表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/359

カリンの諭し

悲しいことの繰り返しをさせないように、頑張る人がいます。

「帰ってきた! 姫さまー! 」


 コウが街道の作業場にもどると、アネットと他複数のベイラーが待っていた。シーシャと、リース。そしてミーンが介抱されている。


「みんな無事? 」

「あちこちボロボロですが、動けない訳じゃないです。乗り手私含めて皆無事ですよ。」

「そう。良かった。」

「あの、ところで、姫さまのベイラー、そんな形でしたっけ? 」


 アネットが、コウを見て疑問を口にした。赤く、一回り大きくなった肩。豹変といって良かった。


「コウよ。 私もどうしてこうなったのか、よくわからないの 」

「そうですか。では、もう1つきいてよろしいですか? 」

「ええ。どうぞ。」

「その、どうしてコウはその四本角を担いでるんですか? 」


 コウの肥大化した肩で、四本角のベイラーはその体格差をもろともせずに運んできた。どさりと、雪の上に無造作に四本角を横たえる。


「どうって、連れて帰るためよ。中にいる乗り手ごとね」

「な、中にいるんですか!? あの笑い声の気持ち悪い男! 」

「ええ。今は眠っているわ 」

「どうしてですか! 森の中にでも放り込んでおけばいいのに! 」

「それを決めるのは貴方ではないわ。もちろん、私でも」

「はい? 」

「コウ、下ろして頂戴」

「《わかりました。ってあれぇ!? 》」


 膝立ちになって腕を動かそうとして、肥大化した肩によって変わった体のバランスを制御するのに手間取り、いつものようにできていたことが、いつものようにできない。


「《す、すいません。 なんだか重くって》」

「いいわ。私も忘れていたし。もう大丈夫? 」

「《はい。おろします》」


体を低くし、手を土台にして降りやすくする。カリンが、中からゆっくりとした足取りで出てきた。そしてその足取りのまま、足一本を残したミーンの元に歩いていく。自慢の足は、四本角のベイラーによって砕かれたとはいえ、肌はミーシャたちに比べれば綺麗な方だった。しかし、それが少しの慰めにもならないのも、カリンは重々承知していた。


「ミーン。ナットは中にいる? 」

「《……はい。》」

「出たがらないのね」

「《はい。》」

「……ナット。ナット・シング。貴方に、伝えねばならないことがあります。顔も見ずに伝えるのは、あまり褒められたことではないけれど、どうしても伝えなくてはいけないの。」


 そこまで言うと、カリンは、おもむろに膝をついた。


「あなたとの、約束を果たすことが、できません。ごめんなさい。ごめんなさい」


土下座とも、祈りとも違う。懇願にもにた謝罪を、カリンは行った。瞳から涙がながれても、瞬きひとつせずに言葉を続けていく。


「《カリン様……》」

「もう私は、貴方の望みを、叶えることが、できない。できないのです……ごめんなさい。」


 突如として始まったカリンの謝罪に、周りの人間が困惑し、焦燥する。一体なにがあったのか、それを知る者が、まだ余りにも少ない中でも謝罪だった。そして、その謝罪を受けて、歩みを進める者が1人。ミーンの中から出てきた、ナットだった。同じく、膝をついて、目線を合わせるも、身長差でどうしてもナットの方が低くなってしまう。しかし、それを気にするものなど、今この場には居なかった。


「カリン様」

「パームの言葉を、きいていましたね?」

「はい。一語一句違えずに、聞きました。叔父さんを、その男は殺したのだと。」


 ナットの言葉に、その場にいる当事者以外の人間たちがざわめく。そして、視線を一斉に、四本角のベイラーに乗っているであろう男に向けられる。


「でも、そのために、姫さまと、コウは、たくさん怒ってくれました」

「……ええ。本当に、許せなかった」

「油に固められながら、炎に巻かれながら、それでも立ち向かってくれました」


 まわりのざわつきが、さらに大きくなる。ベイラーが炎に巻かれるというのは、それはベイラーの殺人と言ってもいいほどのものだ。消火できなければ、樹木で出来ているベイラーはそのまま燃え尽きてしまう。


「姫さまは、あの男をどうするおつもりですか? 改心するとはおもえません」

「ええ。だからこそ生かすの。それに聞きたいことが山ほどあるの」

「それで、いいんですか? 」


 ナットの目が、まっすぐカリンを射抜く。身分による不敬が限りなく起こりえないほどおおらかなゲレーンの国であるが、それでも、周りの人間が止めようとするほど、その行動は突拍子なかった。


「ええ。いいの」

「わかりません。どうしてですか。あんなに怒ってくれたのに」

「ええ」

「あんなに、許せないっていってるのに。」

「ええ」

「どうして、いいんですか! あの男は生きている! あのベイラーも動ける! これで! 本当にいいんですか! 姫さま!! 」


 すでにカリンを見ずに、嗚咽を上げそうになるのを抑えながら、それでも悲痛さが耳に残る叫びを、街道に響かせた。


「これでいいのです」


 対してカリンの口調は、どこまでも平常の声だった。


「貴方は、この男がしたことを、白日の元にさらさずに、亡き者にして良いのですか。」

「それは、どうゆう? 」

「いま、この男の首をはねるなり、裸にして森に投げ入れるなりをするとします。」

「そうすればいいじゃないですか! 首のひとつ落としてやればいい! 」


「では、ナット・シング。その行いは正しいものだと、胸を張って亡きベルナディッドに言えるのですね。」


 雪も降っていないというのに、その場が、凍りついた。カリンが、今のいままでついていた膝をあげ、立ち上がり、またナットも立ち上がらせる。


「復唱なさい。ナット・シング。『いまからパームを殺します』と。『叔父を殺したのだから、殺されて当然』だと。言ってご覧なさい。」

「な、なにを? 」

「ああ、首を落とすと言ったわね。ここには剣のような上等な物はありませんから、盗賊が使っていた鉈をお使いなさい。」

「姫さま、なにを……」

「そこの者、パームをこちらに。」


 カリンが数人を呼びつけ、穴の空いたコクピットから、いわれるがまま、パーム引きずり出し、縛り上げ、連れ出してきてそのまま膝まつかせた。当のパームはというと、未だに気を失ってうなだれ、その首筋を天に晒している。


「さぁ。どうぞ」

「いま、今から! パームを、この男を!……この、男を! 」

「どうしたの? お早く」

「お、叔父さんを、殺したのだから、殺されて、ころされて!! 」

「……」


 ふらつきながらも、ナットが鉈を振り上げる。その刃は手入れをされずに使い込まれ、血と油と錆で本来の刃の輝きなど微塵も感じない。しかし、それだけ汚れようとも隠すことのできない、殺意の固まりがそこにあった。その固まりを手に持つナットには、この鉈を振るえば、人間一人くらいならば簡単に殺せてしまうことがわかってしまう。

 

 このまま、この男を殺せることが分かってしまう。


「今から、今から、この男を………ッツ殺されて、当然なんだ、叔父さんを、殺したんだから、ベイラーにだってひどいことをたくさんした、だから、僕が殺したってなにも、なにも、なにも!! うぁああああああああああああああああ!!」


 鈍く、どこまでも重い音が皆の耳に届く。


 不格好に振り落とされた鉈が、雪に突き刺さる。その刃に、新しい血が塗られてはいない。


 パームのすぐそばに、鉈がおち、そのまま、振るった本人の手を離れ、雪原に、ナットの涙と共に沈み込んだ。


「……できません。」

「なぜ?」

「大好きだった叔父さんに、「人を殺しました」って、胸を張って、……言えません。そんなこと、言えるわけが、ありません……あああああああああああああああ!!」


 膝から崩れ落ち、こんどこそ、嗚咽を抑えることなく、大粒の涙がとめどなくながれていく。その嗚咽を聞いて、周りの大人たちも、ベイラーも、慰めることはできなかった。それが出来るのは、この場に置いて、ただひとり、カリンを置いて、ほかにいなかった。


「……お聞きなさって。ナット」


 そのカリンが、口を開いた。しかし出てくるのは、慰めの言葉では、なかった。 


「私は、この出来事を、風化させたくないのです」


 カリンがこんこんと説明する。


「この男が行った悪逆を、ゲレーンに余すことなく伝え記します。あとから続く者が、こんな人間になってはいけないと未来永劫戒めるためです。」

「……それは、この場で記せばいいではありませんか。」

「いいえ。この男本人の口から言わせるのです。それこそ、省みるということではないですか? 」

「そ、それは……あえて申します。姫さま。わからないことがあります」

「言ってご覧なさい。」

「姫さまは、この国に、この男がいたという記録を、わざわざ残すというのですか? 貴方の言っていることは、そうゆうことではないのですか? 」


 話を聞いていた者が、息を飲んだ。カリンは、未来永劫といった。つまり。ゲレーンに、パームという男がいたことを、永遠と残すというのだ。それは、ゲレーンに汚点があったとわざわざ伝えることで、少なくとも、ナットは納得していなかった。しかし、そのことを見透かすように、カリンは続ける。


「ええ。残します」

「なぜです? そんなやつの名をどうして? 」

「悪人の名として記された名とは、恥ではありませんか? 」

「……恥、ですか」

「ええ。パームという男を、その悪事を、余すことなく記録し、伝えるのです。それは海の向こうに届くほどに。……それを聞いた人が、パームという男をどう思うか、想像できない貴方ではないわね? 」

「……」


 嗚咽が、やんだ。唇をぐっと噛み締め、ナットはその言葉に頷く。


「どれほど、ひどいことをしたのか、余すことなく、書いていただけますか」

「ワイウインズの名にかけて。必ず」


 ナットの口から、紡ぐ言葉がかすれてしまう。


「……お願い、申し上げます。姫さま」


 ナットがやっとの思いで紡いだ言葉に、先ほどまでの憎しみと、憤りはない。カリンのいう手段が正しいか、間違っているかなどを判断できるほど、冷静でもないが、その手段が、パームを亡き者にするよりも、今は亡き叔父に誇れる行為であると、確かに納得していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ