サイクル・ディ・サイクル
わずかに時は遡る。コウとエクトーがその身を一つにしてなお、その力の有様が現れていない頃。炎が全身を覆い、その姿がまだ定まっていない。
「声が、聞こえる」
カリンは、いつの間にか落ちてしまった意識を、声によって取り戻す。
「みんなの、声が」
体は、すでに感覚を言語化するのが難しい。肌は再生と破壊を繰り返し、もはや自分に痛覚があるのかさえ確かめる事ができない。燃え盛るふたつの色をした炎が、相棒と、相棒の元怨敵が放っているのはわかっている。
「どうして、みんなの、声が」
燃え盛る炎の中、それでもかすかに聞こえてくる。母星に残した仲間たちの声が、この月まで届いている。なぜ聞こえてくるのか。どうして聞こえてくるのか。カリンにはまったく理解できない。即座に、都合のいい幻聴ではないかと疑った。だが、聞こえてくる言葉は、すべて自分ではなく、母星にいる仲間から聞こえてくる。コレは決して、幻聴でも、都合のいい幻でもない。
「コウ、そこに、居るわね」
《ああ! いる! でも》
相棒が応える。彼もまた、炎の奔流にあらがっていた。激しすぎる力が、全身を駆け回り、この身を弾け飛ばそうとしているのを、コウは必死に耐えていた。この力を制御できなければ、わざわざエクトーと共になった意味がない。
「エクトー、私の声が聞こえて?」
《聞こえてる、けど!》
それは、エクトーも同じ。カリンと、コウと、エクトーは、それぞれ意思がさななり、そして、掛け合わされたあふれ出る力をその身に宿していく。
だが、重なっているのは、力だけではなかった。
《エクトーの、記憶か!?》
《コレは、コウの記憶!?》
コウは、エクトーがひたすら奪われ続けた体験を。エクトーは、ただ、コウが過ごした温かな体験を。
《なんだよコレ! なんなんだよこれぇ!?》
《暖かい。こんなに、優しい。そうか、あんたはコレがあったから……》
コウはエクトーの、エクトーはコウの記憶がそれぞれ流れ込んでいく。己が本来持つ記憶と、外から与えられた記憶が混ざり、意識が飲み込まれてしまいそうになる。与えられた体験はあまりに現実味を帯びている。当然である。それは両者にとっての体験であるからして、図鑑を読んで分かった気己と他者を区別しきる事ができない。
《君は、ずっとコレをされてきたのか!》
《ずっと、ずっとこれがいい……私こっちがいい》
コウの悩みはコウだけにしか分からなかったかもしれない。だが、そもそもエクトーには、その悩む暇さえなかった。そんな彼女からしてみれば、コウの体験はあまりに暖かい。逆にコウは、ひたすら奪われ続ける体験に、ひたすらに悶え苦しんでいた。記憶の混濁により、お互いの境目が無くなる。そして、力は無造作で無軌道に暴れ出す。制御などできる状態でなくなった。
だが、その二人にも、しっかりと声が聞こえた。
《……声?》
《何、この声、どこから?》
「コウ。エクトー! 皆がみてくれているわ!」
カリンが最後に呼びかけ、意識が鮮明に区切られていく。
《お、俺だ、俺のままだ》
《あーあ……あーあ! 戻っちゃったなぁ!!》
コウは、ただ己に戻れた事に安堵し。エクトーは、その体に戻った事を、ひどく悲嘆していた。
《……エクトー》
《何? もしかして同情してくれる?》
《……》
《可哀想でしょ。私》
《……》
《何か言いなさいよ》
《君の境遇は、確かに、酷い。むごいさ。でも》
コウは、ひたすら言葉を探した。彼は今まで、今の記憶を知らずに彼女を糾弾していた。そして、この記憶を知った上でなお、彼は、彼女をやはり糾弾する。
《それでも、君が他の人を蔑ろにしていい理由じゃない》
《フン……そんなこったろうと思ったわ》
《同情もしない。それこそ君を貶める行為だ》
《……あっそう!》
《だから……こうして一緒に戦ってくれて、俺は、嬉しい》
《あんたはいいわよね。あの星から、あんなに声が届く》
声は、ふたりに確かに届いていた。コウ達は、声の主を知っている者がいる。だが、エクトーは違っていた。
《私の知らない人だけだもの。コレも報いってやつでしょうね》
「いえ、そんな事ないわ」
《何よ? 慰め? 今更そんなものいらな―――》
声は、いまだ彼等に聞こえている。たくさんの声援。だがその声援の中にひとつ、とても弱々しい声が混ざっている。女の声であり、どこか怪我でもしているのか、声を張り上げる事ができていない。
《嘘、あの子》
エクトーはそれでも気が付いた。
「がんばれ、アイちゃん」
未だ、エクトーの事をアイと呼ぶその声は、かつての乗り手の奥方。正規の身分を持たない奴隷の身であった、
「アイちゃんに会ってほしい子もいるの。だから、がんばって」
《は、ハハハ、何よあの子、ちゃっかり助かってるじゃない》
気の抜けた笑いが、エクトーからにじみ出る。
《壊れかけた私に飛び込んできて、無理くり治させたあの子……生きてたのね……しょうがない子》
《エクトー……》
《居たのね、私にも。あの星に》
《ああ。ああ! そうだよエクトー! ケーシィだよ! あれはケーシィ・アドモントの声だ!》
《ったく……》
《君に合わせたい子がいるって言ってる! 他にもいるんだよ!》
《で、この星にマイノグーラがいたら、それもできないって事ね》
「エクトー。力を貸してくれる?」
《……はぁー》
大きな、大きなため息をつく。そして、彼女は叫んだ。
《仕方ないわねぇ!!》
力の奔流が、ベイラーとしての形を保つのさえ難しくさせる。溢れる力とは別に、より体の内側へと潜り込み、体の内へ無理やり侵入してくる、別の流れもある。二つの流れが、彼等の体中に流れているた。
《こらぁ! 今更逃がす訳ないでしょう!》
外に膨れようとする力を、エクトーは強引に抑え込む。
《こんな所にとどまらせるもんかぁ!》
内に流れ込んでくる力を、コウが受け流し、全身に巡らせる。。
二つの流れを、二人が制御する。
「コウ、エクトー、ここにいるのは、貴方たちだけじゃない!」
そして聞こえてくる、カリンと、母星からの声援の声。その声が、二人をさらなる段階へと突き進ませる。
「がんばれ! がんばれえええ!!」
母星からの声援が、仲間たちの声が、三人に確かに届いた時。コウとエクトー、二人をさらなる段階へと突き進ませる。
《うぉおおおおおおお!》
《はぁあああああああ!》
コウの肌から黄金が溶け出し、そして肌へと転写されていく。
◇
《姫さま! 成功したのか!》
「……ええ。これが、エクシード・ドラゴン」
気が付けば、ガインを守るように、マイノグーラの前に立っていた。そしてコウとエクトー、二人の体は一体となっている。コウの四肢に、エクトーの翼がついた、まったく新しい姿。その色は、星の瞬きにも負けない黄金の輝き。
「竜より、ずっと派手で、目立つわね」
「ええ。そうね」
「ほんとう……にぃ!?」
ふと、カリンが顔を横に向ける。するとそこには、見覚えのない顔がある。長い髪をした女性。体は半透明で、足は透けていた。
「え!? 誰なの!?」
「は? 誰って……は?何コレ」
女も、また自分の状態は見た事がなかったようで、慌てて全身をくまなく観察している。体のラインは裸体だが、そもそも人間の肉体がある訳では無い。
「体がある!? 浮いてる!? 透けてるぅうう!?」
「まって、その声は」
「彼女がエクトーだ。カリン」
声の主に心当たりが出来た頃。反対側に、聞き覚えのある声と、見覚えのある顔がそこにあった。
「コウ?」
「ああ。……俺も、こんな感じに」
「ど、どういう事?」
コウもエクトーも、ベイラーとしての声ではなく、人間が持つ肉声としての声で発声している。だが、実体があるといえばそうでもなく、カリンが触れようとしても、その体を通り抜ける。その顔は、コウの生前のものであった。
「コウ。貴方の顔、久々に見たわね」
「俺、こんな顔だったなそう言えば」
「エクトー、貴女、そんな顔だったのね」
「こんな顔……思い出したくもないわ」
「……カリン、君のからだ!?」
「え?」
コウ達の異変で頭が一杯になっていたが、カリンの体にも変化が起きていた。つぶれていたはずの右目と左手がそれぞれ元に戻っている。だが、単に体が戻ったのではなく、今のコウやエクトーと同じように、僅かに透けている。
「補いあってる、って事かしら」
「ああ。きっとそうだ。」
なんにせよ、戦うのに不都合はなくなった。ふと、宙に浮いているコウ達をみて、カリンがつぶやく。
「あら、コウの方が背は小さいのね」
「何それ」
「嘘!? うわ!?ホントだ……嘘だろ……ショックだ……」
コウが思わずエクトーと自分を見比べる。確かに身長でいえば生身のエクトーの方が大きい。同時に、透けている体のシルエットが、カリンの首を傾げさせる。
「エクトー、貴女、すっごくスタイル良くない?」
「は? あんたが言うと嫌味でしかないんだけど」
「え、嫌味?」
「ハハ。デカ」
「―――うるさい!!」
「(女性からみても大きいんだ……)」
コウは、第三者視点からのカリンの体付きの言及に思わず感心した。自分の推察と実感は間違っていなかったのだと安堵する。すると、カリンは急にコウに向き直り宣言した。
「コウ エクトーの方見ちゃ駄目!」
「……カリン」
コウが突然カリンの頬に触れる。コウから触る分には、今の体は接触が可能であった。
「俺がエクトーをそういう目でみていると思ってる?」
「……ちょっと」
「馬鹿じゃないのあんた」
「何よエクトー!」
激昂するカリンをよそに、エクトーはすました顔で続ける。
「一応援護してあげる。あたしをそういう目で見た奴はゴマンといたけど、コイツは最初から違ったから、言ってる事は本当よ」
「……エクトー、君は」
「変なもの見せた詫びよ」
お互いの記憶を覗き、そして体感した。エクトーはコウの、コウはエクトーの記憶を。その上で、コウは、エクトーをそういう目で見なかった。その事実で、エクトーにとってのコウの存在は、今まで出会った仲でも上位に位置している。
「カリン。こいつの事、信用してやりなさいよ」
「え、ええ」
「さて、あいつをぶっ飛ばしてやるわよ」
コウがカリンの右側に、エクトーがカリンの左側に立つ。
《竜と同等の力を得たとでもいうのか》
月面でゆっくりとむかってくるマイノグーラ。白銀の肌がぎらりと輝いている。対して、コウ達もまた、その黄金の肌が瞬いている。
「試してみる?」
《ベイラーが合わさった所で》
マイノグーラが、無造作に拳を振るう。その拳めがけ、コウ達もまた拳を振るう。黄金と白銀がぶつかり合う。それだけで、月の地面が大いに揺れ動く。ガインが吹き飛ばされないようにしがみつくのが精いっぱいだった。
《確かに、力は増している。一撃も重い》
マイノグーラは淡々と敵を分析する。そしてすぐに結論付けた。
《でもまだ足りない》
「―――ッツ!」
打ち合わさった拳、その片方、黄金が溶けていく。威力も強度も、マイノグーラの方が上手だった。黄金が、まるで血のように滴り落ちる。
《結局私が滅ぼす事は変わらな……》
拳を砕き、そのまま胴体へと向かおうとするとき、抵抗が一際大きくなる。みれば、その拳が、即座に再生している。
《(再生? いや、再生は前もしていた。だがコレは)》
拳を、そして全身をみる。未だ彼らから、炎はあがっていない。つまり、特別何かを行っているわけではない。だというのに、拳は砕く前の状態にまで瞬時に戻り、そしてマイノグーラを押し返していく。
《再生速度が、速くなっている?》
「うぉおおおお!」
コウが叫び声を上げる。やがて、再生しきった黄金の拳が白銀の拳を弾き飛ばし、マイノグーラの顔面を殴り抜ける。マイノグーラは、黄金の肌を観察しつづけ、ひとつの気づきを得る。
《砕けていない? 溶けた? なんだ? 何をしたぁ!》
左の拳で相手の腕を殴り込む。黄金ごと腕をへし折り、あたりに不快な音が響く。だが、へし折られた次の瞬間には、腕は元通りに戻りはじめている。
《サイクル・リ・サイクルというやつか。だがコレは》
「まだまだぁ!!」
エクトーが吠え、右足で敵の足を蹴り込む。対してエクトーもまた、右足で蹴りを入れる。一度目の交差では、黄金が溶け解ける。だが、やはり次の瞬間には、溶け解けた黄金は元にもどり、より強く輝いている。
《瞬時に、無限に、完全に再生するというのか!?》
「商人の王が言っていた! 金は、鉄よりも重く柔らかい!」
《重く、柔らかい》
「そして俺は知っている! 柔らかいっていうのは、決して砕けない!」
《決して、砕けない》
「「はぁあああああ!」」
エクトーが胴体へと横蹴りをいれ、マイノグーラを弾き飛ばす。後方へ大きく吹き飛ばされたマイノグーラは、そのまま壁面へとぶつかり盛大な土煙をあげて、月面に新たなクレーターが作り上げた。そしてコウ達は、ゴールドドラゴンとなった力のほどをようやく理解し始める。
「(性質はゴールデンベイラーの時に似てる。違うのは、俺達の場合は、基礎のベイラーとしての部分がずっと丈夫な上、金の比率もずっと軽い。体そのものの柔軟性も欠いてないし、重さで自壊する事もない。加えて)」
「(コウの力がずっと使われている。ただでさえ壊れにくい体に、それでも壊れたとしてもすぐに治る)」
常時、タイムラグ無しで、サイクル・リ・サイクルが自動で使用されている。だが、本来サイクル・リ・サイクルでも、痛みは発生し。そして使い過ぎれば、睡魔に襲われてしまう。しかしカリンは、痛みはおろか、今までの眠気さえ一気に無くなっていた。そして、その理由も心当たりがあった。
「……二人が、やってくれているのね?」
「ああ。痛みも、代償も俺が」
「私達が、よ」
「ああそうだ。俺達がなんとかできてる。君の目や、腕のように……きっと、俺一人だったから、今までできなかったんだ。でも今は、エクトーがいる」
コウがエクトーと共になった事で、その力の代償を変えられた。
「わかったわ。二人とも。このまま、畳みかける!」
「お任せあれ!」
「しょうがないわねぇ!」
ゴールドドラゴンがマイノグーラへと迫る。壁に激突した相手にさらに追撃せんと間合いを詰めようとするも、土煙の中から二つの拳が飛んでくる。ふたつとも回転が加わっており、命中すれば貫通するだけでなく、吹き飛ばされる懸念もある。
「コウ! エクトー!」
「「サイクル・シールド!」」
腰を据えて生み出した、黄金のシールドがふたつの拳を阻む。回転していた拳を前に、わずかに傾斜を用いる事で、軌道を意図的にずらす。直撃を避けた上で、貫通も防いだ。
軌道が逸れた鉄拳は、しゅるしゅると元の位置へ戻っていく。
《単純な硬度もあがっているというのか》
土煙の中から現れたマイノグーラ。その頭部はわずかに欠けていた。今まで致命傷はおろか傷をつけるのさえ難しかった。
「休む暇を与えないで! コウ! エクトー!」
「「よし!」」
《力も、硬さもあがった》
武器を作る時間すら惜しい。敵がまだこちらの全容を把握していない間に畳みかけ勝利を掴む。さもなければ、今までのように対応されてしまう。加えて、自分達でさえ、今のこの体がどこまでできるのか分かっていない。どんな力がこの体にあるのかさえ分からないのだ。
《なら次は速度をみてやる》
距離を詰められそうになったマイノグーラは、とにかく離れる事を選んだ。足元に氷の結晶が、まるで据えられたように広がると、その体が浮遊し、加速していく。以前、ケイオス・ベイラーが飛行していた方法と同じだった。
「エクトー! 君の翼を使う!」
「やってみなさいよ!」
「「サイクル・ウィング!」」
背中にあるジェットを点火しようとした時。黄金の体に異変が起きた。エクトーの一対の翼であったものが、その姿を二対に変えた。コウの時にあった翼は、あくまで飛行用の、航空機の翼のようであったが、エクトーの翼は、推進器が内臓されたもの。それが、二つから四つに増えている。コウの翼の枚数に、、エクトーの翼の枚数が追いついた形となる。
そして、その翼を広げた姿は、まるであの龍のようで。
「「「とべぇええええ!」」」
サイクルジェットが点火し、黄金の体が浮遊する。コウの時にもあったふくらはぎのサイクルジェットも据え置きであり、体中から点火したサイクルジェットの炎が奔っている。その炎は蒼く伸び、黄金の体を、敵へと向かわせる。
加速と最高速度は、コウの時よりも早い。だがそれよりも。
「(体に負荷がかからない! これなら)」
乗り手のカリンに、一切の負荷がかかっていない。今まで、コウと共に空中戦闘しようものなら、胃の中といわず、口の中といい、体中そこかしこを痛めつけていたが、それらの負荷が一切ない。
「これなら、できなかった事ができる!」
「感動してないで追いつくわよ!」
エクトーが釘をさし、さらに最高速度を更新していく。マイノグーラに追いつくと、彼女もまた、この速度についてきたことに驚いていた。
《人を乗せて、この速度に追いつく?》
「やっと君がどうやって飛んでいるのか分かったぞッ!」
空で並びたつと、マイノグーラから生み出された結晶に掴みかかる。
「君は、前の空間だけを凍らせて、相対的に前に進んでいる」
《……そこまで理解できるのか》
「だから、コイツを」
「壊せばいいってこと、ねッ!」
前方の空間だけを止める事で、その空間を進んだ分、より早く前に行くという結果を得られる。それが、マイノグーラが飛行できていた理由であった。推力そのものは、凍結した空間の広さに由来していた。これもまた、星の守護者たるエクトーと共になった事で、コウがたどり着いた知見であった。
エクトーの声と共に、黄金の体で結晶体に掴みかかる。この結晶体こそ、前方の空間を凍らせている元凶であった。エクトーは掴むと同時に、指を結晶に食い込ませる。バキバキとヒビが入るものの、それでもマイノグーラの速度は落ちない。
《フン、そんな簡単に壊せるものか》
「なら、奪ってやる」
《……何?》
「見せてやる! コレが私の力!」
そう叫ぶと、掴み掛かった指から爪が生えていく。それはまるで、エクトーの時に生えていたカギ爪のように、長く、鋭く、そして尖っている。そして、エクトーはその力を解放する。
「サイクル・ディ・サイクル!」
《……ディ・サイクル?》
瞬間、黄金の体、その指先から、赤い炎が迸る。コウとは違う、まがまがしいほどの黒く赤い炎。通常の炎よりも、ずっと赤く、それは血の色をしていた。
《何を……》
マイノグーラは振り落とそうとした時、ソレを見た。指先から溢れる赤い炎が、作り上げた結晶を、内側から、まるで侵食するかのように伸びていくのを。そして、その炎が結晶を侵食していくと同時に、どんどん飛行する為の力が弱くなっていくのを。
《砕いている? いやこれは……まさか》
コウのサイクル・リ・サイクルは、体を再生させていた。サイクル本来の力を引き出し力を与える。それは他のベイラーにも同様。コウは、力を与える事ができる。
《(こいつは、怒り、憎しみから選びだされた者。そして、奪う事に執着していた乗り手……まさか)》
コウと対極の位置にいたエクトー。もしコウが他者に与える力をもっているのであれば、その力もまた対極にあると考えるのが妥当であった。そして与える力の対極。それは毎回、彼女が声高らかに言っていた。
《強奪! 奪う力か!》
「ご名答! でももう遅い!」
力の真価にたどり着くも、結晶の力をすでに奪われ、そのままマイノグーラは地表へと落下していく。
《くッ》
制動を行いながら、やがて、ひときわ大きいクレーターの内側へと落下していった。両足を削られながら、制動をしていく。
《そうか……遠距離からの攻撃をしたくとも、今の奴らでは接近を容易く許してしまう。それほど速い》
ガリガチと地表に痕を残しながら着地する。そして、マイノグーラは、追いかけてくるコウ達を見た。
龍と同じ、二対四枚の翼。両手に備えた龍のような爪。龍のように長い尾。サイズだけでいえば、当然龍にはかなわない。だが。
《力は、かなり近い》
マイノグーラがいいようにやられている。それはすなわち、龍のもつ星の敵に対する影響力。それを、目の前にいる黄金のベイラーは持っている事を示している。
《だが、それでも》
上を見あげる。勝利条件は、未だ変更はない。門は拓かれつつある。時間稼ぎは、着実になされている。
《勝つのは、私と、セブンと同じこの体だ》
補助腕をさらに展開する。二本だったものを、五本へと増やす。その姿は、彼女が愛した男の駆るベイラーと同じ。
両手を合わせ、七本の腕。背中の五本の腕が、五角を描いている。雪の結晶にも似た、五角を背負い、白銀のマイノグーラは立つ。
対するのは、二対四枚の翼をもつ、黄金のベイラー。
遠距離での戦いでは埒が明かないと、両者は悟った。であるならば。
《サイクル・ブレード》
「「「サイクル・ブレード!」」」
マイノグーラは七本の剣を。コウ達は、一本の太刀を。それぞれ構えた。
果ての戦場が繋がる門が開くまであとわずか。
決着まで、あとわずか。




