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ベイラーと灰の肌


《お前達だけで、何をしようというの》

「さぁね! 当ててみなさいよ!」


 マイノグーラに斬りかかるカリンとコウ。ブレードの強度が足らないのは百も承知の上で接近戦を挑む。どちらにしろ、遠距離ではコウ達が手数の上で圧倒的に不利であり、接近戦をせざる終えない。


《ああ。時間稼ぎか。それもいい。こちらも望む所だ》


 マイノグーラが両手から氷の結晶でできた簡易的な剣を生み出す。剣というより、つららにも似た物で、とても切味があるとは思えない。しかしコウ達の剣戟を受けても、その結晶は折れる事なく、一撃、また一撃を防いで見せる。


「(本当にデタラメな強度と剛性!)」

《(こっちはもう駄目だってのに!)》


 二回、よくて三回切り結んだ時点で、コウ達の作り上げたブレードは根本から壊れてしまい、使い物にならなくなる。それがベイラーとしては正常であり、いまさら嘆く暇もない。だが、作り直す事事態が隙になってしまい、カリンはその隙を如何に消すかに苦心していた。


《これで四本目》

「数える余裕があるのね」

《お前達だけならば他愛ない》


 マイノグーラは、のらりくらりと剣戟をやり過ごし続ける。頭上には門がほんのわずかに、だが確実に開いていく。マイノグーラの言う通り、時間稼ぎは彼女もまた望む所。時間を掛ければ掛けるほど、コウ達の勝利は遠のいてしまう。かとって、コウが勝利の決定打を握っている訳でもない。


《(まだエクトーは治らないか)》


 現状で唯一、マイノグーラに有効打を与えたエクトーの一撃。その一撃を、今度は確実にマイノグーラに与えなければならない。


《(そのためには……やっぱり)》


 コウの頭に思い描いているのは、つまるところ、自分の体を犠牲にするものだ。羽交い絞めでもなんでも、とにかくマイノグーラにとりついて、エクトーに攻撃を当ててもらわなければならない。


《(エクトーなら、躊躇なくやってくれる)》


 仲間を犠牲にして敵を討つ。本来であれば攻撃を戸惑う所であるが、相手はあのエクトーである。彼女はコウに浅からぬ因縁を持ち、何より、コウ自身になんら好意に寄った感情を持ち合わせていない。一切の手加減も躊躇も容赦もなく、この体ごと、マイノグーラを吹き飛ばしてくれる。


「……コウ」

《気にするな。君まで巻き添えになる事はないんだ》


 ここで問題になるのは、中にいるカリンである。マイノグーラごと破壊する攻撃を至近距離で受けてしまえば、いくらコックピットの中ににるカリンも無事ではない。故に、攻撃の瞬間、コウはコックピットからカリンを脱出させる心づもりでいた。一瞬の別離に、カリンが何も思わない訳もない。だが、ふたり揃って共倒れこそ、一番あってはならない事でもある。


《戻ってサイクル・リ・サイクルを使ってくれればいい》

「……それが、一番いいものね」

《ああ。そうさ》

「なら、そうするわ」


 カリンは完全に納得してはない。だが、コウの掲示した方法が、最も理にかっており、それ以外の方法も、それ以上の方法も自身で思いつけなかった。故に、しぶしぶ納得している。そして頭上を見あげ、いまだうめき声だけが聞こえる不気味な門を前に、決意を新たにする。


「コウ! 一撃が駄目なら連撃を!」

《お任せあれ!》


 ブレードを構え、最大限に力を込めてではなく、連撃の速度を高める為、あえて炎は細く小さく走らせる。


《ならば》


 対するマイノグーラは、手数で勝つ為に、背中の補助腕も活用してくる。背中にある二本の腕と、両腕、合計四本の剣がコウを襲う。


《セブンと似たような事をッ》


 一本の剣で四本の剣を抑えるのは、物理的に難しい。同時攻撃されようものなら、それこそ一瞬でカタが着いてしまう。カリンは、己が今まで戦ってきた中で、この状況を打破できる術が無いかを逡巡する。すると、直近で、自身も使用できる術に思い当たる。


「なら、こっちはお義兄様の真似をしてやるわ!」

《お義兄様?……ってあれか!》


 コウが右手に剣を持ち、左手を空けた後、二人でその武器の名を呼ぶ。


「《サイクル・ソードブレイカー!》」


 剣より切味は無く、しかし剣よりは頑強で、小さく取り回しのいいナイフのような外見をした武器が作り上げられる。


「そんな物で何ができる」


 マイノグーラは、新たな武器ごとカリン達を叩き斬らんと剣を振るった。だが、カリンの目論見通り、その剣筋を横から噛ませるように、ソードブレイカーを滑り込ませる。


 ガチガチと不快な音を立てて、剣閃が中途半端な位置で一瞬だけ止まる。その一瞬を、コウは逃さない。


「何?」

《ズェアアア!》


 止まった瞬間、マイノグーラの手首目掛け、右の剣を振り下ろす。その手を両断する事は叶わなかったが、確かに傷を与え、マイノグーラの手はぷらぷらと力なく垂れ下がる、同時に、その手に握られた剣が落ちた。


「ひとつ!」

「何を、した?」

「さぁね!」

「もう一度やってみせろ!」


 マイノグーラは何が起こったのかを理解すべく再び斬りかかる。カリンは目を見開き、ひたすらマイノグーラの剣閃が何処から来るのかを予期している。


「(お義兄様、こんな事をあんな涼しい顔でよくもやる)」


 剣を読み、対応する事、それ事態は、ある程度武術を嗜んだ者であれば容易い。相手の動きを読み、最も効果的な手を選び繰り出す。上級者同士の戦いともなれば、あえて読ませて行動を狭ませる事で先手を取る『後の先』等も、戦術として有用である。


 カリンのやっているのは、逝ってしまえば義兄であるライの真似である。だが、ライの場合、ただ剣を読んで防御しているのではない、ただ防ぐだけならばわざわざ盾ではなくソードブレイカーを使う意味がない。ソードブレイカーは、相手に噛ませに行くことができ、その上で、刃としても使える稀有な武器である。盾だけでも、剣だけでもできない事が、ソードブレイカーにはできる。だが、その扱いは、カリンの思った以上の難易度だった。


「(相手がもっと剣が上手ければ、きっとできなかった)」


 マイノグーラの剣術は、素人ではないが、上級者とも言えない。剣を扱える、というレべルの物。もっとも、扱う得物の切れ味が規格外だからこそ、その腕前でも全く持って油断ならない相手となっている。


「(いや今でも結構ぎりぎり!)」


 マイノグーラの剣が横薙ぎに来る。それを、最大の威力になる半歩前にソードブレイカーを差し込み、勢いを殺す。


《「今!」》


 コウとカリンの声が重なり、その剣は再びマイノグーラの手を捉える。ばっくりと取れた手首から剣が落ち、マイノグーラはついに間合いから遠ざかった。剣で戦う以上、間合いの外にいれば意味はない。


「なるほど。これは、技術ね」

「剣術、と言うの」

「剣術。そういえば、セブンもずいぶん上手かった」

「そうね。きっと最高峰の一人だったわ」


 カリンの本心だった。その思想は相容れない物だったとしても、その剣術、体術は、カリンの出会った武芸者の中でも随一であった。その本心が、マイノグーラは面白くないのか、僅かに口調が荒くなる。


「お前が知る必要はなかった」

「そう?」

「セブンの事は、私だけ知っていればよかったのに」


 マイノグーラが剣を放り捨て、距離を取る。コウは意地でも間合いの離されないように駆け出していた。ブレードも、ソードブレイカーも刷新し、兎にも角にも遠距離での攻撃をされないように立ち回る。


「でも、分かった事もある」

《なんだ》

「お前達にはコレをする技術は無い」


 僅かに離れた距離。その距離のまま、マイノグーラは、片腕を無造作にコウへと向けた。次の瞬間、片腕、肘から先が飛び出し、コウの喉元に掴みかかった。切り裂かれた手首は拳としては機能しなかったものの、コウは前進を阻まれた形で、僅かに加速が鈍る。


《クソ、拳飛ばすやつかッ》

「でも威力が弱い? まさか、コレは牽制?」

「コレは殴る以外にも使える。そしてお前は、今、足を緩めた」


 そして、加速を鈍らせるのが目的だった。再び腕を元の場所に戻した後、マイノグーラは高らかに宣言する。


《お前達の技術ではたどり着けない領域を見せてやろう》

《(なんだ? 何をする気だ?)》


 距離を話された事で警戒心が強くでるコウ。そしてその警戒通り、マイノグーラに変化が起きた。マイノグーラ・ディザスターの全身が、いつかのように淡く光っていく。両こぶしを再生させると共に、マイノグーラ・ディザスターの両目と、コックピットの光が強く大きくなる。


 どれも、彼女が今まで駆使してきた技の前兆だった。だが違うのは、その前兆が、すべて同じタイミングで聞こえ、見えている事。これから、何が起こるか、何をしようとしているのか。コウは、カリンは理解し、戦慄した。


「まさかッ!?」

《カリン! サイクル・リ・サイクル全開!》

《もう遅い!》


 そしてついに、マイノグーラ・ディザスターが持つ全ての攻撃方法が、同時に実施される。


 命中すればその体を端から凍らせる、アブソリュート・レイ。


 命中するまで止まらない鉄拳、アブソリュート・ファントム。


 そしてコックピットからは、莫大なエネルギーであるサイクル・ノヴァ。

 

 本来、ベイラーにどれか一つでも命中すれば行動不能となるような破壊力をもったそれらの技が、マイノグーラから同時に行われる。それはもはや、戦艦の砲撃といっていい。そしてそれは、とてもシンプルな技名が付けられていた。全ての攻撃。それすなわち。


《アブソリュート・ジ・オール!!》


 月面を削りながら進む光線と二つの拳がコウに飛んでいく。コウが咄嗟にサイクル・リ・サイクルで、体を凍らせるアブソリュート・レイだけは何としても回避せんとした。緑の炎が、淡い光線を遮る。


 だが、それ以外の攻撃は、成す術もない。


 命中するまで止まらない、アブソリュート・ファントム。だがコレは、回数に制限が無かった。コウの顎を、胴体を、両手を、両足を、まるで食らいつく獣のように、何度も何度も殴り抜ける。そして殴られるたびに、カリンの意識は何度も何度も遠のき、そして殴られる事で覚醒した。


 そして、トドメと言わんばかりに、サイクル・ノヴァが二人の体を焼かんとする。コレも、アブソリュート・レイのように光線のようであったが、実体としては熱線であり、光線よりもより実体のある攻撃であった。


 サイクル・ノヴァはやすやすとコウの緑の炎を食い破り、その体に風穴を空けんとする。コックピットだけは何とが守護しなければと、コウは半ば本能的に右腕を胴体にもってきた。それはコックピットを抱えるような姿であり、少なくとも中にいるカリンを守る為であった。


 そして、すでに意識を何度も刈り取られ続けたコウとカリンに来るのは、その腕を、文字通り焼け溶かさんとする激痛。焼き鏝を押し付ける、ではなく、焼き鏝で肉を貫かんとしてくるような攻撃であった。


 そしてカリンは、コウが受けるダメージを、痛覚として共有している。この時のカリンは、己の生涯で最も大きな悲鳴を上げた。コウでさえ、聞いた事の無い彼女の悲鳴であった。今まで、散々斬られ、殴られ、叩かれた事はあっても、ほぼ一瞬の痛みであった。だが、これは、時間にして一分以上続いた。


 一分、コウはそれらの衝撃と破壊力に晒された。


 一分、カリンは与えられる痛みに晒された。


 そうして、サイクル・ノヴァがため込まれたエネルギーを放出し終えた後、マイノグーラの攻撃は一旦の収束を迎えた。何度も何度も殴りぬいていた拳は、コウの肌を削った削りカスが、ギチギチに詰まっている。その詰まり様は、指の関節を動かす事さえできないほどであった。 


 そしてマイノグーラは、悠々と標的を見た。


《……驚いた。まだ形を保っているのね》

 

 そこには、白いはずの肌が焼け焦げ、チリチリと全身から煙を上げているコウの姿であった。全身はひび割れと凹みが、バイザー状の目は、その半分が機能していないのか、その光が半分失われている。


《……アブソリュート・ファントム》


 そしてマイノグーラは、再び、無慈悲に拳を飛ばす。命中する刹那に、後ろから緑のベイラーが躍り出る。


《月流し!!!》


 飛ばされた拳が両脇に弾け飛び、コウに当たる事だけは無かった。


《……ただのベイラーが私に楯突くのね》

《ただのベイラーで悪かったな。コウ! 大丈夫か!?》


 ガインが肩を叩く。アブソリュート・ファントムを防いだものの、コウは返事をしない。それどころか、ガインが肩を叩いたその時、コウの身体は力なく倒れてしまった。


《……お、おい!? コウ!?》

《なんだ。形を保っている()()だったのね》


 ガインは改めてコウの全身を見る。全身に傷の無い場所はなく、顔面と右手が一番損傷がひどい物だった。


《(だ、だがコレは)》


 しかし、コウの身体は、ただ傷付けられただけで終わっていなかった。全身焼けていると思われた肌は、その端から緑の炎がわずかながら灯っている。その炎が、本当に少しずつコウの身体を治している。


《意識もないのに、サイクルが動いてる?》

《……さて、次は》


 マイノグーラはすでにコウについては興味を失っていた。動けなくなった ベイラーに用はない。代わりに、彼女にとって最も重要な標的を探す。

 

《どこかしら。黒いベイラー》

《ここにいるわよクソ野郎!》


 頭上から聞こえる声にマイノグーラが上を見あげると、そこには、頭だけになったエクトーが居た。紅い髪をなびかせ、けらけらとマイノグーラを嘲笑っている。


 同時に、視線を上にあげた瞬間に、視覚から二つ、光線が奔る。マイノグーラは補助腕でシールドを作り上げ、ソレらに対応した。


《―――白いのとは別の技術ね》

《(クソ、死角からでも対応するのねコイツッ!)》


 シュルシュルと髪の毛を動かし、死角に配置していた両手を引き寄せる。


《妙な技術をもっているのね》

《私だけの技術ってやつよ》


 エクトーは四肢を戻し、そして右手をかざす。いつでもサイクル・ノヴァを発射できるよう、臨戦態勢を整えていた。


《なるほど。私の呼び声を担っただけの事はある》

《……は?》


 エクトーは、今まで聞いた事のない言葉をうけ疑問符を浮かべる。それは、マイノグーラも同じなのか、エクトーに対して首を傾げた。


《なんだ。知らなかったのか》

《……待ちなさいよ。呼び声って何のこと?》

《そう。セブンは話していなかったのね》

《話す? 何を》

《お前が、なぜこの世界に来たと思う?……いや》


 マイノグーラは、その指をエクトーに向ける。


()()()()()()()()()()()()()? 》

《……何故? あんたたちが、私を選んだんじゃないの》

()()()()()()


 エクトー。元の名をアイ。アイの憎しみを引き金として、セブンは、マイノグーラの復活を企てていた。それがこの帝都を、そしてこの星をめぐる戦いの発端であった。アイは、漠然と、自分は無作為に選ばれたのだと思っていた。異世界に、こんな奇妙な生態をもった体に転生するなど、何か理由があるのだと。いままで、生きてきて何も得る事のできなかった自分の、これは恩赦なのだと。だが。


《選んだ、というのは、違う》

《……どういう、意味よ》

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

《―――》


 そうでは、なかった。


《この星は、遙か昔から繋がりのある別の星がある。そこから、無作為に、定期的に、この星へと導いている》

《ま、まって、まってよ、急に、何を》

《(なんだ? 何の話をしている?)》


 ガインは、完全に蚊帳の外へと追いやられた。だが、説明を補足してやれるほど、エクトーは冷静でなかった。


《お前は、その力は特別で、選ばれた者として、そうだな、神にでも力を与えられたのだとおもっているようだな》

《……違うっていうの》

《セブンもきっと同じ事を言う。全ては、ただ私をよみがえらせる為のものなのだから》

《……》

《お前は、お前であった事になんら意味はない》

《……》

《その力はお前でなくても手に入るものだ》

《……》

《特別でもなんでもない》

《……》  

 

 エクトーの臨戦態勢が、少しずつ、解かれていく。


《誰でもよかったっていうの》

《そうだ。憎しみに染まったものならだれでも》

《……》

《故に、私はお前が星の守護者となったのが、理解ができなかった。なぜならお前が、この星を守る理由はない。お前でなくてもよかったのだから》

《……》


 無意味、無価値。それらをたたきつけられ、エクトーの戦意が萎んでいく。代わりに、マイノグーラの戦意は、高揚していた。敵の弱体化は、望むべき事である。


《だが、ここにいる以上、私の敵なのは確かだ》

《―――お前の敵は、彼女だけじゃないだろう》


 そこに、聞こえるはずのない声が聞こえ、エクトーもガインも急いで振り向いた。ゆっくりと歩いてくるその姿に驚く暇もなく、白い体が、否、焼け付いて灰がかった体が、通り過ぎる。その足元からは、コックピットから溢れているのか、本来流れ出る事のないはずの、暖かい赤い血が、ダラダラと垂れている。


 ただ歩いているだけだというのに、白いベイラーは、ガインの足を急に踏んでしまい、乗り手が謝った。


「ああ。ごめんあそばせ、ちょっと目が」

《ひめ、さま》

《あんた、その体で動けるの》

《ああ。なんとか動けるみたいだ》


 体の端々から緑の炎が、まるで木漏れ日のように弱々しく灯っている。そこに、今まであったような力強さはない。なにより。


《(右腕が無い! それに、もしや姫様は、目を)》


 ガインの検診は、的確だった。まずコウのバイザーが半分機能していない。それはすなわち、カリンの目も機能していない事に他ならない。現に、目測を誤って、ガインの足を踏んでしまっている。そして、コウの腕は、未だ砕け散ったままであり、サイクル・リ・サイクルの治療も間に合っていない。それでは、剣を両手で握れない。


《白いベイラー。いや、もう白くもないか》


 マイノグーラにとっても、コウが立ち上がったのは意外だったようで、その場に立ち尽くしている。コウの身体は、焼け焦げた黒と灰色で染まっていた。


《(なぜ、あの攻撃を受けてまだ立ち上がれる?)》


 ならば、今度は確実に消し飛ばさなければならない。どうすればその目標を達成できるか、マイノグーラは逡巡し始める。


 そしてマイノグーラが逡巡している事も知らず、エクトーは、己が胸に沸き上がった疑問を、コウに投げつけたくてたまらなくなった。


《おかしいわよあんた》

《なんだよ、エクトー》

《私は、まだいいのよ。いや、よくないけど》

《どうしたんだよ》

《あんたは違う! どうして? そもそもよ》


 指折り数えるように、エクトーはまくし立てる。


《私を助けた時も! あの孤島でも、帝都でも! あんたはずっとたたかった! なんで!?》

《なんで、って……》

《そんなに他人が大事な訳!?》

《それは……》

《他人を助ける為に戦って、そのために、あんたの胸に抱えた人が、そんな事になっても!?》

《……》


 コウが、コックピットを見やる。すでにカリンの状態は共有で把握している。それでも、その体の痛々しさは、今までみたどんな傷痕よりもひどいものであった。片腕はなく、片目も動いていない。コウの動きに精細が欠けているのも、カリンが操縦桿を片方しか持てなくなっているからである。

 

《そうね! きっとあんたは選ばれたのよ! だから戦えるんでしょう》

《……まってくれよ。何の話だ》

《あんたは、きっと特別で、あたしは別に特別でもなんでもないってそういう話でしょう》

《……》

《私は結局どこにいっても必要じゃなかった。あの世界でも、そしてここでも! 結局何もないのよ! あんたと違って》

《……別に、俺に何かあった訳じゃないよ。ずっと、がむしゃらだった》


 コウは、左手で、ふらふらとしながらもブレードを作り上げる。いまだ萎える事のない戦意に、エクトーは狼狽える。


《なら、どうして》

《……そうだなぁ》


 剣を、水平に構えた。その背には、ガミネストがある。


《俺たちは、俺たちだけで生きていけるようにできていない》

《―――!》


 エクトーは、その言葉を、かつて聴いた事があった。


《俺たちは、どうあがいても、他の命を使って生きていくんだ》

《……灰のベイラー。なら、そんな使われるだけの命をどうしてお前が守る必要がある。守るのはお前でなくてもいいだろう》


 誰でもいい。誰かでもいい。ならば守る必要はないとマイノグーラは言う。彼女の言う事は、理路整然としているように聞こえた。当然である。エクトーは、選ばれたのではなく、ただそこにいた為にこのガミネストに来た。そこに、エクトーである理由はない。ならば、彼女でなくていい。


《お前と関係のないそんな命、要らないであろう》

《《そんな命だから》》 


 コウの言葉に、重なる声がする。それは、エクトーが、まだアイであった頃、そして、まだ体を得る前に、コウがアイに言った言葉。


《《大事なんじゃないか》》


 傷だらけの体であるはずのコウに、僅かに力がたぎる。


《なんだ。あんた随分お優しいのね》

《ずっとじゃない。カリンと会えたからそうなったんだ》

《……そう》


 エクトーの萎えた戦意が戻ってくる。重要なのは、誰がやるかではないと、コウが教えてくれた。それも、ずっと前から。


《君のしつこさも大概だったよ》

《……ずっとそうじゃない。()()()に会ったからよ》

《そうか》


 コウの意思が漲る。重要なのは、決してあきらめない事。それはエクトーが見せていた。それも、ずっと前から。

 

《2人そろったところで何ができる》

《できるわよ》

「え、そうなの。初耳だけど」


 カリンが思わず口を挟んだ。何ができるのか、全く想像できていない。


《やるわよコウ。カリン》

《……いや、何を?》

《嫌だけど、もうやるしかないわ》

「だから何を!?」

《決まってるでしょう》


 エクトーが呆れつつ答える。


寄せ植え(ガッタイ)よ》 

《させると思うの?》


 マイノグーラがさせじと再び、コウを吹き飛ばした攻撃を行おうとした時。その直下に、いつの間にか緑のベイラーが現れ、拳を叩きつける。


《俺の事忘れてただろう!》

《お前に何ができる!》

《てめぇの邪魔ができるんだよぉ!》


 正拳突きが正確にマイノグーラの補助腕を捉え、その根元からひしゃげさせる。マイノグーラもブレードを作り対抗するも、それらの剣閃はすべて逸らされ、そしてその全てに返し(カウンター)を受けてしまう。そのどれも、マイノグーラにとって威力がたりず致命傷足りえないが、それでも、コウ達へ何もできないという一点において、ガインは確かに効果を発揮している。


《ただのベイラーが、なぜ!?》

《接近戦が大得意な乗り手を相棒にしてたんでなぁ!》


 ついには、マイノグーラの剣を一本弾き飛ばすまでに至る。


《コウ! エクトー! 今だ!》

「い、いくわよ! コウ! エクトー!」


 カリンが、訳も分からず、しかし、かつてのヨゾラの時の勝手を思い出しつつ。その場から駆けだす。どうしても片手での操縦の為に、動きに精細はかけてしまうが、月面の軽い重力故に事なきを得た。


《お任せあれ!》

《仕方ないわねぇ!》


 コウと、エクトーの声が響く。エクトーが体をバラバラに弾け飛ばし、コウの身体へとそれぞれ向かっていく。


《サイクル・リ・サイクル!》


 コウは、己の力を最大限高める為に、緑の炎を噴出する。その炎を見た瞬間、エクトーのサイクルから、今までにない変化が起きる。いままで、他のベイラーとは比べ物にならない出力をだしていたサイクルであったが、その力そのものは、コウ達やグレート達と違い、単純な力しかもっていなかったそのサイクルが、ここに来て新たに沸き上がる。 エクトーの体から、コウとはまた異なる、紅い炎が吹き上がる。


《これは……》


 それは、コウとカリンという、殺意や憎しみではない感情を重ねた相手が現れたからなのか、それとも別の要因か。否のエクトーには、その原因を探る時間はなかった。しかし不思議と、その力の名は、頭に思い描く事ができ、すんなりと口から出た。  


《サイクル・ディ・サイクル!》


 エクトーの口から出た言葉と同時に、コウ達が赤い炎に包まれていく。赤と緑の二色の炎が絡み合い、月に巨大な火柱が上がっていた。



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