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農耕ベイラー

農作業だってお手の物です。

 街道が通って、サーラから追加の支援物資が届き、人々の暮らしは、決して豊かとはいえずとも、明日生きるのには困らないほどに物が行き渡った。それとは別に、カリンはナットとの約束を今度こそ守り、パーム・アドモントがしたことは、、事細かに記した書がしたためられ、国中に広まった。これで、彼の名は、「ベイラー攫いの悪党」として、決して忘れてはならない名として残ることとなる。


 しかし、コウの肥大化した肩の方は、まるで進捗がなかった。攫われたベイラー達の治療で、ガインもネイラもひっきりなしであったのに加え、ただでさえベイラーの作業量が多い今のゲレーンには、怪我をするベイラーが数多くいたからである。中には、もう立ち上がるのすら困難な状態に陥っているベイラーもおり、それを治せるのは、今の所、ガインとネイラだけであった。怪我もしていない、動くのに支障がないコウが、ガイン達の手を煩わせる訳にはいかないと、カリンはそのまま放置を決め込むことにした。ガインたちは、後進の育成をもっとしておけば良かったと後悔すると共に、コウの肩は必ず解剖するという決意も見せた。


そんな長く、厳しい冬は、雪が溶け切り、ついに終わりを迎えた。


 コウがこの国でベイラーとなって生まれて、初めての夏が来たのである。あれだけ憎たらしかった雪は、いまではすっかりと見なくなってしまい、代わりに、森の緑と太陽の光が、日焼けしないはずの肌を焼くように照らしている。ここゲレーンは、山を背後に盆地が続く地形であり、つまりは、日の光を遮るものがなく、暑くなる日はひたすらに暑くなる国であった。しかし、その日差しを受け、あの嵐と、雪を乗り越えた強くたくましい植物達が、一斉に目覚め、その変わらぬ豊かさを人々にしらしめていた。そして、その緑を求め、虫や動物たちも、その姿を、少しずつながら姿を表し始める。


 完全に元に戻るのはまだ先になるが、必ず元に戻る。そう、この国の民は確信した。


「《……すごい国だ。ほんとうに。》」

「コウくん、そっちはどうだい? 」

「《もうすぐですー。》」


  コウはというと、この国の他のベイラーと同じように、いつものように、カリンがいないのを寂しく思いながらも、夏になり、ベイラーたちが怪我をしなくなったために、手の空いたガイン達からの解剖から逃げる様に、この国をカリンも乗せずにぷらぷら歩いていた。その最中に、仕事の手伝いを頼まれて、こうしてしゃがんで、指で地面を掻き出すようにしてちょんちょん小さく動かしている。自分の手が届く範囲までおわったら、立ち上がり、またしゃがんで、ちょんちょん指を細かく動かしていく。傍からみると、とても珍妙だが、これも立派な仕事である。


「《あとどれくらいですか? 》」

「いまので最後だよ。 指を拭いてあげるからこっちにおいで。 私もお茶にするから。」


 気のいい好々爺は、コウを自宅の傍へと招く。いまのいままで、この老人の畑仕事を手伝っていた。あの動きは、硬い土を柔らかく耕すために、指をつかって掘り返していたのだ。


「畑仕事ははじめてかい? 」

「《は、はい》」

「よくやってくれたよ。 前に腰を痛めてから、あんまり長くできなくなってねぇ」

「《種は、いつも何を蒔いてるんですか? 》」

「ここに蒔くのはカブっていうんだけど、わかるかな? 」

「《野菜の?》」

「そうそう 」


 指をぬぐってくれながら、老人は懐から小さな種を見せてくれた。


「でも、今年は若い衆に採るのは手伝ってもわんとなぁ」

「《俺が、手伝えたらいいんですが……大きさは、普通のですよね? 》」

「うん? ちいさいのはこんくらいだねぇ」


老人が、自分の両手をまるくして、大まかなサイズを伝える。コウの記憶の中にあるカブと、ほぼおなじ大きさに見え、少しだけ安堵する。同時に、自分には手伝えないことを恨めしく思った。


「《それだと、俺は手伝えませんね。 カブを傷つけそうだ。》」

「まぁ、ちいさいのはね」

「《……小さいの?》」

「普通は、こんくらいあるさ」


 老人が両手を肩幅ほどに広げてみせる。その行動に、思わず口を開いた。


「《あ、ああ、長さですね。それでもでっかいけど。》」

「いいや? これが幅だよ。」

「《……うわぁ。久々に感じる。このスケールの狂い方》」


 人のおおきさほどあるカブが、あの種からなるのだという。それはそれで見てみたいが、一つ、疑問が出てきた。


「《そんな大きいのを、どうやって人の手でぬくんですか? 》」

「抜く? いやいや、土を掘って転がすんだよ」

「《転がす……?? 》」

「そうそう。ただ、転がすのはベイラーにやってもらってもいいんだけど、掘るのは、私らがやらなきゃな。 指でやってくれるベイラーも、いるにはいるんだが、どうしてもカブを痛めちまうしさぁ」


 コウの頭の中に、コロコロと転がるカブが浮かび上がる。しかし、カブというのは土の中で生えるもので、転がすにはまず引っこ抜かなければならない。しかし、そもそも『抜く』ことをしないとなると、何かひと工夫がいる筈だと考えた。


「《耕したあの畑に、今から種をまくんじゃなくって、また別の作業があるんですか? 》」

「おお、よくわかったね。 ちょっと土台を高くしてやるのさ。 半分埋まるくらいかな。そうすれば、うえにむかって全部引っこ抜かなくっても転がしやすいしからね。 」

「《……カブが、地面を転がる》」

 

球体とまではいかなくとも、円形のカブを、ベイラーがくるくる回して運んでいく様を想像し、それはそれで楽しそうだと、コウはこの先のこと考えつつ、老人を見た。老人は、なれた手つきでコウの指についた土を拭っていく。しかしその手は、お世辞にも綺麗とはいえず、度重なる農作業で傷だらけになっていた。


「《農作業って、大変でしょうか。》」

「うん? どうしたんだい急に? 」

「《いや、すっごい手だなぁと。》」

「ああ、これかい? まぁ毎日土を触ってれば、手を洗ってもこうなっちまうよ。」

「《でも、やめなかったんですね。》」

「ああ。このカブな、でっかく育っても、小さく育っても、うまいんだぁ」

「《おじいさんひとりで食べるんですか? それにしては、畑がうんと広いような。》」

「この辺でカブつくってんのは俺だけなんだ。お隣さんは葉物の野菜を何種類かつくってる。俺はカブ専門で、俺が食う分は、取っておいて、あとは皆に分けちまう」

「《え、分ける? 売るとかじゃなくって? 》」

「売る? ああ、ちょっとだけやってたかな。でも、売るには数がいるだろう? 俺ひとりじゃとてもとても。 どこに運べばいいかもわからないし」

「《でも、いいんですか? せっかく苦労した作ったカブを、あげちゃうなんて》」

「いいんだ。 その代わりに、俺はおとなりさんから葉物をもらえる。そうゆうもんだよ。」

「《そうゆう、ものですか。》」


 御老体は、腰を痛めたと言っていた。今年はこうして、たまたま道を歩いていたコウが今はこうして手伝っているが、来年はどうだろう。決して狭くはない範囲の畑を、ひとりで耕し、種をまくことが、この人にできるだろうか。


「まだまだ大丈夫さ。あの嵐が来た時は、流石に参ったけどなぁ」

「《畑が残ってて、よかったですね。》」

「おう。またうまいカブを喰えるし、食わせてやれる。そいつはぁ嬉しいさ」


 ニコニコしながら、コウの指先は、来た時よりもピカピカになっていた。手際と技が凄まじい証明であった。


「《あんなに土が隙間にはいっていたのに!? もう取れちゃったんですか!? 》」 

「慣れだよ。慣れ」


さらりと言ってのけて、コウの手を磨いた老人が、家に戻ろうとする。その時、大きな、それでいて騒がしい声が、家の向こう側から聞こえてきた。


「お隣さんからだ。どうしたんだろう」

「《行ってみます? 手に乗ってください》」

「悪いねぇ。じゃぁ、お願いするよ」


 コウの言うとおり、老人は手の平に座った。そのまま、指を手摺り代わりにして体を固定させる。


「《立ち上がります》」

「どうぞー」


 腰の悪くした老人を落とさないように、それでいて、自分の体の揺れが手に行かないように微妙な加減を加えながら、ゆっくりと立ち上がる。そのまま、これまたゆっくりと歩きだした。手のひらに座る老人に、歩く時の衝撃が行かないように、肘、手首を柔らかくして、歩いている最中に高さを変えないように、上下左右に細かく調節する。いつもより何倍も歩く速度は遅くなるが、怪我をさせるよりはずっといい。


「ほぉ。知らなかった。ベイラーって乗り心地がいいんだねぇ。あんまり揺れない」

「《体は、どこか痛くないですか? 》」

「これくらいなら大丈夫。ほら。お隣さんだ。畑仕事してたんだねぇ」

「《でも、なんだか様子がおかしいような》」


 夫婦に見える2人と、なにやら頭を悩ませている複数の別の人々が、地面の一点を囲んで云々悩んでるのが見える。それだけでなく、傍には、ベイラーもいた。そして、そのベイラーというのは……


「《あれ、リオとクオのベイラーじゃないか! ああ、おじいさん、おろしますよ? 》」

「あい」


 膝立ちになって、老人を下ろすと、傍にベイラー、彼女たちによってリクと名付けられたその黄色い体が寄ってきた。中から双子が顔をだす。


「コウだー! 」

「久しぶりー!」

「《お父さんの怪我はどう? 》」

「もうすぐ治るってー! 」

「もう歩けるくらい! 」

「《よかった。また遊んでもらえるね》」

「「うん!! 」」


 老人を下ろして、立ち上がると、リクとの体格差が浮き彫りになる。頭一つ違う高さ。肩一つ違う幅。どれをとっても大きさが違う。そして、なにより特徴的な四つの丸い目。普通のベイラーと違い。ガラス状が横に伸びてバイザーの様になっているのではなく、丸い点々にもみえる形状をしている。それが、当間隔に、逆さのハの字で並んでいた。威圧感がないといえば嘘になるが、その指をみて、コウは考えを改める。


「《土仕事をしてたの? 》」

「うん! この子指太いから、たくさん掘れるの! 」

「でも重いから、あんまり掘りすぎちゃうとこの子が沈んちゃうから、いろいろ考えなきゃならないの! 」

「《そっか。 もう、乱暴させてないんだな》」

「させないよ! 」

「させたくないもん!」


 ベイラー・リクは、声を出すことができない。喉にあたる部分が欠けて生まれてしまったようで、他人との意思疎通がうまく計れないでいる。しかし、意識の共有が行われる乗り手となら、言葉を使わずに自分の意思を伝えることはできる。自分から意思を伝える術を、リクはまだ知らない。出来ることと言えば、2択の質問に対して、首を降るくらいだ。


「《この国には、もう慣れた? 》」

「――」

「《わからないことがあったら、リオやクオに聴けてるか? 》」

「――ッ!」


コウが問いかけると、その目を虹色に光らせながら、何度も首を縦にふった。付き合い始めて分かったことであるが、リクはとても素直な性格をしており、問いかけにはすぐ応じる。聞き分けの良さももっている。それが災いして、パームの「言うことを聞かなければ火にかける」という脅しを受けて、ずっと従って来ていたのだ。しかし、もう乗り手はあの男ではなく、この双子たちとなった。それから、この国の住人として、仕事もすれば、散歩もする、この国ではよく見る、普通のベイラーへと変わっていった。もう彼がパームを乗り手としていた時と同じベイラーだと思う人間はいないだろう。


 同時に、コウにできた、始めての「自分より知識のないベイラー」であった。先輩風を吹かせまいと自制しようとするが、どうしても、その言葉の端々から、リクの知らずにいる「知っていること」への優越感がにじみ出てしまい、言葉が少々上からになりがちだった。


「先生みたいー」

「コウとそんな変わんないのにー」

「《え、そうなの? 》」

「この子は、嵐の事しらなかったけど、雪の降る前に生まれたっていってたから、コウと比べて、ほんの少しだけだよ」

「《そ、そうか。1、2ヶ月ちがうだけか。……そうえば、どうしたんだ? みんな土をじっとみて。》」

「ああ! そうだ! ちょっと来て! 」

「来て来て!!」


 双子が顔を引っ込め、リクを動かし始める。その手を引いて、人ごみの中心へと導いた。そこには、すこしだけ高く積み上げられた土があり、大量の葉が生い茂っている。しかし、雑草というには、あまりに大きく、それでいて、一点を中心に、その場から広がるように生え、一種の草原にすらみえる。広さは、半径20mほど。取り囲むように人々があつまる中心地は、噴水のように葉が盛り上がっている。


 コウと一緒に来た老人が、その葉の形をみて、一瞬でその正体を見破った。


「……カブだ」

「《カブ!? これ全部カブなんですか!?一体何個できてるんだ…… 》」

「1個だよ」

「《はい? 》」

「こりゃぁ、1個だ。全部1個のカブからできてる葉っぱだよ」

「《こ、この葉っぱが全部一個のカブから!? 》」

「ああ、こりゃ、そうとう大きいぞ。 あの嵐で流されなかったカブがあったのか」

「どうやって抜こうかー」

「重たいよねー」

「《と、とりあえず周りを掘りませんか? 》」

「そうしよう。皆の衆、ちっと手伝ってやってくれないか」


 ぞろぞろと、皆が道具をもって土をかき分けはじめるが、これが思うようにいかない。生い茂った葉が邪魔をして、土を掘ることができない。


「よく育ってくれるのはありがたいが、ちと育ちすぎだなこりゃ」

「どれだけおっきなカブになりゃこうなるんだぁ? 」

「《これ、このままにしておくのはダメなんでしょうか? 》」

「他の畑にまで根が伸びてるかもしれない。そしたら、他の野菜が育たなくなっちまう。」

「《でも、まず、この葉をどうにかしないことには……》」

「そうだなぁ。草刈からはじめるかぁ! 」


 老人の指示のもと、端から少しずつ、茎を切りながら葉を刈っていく。ひと一人が抱えるほど大きいその茎が何本もより分けられ、大皿のような葉が何枚も刈り取られた。そこまでいくと、ようやくカブの頭の部分が土からでているのが見える。出ている部分でさえ、人間の膝ほどの高さがあり、まだ地中に埋まっているとかんがえると、ベイラーですら、抱えるのは難しいくらいの大きさであった。


「こんな大きさはじめてだぁ」

「《でも、これで周りを掘れますね》」

「ああ。お嬢ちゃんたちもよろしくな」

「はーい!」

「いくよリク! 」


リクが双子に、首で答えながら、その大きな手をつかってずんずん周りを掘り返していく。コウも負けじと掘り返すが、いかんせん乗り手がいないために、どうしても差がでてくる。


「《カリン、今は稽古中だからなぁ……》」

「よぉうし。そこまでやってくれればいいよ! みんなで転がすぞぉ!」


 コウと、リク、ほか数名がカブを取り囲む。そして、みな、一斉に、カブを転がさんとする。


「せーの!!」


 老人の張り上げた声にはじき出されるように、全員が力の限りカブを押す。10数名の人間とベイラーが同時に押し込んでいるにもかかわらず、足元の残った葉を踏みあらすだけで、まるで動かない。さらなる掛け声と共に、なんども何度もカブを押すが、やはりまるでびくともしない。想像以上に、このカブは土の中に埋まっているようだった。


「《嘘だろう。ベイラーふたりで動かないなんて》」

「どうしよかリク?」

「なんかできるリク? 」


 リクが、その問いかけに、首をかしげた。否定でも肯定でもない。まるで困惑しているように、しきりに体を動かす。それは「やってみていいものか」と、自問自答しているように、コウには見えた。


「え! そんなことできるの!? 」

「やろうやろう!! 」

「《二人とも、どうしたの? 》」

「あのねー! 赤目になれば、リクすごいんだって! 」

「でもでも、ちょっと危ないから、みんな離れていてほしいんだって! 」

「《だ、大丈夫なのかそれ!? というか赤目!? 》」


 コウが驚く。あの四ツ目のベイラーは、パームを乗り手としていた時、ただの一度も、ベイラーと乗り手の意思が重なることで起こる目が赤くなる状態になったことがなかった。それを、いまこの双子とならばできるというのだ。ただでさえ力が強いベイラーが、赤目になったとなれば、それは凄まじい力となりえる。


「《わ、わかった! できるんだな!? 》」

「やってみる! 」

「初めてだけど!」

「《ふ、不安だなぁ! おじいさん、みなさん、少し離れましょう! 》」

「あいよ! 」


他の住民も巨大なカブから遠ざかる。リクがのっしのっしと歩き、カブの根本にまで近づいた。


「いくよぉおおお!」

「やるよぉおおお!」

「《――》」 


 双子の、少し間延びした気合に、リクが応える。それによって宣言通り、黄色い巨体の目が、赤くなり、乗り手との意思が、重なっていく。


 そして、そこから、更なる変化が起こる。リクの肩から背中にかけて、腰から足にかけて、サイクルを回すことによって隆起していく。1度、パームがやらせた、棘を全身に作り出した時と、状況は似ていた。


「《な!? またリクを四本角にさせるのか!? 》」

「ちがうー! 」

「そうじゃないー! コウうるさーい! 」


 じゃぁ、一体何を? と続く語句をつなごうとすると、双子に釘を刺されてしまい、そのまま黙りこくってしまう。リクの体の隆起は続き、そのまま両腕両足に沿うように作られていく。そのまま、手足は普通のリクの大きさよりも2倍近くに膨らみ、ついに手足全体が包み込まれた。


 リオとクオが、ここで、歓喜の声をあげた。


「あなた! 私たちと一緒だったのね! 」

「でも、混ざっちゃった! だから4つも目があったんだ!! 」

「《混ざる? 》」

「いくよ! これがこの子の得意なこと! 」

「椅子が二つあるのも! 私たちだから乗れるのも、そうゆうことだったんだ!! 」

「「そうでしょうリク!! 」」


 一層、目が赤く光り輝き、最後の変化が訪れた。


 包まれた両腕両足が、そのまま、中央から引き裂かれる用に割れて行く。バキバキと木々が折れる音をかき鳴らしながら、リクの体に、合計4本の腕と4本の足が出来上がっていく。


「リク!! あなたってば《2人分》だったのね!! 」

「《ふ、2人分のベイラー!?!?》」


 コウが気にしていた、何もかもが普通のベイラーと違うこのリクというベイラーの正体が分かった。もとは2人だったベイラーが、1つになって生まれたのが、リクであったのだ。


 体がとても大きいのも、目が4つあるのも。2人分の体であったから。だからこうして、4本の腕も脚も使うことができる。


「さぁ! ひっこぬくぞぉおお! 」

「やったるぞおおお!!」

「《――!! 》」


 2対4本のの両腕を掲げ、無造作にカブの葉を掴む。土に指と足を食い込ませながら、サイクルを回して回して回しまくる。 

 

 周りには、ただ静かにリクが鳴らすサイクルの音が響くばかりで、カブはびくともしない。


「む、難しんじゃないか? ベイラーひとりで抜くには、このカブは余りにも……」


 老人が、別の手を考え出した頃、住民が声を上げた。視線を戻すと、すこし、ほんの少しだが、カブが地面から浮き上がっている。


「そーれ! 」

「ほいせ! 」


 リオとクオが、互いに掛け声をかけながらカブをゆっくり、しかし確実に引き抜いている。4本ある脚はしっかりと地面をとらえ、4本の腕は、太い茎をがっちりと掴んでいた。


「《あ、あんなベイラーもいるのか……ッツ!? みなさん! 離れて!!》」


 地面がなにやらどんどんゆるくなり、足場が不安定になっていくのが分かり、コウが叫んだ。その変化と、コウの一言により、住民もきがつき、すぐさま傍から離れた。土の中をよく見れば、細く、それでいて無数の根が、地面に伸びていた。それが、少しずつだが動いている。その動きは、クオの動きと連動していた。このまま、あのカブを引き抜けば、このあたり一帯が沈み込み、住民に被害がでてしまうかもしれない。


「《ここら辺一面に根を張ってるのか!……みなさん! 逃げて! 》」

「べ、ベイラーくん! じいさんがいないんだ! 」

「《なんだって!? 》」


 住人のひとりが、老人の不在に気がついて報告してきた。コウも周りを見回してその不在に気がつく。さきほどのゆれと、この騒動で脚を取られてしまったのかもしれない。


「《貴方は先にいって! 俺が探します! 》」

「で、でも君は乗り手がいないんだろう? 」

「《人を探すくらいできます。 それより、みなさんをここから離れた場所に案内してください》」

「わ、わかった! また共に! 」

「《また共に! 》」


 約束ともいえる挨拶を交わし、コウが自分も転ばないように、それでいて迅速に周りを探す。リオたちもこのカブを抜くのには苦戦しているが、それでも、少しずつカブの頭が見えてきている。すぐに見つけて、老人も自分も退避しなければと焦っていると、思いのほかすぐに見つかった。老人はカブの根に脚をとられ、身動きがとれずにいた。しかし、立ち上がろうとしない。


「《おじいさん! 大丈夫ですか!? 》」

「お、おう。君か」

「《立てないんですか? 》」

「ハハ、恥ずかしい話しさ、腰が痛くて、うごけやしねぇ」

「《……おじいさん、すこし揺らしますけど、頑張ってください》」

「おめぇさん何を……?」


 老人の言葉が全部出るよりも先に、コウが行動を開始する。その手をまっすぐにのばし、そのまま、土の中に突き刺す。それを、老人を囲むように何回も。これにより、周りの根を断ち切る。そして、土ごと、老人をすくい上げた。


「すまねぇな」

「《ここから離れます。 リオ!、クオ! おもいっきりやってくれぇ!! 》」


「いっくよぉおおおお!! 」

「そおおおれええええ!! 」

「《――!! 》」


 リオとクオの掛け声と、リクの、言葉がなくとも伝わる気合が、最高潮となった。土がひび割れ、葉がちぎれ出す。土の中からは、伸びたカブの根が、強引に引っ張られたことによってその姿を現し始めた。そして。カブの全容は、ついに半分を超える。


「引っこ抜けえええええ! 」

「ぶっこ抜けえええええ! 」


 バスン!


 およそ、野菜の収穫ででる音ではない音が、周囲に響き渡る。同時に根を無くして支えを失った土が、一気に崩壊していく。その崩落は、コウの足元にも迫る。乗り手が乗っていない状態で、さらには老人を抱えたまま走る速度では、容易に巻き込まれる速度だった。


「《落ちて、たまるかぁああああ!! 》」

「うぁ?! うぉうぁああああ?!?! 」


 崩落に巻き込まれそうになったその瞬間、コウの肩が、発熱し、加圧し、点火した。噴射口を塞いでいた蓋が開き、一瞬で推力を得る。推力は肩の可動と連動し、老人を両手で支えている状態であるために、後ろではなく、真下に向いていた。それが、新たな可能性をコウに見出した。


 コウの体が、その推力をもってして浮き上がり、飛びあがった。推力は、カリンの乗っていたときよりも半分以下であるが、それでも、コウの体を浮かすには十二分の力をもっていた。それは飛翔というよりは跳躍であり、浮遊であった。その浮遊も、ベイラーの高さより。ほんの少し高い位置でしか対空できないようなもの。それでも、崩落を回避する程度の対空はしてみせた。崩落によって、土煙が舞い上がる。


「な、何がおこったんだい? いま、コウくんは、何をしたんだい? 」

「《い、いや、俺もよく……》」


 崩落が収まる。そこには、おそらく地中にいたであろう虫たちが溢れ出て、突如浴びせられた日の光から逃げ出すように、再び地中へと潜り込んでいく。双子といえば。


「掘ったどぉおおおおお!! 」

「どどどぉおおおおおお!! 」


 カブの茎をもちながら、万面の笑みを浮かべていた。大きすぎて、地面から離れていない。楕円形のカブからは、無数の根が伸び、その大きさは、ベイラーがまるまる1人はいってしまうんじゃないだろうかという大きさだった。


「《で、でっけぇ》」

「どうすっかなぁ。あれ。あんなカブ入る鍋ねぇぞ」

「《包丁、どこからいれるんですか?あれ》」

「しかしまぁ、思わぬ大収穫だ。いいもんもみれたしなぁ」

「《いいもの? 》」

「あれだよ」

 

 老人が、コクピットでニシシと笑う双子の顔をみて、満足げに微笑んでいる。


「子供の笑顔ってのは、いつみてもいいものだねぇ」

「《はい》」

「……ところで。いつ地面におろしてもらえるかな? 」

「《え? あ! 着地!? ああ!! リク! リオ! クオ! 手伝ってくれぇえ! 》」



 コウの声を聞いて、制御不能に陥ったコウをリクが受け止める。



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