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白銀のベイラー


 腕を掴まれ、引っ張り上げられるコウ。マイノグーラが逃亡を図り、追いかける形で、とっさにティンダロスに掴みかかった。急上昇するティンダロスに耐え切れず、腕が離れてしまったその時。緑のベイラーが彼の手を掴む。


 引っ張り上げられ、欠けたティンダロスの内側でなんとか休む。その折に、コウは、助けてくれたベイラーをまじまじと見た。


《本当にガインなのか?》

《ああ。正真正銘のガイン様さ》


 ゲレーンで住まうベイラー特有の緑色。ほつれかけながらも、その肩にしっかりと巻かれた白い布。そして、欠けた右腕。どれも、あの時、コウ達を守る為にアイを引きはがしたガインであった。


「ガイン。よく無事で。今までどこに?」

《目が覚めたら、海のど真ん中にある島の上でした》

「島?」

《島っていっても、誰も住んでいない無人島。助けを呼ぼうにもボロボロでなんにもできなくて、まぁこの腕だ。泳げもしないし、療養のつもりでゆっくりしてた。そしたら、あの海賊の野郎たちがきて!》

《そうか、サマナのレイミール海賊団か》

《で、拾われたのはいいものの、合流は時間が掛かっちまって》

「でも、よかった。本当によかった」

《(……まてよ。待て待て)》


 カリンは無邪気にガインの無事を喜んでいる中、コウは、すでにかく事のない汗が背中を伝うようだった。この場にいるのはコウとカリン、ガインであるが、もう一人、マイノグーラを追いかけにきている者がいる。


《ガイン。その、言いにくい事が》

《だっしゃぁああ!!》


 言いかけた直後。彼等が休息している場所に、命からがら黒い肌のベイラーが飛び込んでくる。爪を食い込ませ、強引にここまで上がってきていた。肩で息をするようにして(実際は息をしていないのだから、コレは彼女の人間だった頃の癖と言える)のっしのっしコウの元にやってくる。


《吹き飛ばされると思ったわ……ほら、爪壊れたから、治して》

《え、エクトー、その君は今は来ないほうが》

《は? なんでよ―――》


 エクトーは初めて、コウの隣にいるベイラーをまじまじと見た、


《へぇ。ただのベイラーがよくここ……に……》

《―――よう》


 エクトーは、初めて自分の記憶力を呪った。ここに居るベイラーが何者で、自分に何をしたか。忘れている訳がなかった。このベイラーのせいで自分は砂漠の遥か彼方にいかざるおえなくなり、長い間治療に専念せざるおえなくなった。だがそれはあくまでこちらの話。あの緑のベイラーは、乗り手が最後の力を振り絞って、エクトーを拘束していた。何より、乗り手を殺害したのは、エクトーのかつての相棒である。


《あ、あんたは!?》

《久しぶりだな》

《ッハ! 私を殺しにきたわけ!?》


 エクトーは、相手が報復に来たのだと結論づける。そうされるほどの事を、相棒である乗り手、パームと共に、今までしてきた自覚もある。だが、何も今のタイミングでなくてもいいじゃないかと、愚痴を吐き出したくなった。ここは敵地で、しかも上昇中。宇宙に向かっている事だけは確かだが、そもそも大気圏を突破できるのかどうかまでは確証がない。


 そんな中、報復を、敵討ちをしに来なくってもいいではないかと。


《あとでゆっくり相手してやるわよ!》

《なんか、勘違いしてるな》

《は? 何よ。敵討ちにきたんでしょう?》

《1つ。ネイラはお前に殺されたわけじゃない》


 指を一本たてながらガインが答える。ネイラ。それは、妻を亡くした元帝都の軍人であり、帝都のやり方に嫌気がさして出奔し、ゲレーンで医者としてその土地を支えてきた、ガインのとっての、唯一無二の相棒の名。


《パームが使ったのはザンアーリィだ。お前じゃない》

《トドメを刺したのは私じゃない。あの空の上で》

《2つ。仇はもうコウとカリン様が取った》


 エクトーの胴体には、誰も居ない。だが、コックピットには、一文字の深い傷が残っている。その傷こと、コウ達が最後につけた傷。そして、その傷はコックピットの中に深く、大きく、強く残っている。


《俺がお前の仇を取る理由はない》

《……じゃぁ、なんでここにいるのよ》

《3つ。約束を果たす為だ》


 そう言って、コウを振り返る。彼等が最後に分かれた時に交わした約束を、ガインはしっかり覚えていた。コウの方は、約束そのものは覚えていたが、まさか、約束を交わした本人が自分を助けてくれるとはつゆとも思っていなかった。エクトーは若干呆れながらも、構えを解く。ガインが戦う意思がない事を、ようやく理解した。


《あんたたちって、全部そんな感じなわけ?》

《そんな感じだろうよ。ああ。そうそう。ここに来た理由はもうひとつある》

《は?》

《お前さんを治しにきた》

《……は?》


 エクトーは、思わず同じ言葉が出る程度には呆れかえっていた。


《あのねぇ。この体の頑丈さ知らない訳? それに》

《コウの炎ならすぐ治せる、って話だろ。そうじゃねぇんだ》


 のっしのっし歩き、エクトーの傍にガインが近づく。その体の周りをぐるぐると回り、時折、感嘆の声を出しながら観察していく。


《ほー。黒いだけあって艶の出方がいいな》

《何それ。気色悪いんだけど》

《しかし表面はいいが関節部分がひどいなこりゃ。それに爪もぼろぼろだ。お前さん、生まれてから先、磨いてもらってないだろ》

《……何それ? 磨く》

《(あー……俺もネイラにやってもらったなぁ)》


 生まれたてのベイラーは、サイクルに削りカスが貯まる。最初に取り除いてやれば問題ないが、エクトーはそうではなかった。


《コウ。お前の力でこの爪をなおしてやれるか?》

《で、できるけど》

《いっちょ試しにやってくれねぇか?》

《分かった。カリン》

「ええ」

《「サイクル・リ・サイクル」》

 

 コウが手の先から炎を出す。その炎はエクトーの指先を確かに治していく


《これがグレート・レターの行ってた緑の炎か。綺麗なもんだな。》


 炎を浴びたエクトーの指先が治っていくもののが、いつもよりずっと治りが遅い。損傷が激しすぎるのである。


《ちょっと。何手ぇ抜いてんのよ》

《ち、違う。いつも通りなんだけど》

《ちょいまった。一旦止めてくれ》


 ガインが静止させ、改めてエクトーの爪を観察する。


《なによ》

《……コウの炎は、たしか、元に戻す、じゃなくって、アレだろ。人が怪我した時にカサブタにする時間を短くするような、アレだろ》

《そ、そうだけど》

《は? あんたの力そんな感じなの?》


 コウの力は、治療ではなく自然治癒を促進させる。『生きる力』の後押しである。故に、火傷など、元々組織が壊れてしまっているものには効果がない。


《ってことは、土台が悪いと効果が薄いわけだ》

《……土台?》

《エクトー、だったな。今のお前さんは、言っちまえば大酒飲みの睡眠不足、食欲不振の患者だ》

《お、大酒!? 寝不足!?》

《そんな状態で自然に治そうとしても時間がかかるのは当たり前だろ》

《で、でもガイン、ならどうすれば》

《こういう時は、医者の出番ってワケだ》


 ガインが、折れた右腕、肘から下を掲げる。その姿を見たコウはわずかに目を伏してしまう。ガインの右腕が砕け散った、まさにその瞬間にコウは立ち会っている。


《ガイン、その腕はもう》

《あ? ああ違う違う……いや、見てもらったほうが早いな》


 そうして、ガインがサイクルを回す。肘の部分が回っている為に、空ぶかしのように空虚に音が鳴るだけで、特に変化はない、はずだった。


《サイクル・ドーズ》


 突然、ガインの腕から先に、筒状の物が生えたと思えば、中に液体がどんどん満たされていく。筒の先端には鋭利は針があり、その針には小さな孔があいていた。時折その形状を見たコウとエクトーは思わず叫ぶ。


《《注射器じゃん!!》》

《おお、よく知ってるな》

《は? え? なんで?》

《サイクル・ツールセットの応用だ。》

《ち、ちょっとまってくれ。ええと》


 注射器。形状は若干異なるが、機能としてはほぼ同じソレが目の前に現れた事で、現代人であったコウとエクトーは思わずハモる。


「コウ? どういうこと?」

《注射器っていうのは、薬を体の中に入れる為のもので……》

「薬なら口から入れるじゃない」

《口からいれるよりも、より早く、全身に巡るのです。姫様》

「ガイン。もう姫じゃないわ」

《おっと、そうでした》

《でも薬なんてどこに……どこ……に……》


 コウは思わずガインを見る。そのコックピットには人が入っている様子もなく、その動きも、ゲレーンで見てきたベイラーと遜色ない。だが、右腕に現れた注射器には、確かに液体状の薬らしきものは充填されている。その時点で、コウは、ガインの作り出した『サイクル・ドーズ』が何なのかを理解する。


《ガイン、まさか、()()()()()()()()()()()()!?》

《ほう。勘がいいな。コレを使うと俺がカラカラになっちまうから、あんまり連続してつかえないんだがな》》

《……で、その薬をどうするつもり?》

《こうする》

《ちょ―――》


 そしてガインは、躊躇なくエクトーの関節部分に、作り上げた注射器を差し込んだ。エクトーの硬く分厚い肌に阻まれそうな針も、すでに壊れけた部分を狙いすます事で、細い針は折れる事なく、エクトーの内部へと確かに刺さっていく。そして、ガインは左腕で注射器の底面をゆっくりと押し上げていく。中にあった薬がエクトーの中へと入り込む。


 薬が全部入り込んだあと、針の抜き取ると、エクトーは肩を回すようにして調子を確かめた上で、ガインに抗議した。


《あんたねぇ! やる前に一言いいなさいよ!》

《言ったらお前さん避けるだろ》

《そんなバカでかい刃物掲げて避けないとおもう!?》

《……お前さん、わりかし分かりやすいな》

《殺す! 今ここで殺してやる!》

《できないのに何言ってんだか》

《やってみせる!》


 余裕しゃくしゃくなガインを前に、エクトーはその爪を振りかざす。だが、コウ相手にそうであったように、爪はガインの目の前で止まり、それ以上進まない。


《くそぉおおお!》

《龍の加護は健在ってこったな》

《ありがとうガイン》

《良いってコトよ。それよか、コイツ、やっぱりアレか、空より上に向かってんのか》


 自分達がいる場所を指差しながらガインが続ける。ティンダロスはさらに上昇しつづけており、いつの間にか雲が目線より下にあった。確かに大気圏を突破しそうな勢いがある。そうなる前にこのティンダロスを完全に破壊できれば、マイノグーラの目論見は潰える。


《エクトー。今の内にこいつを破壊しよう》

《……あー、ソレ無理》

《どうして?》

《登ってくる最中にやった。でも傷一つつかない》

《……》


 コウが考え込む。ベイラーの体で宇宙にでた経験を思い出す。成層圏の先にでてしまったレイダが、その肌が氷漬けになっていくのを見た。体の中にある水分が、気圧差で気化し凍ったのだ。そこまで思い出した上で、自分達の現状になんら変化がない事に気がつく。


《カリン。このティンダロスは、マイノグーラを乗せた船、だったよね》

「ええ、たしかそんな事を言ってたわ。コレにのってこの星に来たって」

《……この船もしかして、想像よりもずっと高度な性能した宇宙船なのか?》

《宇宙船!? この結晶みたいなのが!?》

《きっと外見は関係ないんだ。俺たちが一切温度変化してないのを見るに……たぶん、この船は気圧操作ができるんだ。もしかしたら、空気も作れるのかも》

《そんな事できるわけが……いや、でもそんな》

《俺たちの世界の科学とはずいぶん違うけど、たぶんやってる事は同じなんだ。だから結果が同じでも、過程が同じとは限らない》


 コウはティンダロスの力に慄きながらも、感心している、


《エクトー。君が龍の加護によって俺たちを殺められないように》

《そんなの、魔法と何が違うのよ》

《案外そうなのかも》

《何。茶化してるの?》

《まだこの世界には科学に名前がついてないってだけなんだ。たぶんね。ほら、言うだろ。高度に発展した科学は魔法と大差ない、だっけ》

《区別がつかない、よ》

《それだ。まぁ誰の言葉か知らないけど》

《アーサー・C・クラークよ。無知ね》

《……君、もしかして博識?》

《まさか。本が好きだった時期があるだけよ。それより、あんた敬語つかいなさいよ。私のほうが年上でしょ》

《え、そうなの……ってそうだ。あの時はスーツで社会人だった》

《あんたの方は学生でしょ。あの時いくつだったの》

《高校二年生の十七》

《ふん。ガキ》

《そういう君はいくつだったんだ》

《……二十四》

《《「二十四!?」》》


 コウも、ガインも、そしてカリンでさえその年齢に驚いた。なお、ふたりともぼかしているが、口にした年齢はすべて享年である。


「うそ、エクトーがお姉さまより上?」

《はぁ!? あんた幾つよ!?》

《十八よ》

《ガキしかいないのかココは!》

「残念だったわね! 私には旦那様がいるわ!」

《揚げ足とってんじゃないわよ!》

《あー、お嬢さんがた。ちょっといいかい》


 ガインが指さす先には、地上で何度もみてきた、あの双子月が迫っていた。


《アレ、双子月の片割れ、だよな?》

《うん。そうだと思う》

《でっけぇなぁ……そうじゃなくって、このままいくと、あの月に行きそうだぜ。あいつ逃げるんじゃなかったのか》


 双子月。この世界の宇宙に存在し、コウ達の世界には無かった、二つの月。その片方に、ティンダロスは向かっている。


《月に何かあるのかも》

《あーー!》

《エクトー?》

《敬語!》

《エクトー……さん》

《よろしい。じゃなくって! こっちの月じゃん!》

《こっちの月?》

《公転周期がない方!》

《公転周期って、星の周りをぐるぐる回る、あれ?》

《公転してるから、時期によって観察してるときに見え方が変わる。片方の月は見え方が変わってるけど、もう片方はそうじゃない。ずっと一緒!》

《そう、だったのか》

《マイノグーラがなんで目指してるかはわからないけど、何かがあるのよ》

《……お前さんよ。その何かがお目見えだぜ》


 双子月の片割れ。そこから、何者かが飛び出してくるのが目に見えた。それらは、コウ達の良く知る形をしているものの、細部が微妙に異なっている。


《アレは……グレート・ブレイダー!?》

「あの月からきていたのね!」

《でも、なんか形が》


 パッと目にするだけでも三桁はくだらない数が見える。だがそれら全てが、どこか体のパーツが欠けていたり、背中の剣が折れていたりと、不完全かつ未完成な状態のものがおおい。急造品、という言葉がしっくりくる姿だった。


 そのベイラーたちが、一斉にティンダロスに攻撃し始める。エクトーの攻撃をもろともしなかったとはいえ、数で圧倒する戦法はティンダロスの進路を妨害するには十分だったのか、本来進んでいたであろう方向から大きくそれ、双子月の地表へと落下していく。


《ヤバ! 墜落するわよ!》

《ガイン! ロープだ!》

《おうよ!》


 ガインが左手一本でサイクル・ロープを作る。その手際は、とても左手だけでつくったとは思えないほど素早く正確であった。


《エクトーさんもコレ!》

《命綱ってわけね》

《やべぇな! 地表に、月におちる!》

「コウ! 炎ですこしでも衝撃をやわらげるわ! できて!?」

《お任せあれ!》


 コウの背中から炎が噴き出て、ガインとエクトーを包み込んだ。次の瞬間、ティンダロスは、双子月の地表へと盛大に墜落した。



《……みんな、無事か?》

《粉々になると思った》


 コウ達が、なんとかティンダロスの中で立ち上がる。そして、コウはまず自分の体の変化を確かめた。


《……凍ってない。やっぱり気圧操作されてるんだ。カリン。何か体に違和感はないか?》

「い、いえ。ここが月の上だなんて信じられないくらいよ」

《おいコウ! エクトーちゃんがいないぞ!?》


 気圧の変化がない為に、自身の体が凍っておらず、かつカリンにさえ影響が出ていない事に驚きを隠せない。もっと隅々まで調べてみたい衝動が沸き上がるが、事態は急を要した。


《まさか、さっきので放り出されたのか!?》


 墜落の衝撃は激しかった。エクトーを見るけるべく外をみると、こちらの心配とは裏腹に、エクトーはすぐそばで棒立ちにになっていた。


《エクトーさん! 早く戻ってくるんだ! 気圧で凍るぞ!》

《……凍ってないから外に出てるんでしょ》

《なんだって!?》


 その言葉はコウにとって信じがたい事であった。


《気圧どころじゃない。なんか暖かいわよ》

《そんな馬鹿な!?》


 思わずコウがエクトーの傍にちかよるべくティンダロスから降りようとする。だが、自分の想定よりずっと体が軽く、まるで水の中にいるかのように、不自然に体がふわふわと浮いてしまう。それは、共に地表に降りようとしたガインも同じようで、空中でおぼれているかのように足をジタバタさせていた。


《な、なんだこりゃぁ!?》

《し、しまった!? 重力か!?》

《ったく世話の焼ける》


 コウ達を見て呆れつつも、即座に右腕と左腕を飛ばし、コウとガインを空中て掴んで、ゆっくりと地表に下ろしてやるエクトー。


《月の重力は地球の1/6……でも数字より、ちょっと重い感じするわね》

《たぶん、ガミネストが地球より重力が強いのかも》

《あー。だからあんなバカでかい生物一杯いるわけね》

「コウ、アレは、何?」


 たどり着いた地表の上で、カリンの眼は一点を見つめて動かないでいた。そしてコウもまた、カリンが見ているものを前にして、身動きがとれなくなる。


《アレが、ガミネスト……カリン達が住んでいる母星さ》

「アレが、私達の住んでいる星」


 大きく、白く、青く、時折見える緑色。淡く光っているようにさえ見えるその星こそ、カリン達の故郷。


「私たちの星って、外からみるとこうなっているのね……球体なんだわ」

《……あ、そっか。形すらしらないのか》

「色も、何もかも知らなかったわ……とても大きい……それに……」


 カリンは思わず操縦桿を手放し、しばしその星を見つめていた。瞬く星とはまた違う、母星の姿。


「それにとても、美しいわ」

《地球は青かった、だっけ》

《ユーリ・ガガーリンよ》

《……誰それ?》

《その言葉を言った宇宙飛行士》

《ガミネストも、青かったね。すごっく綺麗だ》

《大気があって海があるんなら、どんな星でも青いのよ》

《綺麗かどうかの話をしてるんだけどなぁ》

《……綺麗じゃないとは言ってないでしょ》


 月なのかどうか怪しい大地で、己の生まれた星を見る。そのような経験など、誰もしたことが無かった。現代人であったコウもエクトーも、それは同じだった。


《宇宙をひとりで放浪して、こんな星をみつけちゃったら、ひとり占めしたいって思うのも、無理ないかもね》

「だからって、同情の余地はないわよ。さ。マイノグーラを探すわよ」

「その必要はないわ」


 ティンダロスから声が響く。そして結晶の中から、ゆっくりとその声の主が銀色の髪をなびかせて現れる。


《マイノグーラ》

「お前達が引っ付いてくるせいで気が付かれた。軌道修正も間に合わずにティンダロスが不時着する羽目になったわ」

《フン。ご愁傷様》

「やはりお前達は、ここで潰しておかないと、私の願いは果たされない」

《もうやめようマイノグーラ。君がどうれだけ何をしても、この星は君の物にはならない。君が喰らい尽していいものじゃないんだ》

「そのようね」

《だからあきらめて……え?》


 一瞬、言葉の意味も意図も理解できなかった。だが、次の言葉は、確かに耳に届き、そして理解できた。


「私が喰らい尽すのは諦めるとするわ」

《……え》

「あき、らめる?」

「ええ」


 あっけからんと、マイノグーラが答えた。急変ぶりに焦りつつも、どこか違和感が残る。


《……本当に?》

「ええ、星を喰らうのはおしまい」

《(なんだ? 急に人が変わった?)》

「……ひとつ、聞くわ」

「ええ、どうぞ」


 カリンとのやりとりも、もはや普通の人間同士のソレであった。


「星を喰らうのは諦めた。ならなんでこの月に?」

「月? コレは、()()

《(本当に月じゃないのか!?)》


 マイノグーラの指摘は、つい先ほどまでのコウであれば納得のいかないものだった。だが、エクトーの話や、現時点でも気圧変化がない事。そしてなにより、マイノグーラが外にでてなにも不自由していない点を鑑みても、この月がただの月でないのは明白だった。カリンの尋問は続く。


「なんでこの船に?」

「彼等を呼ぶ為」

「彼等?」

《……コウ。上のアレ、見えてる?》

《上?》


 今まで、気にも留めていなかった。上空、否、星空の上に、小さな、しかし確実に大きな穴が空き始めている。その穴を、コウ達は知っている。


《……まさか、アレは、門か》

《まさか、果ての戦場に繋がる門がどうしてあんなところに!?》

「私の、力のほとんどを使って開いたの。まだ通れないほど小さいけど、時間が経てばしっかり開く」

《マイノグーラ! 貴女はどうして!》


 果ての戦場には、この星を、世界を狙う外からの軍勢がいる。あの門は、その軍勢を引き入れてしまうもの。かつてはマイノグーラの従姉妹たるナイアの力であった。そしてコウが激昂するも、マイノグーラは意に介していない。


《(ナイアの力も彼女は喰らっていた。その力全てを使ったっていうのか)》

「私では喰らえなかった。でも、私を同じ外の者たちなら、いずれか、何者かが必ず喰い尽すわ」

《どうしてそこまで》

「さぁ。一番近い言葉は……そうね……えーと」


 マイノグーラは、静かに思考し始めた。己の中にある感情の答えを見つけるように、そしてその言葉は、意外にもすぐに見つかった。


「復讐」

《復讐?》

「あの人を、この星が殺した。だからこの星を殺したい。でも私じゃ殺せない。だから、私が直接殺せなくても、殺せるだけの状態に近づける」

《……あの人、仮面卿か》

「セブンよ。セブン。私のセブン。私だけのセブン」


 両手を掻き抱くようにしてうずくまる。


「なんで今になってこんなに苦しいの。なんでこんなに寂しいの」

《マイノグーラ……》

「星を喰らえなくっても、貴方たちは、許さない」


 その言葉を受け、マイノグーラの背後、ティンダロスが淡く輝きだしたかと思えば、欠けた十二面体は、液体状にドロドロに解けたしていく。それは、猟犬たちがひとつとなる時に酷似していた。


「私の可愛い子供たち。私の内臓(なか)へ還っておいで」


 猟犬たちがひとつとなるように、マイノグーラは、ティンダロスとひとつになる。


「いあ、いあ、マイノグーラふぐたぐん」

「こ、この歌は」

《ナイアの時と同じ》


 それは、外なる者たちの歌。己を高めるための呪文。本来は信者によって効力を発揮するが、たったひとりしか残っていない彼女は彼女自身を信仰対象として歌い出す。


「いあ、いあ、まいのぐーらふぐたぐん」


 歌うたびに形が変わり、謳うたびに言葉が変わる。マイノグーラの姿は、銀髪の少女の物からまったく別の物へ。


「いあ……いあ……」

《あ、アレは、まさか》


 そうして出来上がるのは、コウ達と同じサイズの人型。そして声もまた、コウ達と同じ。


《まいのぐーら。ふぐたぐん》

《なるほど……結局最後にはベイラーで、ってわけね》

《そう。この姿ほど、戦いに向いているものはない》


 エクトーの言葉に、ベイラーへと姿を変えたエクトーが答える。標準的なベイラーと同じ背丈、細さ。背中には、二本の補助腕(サブアーム)、その肌は鈍く輝く白銀をしている。


《残った全てのリソースを割いたわ》

《それはそれは、景気のいいことで》

《名前は……そうね……やっぱりあの人から名前をとるわ》


 マイノグーラの声をしているベイラーがこちらに向き直る。


《マイノグーラ・ディザスター。殺すわ。貴方たちを》

《ガイン! エクトー!》

《おうよ!》

《ったく結局こうなるわけね》


 ガインが拳を。エクトーが両腕を構える。


《カリン。コレで最後だ》

「ええ」


 コウもまた、ふたりに続き、ブレードを作り出し構える。


「行くわよコウ」

《お任せあれ》


 偽りの月の上で、最後の戦いが、始まった。


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