解剖されるベイラー
翌日。サーラへ向かう輸送団の一行を見送るべく、肩の赤い、軍のベイラーとゲレーンの楽団が集まった。旅の無事を祈って厳かな演奏を行う。
1回目の輸送団で来た81人の軍人と、4人のベイラー、2回目輸送団で来た50人の軍人、合計総勢135人が、戦列を組んで親善大使の号令を待っている。送り出すのは、この国の姫君、カリン・ワイウインズとそのベイラー、コウ。
「随分、長居してしまった気がするわ」
「2度のご助力、ありがとうございます。民は飢えずに済みました」
「そのようね。本当によかった。でも、気を抜くことはできないのでしょう?」
「はい。これから、荒れた土を整え、作物を育てて蓄えねばなりません。動物たちの好む青々とした森になるのにもは、まだかかります」
「それでも、もう蘇り始めている。まるでこの国のよう」
「それは、どういう? 」
「どんな災いがあっても、決して挫けずに立ち上がる。 本当に変わらない」
「お后様……」
「私たちができるのはここまで。 ゲーニッツ王には、またよき木をよろくしと」
「はい。こちらも、サーラに無事つきましたら、ライ様には感謝の意をお伝えください」
「ええ。かならず」
クリン・バーチェスカが一団の前にたち、来たときと同じように、鳥にも似た動物に颯爽とまたがる。飾り羽根がおおきく揺れる。
「このような形でこの地を踏むのは最後にしたいものです」
ふと、クリンがぼやいた。その言葉は、もうサーラはゲレーンに災害時に助力はしないという宣言にも聴こえるものだ。
「では、もうご助力はいただけないと? 」
しかし、動揺もせずに、その真意を見抜いて、その上で、カリンは問うた。
「まるで景色を堪能できませなんだ。次は、もっとゆっくりゆったり過ごしたいですね」
「ええ。そうしてください。」
2人から朗らかな笑い声がでる。
お互いに気の知れた仲であるからこその呼吸が、そこにはあった。
「ぜひ我が国に、観光でいらっしゃって。王も、義妹の顔がみたくて仕方ないようですので」
ゲレーンとの友好は、こんなことでは崩れることはないと、サーラの王妃はそれを約束する宣言をした。
「はい。民が落ち着けるようになれば、必ず」
「では。 さらば! いざ出発!! 」
「「「「「応ともさ!!」」」」」
サーラの流儀なのか、そのあまりに短い別れの言葉と号令で、屈強な男たちが一斉に歩みを始める。その足取りは軽く、それでいていしっかりと大地を踏みしめている。ゲレーンの楽団が、より一層、演奏を華やかにして、サーラの人々を送り出した。
クリンが、最後の殿を勤めんとしてふりむく。そして、声色が変わった。
「花冠なんか、もう何年も作ってなかったわ」
「……それにしては、綺麗でした」
「誰かさんにたくさん作らされたから。それとも、また作らされるのかしら」
「……もうそんな子供じゃありません」
「そっか……そうね」
「でも」
「ん? 」
「それでも、また作ってくださいますか? 」
すこしだけ、間が空いた。拒絶にしては短く、唖然とするには長い沈黙を破り、クリンが口を開く。
「もちろん、私の可愛い妹。 また共に。」
「はい! お姉様! また共に!」
その言葉は、王妃としてではなく、ただ、自分の妹と話す姉としてのクリンがいた。サーラの流儀とは別の、かつて何度も交わしたであろう挨拶を告げて、跨る獣を操り、一瞬でその場を後にする。土煙が盛大に舞い散る。
カリンはその場を離れず、一団が視界に収まっている間、ずっと手を振っている。旅の無事と、また会う日を心待ちにして。決して無様にならないように、それでいて、相手に見えるように、大きく、丁寧に。
「《かっこいい人だよね》」
「ええ。サーラにいってから、さらに磨きがかかってるわ」
「《カリンは、クリンさんみたくなりたい? 》」
「え? 」
「《カリンはよく、自分とお姉さんを比べるから、そうなりたいのかなって》」
「……そんなにわたし比べてる? 」
「《うん。そんなに比べてる》」
「えっとね、なりたいというより、その、私があまりにお姉様と違いすぎるから、自分が情けなくなるというかね、だからなりたいとかじゃないのよ」
「《俺が、こういうことを言うのは、変なのかもしれないけど》」
「何が? 」
「《いつか、カリンがなりたい自分を見つけられたらいいと思う。誰かと比べるカリンじゃなくって》」
「……それ、ベイラーの貴方がいうのは変ね。貴方は最後に木になるのだもの。もうどうなるのかは決まっているのに」
「《でも、カリンは違うだろう》」
「なりたい自分、ね。考えておく。さて今日は忙しいわよ」
「《カリンはこの後何かあるの? 》」
「なに他人事で構えているの。貴方よ貴方」
「《へ?俺? 》」
「《ああ。ようやく暇になったからな》」
突如、サイクルの滑らかなベイラーの足音と共に声が聞こえた。気のいい男性声、体はセンの実で塗られた緑色。肩には白い布が巻かれている。
それはこのゲレーンでも数少ないベイラー医である証。
「あたいたちによる念願の解剖のお時間よコウくん。」
「《……ガインさん、ネイラさん。えっと、辞退は》」
「 だ め 」
ガインの乗り手、ネイラ・ハミルトンがそのスキンヘッドを輝かせながら、ニッコリと笑う。しかしその目は笑っていない。
「あたいたちもまぁ忙しかった。でもそれ以上に逃げ回ったのはいただけないなぁ」
「《まぁ、観念するこった。代わりといっちゃなんだが、その変わった肩がどうなってんのか、洗いざらいみてやるからさ》」
「《切り刻んで見るの間違いでは》」
「《そうとも言う》」
「《嫌だぁあああああああ!!》」
「総員! コウを確保!! ひっとらえて!! 」
「《カリン!! 何を云ってる!? やめろぉ! 解剖はやだぁああ!! 》」
コウの叫びは誰にも届くことなく、軍のベイラーたちによってほどなくぐるぐる巻きで捕まった。
これから、コウの長い1日が始まろうとしている。最初は解剖だった。
◆
「《あんまりだ……こんなのあんまりだ……》」
「《いい加減観念しろよ》」
「《ベイラー用の麻酔は!? 》」
「《んなものはぬぇ》」
「《はい……もうひと思いにお願いします》」
「可哀想なコウ」
「《この計画の首謀者がなんか言ってる!? 》」
「やーね首謀者なんて。主催者といいなさい」
「《悪びれてすらいなかった!? 》」
軍のベイラー数名に、乗り手のいないコウがかなうわけもなく、そのままロープでぐるぐる巻きに拘束され、城まで連行された。今となっては懐かしい医務室に運び込まれ、仰向けに寝転がされる。
ネイラは、コウの肩を拳でなんども叩いて、体との差異を確認する。
「あんまり暴れないの。これはコウ君の為でもあるんだから」
ネイラがコウの体をしばらく触ったと思えば、手元に置いてある何かの欠片と比較し、目を細めた。コウがその意図を測りかねて問う。
「《これがどうして俺の為になるんです? 》」
「嵐のときと、今とで、コウ君の体はだいぶ変わっているもの」
「《そりゃ肩は随分変わりましたけど……》」
「それだけじゃない。見て。」
ずっと比較し続けていた欠片を見せる。色は白く、木製であり、それがコウの欠片であることはすぐにわかる。
「ここに来たベイラーたちの記録用。体に支障がないくらい小さい欠片を保管してるのだけど、これはレイダと戦ったときのやつ」
「《それが、どうしたんです? 》」
「いい? こうして並べると……」
ネイラがコウにわかりやすいように、腕の部分と今持っている欠片を並べる。色は同じだが、同じ白ではなかった。色味が、今のコウはさらに強くなり、純白にさらに近づいている。違うのは色だけでない
「《なんだろ。なんかツルツルしてるような》」
「艶が出てるの。 まるで蜜を塗ったみたい。それに触り心地も違う。ここまで変わっているのに、コウ君になにも影響がない訳ないでしょ」
「《そ、それはそうかもしれませんけど……》」
「ま、おとなしくバラされなさい」
「《ついに億面もなく解剖宣言!? 》」
コウの叫びも無視しながら、ネイラがガインに乗り込んでいく。そのまま、コウの傍らで両手を広げた。
「準備いい? 」
「《いつでもいいぜ相棒》」
「《あーもう! ひと思いにやってください!! 》」
ガインの目が赤く輝く。そして、両手の指先がパキパキパキとわかれていく。5本の指が10本になり、両手で数えて20本。そうして別れた指先に、ノコギリやノミを始めとした道具一式が出来ていく。ガインの「サイクルツールセット」が取り出された。
生み出したノコギリをコウの肩に添えて、ゆっくりと斬っていく。人間のメスとは違い、すんなりと刃が入るでもなく、ゴリゴリゴリと削る音が聴こえ、コウの肩が切り開かれる……はずだった。
刃を入れて、ほんの数回でノコギリがそれ以上進まなくなった。ガインは不審に思いながらも、ノコギリを動かすのをやめず、ひたすらゴリゴリと続けていく。
「《硬ぇ。コウ、おまえ解剖されたくないからって、なんかやってんのか?》」
「《? いや、なんにも……いま、ガインさん何かやってます? 》」
「《ノコギリで斬ってんだろ?》」
「《あれ、全然痛くないからまた別のことかと。》」
「《なにぃ? 》」
疑問符と共に、ノコギリがついに止まった。刃はコウの体をしっかりと入っているが、それ以上押すことも、引くこともできない。心配になったカリンが声を書ける。
「ネイラ。ガイン。コウはどうなのです? 」
「《どう、っていうより、刃が通らないんでさぁ》」
「しょうがない。もう少し大きなノコにしようか」
ガインは、分けた指先をひとつにし、先ほどよりも大きなノコギリを作る。大きさは倍以上になったソレで、コウの肩を斬っていく。
「《なんか、ちくっとします。》」
「《ああ!? これでちくっとぉ? 》」
「前はちょっと斬っただけで痛がってたのが嘘みたいに丈夫になってるね。でも、観念するこった! 」
ネイラとガインの意思が重なり、赤い目が灯る。コウの肩が、ノコギリによって切り開かれた。間髪いれず、ミノで範囲を広げる。コウの肩、サイクルジェットの内部構造がその姿を現しはじめる。
「《どうなってます? 俺の肩》」
「《まったくわからん》」
「羽根みたいなのが輪っかに並んでるね。風車みたいだ」
「《相棒、風車ってのはなんだ? 》」
「風を受けて回る道具さ。昔見たことがある。」
「《コウ、きいたか。おめぇの肩には風車があるんだと》」
「《風車……あー、たぶん、飛行機についてるファンかな。空気を送り込むっていう。でもアレの構造なんかしらないのにな。》」
「《おめぇまで俺の知らない単語を出すんだな。なんだ飛行機って》」
「《えーと……あれです。炎を起こすときに風を送り込むんです》」
「《へぇ。そいつは便利そうだ》」
「《 (空を飛ぶ乗り物っていってもきっとピンとこないよな。でもこれではっきりした。やっぱりジェットエンジンが俺の肩についてる。でもなんでだ?) 》」
「ガイン、ネイラ。コウはどうなのです? 」
カリンがコウを心配して声をかけた。いつのまにか、マイヤと同じ格好をした従者たちが後ろに控えている。
「《体に悪いもんじゃなさそうです。平気でしょう……ああ!?》」
「ど、どうしました? 」
「《カリン様、こちらへ》」
ガインが促すのに従い、カリンがコウの元に行く。視線の先には、フィンとは別にもう一つ。液体のはいっている半透明の物体がある。液体は粘りがあり、ほのかな香りがある。内容物は半分ほど。すでに半分は使用された後だった。
「この香りって……油? 」
「《そう見えます。もしかして、その炎を使うには、油を随時ココに入れなきゃならないんじゃないですか? 》」
「油……たしか、パームと戦ったとき、まっさきに油をかけられてたわね」
「《そうか。どうして炎が燃えてるのかやっと分かった。あのとき浴びた油がその中にはいってるのか。……ん? 》」
「どうしたの? 」
「《じゃぁ、油がなくなったら、この肩つかいものにならないんじゃないか? 》」
「油、入れ直せないの? 」
「《でも注入口なんてどこにも……カリン、俺の肩、なにかありませんか? 丸い、注ぎ口みたいなのなんですけど》」
「注ぎ口? 外側にはないけど……まって、確かこの肩、蓋がされていたのではなくて? ネイラ、コウを起こしてやって」
「わかりました。 ほーれゆっくりやるぞぉ」
コウが上体を起こす。ガインの手を借り、肩の背面にカリンがまわる。その構造を探るると、蓋、弁ともいえる部分をみつけ、それを開ける。
パカンと開いたそこには、大きな噴射口が覗いているのとは別に、目当てのものが見つかる。それはコウの想像通りの物だった。
「コウ、目盛りと、なんか出っ張りがある! 」
「《それだ! たぶんそれ外せるからやってみてくれないか? 》」
「やってみる」
カリンがコウの肩、噴射口内部に潜り込む。カリンが出っ張りに触れると、それをくるくると回し始める。数回まわすことで、その部品が取り外された。
「コ、コウ! とれちゃったけど!? 」
「《穴がない? 》」
「あ、あるけど、いいの? とれてしまったけど」
「《その穴から油を注げるんだ。その取れたのは瓶の蓋のようなものだから、なくさないで》」
「わ、わかったわ」
カリンが肩から這い出て、従者たちに指示を飛ばす
「油をもってきて。 樽1個分よ」
「か、かしこまりました。」
女性の従者が困惑しながら指示に従う。この国で燃料となるのは植物由来のチシャ油で、コウはいい思い出がない。訝しげにカリンに問う
「《チシャ油だよね? 》」
「ええ。 夏だから固まることはないだろうけど、冬は別のを考えなきゃね」
「《ほかにどんな油がある? 燃やすためのやつ》」
「燃やすための? どうだろう。 料理に使うようなのしかないわ」
「《帝都なら、どう? 》」
「帝都? ナガラのことをいっているの? 」
「《うん。 》」
「貴方からその名前が出るとは思わなかった」
「《ジョットさんに聞いたんだ。で、どうだろう。あるかな》」
「なんでもあるから、探せばあるかも。 あれ、ネイラってたしか帝都生まれよね? 」
「「《ええ!?》」」
「あれ、ガインもしらなかったの? 」
「《初耳でさぁ!? おい相棒、そうなのか!?》」
「――まあね」
一瞬、普段は女性にしか聞こえない声が、ドスが聞いた声にかわる。カリンを含め、その場にいた人間たちが畏怖を覚える冷たい声。
それに気がついたネイラが、咳き払いをして、元の声色の戻る。
「長いこと世話になった。患者の羽振りもよかった。でもちょっとあたいの肌にあわなくなったんで出てきたんだ。」
「《そうだったのか……》」
「帝都の話でしたね。昔から遠い国の土地を領地にして、地下から油掘ってたんです。でもあんまりに臭いんで、あたいの住んでいた頃は一部の人間しか使ってなかった。でもコウ君なら、その油は使えるかもしれません」
「《 (もしかして石油なのか?……いや、そもそも) 》」
「それって、買えるのかしら」
「買えないことはないでしょうけど、売ってるかどうか怪しいですよ」
「そう。残念。コウ、しばらくはチシャ油で我慢してね」
「《そもそもジェットを使わなければいいだけの話だから、大丈夫だよ》」
しばらくして、従者がチシャ油を樽1つ分をもってくる。ガインが樽を持ち上げ、従者がホースを使って注ぎ口にあてがい、コウに油を補充する。作業中、ふとコウが口を開く。
「《ホースがあるのか》」
「あれ、ラブレスの腸よ」
「《聴きたくなかった!! 》」
「ちゃんと順序を踏んで綺麗にしてるものよ」
「《そうゆうことじゃないんだよカリン……》」
軽口を叩きながら作業は進み、無事樽1つ分の油がコウの肩に補充される。
「《蓋をしめて、あと、さっき言ってた目盛りはどうなってる? 》」
「なんか、全部はいってるみたい」
「《じゃぁ大丈夫だ その目盛り、油の量を示してる。たまに確認しないと》」
「便利なような不便なような」
「《無いよりマシと思って欲しい》」
「そうね。どれくらい使ったかわからないのは不便ね」
「《さて、そろそろ俺の指をしまうかな……てぁあ?! 》」
「ガイン? どうしたのです? 」
「《コウ! おまえ、ちょっと動くな! 》」
ガインの悲鳴を聞き、コウが首をかしげる。
「《動いてないですよ? 》」
「《なら俺のノコを接木するんじゃねぇ! 》」
「《へ!? 》」
「ガイン! 離れるよ! 」
異変を受け、ネイラがガインを飛び退かせた。コウは訳も分からず、状況を確認すべく周りを見わたす。肩にはガインによって切り開かれた跡が残っている。
そしてガインの作ったノコギリが、肩に食い込んだまま、コウの体の一部になろうとしていた。異変は続く。切り開かれた肩は、すでに治癒が始まっている。薄い膜のように、生え変わりが起きていた。
「《あ、あれぇ? 》」
「《あれぇ? じゃなねぇ! 》」
「早すぎる。 元から治りが速い子だとはおもってたけど、これは……」
「コウ、貴方、本当になにもしてないのよね? 」
「《カ、カリンまで疑うの? 》」
「そうじゃないけど、ネイラも言ってるけど、治るのが早すぎるらしいの 貴方、コツでもなにか掴んだの? 」
「《そういうわけじゃ、本当になにもしていないんです》」
「《こりゃぁ、俺いらねぇな。 怪我してもすぐ治っちまうぞ》」
「あの、お2人とも、お聞きしていいかしら? 」
カリンが、2人の困惑している顔をみて問いかける。
「つまるところ、コウはどこか悪かったの? 」
「い、いえ! 至って健康で丈夫です! 」
「《ちょっと丈夫になりすぎてるだけで》」
「なら、何も問題ないのではなくて?」
「《へ? 》」
「いや、でも、原因がわからないんです。なんでこんな治りが早いのか。もしかしたらこれは何かの予兆で、その先にもっと大変なことが控えている可能性が」
「でも、それは可能性でしょう? それも悪い方の」
「それはそうです」
「でも、調べようもないのでしょう?」
「それも……そうです」
「なら、傷が治りやすくなった。ただそれだけでいいじゃない」
「《姫さまがそういうのであれば……おいコウ。おまえ、ほんとになんともないんだな? どこか違和感とか無いんだな? 》」
「大丈夫です さっきからそう言ってるのに」
「《そうかい。患者がそう言ってるなら、医者からは何もいえねぇな》」
「とりあえず立ち上がってみてくれないかい? 油をいれて重心がズレてるかもしれない」
「《わかりました》」
「《サイクルジェットだっけか。火はつけなくてもいいから、開け閉めだけでもしてみよ》」
コウが言うことをきき、寝かされた状態から立ち上がる。懸念された重心のズレもない。肩の噴射口を覆う蓋であるハッチの可動も滞りなくおこなわれた。パカパカしているのがコミカルである。
「異常がなくてなにより」
「《あとは、サイクルジェットがどれくらい油を使うのかがわかればいいんですけど》」
「《そんなの、使っていかなきゃわからんだろ。経験だよ経験》」
「《経験かぁ》」
自身の肩に触れる。分かったことは二つ。サイクルジェットと、治癒力の高さ。こうして得体のしれない力が少し解明されたことで、未知の恐怖から解放される。代わりに、これからは油の消費量との戦いが始まる事を意味していた
「《とりあえず、もう解剖はおわりですよね? もう肩はみたんだし、それ以外だと別に怪我してないし》」
「《ああ。解剖「は」終わりだ》」
「《なんか、変な含みを感じます》」
「《こっから先は、お前の「改造」を始める》」
「《……なんですと?》」
ガインが勿体つけていると、従者を従えたカリンがいた。後方には、得体のしれない物が布をかぶせて置いてある。
「ふっふーん。コウ!これをご覧なさい!! 」
カリンが従者に合図すると、その布がはがされ、得体のしれない者たちの姿を表す。
始めに椅子。次に布。他に留具に見えるも細々としたものが数点。その場所に置かれている。
「《カリン、これは一体? 》」
「貴方のコクピット用の椅子と、そのおまけよ。いつか言っていたでしょう?『椅子を持ち込んで体を固定してくれ』って」
「《もちろん覚えてるけど、それにしたっておまけって……まって、それ、全部試す気?》」
「もちろん! さぁ! 片っ端から試して乗り心地を最高によくするわよ!! 」
「《ええと、ちなみに一体いくつあるの? 》」
「10個」
「《ま、まぁこなせない数じゃないか。多いのは変わりないけど》」
「で、1つの椅子が3つ、背もたれと足置きと肘置きでわかれるから、まぁざっと1000通り」
「《1000!?》」
「長く乗っていいって言ったのはコウよ? なら、乗り心地を少しでもよくしようって思うのは乗り手の特権でなくて? 」
「《で、でもそんなことしてたら日が昏れるんじゃないか? 》」
「大丈夫! たっぷり3日分時間はあけたから! 」
「《全然大丈夫じゃない!?》」
「さぁ、まずは一番シンプルなのから行きましょうか」
「《じょ、冗談だろ? 》」
「私、冗談言うような女にみえて? 」
「《はい。見えません。》」
「ならそういうこと。大丈夫。ちゃぁんと付き合ってあげるから」
カリンがニコニコしながら、従者に指示を飛ばしてコウの中に運ばせる。椅子はそれぞれ、木彫りがどれも細かくされており、着色もされている。一目みてすべて職人技で作られたとわかる品物ばかり。それを3つに分けて、組み合わせられるようにしたとなれば、この作業は、カリンにとってコウの模様替えとなる。
こうして、コウの長い1日、もとい。長い3日間(予定)が始まった。




