旅団の乗り手たち
オルレイト君とネイラさんのお話
7mから8mの人型の大きさをした者たちが、二列の長い尾となって道を埋めている。その歩みこそ遅いが、一歩が人間の何倍もあるために、見ためよりも早くその列が進んでいいるのが、草木の揺れと合わずに不自然だった。
その人型は、人間の骨を一部大きくしたような外見をして、事実、肩甲骨と骨盤があることが遠目からでもよくわかった。だが、肋骨にあたる部分はなく、代わりに琥珀色をした球体が胴体に収まっている。
ゲレーンから出発した、ソウジュの実である、人型生命体、ベイラーの行列は、大半はセンの実で染め上げた緑色である。
が、例外もある。やたらと色彩豊かな一向が行列の中で目を引いた。カリン率いる龍石旅団だ。
一向が進む道は、以前コウ達が冬に整備した道を超えつつあった。そうなると、コウが丸一年過ごしたあのソウジュの枯れ木で出来ている城は、もう見る影もない。そして今は緩やかな道をひたすら真っ直ぐに歩いている。ひとまずは目指す先であるサーラであるが、これまで道のりは平和そのものだった。退屈さすら感じている。
乗り手のカリンにしてもそれは同じで、操縦桿を握るのは左手だけであり、自由になった右手で、自分の髪を触ったり、ペンを弄んだりと、時間を無作為に潰している。生まれてからだいぶたったコウの体は、サイクルのなめらかさも相まって、もうほとんど関節から音を出さないでいた。溜息をむりやり声にかえながら、カリンがぼやく。
「大冒険、とまでは行かずとも、もう少し何かあるとおもったのだけど」
「《ははは》」
乾いた笑いがコウから溢れる。退屈さを共有してしまい、嫌気すらさしてくる。しかし思えば、こうして二人でゆったりとした時間を共に過ごすのは、カリンの誕生日以来と言える。であるならば、とコウが問いかける。カリンが立ち上げた、龍石旅団のことで、気になることがあった。
「《他はどうなのさ? 》」
「他って? 」
「《みんながみんな顔見知りなの? 》」
カリンとコウが軸になった相関図で結ばれる龍石旅団だが、横のつながりはどうなっているのか、コウは気になっていた。これから短くない時間を共に過ごすのだ。誰がどうゆう関係性であるのかくらいは把握しいたいのは、無理もないことである。
が、カリンの答えはあっけからんとしたものだった。
「みんな今日が初対面よ。あ、ネイラは1人くらい看たことあるかも」
「へ」
聞けば、先ほどの出発式の際が、はじめての顔合わせだという。
ナットは夏と冬にそれぞれネイラとガイン。レイダ。リオとクオ、それにリクに出会っているが、オルレイトには初めて会った。
クオとリオはガイン達と初めて出会い、オルレイトに至っては、その体のために外にあまり出なかった事も相まって、コウとレイダ以外、他のベイラーと乗り手達に会うのは初めてだという。
つまり、知り合いの知り合いが友達とは限らないを地で行っているのが、この旅団であった。
「《そ、それ大丈夫なのか!? 》」
「なにが? 」
「《何って、初対面で旅をするなんて、無茶じゃないか? 仲違いとか、悪ければ喧嘩になる》」
初対面で寝食を共にするというのは、肉体的にも精神的にも疲労する。相手がどんな人間かわからないというのは、想像以上に消耗するのだ。だが、そんなことはどこ吹く風という態度で、カリンが言う。
「大丈夫よ。もしそうなってしまっても、その時はその時。」
ついには、操縦桿を握る左手の爪をいじりはじめる。手入れはされているものの、爪の間に挟まる木の粉を払うのは、ベイラー乗りにとって避けられぬ日課である。
「《そんな悠長な》」
「なら問うけれど」
顔を見上げながら、自身のベイラーと視線を重ねる。琥珀色のコクピットは、外からはただの透き通った黄色い壁でしかないが、こうして内部から景色を見ることができる。そして球体状のソレは、上部にもおよんで、こうして上を見上げれば、ベイラーと直接目を合わせることができた。
一瞬、カリンの瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、コウがその問いを待つ
「そうゆうことが不毛なことだって、わからない人たちだと思う? 」
たっぷりと自信を伴った問いが投げかけられる。これを否定するのであれば、この問を行ったこと自体が間違いだと決めるような、そんな種類の問い。
その問いに、コウは、否定でもなく、肯定でもない言葉を投げる。
「《それ、理屈だろう? 》」
理性で考えれば、コウの上げた事柄は不毛でしかない。そもそも誘いの時点で、人数のいるキャラバンであることは説明してあるのだ。その前提を受け入れて、今の人数が旅団にいる。
が、それとこれとは別であると、コウはつなげた。
「《どうしても受け入れられない部分があったらどうするのさ》」
「その時は、大ゲンカでもしてもらうわ」
「《それこそ不毛じゃないか》」
カリンが肩をすくめる。その動作は、「わかっていないわね」と、コウに理解させるには十分な動き。会話の温度が若干さがりながら続く。
「コウ。平和であることはいいことよ。でも、誰しも仲良くなんかできないわ。ときには折り合いをつけて行かねばならない時もある。私は、彼らならそれができると信じているから、この旅に誘ったのよ」
操縦桿を両手で握り締める。共有がはじまり、カリンの考えが徐々に口頭以外の方法で頭に直接流れ込む。
「私は、まだまら知らないことがあるから、帝都へ行くの。リオとクオは、あのリクの事を見破る、年とは関係ない慧眼を、オルレイトには、その蓄えた知識を、ネイラには生きる術を間近で見れるとおもったから。もし彼らの間で不毛なことがおきて、この旅団を離れることになっても、私に止められる権利はないわ」
視線が道に戻る。吸い込まれそうな錯覚が錯覚のままに終わった。
「でも、少しは信じてみなくって? 」
「《何をさ》」
再び、今度はコウを見上げずに、肩をすくめた。
「彼ら自身を。みんな、あなたが思っている以上の人たちだって」
コウが、その提言を、しぶしぶながら受け入れる。頭ではわかっていても、やはり良くない方向に想像が思い描かれてしまう。
「心配性ね」
「《カリンが心配しなさすぎなんだ》」
「それなら、レイダたちを見てみなさい」
なぜ今レイダを? と問いかける間もなく、カリンが視線を移した。彼らがいるのは、コウからみて後ろ側。器用に方向を変えて、後ろ歩きになりながら、レイダたちを見る。視点がレイダに、そしてオルレイトへと移る。
◆
コクピット内部は、カリンとくらべ物が多い。オルレイト自身が使用する薬と、持ち込んだ書物が溢れている。その、今にも図書館がひらけそうな場所で、オルレイトが毒づく。
「……くっそう」
「《無理をするから》」
サーラへ到着するまでの2週間。それには山越えが含まれている。サーラとゲレーンを隔てるように走る山脈は、一箇所峰が低くなる場所があり、そこを通ることで、国交が行われている。
そこに行くまでの間、オルレイトが何度吐き気を催したかは、両手両足の指の数を超えた時から忘れてしまった。あらかじめ所持していた薬も、すでに半分を切っている。
「ベイラーとの長旅がここまで体に堪えると思わなかった」
「《ろくに体を鍛えてないからだよ。椅子だって用意したじゃないか》」
オルレイトのベイラー、ネイラが応える。そのコクピットには、背もたれや肘掛があり、さらには背もたれを倒すことでベットにもなる機能がついている。以前カリンがコウの大改造の際に発明された乗り手用の椅子。今は、龍石旅団の全員に取り付けることができている。オルレイトはその、半分ベットにした椅子に寄りかかりながら、日々登る太陽のようにやってくる気持ち悪さを耐えに耐えていた。
「薬だって、限りがあるんだ。このくらいなら平気さ」
「《できるだけ揺らさないようにしますから。すこし目をつぶりますか? 》」
「助かる」
そういって、レイダが目を閉じる。閉じるといっても、今はオルレイトとレイダは視界と感覚を共有している。その視界だけを、レイダ側から強制的に切った。片方の視界がなくなったことで、間接的にオルレイトの目が見えなくなる。レイダだけ、《オルレイトを通して見る景色》が見える状態だ。これは以前、カリンがコウにしたことの逆である。
「目を開けてるのにモノがみえないってへんな感じだ」
「《しばらく休めるはずです。目を閉じられるとあるけませんので、これで御勘弁ください》」
「十分だ……しばらく頼むよレイダ」
オルレイトが自分の手を布で操縦桿に縛り付ける。感覚の共有を切らないため。眠ることをよしとしないのは、それもつい先程まで眠っていたからだ
ベイラーの歩行がゆり籠になりながら、平坦な道を行く。サーラまでの道も半分をこえ、最大の難所である山越えを控えていた。
「サーラについたら、薬を調達しないと……ウップ」
「《……端のほうに袋と水があります》」
「我慢できなくなったらそうする」
龍石旅団は、ゲレーンの一向、その後方に甘んじていた。元から足の遅いリクがいることもあったが、それを差し引いてもペースは遅い。その原因の一つが自分であることに気がつけないほど、オルレイトの頭は鈍感ではなかった。
だがそれを認められるほど器量よしでもない。彼にも、人並の意地というものがあった。
ここまで意固地になるのには理由がある。今、旅団の中で一番年下のリオとクオより体力がないという不名誉な事実が浮き彫りとなりつつあるのだ。2人はこの旅で根をあげるどころか、稼動する椅子に感動し、訳もなくがたがた動かしたり、器用に二人交互にリクの操縦を任せ、残った片方が肩にのって景色を楽しむ余裕すらみせていた。これにはカリンも、医者であるネイラも驚いている。
「狩人の娘ってあんな小さいのに鍛えてるのか」
「《坊やが体力なさすぎるのさ》」
ネイラは、久々の長旅ということで、体の方を絞ってきていた。鍛え上げて筋肉量を増やす事をしなかったのは、肉体の増量によって、その維持に求められる食事量を、この旅では十全に摂ることはできないだろうという判断だった。しかし、そもそもとして筋肉量が旅団の中で一番多いので、何一つ障害となってない。
ナットの方も問題はない。彼は郵便の配達で、年中ミーンの中でゲレーンを走り回っている。それも、今あるような居心地をよくした椅子ではなく、生粋のコクピットの中でだ。慣れ以上のものがそこにはあった。
カリンに至っては、コウのサイクルジェットを経験しているために、すでに歩行の揺れ程度では体が反応することはなくなっていた。空を飛ぶことに比べれば、歩くことの安心感は各別だった。
「くっそう」
「《はいはい》」
つまるところ、ガレットリーサー家では頭脳労働を担当していた彼、オルレイトにとって、この平坦ながらも長く続く道は。苦痛でしかなかったのだ。
途中休憩をするにも、山越え前に休める村はすでに去ってしまった。このまま列から離れるのも、自身の薬の残量からするに不安があった。
オルレイトは、この旅で、自身の体の弱さへの後悔をしていた。この体で半生を過ごし、どうしようもならないことは自分がよく知っているからこその、とめどない後悔だった。
「……やっぱり。薬ないのかい」
「うぁぁえあ!? 」
目を休めながら、後悔の連鎖を断ち切れずにいると、今自分の中で知られたくないことを一瞬見抜き判断される。その事が予想外で、思わず目を見開いて、レイダを通してその声の元を探った。
緑色の肩に白い布をつけたそのベイラーは、歩調を合わせるようにしてレイダの傍にいる。声の主は、その乗り手だった。
「どんなだい? 酔い止めかい? 」
「い、いや、大丈夫です。まだなんとか」
「バカいうな。こんなとこで無茶してどうすんだい。まだまだ先は長いんだ。君が倒れて困るのは君以外のこの旅団全員なんだからね? 」
「は、はぁ……」
ネイラ……外見は筋骨隆々で、光り輝く丸みのある頭が特徴な男性だが、声がやたらと綺麗目な女性である《彼》が諭す。彼は、ゲレーンの中でも名医の一人である。
「揺れと、消耗した体力を補おうとしての発熱……かなレイダ」
「《おや、見抜かれてますね》」
「な、なぜ!? 」
自身の症状を、体を見られずに看破され、思わず声を荒げてしまい、とっさに口を塞いた。その声が先頭をいくカリンにきこえてやしないか、気が気でない。ネイラがそのまま、問の答えと、彼の説得に入る。
「まず、レイダがたまに歩くのがやたら遅くなること。普段そんな遅くないんだよその子。で、さらには胴体を揺らさないようにしている。最初こそ、慣れてないだけかとおもったけどね。流石に何度もそうされちゃ気になる」
ガインがネイラの言葉に頷く。レイダのほうはといえば、バツの悪そうに視線をそらした
「さ、最初から気遣ってくれてたのか」
「《なんのことやら》」
レイダがノーコメントを貫こうとした矢先、今まで沈黙を守っていたネイラのベイラーであるガインが、おもむろに口走る。
「《あの歩き方、膝まげながら、足先うごかしながらっていろいろやりながらだからよぉ、めちゃくちゃ大変なんだよなぁ》」
「《ガイン、それ以上いうとショットを叩き込むよ》」
おう怖いと首をすくめる。人間臭いジェスチャーをしながら、ガインが続けた。
「《オルレイトっつったっけ? バイツのとこの兄貴のほうだろ? 》」
「……お会いしたこと、ありましたっけ? 」
「《昔、おまえの親父が俺とネイラにあわせてるんだ」
「ネイラさんも? 」
「取り上げたわけじゃないよ? 勘違いしないように」
歩みを止めずに、思い出すようにしてネイラが語り始める。それは、大切な記憶、というには程遠いが、決して忘れられないような、刻みつけられうような記憶。呼び覚ますまでもなかった。
「君は子供の頃から体がでかいのにやたらと軽くってなぁ。よくバイツが心配になってレイダを走らせてきたんだ。まぁ別に何もなかったんだけどね」
「そうやって、人の覚えてないとこ掘り返さないでいただけます? 」
「おっと。蛇の尾を踏んだかな。ならついでに」
間をおかずに言葉を言い放つ。それは何より、オルレイトの心に突き刺さる。
「その体の弱さは、生まれつきだといいたいんだよ。治療薬もない」
思わず操縦席から立ち上がった。吐き気を気力だけて押し込め、雨上がりに残る水溜まりのような体力で吠える
「高名な医者なのは存じています! だからって、俺のことを弱いと公然と口にしてどうしたいんですか! 貴方に言われる筋合いはない! 」
「最後まで聞きなよ」
咳き込みかけるのを耐えながら、一応は聞けるだけの冷静さがあった。静かに、諭すようにネイラが続ける。
「姫さまが御誘いになったのは、姫さまが知る、君の力を借りたいと思ったからだろう? 」
「そんなことまで、あなたに言う必要はありません」
「ならつづけるよ。いいかい? ここで無駄に体力を使って、その上薬まで切らしたら、帝都にあんたを連れて行くと思うかい? まだ引き返せるここで倒れてみな。 姫さまは剣をつかってでも追い返すよ」
「……」
その様子は、ありありと想像できた。そしてもしそうなった場合、オルレイトの剣の腕に考えれば、カリンに剣で勝つのは、空に手を伸ばして鳥を捕まえるようなものだ。
「無茶するのは勝手さ。でも、それが必ずしもあんたの理想に近づくことにはならないってことだけは覚えておきなよ? 」
「……それが、医者としての忠告としてなら、聞き入れます 」
「それでいいさ。知り合いの息子がゲホゲホいってるのは気が滅入るからね」
ネイラの声が朗らかなものに変わる。その変化を聞き、ガインも笑った。その上で、オルレイトに提案を示す
「《薬だが、山越えの最中に薬草が生えてる場所があるんだ。そこでなら、手に入るさ》」
「ほ、本当ですか」
「《ああ。あそこにはベイラーにも効くのが生えてるんだ。だからきっちり覚えてるよ。どれが自分に必要か必要じゃないかくらいは、ついでにこの旅で覚えるといいぜ》」
「あ、ありがとう」
ガインの思わぬ提案に安堵する。薬の補充が、サーラにつく前にもできるとあれば、この耐え難い苦痛に蝕まれる時間を、少しでも短くできる。
「あたいにはお礼はなしかい。薄情だねぇ」
「……ありがとう。ええと…」
「ネイラだよ。紹介が遅くなった」
「オルレイトです……知っているんでしょうけど。名乗られたので」
「ああ。義理堅いのは親父にそっくりだ」
◆
「《ベイラー同士が握手してる》」
「ほら、言ったでしょう」
カリンが見上げながら、それ見たことかと顔をにんまりと歪める。
「《なんだかなぁ》」
「大丈夫よ。みんないい人たちだし、なにより皆、勇敢だもの」
「《……そうだね。それを忘れていた》」
カリンが勇敢と称した彼ら。彼らに幾度となく、形こそ違うが助けられている。それを、コウは失念していた。
勇敢とは、障害のその先に行くときに、恐れを飲み込んで一歩を踏み出すことである。それを、この龍石旅団全員が成し遂げていた。
レイダは戦いで。ミーンは声を届けに。リクは人を助け、ガインはベイラーを治す。
そしてコウは何度も何度もこの国の危機に直面し、乗り越えていた。
「《……でもさ》」
「なに。今度は何がご不満? 」
「《アレはいいのかな》」
コウがカリンの操縦を受けずに指をさす。そのまま視線を動かせば、4本足4本腕のリクが、すんすんと歩みを重ねている。
力自慢であるリクには、荷車を運ぶ役目を任せてあり、その荷車にはマイヤが腰掛けている。荷車と言っても、8mあるベイラーが曳くもので、その大きさはほぼ家といっていい。
その光景は、旅の出立から見ていたもののため、珍しくはなくなっている。問題は、4本のうち、余った2本の腕が行っている行為。
そこには、ミーンがチョコンと体育座りをしながら綺麗に収まっていた。
「……お人形遊び? 」
郵便屋であるミーンとナットは、双子のピラー姉妹に、この道中、それはそれはいいように弄ばれていた。
次回。ナットとリオ、クオコンビのお話。




