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ベイラーと星喰らいの大太刀


 白銀の肌に七本の剣。黄金の肌に一本の太刀。月面での両者は、なんの策も無く、真正面から切り結んでいる。


「(右、左、上と見せかけてのフェイント)」


 剣が振るわれるたび、月面には刀傷が増え続けている、ただの余波であり、コウ達には傷ひとつ無いが、全ての一撃が、こちらの命を終わらせるだけの威力と速さを持っている、緊張と焦りで身体が硬くなりそうなものだが、今のカリンは、自分でも驚くほど自然体で戦っている。カリンの右手にはコウの手が添えられ、カリンの左手にはエクトーの手が添えられている。ふたりの体は実体が薄く、向こう側がすけてしまいそうな仮初の体にみえるが、その実、たしかな熱がある。その熱が、カリンに相手の手を読む静かな冷静さと相手を打ちのめす激しい闘志、相容れない二つの物を支えていた。


「(突き、横薙ぎッ)」


 カリンはそれぞれの剣戟に完璧に対応し、そして崩せる機会をうかがっている。マイノグーラの一撃を、時には刃で、時には柄で、時には、その手を強引に掴んで止めていた。共に月面にやってきたガインも助太刀に入ろうとした。だが、コウ達と、マイノグーラの戦いは、すでにガインとは次元が異なっている。


《……駄目だ。入り込めねぇ》


 飛び込んでいく事も考えたが、マイノグーラの一撃によって体が両断される未来しか見えていない。それだけならばまだ良い方で、加勢した事でカリン達の攻勢を邪魔してしまう可能性すらあった。


《もっと上に。皆さまが見えません》

《っと悪い》


 同時に、ここに居るのはガインだけではなかった。小脇に抱えていたブレイダーの頭部を、両手で盃を掲げるように持ち上げる。


《視界良好》

《これで地上にいる連中にみえてるんだな?》

《肯定。貴方がいなければ当機は中継が不可能でした。感謝を》

《へいへい。あんたの事もあとで治してやるよ》

 

 ふたりの戦いは、タイムラグこそあるものの、地上にいる人々は、固唾を飲んでコウ達の戦いを見ていた。


《……勝て、コウ》


 ガインには、もはやできる事が無いと落ち込んでいる暇はなかった。この戦いを見届ける事が、今の彼にできる最大限の仕事であった。


《(七本の剣でも引きはがせない。認めなければ)》


 コウ達を、そしてガミネストを亡き者にせんとするマイノグーラは、現状に驚いていた。セブンと同じ七本の剣で、コウ達を圧倒せんとしていたが、実際には、無手の状態て戦っていた時と同じように、その力は拮抗し続けている。技巧による速さと、剣圧を生み出すの単純な力。


《(剣術だけならば、相手の方が強い)》


 淡々と、事実を飲み込んでいく。新しい姿のコウの力は、剣術だけに絞れば

その力はマイノグーラを凌駕している。


「真っ向!」

「唐竹ぇ!」

《―――!?》

 

 一瞬、思考が鈍った。ほんの僅かな思考のブレを、あろうことかコウ達は認知し、隙として剣戟を叩き込まんとする。七本の剣全てを、ただの一刀で弾き飛ばし、大上段に剣が構えられる。黄金の肌から吹き上がる炎が、剣を包む。


「「「大切斬!!」」」

《(二本で防御し、残りで本体を……いや、コレは)》


 振り下ろされた一撃を防ぐべく、マイノグーラは七本の剣すべてを用いて防御する。そうでなければ、胴体を両断される恐れがあった。より正確には、そうしなければならないと、マイノグーラは判断した。そしてその判断は、おおむね正しかった。七本の剣が、一本の剣を受けとめる。マイノグーラの体は沈み、足元がめり込んでいく。徐々に、七本の剣全てが砕けていく。


「もっとだ、もっと」

「もっと!」

「もっと!」


 カリンと、コウと、エクトーの声が響く。


「「「もっと煌めけぇえええ!」」」


 炎がさらに猛り、マイノグーラの体を斬り裂かんと突き進む。


《……七本でなければすでに切り裂かれていた。コレは》


 僅かだが、確かにマイノグーラは、相手を恐れた。相手は、こちらの命を絶つ事のできるほどの力を手に入れたのだと。


 つばぜり合いというにはあまりに激しい交差。その隙間を縫うように、マイノグーラは目線を相手のコックピットに合わせる。


《セブン、あなたの剣戟と私の力をあわせましょう》


 相手が力を合わせたのなら、こちらも合わせて戦うのだと。もっとも、すでにセブンはいない。故にあるのは、記憶にある剣術。その剣術と、己の力を組み合わせるしかない。


《アブソリュート・レイ》

「ッツ!」


 鍔競り合いしている超接近戦で、マイノグーラの眼が怪しく輝く。命中すれば氷結するあの攻撃を、この瞬間に発射されれば、避ける事はできない。


「めんどくさい事をぉ!」


 エクトーが咄嗟に左腕をコックピットの前にかざす。そして、放たれた光線が目論見どおり左腕に命中する。コウ達は技を中断し、即座に距離を取る。


「エクトー! 切り落として!」

「せっかく近寄れたのに」

「コウ! ブレードは!?」

「今のでぼろぼろだ! 作りなおす!」


 命中してしまった左腕はすでに氷結が始まっており、全身に巡る前に、先に左腕だけ切り落とす。切り落とした先も腕も、瞬く間に再生していく。


「戦法が変わった?」

「来るぞ!……え、来る!?」


 ブレードを作り直しながら、マイノグーラを見ると、彼女はまた離れた距離を詰めるように迫ってくる。


「遠距離戦をさせたいんじゃないのか!?」

「いや、コレってもしかして」


 コウは、マイノグーラの攻撃方法であれば、自分達を懐にいれるよりも、遠距離でこちらを狙う打つものだと誤認していた。実際にブレードを握るまではそうしていたのだから仕方ない。だが、エクトーは相手が何をしてくるのか、おおよそ理解していた。


「気張んなさいよ二人とも。相手もなりふり構わず来るわ」

「え、ええ!」

《……サイクルブレード!》


 マイノグーラもまたブレードを作り直し、コウに斬りかかる。右から左へ抜ける一刀を用いての横薙ぎ。


「これなら!」


 征く手を遮るように、カリンが横薙ぎを止める。ここまでは先ほどまでの剣戟の焼き増しだった。だが次の手が異なる。


《アブソリュートォ》

「こ、これは!?」

《マグナム!》

 

 剣を持っていない手で拳を作り、ソレを飛ばす。拳は貫通力と破壊力を増す為に回転している。先ほどと同じように左腕を犠牲にしてとめられるような、そんな生ぬるい物ではない。


「させるかぁ!」


 シールドを作る時間さえ惜しみ、エクトーが左手で拳に殴りかかる。


「だぁああああ!」


 回転により、指から、手のひら、手首までが一度破壊されていく。だが、その破壊される速度が、再生する速度を上回る。やがて、マイノグーラの拳そのものにダメージがいき、ひび割れ、そして弾け飛んでいく。弾けた拳は、何事も無かったようにマイノグーラに戻っていく。


《アブソリュート》

「まだ来る!?」


 おもわず身構えると、もう一度拳が打ち出される。だが、その数が問題だった。今度は左手だけと言わず、右手もブレードも握ったまま、背中に生えた補助腕さえも飛ばしてくる。合計七つの拳。


《マグナム!!》

「うぉおおあ!?」


 単純に腕の数が足りず、補助腕の分、攻撃をうけてしまう。通常の腕より細く小さい為に、威力は本来より落ちてはいた。だがそもそもの威力が必殺の域であり、黄金の体を削り取るだけのパワーがある。一撃、また一撃と体が削られる。


《マグナム! マグナム! マグナァアアム!》


 顔面を三度、右手と左手、補助腕でコウ達の顔を殴り抜ける。それでも頬が欠ける程度で済んでいるものの、しかしコックピットにいるカリンへの衝撃は大きい。


「そう何度もやられるかぁ!!」


 エクトーが吠える。アブソリュート・マグナムを前に、左手をかざした。


「その力も奪ってやる!! サイクル・ディ・サイクル!」


 左手に赤黒い血のような炎が猛る。マグナムの一撃を受け止めると、その勢いは急速に失われた。


「これで―――」

「アブソリュートッ」

「エクトー! まだ来る!」

「クソ! 間に合わない!」


 再びマグナムを奪おうとするも、赤い炎がその拳を捉えるより先に、顔面へとめり込む。

 

「マグナム!」


 顔面を正確に捉えられ、コウ達は地面へと無様に転がり落ちる。


「コイツ、戦い方が変わった!?」

「コウ! 再生を」

《やはりそうか》


 すぐに立ち上がろうとした時、再生中に背中にマイノグーラが取り付き、二対四枚の翼のうち、ひとつを掴みかかる。


《再生し続けるには、わずかな時間がいるようだ》

「(こいつ!?)」

《それに、飛ばれても、面倒だ》


 コウ達を足蹴にし、踏み潰しながら、背中の翼が、ミシミシと音を立てて背中から剥がされていく。炎は常時コウ達を包んでいるが、再生するのに必死に燃え盛っているようだった。


《再生が追い付かないほど、破壊しつづけてやろう》


 補助腕さえ用いてもう一枚の翼も剥がし取る。黄金の肌が、さらに辺りにまき散らされていく。それはさながら血痕であった。


「舐めるなぁ!!」


 足に備わったサイクル・ジェットが点火し、掴まれた状態で突き進む。まだ翼が完全に再生しきっていない為、空へと逃れる事はできなかった。足元の出力だけで、なんとかマイノグーラをクレーターでできた壁へと押し付ける。


 その際、五本ある補助腕のうち二本が衝撃で叩き折れた。


「なんとか、ブレードを作る隙を」

《させない!!》


 五つになった腕で、コウ達を殴りつける。同時に、殴りながらもアブソリュート・レイを適宜発射し、コウ達の行動における選択肢を狭めていく。


「(だ、駄目だ、武器をつくっている暇がない!)」

「〈一か所再生している間に、他のどこかが壊される!〉」


 黄金の肌が欠け、宙にまう。だが、ただ欠けているだけにとどまらない。


「このぉおお!」


 カリンの怒号と共に、マイノグーラの顔面に拳がクリーンヒットする。その顔面は歪み、バイザー状の顔が欠けた。


 黄金の肌に比べれば微々たる量だが、宙を舞う欠片の中には、確かに銀色の肌も混じっている。コウ達のマイノグーラの、強度の差の為である。


「〈まだ、まだ戦える)」


 黄金の体は、常にどこかが燃え盛っているような状態だった。それはまるで自らの体に火をかけているような焼身体であるものの、炎が燃え終わる頃には、体は再生している。だが、黄金の体になってなお、マイノグーラに決定打を打ち込めないでいる。コウにとっては、ようやく戦いの場に着けたような感覚があった。


「カリン! エクトー! まだいけるよな!」

「当然よ!」

「誰に向かって言ってんのよ」

《……忌々しい》


 マイノグーラが、今までの攻勢が嘘のように、一瞬動きを止めた。その隙にコウ達も武器を作ろうとしたが、次に続く言葉でその体が固まる。


《やはり、アレを作る他ないようね》

「……アレ?」

《お前達を倒す為の武器を》


 胸元にその手を添える。ヒビが入り、肌も焦げた体から、ゆっくりとサイクルが回っていく。そして、胸元から、剣の柄が現れる。


「ただのサイクル・ブレード?」

 

 エクトーは鼻で笑った。エクトーが生み出す武器はただの剣にしかみえず、それも一本だけである。補助腕のいくつかが欠損している為とはいえ、本数を用意しないのが不思議であった。

 

《こんな物は作る必要がなかった。こんなものは、かつての私には必要なかった。セブンと共にあの星にいられると、どこかで思っていたから……でも、もういらない。私には、何もいらない》


 そして、その本数の少なさと、たった一本の剣である事に、コウの脳裏に嫌な予感がよぎる。


「まって。()()()?」


 本来、サイクル・ブレードは切っ先から作り上げる。なぜなら、剣先を後にした場合、体から折り取った際に、せっかく鋭利に作ったとしてもささくれがおこってしまうからである


「なんだ? ただの剣じゃない」

《さぁティンダロスの猟犬よ。眷属たちよ。私の可愛い可愛い子供たち。その命を私に頂戴。すべては、そうすべては》


 銀色の肌が、少しずつ、淡く輝く。


《奴らを滅ぼす為に》


 やがて、柄ができあがり、刃が伸びていく。その大きさは、マイノグーラ・ディザスターと同じほど。その剣の分類を、コウ達は知っている。


《この武器は、そうね。お前達の言葉であれば》


 作り上げられた刃は、結晶のように透き通っている。波紋だけが、細く薄く走っている。そして何より、その波紋はわずかに動いている。マイノグーラは。この武器の名を改めて呼んだ。

 

()()()()()()()

「……なん、ですってぇ」


 龍殺しの大太刀を、マイノグーラは作って見せた。


「嘘いってんじゃないわよ!」

「(でも、もし嘘じゃないとすれば)」


 エクトーは吐き捨てるが、コウは確かにみていた。その波紋の動きは、コウが持っていた龍殺しの大太刀にも、時折現れる特徴であった。


《だが、もっといい名がある》


 大太刀を振り上げ、大上段で構えるマイノグーラ。その構えは、今まで七本の剣で構えていた時とはまるで別のもの。一刀である為に単純である。


星喰らい(ほしぐらい)の大太刀》


 作り上げられた大太刀は、マイノグーラが作り出した、そして、コウがずっと手にいれなければと思っていた剣だった。


「お前が、どうして」

《あの大太刀は、ベイラーが命を懸けてつくった。なら、私が猟犬たちの命を、眷属の命をすべて懸けて作れない道理はない》

「……ふざけるな! そんな事が」

《何を言うの》


 コウの言葉など一切胸に響いていない。逆に、飄々とマイノグーラは答えた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な、にぃ?」

〈こちらは、もう子供たちがいなくなってしまった》


 飄々と、そして淡々とマイノグーラは続ける。猟犬がいなくなった事はどうやら事実のようで、その声色は、僅かによどんでいる。


《だがそれでいい。お前達を、倒せるのなら》

「(命を、賭けて、武器を)」


 大太刀の作り方。ソレがマイノグーラからもたらされるとは思わず、一瞬考えに耽ってしまう。


「(なら、俺達が大太刀を作るには……誰かの命が居るのか)」

「(だから、かつてその身を犠牲にして大太刀を作った。そうする必要があったから……なんてことなの)」

「カリン! コウ! 何やってんの! 早く武器を!」

「あ、ああ!」


 大急ぎでブレードを作り上げる。できる限り長く、出来る限り分厚く、しかし、敵の持つ武器がその名の通りだとしたら、どれだけ頑丈であろうと意味はない。それでも、作らなければ終わってしまう。


「「「サイクル・ブレード!」」」


 作り上げたブレードは、三層に重なった、この戦いが始まって一番硬く重いブレード。長さも、申し分ない。だが。


《お前達は言っていたな。()()()と。なら》


 マイノグーラがつぶやくと、全身のサイクルが急激に回転していく。回転の激しさは、関節の白熱化により目にみえて明らかな形となる。


《その煌めきを消してやろう》


 そして、マイノグーラの前進から、これまでにない冷気が吹き上がり、月面が凍っていく。ただ凍るのではなく、その表面に氷山に見まがうような分厚い氷の塊さえできている。コウは即座にサイクル・リ・サイクルで拮抗を計るが、どうしても相手の方が凍らせる速度が速い。理由は、やはりあの太刀にあった。


「やっぱり、アレは俺たちが使っていたのと同じ!」

《失せろ煌めき。消えろ命よ》


 マイノグーラが飛び上がる。龍殺し、もとい、星喰いの大太刀には、サイクルがある。それ故に、使い手が使うサイクルの力を、より大きく強く発現させる。コウが今まで、何度もその力に助けられている。そして今は、その力を威力を思い知る。大太刀に宿った冷気が、まるで柱のように伸びていく。ただでさえ刃渡りのある大太刀がさらに大きく、長くなる。


 そして、その技の名が呼ばれた。


《アブソリュート・ゼロ・スラッシュ!》


 冷気を帯びた剣が、コウを真正面に捉えて振り下ろされた。刃に触れた空気は凍り、その場で固まっている。命中すれば、切り裂かれるより先に体が凍ってしまうかもしれない。もしくは、凍った上で切り裂かれるかもしれない。


 得体は知れないが結果は見えていた。であるならばと、コウ達も、己のもつ力で対抗せんとする。


「真っ向唐竹ぇ!」

「「「大炎斬!」」」


 燃え盛る炎を身に纏い、そしてブレードに乗せて振るう。真っ向同士、つばぜり合いが起きた。凍った空気がコウの炎に触れて元に戻る。元に戻ろうとする空気がまたマイノグーラの冷気を受けて凍る。その繰り返しで、あたりに破裂音にも似た火花が起き続ける。


「もっとだ、もっと」

「「「もっと煌めけぇええええ!」」」


 炎が猛り、全身が燃える。コウとエクトー、そしてカリンの全力である。その一撃を受けてなお、マイノグーラは退かない。


《あの人のいない、こんな世界で》


 炎が猛るより、より強く、大きく。マイノグーラから冷気が吹き上がる。その大きさも、強さも、太さも、何もかも、コウ達を凌駕している。それらは、マイノグーラの嘆きが呼応しての事だった。


《こんな宇宙で》


 大上段の剣が鍔競りっている。打ち勝つには推し切るか、引くかしなければならない。だが、引いた時点で刃は体に食い込む。であるならば必然推し斬っらねばならない。コウは、エクトーと共になった事で、マイノグーラ・ディザスターに比類する力を得た。マイノグーラは、大太刀を使い、かつ感情を得た彼女は、明確に怒りを示している。そして、怒りが力になる事は、かつてエクトーが証明している。感情の爆発はそれだけのエネルギーを生む。それが、大太刀というサイクルを持った太刀であるならば。


《何が煌めくものかぁあああああ!》


 ブレードの刃が、大太刀に侵食されていく。鍔競りは、ぎりぎりで成立しているが、どうひいき目に見てもマイノグーラの側が優勢である。


「推し負けるッ!」

「(技巧でもなんでもない。なにより)」


 カリンは状況を冷静に分析していた。マイノグーラが持つ大太刀の性能は、たしかに以前自分達が使っていた物と同様。そして、マイノグーラは力そのものは、わずかにコウ達より上なのである。サイクル・リ・サイクルの再生能力があるとはいえ、相手は、その再生よりも早い速度でこちらを打ち壊す事ができる。そして打ち壊してきた時でさえ、まだ大太刀はなかった。


「大太刀を得たマイノグーラであれば……あるいは」


 本当に、こちらの再生力が追い付かないかもしれない。その予感があった。事実、目の前で作り上げたブレードが壊れた。


 そして黄金の肌に、大太刀が食い込む。バックリと大きな傷が残り、コウ達は自動的に後ろの下がらざるおえなくなる。


「ここまで、しても、勝てない」


 コウ達の、心にとってである。エクトーとコウがひとつとなり、カリンと共に戦ってもなお、まだ届かない。


《一撃で終わらない。忌々しいけど、そうでなければ》


 大太刀を切り払い、こびり付いた黄金の肌を落とすマイノグーラ。冷気はすでに月面を覆いつつある。


《お前達はとても強く成った。セブンが認めていたように。私に一撃でやられるようなら、あの時、セブンは自分を犠牲にする事はなかったのだから》

「(……やはり、こちらも、大太刀を作らないと)」


 勝機はただひとつ。こちらも、マイノグーラと同じ大太刀を作ればいい。だが、マイノグーラは眷属を使っていた。こちらには、三つの命しかない。


「勝てない、のか」

「……コウ」


 誰かが犠牲になる。だが誰一人欠けても、今の状態を維持できない。コウもカリンも、僅かに考えに陰りができた。先ほどのマイノグーラの一撃は、体にはまだ致命傷を負わせていなかった。だが、コウとカリンの心に、確かに致命傷を負わせていた。


 だが、ここにはもうひとりいる。

 

「何?諦めんの」

「……だが、これは」

「手段よ、手段さえあれば」

「うっさい。サイクル・ディ・サイクル」


 コウが何か言おうとしたその時、突然エクトーが左手でコックピットを覆う。そしてその手から、真っ赤な炎が静かに流れ込む。その炎は、コウとカリンへと降り注ぐ。


「何するんだ!?」

「そうよ! 急にいきなり」

「奪ったのよ」

「……何を」


 コウが疑問系で返すより先に、頭の中にあった陰りが、いつの間にか綺麗さっぱりなくなっているのに気が付いた。それはカリンも同じなのか、二人して目を見開いている。


「エクトー、貴女が奪ったのって」

()()よ! こんなとこでへばってんじゃないわよ」


 彼女はいけしゃぁしゃぁとそういった。事実、どうすれば勝てるのか分からないというのに、不思議と戦意が無くならない。デタラメだと一蹴するのは容易いが、彼らの心持ちは楽になった。


「は、はは。なんだソレ。そんな事までできんのか」

「もう訳がわからないわね」

「いや、お前達のがもっと訳わからなかったからな!?」

「そうだったか?……そうかも」

「ほらサッサと立て! マイノグーラが来る!」


 エクトーに促され、コウは立ち上がる。コックピットに傷が残るものの、まだ戦えない訳ではない。そして、立ち上がったコウを見て、エクトーは思わず声を漏らした。


《やはり立つのね》

「ああ。立ってやったさ」

《なら、何度でも切り刻んでやるわ》


 大太刀が構えられる。もう一度、先ほどの一撃が来るかもしれない。


「やるだけやるしか―――」


 コウ達がブレードをもう一度作ろうとした時。彼らの頭上から声が聞こえてきた。それは自分達が寄せ植えした際にも聞こえてきた、地上にいた仲間たちの声。グレート・ブレイダーの未完成品が、頭上でスピーカーのように音を出している。


「そうだ、見てくれているんだった。ならみっともない真似は」

「――――!――――!!」

「……なんだ? なんか言ってる?」


 それは、応援の声にしてはずいぶんと荒々しい。とてもではないが、誰かを奮い立たせようとしている声ではなかった。それはむしろ、絶対にその耳に届かせるという怒号の集まり。怒鳴り声が多すぎて声がガサガサで聞こえてくる。そしてその言葉をやっと耳に届いた時、コウは思わず母星を振り向いた。


「――()()()()()() ()()()()()()()()

「愛ぃいいいい!?」

「今の声、黒騎士!?」

「は? 受け取れってどうやって」


 三人と突如ぶち込まれた謎の言葉。受けとれといっても何を受け取ればいいのかわからない。愛などという実体のないものをどうやって。


《邪魔をするな。アブソリュート・レイ》


 聞こえてきたブレイダーの頭部を打ち壊す。成す術なく砕け散り、氷となって霧散していった。


《いまさら何をしようと……》


 ブレイダーを壊し改めてコウに向き直ると、今まで気にもとめていなかった緑のベイラーが、コウ達に手を振っていた。


《こっちだコウ!》

「ガイン!」

《座標を言っている暇がない! 俺がそこまで投げ飛ばす!》

「座標!?」

「投げ飛ばすって」


 何もかも説明が不足していた。しかし、説明をしている時間がないのは、マイノグーラがこちらに向かってきている事で納得していた。


《俺を、そして、あいつらを信じてくれ!》

「……分かったわ。行くわよコウ! エクトー!」

「お、おまかせあれ」

「仕方ないけどあとで説明しなさいよ!?」


 コウ達はブレードを投げ捨て、ガインに駆け寄る。ガインはすでにコウをいずこかへと投げ飛ばさんと準備していた。片手ではあるものの、月面の重力では、ベイラーを投げ飛ばす分には問題ない。


 コウはガインの片手に足をかける。


《行ってこいお前達!》


 ガインの言葉に三人が頷き、そしてそのまま頭上へと投げ飛ばされる。推力さえ使わずとも、月面であれば簡単に上昇できる。やがて、コウ達がそうだったように、月面に落ちる時と同じ景色が目の前に広がっていく。暗闇の中で唯一蒼く輝く母星。


「ガインは、何を」

「あいつらって……みんなに何かあったのか」

「また応援じゃないの?」


 三者三様の感想であった。だが、母星からきたる光。それはどこまでもまっすぐ、強く、大きい。光は、まるで流星のようで。コウ達へと向かってきている。ガインの言っていた座標とはつまり、アレがここにくる場所の事を指していた。


「あんだあれ!?」

「攻撃!?」

「いや、さっきのやつは愛がどうこうって……」


 三人が顔を見合わせる。そして、ほんの僅か。一秒よりもずっと短い時間で、三人が三人とも同じ答えにたどり着いた。 


「まさか!?」


 ガインは言っていた。受け取れと。


「コウ! エクトー!」

「「やってみせる!」」


 両手を広げ、その流星を、彼らは受け入れた。それは、攻撃ではなかった、とても強く、美しく、そして、暖かかった。

 

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