知っていくベイラー
長く居れば、明るい事ばかり知るとは限りません。
1人、ぽつんと世界の外側におきざりにされたような錯覚を覚えながら、会場を遠目でみる。未だにカリンの元にはひっきりなしに客が訪れ、談笑を続けている。その微笑みは、コウの見たことのないものだった。
「《……そうだよな。姫さまだもんな。この国の》」
どうにも距離感が近く、名前も呼び捨てにし、それを咎められもせず、今のいままでパートナーとして振舞ってきたが、こうして突きつけられると、どうしても考えてしまう。自分は、本当にカリンの傍にいてよいのだろうかと。
堂々巡りを繰り返していると、こちらに1人ベイラーがやってくる。その足取りは軽やかで、乗り手が乗っているものだというのが一目でわかった。そして、そのベイラーの色は、いつかコウたちを助けてくれた薄い黄緑色をしていた。
「《ッハッハッハ。すっごい格好だな》」
「《ナヴさん? 》」
「《よぉ。ジョットもいるよ》」
「久しぶりだね」
「《もう、怪我はいいんですか? 》」
「歩けるしナヴを操縦するくらいは出来るよ。この場にお呼ばれされるとは思っていなかったけどね」
ベイラー・ナヴ。冬にキールボアとギルギルスとの戦いで大けがをしたベイラーとその乗り手。二人とも、コウたちを助けるために怪我をした。
「《でもよかった。元気そうで》」
「でも、まさか娘たちがベイラー連れて戻ってくるとは思わなかったよ」
「《しかもあいつ、『あの』パームのベイラーだったんだろう? 》」
「《そ、それにはいろいろ訳があって》」
「知っているよ。娘たちから聞いた」
パーム・アドモント。彼の行った悪事と罪は、すぐに国中に広められた。ベイラーに火をかけ乗り手を焼き殺したことも。ベイラーたちを攫い売りものにしようとしたことも。余罪はこの国だけに及ばず、各国でその罪状を話すことが決まった。パームは当初、ベイラー攫い以外のことは自分はやっていないと否認したが、証拠として集合場所にしていたねぐらで競争目的で記録をつけていたのが、皮肉にも決定打となった。そして、サーラでもその罪を咎めるべく、明日共に護送される運びとなっている。
そんなパームの手伝いをしていた黄色いベイラーは現在、ジョットの娘、クオとリオが乗り手となっている。名前も、二人の文字からとった『リク』だ。
その言葉を話せない素直なベイラーは、今やゲレーンでもかつての邪悪なベイラーではないと認知されつつある。
「《あいつさぁ。力はある。うん。すっごいよ。でもさ、あんまりにも不器用すぎるんだよ! 》」
「《そうなんですか? 》」
「《サイクルシールド作らせれば、薄いとこと厚いとこでばらついちゃって落とし穴の蓋にもできない。サイクルショットはそもそも針が作れねェ!! どうなってんだよ!》」
「ナヴ、言いすぎだ」
「《でもよぉ! コウだってもうちょっとマシなもの作れるんだ。 腕力だけあったって狩りの手伝いできねぇだろ? 》」
「《え、捕まえたりする時にはすごい助かるんじゃ? 》」
「《こっちに向かってくるような奴はな。でも殆どはこっちが姿をみせれば逃げちまうんだ。だから罠なりなんなりを作るんだろ》」
「《はぁ。なるほど》」
なまじリクの凄さを目の当たりにしているために、こうもナヴが苦言を呈しているのを見ると、力が強いだけでも物事はうまく運ばないのだと感じる。そしてそれは、この姿の変わった自分にも当てはめて考えてしまう。
「《雰囲気かわったよな。 そんなかんじだったか?》 」
「《その、いろいろ、ありまして》」
「コウ君のその赤色、センの実の色とはちょっと違うんだね。塗ってもらったのかい?」
「《じつは、これも自前で……》」
「自前?」
「《話せば、長くなるんですが》」
肩のサイクルジェット。パームとの戦いを経て自分に起こったこと噛み砕いて説明する。自分の体験した不思議なあの空間のことは、今はあまりにわからない事が多いために説明を省いている。コウの話しを聞いているナヴは、表情筋のないベイラーでも、おもいっきり顔をしかめているのがわかるような雰囲気を醸し出していた。そして第一声をいう。
「《で、おまえはそれどうしたいんだよ? 》」
「《へ? 》」
「《なんかすっごいこと起きて、なんかすっごい体になったみてぇだけど、お前はそれで何がしたいんだ? 》」
「《何がしたいって、それは……まだわからない》」
「《かー! 呑気なもんだ》」
「《呑気かなぁ? 》」
「《でも、悪りぃ事に使おうって思わないなら上等だ。なぁ! ジョット》」
「そうだね。 コウ君なら変な事しないっていうのもあるけどさ」
「《それは、パームのような? 》」
「……ああ。あんな人間と会った直後にそんなことになって、大変だったろ?」
「《でも、姫さま、そんな素振りもみせずに、今もこうしてサーラの人たちとお話ししてて、俺には何もできません》」
「君は、何かしてやりたいのか? 」
「《そりゃそうです。 俺はカリンのベイラーです。そしてカリンは乗り手になってくれて、でも、この場で俺は無力です》」
「っはっは。まぁそうだね。君が不用意に近づけば、その外套のようになってしまう」
ジョットに指摘された外套はボロボロであり、それが、不用意の結果であることは言わずとも伝わった。
「君の炎っていうのは、そんなに危ないものなのかい? 」
「《ベイラー3人を一気に運んでしまえるみたいです》」
「《ベイラー3人! そりゃすごい》」
「《一瞬、宙に浮いたりなんだりも、できそうなんですが、まだ使いこなせなくって》」
「うーん。助言したくっても、初めて聞くしなぁ。そんなベイラー」
「《じゃぁ、それはとりあえず放っておけばいいんじゃねぇの? 》」
「《へ? 》」
「《だってどうしようもないんだろ? 》」
「《で、でも、それ以外はまだ特にできてなくって》」
「《今は何ができるんだ? 》」
「《サイクルショット、シールド、ブレード、他には……》」
「三つできればかなり色々できると思うけどな」
「《ブレードって、何に使うんだ? 》」
「《え、戦うときに、一応。》」
「《フーン……なぁジョット、こいつ『サイクルロープ』しらねぇみたいだけど、あれって難しんだっけか? 》」
「ああ、あれか。どうだろう。乗り手がいればできなくはないと思うけど、君は細かいの得意だったし、コウ君がどうかまではわからないな」
「《『サイクルロープ』?》」
「《覚えられたら便利だぜぇ。束ねりゃどんなものでも運べるし、なにかと役にたつ》」
「《どうやるんです? 》」
「《こうだ》」
おもむろに、ナヴが自分の右手の指先を伸ばして見せる。サイクルを回しているようにも見えるが、あまり変化がわからない。
「《あの、何してるんです? 》」
「《もうちょっと待ってって》」
しばらくすると、指先から、細い糸が垂れ下がってきた。繊維質であり、指先からシュルシュル伸びて、そのまま地面に落ちていく。
「《とりあえずこうだ》」
「《ロープ、というか、紐?》」
「《そりゃ試しでやったからだ。本当は違う》」
「《どうするんです?》」
「《……見て驚くなよ? 》」
今度は、3本指を伸ばして、繊維質のの紐を再びだす。それを、今度は左手の指先でつつまみ、くるくると巻いて行く。チネチネと小さく地味な作業が、すぐ隣で国のパーティーをしていることを忘れさせるほどシュールだった。
そのシュールさに唖然としているうちに、ナヴの脚元には一本のロープが出来上がっている。おもむろにジョットが降り立ち、そのロープの耐久性をみせてくれる。
ナヴの腕にかけ、そのまま輪をつくって、自分の身を預ける。簡易なブランコをつくってしまう。そのロープは、大人のジョットを吊るしてもまるでほつれずにいた。しかし、その途中経過を思い出して、首をかしげてしまう。
「《率直な感想をいっていいでしょうか?》」
「《もちろん》」
「《滅茶苦茶地味に見えます。》」
「《んだとぉ!? 》」
「まぁまぁナブ。派手じゃないことは確かだから」
「《でもよぉこいつ言うに事欠いて地味っておい! 》」
ジョットがナヴをたしなめつつ、その手にもった布でコウの酒で汚れた脚を拭いていく。麦酒で汚れた部分が染みになる前に拭き取らなければ、長く残ってしまう。それを案じての行動だった。一通り吹き終わると、ジョットはコウに問うた。
「コウ君。君は、カリン様を助けにには、派手な事が重要なのかい?」
「《そ、そんなことは、ないとは、思います》」
「そうか。でも、地味なのは嫌いかい? 」
「《地味なのが嫌い、というよりも……》」
コウの視線が、カリンへと向かう。未だに客はひっきりなしにカリンへと向かい、その対応に追われている。その顔から笑顔が消えることはなく、疲れなど微塵も感じさせない。そんなカリンとは対象的に、こうしてジョットに脚を拭いてもらってしまっている自分がいることで、もう一度、物理的以上の距離を感じてしまう。
「《カリンは、とても華やかで、煌びやかだから、俺もそれに見合うようにしなければならないなって》」
「なるほど。カリン様の御姿に目がくらんでいると」
「《そう、なります。》」
「《なんだい今更》」
「《いや、ああいう装いのカリンは初めてで、その、なんて言ったらいいのかな》」
「……君は、この半年以上、カリン様と共にいただろう? 」
「《はい》」
「カリン様は、君に、「派手であれ」なんて求めたかい?」
「《そ、それは、ないです》」
「なら、君が求められているのはそういうことではないということだ」
「《……なら、どういうこと求められているでしょうか》」
「《おめぇ、またそうやって答えの出ねぇ考え事を……》」
「《また? 》」
「《いつだったかの雪かきの時、そんなこと言ってたぞ。これからどうなるのかなぁとか、なんとか》」
「《そうえば、そんなこと言っていましたね》」
「《そうだ。でだ、過ぎちまえばおまえの悩みなんざ『そんなこと』なんだよ》」
「《……ああ! 》」
「《考えなしってのはダメだ。でも考えすぎて動けなくなるなら考えねぇほうがマシってやつだ。それに、おまえのそれ、自分で答えだしちゃいけねぇやつだろ?》」
「《それ? 》」
「《『何を求められてるか』だ!!にぶちん!! 》」
「《で、でも実際、いろいろ起きてしまって、わからないことだらけで、そんな中で俺に何ができるかなんて》」
「《だーったら聞けばいいだろうが!! カリン様がいるときにでも! 》」
「《そ、それは……それで、いいんでしょうか》」
「いいも、悪いもない。」
いつのまかコウの脚を吹き終わったジョットが、ナブの肩に乗っていた。そのまま、コウに語りかける。
「話せる人がいるうちに、話しておくものだよ」
「《でも、今日は無理そうです。》」
「っはっは。そうかもしれないね。サーラにもカリン様の名は届いているとは僕もしらなかった。」
「《カリンは、この国の外に出たことはあるんですか? 》」
「国王の付き添いという形で、何度か。最近だと、ああ、一箇所あったな」
「《一箇所?サーラですか?》」
「いいや。都だよ」
「《……都? ここのことではなく?》」
「帝都ナガラ。僕の知る限り、今一番人が栄えている場所だ。サーラより遠いけどね」
「《帝都ナガラ……》」
初めて聴く土地の名。自分が知らない、カリンが行ったことのある土地。あれからこの国のことは勉強しているというのに、すぐにこうして知らない事が出てくる。
「《そんな場所があるとはカリンは一言も……》」
「あまり、その、こう言ってはなんなんだが、お好きでないみたいなんだ。ナガラが」
「《なんででしょう? 都っていうからには、華やかで、人もたくさんいるんですよね?》」
「理由は、まぁ、今のカリン様の忙しさを見れば、君にもわかるんじゃないかな」
「《今のカリン? 》」
サーラの人々がひっきりなきし来きて、その対応に追われるカリン。帝都にもこのようなパーティーがあるのかもしれない。そうしたら、カリンは、一体何人の人々と、ああして話さなければならないのだろう。ましてや、ゲレーンの人々やサーラの人々のように、最初からカリンに好意を寄せている人たちではなく、無関心な人々や、悪意をもって近寄る人もいたのかもしれない。そして、カリンは、自分に向けられる悪意に疎く、それでいて脆いのだ。
「《そうか。そういうことも、あったかもしれないんだ》」
「君たちは、まだ出会ったばかりだ。これからの事も話すにも、今までのことの話すにもまだまだ時間が足りないだろう」
「《長い間一緒にいる気がしてましたけど、まだ1年経ってないんですね。》」
「だからこそ、たくさん話せばいい。話すのが嫌いというわけでもないんだろう?」
「《それは、もちろん》」
「僕もね、最近、娘たちと、よく話すんだ。」
「《クオとリオに? 》」
「新しいベイラーがきてからというもの、ずっと私の手伝いをしたくてしょうがないみたいでね。でも、ナヴの言う通り、まだあまり器用なことができない。だから、まずは村の人たちをたすけてあげなさいって教えてるんだ。ついこの間も、でっかなカブをとったって大騒ぎだった。」
「《本当に大きなカブでしたよ》」
「ん? 君、もしかしてその場にいたのか?」
「は、はい。」
「だからか。ずっと《コウみたくならないの?》って言ってきて、もう参ってしまうよ。」
「《な、なんか、すいません。》」
「《おめーがあやまってどうすんだ》」
ナヴが口を開いた。
「《しゃべるのが別段苦手じゃないんなら、もっとカリン様と話せばいんだ。ここでうだうだ答えの出ない悩み後としてたってしょうがないだろう》」
「《ナヴさんって、悩みとかないんですか? 》」
「《ああ? なんだ、考えなしっていいたいのか? 》」
「《そうじゃなくって、こう、キッパリ物事決めてるなぁって》」
「《当然。そのほうが楽で、速い》」
「《楽? 》」
「《手を抜くってことじゃないぞ。ずっとそうしていられるからだ》」
「《楽を続けられるってこと? 》」
「《楽を続けられるってことは、その分余裕ができるってことだ。余裕ができるっていうことは、その分ほかにいろいろ出来るってことだ。》」
「《その、余裕で何をすれば》」
「《お前の場合、カリン様と話す事になるんだろうな。それ以外にも、なんだ。物知りたきゃ調べられるしお勉強もできるだろ》」
「《ナヴさんは、どうしてるんです? 余裕できた時間で》」
「《あたしか? あたしは……いいじゃねぇかそんなこと》」
「ナヴは、新しい罠をいっつも考えてくれているんだ。」
「《こらジョット!? 余計なこと言うな! 》」
「《新しい罠? あの落とし穴、ジョットさんが考えたんじゃないんですか?》」
「工夫を凝らし始めたのはナヴがいたからなんだ。木の実でおびき寄せたり、イガで脚を止めたりを思いついたのはナヴなんだ」
「《思いつかない方がどうかしてるんだ》」
「こうやって憎まれ口ばかりたたくけれど、ナヴと一緒に狩りをするようになって、よく捕れるようになった。一時期は狩りをしなくなったくらいだよ」
「《狩りをしない? でも食べるものは多いほうがいいんですよね? 》」
「《お前なぁ。 あたしたちが狩り尽くしたら、次の冬はどうなる? それにあのキールボアだって、普通の大きさのあいつらは作物を食い荒らす虫を喰ってくれるんだ。いなくちゃ困るんだよ。パームって野郎が、このあたり一帯のキールボア狩り尽くしたっていうけど、もし本当なら今年は大変だぜぇ。虫を喰ってくれるやつがいねぇからきっとわんさか湧いて出てくる》」
聴いていないのに、昨今のゲレーン事情を話すナヴ。パームがキールボアの巣に押し入って、冬眠中のキールボアを根こそぎ食料にしたのも事実であり、そのこともゲレーン中に伝わっていた。
「《虫っていうのは、バッタですか? 》」
「《ばった? いやそれはしらねぇが、クチビスっていう、羽根つきの虫だ。一匹は大したことないが、群で作物を食い荒らす、農家からしてみればたまったもんじゃない虫さ》」
「《農家からしたら……? 》」
「ジョットたちからしてみれば、いい酒のツマミなんだと」
「いやぁ、ポリポリしてておいしんだけどね。娘たちは家に入れるのすら嫌がってもう数年食べれてなよ。」
「《虫を食べるんですか……》」
「変かい? 」
「《いや、変ではないかもしれませんけど……》」
「ああ、生では食べないよ? 一回湯に通して脚をちぎって食べるんだ。胴体はあんまり美味しくなくって」
「《……その、虫のクチビスの大きさって、どれくらいですか? 》」
「うん? 僕の手首から肘くらいかな。」
「《でた! またそうやって無闇矢鱈にでかい!! 》」
ゲレーンで普通というと、コウの知っている5倍ほどの大きさとなって現れる。虫で人間の大人の、それも手首から肘までというと、25cm以上はあるということだ。バッタにしろそうでないにしろ、虫というのはあまりに大きい。それが群で襲ってくる。
「《そんな虫、人を襲ったりしないんですか? 》」
「《まぁ、ない訳じゃない。でも、あいつらデカイだけで臆病だし、そうそう襲ってこないさ》」
「嫌いなものも分かっている。農作物の外側にまいておけば、あとは捕まえるだけさ。」
「《だ、大丈夫かなぁ》」
サイズも規模も、ましてやその外見すらしらないコウにとって、楽観視しすぎているようにも感じるが、そもそも、毎年あることなのだと気がつき、胸をなでおろす。いつもあることなのだ。それに口をだせるほど、コウはこの国に長くいない。
「《そんなことも、起こるんですね》」
「《去年がいろいろ起こりすぎなんだ。普段はもうちょっと穏やかに済んでる》」
「でも、こうして話すには、いささか時間がたりないかな。もう月も随分高くなった」
見上げれば、二つの月は、もう頭上にまでかかっていた。月明かりがこのテラスをまばゆいばかりに照らしている。パーティーも佳境にはいったようで、音楽が鳴り始め、人々が踊り始める。踊らない者が、静かにその場から去っていくのも見える。
「《明日にはサーラの人たちは帰るんですよね。》」
「もう荷物の積み込みは終わってるから、あとはゆっくり無事に帰ってもらうだけだ。」
「《すっげぇ連中だったぜ。酒飲ませれば大騒ぎ。そうでなくってもガハガハ笑ってうるさいのなんの》」
「サーラっていうところは、お酒がおいしんだそうだ。皆ウワバミだって。」
「《だからって酒癖まで悪くする必要ねぇだろう》」
「《……カリンって、酒癖、悪いのかな》」
「どうしたんだい急に」
「《いや、お酒を飲んでいるところを見たことないなって》」
「パーティの時でもかい? 」
「《近づけなかったんで、なんとも言えませんけど、サーラの人たちとずっと話しているばっかりで、そんな暇もないみたいで》」
「《ははーん。コウ、さては酒癖悪いって自覚があるから飲まないんじゃないかって思ってるのか?》」
「《それも、いや、ないわけじゃないんだけど、バイツさんみたいな例もあるから。》」
「バイツさん? 軍の人だったかな。あの人酒癖悪いのかい? 」
「《いや、逆みたいんで お酒が入るといい人になるんです 》」
「《なんだそりゃ》」
「そんな人いるのか……」
ナヴとジョットとで、そんな話をしていると、いつの間にか、カリンの姿も見えなくなっていた。ゲーニッツの姿も見えない。
「《カリンも、今日はお休みになるようですから、僕はこれで》」
「《おう。またな》」
「僕らとこうして話せるんだ。カリン様とも話してみるといい」
「《はい》」
「カリン様には、もう話したくても話せない人がいるんだ。君とだって話したいさ」
「《……へ?》」
「君、聞いていないのかい? 」
歩きだして、あてがわれた部屋に帰ろうとしたときその言葉を聞いた。振り返ると、しまったという顔を、ジョットがしている。ナヴもナヴで、その目の輝きが曇っているのがわかる。しかしその言葉は、このまま聞き捨てるには余りにもコウにとっては重要すぎる話だった。
「《どういうことですか? もう話せない人がいるって。》」
「いや、君はもう知っているかとばかり。迂闊だった。知らなかったとは」
「《遅かれ早かれ知る話だろう? なら今話してもいいんじゃねぇか? 》」
「そ、それは僕の口から告げていいものか」
「《教えてください。話せない人って、一体誰のことですか?》」
コウが催促してやっと、ジョットが、重苦しい顔をしながら、その名を紡ぐ。
「……イレーナ・ワイウインズ。」
「《ワイウインズ、って、それって》」
「すでに亡くなられた、カリン様のお母様だ。」




