穏やかな前触れ
友情はベイラーと人間の間にも発生しえます。ですが、コウの場合は……
アリモノキルクイの襲撃を退けた後に、バイツの屋敷の被害が分かり始める。
牧場としての被害は0といってよく、ラブレスも畑も無事だった。問題は、建物の方にある。
宿舎が大きく壊れたのに加え、屋敷の扉が破壊されている。物的損害に加えて、キルクイたちの亡骸がそこら中にある。その匂いもまた強烈であり、その体液がそこかしこに飛び散っているのが、そこの住む人間の心労を重ねた。
大掃除を余儀なくされたバイツ家と、牧場で働く人々の手によって、まずは体液の掃除からはじまり、次に大量のキルクイの亡骸が一箇所に集められて、火にかけて、灰とした。土壌にまくためだ。
コウは、その砕けた両足を集め、最低限度の接木をしたのちに、つい昨日までレイダが座っていた場所に押し込められた。人手がいる今。足が動かせず、他にも怪我をしているベイラーは、言ってしまえば邪魔であった。
総動員で屋敷からアリモノキルクイの痕跡を拭い去ったことには、すでに夕方となった。コウを足として頼っていたカリンも、バイツ家に泊まることを余儀なくされた。コウはカリンの傍にいることを提案したが、そもそもコウが怪我人であること、バイツの屋敷がそこまでベイラー用になっておらず、大きさが違うベイラーが屋敷の中をうろうろするのは危険だということで却下された。
一連の騒動が収まり、もう夜がふける頃、身動きの取れないコウに、レイダが様子を見にやってきた。
乗り手のいないベイラーは動くこと全般が苦手であるが、レイダはその中でも、歩く程度なら一人でできてしまう。
「《眠らなくていいんですか? 》」
「《すぐに私も寝ます。ただ、少し気になることが》」
「《気になること? 》」
「《コウ様、赤をいただいたのですか? 》」
「《ああ、そうゆうわけじゃなくって》」
「《では、カリン様のために見栄を張ったと? 》」
「《それも違いますって。ええと》」
レイダが他のベイラーと同じように疑問を口にすると、冬のできごとを、コウが順序立てて説明する。ガイン達にも話した内容であるため、すんなりと話すことができた。
「《私の眠っている間に、そんなことが。では、あのキルクイたちは》」
「《キールボアが減ったからって、狩人が言っていた。間違いないと思う》」
「《全く。面倒なことが起きたものですね。やはり、3日後の山狩りはしっかりやらねばならないでしょう》」
「《何もないのが一番だけどね》」
会話が途切れたことを皮切りに、コウが、乗り手の話題を降った。ベイラーの乗り手とは1人だ。レイダは冬に入る前まで、バイツを乗り手としていた。それを突如変えたことを気にしていたのだ。
「《そうえば、オルさんは? 》」
「《あのあとからずっと、疲れ果てて眠っています。怪我は大したことないそうです》」
「《そっか。よかった……レイダさん、バイツさんを乗り手にしてたのに、どうして突然オルさんに? 》」
「《どうして? 乗り手を変えるのは何も不自然ではない気がしますが》」
「《いや、その、前の乗り手が、どう思うのかとか、考えないのかなって》」
「《ああ、そうでした。コウ様は、生まれたての子供でしたね》」
「《言い方に棘を感じる》」
「《気のせいです》」
「《じゃあ、生まれたての子供だから、どうだっていうんです? 》」
「《乗り手が代替りするのを、経験していないのでしたね。ということです。》」
「《……レイダさんは、もう経験してるんでしたね》」
「《これで三度目ですが、何か》」
「《不思議なんです。オルさんを選んだことが》」
「《オルレイト様の体の事はご存知なんですね。》」
「《はい。体が弱いオルさんを乗せるっていうのは、その、彼にあまり、よくないだろうなって。僕はてっきり、弟さんの方が乗り手になるんじゃないかって》」
「《コウ様はやはり愚鈍であらせられる》」
「《急になんですか》」
「《オルレイトは、ご自分の体の弱さを自覚しておいでです。だからこそ、乗り手には弟がふさわしいと思っておいででした。しかし、弟の方は、どうやらそうではなかったのです》」
「《バレットが? 》」
「《はい。あの子は昔から、兄こそが乗り手にふさわしいと言いたのですよ》」
レイダが、座っているコウに目線を合わせた。
「《コウ様。覚えておいてくださいませ。我らが拒む理由に、乗り手の都合を入れてはいけません。ましてや、その乗り手の事を知らないのであれば、なおさら》」
「《で、でも、オルさんじゃ、いつか体がもたなくなりそうで》」
「《そうなれば、そうなるまで。オルレイト様も十分わかっています》」
「《レイダさんが、止めようとは、おもわなかったんですか? 》」
「《あの状況でしたからね。でも、もしあの状況でなくても、私は拒むことはしないでしょうね》」
「《俺には理由がまるでわからない。乗ったら絶対大変なことになるのはわかているのに、どうして》」
「《それは、ですね》」
レイダが、コウの傍で、壁に背をあずけて語りかける。それは、自分の大切な記憶を思い出すように、ゆっくりと
「《そんなことは、『彼ら』には関係のないことだからでしょうね》」
「《……まったくわからない》」
「《いつか、分かるときがきます》」
「《そうなればいい》」
「《さて、納得いただいたところで、明日、コウ様にお持ちいただくものがあります》」
「《明日?なにを》」
「《貴方がつくったサイクルブレードの処分に困っているのです。とびきり大きなのが1本転がっていまして。》」
「《大きなブレード……ってああ! サイクルステーキブレードか!? 》」
「《サイクル、なんです? 》」
小屋ごと両断し、キルクイを一掃した際に使用したブレード。両足が砕けたために、サイクルショットへと変えたために適当に放り投げた物が、牧場に突き刺さって抜けていないのだという。
「《あんな重たいブレード、よく振り回そうなどと考えますね》」
「《アハハ……》」
「《笑ってごまかそうとしても無駄です。持ち帰るなり砕くなりしてください。率直に言って邪魔でしょうがありません》」
「《あれ、でもサイクルでできたものなら、火で燃やすなり切るなりすればいいと思うんですが》」
「《それができなかったから、こうしてお伝えしにきたのです。》」
「《で、でもただのサイクルブレードはすぐ壊れるんですよ? 》」
「《ええ。たくさん破片がありました。でも、あの大きなのは別です。燃えもしなければ、ノコギリの刃も通りはしない。一体どうやって作ってるのです? 》」
「《ぶ、ブレードを重ねているだけなんですが》」
「《それだけであの硬さに?……コウ様は時々私たちとは違うベイラーなのではと思うときがありますが、今回もまた変なことが起こるものですね》」
「《そう言われても、まるで自覚なんかないんですが……えっと、話はわかりました。でも、ブレードを片すのは怪我が治ってからでいいですか? 》」
「《はい。3日もあれば、肌もその足も元に戻るでしょう。その時、お願いしますね》」
「《はい。……レイダさんまた共に》」
「《……はい。また共に》」
レイダが、コウの元を去る。両足の感覚を思い出しながら、レイダの話を思い出す。
「《いつか分かるときがくる。……それって、きっとカリンに……》」
――カリンに子供が出来たとき。
そう考えた瞬間、体の内側から、どす黒い感情と、外側の外気を温めんばかりの暖かな感情、相反する二つの感情が同時に発生する。
あたたか感情は、その子供に向けたものだった。
どす黒い感傷は、その相手に向けたものだった。
――俺以外の誰かが、カリンの相手になる。
そう考えた瞬間、どす黒い感情が勝った。
「《俺は、俺はいま!? 何を考えた!? 俺は、俺はベイラーなんだぞ! 》」
両手を開く。その肌は、木目があり、ところどころ傷もある。人肌のような暖かさはなく、ささくれもある。生前の自分とは似ても似つかない手。
いつかガインが言っていた。乗り手とベイラーが、逃避してしまう話。
「《くっそ、くっそ! なんだ突然! なんだっていうだ! 》」
肩の噴射口が、コウの意識とは別に勝手に燃え上がり始める。不思議と、その炎が物を燃やすことはなく、代わりにコウの体が焼け爛れていく。その事に、まるで気がつかない。
「《わかってたコトじゃないか。 気にするだけ無駄なんだ。今は、眠るんだ。明日、せめて補助されながらでも、歩けるようにしないと。ここを貸してくれたレイダに失礼じゃないか……眠るんだ俺……》」
コウが、気がついていないフリをして、思い出さないように蓋をして、無理やり眠りにつく。肩の炎は、チロチロと体を蝕みながら、コウの体を照らし出していた。
◆
「《……説明を求めてもよいでしょうか。バイツ様》」
「説明も何も、ベイラーが寝れる場所がもう客室しかないのだから、寝るにはここしかないだろうに」
「《いつの間にか増築していたことを知らなかった私に落ち度はあります。しかし、それならなぜ、コウ様をここにつれてこなかったのですか》」
「あの状態のコウをつれてこれるとおもうのか? ここは遠い」
「《し、しかし》」
「おまえがはいっても問題ないほどの広さをこさえてある。心配するな。」
「あの、レイダ、ごめんなさいね? 私と一緒なんて」
「《姫さまは悪くありません。断じて 》」
バイツの屋敷。その客室に、カリンは通された。遠くから来た者や、ベイラーも共に入れるように、広く作られている。レイダの寝床は、いまコウに貸しているために、レイダの眠る場所はなかった。レイダ自身は、外で適当に地べたに座って眠ろうかと思っていた矢先に呼び出され、今に至る
「《カリン様と同室など。オルレイトやバレットが何というか》」
「なに。文句の一言も言わせんさ」
「《 (質問攻めされるのにお気づきでない。こう言うとこは本当に可愛くない。あの兄弟にとってカリン様がなんでもない存在だとお思いなのでしょうか) 》 」
「バイツ、レイダもこういっているし、私、コウの中で眠るからいいわよ」
「《 (しまった 気遣いをさせてしまいました。これはいけない) 》」
「《姫さま。レイダと共に、すこし冬のことなど、教えてくれればと存じます》」
「あら、そう? いいの? 」
「《私の不手際で、冬は寝過ごしてしまいましたから》」
「じゃぁ、バイツ、レイダを少し借りるわね」
「はい。では、また共に」
「また共に」
「《また共に》」
バイツが部屋をあとにする。豪華とは言わないが、必要以上の物が揃っている部屋である。レイダが用意された椅子に座る。
「えーと、そうね。何から話そうかしら」
「《冬で、楽しかったことがあれば、是非》」
「楽しかったこと……そうね。その話の方がいいものね」
レイダはあえて、パームの話題を選ばせないように予防線を張る。すでにその話はコウから聞いていたのもあるが、それ以上に、カリンとは、彼女が幼いころから知る仲であり、その彼女が楽しいと感じたことを、知っておきたかった。話題に出たのは、街道の整備をしていた時の、休憩での一幕。彼女がエアリードでの演奏で、はじめてセッションを行った話だ。
「楽しかったわ……ブブジっていう人から、いろいろな事も教わった。楽譜の本当の意味も。その楽しさも」
「《それは、よかった。 姫さまはエアリードがお嫌いかと思っていましたから》」
「そんなこと、レイダに話したことあったかしら」
「《いいえ、ただ、演奏の際、とても、悲痛な顔をしておいででした》」
「……そうね。間違えちゃいけないとか。こうしなきゃいけないって考えて、もう頭いっぱいで。楽しむ暇もなかったもの」
「《今では、もう楽しめますか》」
「ええ! とっても! 」
「《それは、よかった。他には、どのようなことが》」
「そうね。他には……そうだ。新しいベイラーが来たのよ」
「《新しいベイラー。コウ以来ですね。どのようなベイラーなのですか? 》」
「それが、四つの目の、腕も、足も4つある、すっごい体のおっきなベイラーよ」
「《腕と足が、4本? ガインのツールセットが、腕に変わったようなものなんでしょうか》」
「ええ。そんな感じ。力もものすごくって、この夏に農家はおお助かりだって」
「《でも、そうなると、乗り手は大変でしょうね。自分にない腕を操るなど》」
「そうでもないみたいよ? 」
「《なんと。よほど器用な方が乗り手になったのですか? 》」
「それがなんと双子の2人乗り! 」
「《二人乗り!? それも双子!? それはまた珍しい》」
「やんちゃな子たちでね、顔も瓜二つで、おんなじ声で、もうこっちがこんがらがっちゃうの」
和気あいあいと会話が続く。カリンは疲れを感じさせず、レイダはただ、彼女が幼い頃から知るままであることを、嬉しく思っていた。
「バレットは相変わらずね。さっそく稽古をつけてくれって言われちゃった。こんな時だっていうのに」
「《あの子は血気盛んですから。斧の扱いを毎日熱心に聞いていて、バイツも嬉しがって教えてしまうものだから、とどまることを知りません》」
「ええ。だからというわけではないけど、私、不思議だったの。オルレイトを乗せたことが」
「《……姫さままでそのような事を》」
「体の事もあるけど、バレット、絶対貴方に乗りたがったのではなくて? 」
「《ああ、そうでした。姫様はバレットの事をよくご存知でしたね》」
「ずっと後ろをくっついてくるような子だったからね。オルレイトは物静かだけど、ひとつのことを成し遂げようとじっと考えられる人になった。正反対だけど、持ってる熱意はふたりとも同じ。だから譲るなんて思えないの。どっちも」
「《譲ったわけではありませんよ。ただ、約束していたのです》」
「約束? オルレイトと? 」
「《いいえ。バレット様とです》」
「きいても、いいかしら」
「《ええ。といっても、簡単なものです。『もし兄上が、レイダを必要としたら、その時は応えてほしい』とバレットは約束していたのですよ》」
「……バレットが、どうして」
「《オルレイト様は、自分の命の最後が近いうちに来ると確信しているのです》」
「そんなに、病は重いの? 」
「《病が多いというより、病にかかりすぎるのです。もう4度、生死の境をさまよっています》」
「そ、そんなに!? 私がちいさなころ、一度大騒ぎになったけど、それ以降はなにも……」
「《バイツ様も、他に伝えないようにしていたようです。オルレイト様は、ゆくゆくはガレットリーサー家を担う方です。病で体が蝕まれる分、その心までは、何人も犯されないように、バイツ様も考えているのですよ》」
「……普段からは想像もつかないわね。口を開けば自慢話ばかり。アレを私は成し遂げました! とか。ソレを私がやりました! とか。」
「《あの自慢話好きだけは昔っから変わらないのですよ……ほんとうにしょうがないでしょう? 》」
「ええ。全く。奥様も大変でしょうに」
二つの月が真上にさしかかろうとすること。寝巻きに着替えたカリンが、最後にレイダの足に触れた。
「……よく、起きてくれたわ。レイダ。あの時来てくれなかったら危なかった。どんなお礼をしたらいいか」
「《なら、昔のように『レイダちゃん』とよんでくださいな》」
「な! 貴方そんなことまで覚えているの?! 」
「《もちろん。 この国で、私が関わった人とのことは事細かに覚えておりますとも。それとも今ここで披露してみせまようか? 》」
「ち、ちなみにどのような」
「《オージェン様のことなどいかがでしょうか? 》」
「いやぁ!? 私貴方に話していたのね!! あーやめて! お願いだから! 」
「《せっかく手紙まで窘めていたのに。残念でしたねぇ》」
「いやぁああああ! もうやめてぇ! 」
「《とっておけばよかったものを。燃やしてしまうなんて》」
「その、もうやめて、埋まってしまいたいから……」
「《はい。ではやめましょう。代わりに、お姉様であるクリン様がサーラに嫁いだたときの泣きようなどを》」
「あああ!! こんどはそっち! ああ!! やめてぇえ!! 」
ベイラーには口による表情の変化はない。代わりに、目の発光がそれを代行している。レイダの目は、それはそれは楽しそうに優しく光っている。
ついにカリンが羞恥に耐え切れず、部屋のベットにうず曇った。レイダを毛布の間から睨みつける。
「過去のことを知っているベイラーがこんな、こんな厄介だなんて思わなかった。目の前で羞恥をさらけ出されることの苦しさがこんなにも辛いだなんて……」
ベットと、レイダのいる椅子までは多少の距離があった。声が届くように、二人ともすこしだけ声を張り上げる。
「私がレイダの過去を知らないの、なんだか不公平でなくてー! 」
「《そんなことはありませんよー 私は私のままでありますればー 》」
「じゃぁ、バイツのおじいちゃんとはどうやって会ったのー! 」
「《おしえませーんー 》」
「ずるいぃいいいー」
「《はっはっはー 》」
小馬鹿にするような笑い声が、部屋に響いた。そして次の瞬間には、レイダの声は、小さくも重く、ベットにいるカリンに届いた。
「《……このレイダ、カリン様と共にあれて、嬉しゅうございます。》」
「ええ。本当に。もう二度と会えないと思ったのよ」
「《申し訳ない》」
「だから、今度から、あんな無理したらダメよ? 」
「《……はい》」
「約束だからね。破ったら承知しないのだから」
「《破ったら、どうなさるおつもりで? 》」
「その体にセンの実で落書きしてあげる。」
「《それは手厳しい。では、そうならないようにしましょう》」
「ええ。そうして」
カリンが笑う。またこうして、同じ時を生きることができたことが、たまらなく嬉しかった。
「明日は宿舎の修理よ。レイダにも頑張ってもらわなきゃ」
「《私もそう思いますが、オルレイト様次第でしょうね》」
「そうだ! 今度、レイダに椅子を贈るわ! 乗り手用の!! 」
「《今はそんなものがあるのですか? 》」
「コウ発案の、とっても便利な椅子! 頭も打たなくなるの! 」
「《それはいい。 動き回って怪我をしたら、オルレイトは大変ですから》」
「今すぐにとはいかないけれど、城の職人に頼めばすぐ作ってくれるわよ」
「《では、バイツ様からもお願いするようにします》」
「ええ。 明日、オルレイトが起きても起きなくても、無理はダメよ? 貴方が寝起きなのは変わりないんだから。 ちゃんと休憩をとって、サイクルから出たクズを払うこと。いい? 」
「《姫さまは注文の多いお方ですね》」
「守ってほしいの。ダメなの? いいの? 」
「《はい。守りますとも》」
「決まりね」
カリンが毛布から這い出ると、灯りを一つずつ消して行く。その足取りは軽く、飛ぶようだ。実際、最後の灯りを消したとき、カリンはその場からベットへと飛び込んだ。
「《まぁはしたない》」
「レイダしかみていないのだからいいの」
「《私がバイツ様に話せば、巡り巡って王様の耳に入りますが、どうでしょうか》」
「もう。意地悪」
そのまま、毛布をかぶった。二つの月明かりが部屋を照らす。レイダも眠る用意をする、その瞬間だった
「『レイダちゃん』おやすみなさい」
「《――お、やすみなさい》」
カリンの表情はわからなかったが、レイダには、自分が策にはまってしまったのだという自覚があった。証拠に。動揺を隠せずに言葉を返してしまう。不意打ちが見事に決まる。
「《コウ様も大変ですね。姫さまが乗り手なら、毎日気が気でないでしょうに》」
恋煩いなどしてしまうかもしれないと、コウへの危惧をしながらも、すでに寝息を立て始めたカリンにむかって言う。
「《……おやすみ。カリンちゃん》」
それはまだ、カリンが幼かった頃にレイダがしていた呼び方。
二つの月だけが、今この場で、その古い呼び方を聞いていた。
しばらく週一投函になります。物語はまだまだ続きますのでご安心ください。




