ベイラーと最後の武器
「コウ! おい!」
《このままでは》
月面の戦いを見守っていたオルレイト達。しかし戦況は芳しくない。コウとエクトーが奇跡の寄せ植えに成功したものの、マイノグーラが、その命を使い、龍殺しの大太刀、もとい、星喰いの大太刀を作り出した。
「武器です! カリン様にも何か武器を!」
「一応、アレはコウとエクトーがいるんだぞ」
「じゃぁコウ様たちに武器を!」
「いやどうやって!? 月まで届く武器なんてないぞ!?」
「それに生半可な武器では、奴に勝てぬぞ」
マイヤやサマナ、カミノガエも知恵を出すが、状況が前代未聞すぎて対策が出てこない。
「リオ、クオ、お前達もなんかないか?」
「じゃぁもっと応援する?」
「でももう応援だけじゃダメかも」
ナットが双子のリオとクオに助言を請うものの、やはり答えとしてしっくりこない。元々、応援は行っているのだ。それ以上の何かを用意し、そしてコウ達に届けねばならない。
「何か、何かできるはずだ。何かが……」
オルレイトが周りを見る。疲弊しながらも声を張り上げる帝都の兵士達。祈りをささげるように両手を握りしめる避難民たち。混乱の最中で事態を把握しきっていない商会連合の残党たち。武器はおろか、何もコウ達の助けとなるようなものなど、この荒れ果てた戦場で見つかるはずもない。
「(祈るしか、ないっていうのか)」
オルレイトも、また他の大多数と同じように声援と祈りを送ろうとした時、ふと、レイダの足元に転がる武器を見つける。
「バスターベイラー砲……」
バスター・ベイラー。始まりは怒りで起動していた。いつしかそれは感情の爆発であればよいと明らかになり、そして愛でも動いた。愛によって放たれた極光は、怒りの時とは比べるまでもない威力があった。であるなば、と一瞬オルレイトは思案する。この武器を用いて何かできないかと。
「だが、コレを直接やつにぶつけても効果は……」
問題は、マイノグーラの頑強さ。コウ達の一撃にさえ耐えうる硬さをもったベイラー相手に、かなりの距離のある狙撃を行ったとして、はたしてどんな効果があろうか。
「(だが、利用はできるはずだ……愛によって動いたこいつなら……)」
《オルレイト様》
「どうしたレイダ?」
《グレート・レター様は仰ってました。愛に距離は関係ないと》
「それがどう……し……」
レイダの言葉で、オルレイトの頭がわずかに痺れた。
《我らの声援は確かにコウ様達の力となった。それは彼らが奮起してくれたおかげかもしれません。ですがもし、力を、そのまま届けられるとしたら》
「いや、届く! かならず届く!」
「オルレイト、お前とんでもない事考えてるな?」
隣で、どこかニヤニヤしているサマナが改めて聞く。彼女はすでに心を読んでおり、オルレイトがこれから行おうとしている事を知っている。知った上であえて聞いていた。
「ああ。とんでもない。なにせ月目掛けて狙撃しようっていうんだからな」
「ほう。マイノグーラに当てられるかね?」
「ちがう。当てるのはコウ達だ」
「ほう!!」
「「「「はぁ!?」」」」
オルレイトの言葉が聞き捨てならず。サマナ以外の皆が聞き返す。
「何考えてるんだよオルレイト!」
「オルオルサイテー」
「サイテー」
「お、お前達なぁ」
「訳を申せ黒騎士」
「陛下まで……え、えっとですね」
訳を話せと言われ、素直にオルレイトが訳を話す。実体としては、サマナとおなじく、カミノガエもわずかにその考えが透けており、しかし自身ではどうやってもその過程が思いつけなかったため、赤裸々に離す事も求めているだけであった。
そうとも知らず、オルレイトは朗々と話す。
「皆の愛を、このバスター砲に込めます」
「「「愛!?」」」
「はい。皆の愛を、コウ達に届ける為です。いわばこれは郵便なんです」
使われている単語はどこかファンシーだが、突然実務的な言葉が出てきたことに、ナットが首をかしげる。
「手紙にしてはずいぶん物騒だね」
「かもな。でも、マイノグーラは言っていた。猟犬たちの命をつかってあの武器を作ったと。そしてコウ達でもまだ足らない。なら、足りない分を、僕たちで補ってやればいい」
「だから、愛か」
「そうです……でも、きっとそんな大げさなものじゃないんです」
一呼吸おいて、オルレイトが愛について語る。オルレイトはレイダに向けて愛をこれでもかと叫んでいたが、しかし愛とは大げさなものではないと理解していた。もっともそれも彼の中でだが。
「なんだ。余に分かるように話せ」
「例えば、ずっと元気でいてほしいとか。元気がないなら励ましたいとか。明日も生きていてほしいとか。そんな小さな願いだけでも、それは愛なんです」
「……ずいぶん、ささやかに聞こえる」
「はい。でも僕たちにとって。そしてベイラーにとって、それはとても重要な事なんです」
「そうで、あるか。わからん、でもない」
「それはきっと、この星にとっても同じ」
オルレイトは、顔が熱くなっていくのを感じた。愛について自分が知ったような口を叩いている事実と、同意されてうれしい気恥ずかしさでどうにかなりそうだった。しかし、自身の気恥ずかしさよりもずっと優先すべきは今のコウ達を助ける手段を用意する事にある。
「だから、ベイラーは僕らを乗せてくれるし、そしてバスター化なんて事さえできるんです」
「バスター化は愛ゆえと?」
「いえ。愛も、憎しみも、感情から生まれるエネルギーです。そしてそこに差はないんです。でないと、この大砲が愛で撃てる理由に、説明がつかかない」
「……愛も憎しみも、どちらもエネルギーであると」
「はい。ただ僕が言えるのは」
大きく息を吸い込む。さきほどから心拍数が下がらない。恥ずかしさがどうしても先にきてしまうし、この後の出す言葉は、つまりそういう意味であると捉えられる事になると予期している。実際そうであった時期もある為に言い逃れできないのがバツが悪い。
「僕はカリンを愛している。だからできるのです」
「なッ!?」
《―――オルレイト様》
「無論、友人として愛している」
現在の夫であるカミノガエに向かって、あえて前提を抜かした言葉を言う。それはどうあがいても不敬であるが、これはカミノガエから言葉を引き出す釣り針の意味もある。
「貴方はどうですか? カミノガエ陛下」
「余!? 余は……」
顔が熱い。きっと赤くもなっている。鏡を見なくても分かる。自分でそんな状態になっている事を自覚しつつ、カミノガエを見る。そして、安心した。
「(……ああ。佳かった。この方もちゃんと)」
「余とて、我が妻、カリン・フォン・イレーナ・ナガラを、愛しておる! 心底!」
「それは、友として?」
「否! 妻としてだ! 余が特別に、余の隣に立つ事を許した女としてだ!」
「……そうですか」
高らかな宣言だった。その宣言こそ、オルレイトは望んでいた。決してこの王が政略でカリンと共になったのではないと。改めて確認する。その上で、多少のおちょくりをしたくなった。
「ですが、言ったでしょう陛下?」
「む?」
「そんな大げさでなくっていいのですよ。
共に戦った皆に、兵士達に、避難民に大声で告げる。
「だよなぁ皆!」
答えはすぐに帰ってきた。
「俺だってカリン様愛してるぜーー!!」
「私もーーー!」
「いえええいーー!」
「……」
そして溢れるラブコールの数々。カミノガエは、その声を聴いて、どこか毒気がぬけたように、ふっと表情が柔らかくなった。
「ふむ。こんな感じでいいのか」
「いえ。こんな感じがいいのです」
「ずいぶんと、軽々しいな」
「軽々しくていいだと思うのです。大げさでなくいい。ただ純粋に、その人を想っているのであれば、きっとそれは愛なんです」
「……で、あろうな」
「そして、愛を束ねて打ち出せるのがコレなんです」
ガコン、とバスターベイラー砲をレイダが構える。
「だから、力を貸してください」
「よかろう。黒騎士の言や佳し。どうすればよい?」
「皆にバスターベイラー砲に触らせてください。届かない人は、ここに届くように、念じてくたさい。それで集まるはずです」
「念じる。かぁ」
「それを、民の皆さんに号令を」
「……貴君でもよかろう?」
「私はこれから狙いを定めて引き金をひかねばなりませんし、何より、陛下の言葉の方が、皆が動きますから」
「ヘッヘッヘ。佳かろう。レイダ。肩を借りるぞ」
《どうぞ。足元、お気をつけて》
カミノガエ、レイダの肩によじ登り、民たちを見る。民たちは固唾を飲んで見守っている。
「皆、聴けい」
カミノガエの言葉で、シンと回りが静まり返る。聞こえてくるのは戦火の残り火が燃える音。
「これは、勅命ではない。カリンの事を知らんものもおろう。敵であった者さえいたはずだ。故に、強制せん。強制できん。だが、これから我らを守らんと、明日を守らんと戦っている戦士があの月にいる」
手を掲げ、光る月を指差す。
「その者が、苦戦している。だが、我らには、助力する術がある」
掲げた手を握りしめ、カミノガエの眼が見開かれる。
「カリンの為に、そして戦う二人のベイラーの為に、力を貸してほしい。お前達はいった! カリンを愛していると! その心のまま、手をかざせ! さすれば届く! 届かせる! 故に……故に」
力を込めた拳を下ろし、その胸に手をあてて、ほんの少し、頭を下げた。
「頼む」
それはそれは、小さな一言だった。王としての振る舞いを強いられ続けた者の言葉としては弱く、小さく、しかし一番想いの籠った言葉であった。
わずかな静寂の後に、構えていたバスター砲に変化が起きる。後部にあたる、エネルギーを貯蓄する部分が光輝き始める。まだ、オルレイトは愛を叫んでいない。つまりこれは。
「……陛下!」
「ああ。ああ!見えておる!」
「はい! これより発射姿勢となります! 危険ですので、レイダから降りてください」
「黒騎士! ただ一つ勅命を下す!」
レイダの方からズルズルと降りながら、民たちにはしなかった勅命を言い渡す。しかしてそれは当然といえば当然の命。
「託した愛、決して外すでないぞ」
「……黒騎士の名に懸けて」
オルレイトが生唾を飲み込む。ここまで啖呵を切った上で外しましたはしゃれにもならない。
《と、仰いましたが何か策でも?》
「ある。ブレイダー!」
《何か》
「まだ共有は切れててないな?」
《遅延はありますが》
「ガインと話せないか!?」
《少々お待ちを》
「レイダはバスターベイラー砲のチェックだ」
《仰せのままに》
レイダがチェックを行っている最中に、ブレイダーがすぐに割り込む。
《つながりました》
「分かった! ガイン! 聞こえるかガイン!」
《聞こえぜ。どうなってんだコレ》
「……話したい事はあるが、今は頼みたい事がある」
《ああいいぜ、俺にできる事ならな》
「今からコウ達に力を送る! だから、君のいる場所を教えてくれ」
《分かったが、送るといっても、そっちの星は回転してるんだぞ?》
「知っているが、やるしかないんだ!……そりゃ、こちらで指定する座標までコウ達を誘導できれば一番いいんだが……」
《なんだ。ならこっちで誘導をしよう》
「しかし、コウ達は戦っている。それにお前の体だって、戦い続きでもう―――」
《何言ってるんだよオルレイト》
あっけからんとガインが応える。その体はすでにぼろぼろであった、だからこそオルレイトは、コウの場所を聞くだけに留める予定だった。だがガインは違う。
《ちったぁ信じろよ。同じ旅団の仲間をさ》
「……」
《しかしだ。座標つったってどうすればいい》
《こちらで指定し、子機に伝播させます》
《うお!? こっちの頭もしゃべれんのか!?》
月面にいるであろうブレイダーの子機がしゃべった事に驚きつつ、オルレイトが準備を進める。
「レイダ。サイクル・スコープ。できるだけ大きく」
《仰せのままに》
レイダがスコープを作り出す。普段のように手持ちにするのではあまりに手間が掛かる為、頭に直接作り上げる。月を見通す為の、巨大かつ極太のレンズが、レイダの頭部全体を覆う形に落ち着いた。その大きさは、一つ目であるアーリィの頭よりずっと大きく、巨大な筒がレイダの頭として生え変わったような形になった。
「みえ、なくは、ない、がぁこれは」
倍率して200倍以上はくだらない。月面の表面まで見る事ができたものの、少しでも首を動かせば視界が明後日の方向になる。
「(よ、酔う)」
《オルレイト様。座標はこちらに》
「こちらってなんだ?」
《レイダ様の視界に直接送ります。赤く光る点を狙ってください》
「お前、他のベイラーにもそんな事できるのか?」
《緊急時のみ許されているものです。常時は使用きませんのでご安心を》
ブレイダーが言う通り、視界に突然赤い点滅が起きる。それは月の一点にあり、そして動いていない。狙いをつけている間、レイダから声が掛かる。
《オルレイト様! 充填が限界を突破して続いています。これなら!》
「みんな、さすがだな」
狙いはどうにかこうにか定める算段ができた。あとは集まるエネルギー次第であった。そのエネルギーも、想定以上に集まりつつある。
「……狙い佳し、エネルギー、佳し」
ガコン、とバスターベイラー砲を月へと向ける。超重量と、高倍率の視界の せいで姿勢が崩れそうなのを、龍石旅団のベイラー達が必死に支えた。
《お手数をお掛けします》
《《《《レイダ! 頑張れ!》》》》
ベイラー全員が支える。ここに居る民が、カリンを、コウを愛し願っている。そしてカリン達だけでなく、エクトーの事を愛して祈る者もいる。それらの力がバスター・ベイラー砲に注ぎこまれ、そして充填が終わる。
「聞こえるかカリン! いや聞いてくれ! カリン!」
蓄えられたエネルギーが行き場を求めて暴走しかける。ソレを制御し、ブレイダーが示した座標めがけて砲を構え、そして、引き金を引く。オルレイトは、自身にできる事を全て行い、行った上で叫んだ。どうか今、この瞬間、ベベイラーと乗り手のように、心がつながっていてくれと願う様に。
「――俺たちの愛! 受け取れぇえ!」
バスター・ベイラー砲の銃口から、太陽のような輝きが放たれ、真っ直ぐ月へと昇っていく。発射後、バスターベイラー砲は砕け散り、レイダもまた吹き飛んだ。だが確かに、束ねた力は滞りなく発射された。
皆の愛が、月へと向かう。
◇
《地表からの援護? 今更何をしても》
《いや、コレでいいのさ》
マイノグーラが、コウ達が地表から何かを受け取ったのかを見る。だが、それが何なのかは皆目見当がつかない。マイノグーラ自身の足元には、すでに半壊しているガインがいた。
《アイツラが必要なものを、届けてやったんだ》
《それは。何?》
《愛さ。愛》
《―――ッ》
ガインはそれ以上言葉を発せなかった。マイノグーラが、足蹴にしたまま、ガインの体を凍らせてしまう。
《愛? 愛だって。そんなものでどうやって私を》
星喰いの大太刀を手にし、すでに自身は無敵てあると自認している。だからこそコウ達に勝てるのだと。彼女は思っている。
《そんなものがいくらあろうと、叩き潰してやる》
固まったガインを踏み台に、マイノグーラが飛び上がる。目線の先には、地表から光を受けて、しかし姿の変わっていないコウが居る。
《フン。なにも変わってないじゃない》
「―――」
《この大太刀でお前達を》
切り裂いてやる。そう意気込んだ。だが、次の瞬間、彼らの唸り声が聞こえる。
「はぁあああああ!!」
《……何? なんなの》
両手で、胸のコックピットに両手をぴったりと付ける。そしてコックピットの中にいる乗り手もまた、自身の手をコックピットにピッタリと付けている。それは、コックピット越しに、手と手を重ねていた。
「うぉおおおおおお!!」
そしてコックピットが光ると、剣の柄が、少しずつせり上がってくる。
《……まさか》
「「「はぁああああ!」」」
両手で剣を掴み、そして引き抜いていく。片刃であり、大きく、長く、分厚い。特異的なのは、黄金の肌をしたコウ達から作り上げたにも関わらず、その刀身は白と黒できっぱりと分かれている。だが、外見は重要ではない。問題は、この製造方法を、マイノグーラは知っている事。
《まさか、その刀は》
「サイクル・ファイナル・ブレード!」
そして出来上がる、通常のブレードとは比べ物にならない業物。サイクルの力が宿るそのブレードに、ふさわしい銘を与える。
「お前に銘を授ける。その銘を」
マイノグーラは、龍殺しではなく、星を喰らうとして、星喰いと名付けた。であるならば、この刀は、外なる星より来る者を断つ大太刀。星を喰らうのではなく、断ち切る剣の銘。それ故に。
「「「星断ちの大太刀!」」」
《……ふざけるなぁ!!!》
マイノグーラが叫び吠え、大太刀を振り上げる。冷気を纏ったその大太刀に切り裂かれれば、すぐに凍りついてしまう。
《星を断つだと!? お前達にできる訳が》
「「「やらいでかぁ!!!!」」」
振り下ろされた刀を、体を捻り、回転させて交わす。両者ともに、足がついてない剣戟であり、体はずっと自由に動いている。そしてカリンは、空中での剣の使い方において、この星の第一人者であり、技巧者である。
《何ぃ!?》
「はぁあああああ!!」
サイクルジェットで身体を回転させ、マイノグーラの体に斬り上げを浴びせる。本体コックピットに刃は届かなかったが、それでも、背中にあった補助腕は切り落とす事が叶う。
《馬鹿な!?》
「コレで、ようやく戦える!」
コウ達の体に炎が灯る。その炎は、コウのリ・サイクルの炎ではない。地上から受け取った愛が、七色となって炎に灯る。
《大太刀ができたからといって!》
マイノグーラが突撃してくる。さきほどより速く鋭い一撃で、躱す事のできない。だからこそコウ達は、真正面から鍔競り合いに。大太刀同士が莫大な力と共に押し付け合いとなり、両者の力がぶつかり合う。
《何だ? お前達も命を捧げて力としたのか》
「ちがう! 捧げたんじゃない!」
そして、コウ達は初めて、鍔競り合いで、今までのように拮抗ではなく、ついに優位に立つ。ガチガチと音がなりながら、確実にマイノグーラを追い込んでいく。
《捧げずに、こんな力が手に入るはずが》
「違うわ! 皆が私達の為に、力を貸してくれた! 助けてくれた!」
《貸してくれた? 助けてくれた?》
「そして、愛してくれた!」
《愛ぃ!?》
そして、マイノグーラの姿勢を崩すほどの力で弾き飛ばした。マイノグーラが月面へと落ちていく。やがて、さらなるクレーターが出来上がりる。
《そんな事で、なぜこんな》
ゆっくりとマイノグーラが立ち上がる。一撃で、全身に細かいヒビが入っていた、今までどんな攻撃を受けても些細な傷しかつかなかった彼女に対して、明確なダメージが入る。コウ達は、静かに降り立ち、星断ちの大太刀を大上段で構えた。
「この力を……貴女はもう、知っているはずよ」
《こんな力を? そんなはずない。だって愛なんて、知らない》
「いえ、受け取っていたはずよ。きっとあの人から」
《あの人? 一体それは……》
誰、といいかけて、すぐに思い当たった。マイノグーラにとっては、もうその人しか思い出せなかった。
《……セブン?》
「貴女は感じた事がない? 私達から感じる力と、同じものを」
《そんな、光輝くようなもの、何も……何も……》
かつて、感情がまだ芽生えていなかった彼女であれば、本当に何も知らなかっただろう。知ろうとしなかっただろう。だが彼女は、怒りという感情を手に入れた。手に入れてしまっていた。
「怒りのように、熱く激しい物じゃない。嬉しくて優しくて、それでいて温かなものを、かつて貴女は見た事があるはず」
《嬉しくて、優しくて、暖かなもの? そんなもの》
無い。と言い切れるはずだった。だが、セブンと再会した時、そして、セブンとティンダロスの中で、ほんの僅かな間だけ、共に居た時間が、彼女の中で突然吹き上がる。
《まって、まってよ。じゃぁ。じゃぁあの人が、龍の攻撃を受けたのは、ただ私に、その命を捧げたからじゃなくって》
「……愛していたからよ、きっと」
同じ立場で、同じ場面になっていなら、カリンもまた、セブンと同じ事をしたかもしてない。そう言いきれた。だからこそセブンは、その身が燃え尽きようとも、龍の雷をその身に受けたのだと。
《私は、セブンに、愛されていた?》
「ええ、きっとそう」
すべては。愛するマイノグーラの為に。
《愛しされていると、嬉しい?》
「ええ。嬉しいわ」
《愛しされていると、暖かい?》
「ええ。暖かいわ」
《愛しさていると……ひとりじゃない?》
いままで、マイノグーラがこんなに言葉を投げかけてくる事はなかった。そのひとつひとつの問いの合間に、どこかすすり泣く声が混じり始めている。そして最後の問いにカリンが静かに答えた。
「ええ。だってひとりでは、愛せないから」
《そんな、そんな……》
マイノグーラが、すすり泣いている。感情を得た上で初めての涙に、マイノグーラ自身が戸惑っている。戸惑いの上で、沸き立つ疑問が止まらない。
《じゃぁ、私を、愛してくれる人は、一体、どこにいるの?》
「それは……分からないわ」
《そんな、あれが、アレがそんなものだったなんて》
そして、すすり泣きは、声を伴う泣き声に変わる。まるで駄々をこねる子供のようで。
《そんなの知らなかった! 知らなかったのに!》
「……」
《なんで!? セブンがいないなら、他のセブンがいればいいんじゃないの!? 他の人が私を愛してくれればいいんじゃないの!?》
「……それは、他の人が与えてくれる愛よ。セブンの愛とは違う」
《だって、それじゃぁ》
目を腫らしながらカリンを見る。涙をぬぐう事もしない。拭うという行為に思い当たっていないのだ。そして、最後の、決定的な問いがなげられる
《それじゃあ、セブンの暖かさは、もう無い?》
「ええ。だって」
他の人が、マイノグーラを愛する事があるかもしれない。だが、マイノグーラが欲しているのは、セブン・ディザスターが与えた愛だ。その愛は、もう永久に彼女の物にならない。なぜならば。
「―――セブンとは、もう会えないもの」
《………》
それは、決定的な別離。もう今生では、二度と出会う事はない。
「ねぇマイノグーラ。もうやめましょう。貴女にも悲しいという感情があるのなら、これ以上は」
《―――けるな》
感情を知った、愛を知った。であるならば、これ以上戦う必要はないかもしれないと、カリンはわずかに考えた。もう十分戦ったはずだと。
だが、マイノグーラは違った。
《ふざけるな。なんで、どうして私には無くて、お前達にはあるんだ》
「……」
《最初はお前達が、セブンから私を奪ったんじゃないか! セブンは私を愛していたのに、セブンから私を引き離した!》
「……」
《いまやっとわかった! あの時間がそれだけのものだったのか! あの日々がどれだけのものだったのか! でも、私にはもうあの時間は永遠に訪れない! ああ! もうお前達を喰らうのなんかやめて、時を止めてしまえばよかったのに!》
「……マイノグーラ」
悲嘆と怒りに震えるマイノグーラは、泣き腫らした顔でカリン達を睨みつける。そこには、愛を失った獣がいた。
《もう、お前達の愛を奪ってでも、私は新しい愛を手に入れる! セブンの愛が無いのなら、その代わりにもっとたくさんの愛を!》
「……」
《セブンが居なくなったのは、お前達のせいだ! お前たちのせいだから!》
エクトーが、大太刀を大上段に構える。彼女が大太刀を用いて放つ最大の攻撃、その前兆。
《お前達の愛を、寄越せぇえええええ!!!》
真っ直ぐ突っ込んでくる。ひとたび放たれれば、回避されようとも、その余波で凍てついてしまう。
「コウ。エクトー。これで終わりにするわ」
「おまかせあれ」
「しょうがないわね」
受ける事も叶わない。であるならば。彼女が取る手は一つ。
大太刀に手をかざし、その刃を別のもので覆い隠す。刃渡りが長いため、完全に覆い隠すことはないが、切っ先は隠れている。作り上げたのは、長い長い大太刀用の鞘。
刀を納め、腰に溜める。炎が鞘の中で逆巻いていく、七色の炎が、白黒の刀剣に乗り、鞘によってため込まれより強く、大きく、気高く燃え上がっていく。
「アブソリュート・ゼロッ、スラァアアシュ!」
マイノグーラの刀剣に冷気が纏われていく。触れる物全てを凍らせる、生きとし生けるものを停止させうる力が、コウ達の命を刈り取らんとする。
間合いは同じ大太刀であれば五角。力でいえば、片手で振るう分コウ達がわずかに不利と言える。だが
「真っ向」
「一文字」
鞘走りを用いた加速と、サイクルジェットの加速。なにより、溢れんばかりの炎を身にため込んだ事での破壊力。それらの相乗効果を乗せた返しであるならば。力だけ勝っていても意味は無し。そして繰り出したるは星断つ剣。
「「「大」」」」
「「「星」」」」
「「「斬」」」」
真一文字に鞘から繰り出された一撃が、マイノグーラの一撃と交わる。
返しが、そのまま本体にではなく、武器に命中する。それはすなわり返しとしては失敗を意味している。 これは、彼らの想定以上に、マイノグーラの剣戟が速かった事に起因している。
《勝った!》
真正面。真っ向からの一撃同士。大太刀でのカチ合いで、マイノグーラは勝利を確信した。そもそも力で圧されたとはいえ、今はマイノグーラ自身が加速している。対してコウは静止状態からの抜刀。荷重の乗りがマイノグーラの方が圧倒的に優位。
《こいつらさえいなければあとは―――》
鍔競りですらない。一刀でもって叩き伏せんとしたとき、手応えに違和感があった。
《(なぜ推せない? なぜ進まない?)》
いくら力んでも進まない。むしろ、相手の圧力の方が強まっている。相手は、踏み込んだ以上の事はしていない。右手で左腰にあった刀を引き抜いた。ただそれだけの動作で起こりうる力としては、完全に異常だった。
《(なんだ? 愛はこんな事さえできるのか?)》
それでもマイノグーラは目の前の現象に否を突き付ける。七色の炎は確かにコウの力を増してはいるが、それでも先ほどはわずかに負けただけで、ここまで完全に力の差がでる事はなかった。
《なぜこんな……!?》
その時、愛してくれたセブンの言葉が急に浮かび上がった。
【私が危惧しているのは、白いベイラーが、君と同じように、本質が異なる場合なんだ】
《……どうして? どうして今、セブンのこんな言葉を思い出すの?》
周りにある冷気が、コウ達の炎にあおられ。急速に消えていく。
《まさか、白いベイラーの力は、その本質は》
マイノグーラの力は、停止の力。停止しているのは、本来、時である。それが、この星の理解度の為に、著しく別のものへと変化している。まるで物体が凍っているように見えていた。その本質を、セブンはほんの少しだけ理解し、最後にはつかってみせるようなことさえした。飛び込んでくる物体の時間を停止させることさえしてみせたのだ。その、マイノグーラのもつ時を止める力に、コウの力は拮抗していた。
《私の力が、押しのけられていく!? 時が止まっていない!? コレは、―――加速している!?》
星喰いの大太刀と星断ちの大太刀がぶつかり合っている。そして、星喰いの刃に、星断ちの刃が食い込んでいる。鍔競り合いが起こっていないのではない。そもそも競ってなどいないのだ。
《やつらの時間が、加速している!?》
緑の炎が七色の炎となり、時間の凍結がほどけていく。拮抗していた力がくずれ、そして、進んだ時が止まった時を打ち砕いていく。コウ達の周り、空間に映る光が横に伸びていく。
「もっとだ!」
「「もっと!!」」
「「「もっと煌めけぇえええええ!」」」
黄金の肌と同じように星の瞬きが伴い、大太刀が光輝く。コウと、カリンと、エクトーの声が重なり、そして、星喰いの大太刀は、星断ちの大太刀によって、その銘の如く断ち切られる。加速の炎に焼かれ、斬り分けられた体はそのまま炎上し、墜落していった。
そして、加速した刀は、いともたやすくマイノグーラのコックピットへとたどり着き、そして真っ二つに両断していった。バックリと斬り別れたマイノグーラ・ディザスター。そして、両断すべく振るった相手は、マイノグーラだけではない。
七色の炎はさらに伸び、マイノグーラを切り裂いた勢いのままで、そのまま背後で佇む門を捉える。【果ての戦場】とこの星を繋ぐ、マイノグーラが作りだした門を、加速した刻の中で切り裂いてく。
「今よぉ! 斬りさけぇえ!」
「「ズェアアアアアアア!」」
エクトーの掛け声に、ふたりの裂帛の気合が乗り、門を大太刀が捉える。宇宙の距離感のせいで感覚が狂うが、衛星ひとつはあろうかという大きさをしていた門を、マイノグーラと同じように真っ二つに切り裂いていく。開きかけた門が崩れ去り、やがてゆっくりと崩壊していく。中から聞こえてくる獣の叫び声が、崩壊した門に潰された声への変わっていく。
「……」
カリンは残身しつつ。墜落していったマイノグーラを見た。炎が燃え移り、再生もできないのか、上半身と下半身に分かたれた体が、時折ぴくぴく動いているものの、そのうち動かなくなった。
やがて、器としてのマイノグーラ・ディザスターも。その乗り手としてのマイノグーラも、炎に焼かれ、灰となって消えていった。
戦場のわずらわしさが、消え去り、月面に本来あるべき静寂が戻った。その静寂をやぶったのは、他でもない、コウだった。
「……カリン」
「え?ああ」
「こういう時、やる事があるだろう?」
「……そ、そうね。じゃぁ」
敵を倒した高揚感は無かった。ただ、とてつもない徒労感がカリンの体を支配している。その徒労感をねじ伏せ、新たに出来上がった大太刀を天にかかげる。
「……我々の」
様々な、様々な戦いが駆け巡る。単なる剣と剣の戦い以外でも、生存の為の戦いもあった。それらすべてがどれも厳しく、辛く、険しいものばかり。だが、その全ては、この瞬間にたどり着く為に。
「我々の、勝利だ!!!」
カリンは声高らかに勝利を宣言した。今この時、この星の、そして人の勝利であると。この宣言は当然、母星であるガミネストにも伝わり、月面にも、その喜びの声が伝わった。
ここまでくるのにずいぶんかかった気がします。
物語はまもなく終点へと向かいます。もう少しだけ、お付き合いお願いいたします。




