そして巡る季節
長い冬が、終わろうとしています。
リオと名付けらたベイラーが来て一夜開けると、オージェンら『渡り』によって救出されたベイラーとその乗り手たちが、一同街道へ戻ってきた。雪原に、ベイラーがそれぞれ座り込んで、体を拭いてもらっている。その中には、ベルナディッドのベイラーもいた。彼は、ナットに体を拭いてもらっている。ナットは、顔をぐちゃぐちゃしながらも、誰よりも丁寧に、かつ素早く拭いていた。
「《心配を、かけてしまったかな》」
「大丈夫。こうして、戻ってきてくれたから」
「《怪我がなくて、よかった》」
「うん」
「《ミーンは無事かね? 》」
「足を怪我しちゃったけど、また良くなる」
「《そうかぁ》」
「……新しい、乗り手が見つかるまでは、家にいるといいよ」
「《いいのかい? 》」
「僕にはミーンがいるけど、叔父さん以外を乗せる気、まだ起きないんだろう? 」
「《そうだなぁ。気はすすまんなぁ》」
「なら、好きなだけいていいから。代わりに、叔父さんのこと、たくさん教えて」
「《ああ。語り尽くすにはどれだけ日があってもいいくらいある》」
ベルナディッドのベイラーとナットが、再会とそのあとの生活をきめ、沈んだ心に活力を取り戻した。街道での賑わいがまた一つ増えると同時に、一度、ゲレーンに帰る者たちが荷造りを始めている。そんな中、オージェンがカリンと雪原を歩いていた。
「よくぞパームを捕らましたね。きっと王もお喜びになります」
「ええ。もう、ベイラー攫いなんて起きなくなるわ」
「盗賊団も壊滅。街道の整備も、予定よりずっと早く終わりそうです。しかし……」
「どうしたの? 」
「あの四ツ目のベイラーが、こうして手伝ってくれているというのが、どうも」
視線の先には、リクが、その巨体と力を生かして、作業を手伝っていた。あの双子が操縦しているとは、いささか信じがたいというのが、オージェンの感想だった。
「暴れる心配もないし、大丈夫よ」
「そうだといいのですが……問題はそれだけではありません」
「ほかになにがあるの? 」
「いま、その問題がやって来ました」
ガコガコゴゴゴと、遠出していたベイラーたちが作業を終えて戻ってきた。その中には、コウもいる。しかし、純白だった体のうち、両肩は赤く大きくなり、その赤も、鮮やかというよりは、黒く滲んだ、まるで血のような赤色で、見るものに恐怖を煽る色をしていた。
「ベイラーがサイクルを回して体を変化させるのはご存知ですね? 」
「それはもちろん」
「しかし、あのように、自分の体以外の色を出すことなどないのです」
「へ? そうなの? 」
「はい。 それに、コウ君のあの肩、推進力を得るとおっしゃってましたね? 」
「ええ。炎を使って、前に進むのよ。じぇっと?って言ってたわ」
「乗り手が見たことも聞いたこともない代物を、そのベイラーが創りだすなど聞いたことがありません」
「あー、やはり、そうなの? 」
「乗り手が想像して回すのがサイクルなのですから、乗り手が知らなければ『作れるはずがないのです』 」
「でも、実際は作れて、動かせるのよ? 」
「そこで。炎で前に進むというのが、いまいち私もピンと来ていません。どうか、試験という形でひとつ、コウ君を動かしてみてはくれませんか? 」
「あー、いいけれど、今日の作業はもういいの? 」
「はい。 あの除雪器というのは、いい働きをしてくれています」
「そ、そう。それは良かった。ああ、そうだ。まだ言っていなかったわ」
タッタッタと、オージェンの元から駆け出すカリン。少し前にいくと、1度振り向いて、静かに、言葉を選び、笑いながら告げる。
「オージェン・フェイラス。よくぞ、盗賊から、乗り手とベイラーたちを救いましたね。褒めて差し上げます! 」
その言葉に、一瞬あっけにとられるも、オージェンは静かに礼で返した。
「恐縮です」
カリンはひとつ咳きをし、その笑みを戻すと、佇まいを元に戻した。そのまま、いつものように淡々と言葉を告げる。
「では、日が傾く前に、コウの試験をはじめましょう。広場で準備なさい」
「では、そのように」
「よしなに」
そのまま、カリンはコウの下へと走り去る。その姿を、オージェンはどこか懐かしい目をしながら見ていた。
「……笑い方が、ますます母上様に似てきたか」
ふと、そんなことを思い出していた。
「コウ! お疲れ様。どれくらい進んだの?」
「《なんやかんやで、もう全部済んだんじゃないかな》」
「そう。悪いのだけど、今すぐ広場に来てもらえる? 」
「《いいけど、どうして? 》」
「貴方の肩、どうゆうものなのかオージェンが見たいって。」
「《なるほど。そうゆうことなら、俺もこれがどうゆうものか気になってるから、やろう。乗る? 》」
「ええ、そうする」
コウが、カリンが乗り込みやすいように体勢を変える。肩が部分的に大きくなったことで、腕周りの動きが多少の制限をうけてしまい、いつものように腕を内側に持っていけなくなった。そのため、膝立ちになったあと、腕を胴体にに近づけるのではなく、体全体を腕に近寄せるように意識する。
「体のバランス、そんなに違うの? 」
「《両肩に樽をくくりつけてるみたいです》」
「乗り方も考えないとね」
「《慣れるまで、もう少しだけ時間をください》」
「そう? 」
「《自分の体のバランスが取れないなんてことないです、やってみせます》」
「なら、きちんとやってみせてね。 危なっかしいのは嫌よ? 」
コウに乗り込み、歩みを進める。向かう先は広場だ。そしてすでに、ベイラーがその場にいる。以前。コウと一緒に雪合戦をしたベイラーたち。ハイシャル、ブリッツ、ライラの3人だ。
「《雰囲気、変わったな。なんだその肩》」
「《そんなに違いますか? 自分じゃよくわからなくって》」
「《なんか、出っ張てるっていうか、なんというか》」
ライラは指先でつんつんコウの肩をつついている。
「《でっぱってる? 》」
「《あと、蓋があるな。 あ、開いた》」
パカパカとハイシャルがコウの肩の背後についた、噴射口であろう場所ににつけられたカバーをあけたり締めたりする。
「《くすぐったいので、やめてもらえると……》」
「《おお、悪い》」
「揃ったようですね」
ワイワイガヤガヤとコウをいじくり回しているベイラーを尻目に、オージェンがやって来る。
「では、3人で、コウを押さえつけてください。コウくんは、全力で炎を出して、3人にむかって進むように 」
「《わかりました。 カリン、できそう? 》」
「やってみせるわ。皆もよろしくね」
「「「《はーい! 》」」」
3人がコウにがっちりと組み付ついていく。それはまるで3対1で相撲をとっているようだった。
「コウくん。まずはそのまま、炎を使わないで、3人を押しのけられるかね?」
「《え? や、やってみますけど……カリン!》」
「せーの! 」
ゴゴゴゴゴ!とサイクルが4人からかき鳴らされる。3人はいとも簡単にコウを押しのけてしまうだとろうと、オージェンが予想するも、結果は違っていた。
3人は、多少コウを後ろに動かせただけで、そのあとはピクリとも動かない。
「《ど、どうなってんだ!? 》」
「……乗り手はいるのだよな? 」
「《もちろんだ! 》」
3人の中から、それぞれ乗り手が顔をだした。つまり、3人のベイラーの全力で、コウの全力と拮抗しているのだ。
「こ、これいつまでつづけるのオージェン! 」
「……もうしばらく、お願いします。」
サイクルが周りに不快な音をだしながら、試験が続く。しばらくしても、コウの体はその場からピクリとも動かない。コウも全力で力を出しているが、前に出れないでいた。
「…コウくん、ここまで力があったか? 」
「《さ、さぁ!》」
「まぁいい。本番だ。 カリン様、用意はよろしいか? 」
「いつでもいいわ」
「ベイラーたちは? 」
「「「《どーぞー!》」」」
「では、用意!」
「《カリン、サイクルジェット》」
「ええ。・・・・こう、かしらね」
半信半疑でカリンが操縦すると、コウの肩、噴射口の蓋がガコンと開き、あの時のように再び火が灯っていく。しかし、まだ周りがすこし明るくなった程で、とても推進力になるような炎ではない。
「《カリン? 》」
「ち、違うのよ? ただ、前は無我夢中だったから、どうやってジェットを使ったのかあまりわかっていなくって! 」
「《と、とりあえず、前に行きたいって思おう。俺も、そうする》」
「わ、わかった」
徐々に、カリンとコウの意思が重なっていく。ひたすら二人で、前へ、前へと念じる。完全に重なったとき、コウの目が、赤く光り輝いた。
「《サイクルジェット! 》」
「いけぇ!! 」
その時、コウの肩の炎が、一瞬、後ろへと大きく伸びる。やがて広くおおきく、揺らめいて弱々しいの炎が大きく、強く。色も、赤から、青へと変わっていく。変化はそれだけにとどまらなかった。3人のベイラーが、炎の変化と共に押し負けていく。
「《な、なんだぁ!? 》」
「《こっちは3人掛かりだぞ!? 》」
そして、炎の変化が終わり、ついに最大の火力となった。サイクルの音とは別に、空気を裂いて聴こえる爆音が鳴り渡る。その瞬間、コウの体は、3人ごと加速した。
「《いけぇええええええええ!! 》」
3人の胆力をもってしても、サイクルジェットを用いた加速はとどまることを知らず、雪の上を滑走して、そのまま、ベイラーたちを広場の隅まで押しのけていく。
「や、やっぱり、速い! でも、止まりなさいコウ! 試験だってこと忘れたの!? このまま森に叩きつける気!? 」
「《そ、そうか! って、あれ? 止まり方、わかる? 》」
「……あ」
「《ひめさまぁ!? いま『あ』っておっしゃいました!? 》」
「い、いえね、パームのときは木に激突してとまったのだけど、ええと、ええと」
コウの体を動かそうにも、両腕は3人に掴まれうごかせず、足をじたばたさせるだけにとどまった。それでも、雪をかき分ける以上のことはできず、止まることができない。
「もしかして、これはいけないのではなくて? 」
「《ひ、姫さま! コウの肩、蓋があります! それしめられませんか!? 》」
「ふ、蓋 ? ええと、こう? 」
カリンがコウの背中を意識し、その蓋を締めるように念じる。その瞬間、『前』に行こうといしていた意識も途切れ、赤い目の状態が消える。同時に、肩の蓋がパタリとしまり、燃焼が強制的に中断された。これ以上加速することはもうなくなったが、今度は生まれた勢いをどう殺すかに思考を割かねばならなくなる。
「《コウ! おまえ、足から棘生やせるか!? サイクルショットの応用なんだが! 》」
「《や、やったことあります!! できます! 》」
「《俺が合図したら、4人全員で棘生やして止まるぞ! いいな! 》」
「《はい! 》」
ハイシャルの号令と共に、4人、乗り手を含めて8人全員が、ベイラーの足元に意識を集中させる。そして、停止せんと、一斉にサイクルを回した
「《今だ!!! 》」
バスンと。4人で合計8本の針が、地面に突き刺さる。加速していた4人に急制動が掛かり、危うくコクピットから放り出されそうになるのを耐える。そのまま、雪と土を深く大きくえぐり込みながら、なんとかして静止した。
「……とまった? 」
「《みたいです。よかったぁ……》」
「《すっげぇなぁ。3人ごと動かしたぜ? 》」
「でも、止まり方を考えないとダメね。ところで……これ、いつ使うのかしら」
「《そりゃぁ……戦うときとか。》」
「それ以外は? 」
「《えーっと……》」
コウが思案する。確かにこの力は凄まじい。物を運んだりくらいはできるだろう。しかし、自在に止まれなければ、どのくらいこの加速が維持できるかもわからない。
「《とりあず、この力を全部知ってからでもいいと思います、よ。たぶん》」
「そうね。でも危ないからあんまり使わないようにしない? 」
「《ええ!? せっかくすっごい力なのに》」
「でも、ほかの皆に怪我させちゃうところだったもの。試験の方法も考えないと」
「《俺たちはいいですよ。でも、ガインのやつがなんていうか……》」
「あ。そうだ。コウ。ガインとネイラに、肩のこと調べてもらいましょうよ? 」
「《まってカリン。いま解剖してもらえばいいって思っただろう!? 》」
カリンは、ベイラー医であるガインに、肩の解剖をしてもらおうと、口でこそいわなかったが、頭の中で、それもかなりいい提案だと考えていた。コウにとっては、また全身をあの20本の指でこねくり回されることになり、それはたまったものではなかった。
「でも、そうでもしないと、永遠にその肩のことわからないわよ。外側からだと何一つわからないのだもの」
「《そ、そうかもしれないけど》」
「それに、サイクルジェットも、なにも前に進むだけに使うだけじゃなくって、他の使い方だってあるはずだもの。そのアイディアをベイラーをよく知るガインとネイラから募るのは、悪いことではないと思わなくって?」
「《ぐうの音もでません……》」
「痛いだろうけれど、それが終わる頃には、季節も変わってるわ。そしたら、お花見をしましょう。それでいかが?」
「《……頑張ります。》」
「はい。頑張って」
「《姫さま。あの、ところで、オージェン様のとこに戻りませんか?》」
「あ」
「《忘れてたのか……》」
「そ、そうね。戻らなくっちゃね。でも、これでコウの力はばっちり見てもらえたはずよ」
その後、コウによって巻き上げられた雪によって、全身を埋もれさせて身動きが取れなくなっていたのオージェンが発見された。「すごいのだけはよく分かった」とは埋もれたオージェン談。
◆
街道の整備を始め、ふた月が経つころ。整備が終わり、サーラの輸送団が通れるほどになった。もうすぐ、寒い冬が終わり、暖かな季節がやって来る。
一足先に、コウはカリンと共に、ゲレーンに帰ってきた。といっても、通常の中休みでの帰還から、カリンがオージェンに無理を言って先延ばしに先延ばしを重ねて帰ってきたために、ゲレーンにかえって来るのは実に1ヶ月以上間をあけてのことだった。
ゲレーンへと戻る道を、カリンとコウの2人がゆっくりとした歩みで進んでいく。残る足跡が随分と浅くなった。
「《サーラの輸送団もきますし、これで冬も安心ですね。》」
「でも、夏は夏でやることはたくさんあるわ。えぐれた土をや耕して、水を引いて、種を撒いて。それ以外にもたくさん。」
「《うへぇ》」
「なぁに? 変な声出して」
「《雪かきをしている日々がおわったら、次は農作業かぁって》」
「でも、そうしないと食べる物ができないもの。しょうがないでしょ? で、冬が来て、雪が降る少し前に収穫が終わるわ。保存食を作っている間に雪が振ってきて、家が壊れないようにまた雪かきをして、また夏が来くる」
「《おんなじことの繰り返えしだぁ》」
「あら。一度だって、おんなじ季節なんてないわ」
「《あれ。でも、やることはおんなじですよね?》」
「たくさん収穫ができる年もあれば、全然な年もある。雪の降る量がすくなくって、水が少なくなったこともあったわ。虫がたくさん出てきてしまった事もあるし、病が流行ったときもあった。」
「《……それでも、生きていくことをやめなかったんですね》」
「ええ。私たちには、どれだけ過酷なことがおきても、いつもそばにいてくれる人がいたから。それは肉親であったり、同じ村に住む人だったりで、ひとそれぞれだけど」
「《もし》」
「うん?」
「《もし、良ければだけど、カリンの『いつも傍にいる人』の中に、俺がいていいのなら、そこに、いれて欲しい》」
「……これからも一緒に居てくださるの? 」
「《ああ。そうしたい》」
「なら、入れてあげる」
「《……やった》」
「変なコウ」
道を歩いていくと、一気に視界が開けた。一面に、ゲレーンの国が広がる。前に帰ってきたときと、あまり変わらない。城の周りにはベイラーがひっきりなしに雪かきをし、家々からは煙りが出ている。ありきたりながら、コウが、ベイラー達が守った景色。
ただ、目のいいカリンだけが、見ているものが違った。
「コウ! みて! 山の方! 」
「《山?》」
コウもその声に従い、目線をあわせていく。その先には、かつて土砂崩れで土が剥きだしになった山が写っているだけで、コウにはよくわからないでいた。見たままの感想をカリンに伝える。
「《……なにもないじゃないか。強いて言うなら雪が積もってる。》」
「まったく! よく見て! 麓の方! 」
「《うん?》」
いわれるがまま、麓へ目をこらすと、土の茶色と雪の白色以外に、緑色が、ほんの少しだけ見えていた。一度、そこに緑があると認識すると、コウの目には、嵐の傷跡で剥きだしになった土の、その合間合間に、緑がたくさん出てきていることが見えてくる。それがなにかわからないほど、コウはもう無知でなかった。
「《あの緑の点々って、あれ新芽か!? 》」
「そうよ! キノコのいっていたとおり、ちゃんと種が残っていたんだわ!! これで、ちゃんと森が元にもどる。」
「《元に戻れば、嵐で逃げちゃった動物たちも帰ってくるかな? 》」
「ええ。それに、今年はたくさん雪が降ったから、それが山から溶け出して、綺麗でたくさんの水ができる。そしてそれは、また川になるわ。ミルブルスたちも戻ってきてくれる!」
「《……大変だったけど、ちゃんとつながっているんだ》」
「ええ」
眼下に広がるゲレーン。変わらぬ営みを続ける人々を見守るように取り巻く森が、大きく傷つきながらもその姿を治していく様を、そしてこの景色を、カリンと共に見れたことを、コウは、忘れることのない景色として記憶した。




