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嗤う男

悪意であるかは、相手が決めるのでしょう。本人がどうであるかは……


※胸糞注意

巨大な、鳥似た生物にまたがりならが、100を超える一団を率いて颯爽とかけていく。だれであろうその人こそ、クリン・バーチェスカ。サーラの王妃である。


日差しが真上になること、クリンが声を張り上げる。その声は遠く透き通り、どこまでも伸びる


「休―憩―!! 」


 一同が休憩のために停止する。食事をとるもの、寝るもの、乗ってきた動物に餌をやるもの。過ごし方は様々だ。クリンがその帽子をとって、1人の男の元へ行く。


ロペキス・ロニキス。32歳の男性であり、この2度目の輸送団の隊長を務めた男。今は殿を勤めている。その腰には剣が2本下がっており、1本はクリンが自発的に彼に預けたものだ。理由は、まだロペキスにはわかっていない。


「方位磁石は? 」

「こちらに」

「……方角はよし。で、山があそこに見えるのだから、そうね。半分は超えたかな」

「はい。ここまでの道中、何もなくて何よりです」

「獰猛な生物に一匹も会わなかったのは幸運ね」

「この調子であるなら、予定より早くサーラにはつけましょう」

「そうね。皆は平気? だれも不調を訴える者はいない? 」

「伊達に鍛えておりません。ゲレーンの作業もいい経験になりました。ただ……」

「どうしたの? 」

「酒が恋しくてたまりません」

「アッハッハ! そうね。もう3日飲んでないからね」


 サーラは漁港を構える国であり、海へ流れる川も集まる、ゲレーンとはまた違う意味で豊かさを持つ土地だ。水源からは綺麗で、味の良い水が多く採れる。そこでは漁師の他に、良質の果実を育てる農家もいる。サーラで取れた果実で作る果実酒は、芳醇な香りを伴う名産品だ。麦もゲレーンほどではないが生産しており、それを元に作られた麦酒も、また味に定評がある。サーラにとって飲酒は食事の扱いであり、いつ飲んでも良いとされる。その代わり、酒に関する戒律も存在する。


1つ。酒を強要しない

1つ。酒を理由に暴れない

1つ。酒を楽しめ


 他にも様々な戒律が存在するが、1番重要視されるのが、「酒を楽しむ」こと。楽しめないのであれば飲まなくて良いとすらされる。そして1番軽視されるのが「酒を理由に暴れない」


 しかし、この輸送団に酒で暴れる者はいない。理由はクリンだ。


「誰かが暴れるのであれば、自分が暴れていいということだ」と解釈するクリンであり、暴れだしたクリンを止めることが出来るのは、サーラの王、ライ・バーチェスカだけである。それは決して権利的なものではなく、暴力的な意味でも、ライ以外誰も止めることができない。


 だからこそ、ゲレーンでは誰も暴れず、酒を楽しんでいた。それは道中によった宿場村であるハの村でも同様であり、3日前に村を出て以降、輸送団は酒を1滴も口にいれていない。


「山超えした後しか、村はなかったわね? 」

「はい。 こちら側にはもう村はありませんね 」

「山越えしたら、宴をしましょうか。 そのあたりで食料も買い込んでおきたいし」

「それが良いかと」

「……盗賊の方は、どう? 」

「うるさいものです。 しかし、クリン様、寛大な処置はいいのですが、あまりに甘やかしすぎてはいませんか? 我らと同じ食事まで与えるなど」


 パーム盗賊団の13人は、いま列の中央で、ベイラー4人で囲んで厳重に運んでいる。クリンは移動中こそこのような対応だが、彼らの寝食は、ここにいるサーラとなんら変わりない待遇を与えていた。食事の時間は拘束すらされていない。


「彼らも人間です。腹もへれば眠くもなる」

「しかし罪人です」

「だからこそ移動中は手は縛ってる。それとも貴方は、罪人ならば首を跳て終わり、と思う人? 」

「おもいません。おもいませんが、せめてもう少し食事の量をお減らしください。我らの分がなくなってしまいます」

「なら、彼らと共に飢えましょうか」

「お后さま!? 」

「冗談よ。 でも、よく考えなさい。罪人だからと食事の手を抜くことと、彼らが犯した罪は同じよ。 私たちが罪人と同じ事をして、誰が罪を裁くというの?」

「あくまで、公平に、と? 」

「サーラにつくまでは辛坊して頂戴。これはゲレーンの姫君も味わった苦しみです。貴方よりずっと年下の。」

「……耐えてみせます」

「よろしい」

「お后様も、耐えていらっしゃるのですか? 」


 ロペキスが問う。それを聞き、地図をしまって帽子をかぶる。飾り羽根で、クリンの顔が隠れた。


「どうかしらね。でも、そうね。いまお酒を飲んでしまったら」


 そのまま、帽子を深くかぶり直し、ロペキスに言う。表情は見えず、口の動きだけが艶かしく見えた。口の形だけは、微笑んでいる。


「13個、肉が地面に転がっているかもしれないわ。」

「――」


 

ロペキスの脳裏には、おびただしい血を流す己の姿が想像できた。地面が近づく、


「自分の胴体を見ている自分」の視点を見てしまう錯覚をおこし、咄嗟に、首を触った。


「――あ、れ? 」

「どうしたの? 『首でも落ちてしまったような顔をして』」

「い、いえ。別に」


 何度も首を触り、胸を触り、普段と変わらないことを確認する。しかし、先ほどの光景は、錯覚というには余りにも現実感が強すぎた。


目の前のクリンには「剣さえあればそれができる」と自身が思ってしまった。殺気だけで、それを思い知らされる。


 ロペキスは恐怖を覚えると同時に、己を恥じた。自分の妹を侮辱し、怪我をさせ、生まれ故郷を不安に陥れたあの男たちを許せないのは、この場で誰よりも己を律して抑えているのは、眼前の彼女だ。沸き立ち隠しきれぬその殺気が、それを証明している。


 そして、今、彼女が自分に剣を預けた理由も理解した。ロペキスは彼女の制動機になっているのだ。自分の武器を他人に預けることで、自身の暴発をも防ぐために。


「失言でした。お許しください」

「今の貴方なら、私が剣を預けた理由もわかるでしょう? サーラに着くまで、錆びつかせずにきちんと預かっていて。それで許します」

「……必ずや果たします」

「ええ。」


 短いやりとりで、その話は終わった。ロペキスは、額を拭うと、大粒を汗がながれている。決して気温のせいではなかった。さらには、拭った手も小刻みに震えている。


 サーラにとって、彼女は外から来た人間だ。味方などいないかった。だというのに、彼女を取り巻く状況はあまりに彼女の思うがままに動いている。輸送団の一件もそうだ。国の后が、王に頼んだとはいえ、そのまま周りの人間が納得し、あまつさえ軍まで動かしたなど、出来るものではない。


 それは一重に、彼女の持つ、圧倒的なまでの力が影響している。その力は、政治力であり、先にみせたような彼女単一の武力であった。


 サーラの政治を一瞬で理解し助言まで行い、ひと月かからず軍の荒くれ者たちを全員一騎打ちと100人組手で退かせた。


 こうして、彼女の、国での人気はとどまることを知らなかった。


そんな彼女に暴れられては、抑えられるはずもない。故に輸送団の全員が不文律として、酒を飲んでも暴れないと決めているのだ。もし暴れようものなら、それに便乗した彼女を止められるものはいない。


「ゲレーンの女傑。口説いたのか口説かれたのか定かではないらしいが、ライ様はどうやって御したのやら」


 そして一番の謎は、ライ・バーチェスカがどうやってクリンを口説き落としたのかだった。齢15才にして即位した王。その即位の2年前。突如としてクリンを妻に娶ったライ・バーチェスカとは一体どのような人物なのか。


「あんまり顔ださないしなぁ。……まぁその顔だけでも十分なんだが」


ライ・バーチェスカを見た者が一様に言う言葉がある。


アレは人間なのか? 


長い睫毛は人を威圧するほど鋭く、蒼い瞳は見つめられれば身がすくみ、その金髪に触れようものなら、体の一片も残らず消え去る。そんな噂さえある。


 顔の造形として、ライ・バーチェスカはあまりに人間離れしていた。その男が、唯己の体に一触れることを許しているのは、クリンである。他の身内にも、従者にすら許されていないことだ。


「……腕っ節があるとはとてもおもえねぇしなぁ」

「貴方、なかなか迂闊ね。ロペキス」

「ひぃ!? 」


 ロペキスから離れたはずのクリンが、遠くから釘を刺した。ずっと聞こえていたらしい。そのまま、すたすたと戻ってくる


「さて、王の侮辱ですか? 」

「ち、違います! ただの野次馬根性で!! 」

「いまその根性をなおすのもやぶさかではないのだけど」

「も、申し訳ありません! 」

「そう。陰口なんて無意味ですからね」

「か、陰口でなければ、いいのでしょうか? 」

「……ほお。それはどう言う意味? 」


 覚悟を決めたロペキスが、再びあの錯覚に襲われない為の予防策として、首と胸を抑えながら問うた。


「なぜお2人が連れ合いと成られたのか分からないのです。なので、出来ればその、このロペキスに、お二人の馴れ初めなど、お教えいただけないかと、おもいまして」

「あー、……あんまり面白くないわよ? 」

「ぜ、ぜひ! 」


 もうどうにでもなれと破れかぶれで畳み掛けた。


 突如、クリンが帽子で顔を隠した。しかし、ロペキスが驚いたのは首がつながっていることではない。


 その耳が、赤くなっていたことだ。


「帝都での決闘よ。それが馴れ初め」

「……はい? 」

「今でも思い出すわ。 一目みてお互いに「戦いたい」って思ったのね。あの時はお父様にねだって手に入れた一番得意な得物をもっていって、そこで、絶対負けないと思っていた得物を使われて負けたの。 あの時はかっこよかった。……もちろん今も格好良いのよ? 」

「そ、それは、もちろん」

「こっちの攻めを紙一重でよけ続けながら、でも受けきれなくてボロボロになりならが、その眼は燃え上がるようで収まる気配がない。蒼い眼なんだなって知ったのもその時。 逆立つ金髪が闘志をみなぎらせて私を貫いた瞬間、もう死んでもいいっておもったわ。」

「つ、貫く!? 」

「脇腹に一刺しもらったの。 でも全然よかった。 あの戦いは、生涯わすれないわ。……でね、そのあと、あの人なんて言ったと思う? 」


 今、目の前にいる人間は、先ほどの凄まじい殺気を放った人間だろうかと疑問に思いながら、その先の言葉を待つ


「なんといったので? 」

「「できることなら、貴方と毎日決闘していたい」って。傷だらけで笑いながら私にいうの。私はそこで「出来るわ」って応えた。それだけ」


 事実、三日後、クリン・ワイウインズはバーチェスカに名を変えた。今から2年前の話である。


「……毎日、決闘をなさっているので? 」

「まさか! 怪我が治り次第よ。全力でやりたいじゃない」

「(おかしい、俺はこの人が何を言っているのかわからない。同じ人間のはずだ)」


 ロペキスの腹がキリキリ痛みだした。今のいままで、自分はとんでもない人間と旅を共にしていたのだと自覚した瞬間、今すぐにでもこの場から立ち去りたかった。


「な、仲睦まじくて、何よりでございます」

「貴方、随分物をはっきりというのね。陰口を叩かないあたり、気に入った」

「は、はい? 」

「サーラへ帰ったら、私の専属の従者になりなさい。」

「は、はいぃいい!!?? 」

「じゃぁ。私はちょっと盗賊をみてくるから。しっかり休んでね」

「お、お待ちください、私が!? クリン様の専属の従者?」

「ええ。王に言えばすぐ手配してくれるわ。あの人、私専属の従者をつけたがっていたから」

「い、今まではどうだったのです? 」

「それが、すぐやめちゃって。ちょっと稽古に付き合ってもらってただけなのに」

「(やめた理由がそれだってわかっていないのかこの人は!? )」

「大丈夫。貴方にはつけないから。 ちょっとこうして剣を預かってくれればいいのよ。こんな時のためにね」

「その、辞退は」

「先ほどの失言、許さなくてもいいのだけど」

「この身を賭して務めさせていただきます!! 」

「はい。殿は別の人間に任せて、休憩が終わったら私と併走なさい。」

「か、かしこまりました……」

「じゃぁ、よろしく」


 そのまま、格子へと向かうクリン。足取りは軽やかだった。逆に、ロペキスの方は、この世の終わりを知らされた表情をしている。首と胸はどうにもなっていないが、先ほどからずっと腹が傷んでしょうがない。


「……山を越えたら、胃薬を仕入れよう。」


 ストレス性胃炎という言葉は、まだこの世界にはない。 



 山岳部に入るサーラの一行。難所である山越えが始まった。物資と人員の体力を鑑みて、迂回しつつも、できるだけ進んでおきたいのが、クリンの心情であった。来るときよりも速いペースで山を登っていく。道の脇には、なだからかな崖がつづく。滑落しても無事であろうが、登るのは困難な傾斜だ。


「盗賊共、山越えが始まったぞ」

「あいあい。ご丁寧にどうも」


 乗り手がパームへ伝言を告げる。口こそ悪いが律儀な男であった。山の中腹まできた頃、格子の隙間から外を除くパームの顔に、水滴が落ちてくる


「……ほう、雨まで降ってきた。とすると、……なぁ乗り手さんよ。ちょっといいかい?」


 同じ頃。天候の変化を感じたのは、先頭のクリンもであった。抜擢されたロペキスも隣にいる。 


「……なんてこと。急に降ってきた。」

「どうします? 山を降りますか? 」

「列はもう全部山に入ってる。今から降りても夜中までかかる。早く来すぎたのが仇になるなんてね」

「なら、突っ切るというのは」

「愚策よ。足を取られて余計つかれる。」

「であれば、この付近で雨をやり過ごすしかないのでは」

「そうなるか。洞窟なんかがあればいいのだけど」


 対応を考えていると、後方から、1人走ってクリンに近寄る者がいる。さきほどからパームと話している乗り手だ。


「お后様! 盗賊から進言があります! 」

「……どうぞ」

「ここから先に、大きな横穴があるとのこと! 」

「ああ、仲間と集まる集会場の一個ね。たしかにこのあたりだった。」


 クリンが思案する。気になる点があった


「クリン様? 」

「ロペキス。どう思う? 」

「どう、とは? 」

「なぜこのタイミングで言ってきたと思う? 」

「雨が降ってきたからでは? 」

「それだけだと思う? 」

「……クリン様のお考えをお教えください」

「意図が他にある気がしてならないの。盗賊は格子で雨風そのものは防げる。濡れるのは私たち。私たちのことを気にする盗賊だと思う? 」

「しかし、今更彼らに何ができましょうか」

「……それもそうか。ここは盗賊の家に間借りするとしましょうか」


 クリンが決断し、そのまま雨に打たれながら先に進むと、確かに横穴がそこにある。100人入るかどうかはわからないが、半数は軽く入る大きさだ。


 しかし、クリンは顔をしかめる。原因は匂いだ。解体された獣の血なまぐさい匂いが、この空間には充満していた。


「狩りの後始末の仕方をしらないのかしら。盗賊たちを中へ あとベイラー、ひとりこちらに」


 クリンは念のために、洞窟の中に格子を置かせてベイラーを傍にこさせる。ベイラーには、サイクルスコープという道具が作れる。望遠鏡のソレは、倍率を人間のつくるものよりも高くできる。


「ベイラー 周りにはなにかある? 」

「《特になにも……いや、まってください。 下になにかいます》」

「下? 」


 下を覗き込めば、その先に、なにか蠢いている。大きさにして、3m程。それが、この山にむけ向かってきている


「クリン様、なにやら臭くありませんか?」

「洞窟からではないわね。これは……肉を焼いたときのような 」


 立ち込める匂いを不審がりながら、ロペキスが目を凝らすと、向かってきているものたちの正体がわかった。


 ごつごつとした頭、長い尻尾。体長3mの草食の恐竜、ラブレスが凄まじい勢いでこちらへ向かってきている


「《ラブレス?! なんでこんな数!?》」

「……なんてことだ。」

「ロペキス?」

「その奥です!! 」


 ロペキスの声で奥をみれば、ラブレスを追いかけるもう一頭別の生物がいる。両手を木槌の様に進化させた肉食生物。


 コウたちを苦しめたあのギルギルスが、ラブレスを追いかけていた。しかし、狩りをしている様子ではない。もがき苦しみながらでたらめに走り回っている


「《あいつら、雨が降ったら動きが鈍くなるはずだろ! なんだってこんな》」

「なんてこと。あのギルギルス、背中に火がついている! 」

「なんですと!? 」


 見れば、その背中には油がかかり、火であぶられている。


「引き返す! 暴れたギルギルスを相手にしてたらこっちが落ちる! 」

「《応! 》」

「応とも!」


 しかし、一歩遅かった。


「SAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ギルギルスがその強靭な足をつかって、崖を登りきる。ラブレスが、跳躍の際にもののついでのように押しつぶされ、足の爪によって絶命した。


 そのまま、ひたすらに暴れまわるギルギルスを避けるように後ろへと逃げる。


「《刺激するな! そのまま逃げるぞ! 背をむけるなよ》」


 その場にいた全員が、ギルギルスを刺激しないように、ゆっくりと後ろ歩きでその場を後にする。このまま、ギルギルスをやり過ごすはずだった。


 さきほどから、ギルギルスが山へむかって何度も体当たりを行っている。背中の制御不能の熱に焼かれての暴走であることは明らかだ。


 しかし、予期せぬことがもう一つ起こった。


 何度も揺らされた岩肌が剥がれ始める。そうして突如、落石が起きた。いくつもの岩礫が輸送団の頭上へと降り注ぐ 


「このぉ!!」

「クリン様! 」


 岩礫1つ頭にあたれば、人間は死ぬ。しかし、普段のクリンならば、自身の剣で岩を防ぐなど容易であった。それ故に、幾度の鍛錬通りに腰に手をやり、剣を抜こうとする。


 そして、その手は何も掴まなかった。


「しまっ――」


 頭上の岩の大きさは直径で40cmを超えていた。潰されれば即死は免れない。


「ごめんライ!! 」


 目をつぶって、覚悟を決めて叫んだのは愛しい人の名だった。誰も、クリンを庇える位置におらず、かつ、誰しも、落石で死ぬ位置にいた。


しかし、クリンは目を開けることができた。


「……?」


 頭上で、降ってくる落石が収まっているわけではない。いまだに、崩落はつづいていた。だというのに、輸送団には傷一つない。


 頭上の岩が炸裂していた。小さな破片だけが、クリン達へと降り注ぐ。


 落石すべてが、何者かの手によって全て撃ち落とされている。


「どういうこと……? ベイラー、貴方がやっているの? 」

「《お、俺じゃありません。でも、誰かがサイクルショットを使ってます。でも、いったい誰が》」

「SHAA……SHAA……」


 弱わしい声が響く。ギルギルスは背中の炎がついに骨まで達しているのか、すでに立ち上がれずにいた。打ち付けた体は傷だらけで、痛々しさを増していた。


「SHAA……S」


 その声をかき消すように、頭部への槍の投擲が入った。断末魔をあげるでもなく、ギルギルスが絶命する。雨の中でも立ち込める焼ける匂いが、肺に入ってむせ返るようだった。


「……また共に。 けが人はいない!? 総員でお互いを確認! 」


 動かなくなったギルギルスに向け、一言手向けの言葉を送りながら、輸送団の長としての仕事をこなす。


「ロペキス。怪我はない? 」

「ありませんが、一体なんだったのでしょう。今のは」

「偶然が重なった、というには出来すぎね。……まって。盗賊たちは? 」

「それでしたら、先ほど洞窟に……」


 2人が顔を見合わせて、洞窟へと走る。格子はたしかにそこにあるが、一部無残に破壊されていた。


そして、格子にはすでに誰もいなかった。洞窟の奥には、さらに小さな穴が空いている。そこから逃げ出したのだと、簡単にわかる。


「……やられた。」

「やつら、自力でベイラーの格子を破ったのでしょうか」

「いえ、あまりに連携が取れすぎてる。ギルギルスの火、落石。タイミングもばっちり」

「なら、どうゆう」

「『最初からこうゆう手筈だった』ということよ」

「ば、馬鹿な」

「内通者、というより、もっと強い、『協力者』がいるとみていい。はぁ。その存在の示唆はされてたっていうのに、後手に回ってしまった」

「これから、どうしましょう」

「……雨が上がるまで、ここで待ちましょう」

「申し訳ありません。クリン様」

「……いいわ。私も悪い。これじゃ王に申し開きもできない。ロペキス。皆の安全を確かめにいって。しばらく、一人にして頂戴」

「……はい」


洞窟からロペキスが出て行く。その入口にクリンが立つ。そのまま、誰にいうでもなく語りかけた。


「もういいわよオージェン」

「……クリン様相手では分が悪いものですね。」

 

洞窟の奥。そこから声がきこえたと思えば、身長2mの大男が奥から出てきた。オージェン・フェイラス。ゲレーンの諜報を司る『渡り』の長である。


「見知った気配がするなぁって思ってたら、やっぱり貴方だった。どうしてここに、って聞いていいかしら」

「あのパームという男を警戒しておりました」

「貴方が? あの男はそこまでの? 」

「はい。脅威とみるべきです。後方に待機しておりました。が」

「これは貴方でも予測できなかったわけね。でも私を気にせずにさっさと洞窟にいけば、逃げられずに済んだのに」

「差し出がましい、真似をしました。お許しください」

「いいわよ。助かったから。落石から皆を守ってくれてありがとう。」

「……ギルギルスにかかっていたのはチシャ油です。」

「やっぱり。カリンの時と手口がおんなじね」

「この先は、御守できません。剣は、持っておいたほうがよろしいかと」

「……そうね」

「では」

「ねぇ、そこにいるの? あなたのベイラー。 『ナイア』だっけ? 」

「はい。ただ人見知りですので、会いたがりません」

「そう、なら、その子にもありがとうと、伝えておいて」

「確かに。ではクリン様、また共に」

「……また共に」


そのまま、暗闇に消えていくオージェン。入れ違うように、ロペキスはやって来る


「クリン様! 全員無事です! 」

「そう。 ロペキス。剣を」

「は、は!……首斬りでしょうか」

「まさか。もう預ける理由がなくなったのよ」


 クリンが剣を強引に剥ぎ取った。そのまま、自身の腰に落ち着ける


「しばらくは降りそうね」

「はい。」


 ロペキスから見るクリンは、飾り羽根のついた帽子によって覆われ、ついぞ、その表情を読み取ることができなかった。しかし、その両手を首と胸に無意識においてしまうほど、ほとばしる殺気は激しかった。



「いぇええええええい!! やってやったぜぇ!!  」


縛られた手を解きながら、パームが喜びの叫び声をあげる。


「まんまと逃げ出しましたねパーム様」

「あの洞窟もイノシシちゃんを解体したとこだからな。ギルギルスが寄ってくるのはわかってたんだ。 」

「ひえぇ! もしギルギルスが俺たちを喰おうとしたらどうしてたんでさぁ!? 」

「そこは、ほれ、『雇い主』さんの出番よ、なぁ! 」


その視線の先には、鉄仮面で覆われた、表情の見えない者がいた。ナイフで、盗賊たちの縄を斬っていく。パームが、盗賊団全員が、ゲレーンにいた頃のように黒いマントを纏って鉈を腰にしまった。


「このような事は金輪際無いようにしてほしいものだ」


 低い、男の声だった。鉄仮面の下から、火傷で爛れた肌が見える。


「そこはほら、商売仲間としての最低限の助け合いだろう? 」

「あの前金でベイラーを盗めなかったお前がいうのか? 」

「なに言ってんだ。ゲレーンでの仕事『は』無期限納品だろ?」

「……そうだな」

「で、俺たちがこの2年でさらってきたベイラー以外の成果はどうだよ!? 」

「……数えるのが馬鹿らしい」

「だろう!? 俺たち以外だれができる!? だれもできやしねぇ! 」

「だが君は突拍子もない事をしすぎる。ベイラーを火にかけるなどと」

「あんときはいい思いつきだとおもったんだ。ベイラーの事解らなかったしな。だから謝罪もしたろう? 」

「ああ。だからこそ、商売としてまた別のことを頼みたい」

「おう。なんだ? またベイラー攫いか? 正直ベイラーがいねぇとむずいんだぜあれ」

「いや、密漁をしてほしい。」

「あー、一時期やったことあるな。どんなだ? 」

「『クラシルス』という海草だ。」

「いいけど、そんなのどうすんだよ」

「『我々』にはそれが必要なのだ。君が知る必要はない」

「へいへい。前金は? 」

「帝都で使える金貨を君らの今いる人数の5倍払おう」

「……ほう。「今」のっつったか? 」

「二言はない」


 この時、パームの口が、裂けるようにつり上がったのを、鉄仮面の男は見ていたが、なぜ笑ったのかは解らなかった。いつも笑っているような男であるから、それも仕方ないと言える。


「おう。 野郎共きいたか!? 1人金貨5枚が前金だぁ! 」


「やったぜぇ!」「酒がのみてぇ!」「女買えるな!」


 思い思いの使い道を頭に浮かべては手に入れる物に思いを馳せ、夢見心地になる。


……たったひとり。例外を除いて。


 突如、パームが縛られていた縄を使って、ひとりの盗賊の首を締める。


「ぱ、パームさま? なにを」

「仮面の旦那、ちょっと借りるぜ」


 鉄仮面からナイフをひったくり、首を絞めた男とは別の男に向け、ナイフを投げる、脳天にそれは突き刺さった。


「ぱー、ぱーむ、さん?」


 パームの行動が理解できない盗賊たちが、呆然として、つい先程まで夢を語った人間を見つめる。


グキリと音がなる。やがて、人間だったものが2つ出来上がった。


「あ、あんたは何してんだよぉおお!? 」

「いや、ちょっとな」


 パームは、感情の起伏なく、さきほどまで一緒に脱獄してきた仲間を丁寧に、一瞬で亡き者にしていく。右手のナイフで突き刺しては、左手の鉈で押しつぶす。


「や、やだぁああ!! なんでだよぉおおお!! 」

「『そろそろ』いいんだよ。お前たちは」


 首から、大腿、脇を鉈で削ぐ。その流れるような動作で5人が動けなくなる。


「ほい」


 鉄仮面から奪ったナイフを無造作に投げる。回転する刃物がそのまま頭部に突き刺さる。7人。


 刺さったナイフを振り抜き、そのまま呆然とする男の目に向け薙ぐ。視界を閉ざされた男が嘆きながら、うずくまる。


 一瞥もすることなく、今自身が狙うべき対象との相関図を頭にうかべながら、鉈を振り抜く。


「さて」

「死んでたまるかぁ!」


頭上に振り上げられた鉈を、左手の鉈で受け止める。そのまま。右手のナイフで相手の鉈を持つ手を突き刺した。


「がぁあああああ?!?! 」

「えーと8。」


 脳天に鉈を振り下ろす。ナイフを口にくわえ、人間だったものから鉈を奪い取り、その肉体を足蹴にして、飛び上がる。すでに逃げようとしていた残りの男たちにむけ、正確に鉈を放り投げる。この鉈に限り、ほんの少しかすめればよかった。


「ぐえぇ!」

「ぐあぁ!?」


 掠り傷から、滴る毒が、男たちの自由を奪う。


「とりあえず動いてるのは最後」


 体が麻痺して動けない男から鉈を奪い、そのまま無造作に投げつける。今度は腰に深くつきささった。そのまま、動かなくなる。


「9.で、うごかなくなったのは3つと」

「ぱ、パーム、さん、なんで? 」

「なんでって、そりゃさぁ」


 鈍く、重い音が続けざまに聴こえる。その問いの先を教えるのは、盗賊の誰でもなかった。


 おびただしい血を浴びながら、鉄仮面の元へ向かった。鉄仮面の方は、今この男が何をして、何をしたいのかが理解できなかった。する気もなかった。


「お前は、何をしているのだ?」

「13人だ」

「それが、どうした」

「あんたが言ったときは13人だった。だから65枚。そうだろ?」

「何がいいたい? 」

「金貨を君らの今いる人数の5倍。だろう?もういねぇけど、あの時はいただろうが、だから、前金で65枚だ。このパーム様だけにな」

「……それを、思いついて、即座に、実行したのか」

「まぁ、丁度よかった。こいつらはこのパーム様の顔と声を覚えすぎてる。いつ足を洗うか解らないやつもいたないしな。それに」

「それに、なんだ」

「金貨65枚。いい響きだ。もしかしたら家が持てるな。1回持ってみたかったんだ」

「……そうか、そうか! 家が欲しいから13人、躊躇も容赦もなくその手を汚すと、君はいうのか! 」

「欲しいもんの為には奪う。当然だろう? いままで奪われ続けたんだ。それくらい正当ってもんだ」


 鉄仮面で表情が見えない男の瞳が、大きく歪んだ。そして嗤う。

雨によってその声はかき消される。


「最高だ!! やはり君に乗ってもらうしかない、いや、君以外考えられない!! 」

「あん? さっきからなんの話だ? 」

「さきほどは失礼した。君が知る必要はないなどと。『我々』の最終目標を君に教えよう。それに是非君も関わってもらいたい!」

「最終目標? 」


 鉄仮面が、懐からハンカチを取り出した。突如差し出された物に戸惑いながら、パームが受け取り、顔を拭いた。返り血で、ハンカチはもう使い物にならない。


「我々はね、パーム君。《龍殺し》を喚ぶために集まったのだよ」


 鉄仮面の男が再び嗤う。火傷の跡に雨が伝ってくのが、パームにはよく見えた。

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