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ソウジュベイラー・リク

新たな仲間です。

 声の出せぬベイラーとわかり、カリンが順次質問を重ねていく。首肯による会話であり、細かい応答をしない代わりに、常に二択で質問を繰り返した。


「貴方は、あの乗り手に脅されていたのね? 」


 首を縦に降る。


「言うことを聴かなければ燃やすって言われた? 」


 縦に降る。


「あの乗り手が、初めての乗り手? 」


 縦に降る。


「……ベイラーや人を、殴るのは、好き? 」


 やや、時間がかかるも、首を横に降った。初めての否定だった。


「そう。 また後でね。 今は、怪我を治してあげる」


 そこまで言うと、カリンはベイラーの肩からすとんと降りた。そのまま、双子の元へと向う。


「あなたたち、どうしてあのベイラーが物を言えないのがわかったの? 」

「あんな風に、喉に穴があいちゃうと、ベイラーって喋れなくなるの! 」

「ナヴが一回、怪我しちゃったとき、ぜんぜん喋れなくなっちゃったの! 」


 双子は、過去の経験と照らし合わせて、その答えを言ってみせる。その言葉に、カリンは再び自分の知識と経験の無さを呪った。同時に、あのベイラーを、この場にいる皆の納得する形に収めるには、この双子の力が不可欠だとも感じていた。


「あなたち、あのベイラーをどうしたい? 」

「どう?」

「したい?」

「あのベイラーは、たくさんたくさん悪いことをしていたの。」

「ベイラーが悪いんじゃないもん! 乗ってる人がわるいんだよ!」 

「ベイラーは悪いことしないもん乗ってる人を懲らしめなきゃ!」

「……そうね。そうかもしれないわ。 悪いことをした乗り手は、懲らしめたから、もう大丈夫」

「そっか! でも、そうしたら、もう乗り手はいない? 」

「あのベイラーさんには誰も乗ってない? 」

「そうね。だれも乗ってないわ。」

「……だったら! ねぇクオ! 」

「うん! リオ! 」


 双子の顔が、ぱぁっと明るくなった。しかし、カリンは、そして周りの人間もその意図を読めずに困惑していると、さらに困惑させるようなことを言ってのけた。


「「私たちが乗る!! 」」


「……それで、いいの? 」


 その言葉を、混乱と困惑と驚愕が入り混じりながらも、たっぷり時間をかけて受け止め、なんとかして、カリンは今の言葉を絞り出した。


「だって、悪いことしか知らないなら、もういいこと覚えるだけだもん! 」

「お父さん言ってた! 狩りはいい事だって! 人の役に立つって! 」

「ナヴはお父さんが乗ってるから、この子は私たちが乗りたい! 」

「人の、役に立つと思う? このベイラーが。」

「……力持ちだよ?」

「体おっきいから高いとこまで手が届くよ? 」


 そこまで聞いて、今のいままで、このベイラーの一面でしか見ていない自分に、そしてその一面ですら、この子たちは別の見方をしていたことに、カリンに再び衝撃が走った。


「そうね。でも2人だから、代わりばんこに乗るのよ? 」

「うん! 」

「お父さんびっくりするかな! 」

「ええ。ジョットの驚く顔がみえるわね。 あのベイラーに、乗り手になっていいか聞いてみるといいわ 」

「「はーい! 」」


 双子がはじき出されるようにその場から駆け出し、四本角のベイラーへと向かっていく。


「《カリン》」


 ここで、初めて、コウがカリンに声をかけた。出来るだけ危険を感じさせないように、傍へとちかより、膝立ちになる。


「《その、俺は》」

「コウ。ごめんなさい」

「《それは、俺のセリフだ。》」

「いいえ。言わせて。わからずやなんて言って」

「《……納得できた? 》」

「ええ。あの双子の気がつかされた。 」

「《もうあのベイラーを斬らなくていいの? 》」

「ええ。 もう、あのベイラーが誰かに脅されて悪いことをすることはないわ」

「《そっか》」

「コウ。帰ったら、私と一緒に勉強をしない? 」

「《勉強? なんの? 》」 

「この国と、私たち人間と、あなたたちベイラーのこと、他にも、いろいろ」

「《訓練とは別に? 》」

「ええ。知りたがりの貴方と、何も知らない私には、それが必要だと思うの」

「《一緒でいいの? 》」

「一緒がいいの。お嫌い? 」

「《いいや、そいつは素敵だ》」


 双子がベイラーに近寄ろうとするよ、アネットを含む大人たちが制止しようとするが、それをするすると躱してコクピットによじ登っていく。カリンがアネットたちをたしなめた。


「こ、こら! そのベイラーは危ないのになんてことを! 」

「いいのよアネット。ジョットの娘さんたちよ」

「し、しかし、あのベイラー、暴れだしたりしませんか? 」

「あの双子がちゃんと教えるわ。それができる子たちなのよ」

「は、はぁ。」

「それに、あのベイラーが暴れるより、どっちが乗るかで喧嘩する方が早いかも」

「「あー!!!」」


 双子が、叫び声をあげた。しかしそれは、恐怖による声ではなく、予想外のことが起きて嬉しいときにでる声だった。しかし、叫び声には変わりなく、思わずカリンはアネットと目配せし、アネットはベイラーの下へ、カリンはコウの中にするりと入っていった。そのまま、コウを動かしてベイラーへと近寄る。双子は、コウが切り裂いたベイラーのコクピットを覗き込んでいた。アネットのそれに続く。


「二人ともどうしたの? 乗り手にしてもらえなかったの? 」

「「二人乗れる! 」」

「……なんですって? 」

「ひ、姫さま! このベイラー、操縦桿が4つあります! 椅子も2つ! 横並びです! 」

「《……二人乗りのベイラーだ。居るっていうのは聞いたことある》」

「そ、そうなの? 」

「《うん。てことは、パームは、二人乗りだって知らずに、無理やり乗っていたんだ。》」

「……まって、ってことは、二人が乗り込んだら、このベイラーはもっとすごいってこと? 」

「《そうゆうことに、なるかも》」


 ベイラーの未知のポテンシャルを想像していると、双子は四本角のベイラーへと向き直った。

そのまま、二人で伺いを立てる。


「脅したり、怖がらせたりしません。」

「私たち、いつも一緒だから、あなたと3人で一緒です。」

「だから」

「私たち、乗り手になっていいですか?」

「いいですか?」


 2人が、ベイラーを見上げて問う。一瞬の静寂。そのまま、ベイラーは何も言わず、今度は、首で返事をしなかった。


代わりに、戦いでボロボロになりながらも、切り裂かれることはなかった頑強なその手を伸ばして、双子に触れた。 ざらついた木の表面で傷つけないように、ゆっくりとした動きで包み込む。

 

 そのまま、その二人を胸元に持っていき、ベイラーは2人を迎え入れた。


「ベイラーの中って、あったかいんだ!? 」

「すべすべしてる。すっごい! 」

「クオやってみる? 」

「うん。リオ! やってみよう! 」


 双子がそれぞれ、操縦桿を握り締めた。その途端。2人の頭の中に、いつも見ている景色とは違う、もっと高い位置に視点がずれた。視界と意識の共有が正しく行われる。ただ、2人乗りのために、クオとリオはお互いの意識までも共有された。


「すっごい! クオのことわかる!」

「リオのことわかる! 」

「でも、どうしよっか。」

「1回立ってみようよ。」

「うん、そうしよう! 」

「「そーれ! 」」


 四本角のベイラーが、今までにないほど滑らかに動き始める。サイクルの音は静かに、それでいて高速で周り、その巨体を難なく支えてみせる。コウによって雪に沈められた足を掲げ、確かに1歩、その場から踏み出す。

 

リオとクオのベイラーが、初めて、立ち上がった。 


「「たかぁああああい! 」」

「《二人乗りの、ベイラー……》」

「ジョットが妬いちゃうかも。娘たちをとられたーって」


 視線の高さに驚きながらも、二人は、いや、3人はゆっくりと、その歩みを進めた。その動きは、パームが乗っていたときとはまるで別のベイラーのように、滑らかで滞りがなかった。


「「あ」」

「あ!コウ! 」

「《わかってる! 》」


 双子が初めて乗り込み、、雪の上での歩行という悪条件が重なったためか、足を取られてベイラーが倒れそうになる。その倒れそうになった手をコウは支えるために駆け出した。あわや転倒という直前に、伸ばした腕は四本角のベイラーに届き、その手をがっちりと掴む。。

 

コウはこんな時に、さきほどまでこのベイラーと、パームの手によって憎まされていたとはいえ、傷つけ、打ちのめし合っていたというのに、今度はこうして助けている状況の差にクラクラしていた。


「《もう、敵じゃないんだよな? 》」

「《―――》」


 ここで、初めて、四ツ目であるその丸い目が、虹色の光を帯びた。


「そう、貴方、嬉しいのね。」

「戦ったりするの、嫌いなんだよ! 」

「戦ったりするのが好きな人なんていないもん! 」

「……その子は、そうゆうベイラーだったのね」 


 腕を引き寄せ、立ち上がらせる。その身長差は頭一つあるが、それでも、もう恐ろしさは感じなかった。


「こら! いつまで角なんか生やしてるの! 」

「もうそんなものいらないでしょ! だれも脅さなくっていいの! 」

「《―――》」


 双子が叱ると、全身が棘に包まれていたその体から、ゆっくりと棘が引っ込んでいく。バキバキバキバキとサイクルを回して、棘が地面に落ちていき、ついに頭にあった4本の角も、見る影もなくなくなってしまった。


「うんうん。えらいえらい」

「えらいね」

「その子、名前はどうするの? それとも、もうあるの? あるなら、教えて欲しいのだけれど。」


 カリンが双子に問いかけた。まだ、黄色い体をした、四ツ目のベイラーの名を知らないのだ。


「まだないんだって」

「名前、付けてもらってないって」

「そう、そしたら、付けてあげたら。貴方たちが付けるなら、きっと喜んでくれるわ。」

「名前! ベイラーの名前! どうしよっか! 」

「動物の名前とかじゃダメだもんね! どうしよ! 」


 双子がウンウン唸って考え始める。コウは自身で名乗ったが、普通はベイラーには名前がない。こうして、乗り手がつけてくれるものであり、それを、ベイラーはずっと大事にするのだ。


「「きめたぁ! 」」

「あっさり決めちゃっていいの? 大事なことよ? 」

「いいの! これでいいから! 」

「これがいいの! ベイラー、あなたの名前は……」


「「リク !! 」」

「《……ああ! 二人の名前!? 》」

「いいんじゃない。変にひねって訳のわからない名前になるよりずっといいもの。」

「《そ、そうゆうものですか? 》」

「本人たちが決めたらな、もう私たちにどうこう言えないでしょ。」

「どうかな!? 」

「いいよね!? いいよね!? 」

「《―――》」


 四ツ目の、いや、たった今、リクと名付けられたそのベイラーは、今までになく、その目を爛々と輝かせ、全身で喜びを表現せんと体を動かした。コウと手を繋いだまま。


「《ちょ、ちょっとまってってうぁああああ?!?! 》」

「ええ!? 」


 その力は、そのボロボロになった体で出しているとは思えない力で、コウの体を容易に宙に浮かせてしまった。しかし、そのせいで、自分の支えを失い、結果として二人のベイラーは雪の上に倒れ込んだ。突然の地響きに、アネットも、ナットも、その場にいた全員が集まってくる。


「アッハッハ! すっごい! リクほんとに力持ちだぁ! 」

「でもほどほどにしないとだめだよー!リク! 」


 双子は、そんなことをも気にせずに、コクピットの中で笑い転げていた。コウたちはというと。


「……もしかして、すっごいベイラーじゃない?」

「《片手で浮き上がったよ俺。》」

「こう言っては変だけど、盗賊にいた頃に二人乗りで乗ってなくてよかったわ。」

「《……そうだね。》」


 いとも簡単に投げ飛ばされて、冬の空を二人して眺めていた。よってくる皆に無事を知らせ、そのまま、しばらく寝転ぶ。

 

「国に帰ったら、リクを治してあげなくっちゃね」

「《ああ》」

「貴方も、いろいろ体を見てもらわないとね。……そうえば、聴きたかったのだけど」

「《何を? 》」

「長い髪の女、って言っていたけど、あの時貴方、何があったの?」


 コウは、自身の体験した不思議な経験を、カリンに細かく話すことにした。あの経験から、肩から炎を出して加速する方法を思いつき、実行できたのだ。それを、順を折って説明しはじめる。


「《炎に巻かれていた時、夢を見たんだ》」

「夢? 貴方、あの状態で寝ていたの? 」

「《そうじゃなくって。……いや、そうなのかな。とにかく不思議な光景だった。綿毛がずらっと並んで、ずっと飛んでいるんだ》」

「綿毛? 」

「《そこには、長い髪の女がいて、その種を、そして俺も一緒に全部燃やしつくそうとする。俺はそれを止めたくって、炎を使って、前に進んだんだ。女はそのまま綿毛の集まる場所から弾き出せたんだけど、僕も一緒に何処かへ行ってしまいそうだった。そんな時に、手が伸ばされた。そして、掴んだら、ここに戻って来れた》」

「手?」

「《呼ばれた気がしたんだ。あれって、カリンが呼んでくれてたんだろ? 》」

「……ええ。それはもう、たくさん。」

「《だから、帰って来れた》」

「夢にしては、随分細かく覚えてるのね。」

「《だから不思議なんだ。あれって本当に夢だったのかどうか》」

「綿毛に、髪の長い女。……その女って、私? 」

「《ううん。知らない人だった。でも、向こうはこっちを知っているみたいで。》」


 カリンが、一瞬「よかった」と心で安堵するのをコウは感じたが、それがなぜかまでは解らなかった。そこを考えようとしたとき、すぐにカリンが話題を再開したため、思考も中断する。


 単にカリンは、もし長い髪の女が自分であったなら、普段からコウを酷使しすぎているのではないかと疑念を抱いただけであり、それも杞憂に終わる。


「本当になにもわからない夢ね」

「《でも、その夢でみた光景を思い出したら、ああやって肩の形が変わったんだ》」

「あの炎ね! 確かにすごかった。ものすごい勢いで前にどんどん進んでいっちゃって。サイクルで作ったの?なまえは?」

「《名付けるなら、『サイクルジェット』なんだろうけど……》」

「どうしたの? すっごいものをサイクルでつくれてんじゃない。」

「《それが、なんで作れたのかわからないんだ。》」

「……そうなの? 」

「《たぶん、ジェットエンジンなんだろうけど、そんな複雑な物の構造、知らないよ。》」

「貴方の肩、そんなに難しくなってるの? そもそもジェットエンジンって? 」

「《俺の世界で作っていたもので、何個も鉄を使って作り上げるんだ。専門の職人が何人もいて、何日も、いや、何年もかかって出来上がるようなすごい機械だよ》」

「それが、今、貴方の肩にあるの? 」

「《たぶん。……カリン。綿毛がたくさんでてくる話なにか知ってる? 》」

「さぁ。でも、伝承にあるかもしれない。」

「《それも勉強だなぁ》」


 腕を動かし、かつてより大きくなった肩を触る。この使い方も、理解しなければならない。


「さて」

「《カリン?》」


 カリンが、寝転がったコウのコクピットから出た。そのまま、リクに向き合う。


「よろしく。リク」


 そうして、一言、四ツ目のリクに挨拶をする。


「「よろしくリク!」」


 双子も、その言葉に重ねた。そして、リクは、その言葉に、首を縦に動かすことで肯定をする。その目は、虹色に爛々と輝いていた。



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