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綿毛の川

悲しいことがあったら、人は泣いていいのです。

 「憎い、やつが、憎い!! 」


 コウの体が、宙に浮いている。さきほどまでいた雪原ではない。あたりは暗く広い。そして温度というものはこの場に存在していなかった。だというのに、コウはこの空間で生存を許されている。


 それは、その燃え盛る炎が、周りの空間おも温めていたからだ。


「あいつを、あいつが、憎い!! 」


 その炎は、コウの内側から出ている。どこまでも大きく、強くなるが、それにつれ、コウの体は、端から燃え尽きていく。


「あいつを、あいつを、俺は━━━━」


 その先の言葉を、口から出そうとしたときだった。その目に、手のひら程の木の種が、綿毛をつけながら、ふわふわと飛んでいくのを目にし、一瞬唖然とする。そして、自分以外の存在を一度目にして、初めて気がついた。ここには、数え切れないほどたくさんの綿毛が、よりあつまって、ひとつの川のようになっている。その小さな綿毛たちの軌道は、一直線とは言い難く、ふらふわとして蛇行しながらも、確かに前進し、一箇所に向かっている。


 その光景を見て、初めて、その川となった種たちの傍にいけば、自身の炎で、種を焼き尽くしてしまうことに気がついた。すぐさま、自分の体を、その綿毛の川から外に外す。自分の意識した方向に、この体は自由に行くことができた。そうして、かろうじて、どの種にも火が燃え移ることはなかった。眼下に、天の川のようになった綿毛たちが見える。


「ここは、なんだ? 」


 状況を把握したコウが、初めて疑問を口にした。そして、自分の手のひらを見る。その手は、すでに見慣れてしまったベイラーの手ではなく、人間の手であった。


 コウはこの場で燃やしているのは、生前のころの自身の体をしたものだった。 その認識を終えた直後。自分の炎がひと筋、コウから離れていく。


「俺は、なんで、こんなところに? いま、パームと戦っていたはずじゃ……」

「おまえが。そうか。」


 自分以外の声が、耳にきこえ、振り向いた。


 さきほど離れた炎が、形をもって話しかけてきた。 やがて、その形は人のソレになっていく。そうして変化を続けた後に居たのは、一糸まとわぬ、髪の長い髪の長い女。しかし、コウが炎をまとっているように、この髪の長い女性もまた、炎をまとって燃え盛っている。しかし、その炎の強さは、コウの比ではなかく、コウが火柱であったならば、この髪の長い女が燃やす炎は、彼女を中心として壁のように広がっている。


 暗いはずのこの空間に、炎が光となって照らされている。


「私は、おまえを許さない。」

「一体、なんのコトだ。俺は君を知らない。」

「いいや。知っている。忘れているだけだ。」

「忘れている?」

「忘れているなら、なおさら憎い。」


 炎を壁が、コウに迫ってくる。それだけならば、コウは腕をつかって防ごうと考えた。


 両手を前に掲げたとき、ベイラーの時と同じように、サイクルシールドが現れ、炎を遮断した。突然の出来事に、思わず自分の手を見つめる。人間の体だというのに、まるでベイラーのように、道具を生み出すことができる。


「夢か、なにかなのか。」

「夢をみれる体を、もう持っているの? 私はまだ生まれてすらいないのに。」

「生まれてない? 」

「先に生まれたんだ。 憎たらしい。 ここで全部燃やし尽くしてやる! 」


 髪の長い女が手を振るい、炎の壁をコウにぶつけてくる。コウはさきほどと同じようにサイクルシールドを展開するも、その火力によってあっという間に燃やされてしまう。


 そして、そのあいだに、防ぎきれなかった炎が、綿毛の川にひと筋落ちる。


「だ、だめだぁ!! 」


 コウが、なにもかもをかなぐり捨てて、その炎を防ごうとする。しかし、コウが動くよりも早く、その炎は、綿毛の川に触れる。


 チリチリチリと、綿毛の何本か炎に触れたかと思えば、瞬く間にで燃え広がる。綿毛の川の中腹は、火で埋め尽くされた。


 その綿毛が燃え尽きるとき、かすかな、本当にかすかな音が聞こえた。それは、人間とも、動物とも取れるような、泣き声だった。


「な、なんで火を放った! 俺が憎いなら俺だけを燃やせばいいだろう! 」

「それじゃ収まらない。何もかもを燃やし尽くしややらなきゃ気が済まない! 」

「じゃぁ、ああやって、花が咲くかもしれない種を燃やすっていうのか! 」


 コウが、その髪の長い女に問いかけた。お互い、炎に巻かれてまるで表情がわからないが、それでも、その声色だけは伝わった。


「そこにいるのが悪い。 」


 髪の長い女は、なんの感情の起伏もなく、そう言いのけた。


「き、君は、どうして、そこまで。」

「普通に生きて行きたかった。普通でありたかった。ただ、それが叶わなかった。私が憎む理由なんて、それで十分。」


 コウが、その言葉をきいて、呆然としてしまう。そして、普段なら選ばない言葉を、選んでしまった。


「そんなことで。」

「そんなこと!? 」


 一層、髪の長い女から燃え上がる炎が際立つ。


「どれだけ願っても! どれだけ祈っても、私には手に入らかったものを、『そんなこと』!? 」

「それが、何もかもを燃やし尽くす理由なのか? 」

「そうだ! もう何もいらない! 」


このまま、燃え盛る炎をそのままにすれば、後ろに流れる綿毛の川が、髪の長い女が手を振るうまでもなく、そのすべてが炎に飲み込まれてしまう。コウよりも圧倒的に大きく、強い炎は、それほどのものだった。後ろを振り向けば、種の川は、もう幾ばくかが残っているだけで、他は、燃え盛っているか、燃え尽きて灰となって漂っているだけだった。


「やめろ! ここでその炎をつかっちゃいけない! 」

「私が、気にすることじゃない。それはおまえもだ! 」

「俺が? 」

「おまえが気にしてどうする! 何の関係もないことじゃない! 」

「関係ない……」

「そうだ! ここでどれだけ命が燃やし尽くされようとも、おまえには何の関係もない! 」

「……関係がないから、燃やすのを、黙って見てろっていうのか。」

「そう言ってるじゃない!」


「そんな、そんなの、」


 コウの纏う炎の勢いが、髪の長い女とは逆に、徐々に収まっていく。最初の炎と比べて、半分以下の勢いまで落ちた。代わりに、その足元に、別のものが流れ出る。


「寂しいじゃないか。」

「何? 」

「手に入らないから、他の物も人も巻き込んで燃やし尽くすなんて、それは、寂しすぎる。そんなことを続けていたら、もう、君以外、何も残らなくなってしまう。」


 コウの体から、炎がなくなっていく代わりに、生まれたのは、涙であった。その涙は、とめどなく溢れていく。しかしそれも、髪の長い女の出す業火とも言うべき炎によって、一瞬で霧散する。


「それでいい! いいや、それがいいって言ってるの! 」


 霧散した、はずだった。


 コウの出した涙、そのひとしずくの、さらに些細な一粒。その一粒が、燃え尽き漂う灰にかかった。その瞬間、燃え尽きた灰から、別の綿毛が飛び出した。1つや2つではない。無数の綿毛が、灰の中から浮かび上がる。


 再誕と呼ぶべき、光景だった。


「君のしたことを、俺は許さない。でもそれ以上に、君にこれ以上、こんなことを繰り返させはしない。」

「なら、どうするっていうの。」

「こうする! 」


 すでに小さくなった炎を、燃やし尽くすためではなく、前に進むために、使う。纏う炎が、コウを背中に集中し、そのまま推力となって加速させた。髪の長い女に掴みかかる。


「は、離せ! 」

「このまま、反対側におくりこんでやる! そうすれば、もうあの川をもやすことはない! 」

「なんで、そこまでする! 」

「わからないのか! あの綿毛につながった種は命なんだ! 命をそうも簡単に燃やしたらダメだ! 」

「おまえに関係ないのに! 」

「ある! 俺たちは俺たちだけで生きていけるようにできていない! 他の命を使って生きていくんだ!」

「なら、使われるだけのそんな命、いらないじゃない! 」

「そんな命だから、大事なんじゃないか! 」


 背中に、炎を回して、すこしでも加速させる、川から、この髪の長い女を遠ざける。しかし、炎に巻かれた髪の長い女の声色は、いたって冷静だった。


「これ以上離れれば、戻れなくなる。それでもいいなら、このまま行けばいい。 」

「もどる? 」

「私は生まれていないなら、まだなんとでもなる。でもおまえは違う。すでに生まれていて、ここに来ているなら、これ以上『下』に行けば戻れなくなる。」

「し、下? 俺はいま下に行っているのか。」


 コウの体と、髪の長い女の体から出る炎がひと筋の光となって、この暗い空間の残光となる。


「引っ張り上げてもらえれば別だけど。」

「だ、誰にだ? 」

「そんなの私が知るか。 」

「でも、このまま下に行けば、君に寂しい思いをさせずに済むのか。」

「……何言ってるの? 」

「燃やすしことしか知らないなんて、悲しいよ。もっといろいろなことがあるのに。」

「知ってどうするの。」

「その知ったことを使って、誰かと生きればいい。」

「誰かと、一緒に?」

「ああ。そうすれば、今度は、君の欲しがった普通っていうものが、少しは手に入る。だって、普通っていうのは、誰かと一緒に生きていくことだろう。」

「……おめでたい奴。」

「急になんだ!? 」


 髪の長い女は、自身の足をつかって、そのままコウを蹴り飛ばした。コウの体は、もとの川の傍の方向へ飛んでいく。


「何をする! 」

「戻りなよ。 呼ばれてるだろう。」

「呼ぶ? 俺を。」

「聞こえないなら、その程度ってことだ。」

「俺が離れたら、またあの綿毛を燃やすんじゃないのか! 」

「……なら、また会うときまで、燃やし尽くすのはやめる。」

「絶対、絶対だぞ! 」

「その代わり、また会ったら、必ず燃やし尽くして焼き尽くす。」

「わかった。でも、させない。そんなこと、絶対に止めてみせる。」

「……勝手にすれば。」


 髪の長い女の纏う炎が、徐々に小さくなっていく、


「約束したからな! 必ず君を止めてみせる! 」

「……頼んでない。でも」


そして、その炎は、やがて、小さな灯火ほどに小さくなる。


「やれるもんならやってみろ。」


 その返答を最後に、コウの視界から、長い髪の女はいなくなった。それと同時に、今度は別で感覚を揺さぶるものがある。誰かが、ずっとコウを呼んでいる。


 コウが、その声を頼りに進めば、この暗い空間に、宇宙というべき広い空間の中でも、ひときわ目立つその光を見つけ出し、その手を伸ばす。


そして、コウのよく知る女性が、、その手を握り返した。


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