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沈黙するベイラー

自分の行いは常に正しいと思いたいものです。

ナットは、カリンの提案に納得し、矛を収めた。しかし、納得していたからこそ、もう片方は、揺るぎない信念が出来上がっていた。


「でも、姫さま。パームのことはいいのです。でももう一方の、ベイラーの方はどうするのです? 」

「四本角の? 」

「そうです。 あのパームに協力していたベイラーです。なにもかもわかった上で、敵対してきました。 ある意味、パームよりも邪悪です 」


 それは、あの、パームを乗り手としていた四本角のことだった。どれだけパームからむごいことをされようと、どれだけベイラーを傷つけようと、パームに反抗すらしなかったベイラーだ。


「で、でも、あの子も脅されていたかもしれないのよ? パームはベイラーに火を付けるようなことを考える男なら、やりそうなことでなくて? 」

「なら、どうして助けを求めなかったんですか? ミーンにも、コウにも喋りかけてきませんでした。 全部楽しんでいたんじゃないんですか。」

「そ、そんな、ことは……」

「姫さま、よろしいですか? 」


 ここで初めて、この場に新たな意見を出す者が現れた。シーシャの乗り手のアネットだ。カリンはその姿をみて、大きな怪我もなく安堵してしまう。


「アネット、怪我はひどくないのね? 」

「シーシャが守ってくれました。 しかし、守ったシーシャはあのとおりです。 」

「……貴方は、四本角のベイラーをどうしたいと思っているの? 」

「物騒なことはいたしません。しかし何もしないのも、また、攫われたベイラーも無念ですので、洞窟送りなど、いかがか。」

「……洞窟送り? 日の光を遮って閉じ込めるのですか? 」

「はい。 日の光がなければ、ベイラーは木になれません。暗く狭い穴の中で、己の行いを省みるのです。」

「……せめて、ベイラーと話をできないかしら。そのくらいはできなくて? 」

「さっきからうんともすんとも言っておりません。無駄でしょう。」

「し、しかし…」

「姫さま。ベイラーと人間で罪の差が、あるとお考えで? 」

「無礼な! そんなことあるわけがない! 」

「なら、パームよりも、寛大な措置と思えます。 あのベイラーが物言わないのは、性根が同じく邪悪だからとは考えませんか? 」

「それは……」


 カリンが、四本角のベイラーに向き直る。未だにその琥珀の胸部は、コウはあけた穴があいており、両腕は切断一歩手前で、かろうじてくっついている状態だった。


「……パームの処置と、差を付ける訳にはいかないわ。しかし、責任はとります。コウ!私を乗せて! 」

「《どうするんです? 》」

「洞窟送りの作法にのっとって、あのベイラーの足を斬ります。」

「《なんだって!? 》」


 いままで静観を決め込んでいたコウは、初めて声を荒げた。


「《そんなことしてどうするんだ! 》」

「パームの処置を提案したのは私です。なら、その四本角のベイラーも処置を決めねばなりません。それも、できるだけ乗り手と差をつけないように。しかし、ベイラーと人の死は比べられません。寿命も違えば、治りの速さも違う。だからこそ、日の当たらない場所で軟禁するのです。 その際、逃げられないように脚を斬るのです。」

「《それで、本当にいいの !?》」

「……よくは、ありません。でも、四本角のベイラーは、何も、言ってくれませんから。」


 カリンが、その表情を曇らせる。申し開きなり、いいわけなりを、あの四本角のベイラーが言えば、もっと事態は変わっていたかもしれないが、未だに、いや、出会った時から、あのベイラーが喋ったことはない。それ故に、余りにも情報が少なすぎた。そしてその少なさが、カリンを決断させた。


「いいわね。なにも殺すわけじゃないわ。……不本意だけれど」

「《なら! 》」

「いったでしょう? 差をつけたら、いけないわ。」

「《……》」


 ベイラーは、その目の輝きで感情の起伏が現れる。喜びなどは、緑がかった虹色が走る。そして、このように、悲しみに包まれれば、輝きそのものが小さくなる。 コウの目の輝きが、光が小さくなっている。


 その顔を見て、カリンの胸が痛むが、決断をしたものとしての責務を果たすべく、その感情を無視し、コウに乗り込んだ。感覚の共有を行うも、相互に悲しみが満ち溢れ、カリンの瞳から、意思に反して涙がひと筋流れ出る。


「……ブレードで一撃。それで行けるわね。コウ」

「《……》」


 慣れた手つきで、サイクルブレードを作り出した。赤く肥大化した両肩のバランスの崩れ方も考え、できるだけ低く構える。カリンが、無理やりにでも頭の中で納得し、ブレードをふり下ろそうとするが、コウの腕はまるで動かないでいた。外に声が聞こえないように意識だけで会話をする。


「コウ! どうしたの! 」

「《……本当に、いいの? 》」

「良いって言ってるの! 」

「《だって納得しきってないじゃないか。 いまも無理やり納得した風にしているだけだ》」

「私の納得するしないは気にしないで! 早く!! 」

「《このまま振り下ろしたら、絶対後悔するぞ》」

「それでもいい! 」

「《どうしてそこまで頑ななんだ! 》」


 コウの言葉に、カリンが、コクピットの中で、うつむいた。そして、口に出せずにいた言葉を、コウに吐き出した。


「私がナットに『正しさ』を振りかざしたからよ」

「《『正しさ』? 》」

「私が、『こうあるべきだ』って、あの子にもっともらしい理由と手段を見せつけて、納得させた。」

「《でも、それは、カリンも、ナットも納得してたじゃないか。》」

「ええ。だから、『私の思い通りになった』」


 コクピットから、カリンがコウの顔を見上げる。同じ視界で、同じものを見ている。しかし、考えは、まだ伝わっていない。


「私は、ナットの意思を捻じ曲げたのよ」

「《じゃぁ、ナットに人殺しをさせてよかったっていうのか。》」

「いいえ。でもあの瞬間、たしかにナットはあの男の首をはねる気でいたわ」

「《でも、そうはならかったんだ。》」

「違うの。そうはさせなかったの」

「《……何が違うんだよ。ソレ》」

「意思をかえさせたのよ。私が、ナットの意思を」

「《別に、いいじゃないか。そんなの。それが正しいとおもったんだろう? 》」

「じゃぁ、コウは、私がパームと同じになっていいというの?」

「《同じじゃない! 》」

「同じよ。 私の意図に沿うように動かした。 脅して言うことを聞かせてるパームと何が違うの」

「《カ、カリンが何を言っているのか、わからないよ》」

「そう。なら、もう1つ。私が、意図を沿うように動かしたから、今こうして、あのベイラーを斬ろうとしているのよ」

「《……それって、『みんなの正しさ』ってやつを汲み取ってるのか。カリンが。》」

「ええ。一度私の正しさを押し通したのだから、そうされても文句は言えないわ。」

「《そんな、わがままを1回通したから、代わりに1個わがままを聴くみたいな言い方、変じゃないか。》」

「変じゃないわよ」

「なんで!? 」

「《だって……私は民の上にいるべき人間だから。》」


 カリンが、自身の身分に対して言及するのを、コウはこの半年以上共にいた中で、2度聞いた。


 1度目は『追われ嵐』の際。そして、2回目は今。


「皆が、納得する形をとらなきゃならないの。お分かり? 知りたがりな私のベイラー」

「《……》」


 今この瞬間まで、その言葉の意味がわかっていなかった。コウが見てきたのは、カリンの放つカリスマによって、人々が笑い、奮起している姿であり、この場に漂うような、暗く思い雰囲気とは真逆の物。


 『誰か』が責任を取らねばならない。その『誰か』に、カリンはいつも晒されていた。そして、それに応え、決断の連続を見事にこなしてみせる。


 だからこそ、カリンは自分の身を、簡単に手段として利用し、成功するのが当たり前であるのだ。そして、行動した上での失敗は、カリンにとって何より恥ずべきことであり、カリンの行動にすべてに、『責任』が伴い続けているのである。


 その、カリンにとって生きている上で当たり前だったことに、たった今コウは気がついた。


「わかったなら、そのベイラーを斬るわ」

「《わかった、わかったけど、それが納得できるかどうかは、関係がない! 》」

「……わからずや。」


 ふと、コウの、カリンからの見る視界がこつ然と消えた。意識の共有はそのままだというのに、視界だけが遮断されている。


「《な、なんだ!? 何をしたんだ。 》」

「貴方にはまだ教えてなかったことよ」


 コウが混乱している中、カリンがコウの体を勝手に動かし始める。視界の共有が切れているわけではない。


 単純に、カリンが目を閉じているのだ。それによって、コウからの視界のみを受け取り、自身からみる景色を断っている。理屈は簡単だが、それに気がつけるほど、コウは冷静ではなかった。


 カリンから、初めて『拒絶』の意図を受け取り、焦燥と混乱に満ちていた。そしてそれは、カリンにも十二分に伝わっている。


「《み、みえない!! 》」

「……いまはそうしていなさい。すぐ済むから」


 コウの混乱に乗じ、ブレードを振り上げる。見れば、その振り上げられたブレードを見て、四本角のベイラーが後ずさった。


 斬られることを察知して、ボロボロのその体を動かして、その場から逃げ出そうとする。その行動は、カリンに怒号を上げさせた。


「こ、この後に及んで逃げるというのですか!! なんて、なんて! 」


 卑劣。その言葉を飲み込んで、ブレードを振り下ろす。その刃は、後ずさるベイラーの足を強かに打ち、地面にめり込ませた。


 叫び声をあげるでもなく、ベイラーがじたばたを暴れだす。未だにその剛力は健在であったが、すでに両腕はボロボロで、たった今足は潰された。もう身動きのしようがなかった。


「(こんな、こんな姿のベイラーを打ち据える私こそ卑劣だというのに!! )」


 それでも、もう一度その刃を、今度こそ、そのベイラーの両腕をめがけて振り下げようとした時だった。


「《ッツ!? カリン! だめだ!! 》」

「この期に及んでまだ何かいいたいのですか! 」

「《そ、それもあるけど、違う! 足音だ! 近くに2つ! 》」

「……音? 」


 耳を澄ませてみれば、たしかに、小さく雪を踏みしめる音が2つ、小刻みなテンポで迫ってくる。そして、おもわずカリンが目を開いて、自分の下を見れば、ジョットの双子が、コウの股下を通って、四本角のベイラーとの間に割って入った。


 思わぬ訪問者に、カリンはコクピットから出て声を出す。


「こんなところに来て! 危ないわよ! 」


 カリンの静止をもきかず、双子は両手を広げて、ベイラーの前に立つ。1人……リオはコウにむけて、クオは四本角のベイラーにむけて、お互いの背をあずけている。


「このベイラーを叩いたらダメ! 」

「なにも言えないベイラーを叩いたらダメ! 」


 その行動に、カリンも、コウも、四本角のベイラーも、そして、周りの大人たちでさえ、あっけにとられた。双子は、間に割って入って、あろうことか、カリンたちを止めに来のだ。


「いいから、そこをどきなさい! 潰されるのがわからないの! 」

「コウの乗り手さんもわかってない! 」

「わかってない! 」


 双子がびしっと言い放ち、カリンが面食らった。双子は、カリンがどうゆう身分かを知らないらしい。しかしその口調は、どこか諭すようにしている。その異様な光景を前に、大人たちは呆然としてしまっている。


「「何も言えないベイラーいじめちゃだめなんだよ! 」」

「何も、言えない? 」


 その言葉を聞いて、思わずカリンが、コウから飛び降りる。共有が切れて、体が急に不自由になったことで、巨大なブレードを掲げていたコウはバランスを崩し、倒れそうになるのを、咄嗟に膝立ちになって耐えきる。その、以前に比べてかなり動けるようになった自分のベイラーをみるでもなく、カリンは双子に近寄って、目線を合わせた。


「どうゆうことか、説明してくださる? 」

「あのこ、声がでないんだよ! 」

「なんにも喋れないの! 」

「喋れない……?」


 カリンが疑問の言葉を出すより先に、クオとリオは四本角のベイラーの元へ駆け出した。そこまでして、ようやく周りの人間たちが事態を飲み込めたようで、その双子をベイラーから引き剥がそうと動く。あの暴れまわったベイラーの近くに不用意に近づき、怪我をしてしまうかもしれないと、すぐさまアネットが双子を捕まえた。


「何をしてるの! 」

「離して!! あの子は暴れたりしない! 」

「絶対に暴れたりしないから! あの子の首を見て! 」

「……首?」


 じたばたとする双子から出た言葉をオウム返しに返しながらも、アネットはカリンに目配せして、その意図を伝える。


「首が、なんだというの。」


 8割の疑問と、2割の文句をいいつつも、今度はカリンが四本角のベイラーの傍による。双子の言うとおり、ベイラーは暴れださず、じっと、その四つある丸い瞳で、カリンを見つめている。


 尻餅をついているような姿勢のベイラーの胸に、カリンが飛び乗る。それでも、ベイラーは動かずにいた。そのまま、カリンがベイラーの肩によじ登る。そして、首に触れようとしたときに、気がついた。


 そのベイラーには、首はあるが、あちこちに穴があいており、向こう側が見えてしまっている。

普通のベイラーにはない特徴だった。


 喉にあたる部分が、存在していないのだ。


「……貴方、まさか、喋らないのではなくて、『喋れないの』? 」


  カリンの中で、衝撃が走った。今のいままで、このベイラーはどんな糾弾にも、どんな脅迫にも無反応だったのは、保身のためでなく、そもそも 伝える術が無かったのだ。


「(……いままで、意思疎通ができたのは、乗り手であったパームだけであったと? )」


首を振って意思を表すボディーランゲージも、このベイラーはまだ知らないのだ。だから、首を縦にも、横にも降ることはなかった。 


「……私の言っていることが、わかる? わかるなら、首を、縦に振って。わからないなら、横に振ってみて」


 そこで、カリンが、二人目の意思疎通者になろうと決意した。ベイラーに、二択の質問に首の動きで答えるように促してみせる。こちらの言葉がわかれば、その通りに動いてくれる。もし、わからなければ、また別の反応を示す。しかし、カリンは、一度あの戦いの最中で、パームがこのベイラーに向け、何かを話しているのを見ている。人間の言葉がわからないということはないはずだと、ある程度の算段があった。


 そして、その算段は通用した。ベイラーが、ゆっくりと、首を縦に降ったのだ。カリンが、その行動をみて、思わず、ベイラーの肩の上で膝を付いた。


「(私は、なんてことを! 足や腕のないベイラーがいるのだから、声を出せないベイラーがいてもおかしくないのに! この、何も知らない、何も喋れないベイラーに、いままで、何をしてきた!! )」


 カリンは、ただただ、自分がしてきたことが許せないでいた。そしてコウも、そんなカリンにかける言葉を、何1つ見つけられずにいた。


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