交えて足跡を追った。
そして、新たな事実が浮き彫りになっていく。事実に基づく予想まで膨れ上がり、それが外れてくれることを祈りながら、オルレイトが確認を取る。
「ナット、最後のリクの欠片はどっちへ? 」
「えっと、そっちに……」
ミーンの視線の先と、指先でなぞった足跡の方向が一致する。してしまう。ここで鉢合わせしたわけではないが、いづれ会敵していまうのは明らかだった。
「急げ! ここが縄張りなら、キールボアは追い出すのに躊躇しないぞ! 」
「わ、わかった!! ミーン! 」
「《聞いてた。急ごう》」
まっさきに駆け出すミーンに、初動で遅れながらも駆けるレイダ。ただオルレイトは静かに自分のベイラーへ指示を飛ばしている。
「レイダ。サイクル・ショットをいつでも使えるようにしておこう。何かあってからじゃ遅い」
「《仰せのままに》」
雨が、ふたたび強くなっていった。
次回サーラ道中は最後に。もうすぐ第3部サーラ本国編




