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旅立ち

名前がつきました。

「……これは? 」

「《眼鏡》よ。これなら作業の邪魔にならないでしょう? 」

「あ、ありがとうございます。お手間をとらせてしまって、なんといったらよいか」

「いいのよ。貴方にこれ以上目を悪くして欲しくないもの」

「それでは、早速」


 旅たちの前日。そのお昼に、カリンはお付きの使用人であるマイヤを呼び出して、ある特注の眼鏡を渡していた。カリンの知る眼鏡とは、レンズと縁しかないもので、物を見るときだけ手にもってレンズ越しに覗く形状をしている。しかし、いま手渡した物には、縁に弦がついている。


 耳にかけて、常時レンズ越しに物を見ることができるものだ。コウの記憶にあった、まだこの世界にはないであろう代物。構造そのものは単純だったために、こうして作ること出来た。まだ弦を折りたたんで小さくすることはできない。しかし普段から物を見るときに目を尖らせているマイヤにとっては、頻繁に仕舞ったりはしない。問題はあるように思えなかった。そしてレンズの度数も、マイヤの目にあっていた。


そうして眼鏡を掛けたマイヤの視界は、普段はボヤけてあまりよく見えないモノが、ピント合ってがはっきりとし、物の輪郭が鮮明になる。色もきめ細やかに彩りをつけ、明るい色はより明るく、暗い色はより暗く映った。そして、何より。マイヤは何年んかぶりに、彼女、カリンを目を細めずに見ることができた。そして思わず、言葉が漏れた。


「……お綺麗になられた」


 その発言から、たっぷり10秒の間が空く。自分が今何をいったのかを理解するのに、時間がかかり、そして言われた方も、何を言われたのかを理解するのにさらに時間がかかったためだ。


「なぁに。いつも見ているのに」


 カリンがからかう。言われたのが褒め言葉だと気がつき、すんなりと受け入れた。彼女はいつも自身を姉と比べて卑下するが、褒められた言葉を否定することは少ない。ただ、二言目には「お姉様ほどではない」と言うのだ。カリンが言葉を続けた。


「そんなに眼鏡はよく見える? 」

「え、ええ」

「よかった。これで、もう睨まずに物を見れるでしょう? 」


 突如として視界の広がった世界はめまぐるしく、言葉が耳に届くよりも早くその唇の動きで、何を言ったのかの大体がわかるほど。決して読心術ができるわけでもないのに、目に見えるもの全てが輪郭のあるボヤけていない領域へと足を踏み入れたいた。思わず、眼鏡を外し、かつて自分のいた筈の世界に戻る。


 何もかもが曖昧で、目を細めて力を入れなければ何もわからない世界。そこに決して不満があったわけではないというのに、もう、この場所で生活しようなどとは、思えなかった。そうして、カリンが与えてくれた世界に戻る。


「大切にいたします。姫さま」

「ええ……その、代わりと行ってはなんなのだけど、もちろん断ってくれてもいいのだけど、その」


 鮮明に映った顔が翳る。カリンが口ごもり、かつ予防線を大量に貼るときこそ、彼女が一番して欲しいことがある時だと、長い給仕生活で知っていた。


「おっしゃってください」

「い、言うわよ?……ふー」


 長い長い息。肺からすべての空気がなくなってしまうほどに吐き出して、紡ぐ言葉を大切に選び出す。飾り立てるか、並べるか、それとももっと別な何かにするか悩み、その全てを却下する。いつも自分の髪や服を仕立てる彼女に、余計な物をいれる必要はない。断られれば、それまでなのだと強引に納得し、いつもの口調で、いつものように口にだした。


「あなた、私のキャラバンに入らなくって?」

 

 風の噂で、マイヤは、姫がキャラバンのメンバーを集めているというのは知っていた。しかし、自分に声がかかることはないとも思っていた。


事実、カリンのキャラバンのメンバーは全てベイラー乗りで固められている。それはコウへの配慮と同時に、この国で最高のベイラーたちの集まりでもあった。マイヤは確か城務めは長いが、それでもただの使用人だ。乗り手でもなければ、ましてやベイラー達にできる特技があるわけでもない。


それでも、選ばれた理由に思い当たり、思わず苦笑してしまう。


「寂しくなってしまいましたか? 」

「そ、そんなこと……」


 幼少のころから知る物は、城の中でも多いが、そのほとんどは父であるゲーニッツの元にいく。カリンのメンバーはカリンを知っているものこそ多いが、カリンが昔から知っているのは、オルレイトしかいないのだ。


 彼女は寂しがる女の子であることなど、とうの昔に知っている。言葉を選ぶまでもなかった。


「わたくしでよければ、お伴させていただきます」

「え、ええ! よくってよ! 」


 陰った顔に、光が戻る。栗色の髪が揺れ鼻歌まで飛び出してくる。感情の起伏が激しい。が、それでこそである。


 だた、マイヤには懸念事項があった。


「……服を用意せねばなりませんね」

「あら、今あるものじゃだめなの? 」

「サーラへ行って海に行くのです。それ用の服というのがあるのですよ」

「そ、そうなの? 」

「ドレスは……そうですね。脱ぎやすい物を選びましょうか」

「も、もしかしてドレスを着ながら旅にいくのではないわよね? 」

「それはもちろん」

「よ、よかった……腰を絞りすぎて痛いのよあれ」

「しかし着てもらうことはありますので。持っていきますとも」

「な、なんですって……」

「大丈夫です」


 しゃべっている間に落ちてきた眼鏡を、人差し指と親指で上げる。なめらかに磨き上げられた弦が耳を痛めることはない


「このマイヤがついておりますれば」


 自信たっぷりに、カリンを真似ながら、たからかに宣言した。


「《そうですかぁ……旅へ……いくのですねぇ……》」

「ええ」


 招集へ赴く前日の夜。城の地下、キノコを栽培するべく設けられたその場所に鎮座するベイラー。通り名は、栽培する物と同じキノコ。そう呼ばれてもう長い月日が立っている。そのベイラーと語らうのは、この国の姫君。カリン・ワイウインズ。


「《旅はぁ……辛いことも、たくさん起こります……悲しいくなってしまうかもしれません……》」

「そ、そうなの? 」


 ベイラーの頭に生えた、大きな傘状のキノコが揺れる。これもまた、彼が頭に生やさせたキノコ。話すたびに、彼と繋がっているかのようにソレは振舞う。ベイラーが喜ぶときには胞子を出して、悲しむ時には小さくしぼんでしまう。だが、決して枯れた事だけはないのだという。


 そんなベイラーが、カリンに、こんこんと語る。それは長い年月を地下で暮らしている者がもつ知識量ではない。まるで自身がかつて経験したことのあるかのような口ぶりだった。


「《でもそれ以上にぃ……嬉しいことやぁ……楽しいこともありますからぁ……ええとぉ……なんて言ったかなぁ……文字がぁ……たくさん書かれたぁ……紙っていう物のぉ……束ぁ……人間の作った……ええと……》」 


 根を張ったことで動きの鈍くなった片手で、怠慢な動きでジャスチャーを行う。それは、何かをめくるような動き。その動きを見て、カリンが何を伝えようとしているのかを見抜く。この場所に長く居てはそうそう見ることはないその名前を答える。


「本?」

「《それだぁ……あれはすごいよねぇ……見聞きしたものを、見聞きしていない者にぃ……伝えるぅ……便りと似てる……良い知恵だねぇ……》」

「本が、お便りと? 伝えるというのでは、確かに似ているわね。こうして森に囲まれたこの国で、海の話が聞けるのはいいことよ」

「《でもぉ……忘れちゃいけないよぉ……》」

「それは、何を? 」

「《便りもぉ……本もぉ……それを書いた者よりはぁ……知ることはできないよ……本当にぃ……海の事を知りたいなら……海に行くのが……一番だぁ……」

「……なら、行ってくるわね。サーラへ。そして、帝都へ」


 カリンの目を、ジッと見つめるキノコ。その頭についたフサが、ゆくりと傘を広げた。そうして、間延びした声から、しっかりとした声へと変わる。これからこの国の外へ行くものへの、ささやかな祝辞。

「《友の子よ。よき旅を。また共に》」

「ええ。また共に」


 答辞も、またささやかに。この国での別れの言葉を述べて、カリンが部屋から遠ざかる。その背筋は伸び、指先一つに至るまで活気に満ち溢れて、これからの旅路が楽しみで仕方ないのが、誰の目にも明らかな形だった。キノコがまた、ゆったりとした声に戻りながら、その姿を、かつての彼らと重ねた。


「《あれからぁ……どれだけ経ったかなぁ……もう忘れてしまったぁ……》」


 体は、もうキノコにまみれている。体のほとんどは木の根と変えて、この大地に細く長く伸ばしてしまった。立ち上がることさえできない。しかし、他のベイラーのように木になることはせず、こうして長い間、地下で人々の暮らしを栽培という形で支えてきた。


最初は、そうする気は彼になかった。長い間この場に、ソウジュにならずに留まるにはどうしたらいいのかを考えた結果だった。


「《ここはぁ……人には不便かもしれないなぁ……恐ろしい獣もいるしぃ……嵐もくるしぃ……でも、きっといいところにしてくれたんだぁ》」


 思い出すのは、まだこの国が出来上がって間もないころ。まだキノコにはキノコ以外の名があり、その名をたくさん呼ぶ者がいた頃。そこには、グレート・ギフトの姿と、その乗り手がいつも一緒にいた。そしてその周りは、いつも朗らかな笑顔と、決意の元での別れが繰り返されていた。


「《……白い、ベイラーかぁ》」


 長い間この国の地下にいて、この国を作った者たちを知るキノコ。彼らの子孫であるカリンを乗り手とした白いベイラー。この国の者が語る、その白い体からは似つかわしくない、赤黒い肩から炎を出す姿を彼は想像し、そして、やはりこれも何かと重なった。


「《赤き炎はその全てを灰とする。恐れるなかれ。灰より命が生まれでる》」


それは、もう人も、ベイラーも忘れてしまった御伽噺。この星が生まれ、ベイラーが生まれる時の話。その一説。キノコもおぼろげでしか覚えていない、その言葉たち。


 その言葉に、今のコウはあまりに当てはまっていた。

 

「《白いベイラーは、全てを灰にするのか……それとも……》」


 ふと、眠りの時間が迫っていたことを思い出した。明日は地上では送り出しが始まる。普段来ないものが、この地下に来るかもしれない。その時、起きていないというのは、おしゃべり好きなキノコにとってあまりに惜しい。


「《正しくつかってくれるさぁ……友の子なら、きっとぉ……》」


 頭が徐々にさがり、頭のフサも垂れ下がり、彼は眠りにつく。カリンと、その旅の仲間に、ささやかな願いとして、旅の無事を祈りながら。


「《……仕方ない》」

「わかってる! でも初めての手紙は僕らが届けるって約束してたのにぃ! 」

「《ど、どうしようもないじゃないかぁ!? 》」


 ゲレーンの城下。そこに広がるのは雲ひとつない青空。風も緩やかで、陽気がいい。招集に応じるために集まった者たちが、一同集まり、その時を待っていた。それを見送る者もまた、各々手土産や旅の助けとなるであろう物を届けにやって来ている。手紙をわたす者もいる。


 ミーン。ガイン。リク。レイダ。そしてコウ。5人のベイラーが、ミーンを除いて、乗り手たちを待っている。リクはぼうっとしており、ガインはしきりにこれから使われるであろうサイクルロープを編んでいる。レイダも一緒になって編んでいたが、流石に同じ作業を延々とやり続けるのは飽きるのか、あまりやっていない


 そしてコウはというと、ミーン、そしてナットと言い争っていた。なんのことはない。コウがこの国で初めて手紙を出す時には、この二人に預けると過去約束していたのにもかかわらず、こうして手紙を出す機会に恵まれたと思えば、ミーンは自分たちと同じ場所にいるのだ。結果として、別の誰かに手紙は頼まねばならない。


「《ちなみに誰に? 》」


 ミーンが問うた。その問いに答えるべく、指折り数えていくコウ。ゆっくりとした動作であるのは、カリンが中にいないからだ


「《えっと、ジョットさんたち夫婦と、ワイズさんたち。あと同じベイラーにも出したいな。シーシャさんとか、ハイシャルとか、あ、リースさんも》」

「《たくさんいる》」

「《そ、そうかな》」

「《手紙を出したい人がいるっていいことなんだって。ナットが言ってた》」


 指おって数えてみれば、両手で数え切れない程になっていることに気がついたコウが、思わず数えなおす。いま言葉にだした人たちやベイラー達以外にも、自分がこれからどんな物を見て、聞いて感じたのか、知ってほしいと願う者がたくさんいた。


「《……俺、手紙だしたい人なんて、いたんだなぁ。こんなに、たくさん》」


 一人。誰にも聞こえないような声を出す。それはかつて現代ではありえなかったこと。手間がかかるというのもあるが、すぐさま誰かに伝えたいなどと思ったことがなかった。


「《つくづく。俺はなんの興味もなかったんだなぁ》」

「なに年よりめいてるのさ」


 あまりの声の低さと暗さに、ナットが苦言を呈したころ、一台の荷台がやって来た。若い村人が数人かけておしてくるその中には、壺に入った食料や、獣の牙を加工したナイフ。それにベイラーを磨くあの棒もある。


「これ、おれらの村から、あんたのとこに差し入れだ! 」

「《い、いいんですかこんなに? 》」

「おう。それに、白いベイラーと黄色いベイラーには世話になったしな! 」


 自分の特徴を言われ、他のベイラーと違う顔だちのリクが振り向く。4つの丸い目が、じっと若者を覗いた。風貌そのものは恐怖を煽る効果すらある。リクの体はただでさえ大きい上に、四本足の四本腕なのだ。


「ぉおう」

「《こ、怖がらせたいわけじゃないんだ。大丈夫だから》」


 リクがあからさまに肩を落とした。落胆している。それを見た若者たちが、一斉に謝る。


「わ、悪い! ちょっとビビっただけだ、おまえでっかいんだなぁ! 」

「《―――! 》」


 怖がられたわけではないと知ったリクが、両手を叩く。それは彼が新たに覚えた、嬉しさの表現だった。その喜びを増したい若者が1人、壺の中身を開ける。中には漬けられた野菜がぎっしり詰まっている。旅の間にも腐らぬように工夫された、村特有のつけものだった。


「これ全部、あの時ひっこぬいてくれたカブだよ」

「《あの時……ああ!?!? 》」


 コウが一度おじいさんを手助けした際に見つかった、それはそれは巨大なカブ。ベイラーほどあるそのカブは、大体はリクが引っこ抜いたが、その際に根が大地から引き抜かれ、地面がゆるくなった。その時に人命救助と、畑のならしを行ったのだ。


「《おじいさんのか! でもまだ残ってたなんて》」

「あれだけでっかいとさ。受け取ってくれるかい? 」

「《あー、でも、どうなんだろう。こっちの荷物の限りもあるし……レイダさん》」

「《はい? 》」


 手持ち無沙汰だったレイダが反応を返す。荷台の存在にも今気が付き、すぐさま手間をかんがえ出す。


「《まだ大丈夫でしょう。荷物が多くなっても、いざとなれば私たちで荷台を作ってしまえばいいのですし》」

「《さ、サイクル荷台か……》」

「《キャリアーとお呼びください。担げるようにもするんですから》」

「《じゃぁ、ありがたくいただきます。みなさん。ありがとう》」

「また共に! 」


 若者たちが荷台を置いて去っていく。これごともって言ってくれて構わないということだ。豪気であるといえば聞こえはいいが、単に荷台から下ろすのがめんどくさがっているのである。


「《あとでやりましょうか》」

「《そうですね………姫さま? 》」


 レイダがいち早くその人物に気が付き、体を起こした。コウもひと呼吸遅れて振り返る。


 カリンが、バイツの息子であるオルレイト、双子のクオ、リオ、医者のネイラ、使用人のマイヤを連れてキャラバンへとやって来る。


「皆揃っているわね? 」

「《もちろん……でも、マイヤさんは? 》」

「これからは、マイヤもキャラバンのメンバーよ。」


 ベイラー達が声をあげて驚く。メンバーは全員決まったものだと思い込んでいたために、突然の来訪者と、同伴者を兼ねた人物がこの出立間際にやってくるなど、誰も想像できていない。


「《で、でもなんで急に? 隠していたの? 》」

「そうじゃないの。実はマイヤに頼みごとをしていたのよ……そのまえに自己紹介が先ね。マイヤ」

「はい」


 カリンのドレスとはまた違う、配色をアースカラーの、言ってしまえば地味な色使いをした給仕服。裾の長いその服を指先で優雅に持ち上げながら、マイヤが名乗る。


「マイヤ・マライヤ。本日よりこのキャラバンでのみなさまの御世話をさせていただきます」

「家政婦さんだよー」

「ほんものだよー」


 リオとクオが、その優雅さを崩すかのようにしてじゃれついてくる。マイヤはそれを解こうともせず、ただ身を任せて好きにさせていた。


 一方、ベイラーたちはその所作と凛とした声に、デキる女を感じていた。彼女であれば、体を拭くのも造作ではないと分かる。そんな雰囲気を全身から醸し出していた。


ただ一人、普段からマイヤの世話になっているコウが、その変化に気がついて、震えながら口にだした。


「《ま、マイヤさん、その眼鏡は? 》」

「姫さまから頂きました……どうでしょうか」


 給仕服に、眼鏡。コウはその姿を、かつて生きていた現代で、安さが売りの量販店で見る、これまた安さが売りのコスプレ商品でしか見ることができなかった。それほど《そうゆうもの》に興味がある訳でもなかったために、今の今まで意識すらしたとこがなかった。


それが、凄まじい完成度となって目の前に現れ、感動を通り越して動揺してしまう。普段から目もとを刃のように尖らせているマイヤがソレをせずに佇んでいるだけで、そのギャップも追加されている。


「《カリン!! 》」

「な、なに突然」


 乗り手のカリンへ、片手でサムズアップをおこなう。彼の中で、《眼鏡を掛けたメイド》というのが、かなりキたようだった。


 これは男子がもつ、ある種の病原菌のない病気である。女性はただ一言、そんな男をみては「バカ」と罵る、致命的な部分だ。


「《すっごくいいと思います!! 》」

「そうでしょう? これならマイヤがこれ以上目を尖らせる事ないもの」

「《そうです。絶対そっちのほうがいい》」

「……コウ、なんか私のドレスを見たときより感動してない? 」

「《気のせいです!! 》」

「《何やっているんだか……》」


 やりとりをきいたガインが呆れる。その様子をみたコウが、謎の衝動に突き動かされている自分に気が付き、慌てて体裁を取り繕う。


「とにかく、マイヤにはキャラバンのメンバーとして参加してもらいます。そして、便宜上、キャラバンといっていたこの集まりの名を、正式に決めました」

「商団ではないのですから、そもそも語弊があるのですしね」


 オルレイトが補足する。その背には大量の日用品と、自身が飲むであろう薬がしまわれていた。今日の体調は、比較的悪いのだが、カリンから荷物持ちを《頼まれた》ために、全力で応えている。なお、そんなオルレイトを哀れにおもったのか、ネイラがすでに半分以上を肩代わりしている。


「では、発表……のまえに、あなたたち。これをナットに配っていただける」

「くばりますー」

「ますー」


 双子がとてとてとナットに近寄り、姫さまから渡されたものを届ける。それは、この国ではありきたりな笛……音階も表すことのできない、ホイッスルだ。素材こそゲレーンで取れる上質な木材でできており、そのなめらかな曲線は見ていて飽きがこない。


そして、その笛には普通にはないものがあった。それは、首から下げる紐をとめる金具で、存在を主張している。


それは小さいながらも、透き通った宝石であり、太陽の光を鈍く反射しながら、ナットの手の中で確かに輝いている。


「姫さま、これは? 」

「これで全員に行き渡ったわね」


 

 それは、山狩りの際にリュウカクが残したあの蹄石。コウとレイダから取り出したものを、職人が小さく砕いて磨き上げた品。それを、彼らの身に付ける道具にそれぞれはめ込んだ。


「これが、我らの旅団の証。そして、キャラバン改め、名を……」


 カリンが息を大きく吸い込む。次に出す言葉を、声量を伴って出すために。肺いっぱいに新鮮な空気を取り込んで、大切に大切に、一言づつ紡ぎ出す


「龍石旅団! 」


 5組のベイラーとその乗り手。1人の従者。それが一同にあつまった彼らを表す名となる。


「《りゅうせき……りょだん》」

「マイヤにも持たせているわ。これは単純に自分の場所を知らせるものでもあるし、ベイラーにとっては、乗り手の大事な呼び笛として使えるの」

「《全員が、もっているんですね》」

「ええ」


 カリンが胸元から吊り下げた笛を掲げてみせる。皆も同じように掲げると、紅い石がそろって光を反射し、まばゆくあたりが照らされた。


「では、龍石旅団。初の旅路よ。もうそろそろお父様が御言葉を……ちょうどよかったみたいね 」


一団のざわつきが収まり始める。その空気の変わり方を認めたベイラーたちは、ガインが手を止め、ミーンがリクを、レイダが向いた先へと向かせる。その視線の先には、この国の王。ゲーニッツがいる。そしてここからでもわかるほどの背の大き差であるオージェンもいた。

 

 ゆっくりと息を吸い込み、その声を張り上げて、届かせる。発破をかけるのは、この国の王である彼の、大事な仕事であった。


「今日は旅立ちにはよき日よりとなった。帝都までは野を超え、川を超え、海を超えて行かねばならん。しかし、長い旅路でこそあるが、これは戦ではない。皆各々が団結することは同じだが、争うことはない。誰が先に帝都に着くかなど競わなくても良いのだ。これが、どうゆうこか、皆はわかるか! 」


 突如の問いに、招集へ赴く一団は困惑する。その表情もゲーニッツは織り込み済みだったようで、離れているというのにその笑顔が眩しく見える。


「それは、この旅はけっして偉大な業績を残す旅でもない。人の歴史の、ほんのわずかにも残らない程度の旅だ。この言葉を捕まえて帝都におわすあの方への不敬だと言う者もいるだろう。だが、ゲレーンの王であるこの私が、望むことはひとつ!! 」


張り上げた声が、一瞬、小さくなる。そして、次の発言を待つ皆が焦れる。


 その待ちに待った言葉が、激しさを伴わずに紡がれる。


「楽しめ。そして、共に成長しよう。旅は心を豊かに、知識を知恵へと変えてくれる。どうか皆息災で、無事に帝都に行こう」


 聞き届けた者ひとりひとりに、王の言葉が心へと染み渡る。嵐の時のような、宴の時のような、激しさのある声ではない。ただ、雨音は必ず聞こえるように、静かに。しかし確実に彼らの耳に響いた。


 誰かが、王の声に答えねばと声をだす。だが、なんと答えるべきか。鼓舞するでもなく、願われたのであれば、どうすればいいのか。誰も彼もが答えに悩む。そんな空気をあっさり破るのは、小さな女の子の声だ


「応ともー! 」

「ともー! 」


……それも、二人。その声を聞き、ベイラーの中でも人一倍大きな体をしたリクが、振り向く。聞き間違うはずのない自身の乗り手の声。


 リオとクオが、小さな体を精一杯伸ばして、そこからさなり両手を天高く掲げて、王への返答を行う。その姿をみた大人たちは、我に返り、その言葉に習っていつものように返事を返した。


「「「「応とも! 応とも! 応とも!! 」」」」」


 王が、返事に心からの満足を示して、笑顔になる。


 その顔は、どこかカリンたちに引き継がれたであろう面影があった。


「では……いざ、帝都へ! 出立!! 」



 龍石旅団の皆が、ベイラーに乗り込む。マイヤは、ガインの引く荷台に乗って、旅の伴をする。


 この国の半数のベイラーが、王の声で一斉に動き出す。送り出す歓声がひときわ大きくなり、一斉に手をふりだした。


「また共に」 その言葉が、そこかしこから聞こえてくる。


「……ナット! あそこ! あのベイラー! 」

「は、はい? 」


 コウに乗り込んだカリンが、コウの指でその場所を指す。そこには、一人のベイラーが、小さく手を振っているのが見えた。


 それは、かつて、ナットの叔父が乗っていたベイラーであり、オージェンが洞窟から救い出された、あのベイラー。


 乗り手と不条理な別れを経験させられたあのベイラーが、たしかにこちらに向かって手を振っていた。


 それを見たナットが、おもわずミーンの体から出た。そのまま、周りの歓声に負けじと、声を精一杯張り上げる。


「手紙、絶対に出すからな! 読まないと木になったらいけないんだからな!! 何も言わずにいなくなったりしたら、ダメなんだからなぁ!! 」


 ナットはこれを今生の別れにするつもりはない。ただ、もう一度出会うための確約が、彼には欲しかった。それは、もう会えなくなってしまった叔父との会話を、今でも思い出すのもあるが、それ以上に、別れの際には、この国の言葉でわかれたいと強く思うようになったからだ。


 この大勢の中で、果たして聞こえていたのかどうかはわからないが、そのベイラーは確かに、首を肯けた。


 招集に赴くゲレーンの一団が離れていく。まず、船に乗り込むために、街道にでて、山を超えねばならない。その先に、港で船に乗るのだ


 そして、その港こそ、サーラという、カリンの姉が嫁いだ、海のある国だ。

 


「《国の外には初めて行くな》」

「まずは山越えよ。それさえ終われば、あとは楽チン」

「《油断っていわないかいそれ? 》」

「野生の動物なんか襲ってこないもの。こんな大勢のあつまりに突っ込んでくるほど、彼らは愚かじゃないわ」

「《そうゆうもんか》」


 コウたちが歩みを進める。龍石旅団の歩みは、一番脚の遅いリクに合わせられる。四本足は安定するが、歩くのが難しかった。ただ、それを旅団の全員が理解し、歩幅をあわせている。

 白いベイラーが一人。緑色のベイラーが二人。うち一人は紅い肩を、一人は白い布を巻いている。空色のベイラーは、土気色したマントを雄々しく翻しながら軽快に歩き、黄色いベイラーは、だれよりも重厚な体を、大地に刻みつけながらしっかりと歩く。


 カリンが操縦桿を握っていないことを確認して、コウが考える。この旅の、自分自身の目的について。


「《サーラに、いや、帝都にいけば、あの綿毛の川のことについて何かわかるかもしれない。そして……俺が、どうしてこの体になったのか》」


 ひと欠片の欲求であり、いつもの平穏でかき消されそうな自身の謎。その答えを求める旅が始まった。


次回! 第三部「サーラ」編開始!! 

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