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再戦のベイラー 2

炎とは恐ろしいものです。

 先に動いたのはパームだった。無造作にその拳を横に振るう。以前、チシャ油を塗られて動けない状態でこの一撃を受け、カリンはコクピットの中で気絶してしまった。しかし、今、体にチシャ油を塗られてはいない。


 軽快な足運びで、1歩後ろに下がる。その動作だけで、難なく攻撃を躱す。都合3度それを繰り返し、相手の重心が完全に前に乗り切ったのを見極め、コウは一撃を見舞った。上段からの一撃。


 ガオォンと木々がぶつかる音がする。コウの一撃は、四本角のベイラーの両腕で受け止められる、多少抉ることはできたものの、切断するには及ばなかった。


「《か、硬い!? 》」

「ベイラーがここまで硬くなるなんて。」


 パームの攻撃は続く。防ぐのに使った両腕でブレードをつかみ、動きを止める。そして、空いた足をつかって、蹴りを繰り出してきた。素早い連携によって対応を強いられるカリンは、ブレードを両手から離して、距離をとってしまう。


「しまった! 」

「《どうしたの!? 当たった? 》」

「違う! 武器を奪われた! 」


 ブォンと奪い取ったブレードを持ってして、今度はパームが斬りかかっていく。四本角のベイラーの力は相当のようで、コウでは引きずられてしまうブレードを難なく扱ってみせる。両手をつかった大上段が迫る。


 カリンはサイクルシールドを片手で展開する試みを行った。大きさは半分だが、厚さとスピードは変わらずに生まれたそのシールドをいくつも重ねる。壁というより手持ちの盾のように小さくも分厚いそれでもって、一撃を真正面から受ける。ガオォンとさきほどより大きな音がなり、コウの足が雪に沈む。


「芸達者だねぇ。白いの!だがいつまでそれが続くかなぁ!っへっへっへっへ! 」


 笑い声とともに、今度は一撃ではなく連撃が飛んでくる。カリンの洗礼された剣術動きに見慣れていれば、パームの剣術がさほど高くないのがコウには分かるが、その差を、四本角のベイラーの力で強引にねじ伏せている。上からの剣一撃、振り抜いた直後の拳の一撃。再び剣が右から横へ、刃を返すこともなく、無造作に振り回される攻撃、そのすべてを左手でつくりだした盾で受け止めた。幾度となく繰り返された連撃が終わる頃、ついに盾は砕け散る。


 「そらぁあ!!」


 その砕け散った瞬間を狙って、四本角のベイラーが頭突きをしてくる。盾がなくなり防ぐことのできなくなったカリンとコウは、自身らも頭突きを選び、コウと四本角の距離は限りなく0になった。轟音と、接触した場所からガキガキガキと嫌な音が鳴る。そのまま、四本角とコウは組み合ってしまった。力比べに持ち込まれ、カリンの内心が穏やかでないときに、パームが煽る。


「っへっへっへ。戦いなれしてねぇなぁ。」

「な、何を。」

「さっきからずっとこっちのなされるがまま。武器を奪われ力比べに持ち込まれ。」

「それが、どうしたというのです。」

「まぁ、その白いの、存外力がある。コイツが投げ飛ばせねぇ。」

「何が言いたいのです!」

「なに。別に俺は投げるのが目的じゃないって言いたいんだ。」

「《……な、なんだぁ?》」


 コウが疑問符をあげる。こうして組み合っている最中にあろうことかパームはコクピットの中から出て、コウの頭の上に陣取った。その肩には、おそらくは中に持ってきていたであろう樽が担がれている。


「帰りの灯りがなくなっちまうが、まぁしょうがねぇな。」

「ッ!? コウ! 振り落とせないの!? 」

「《こ、こいつが組んでで全然動けない! 》」

「そら。」


 樽を、自身の鉈をつかって叩き割る。中からは大量の液体が溢れ、コウの体にかかっていく。そして、かかった端から、凝固が始まっていく。この感触は、覚えがあった。


「《またチシャ油か!クソぉおおお!! 》」

「戦いっていうのは、勝利までの1手っていうのを順版に切っていかなきゃなぁ?」

「まだ全身が固まっているわけじゃない! 早く勝負を決めれば、まだ!」

「いいや。これで終わりだ。」


 ヒョイと。コウの頭から四本角のベイラーに乗り移り、再び乗り込んだ。、そするすと、組みついていた腕を解いて、コウから距離を取る。まだ一歩動けば詰められるという距離だ。


「コウ!ブレード! 」

「《はい! 》」


 カリンが再びブレードを作り、斬りかかる。一歩分。相手が丁度の間合いの中にいればこそ、最速で斬りかかった。


「まぁ、納品分の目処はたったからな。おまえはこうしても問題ない。」


 パームの腕だけが、コクピットの中から出る。その手に、何かが握られている。目のいいカリンは、それを認識した瞬間に、叫んだ。


「コウ!! とまってぇええええ!! 」

「《な、何を! 》」

「もう遅せぇ!これで俺の『勝利』ってやつだ! 」


 ピっと、指で弾いて、パームの腕が引っ込む。弾かれた物が、斬りかかってきたコウに付着した。パームが弾いたのは、火を灯したランプだった。中から、火がコウに移る。


 油のかかった全身に火の手が回るのは一瞬だった。火柱が上がる。


「《があああああ?!?ああああ!! うぁああああ!!! 》」

「コウ! コウ! 」

「ッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!! いいもんだなぁ!ベイラーの焚き火ってのは!」


 純白の体に、赤い炎がまとわりつく。パチパチパチと、コウの体のあちこちから音がなり、体の組織を破壊していく。特に最初に油のかかった頭と肩の燃え方は、尋常ではなかった。


「コウ! コウ!! あっつ……あ、熱い!? 」

「そらそら。早く手を離してコクピットから出ないと、中にいちゃ体がやけどしてくぜぇ?」


 コクピットの中で、カリンが必死に叫ぶ。しかし、体が燃えることで、コウだけでなくカリンの体にも異変が起こる。コクピットで意識と視界を共有している乗り手に、いま『体が燃えている』コウに、その意識が流れ込み、あたかもカリンも燃えているという錯覚を覚えさせる。


「まぁ、そうなったらもうお互い助からねぇんだけどなぁ。」

「お互いに!? 」

「ああ、ベイラーは大丈夫だぜ? サイクル回してりゃ治る。でも人間の方はなぁ。」

「コウ! 雪! 」

「《そ、そうか!》」


コウが、自分の体を雪に埋もれさせる。雪が急速に溶けていき、少しだけながら鎮火を試みるが、。

それでも、油が燃え尽きるまで、全身に回った火の手が消えることはない。


「無理無理。そうなったら中の人間が錯覚で死ぬか、単純に中で蒸し焼きになって死ぬかの二択だ。まえの奴がそうだったからな。」

「……いま、なんと、いったの? 」


 痛みに耐えているときに、聞き捨てならない言葉を聞き、カリンが問いかける。


「ああ? 『まえもやったって』って言ったんだ。乗り手は別にいらねぇ。ならこれがてっとり早い。最初のひとり目にやったんだが、これがなかなかうまくいった。」

「《最初の、ひとり目に、こんな、ことを》」


 炎に巻かれる痛みに耐えながら、鎮火せんと雪をこすりつけるが、湯気がでるだけで鎮火にまでいたらない。木製の体にとって、燃えるといいうことがここまで致命的かと、コウは痛感した。

 

「ああ。最後には動かなくなった乗り手の名を叫びながら、ベイラーも意気消沈ってやつだ。まぁじっとしてくれるなら、こっちとしても楽だからな。名前、なんつったかなぁ。べる、べる……ああ、そうだ。」


 コクピットの中にいて顔も見えないというのに、カリンは、今パームが実に愉快そうに笑っているのを感じていた。


「ベルナディッドっつったかなぁ。」


 その名を聞いて、コウと、カリンの意識が、痛み以外の感覚を重ねるのを感じた。その名は、観測所務めの、今、行方がわからない人物の名であり、そして、ナットの叔父の名まえだった。


 ただ、コウの感情が、カリンの許容量を超えて、激増した。


「《お前は、お前は!おまえはぁあああああああああ!! 》」

「っへっへっへ! 一丁前に怒ってんのかぁ! でもよぉ、そんなことより先にやることがあんだろう? さっさとどうにかしないと、乗り手が死んじまうぜぇ!? 」


 コウの思考を、パームの笑い声が蝕む。どのように対応すればいいのかなど、もう考えられなくなっていた。ただただ、目の前の男が憎くてしょうがなかった。


「《よくも、よくも!! 許さねぇ! 》」


 そして、すでに操縦桿を握るカリンの意思を無視して、突撃していく。


「オイオイオイ!? 」


 その行動に驚愕しつつも、パームはコウの体を押さえ込む。殴るにも蹴るにも、距離が近すぎた。


「《この! このぉおお!! 》」

「ったく人の話きいてねぇな? そのまんまじゃ乗り手が死ぬぞ? 」

「《そうしたのはお前だ! おまえが火を使ってこんなことを!! 》」

「へいへい。 ったく。じゃぁこのまま抑えててやるから、 乗り手が焦げてくのを待つんだな。」

「《絶対にぶっ飛ばしてやる!! 》」


 ひたすら待てばいいことを知っているパームの行動に無駄は何一つなく、ただコウの体を力押しでお仕留める。ただ、火がこちらに移るのさえ気をつければよかった。ベルナディッドのベイラーは付近に川があったために鎮火したのだが、それをコウが知り得ることではない。


「《うぁあああああああああああああああああああああ!!》」


 どれだけ大きな怒号を放とうと、パームはそれをを聞き流しながら、組み合う手を強くする。苦痛による悲鳴か、憎しみによる絶叫かも区別がつかない声が街道に長く強く響く。そんな中で、パームはコウの体の異変に気がついていた。いつまでたっても燃え尽きない。それどころか、炎の勢いが増している。


「……どうして、燃え尽きねぇ? 」


 コウの激情はとどまることを知らず、その炎でどれだけ身を焼かれても、四本角のベイラーから離れることはしない。両者とも、組み合ったまま、動かないでいた。


「コウ、どうしたの! コウ! 返事をして! 」

「あの白いベイラー、どうなってやがる? 」


 パームが不審がって、コウと距離をとろうと一歩動かそうとした時だった。コウの手が、四本角のベイラーを捕らえ、その動きを静止させる。しかし、接触しているというのに、コウの体で燃え上がる炎が四本角に移ることはない。さらには、あそこまで力に差があった両者のベイラーだというのに、四本角の力をもってしても、コウを振りほどけないでいた。


「こいつ、さっきより力がある!?  」


 この不思議な現象を、カリンは呆けながら感じていた。一連のコウの動作は、カリンが操縦したものではない。コウ自身の意思で、四本角のベイラーの動きを阻止していた。


「コウ、貴方が、動いているの? 操縦桿を握っているのに、どうして? あなたの声が聞こえないの! ねぇ! コウ! 返事をして! 一体どうしたと言うの! コウ! 」


 視界と意識の共有が乗り手の貴雑によって遮断されることはよくあったが、乗り手がまだ健在であるにもかかわらず、こうして共有が切れることは、いままでカリンは聞いたことがなかった。いつもであればカリンの声にすぐ答えるはずの声は聞こえず、沈黙を保っている。だというのに、コウは未だに四本角のベイラーを力尽くで押さえつけている。


「体が燃えたままなのに、どうして! 貴方、燃え尽きちゃう! 」


 操縦桿を何度も握りなおすが、共有は始まらない。サイクルは回り続け、炎は猛り続ける。


「コウ! 返事をして! コウ!! 返事をしてよぉ!! 」


 ベイラーを燃料として燃え盛る火柱が、天を突き刺すように、空に伸びていく。


 それは、コウの意識だけを、何処かへ運ぶようであった。


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