捕食されるベイラー
木の皮を食べる虫がいれば、そうなります。
バイツが指を鳴らすと、従者が台車を運んでくる・
人の胸の位置に物が置いてある、大仰な台車だった。上には、これまた大仰な皿。それにドーム状の蓋がされている。脇には、水がはいっているであろうコップ。ナプキン。
料理を運んでいるのは、すぐに分かる。そして、その香りは、食欲を持たないベイラーであるコウでも、『美味しそうだ』と推測できるものだ。
その料理を、バイツ自ら、台車からカリンの前と運び、蓋をあける。そこには一枚、分厚くも食べやすい大きさになった肉が鎮座している。ほどよく焼かれたであろうその表面は、焦げ目もない。添えられている野菜からは湯気がたっている。
今日カリンは、牧場での肉を試食を頼まれてここに来ている。その依頼は、過去にも何度かあり、カリンもそれを快諾した。
ふと、香りを楽しんでいると、違いがある。
「以前と香りが変わった? 」
「はい。ハーブを塗りこんでおりません」
「……それは、少し味気ないのではなくて? 」
「そこは、このバイツを信用していただくほかありません」
「そう。なら、信用させてもらうわ。では」
カリンが神妙な面持ちになり、ナプキンをつけ、ナイフとフォークを持った。試食であり、量は多くない。それでも、一口でいけるような大きさではなかった。
ナイフを入れると、その肉は拒むことなく分たれる。その感触は、カリンには未知の物だった。そして、コウには、その肉の正体が分かった。
「……なんて、柔らかい。」
「《 (あれって、霜降りってやつじゃないのか……) 》」
分かたれた肉には、白い油が細く、細かく走っていた。まごうことなき霜降り肉である。
カリンはそうとも気づかず、否、知らずに、フォークを用いて、その肉を口に入れた。
「――!? 」
「ようやく、ここまでたどり着きましてございます」
食べ慣れたラブレスである。その筈だというのに、食感、味、その油に一滴まで知らない物だった。
「こ、これは一体? 柔らかくて、溶けていってしまった、これは?」
「ラブレス達に食べさせる餌に、すこし工夫を加えました」
「餌に? ラブレスは草食でしょう? 餌もなにも無い気がするのだけど」
「ラブレス用に、穀物を食べさせているのです」
「穀物?そ、それで、こうなってしまうの? 」
「はい。 偶然ではありましたが、こうしてカリン様のお墨付きもあれば、結果はよろしかったようで」
「え、ええ。 こんな美味しいお肉、初めて食べた」
カリンがそこまで言うと、再び、肉を口に運ぶ。その味と食感を噛み締めつつ、なごりおしそうに、飲み込む。
付け合せの野菜も又、油をさっぱりさせるためにかかせないものである。口に運んでは、肉の余韻を零にして、再び新しい肉を口に入れる決意を新たにできる。
そうして、あっという間にカリンの胃に収まった。バイツから水を受け取り、飲み下す。
「……素晴らしいわ。バイツ」
「はッ! 」
「お父様にも食べさせたいくらい」
「ぜ、ぜひ! 」
「ただ……」
ナプキンで口の周りを拭きながら、カリンが提言する。
バイツの顔色が変わった。ここまで褒められた状態から、苦言を呈されるとは思わなかったからだ。
「量に、気を付けて」
「量、で、ありますか」
「その、私が今いただいた分。おそらく、奥様方には多いわ」
「な、なんと!? 」
「きっと、普通のラブレスの肉よりも、油の量が凄いのね」
「あ、味には問題はないのでしょうか」
「もちろん。これなら、お酒を嗜む方にも合うだろうし、それに、男の方なら、量は問題なさそうだし。……そうね。苦みの少しだけ強いお茶を、出すといいわ。お酒を嗜まない方向けに」
「は、ははぁ」
「そんなにしょげかえらないでいただけると、うれしいのだけど。美味しいのは事実なのよ」
「は、はい! それは、もう」
カリンが、バイツへコップを返す。
「焼くだけでこれなら、他の料理はもっとすごいことになりそうね」
「レシピは開発中ですので、また後ほど」
「なるほど……さて、バイツ、何か話したいことがあるのではなくて? 」
「そ、それは」
「奥様が、わざわざ私に聴こえるように、お仕事の話をするな、など、よほど困窮しているとお察しするわ」
「あ、あやつは一言おおいのです」
「でも、私にしかできないことなのでしょう? 」
「……レイダのいない今、ぜひ、コウの力をお借りしたいのです」
「フフッ」
「な、なにか可笑しいことでも」
「冬場も、オージェンから同じことを言われたわ。レイダは随分、皆にしたわれていたのね」
「あやつは、乗り手をガレットリーサーと共にして70年はくだらない者です。知っている者も、多くなったのでしょう」
「……わかりました。お聞きしましょう。こんな美味しい肉をたべさせてくれたのだからね」
「か、感謝いたします」
「コウ! 貴方もこちらに」
「《は、はい! 》」
◆
「先ほど、ラブレスには穀物を食べさせていると、お話ししましたが」
「ええ」
「その食べさせている為育てているのサコ畑が最近、あらされておりまして」
「《サコ? 》」
「白と黄色の実が交互になる実。……荒らされる、というのは? また盗賊が出たの?」
「それが、おそらくなのですが、クチビスの仕業かと」
「クチビス……臆病な彼らが? わざわざ山から人のいる畑に降りてくると? 」
「今朝、家の倅が数匹捕まえました。確実に降りてきています。」
「それは……まずいのではなくて? この時期にクチビスが群で畑を襲えばひとたまりもない。」
「はい、ですから、山狩りを行いたく思います。クチビス以外にも、何か山で起こっているのかもしれません。去年からいつもとは違うことがおおく起きましたから」
「そうね。たしかにそうゆうことならベイラーがいる。」
「《山狩りって、具体的にはなにするの? 》」
「麓から上にむかって進んでいって、調べていくの。 でもゲレーンの山はとても人間がひとりで入っていくような場所じゃない。ベイラーだってそう」
「《ベイラーでもか》」
「あのギルギルスのような凶暴な生き物が何匹も住んでいるのよ」
「《それは、考えたくないな》」
「人数は集められるのね? 」
「それはもう」
「コウ、やれる? 」
「《山に行くのは、生まれた場所から降りるとき以来だけど、できるさ》」
「そう。なら、バイツ、そのお話、承ります」
「はッ!」
おもむろに、カリンが首をかしげた。
「でも、どうして? クチビスが普段降りてこないのも、クチビスを好物にする動物が食べるからで、そんなこと起きないのに……」
「《……あ》」
「コウ? 」
「《好物にする動物って、キールボアじゃないの? 》」
「え、ええ。ちょうどいいらしくって……まさか!? 」
「《ナヴさんが言っていた。キールボアの数が減って、それで群ができるほど数が増えるかもしれないって》」
「こんなとこでパームのやったことがまわってくるなんて」
「姫さま? パームがなにをしたので? 」
「あの男は、キールボアの冬眠場所を奪った挙句、尽く狩り尽くしていたのです」
「な、なら、クチビスを食べるものがいなくなって、そのまま群になったと」
「ええ。まだそれほど被害はないのね? 」
「幸い、そこまででは」
「事はおもったより重大かもしれないわ。もしそうなら、ここの畑だけじゃない。国中の畑が食い尽くされる。バイツ、山狩りには軍は動かせるの? 」
「事が事ですが、悔しくも確証がありません、しかし、全軍とは行かずとも20人ベイラーを呼ぶくらいはできますとも」
「確証……そうね。杞憂であってくれれば、それでいいのだから。」
「決行は3日後に。それだけあれば招集も終わります」
「優秀ね。そうして」
「ではカリン様、また共に! 」
「ええ、また共に」
バイツがその場を足早に跡にする。軍を招集するための手続きに行くのだ。カリンも立ち上がって、コウの体に身を任せた
「《カリン? 》」
「どうせなら、散策として山に行きたかったわ。危険な場所にはいかない、のどかな散策」
「《しょうがないさ。やっと食べ物に困らなくなったのに、またサーラに助けを求めても、今度はサーラの食べ物がなくなっちゃうし》」
「ええ。それに、おね……お后様、今頃サーラに帰っているころだもの。また呼び戻すようなことをしたくないわ」
「《ところで、クチビスってそんなに臆病なの? 》」
「ええ。 群でなんとか畑をあらすくらいで、いつもは草陰や木上で自分より小さな虫を食べてるの。 あー、お父様があれの唐揚げが好きだったかな」
「《……カリンは? 》」
「その、こういうことは、あんまり褒められたことではないのだけど……私、嫌いなの。クチビスの唐揚げ。」
「《理由があるんだろう? 》」
「昔、口を怪我したの。アレの脚で」
「《……あー、そうか。尖ってるのか》」
「それからは、好き好んで食べなくなった。見るくらいは平気だけど」
「《じゃあ、山狩りでいっぱい捕まえたら、ゲーニッツさん、喜ぶんじゃないかな》」
「……そうね。そうゆう考え方をしましょうか。そっちの方が気が進むのだし」
「《ところで、このあとどうするの? 》」
バイツが去ったために、今この場にはコウとカリンの2人しかいない。皿の上にあった肉もなく、言ってしまえば手持ち無沙汰だった。
「牧場の方を見に行きましょうか? 」
「《帰らなくていいんですか? 》」
「まだ帰るには早いし、それに、バレットとも全然話していないわ」
「《バレット、弟さんの方か》」
「オル、ああ、オルレイトにはもうあった? 」
「《はい。ここまで案内してくれたのはオルレイトさんです》」
「牧場の管理をしている奥様の手伝いをしているそうよ。彼がいなかったら、牧場はこうなならかったと言っていたわ」
「《頭脳労働担当ってかんじなのか。となると、バレットは》」
「バイツと同じ軍志望。なんどか稽古をつけたこともあるけど、今はどうかしらね」
「《カリンとバレットが? 》」
「ええ。お姉様も一度だけ相手にしたそうだけど」
「《……その時はなんて? 》」
「足がなってない、とか。」
「《いつも思うけど、クリンさんて、なんなの? 》」
「武術に関して、この国で勝てる人はいないでしょうね」
「《そんな人が、サーラにどうして? 》」
「決闘で負けたそうよ」
「《……なんかもう訳がわからないな》」
「私も最初そうだった。何か卑怯な手を使われたとか、でまかせかとおもった程に。でも、それを、こともあろうにお姉様本人に言った従者がいたのだけどね」
「《すごいねその人》」
「まぁ、お姉様も流石に怒ったらしいの。私はその場にいなかったけど」
「《その従者さん、どうなったの》」
「コウ、人間ってね、天井に頭が突き刺さっても死なないみたいよ」
「《まずどうやって天井に頭が突き刺さるのかがわからないよ》」
「拳で一発」
「《拳……拳かぁ》」
コウの中で、ほぼほぼ脳が筋肉で出来ていると仮定されていたクリンが、仮定でなくなった瞬間である。
カリンに知られると失礼以上のなにものでもないこの考えを打ち消そうと、次の話題を考える。この牧場の規模や、ほかにどんな場所があるのか。
「《歩きながら、色々教えてくれると嬉しい》」
「いいわ。私を貴方の中に」
膝立ちでカリンを迎え入れ、そのまま、コウが来た道を戻る。ベルトを締めるでもなく、ゆっくりと進んでいくと、カリンも眠るレイダを目にした
「……レイダ、まだ、起きてないのね」
「《夏になったばかりだから、まだ大丈夫とおもうよ》」
「ええ。 コウの肩が、レイダと同じ赤になるって聞いてたら、きっと驚くわ」
「《ああ、そっか。俺、赤い肩になったら、レイダさんと並ぶのか》」
「だから、こうやってバイツは貴方を頼ってるのよ」
「《なら、サイクルショットの練習を重ねなきゃな》」
「まだまだレイダには及ばないものね……レイダ、また共にね」
レイダに別れを告げながら、屋敷から出る。来たとき動揺の晴天であり、草花も風に揺れる景色は変わりない。
ただ1つ。牧場から、騒がしい声が聞こえているのが、違っていた。さらに違和感もある。カリンはその違和感の正体を予想するも、どうしても嫌な方向に及ぶ。その予想を頭に思い描かれたコウもまた、焦りを感じていた
「《カリン! ベルトを! 》」
「わかってる! だからコウ! 走って! 」
「《お任せあれ! 》」
コウの目が紅く輝く。その足が地面を踏み抜き、赤土をえぐらせる。
踏み込み1歩、踏み出す2歩、駆け出す3歩には、コウ自身の加速が最高潮となり、疾走する。足跡がその踏み込みで深く大きく削られるが、それでバランスを崩すコウではない。
一瞬で最高速度に達し、屋敷から牧場へと一気に駆け抜けた。
「《カリン、なにか見える! 》」
「え、ええ。でもあれって……柵を飛び越えて! 」
「《分かった! 》」
違和感の正体は簡単だった。さきほどまでいた筈のラブレスがまるで見えない。柵を悠々と飛び越えて、コウが土煙をあげながら着地する。
探すこと数秒、ラブレスの宿舎ともよべる場所に、その騒がしいは集中している。みれば、その宿舎から数頭のラブレスが逃げ出してきている。その後方をみて、カリンが思わず唇をかんだ。
カリンの、そしてバイツの予想より、悪いことが起こっている。
「《ラブレスを追っかけているの、あれが、クチビス? でもなんか様子が》」
「いいえ、ちがうわ。クチビスはラブレスを襲わないもの」
「《じゃぁ、あれは? 》」
「『肉食』の虫よ。……クチビスが山から降りてきたのだから、アレも下に降りてきてもおかしくないんだわ。よりによってなんてこと」
ラブレスを追いかけているのは、羽根を持つ虫には違いなかった。
しかし、大きさは1mを超えている。コウの知るクチビスは25cm程。まるでちがう。緑色の体に茶色い斑点。体と同じ複眼が、コウを写す
「―――Reeeeeee!!」
ラブレスを追いかけていたその虫が、コウを認めて、鳴いた。鈴の音のような、か細くも、相手にむけて威嚇をする鳴き声
ラブレスがコウを横切って逃げていく。
「気をつけてコウ、あれは『ベイラーだって食べるのよ』!」
「《な、なんだそれぇ!? 》」
「宿舎から声がきこえるってことは、まだ人がいる。ここで仕留める! 」
カリンがサイクルブレードを作りだして、肩に添える。
その虫は、羽根をおおきくばたつかせながら、地面に着地した。大きな体をささえるために進化したであろうその両足が、牧草を引きちぎりながら着地する。発達した大顎。長い二本の触手。
コウが、その虫の顔をみて、ようやく、カリンがなぜそんなに恐れているのかが分かった。
「《あいつ、1mの大きさしたキリギリスってことか!? 》」
「キリギ、なに? 」
「《人間の指くらいなら引きちぎる力がある虫なんだろ? 》」
「そんなものじゃないわ。あれはアリモノキルクイ。キルクイって虫の一番でっかい種類。木の皮、虫、動物、人、《なんでも食べる》虫なのよ!」
「《……ベイラーも? 》」
「もちろん例外じゃない! 餌になるクチビスを追ってきたってこと! 」
その瞬間、飛び上がるアリモノキルクイ。バッタのような挙動をしながら、その羽根を広げ、コウに牙を突き立てんとする。
「大丈夫。大きくっても虫! 動きは単調! 一撃で、やる! 」
「《応! 》」
肩に添えたブレードを、そのまま無造作に振り下ろす。真正面からくるキルクイを紅くなった目で見据える。大地を踏みしめ、腰をひねり、体重をブレードに乗せた。
その大顎ごと、ブレードがキルクイを捉え、真っ二つに両断する。体液がコウに幾ばくか降り注ぎ、その純白が黄色い液体に染まる。
粘度が高い液体で、べっとりと汚れたブレードを捨て、両足を揃える。
「《あの時のギルギルスに比べれば、このくらい》」
「虫退治くらいじゃなんともないでしょ。それより、宿舎のほうが気になる。奥様たちは牧場にいるって行っていた。バレットがキルクイに遅れを取るとは思えないけど、心配よ」
「《わかった。すぐに向か――ッツ!?》」
突如、コウの頭に衝撃が走る。頭だけではない。右の太腿、腰の三箇所、その全てが後方から。
突如起こった衝撃でバランスを崩し、そのまま前のめりに倒れ込んでしまう。地面にコウの顔面がのめり込み、土煙を上げた。
「《な、なんだ今の……か、カリン!? 怪我はない!?》」
「べ、ベルトをしていて助かったわ。2箇所にしたのはこうゆうことだったのね」
ここで、コウの提案したベルトが威力を発揮していた。体をしっかりと固定されていたカリンはコウのコクピットから投げ出されることなく、怪我もしていない
「とっさに椅子に頭を押し付けたのもよかった。大丈夫。どこも痛くない」
「《よ、よかった。》」
「でもさっきのはなに? 」
「《わからないんだ。突然後ろから衝撃が……いてててて!??!》」
「コウ!? 」
カリンの耳に、コウの体が削られる音が飛び込んでくる。サイクルを回した時に起こる音とも違う。木々が一定の感覚で和り取られていく音。
その音の原因に、カリンは心当たりがあった。
「コウ! 体を転がして! 今すぐ! 」
「《や、やってみる。いててて!》
両手をつかって、そのまま牧草をつぶしていくように自身を転がす。その瞬間、コウの体から何かが離れていった。
「まったく、賢い」
「《なんだったんだ今の》」
「立ち上がればわかるわ」
2、3度体を転がして、うつ伏せの状態から、膝立ちを経由し、立ち上がった。
その視線の先には、先ほど、コウの体を『食べていた』ものがいる
アリモノキルクイ。コウが叩き切った個体より大きい。そしてその数は……
「《3匹……て、俺、いまさっき食われたの!?》」
「さっさと離れてくれてよかったわね……でも、おかしい」
「《何が。こいつらも群にならないとか》」
「違うのよ。この子達、さっきの子と違う」
「《どう違うの?》」
「鳴いてない」
「《……鳴く? 》」
三匹のアリモノキルクイは、その体を地面に伏せながら、じっとコウを見据えている。しかし、威嚇をするでもなければ、警戒をする鳴き声をだすでもない。
コウが、1つの仮説を立てた。
「《……カリン、もしかしてさ、雌って可能性はない? 》」
「雌? 」
「《虫って大体、雌は鳴かないって決まってないかな》」
「まって、アリモノキルクイの雌? それって」
一匹が、コウに飛びかかる。しかし、飛びかかり方が違った。地上低くスレスレを飛びながら、素早く近づく。
ブレードを展開する余裕はないと判断したカリンが、そのキルクイからよけようと、飛び退いた。思惑通り、その大顎の一撃から避けた。
だが、着地した瞬間、今度は左右から、別のキルクイが両足に噛み付いた。ガリガリガリと音をたてて、コウの足が両脇から喰われていく
「《この鬱陶しい!! 》」
両腕で足を払うと、その行動を見透かされていたかのように、キルクイが居なくなる。そして、今度は頭。真正面から、コウの頭に一匹がはいついて、再びコウを喰っていく。2人の視界には、キルクイの腹が広がる。
しかし、カリンは悲鳴をあげるでもなく、ただ納得していた。コウの腕をつかって、頭にひっついたキルクイを追い払う。
「――やっぱり」
「《なにが! 》」
「あの子たち、雌なんだわ」
「《鳴いてないから? 》」
「そうじゃない。いま、お腹に卵があった」
「《た、たまごぉ!? 》」
「産卵期、その雌……いちばん食欲旺盛で、いちばん凶暴な時期」
三匹のキルクイがコウににじり寄る。 すでに、コウの両足は削られ、頭も4分の1ほど噛みちぎられている。
立ち上がるとたびに、サイクルとは違う軋みがあがる。コウの両足が、体重を支えきれなくなってきていた
コウが再びサイクルブレードを生み出し、今度は下段に構える。
「剣閃の早さでなんとかしてみせたいところだけど」
「《さっきみたく一発で終わらせてくれなそうだ》」
三匹のアリモノキルクイが散る。丁度、コウを三方向から攻める位置取りをおこなう。連携をして、コウを『平らげる』気でいるのは明白だった。
コウが思案を始める。自分にできる武器はあれから増えているとはいえ、大体が自分とおなじ大きさの生物やベイラーとの戦いを想定していたものだ。こうして、自分より小さい、それでいて複数で連携をしてくる生物との戦いは予想もしていなかった。
「《どうやって戦うかな》」
「……コウ、サイクルジェット、あれをうまく使えないかしら」
「《あれを? でもアレは真っ直ぐ進む以外そんなに使い道が》」
「考えたことがあるの。コウ、貴方、もしかして少しだけ鳥になれるのでなくて? 」
「《鳥? 俺が? 》」
「ジャンプするとき、少しだけ肩のジェットを下に向けて使えば、勢い何倍にして飛び跳ねられる。空を自由に、とはいかないだろうけど、少しの間、飛ぶことができそうじゃない? 」
「《そ、それは》」
事実、コウは一度、村で自分を、カリン抜きで『浮遊』させることに成功している。 その浮遊も、出力が上がらないままで行ったから『浮遊』で終わったのであり、カリンと共に行えば、『浮遊』から『飛行』へ移ることができる可能性がある。
しかし、懸念もあった
「《で、でも着地はどうするのさ》」
「その時は、ジェットをすこし弱めに使いながら、地面に向けてつかえばいいのよ」
「《……飛び上がって、そのあと、どうする? 》」
「教官の教えを守って、サイクルショットであの3匹を撃つ」
「《上空からの射撃!? そんなこと》」
「できるわよ。私と、貴方なら」
「《……それ、ずるいなぁ!! 》」
コウの覚悟は決まった。サイクルショットを右手に生み出しながら、肩のハッチを開く。すぐさま点火が始まる。
最初、か細い炎が大きく広がったと思えば、少しずつ、その勢いが絞られていく。絞りに合わせて、炎の色が、赤から蒼にゆっくりと変わっていく。
「《タイミングは任せる》」
「わかった。……5……4……3……」
アリモノキルクイたちが、コウの突然の変化に驚き、その羽根を震わせた。もう、一刻の猶予もないと判断したのか、三方同時に、コウに突っ込んでいく
「……2……1……」
一匹は頭、一匹は足、一匹は腰と、コウの炎を浴びないように、すぐさま位置取りをかえながら、襲いかかる。その、草食動物をも食いちぎる大顎でもってして、コウに噛み付く。その瞬間
「……0!」
「「 《行けぇええ! 》 」」
コウが跳躍する。その目はひときわ激しく紅くなり、肩の炎は蒼くきらめき、その体を浮かした。三匹は衝撃に巻き込まれ、吹き飛ばされる。草木が燃えて、土が舞い散る。
コウが、サイクルジェットの推力をもってして、大空へと飛び上がった。
「と、べ、たぁああ!! 」
「《ほんとに、ほんとに飛んでるのか、これ!》」
「え、ええ! 飛んでるわ!! コウ! 私たち飛んでるのよ! 」
高さにして50m以上。一瞬でそこまで到達したことで、牧場を見わたす視線となる。コウとカリンは、確かに飛んでいる。山も、森も、川も、この国一面の自然を、いまこの瞬間、だれよりも高い位置で眺めている2人が、そこにいた。
「これが鳥の目線なのね」
「《初めて、見た》」
「コウも? 」
「《空を飛んだことなんて、一度もないんだ。こうなるのか……》」
この感動を今すぐにでも誰かと分かち会いたかった2人。しかしその目線に、信じられないものが映った。
アリモノキルクイたちは、すぐさま態勢を整え、あろうこことか、その羽根をもってして、空高く舞い上がり、コウたちに追いすがってきた。
「《嘘だろう!? しつこいにもほどがある! 》」
「コウの味がよっぽど気に入ったのね」
「《うれしかない! 》」
サイクルショットを空中で構える。その先には、羽根を大きく広げたアリモノキルクイたち。その顎を鳴らし、今すぐにでも食い尽くさんとしている。
この国で初めて、『ベイラーでの空中戦』というものが、展開されようとしていた。




