再誕のベイラー
純白の体に、紅い肩をしたロボットは、好きですか?
「コウ、 返事をしてよ! コウ! お願いよ……」
四本角のベイラーとがっちり組み合って、ほんの少し経った。いまだにコウの体は燃えており、もう周りに雪は残っていない。四本角のベイラーは、コウをなんとか剥がそうとしているが、それがかなわないでいた。
しかし、どれだけ呼びかけても、コウは返事をしない。操縦桿をしっかりと握り、問いかけをやめない。
「コウ、死んでしまったの? いやよ。返事をしてよ、ねぇ! 」
視界の共有はいまだ行われず、ただ、自分の周りの温度が炎によって上がり続けているのだけが分かる。だが操縦桿を握る手を緩められるほど、カリンは冷静ではなかった。
一方のパームは、相手がまるで動かなくなったしまったことに、ある種の危機感を覚えていた。燃え盛るベイラーに、こうも一方的に組み付かれているのに、振りほどくこともできなければ、押し退けることもできない。それほど、目の前のベイラーの力は強くなっている。焦る理由は他にもある。炎が収まることをしない。これ以上、燃え盛るベイラーにくっついていれば、今度は自分が焼かれてしまう。しかし、なぜかパームの操るベイラーには、その炎が燃え移ることはなかった。
原因もわからず、ただただ、このベイラーからは離れたほうがいいという直感が働いている。
「離れろってんだ! クッソ! 」
何度目かの振りほどきを行うも、やはり、がっちりと組み付いて離れない。並みのベイラーなら簡単に投げ飛ばせるほどの胆力を持つ四本角のベイラーが、こうしてたったひとりのベイラー相手に苦戦するなどというのは、パームにとって初の経験だった。
「炎が収まらないだけじゃねぇ。あいつの力もましてやがる、っへっへへ。どうなってんんだ。オイ、手加減なんかしてねぇだろうな!? アア!?!? 」
パームが問いかけるも、がっちりと組み付いて離れないベイラーに危機感を覚えているのは、パームだけではないようで、何度も何度もその組まれた腕を引き剥がそうとしているも、その全てが徒労に終わっている。
「手加減してるわけじゃねぇのか。じゃぁなんだ? 今まで向こうが手加減してたって? 」
パームという男は、決して馬鹿ではない。むしろ、人をまとめあげ、盗みという一つの目的を果たすために、班分けを行い、さらに持ち帰った宝を比べさせ、闘争心を煽り、さらに効率のいい盗みをさせる等。指示を出す人間としては、としてはかなり優秀な男であった。
そんなパームも、いま起きてる現象が一体なんなのか、まるで見当がついていなかった。
「この土壇場で、ベイラーの力が増したっていうのか。そりゃなんでだ? あいつら、武器だ道具だは作れるが、基本的には体が成長するってことはねぇはずだ。たかが種なんだから」
一通り、思案し、結論をだした。
「わかった。この場で答えは出ねぇ。出しても意味がねぇ。いろいろ終わってからたっぷり調べてやる。売りものがどうゆう物かしらねぇっていうのは、無能のやるこった」
もう一度、今度は蹴りを加えて離脱を試みる。しかし、四本角のベイラーの蹴りは、燃える炎が壁となって結局は防いでしまった。
「クッソ!? コイツが燃え尽きるのを待てっていうのかよ! 」
パームが悪態をついてコクピットで暴れている中でも、カリンはずっとコウの名を呼び続ける。
「コウ、返事をして。コウ。私の声が聴こえる? コウ」
操縦桿を握り締めすぎて。指がうっ血し始めている。それがどうしたといわんばかりに、カリンがその手を離すことはない。
「まだ、貴方に見せたい景色も、人もいるの。貴方のことも、まだまだたくさん聞きたいの。まだしらないことばかりじゃない! こんなことで終わりなんていやよ! お願い。帰ってきて。コウ、返事をして!! 」
そして、一瞬、視界がガクンとぶれる。ベイラー特有の共有かとおもえば、それも違う。
いま目にしているその空間はどこまでも暗く、冷たかったが、目の前にいる誰は、その体を炎に巻かれてひときわ明るく輝いていた。あれが一体だれなのか。ここがいったいどこなのか。そんなことは、もうカリンに関係がなかった。
「あれはコウだ」と断定し、即決した、そして……
「そこにいるなら! 返事をしろっていってるのに!! 」
ただ、一言恨み言を乗せて、手を伸ばした。男は、その伸ばされた手をしっかりと握り返す。
カリンはその手を握り締め、その体をひっぱりあげて、顔を見た。どこか童顔なその顔を、なぜか知っている気がした。
男を引っ張り上げた直後、再び視界がガクンと変わる。先ほどまでの、自分の目線でのコクピットの視点ではなく、7mの巨体が見下ろす、見慣れた景色。共有が始まっている。
「《……もどってこれたのか》」
コウも、自身の状態を確認する。雪原がみえて、今、戦っている。そして、自分の体は、人間のものではなく、見慣れた木製になっている。
コウが再びソウジュベイラーとして目を覚ました。
「《呼ばれるって、そうゆうことか》」
「コウ! 生きているのね! 」
「《さっきまで変なとこにいました。でも、生きています》」
「よかった……よかった……」
バチバチと体が燃えているのも気にせず、コウは言葉を続ける。
「《その変なとこで、なにもかも憎くて、なにもかもを燃やし尽くして焼き尽くしてしまいたいと思っている人に会いました》」
「……顔は、よくわからないのね。でも、長い、綺麗な髪をしてる」
「《俺には、止めることしかできなかった》」
「でも、止めようとしたのね」
「《だって、悲しいじゃないですか。そんなの》」
「そうね」
「《……いま目の前にいる奴がやってることも、悲しいことです》」
「じゃぁ、どするの? 」
「《止めます》」
「それだけで、いいの? 」
「《それが、あの男にもベイラーにも、必要なことです》」
「ミーン達に、ひどいことをしたのに? 」
「《……同じことをしても、なんにもならないじゃないですか》」
「なら、あの男を許すの? 」
「《……わかりません。だから、止めます。これ以上繰り返させないためにも》」
「そう。それで、いいのね」
「《はい》」
「なら、私もそれでいいわ」
バラバラだった二人の意思が、確かに重なっていく。 それにつれて、燃え盛る炎が、すでにパームの放った火を超えて、コウを焼き尽くしてもなお足りないほどに燃え上がる。
「な、なんだこいつ! おいコラ! 離れろ!! 」
ここにきて突如、より一層大きくなったその炎に怯え、四本角のベイラーを下がらせる。周りの雪はすでにコウの放つ炎によって溶かされ、すでに地面が見えている。それでも、まだ炎が収まることはない。それどころか強く、大きくなっていく。
「《止めるだけの力がいる》」
「力だけじゃダメ。あのベイラーに負けない速さがいる」
「《わかった。速さだ。何よりも疾く速い体がいる。……炎だって、燃やす以外にもできる》」
「できるの? 」
「《―――お任せあれ! 》」
異変が収まることはなく、今度は炎以外に起きた。燃え盛りながら、コウがサイクルを回しはじめた。それも、いつもの回し方ではない。機械のような精密さと速度でもって、高速で回転させている。その結果、体中にめぐっていた炎によってボロボロになった体が、1から作り直されていく。
燃え尽きた灰が落ち、上半身は炎に包まれながらも、ふたたび純白の体が雪原の中に現れ始める。
「なんだ、なにが起きてる? 」
異様ともいえる光景を目にし、パームは初めて、笑い声を止めた。そして、劇的な変化が訪れた。いままで這うように上がってきた炎が、コウの両肩に集まっていく。そのまま、炎は上に立ち昇るのではなく、地面と平行になるように燃え盛る角度が深くなる。コウの背中側にある雪は、その放たれる炎でとかされた。
「は、はっはなんだ。火が、後ろににげてくじゃねぇか。なんだよ脅かしやがって」
燃え盛る炎は、そのまま、コウの肩を起点にして、背中側に尾を引くようにして伸びている。
コウの肩は、その炎を受け皿とするために、形を変えて、より大きく、太く変わっていく。純白の体の中で、その肩だけが、炎によって赤く染まっていた。
「《あいつを許さない》」
「ええ。許さない」
「《だから、止める。それが、俺の乗り手を傷つけることだとしても》」
「手伝うわ。それがきっと乗り手の役目だろうから」
広がっていた炎が、徐々に、その勢いを弱めていく。しかし、威力が変わっていくのではない。どんどん、炎が絞られていく。
「《間違いはしない》」
「間違わせはしない」
周りの空気を食らいつくし、尾を引いていたその炎は、赤い灯火ではなく、蒼い業火へと姿を変えていく。そして、ついに、その威力が、コウの体を浮かすほどになっていた。コウが、カリンが、その体を低く沈め、その時を待つ。
指で地面を鷲掴み、自分の体を固定する。雪の一片も残っていないコウの体がもたらされる炎の推力に震えている。光り輝く赤色が、コウの目から漏れ出していた。
「だから、行けぇええ!! 」
「《応!! 》」
肩の形が、決まっていく。後ろへと鋭角に伸びるその肩。その背面には、業火を放つ噴射口といも言うべき場所ができる。そして、赤く燃え盛る炎が、一際絞られたとおもえば、出来上がった噴射口の一点に集められて、解き放たれた。コウの7mの体が、一瞬でこの場のどの生物よりも疾く疾走する。
「な、なんだぁああああ?! 」
パームがその状況にまるで理解できないでいながら、対応だけは行った。避けるのも間に合わず、そのまま、得体のしらない力でもって爆進してくる相手を受け止めようと、腕を広げた。
その腕に飛び込む形で、コウが四本角の体に突っ込んでいく。衝突した衝撃で、両方の乗り手の体が宙に浮いた。
「「《いっけぇええええええええええ!! 》」」
コウと組み合って、四本角のベイラーの体が、地面から浮いた。そのまま、炎が生み出す力の勢いに任せてどんどん押しこんでいく。街道を逸れて、そのまま、森の中を爆進していく。肩に推進力を得たコウが、四本角のベイラーを木々に何度も何度も叩き、へし折り、進撃する。
「べ、ベイラーにこんなことができんのかよ!? 」
そのまま、1つの巨木に押し付けて、爆進が止まる。すでに、何本もの木を叩き折っていた。
「う、動け!動けってんだ! おいこら! 」
噴射口を塞ぐように、背面に新たにできた蓋を締める。それによて、いままで何もかもを焼き尽くさんとしていた炎が、一瞬で掻き消えた。
肩を赤くし、純白の体を取り戻したコウが、カリンとの重ねた意思を表す赤目をもってして、四本角のベイラーと相対する。するすると、腕を十字に組んで、再び分厚いあのブレードを生み出した。ふらつかずに、今度は片手で、悠々と持ち上げる。
もう一度、蓋を開き、赤い肩から、後方に向け、炎が噴出する。それは最初は赤く、大きく広がり焦点が合っていないが、徐々に合わせて蒼く、強くなっていく。
「「《ぜいぁああああああ!! 》 」」
気合とともに、再び爆進を伴って突進をかけ、その剣を振るう。上段からの一撃を、パームは今度こそ両腕で防ごうとした。
しかし、それは叶わない。
四本角のベイラーの両腕ごと、琥珀に大きく切り傷を与えながら、ブレードを振り抜いた。後ろに押し付けた木々ごと、四本角のベイラーは吹き飛ばされる。
「っがぁ!? 」
パームが、その凄まじい衝撃で頭を打ち、意識を手放しかけるも、たったいま切り裂かれたコクピットの隙間から、コウたちを睨みつける。肥大化し赤くなった肩。艶のました体。さきほどまで自分が翻弄したベイラーと同一だとは、とても思えなかった。
「なんだよ。その力。そんなん持ってるなら、先に使えって言うんだ」
「貴方を、ゲレーンに連れて行きます。 罪を償っていただくわ」
「……っへっへっへ」
なにが面白いのか、ささいな笑い声とともに、パームがつぶやく。
「いやなこった」
それだけ言って、ついに意識を手放した。四本角のベイラーも、動きを止める。
「《……勝った。でも、喜べません》」
「ええ。そうね」
「《なんで勝てたのかわからない上に、勝っても、誰も、何も、戻ってきません》」
「そうね。……コウ」
「《はい》」
「今の貴方に言うのは、酷ないのだけど」
「《なんでしょうか》」
「人を、嫌いにならないで」
「《……貴方が、そう言うなら》」
全面的にその言葉を肯定をすることが、今のコウにはできなかった。それほど、この男が見せつけた人間の身勝手な行動は、衝撃であり、鮮烈だった。
お読みいただきありがとうございます。
年明けも続ける予定です。
引き続き、コウとカリンの物語をお楽しみください。




