ベイラーの帰還
月の上。星の海の中に漂うコウ達。
「血の一滴も残したら駄目だ。猟犬みたく復活される可能性がある」
「そうね」
空に漂うおびただしい量の血を焼き払い、灰となったマイノグーラは、宇宙の塵となって消えていく。
「これで、終わった、の?」
「ああ。終わった」
「終わったわねぇ」
「……ガインの所に」
「そうだったわ」
星断ちの大太刀でマイノグーラを切り裂き、そしてその先にいた門さえも切り裂いた。ゆっくりと月面に降り立ち、氷漬けになっているガインを見つける。自分達を送り出す為に、マイノグーラの目を引いてくれていた、そしてその力をうけ、全身が凍ってしまっていた。
「「「サイクル・リ・サイクル」」」
コウ達が手をかざすと、暖かな虹色の炎がガインの体を包み込んでいく。しばらくすると、氷結していた部位が溶けていき、そして無事を示すかのように、その目も明るく光った。
《お、おお? 動ける?》
「ガイン、大丈夫?」
《あ、ああ、大丈夫でさぁ姫様》
「ええ、よか―――」
ここで、緊張の糸が切れた為か、それとも、激戦を終え、ようやく一息つけたせいか、カリンの視野がバラバラになる。
「えっと、これ、は」
唐突な不調であったが、不思議と致命的なものではないと、どこか他人事であった、そして、視野がバラバラになった次の瞬間。
《うぁ!?》
《あ、こうなるわけ!?》
炎が一瞬迸ったかと思えば、黄金の体は解け落ち、コウとエクトーの体が分かたれていく。コックピットで半透明だった体はなくなり、いつものベイラーの体へと戻っている。
《エクトー、なんともないか!?》
《見てわかんない? ボロボロよ》
コウが己の体と、エクトーの体を改めて見比べる。コウの方は、全身が傷だらけではあるものの、ある程度の動作は可能であり、移動には困らない程度の損傷に留まっている。対してエクトーは、片腕を喪失しており、加えて全身のサイクルが動作不順を起している。背中のサイクル・ジェットは砕けており、飛行はおろか、歩行さえままならないような状態だった。
そして状態が酷いのはエクトーだけではない。
《カリン、君もか!?》
《まぁ、こっぴどくやられたからでしょうね》
右目と左腕が喪失し、操縦桿を持つのがぎりぎりといった状態のまま。
《任せろ。今すぐサイクル・リ・サイクルを》
コウが手をかざし、サイクルを回そうとしするも、サイクルが空回りするだけで、炎は一向に出てこない。ガス欠した車のように、音だけが響く。
《アレ?》
《あんたは、単純にエネルギー不足って感じね》
《こんなの、初めてだ》
《ま、あんだけの事をしたんだから当然か。さーて》
エクトーは辛うじて両足で立ったまま、首だけを動かしてなんとか当たりを見回す。そして、母星を見つけると、視点がそこでとどまった。コウも思わず母星であるガミネストを見つめる。
《なんとかなったわねぇ……》
《あの星を、俺達が守ったんだ》
《でも、感傷に浸ってる暇はないわよ》
《急になんだよ。やっとマイノグーラに勝ったんだ。勝利の美酒ってやつに酔ってもいいだろう?》
《勝利ね。あんたの頭がずいぶんなお花畑って事は良くわかったわ》
《……えーっと》
なんて言い返そうかすぐに考えた後、コウはすぐに口をつぐんだ。期待した反応が返って来ない事で、エクトーは思わず身を引く。
《何よ。さっさと言い返しなさいよ》
《いや、君がそういう物言いをするときは、君の考えは正論で、かつ俺の側が何か致命的な間違いをしている時なんだって気が付いたから、ちょっと考えてる》
《は?》
《けどなんだろう。勝利の美酒に酔っちゃいけない理由。まだ敵が残ってる?でも探している様子じゃなかったし……もっと別のやつかな》
《だぁーもう! いちいち分析するな!》
突然自身を冷静に分析されてしまい、無いはずの血が顔に集まってくるような感覚がする。その感覚にツバを吐いて引っ込ませ、コウに問う。
《いい? 私達はコレから、どうやって帰ればいいのよ。全員ボロボロだし、何よりサイクルジェットは使い物にならないのよ》
《「……あ」》
《こいつらぁ》
頭を抱えるエクトーがガインに意見を求める。
《ねぇこいつら馬鹿? それとも物知らないの?》
《半々ってとこじゃねぇかぁ》
ガインが立ち上がり、エクトーに肩を貸す。突然の助力に驚いた彼女は、反抗しようとしたが、体の損傷は激しく、もはや断るだけの力も残っていない。
《ちょっと、何すんのよ》
《なんだよ。動けないんだろ?》
《……礼なんか言わないわよ》
《それでいいさ。コウ、お前はどうだ?》
《大丈夫。歩くくらいなら、なんとかなる》
《ちょっと。もっとシャキっと支えなさいよ》
《無茶いうな。図体が違うんだ。それよりアレ見ろ》
ガインがエクトーを支えながら、ある一点を指さす。そこは月面でもさらに崖下になっており、今までマイノグーラ達と戦っていた場所とはわずかに離れていた。そのために戦闘の傷は浅く、瓦礫も舞っていない。そしてなにより、未完成のブレイダー達が、その穴へと帰還している。
《なにアレ? 横穴?》
《どうせ何もないんだ。いってみるか?》
《……そうね》
そうして、肩を貸すガインと、貸されたエクトー。その後ろにコウが付いてく形で向かう。そうしてたどり着いた横穴は、広く大きく、そして暗い。
薄暗い暗闇の中、終点も分からず進んでいく。背中に見えていた母星さえみえなくなるほど遠くまで進むと、突然空気の流れが変わった。そしてエクトーが、足元の構造が変わった事に気が付く。
《……何コレ》
《どうした?》
《どの辺からかは分からないけど、もうここ月面じゃない、かも》
《何?》
《耳を澄ましなさい》
エクトーが足を大きく踏み込む。すると、足音がさきほどまでと異なっている。ずっと固い地面が自分達の足元にある。
《少なくとも土じゃない》
《芝生でもないな。ずいぶん硬ぇ》
《とにかく進もう》
薄暗がりを宛てもなく進んで数分後、背後で大きな音がなり、今度こそコウ達の神経は張り詰める。すると、突然あたりに備わっていたのか、勝手にランプが付き始め、あたりを淡く照らし出した。
《な、なんだココ!?》
《並んでるはブレイダーだ……でもこれって》
白亜色をした床と、ずらりと等間隔に吊るされた未完成のブレイダー達。あきらかに人の手がはいった人工物であるが、しかしこの場所には人はいない。
ブレイダー達は時折成長し、欠けていた手足が伸び、そして全身ができあがると、また別の場所へと自動で輸送されていく。吊るされているロープがそのままレールとなって各部屋へと送り出している。
《たしか、アーリィの栽培所があるって話だったが、ここはブレイダーの栽培上ってとこか》
《栽培っていうか、ただの工場じゃない!》
《エクトーもそう思う、よなぁ……いや。俺もそう思うんだけど》
コウの脳裏に浮かぶ工場施設の映像。製造ラインに乗せられた製品が、それぞれの担当官によってその姿を変えていく。そして最初は鉄の塊にすぎなかった物体が、いくつもの工程を経て、商業製品へと変わる。
ここは、まさにブレイダーの製造ラインであった。
《あ、向こうで背中の剣くっつけてら》
《どうなってんのよ。ここ》
《でも、未来的でもない》
足が硬かったのは、薄く延ばされた鉄でしかなく、たしかに硬いがゲレーンでもつくれない訳でもない。目の前にある製造ラインも、すべてロープと木製であり、文化レベル的にどこか変な事をしている訳ではない。ただ一点、どうやって動いているのかが不明であった。
《電力、っぽくはないんだよな》
《……コウ、扉だ》
ガインが指し示す方向には、ベイラーが通れるだけの大きな扉がある。それは、終着点がここであると暗に示しているようであった。
「コウ、いきましょう」
《ああ》
この先に何が待つのか想像もつかない。だが、自分達が呼ばれた理由があるはずだと納得させ、扉に手をかける。案外重いが、鍵はかかっておらず、ゆっくりと扉が開く。
まず階段があり、その下をみれば、ドーム状に空間が広がっている。ドームの大きさは、人の住む一軒家がすっぽり入る程度で、ベイラー三人が入る空間としては少々窮屈であった。だが空間の狭さよりずっと気になるものがある。
《……ベイラーの、コックピット?》
ドームの中央に、ベイラーのコックピットだけがぽつんと残っている。胴体だけになったベイラーから枝が伸び、ドーム全体に這っている。時おり枝が光っており、ここが中心部である事を伺せた。
《あれも、ブレイダー……か?》
《やぁ。すまないがみんなこっちに来てれるかい? 生憎自分で動けないんだ》
《《《「うわぁあ!?」》》》
突然コックピットから声が聞こえ、四人は声を出して驚いた。驚きすぎて階段から転げ落ち、そのままドタバタと胸だけのこったベイラーの元へ転がり込む。
《ぎゃぁ!! 腕がプラプラじゃない!》
《あ、あとで治すから!》
《お、おふたりさん早くどいてくれ。つ、つぶれる》
ぎゃーぎゃー喚きながらなんとか態勢を立て直していると、胴体だけのベイラーから、朗らかな笑い声が聞こえてきた。薄暗いドーム状の空間で聞こえてくる声は、最初は不気味であったものの、朗らかで柔らかく、そしてさわやかささえある笑い声に毒気が抜かれていく。
《いやぁ。すまないね。おもしろくって。つい》
《……貴方は一体?》
《そうだ。自己紹介しないとね》
こほんと一息つくと、声の主は答えた。
《僕はアイン。この場所で、ブレイダー達と龍の管理をしている》
《アイン……》
《龍の管理……》
《なんだぁ? 管理って》
「まってください!? え? アイン!?」
アイン。と彼はそう名乗った。その名は、カリンも聞き覚えがある。
《フフ、いい反応だね》
「ア、アインって、グレート・ギフトの相棒で」
《ああ。そうだ。僕はギフトがまだギフトと名乗る前。そして君の故郷で、しがない庭師をしていた者。といってもずっと前の話だけどね》
アイン。それはまだゲレーンが国としてできる前の時代で生きていた、かつてグレート・ギフトと共に生きていた男の名だった。
◇
「なぜアイン様が、こんな所に?」
《この役目は順番でね。『果ての戦場』で、戦場を見守る役目を終えた者が選ばれるんだ》
《……戦場を見守る……そういえばそんな人いたな》
『果ての戦場』は、戦いの地獄。その地獄でなお戦っていない男がひとり、戦場を俯瞰していた。アインはかつて、その役目を負っていた。
《貴方は、どうしてそんな事を?》
《順番に説明しよう。あわてんぼうな僕の子孫よ》
アインが朗らかに、軽やかに説明していく。
《ここは、ソウジュベイラーの亜種であるソウジュプランダーの群生地》
《ソウジュ、プランダー……》
《それが、ブレイダーの本来の名前》
《僕は、彼らプランダーがベイラー達にとって、有用になるように管理している。プランダーが誤ってベイラー達と争わないようにね》
《管理といってたけど、もしかして龍は貴方が?》
《その通り、と言いたい所なんだけど、管理とは名ばかりでね。僕の言う事を聞いて動いている訳じゃない。龍がもたらしてくれた情報を元に、ブレイダーに改良を加えていくのが、昨今の僕の仕事だった》
そのまま、アインはつらつらと説明していく。管理ときくと大仰だが、主権はどうやら龍側にあるようで、アイン事態の権限はとても薄いようであった。そもそも、アインの存在もとても希薄で、元あった、魂とでも呼ぶ存在が、ベイラーのコックピットに宿っているだけの状態。腹も好かなければ眠る必要もないが、ずっと星を見守りつづけているだけの仕事。
《じゃぁ、アインさんが龍を寄越してくれたわけじゃないんだ……》
《そんながっかりしないでおくれよ……ああでも、ひとつだけ僕がやった大仕事があったよ》
《大仕事?》
《君達だ。白と黒のベイラー》
ふたりに声が掛かる。
《この世界では時折外から人を呼ぶ事がある。死んだ魂かつ、この世界に適合しやすい者だ》
《適合、しやすい?》
《なぜかはわからないが、君たちの住む、にほん、という国がそれに該当していたんだ。理由は―――》
《神の存在》
遮るようにエクトーがぼやく。彼女の中で、マイノグーラの言葉をうけてからずっと引っかかっていた部分を、彼女なりに言語化していく。
《私もコウも、宗教に入っていたわけじゃなかった。なのに、神がいる事に、なんら違和感を持っていない》
《聡明だね。そうだ。どうしても神を信じている者が、神のいないこの世界にくると、心の乖離が起きる。信じている者がいなくなるからね。そうならない者の一部は―――》
《自分が神に成ろうとした。とか》
《そうだ。だが龍としても、新たな神を外から招くのは、彼の役目にそぐわない。だから全力で妨害していたようだけど》
《(異世界から来た神と、星の外から来た神。そりゃ違いは無いか)》
神話の欠落。それによる神の不在。それらの要素があったとしても、心を保ち続ける事ができる人種。それが日本という国であった。
《もっとも、これから先は難しいかもね》
《どうしてですか? アインさん》
《どうやら、あの戦いで君達を神聖視する者が現れている。いずれ遠くない未来で、この世界でも神話が生まれ、そして神ができるだろう。そうなった場合、にほん、から来た者たちがどうなるかは分からない》
《《たぶん変わんないとおもう》わ》
漠然とした理由だったが、不思議とコウとエクトーの意見は一致していた。
《キリストと仏教が混じってなんとかなってるし》
《クリスマスの後正月するし》
《なら、もしも。もしもこの世界の神が、君たちの神を侮辱したなら?》
《《……》》
《すまない。いじわるな質問だったね》
呑気に構えていたコウ達が押し黙る。
《でも神ができる、というのはそういう事なんだ。許しておくれ》
《……はい》
《それに、この世界で神が複数できる事もあるしね。君たちの世界のように》
《ええ》
複数の神の存在。それはまさにコウ達が直前に話している。
《いままで君たちを呼びこんできたのは、どうしても星の外の事で、この世界のリソースが足りない事があったからだ。でも、もしコレから、この世界でも神が生まれ、そして複数の神が出来上がって、それらが争い始めた時、もう君たちを頼らないだろう。僕らの世界で生まれた事は、僕らの世界で始末をつける。龍もそのようにするさ》
《……そう、ですか》
神の存在について鑑みる中、アインは辛気臭い空気を払うようにつづける。
《さ、君たちはもうお帰り。ブレイダー達の部品をつかってコレをつくっておいた。打ち出したらそのまま帝都へ帰れる》
未完成のブレイダー達が、えっさほっさと運んできたのは、大型の宇宙船のように見えた。戦闘にのようなキャノピー式のコックピット。ベイラーと異なり、こちらにはハッチがある。翼もある、後部にコウ達のようなサイクルジェットが備わっており、とても分かりやすく、空を飛べそうな外見をしている。
《準備いいわねぇ! 足がなくって困ってたのよ》
《君たちがここに来てくなかったら、ブレイダー達をつかって誘導しようと思っていた所だったさ》
「ありがとうございます、アイン様」
《いいさ。遠き僕らの子孫よ。さぁ、乗り給え》
いそいそとコウ達が乗り込む。一番図体のおおきなエクトーが収まるのを見届けると、コウが振り返り、アインに尋ねた。
《アインさん》
《なんだい?》
《マイノグーラが言ってました。僕らが来たのは、決して選ばれたからではないと。誰でもよかったのだと。それは本当ですか?》
《―――》
いつも朗らかだったアインの声色が、僅かに沈んだ。これから先に告げる事がどんな意味を持つのか、知っているからこその変化だった。だが彼は、はっきりと告げた。
《本当だ》
《……そう、ですか》
《だがな。コウ君。そしてグレート・エクトー》
そして沈んだ声が、また朗らかに戻る。
《選ばれたのが、君たちで良かった》
《アイン、さん》
《コウ君、君は人の愛を知った。そして守ろうとしてくれた:。共に生きようとしてくれた》
《はい、はい!》
《エクトー君、君は罪を犯した。ソレを償うには長い時間がかかるだろう。だが、こうしてこの星を守ってくれた事、誇りに思う》
《……そう》
ブレイダーがやってきて、三人を乗せたボートを運んでいく。ソレを、アインは見送る。
《どうか二人とも、二度目の生であるこの世界を、大いに楽しんでくれ。辛い事、楽しい事、それらを分かち合う友と一緒に。そしてその心が、健やかである事を、この月で僕は願っているよ》
《はい!》
《……ま、そうしてみるわよ》
コウ達の返事に満足したのか、アインはそれ以上語る事はなかった。いつの間にかドーム状の場所から抜け出している。そうしてしばらくすると、レールがついた発射台へと運び込まれた。そして、宇宙船のカバーが閉じ、コウ達を内部に収める。
《あー! これ射出台か! なんとかドライバー》
《マスドライバー。いやなんであるのよ……ああそうそう。カリン、歯を食いしばりなさい。たぶん相当衝撃が激しいわよ》
《へ?》
頭上で、三点の丸い光が灯る。明らかにスリーカウントだった。
《……さん?》
《にー?》
《いち》
カウントが終わった瞬間、ボートがものすごい勢いで加速していく。ガイン含め、全員が振り落とされんとする加速であったが、直進していくボートが星の海を渡っていく。
《は、はは。スゲェ》
《観光してる暇ないわねコレ》
《カリン、大丈夫か!?》
「なん、とか!」
ボートはひたすら直進していく。宇宙では一度加速が着けば、同じ加速量でしか減衰できない。故に、加速し続ける事さえできれば、物体は無限に速度を上げる事ができる。
故に、一度加速度さえついてしまえば、減速の必要はない。
《……コレ、軌道計算までしてくれてるんだから、言う事ないわね》
《きどーけいさん?》
《コウ、あんた正気で言ってる?》
《ご、ごめん俺理系苦手で》
《あのねぇ》
エクトーがつらつらと説明する。まず星に入るには正しい角度でなければ、重力により侵入する事すらできない事。しかし入射角を間違えれば星の塵となって燃え尽きる事。
《そもそも、なんで燃えるの?》
《星に入る時、空気の無いとこから、急に在るとこに移る訳》
《そうすると、どうなる?》
《無いところにいきなり空気が張り込むもんだから、そこで空気が圧縮されて、とてつもない熱さになる》
《とてつもない? 百度とか?》
《その百倍よ》
《一万度!?》
《まぁ、ブレイダーってやつの素材使ってるから大丈夫でしょ》
《ブレイダーってすごかったんだなぁ……》
《話がさっぱりわからねぇ。わかるかい姫様》
「ぜーんぜん」
科学の理解度の差が如実に現れている。しばし四人は、まだ見慣れぬ星の海を静かに眺めていた。しかし、旅は早くも終ろうとしていた。
《もうガミネストがあんなに近く》
《そろそろ突入でしょうね。やる事ないから暇ね》
加速が掛かり続けている為、最高速度は上がり続ける、だが、この飛行船は減速もおこなっているようで、きちんとガミネスト突入前に減速によるブレーキがかかっていた。入射角や速度の計算はほぼ終わり、あとは突入するだけに留まる。
《ブレイダーが一番のオーパーツよ絶対》
《そうかも》
《……なぁ》
それは、暇になって頭上を見あげたガインが、偶々見つけた物だった。もし暇でなければ、コウ達と同じように、ずっと眼下に移る母星を眺めていだだろう。いま、見つけた物は、それ以上に重要だった。
《なぁ!》
《どうしたんだよガイン》
《アレを見ろ!!》
ガインが示したその先を見て、コウ達は言葉を失った。ガインにとって眼下の母星以上に大事で、かつ、一番見たくも無かった物。
《《《「門!?」》》
それは、あの『果ての戦場』に繋がる門。それが、確かに再び現れている、確かに黄金の姿となったコウ達で粉砕したはずもの。さらには、以前のように大きくはないが、しかしすでに開きかかっていた。中から怨嗟の声が星の海でもよく聞こえてくる。
《どうして!? マイノグーラは確かに倒したのに!》
《血の一滴ものこしてなかったはずだ!》
《……血の一滴は、のこってなかったわ》
そして、聴きたくもない声が聞こえてきた事で、いよいよもって全員が戦慄した。どこまでも冷たい声。どこまでも冷徹な仕草。人の姿をもちながら、しかし絶対的に人ではない何か。
《確かにのこってなかった》
いつの間にか侵入されていたのか。姿を現すタイミングを計っていたのか、今、この瞬間最も危険なタイミングで、マイノグーラ・ディザスターは姿を現した。全身は再生しておらず、まだ胴体の一部だが、顔と片腕は確かに再生し終えており、その腕で、しっかりとコウのコックピットに掴みかかっている。
《なら、どうして》
《さぁ。無色透明の液体から出て来れたのよ》
《無色……透明……》
《今もずっと流れてるの! 訳が分からないけど、こうしてお前達を滅ぼせるなだどうだっていいの!》
《……まさか》
コウはその時、コックピット越しにマイノグーラを見た。四肢が繋がれた操り人形のような姿勢で、とてもベイラーを操縦している、といった様子ではなう。だが、その目に浮かぶもので全ての原因に察しが付く。それはとても小さかったが、かつてコウが生前、あの駅で見たものと同じもので、だからこそ、嫌でも目についた。
《涙から復活したのか!?》
《このままお前達と一緒に燃え尽きてやる!》
マイノグーラは、内部でがむしゃらに暴れまわった。飛行船の構造は、外側からの圧力は非常に強く設計されていた。大気圏突入を果たすのであれば当然である。だが、内部までは頑強に作られていない。
《コウ! さっさと私の寄せ植えしなさい! もう一度あの力で始末する!》
《駄目だ! アレは時間がかかる! 今からじゃとても間に合わない!》
エクシードドラゴンの力を使おうにも、すでにその時間は残されていなかった。バキバキと音がなり、飛行船が崩れ始めた。ガインが放り出されそうになるのを、エクトーが尻尾で絡めとる。
《世話の焼ける!》
《た、たすかった》
《クソ! コイツはぁ!》
《ハッハッハ! もう遅いのよ! 何もかもねぇ!》
マイノグーラが、冷気を全力で噴射する。当然コックピットは凍っていく。それはカリンの肉体にも及び、胴体から手足に向けて体が凍っていく。
「がぁ!?」
《はっはっは! お前の体はコレで静止する!》
《五月蠅い!!!》
それでも、コウが、再生しきっていないマイノグーラを掴みかかり、その凍結を加速によって解凍していく。だが予想外にも反抗はしてこない。それは、すでに彼女にとっては、もう目的の半分以上が達成しているからである為だと気が付く。
《(どうすればいい!? 大気圏突入コースはもう入ってる! 今からコレ抜きで、もう一度月に戻るなんて無理だ)》
コウは、己の頭がかつてないほどに動いているのを自覚していた。考えなくては答えがでない。答えを出さなければ、ここで皆が星の藻屑と消えてしまう。今までの戦いが無に帰してしまう。
《(なにより、マイノグーラと門をなんとかしないといけない。ここから生還して、かつマイノグーラと門を倒す方法なんかあるのか!?)》
考えている間にも、ガミネストは眼下に迫っている。あと少しすれば、大気圏に突入し、全てが燃え尽きてしまう。
《(なんだ。今の俺に何が残ってる!?)》
コウは己の力に改めて意識を向ける。
《(星断ちの大太刀はある。サイクル・リ・サイクルも、多少は使えるようになった。でも再生できるのはたぶんごく一部だ)》
体力というべきか、エネルギーと言うべきか、僅かに時間のおかげで、多少は戻ったサイクル・リ・サイクルの力。コレで、治したい相手がいた。そのために温存をしていた。
《(エクトーのサイクルジェットは片方なし。俺は残ってるけど、大気圏離脱できるほどの推力はとてもじゃないけど出せない。ガインは怪我を治すサイクルシリンダーが残ってる……なら……なら後は)》
ひとつずつ優先順位を決めていく。
《(寄せ植えはできない。エクトーの力で引っぺがしたとしても門を破壊する時間はない……なら)》
「……コウ?」
カリンは思わず疑問系で顔を上げた。コックピット越しに、視線が交差する。あたりはすでに赤みかかって、大気圏突入間近まで来ている。
それでもカリンが顔を見あげたのは、急に自分の相棒が、一方的に視界と感覚の共有を切った事にある。
「どうしたの? もしかしてもう身体が」
《……カリン。今から俺は君に恨まれる事をする》
「何言ってるのよ。いつも一緒にいるから大丈夫よ」
《……》
「コウ?」
《ありがとう。そう思ってくれて。俺も一緒に居たかった》
「……待ちなさいコウ。貴方まさか」
《エクトー!》
《何よ!? 今必死に考えて―――》
突然、エクトーを呼びつけると、コウはエクトーを抱き上げた。それは、単なるハグではなく。自分の胸にあるコックピットと、エクトーのコックピットを重ね合わせる為の行為。
《なにすんのよ!?》
《受け取れエクトー!》
《一体何を》
《強制脱出!》
「コウ!?」
カリンの悲鳴があがる暇もなく、コウはコックピットの内部にあるサイクルを回し、強制的にカリンのシートを外へと押し出した。本来であれが意識のない乗り手を外へと脱出させる為の手段であるが、今は、乗り手を、別のベイラーへと乗り移らせる為の手段として用いた。
意図を理解できたかできなかったかはともかく、突然の行動に戸惑いながらも、エクトーは外から押し出され、コックピットに入ってきたカリンをそのまま受け入れる。その際シートはめちゃめちゃに壊れ、中にあった小物類も適当にぶちまけられてしまう。カリンは頭を強く打ちつつ、しかしコウに一言いわねば気が済まなくなる。
「コウ!? なんでエクトーに私を移したの!?」
《……あんた、まさか》
《ああ。そのまさかだ》
その言葉が、きっかけだった。
コン、と軽く蹴り、コウは破壊されたキャノピーから外へと躍り出た。押し出された宇宙船は、別方向への加速を受け入れ、さらに下方へと下がっていく。
《これから、俺はコイツを連れて、門を破壊する》
掴んだマイノグーラをカリン達に見せる。
《馬鹿! なら私も一緒に行った方が》
《いや。君はガイン達を地上に下ろしてやってくれ》
どこまでもコウは冷静だった。その言葉の意味をエクトーも理解する。理解した上で、激昂する。ふざけるな。なぜそんな事をしなくちゃならないのだ。
《あんたひとりで何ができんのよ! 早く戻ってきなさい! でないと軌道に戻れなくなる! 帰れなくなるわよ!?》
《知ってるさ》
《―――ッツ》
だからこそ、この答えが帰ってきた事で、もう彼にとって、そしてこの状況は、もう動きようがないのだと察してしまう。だが、コウのすべての言葉が頭を素通りしているカリンだけが、取り残されていた。
「コウ、なんで? なんで一緒にいかないの?」
《君は、あの星に必要な人だからだ》
「そんな事今は関係ないでしょう!?」
そんな答えは聴きたくなかった。なぜ、今の自分が、コウのコックピットの中にいないのか。その理由が知りたかった。正確には、なんで自分が今、コウのコックピットから吐き出されなければならないのか分からない。今すぐにでも謝罪の言葉込みで、さっさと元に戻せと、喚き散らしたい気分であった。
「だって、死ぬまで一緒じゃなかったの!? 死んでも一緒じゃなかったの!?」
《だからこうしているんだ》
「なんでこうなっちゃうのよ!?」
どこまでも平行線の対話に聞こえた。だが、コウの言葉が、少しずつ、平行線を傾けていく。
《コレが一番可能性がある。門があればこの星は危うい。マイノグーラをまた地上に戻すのも危うい。なにより、このまま俺たち全員が燃え尽きたらダメだなんだよ。カリン》
「そんな、そんな事ないわよ」
《マイングーラと門を破壊する事と、地上に安全に着地する事。これは一緒だと行う事はできない。だから役割分担するんだ》
「役割、分担」
言葉の意味は分かる。だがそれが、なぜコウの口から出てくるのか分からないでいる。オウム返しで、幼子のように返してしまう。
《エクトーのディ・サイクルなら、圧縮された高熱の空気を奪い続けて、燃え尽きずに地上に戻れる》
「なら地上に戻った後で、改めてあの門を壊せば」
《それじゃ間に合わないんだ。見てくれ。もう門が開きかかっている。きっとマイノグーラが、サイズを調整したんだ。大きな門なら大量に向こうからの敵を呼べるけど、時間がかかる。だから小さくても早く開く門を作った》
「だからって……だからって」
カリンは悲しんでいる。答えが全て理詰めで帰ってくる事にではない。その答えのすべてに、自分の心が、コウの心さえ入っていない事実に悲しんでいた。
「それは理屈よ! そんなの、あなたが一番嫌いな事だったのに!」
《だから、この後に俺は賭けてる》
「……へ?」
《ベイラーの、最後に残った力で、あの門を壊す。俺はその時、きっと門の向こう側にいるだろう。それはとても遠くて、きっと時間がかかる》
「最後に残った力?」
最後の力? そんな物どこに? とカリンが疑問に思う。だが口にする暇はなかった。最愛の人の言葉が紡がれている。この瞬間が、なぜかもう終わってしまう気がしていたから。
《そして、どれだけ遠くにいっても、どれだけ時間がかかっても、俺は帰ってくる。君の元に、絶対に》
「コウ、貴方」
《言っておくけど、生まれ変わったりなんかしないぞ? 今の世界で必ず出会う! 来世で会おうなんて気の長い事できるもんか》
「で、でも貴方」
《エクトー。いや、柊アイさん》
《……》
生前の名が呼ばれ、急に襟が立つ気分だった。お返しと言わんばかりに彼女も彼の事を、生前の名を呼ぶ。
《何よ。泉コウ君》
《俺の最愛の人を頼みます》
《断ったら?》
《貴方、俺に貸しがあるでしょう? あの日、あの場所で命を助けたっていう》
《―――ッハ!》
最悪といっていいタイミングで、いつか切られると思っていた交渉のカードを切られた事に、思わず息が漏れた。
《今更ソレを持ち出す訳!?》
《ソレくらいしかない》
生前、彼らがここに来る理由となった、あの駅での出来事。その精算をここで行うと言う。
《じゃぁ、帰ってきたら、私からもあんたへの借りを返すわ。だって私は、あんたのせいで殺されたようなもんなんだから》
《……ああ。そうしてくれ》
「コウ、まって」
《カリン》
ますます船体とコウの距離が離れていく。声がだんだんと遠のいていく。
《ありがとう。俺と出会ってくれて。俺を、必要としてくれて》
「嫌よ、まってよコウ、置いていかないで」
《どれくらいかかるか分からないけど》
「……じゃぁ、じゃぁ約束して!」
もう引き留める事はできないのだと、物理的にも、心理的にも理解したカリンが最後に絞り出せたのは、そんなありきたりな言葉だった。だが、脳みそが吐き出したのはとても原始的な言葉だった。
「帰ってきら、私とハグしなさい」
《ああ》
「キスもしなさい!」
《ああ》
「そして愛してるって言い続けなさい! 一日中!」
《そりゃ大変だな、でもわかった》
「だから、絶対に帰ってきなさい! いいわね!」
目から流れ出る涙が止まらない。恒星がコウの白い肌を照らして、それはきらきらと輝いている。その光景を、カリンは脳裏に焼き付けんとする。
《お任せあれ。そして、また共に》
それがコウとカリンの交わした最後の言葉だった。
コウは、マイノグーラを掴んだまま、飛行形態へと変形し、門へと真っ直ぐ進んでいく。手もとでもがいているマイノグーラは、しかし失笑を隠さず続けた。
《お前は何も考えていないのか? お前ひとりでどうやってあの門を壊す? 黒いベイラーと一つにもならないで》
《忘れたのかマイノグーラ。俺と、エクトーにはあの力がある事を》
《あの力?》
《エネルギーを高め、ため込み、そして放出するあの技を》
《……高め、ため込み、放出する……》
マイノグーラは、煮え湯を飲まされ続けた戦いの日々を思い起こし、そしてその技の正体にたどり着く。
《フン、あんな技で何ができる》
《アレは俺が放った後も動くことができた》
《……?》
《つまり、エネルギーはもっと高められるし、ため込められる。威力はもっと上げられるって事だッ!》
コウが宣言すると、壊れかけたサイクルの全てが強引に回転していく。無理やり彼の中にあるエネルギーを、その一滴残らず絞り出さんとして動きはじめた。
《こ、これは》
《サイクル・リ・サイクル!》
サイクル・リ・サイクルによって、コウの身体が加速していく。加速によって体が急速に回復していく。だが、今回の目的は回復ではない。
《いけぇええええ!》
加速を続け、コウの身体が、どんどん光速へと近くなっていく。地上で加速をつづければ、空気抵抗や大気によって速度は大きく制限される。だが、この星の海であれば、加速による最高速度の制限はない。あるのは、構造体の強度による限界のみ。だがそれさえ、コウの力は凌駕する。
壊れても治り、砕け散っても生え変わる。破片をまき散らしながらしかし体を新品同様へと変え、そして高まり続ける力は限界を超えていく。
《まさか》
《そのまさかだ! ため込んだエネルギーを全てやつらにぶつけてやる!》
《単なる自爆か! よく帰ってくるなんて嘘をほざいたものだ!》
《嘘じゃないさ》
コウは、昂りにしてはとても冷静だった。
《帰るつもりだ。でも、全力以上を出さないと駄目だ。だから全力を出すだけなんだ。俺は死ぬために戦うんじゃない》
そうして、遙か彼方にあった門へと、コウが飛び込んでいく。門に入ると、眼下に広がるのは、戦いを求め彷徨う外なる者たちの大軍勢。
《俺は生き残る為に戦う! カリンと生きる為に!》
そして、高まった力を、解放する。
《サイクル・ファイナルノヴァ!!》
それは、今までのノヴァとは比べ物にならないほど大きく、強く、眩しい光。まさに恒星と見まがうほどの瞬きが、門と、マイノグーラ。そして、外なる者たちへと降り注いだ。
《カリン! 愛してるぜぇええええええ!》
マイノグーラの体が、崩壊していく。それは、コウも同じ。限界を超えた爆発が体を蝕んでいる。それでも、コウは愛を叫び続けた。愛する事が嘘でないと。約束を違えるつもりなどないのだと。
《こんな、こんな事で! こんなことでぇえええ!》
マイノグーラは光に飲み込まれていった。そしてコウは、己が砕け散るとしても、この星を助ける為に、もう一度カリンと会う為に、星となった。
◇
「なんだ、急に、静かになったぞ?」
《現在、ブレイダー各機との通信途絶。大規模な爆発があった模様》
地上では、戦いの中継が流れなくなった事で騒然としていた。
「それって、さっきの大きな光か?」
「まるで、太陽がもう一個できたみたいだった」
夜中でも、どんな1等星よりも綺麗に映った光は、確かに地上の人々の目に映っていた。
「……なぁ、その太陽だが、アレじゃないのか?」
しかし。そんな光も、誰かが、ソレを指差した事で記憶の彼方へと追いやられる。龍がぐったりと倒れるその上に、今まで満天に輝いていた星空が成りを潜め、代わりに、どんな星よりも大きく激しい熱をもったものが浮かび上がって、彼らを照らし始める。それが何なのかは、すぐにわかった。
「朝日……朝日だ!!」
「夜明けだ! 夜が、明けたぞぉおお!!」
「朝だぁああああ!!」
それは、龍に閉ざされ、陽の光を浴びて来なかった者たちが目にした、一か月ぶりの朝日であった。
《……いいものですね。オルレイト様》
「ああ。本当に、終わったんだな」
朝日を見た者たちが、安堵で腰を抜かしていく。戦いが終わり、祝いたい気持ちもわずかに残っていたが、それでも今は、この疲れとどう向き合うかが課題であった。
「ね、眠い……」
《皆も限界でしょう》
「だが、事後処理が山ほど残っている……なにせ、たくさん、死んだ」
《そう、ですね》
この戦いの犠牲者はいったいどれほどになるのか。この戦いで壊れた建物はどれほどになるのか。考えるだけおっくうであった。
「だが、今は休もう。俺たちにはそれくらいは許してくれるはず―――」
「オルレイト! まだ寝るな! オイ!」
ガンガンとコックピットを叩く音で、沈みかけた意識が強引に覚醒し、さしものオルレイトも不機嫌さを隠さず口をとがらせる。
「サマナ。 海賊たちと馬鹿騒ぎがしたければ後にしてくれ。僕はもう疲れた。ひと眠りしたら参加するからそれまでは寝かせてくれ」
「馬鹿はお前だ馬鹿!」
「君な。もうちょっと上品にしゃべれないのか」
「上だよ! 上から来る!」
「上?」
今にも瞼の落ちそうな目をこすり、コックピットから這い出て上を見あげる。ちょうど朝日が出てきた方向から、黒い点が真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。
「アーリィベイラーか? いや形が違うな」
「オルレイト! アレこっちに来てる!?」
「なんだナット。分かるのか……でも一体何が……」
そこまでして、ようやくここに来る者が何なのかに思い至る。彼らのいる場所に帰ってきて、かつ、いままでずっと空の上にいたひとたち。
「ナット! リオ達を、皆を呼べ!」
「分かった!」
「陛下! シーザァー様達含め。ここにいる兵士全員を集めてください! 勝利の宴会はまた後で!」
「な、なんだ。一体、どうしたのだ?」
「カリン達がここに帰ってきます!」
オルレイトの言葉でカミノガエの顔が引き締まる。
「―――勅命である! 皆の衆あつまれぇいい!!」
まさに鶴の一声であった。眠気をおびていたはずの兵士達が叩き起こされ、のっそりとした動作とはいえ、この場に集まってくる。
「グレート達は!? ほかの皆もだ!」
《……オルレイト様、なにか、様子がおかしいです》
すでに歓喜の声が上がる中で、レイダだけどこか緊張していた。
《オルレイト様! あのアーリィもどき、不時着を試みているのでは?》
「方向はわかるか!?」
《港です!》
「よし! みんな港にいそげ!」
大勢をひきつれ、港へと向かう、道中、グレート・レターが連れてきた動物たちさえ一緒になっていた。そうしてたどり着く前に、頭上から落下してきた飛行物体は、港にある家屋に激突し、そのままガリガリと家屋を破壊しつづけ、たっぷり街に傷痕をつけてから、ようやく静止した。
まずはじめに、肌でわかる物体の高温に、オルレイトが固唾を飲む。煙があがっおり、船体はぼろぼろで、なにより、中に何も入って無い。
「これは一体……中は空だぞ!」
「探せ! 探すんだ!」
総員が血眼になって探す。中にいるのは必ずあの人たちなのだと、どこか確信があった故の行動だった。
そしてその行動は、存外早い段階で成就する。
「オルレイト……こっちだ」
「サマナ、良く見つけた」
「いや、リュウカクがおしえてくれたん……だが……」
サマナの傍には、二頭の龍の眷属、赤い角をしたリュウカクがその角を磨き合っている。彼らが発見し、瓦礫が真っ二つに切断されている。救助の為に角を振るったのだと理解できた。
「ああ。よくやってくれ……」
そして、その先にあった者を見て、オルレイトは絶句した。重い足取りで、少しずつ近づいていく。
「……カリン」
「……」
そこには、ガインを尻尾で固定し、そして大気圏突入までその体を酷使しつづけたせいで、体表が赤熱化しているエクトー。そして、落下の衝撃でコックピットから吐き出されてしまったカリンが居た。カリンの右目と左腕は、淡い炎で包まれたままで、生身の腕が一向に生えてこない。それはまるで、炎がそのまま機能を受け継いでいるかのような姿だった。
オルレイトが呼吸を確認するまで近づくと、カリンは薄く目を開いた。
「……あ、ああ、貴方、オルレイト?」
「そうだ。僕だカリン」
「ここは?」
「帝都の十二番街だ」
「そ、そう。じゃあ、帰って、これたのね」
カリンの無事は喜ぶべき事項である。それは変わりない。だが、ここに居るはずの、もうひとりの姿がないのが、オルレイトの心をざわつかせる。
「カリン。コウは、どうしたんだ?」
「……」
「コウは、私達の、為に、自爆を」
その言葉が、きっかけだった。
カリンは、倒れたまま、静かに涙を流し始める。その涙は、一度流れれば、もう止めようが無いようで。
「ああ。ああああ! あああああああ!」
「―――ッ」
うっすらと透ける炎の片手で、カリンは両目を抑え泣き始める。その様子をみて、オルレイトは躊躇なく己の胸を貸した。
「オルレイト、コウが! コウがあああ!」
「……」
「一緒にいてくれるって言ったのに、あああ!!」
それは、もう自分でも結論が出ていた答えだった。頭では納得している。あの瞬間はああするしかなかったと。だが、心は違う。
「これじゃ、セブンを無くしたマイノグーラと同じじゃない、私は、一体、どうすればいいのよ」
「(……コウの、馬鹿野郎が)」
オルレイトは下唇を噛む。加減もなく噛んだせいで唇が破け、しっとりと血が垂れ流される。
「(泣かせたら、許さないと言ったはずなのに)」
カリンを泣かせた。その一点で彼は怒っていた。だが、その怒りのぶつけ先が分からない。
「ああ! あああああ!」
「……どう、すればいいんだろうな」
沈黙の中、カリンの慟哭だけが辺りに響いていた。集まった龍石旅団の者たちも、カリンと旅した者たちも、帝都の兵士達も、避難民でさえ、この重苦しい空気の中、だれも言葉を発する事ができなかった。
……だが、不思議と、慟哭の中に、別の泣き声が混じり出す。
「(他にも、コウを想って泣くものがいる……自爆なんて馬鹿な事して)」
オルレイトはコウの事を心の中で汚らしく罵った。だが、ふと耳をすますと、なにやらその泣き声の様子がおかしい。
「……カリン、聞こえるか?」
「へ?」
「誰かが、泣いてる」
「そう……誰かを想って悲しんでいるんでしょう」
「違うんだカリン。なんか、そんな感じじゃない」
「何それ。励ましならもうちょっと上手な―――」
そして、カリンもまた、その声を聴く。その声は、ずっと聴いていたいとおもうような耳触りのいいものではなかった。
だが、この世界には、確かに必要な声で。
「……この、声は」
「カリン、お疲れ様」
兵士達の間をかき分け、とある女性が静かに寄ってくる。それは、カリンにとっては、コウとは違う意味で、とても大事な人で。
「お姉さま……」
「私、ずっと悪夢をみていたの。でも気が付いたら、この子が……」
クリン・バーチェスカ。カリンの姉であり、その胸に赤子が抱かれている。
その赤子が泣いている。
おぎゃぁ、おぎゃぁと、おぎゃぁと。赤子の特権としての泣き声を、あたりにわめき散らしている。
「急に泣いたのよ。なんでかしらね」
「ああ、ああ!」
コウが、あの『果ての戦場』の先、『綿毛の川』でサイクル・リ・サイクルをつかっている。今までは門がその生誕を邪魔していた。侵略をうけていたのであれば、当然である。
その侵略を、他でもないコウが止めた。結果、生命が再び生まれている。
「おお! クリン! もう歩いて大丈夫なのか!」
「ええ貴方。どうぞ。貴方の子ですよ」
「……そ、そうか、コレが、俺の子か」
クリンの傍に、夫であるライ・バーチェスカが赤子の声を聴きつけ駆け付けた。そしておくる身に巻かれた赤子を抱きかかえる。
「ち、小さいな」
「すぐ大きくなりましよ」
「ああ。あああ! ああああ!」
カリンの目から涙があふれ出ていく。いままでは悲しみの涙であった。だが今は、違う。
「カリン、コウ君と戦ってくれてありがとう。おかげでこの子に会えたわ」
「ええ。ええ。本当に、よかった」
自分達の戦いは、決して無駄ではなかった。自分達が選ばれたのは偶然であったかもしれないが、成し遂げてきた事は、決して無駄では無かった。たったひとつの命が、息を吹き返した事で、悲しみが過ぎ去っていくのを感じる。
たったひとつのはずだ。とても小さいはずだ。だが、彼女の相棒は言っていた。
「ちっぽけだから、大事なんだろう、ね」
「カリン、この子、抱いてみる?」
「……良いのですか?」
「ええ。貴方は伯母様だもの」
「で、では」
カリンは、涙をぬぐい、改めて姪に挨拶する。
「はじめまして。私は貴方のおばさんですよー」
「―――?」
最初は首をかしげていた赤子が、カリンの差し出された指を握り返し、そしてやわらかく微笑んだ。
「ちっちゃくて、やわらくって、あったかいですね」
「そうね」
「コウは、言ってました。必ず帰ってくると」
「じゃあ、まさか」
オルレイトがのぞき込むようにして遮る。
「この子は、コウの生まれ変わりなのか?」
「フフ。違うわよオルレイト」
今なら、言葉をキチンと思い描く事が出来た。
「コウがそんな周りくどい事する訳ないわ。今の世界で、絶対に帰ってくる。だって、そう約束したもの」
「そう、か」
オルレイトは、その言葉で毒気が抜かれる。さきほどまで、あれだけ泣きじゃくっていたカリンは、もういない。その目は赤く腫れたままだが、しかし、確かに心は前をむいている。
「……さ。戻りましょう」
「ああ」
「やる事は山積みよ。だからねオルレイト」
「なんだ?」
「いつものように付いてきなさい」
「ああ。お手柔らかにな」
二人は、ここに来た時よりも、ずっと軽い足取りになっていた。
◇
星の外からきた者との闘いはこうして終わりを告げた。帝都ナガラは崩壊したものの、皇帝カミノガエの手腕と、その妻カリンによって、復興は急ピッチに進んでいく。
勢力図は変動し、様々な小競り合いが起きた。だが人々は、それでも営みを続けていく。人が慈しみ、愛し合う日々が静かに紡がれた。
やがて、あの戦いから15年の月日が流れた。
えー、一話におさめようとしたらとんでもない量になってしまいました。
おかしいなぁ。
そして、次回、最終回となります。こうご期待!




