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再戦のベイラー 1

カリンはお姫さまですが、決して弱くはありません。

 盗賊が1人いとも簡単に投げ飛ばされる。肩に触れた手を、そのままひねり上げて回転を加え、宙に投げたのだ。


「へ? 」


 間抜けな声を上げながら、盗賊の1人が雪の中に沈む。もうひとりはただ、今なにが起こったのかを理解できずに、呆然としていた。


「こ、こいつ、今なにを……」


 その問いかけに答えるでもなく、カリンは無造作に雪を手にとり、そのまま手にこすりつける。人の熱でとかされ、水となったそれをぬぐい、懐から、食事の時には使っていなかったハンカチをつかって拭う。……『手を洗った』のだ。その行動は、盗賊に「汚いものを触ってしまった」と印象付ける結果となる。


「こ、こいつ!! 」

「さて。雪の上であまり踏ん張れなかった。こうなると武器が欲しいところだけど……」


 この女は危ない。しかし、武器が欲しいと言う発言を聞いて、盗賊は、「女は体術そのものにそこまで自信がない」と結論付けた。不意をつかれたが今度はそうはいかない。ならばと鉈を振るって、その手足に傷をつけようとする。反抗する力を削ぐためだ。


 カリンはその動作を流し目で確認しつつ、足を1歩だけ後ろに下げることで躱す。男は性懲りも無く鉈を振るうが、ふたたび躱す。2歩、3歩。足の動きで鉈の一撃を交わしていく。


「この! この!! 」

「鉄の匂い。でも変ね。他の匂いが混じっている。」


 10歩足を動かす頃には、カリンの後ろにミーンがいた。


「ミーン。足の裏のサイクルはまだ回せる? 」

「《足の裏? は、はい。そこは油がかかっていませんから。 》」

「悪いのだけど、私の背くらいの棒をつくってくれないかしら。そうゆうことできて? 」

「《は、はい。やります! 》」


 倒れているミーンが、足の裏に丸太よりは細く長い棒を作ってみせる。細長いといっても人間にとっては十分な太さをもつ棒だ。


「ありがとう。お上手ね。」

「《ど、どうも。》」

「うらぁ!! 」


 盗賊が力任せに鉈を上から振るう。それをふたたび、今度はステップの要領で大きく躱して、たった今作り出された棒を受け取る。手にもった感触をたしかめつつ、くるくると回し、大体の感覚をつかむ。


「さて、私はこうして武器を持ってしまったけれど、どうするの? 」

「そんな棒切れ1つが武器? そんなのコレで潰してやるよぉ! 」


 鉈を振りかざして、もう何度目かわからない攻撃を加える。今度は、カリンはよけなかった。


「グエ!? 」


 避けるまでもなく、その攻撃を阻止したからだ。 棒を肩幅にもち、そのまま、横に振るい、相手の顎を打った。しかし、それで終わりではない。棒の先端を相手にむけ、右手を前に、左手を後ろに、そして全身は右足を前にした半身となって構える。棒術の基本的な構えだった。


「シャァ!! 」


 裂帛の気合とともに、突きを繰り出すカリン。棒術の突きの1つに、右手をやらわかく持ち、、棒の行き来を可能にして、左手の動きだけて、突きを可能とするものがある。ビリヤードにもにたその突き方は、前動作を少なくできるだけでなく、そのまま連打を可能とするものでもある。


 顎、両肩、両腕、両足。計7箇所めがけて突きを繰り出す。それは目にも止まらぬ早さで実行され、盗賊にいたっては、自分が何をされたのかさえわからなかった。


「ガァア……」


 そのまま、雪の上に大の字になって倒れ込む盗賊。カリンは、用心のために、倒れ込んだ盗賊の手にある鉈を棒で弾くと、その鉈の匂いを嗅ぐためにしゃがみこむ。


「やっぱり。これ、獣の匂いがする……狩りをしていたというの? 」

「《カリン様! 後ろ!! 》」


 もうひとり、はじめに投げ飛ばされたの盗賊が、頭から血を流しながらも、カリンに襲いかかってきた。上から力任せにふりおろされた鉈を、カリンは前転の要領で回避する。


「まだ動けるの? 丈夫ね。 」

「こいつ、ふざけやてやがるのか。 」

「ふざけていないわ。ただもう少しうまくやれば良かったと……あら? 」


カリンの手に持っていたミーン手製の棒が、先ほどの攻撃で半分程の長さに切り落とされていた。それだけでなく、切り口からはなにやら得体のしれない液体が付着している。盗賊を見ると、同様の液体が、鉈に塗りつけられていた。その光景を目にし、カリンは感嘆の声を漏らす。


「毒ね。随分用意周到なこと。浴びたらすぐ死んでしまうような物なの? 」

「そんな物騒なもんじゃないさ。半日くらいしびれて動けなくなる。もっとも、半日あればいくらでも楽しめる。」

「随分強力じゃない。どこで手に入れたのやら。それとも、『誰か』からもらったの? 」


 その言葉を遮るように、鉈が横に振るわれる。それを、躱すでもなく迎え撃つでもなく、手に持った棒で、鉈を少しだけ弾き、そらすことで毒も浴びずに事をなす。カリンは、棒術から剣術へと動きを変えていた。そのまま、ただの棒で、鉈の一撃を何度も捌く。


「なんでパームに肩入れするのか、聞いていいかしら? 」

「あの人は俺らを人間として扱ってくれる! 捨てられて掃き溜めにいた俺たちを拾い上げてくれたんだ! 」

「苦労なさったのね。でも、それで他の人を人間として扱わない理由になる? 」

「うるせぇ! いままでさんざんな目にあったんだ! 俺らにはそれをする権利がある!! 」


 カリンの脳天に向け鉈を振り上げる盗賊。すでに目的が別のものになっているが、そんなことはもうどうでもいいのだ。ただ、目の前の人間の口を止められれば、それでよかった。


「寂しい人。」


 一言で、動作は終わる。振り上げた腕。その二の腕に一刺し、切り口で鋭くなった棒を突き刺した。振り下ろすよりも速い突きだった。そのまま、盗賊が膝を落とす。カリンは血ふるいを行い、ハンカチで拭おうとして、これがただの棒であること、そして鞘がないことを思い出した。


「しばらく、この国を、私の自慢の国を、見て回るといいわ。」

「なんで、そんな、こと、を……」

「奪い奪われる世界しか知らないと見ました。ならば、それ以外の世界を見て欲しいとおもうのです。いかがか。」

「俺に、選択の、よち、は、が、が」

「……こんなにも速く毒が回るのね。まぁ、我慢してください。」


 毒を塗った鉈で切りつけた棒から、間接的に毒をいれられた盗賊が、しびれて動けなくなるのをみて、その効力が嘘でないことを確認し、鉈を適当に弾き飛ばす。


「さて、ミーン。終わりました。急ぎここから離れましょう。」

「《姫さま、お強かったんですね……》」

「お姉様ほどではないわ。」

「ひ、め?」

「名乗っていなかったわね。」


 体がしびれて動けない盗賊に、カリンは向き直り、武器である棒を捨てた。


「カリン・ワイウインズと申します。」

「ワ、イ、ウイン、ズ……この国の、王族、だと。おれ、は、王族に、負けた、のか」

「ご存知とは、嬉しいわ。」

「くそ、好きに、しろよ。」

「あの、私、名乗ったのだけれど。」

「それが、どう、した? 」

「あなたのお名前、聞かせてくださらないの? 」

「そんなの、しって、どうする。」

「どうするって、お名前を呼んではいけない? 」

「……よんで、くれるのか? 」

「ええ。国を案内するのに、名前を知らないのは不便だもの。」

「どうして、そこまで、する? 」

「どうして?……だって、寂しいもの。お名前をしらないままなんて。」

「さび、しい? 」

「まぁ、そうゆうことまで知らないのね。なら、きっと毎日が驚きの連続よ。……もう、あのようなことをしなければ、きっと。下郎なんていって、ごめんなさいね。」


カリンが、盗賊に手を差し伸べた。盗賊は、体中がしびれていてなお、その手を取ろうとする。そして、口を開いた。


「俺の、名は……」


 盗賊がそこまで言うと、突如、立ち上がって、カリンの両肩を掴む。しびれた体を強引にうごかしたせいで、盗賊の体はどこかしこも痙攣している。


「《姫さま! こら盗賊! おまえそこまで性根が悪かったのか! 》」

「まってミーン! あなた、どうしたの? 」


 カリンが、その行動を、糾弾するでもなく、非難するでもなく、ただ、「本当にそれでいいのか」という問いかけをする。しかし、盗賊の目はカリンを見ていなかった。


「ぐ、がぁ、があああああああああ!」

「どうしたの! キャァ!! 」


 盗賊は、その肩をつかみ、強引に引き寄せ、投げ飛ばした。カリンが、投げ飛ばされた先で尻餅をつく。


「あなた、何を―」


 カリンは、その先の言葉を言うことはできなかった。


 盗賊は、笑っていた。誰かを貶めたことに成功したときの下品な笑いではない。自分の成すべきこを、すべて納得の元で成し遂げたときにする、晴れやかで不敵な笑みだった。


 そして、その笑みをした盗賊は、空から降ってきたベイラーによって見えなくなった。そのベイラーは、頭に四本の角を持ち。肩に2人のベイラーを抱えて、この場所にもどってきた。パームの操る、四本角のベイラーだった。


「なんだよなんだよ。お楽しみ中を邪魔して間抜け面を見ようとしたら、餓鬼はピンピンしてんじゃねぇか。まったくだらしねぇ。」

「あなた、あなた、自分が、何をしているのか、わかっているの? 」

「あん?」

「あなた、いま、自分の、仲間を……」


 パームがその言葉を聞いて、おもむろにベイラーの足を上げた。


その足元には、真っ赤な花が咲いていた。即死であった。


「あちゃー。すまねぇ。許せ。でもお前も悪いんだぜ? ヘマしてるからだ。」


 足をそのまま、着地した位置とは別の雪にこすりつけて磨く。足の裏に付いた汚れを、落とす動作だった。パームは、すでにソレを「汚れ」としか認識していなかった。


「それ、だけ? 」

「何がだよ? 」

「拾った貴方が、いう言葉が、それだけなの? 人が、死んだのよ! それを! 」

「あー、いや、なんでお前が怒ってんだ? 拾った物を俺がどうこうしようが勝手だろうが。」

「……物?彼が、物だというの? 」


 カリンは、パームの言葉が何一つとして理解できずにいた。なぜ拾った相手を踏みつぶせるのか。なぜ人が死んで悲しまないのか。なぜ、人を「物」だと言えるのか。何一つとして、このパームという男の思想を理解できなかった。


「まぁ、怒ろうが怒るまいが別にいいけどよ。ご自分の心配をしないのかい? 」

「どうゆうことです。」

「つまりだ。」


 パームはベイラーをミーンの元へ歩かせた。そして、その拳を、ミーンへと向ける。


「待ちなさい! 動けないミーンに何をするの! 」

「わかってねぇなぁ。動けないからこうするんだろう? 」


 足がチシャ油で固まり、身動きの取れないミーンにむかって、四本角のベイラーがその拳を振り下ろした。その先にあるのは、ミーンの、固まった右足である。四本角のベイラーの剛力でもってして、完膚なきまでに、片足が叩き潰された。ミーンが、苦痛に耐え切れずに、叫ぶ。その叫びは、決して、痛みだけでたものではなかった。


「《あああああああああああああぁ!? 》」

「おうおう。ご自慢の足がこれじゃぁ、今度こそミーンちゃんはいらないなぁ。さて、ここで交渉といこう。」

「いまさら! あなたと話すことも! 渡すものもここにはありません! 」

「あるじゃないか。その、まぁまぁよく育った体がよ。」

「誰があなたのような人に!! 」

「おう怖い怖い。だが、これならどうだ? 」


再び、拳がミーンを狙い振り上げられる。しかし、それが振り下ろされるまえに、静止する。そのまま、パームが続けた。


「さて、このまま振り下ろして、ミーンちゃんご自慢の足を両方粉々にしてもいい。が、このパーム様は寛大なんだ。その体を好きにしていいっていうなら、このまま拳をふりおろさなくていい。」

「それは、交渉以前の問題です!! 」

「譲歩してるだろう? 」

「そもそも、貴方はミーンを連れ去る気でしょう! なら、ここでその拳をふり下ろそうと振り下ろさなかろうと、ミーンの身柄が戻らないではないですか! 」

「あー、そのことなんだがな、運良く五体満足のベイラーが2人手に入った。あともうひとりくらい、半月もあれば手に入る。別段、急ぎでもないし、体が欠けてるベイラーはさらうほどじゃねぇんだ。」

「あなた、またミーンを侮辱して! 」

「別に侮辱なんかしてねぇさ。ただの本当のことだろうに。さて、俺の要求は、あー、もうちょと下げる。『そこから動くな。』ただそれだけだ。」

「……なんですか。その、ふざけた要求。」

「楽な要求だろ? そうしてくれたなら、ミーンちゃんは解放してやるって言ってるんだ。」

「動かなければいいのですね? 」

「ああ。このパーム様に二言はねぇ。」


 カリンの思考は、すでに目の前の男によって、理解不能による混乱と、ミーンが現在進行形でその身を危険に犯されているという事実によって、冷静でいられなくなっている。そのうえで、その場から動かないだけで、ミーンは助かると言わてしまい、さらなる混乱を招いた。意図も、真意も、それが冗談であるのかさえ、もう判断がつかなくなっている。


「……貴方が、その四本角のベイラーから出てこないのが条件です。それならば、ここから動きません。」

「おうおう。かしこいねぇ。こいつら2人がどんな理由で襲ったのか、ちゃんと理解してるわけだ。だから、その予防線をきっちり張る。」

「いいから、早くミーンから離れなさい。 」

「おう。約束は守るぜ。このパーム様は、ベイラーから一歩も出ない。 」


 そうして、パームは宣言通り、ミーンがいる場所から少しづつ離れていく。カリンは、本当にパームが約束を守ったことに、安堵よりも驚愕を先に示した。ミーンからだんだんと離れていくにつれ、自分も、約束を守らねばと体を固くする。そうして、この雪の上で棒立ちになった。


「律儀だねぇ。」

「約束を守るとは、おもいませんでした。」

「だろうな。だから、『この先は約束してない。』」


 ミーンからは拳を離した四本角のベイラーがカリン向きなおる。その拳は固く握られたまま、天高く振り上げられた。カリンは、今度はその行動の意図を理解した。


この男は、ベイラーで私を殴り殺す気なのだと。


 四本角のベイラーは普通のベイラーよりも大きい。さらには力も強い。そんなベイラーに殴られて、無事であるはずはない。それを、パームという男は平然とやってみせる。想像できないのではなく、それがこの男にとって自然の行動であり、その原理こそ『怒りに任せてく暴力を振るう』であった。その暴力の対象が、人間であろうがベイラーであろうが獣であろうが関係はない。 そして、暴力を振るった結果、対象がどうなろうとも関係がないのだ。


「なんて、人。」

「褒め言葉だ。」


 巨大な拳が、カリンめがけ、一直線に殴つけられる。はずだった。 


「「《だめだぁあああああああああ!! 》」」


 動けないはずのミーンが、ナットの叫び声と伴って四本角に飛びかかる。その行動で、正確な狙いをした拳が反れ、雪を大量に舞い上げた。雪と共に、カリンは彼方へと吹き飛ばされる。ふわりと雪が包み込んで、怪我1つなく着地した。


「こ、こいつどうやって!? 」


 パームの目線が、ミーンの足元に注がれる。チシャ油は確かに固まっている。しかし、関節だけあちこちひびとささくれが起こっていた。


「固まった油ごと強引に動かしたのか。ご自慢の足が今にもぶっ壊れそうじゃねぇか。」

「《今動けない足に用はない!そうでしょうナット。》」

「ありがとうミーン。姫さま! 」

「ナット!? 平気なの? 」

「僕のことはいいのです。だから、早く白いのを、コウを呼んでください! 」

「は、はい! 」


起き上がり、頭につもった雪を払う。そして、懐からエアリードを取り出した。


「何をしようっていうんだぁ! 」

「させない! 」


 ミーンを体当たりさせて、四本角の体勢を崩す。カリンが、その隙を利用する。


 静かに、それでいて耳にはっきりと残るメロディーがエアリードから奏でられる。その行動の真意がわからないパームが、思わず動きを止める。


「ここで演奏会してどうするっていうんだ?ああ!?」


 パームがもう何度目かになる激情のまま、拳を振り上げようとする。しかし、その拳が振り下ろされることはない。ミーンが邪魔したわけでもない。


 四本角のベイラーが、その拳を止めた。ゆっくりと、拳が下ろされていく。それだけではない。パームの意思に反して、ベイラーの動きがピタリと止まった。


「こ、こいつ!言うことききやがれ!! 」

「《動きが止まった?……どうして? 》」

「ミーン! 足が壊れても僕のベイラーだ!だから、今は走って! 」

「《ナット……わかった!! 》」


 ミーンの目が赤く光り輝く。意思が重なった。残った足一本で、雪を存分に踏みしめ、飛び上がった。残った片足をそのまま四本角のベイラーに向ける。サイクルが軋みをあげながら、黒いマントがはためきながら、四本角のベイラーに全体重を乗せた、飛び蹴りを喰らわした。四本角のベイラーがミーン達の渾身を一撃を受け、ついに、地に倒れ込んむ。


 大きな地響きが終わると共に、カリンの演奏も終わる。


「これで、あとはコウが来てくれれば……ナット! ミーン! 怪我はなくて? 」

「《へっへ。あのおっきなベイラーをのしてやりました。 》」

「いぇい。」

「無茶をして。でも、よかった。」

「《でも一瞬、あのベイラーが動きを止めたのは、一体……》」


 ミーンが、もぞもぞと動く。ついに両手片足を失って、今あるのは片足一本になってしまった。そのせいで、立ち上がれずにまごまごしてしまう。


「《明日から郵便はお休みですね。 》」

「接木をしたらすぐよくなるよ。 」

「《はい。……ナット。》」

「うん?」

「《ありがとうございます。》」

「うん。ありがとう。」


 ミーンが、ナットが、お互いのわだかまりがなくなっていくのを感じ、ふと笑みをこぼした。その時、突如として湯気が立ち上った。四本角のベイラーからだ。


「まだ動くのか!? 」

「いけない! ナット! どうやってもミーンを立ち上がらせることはできませんか!? 」

「や、やってるんです、でも。」


 ミーンが、何度もその残った足で体を起き上がらせようとするが、寝転がったままでは重心が片足に乗らずに、立ち上がることができない。ここで、チシャ油の凝固した部分による機能不全と、雪の上という足場の悪さが、ミーンを苦しめる。


「っへっへっへっへ。やってくれたよなぁ? 片足一本でこんな目にあうと思わなかったぜ。」


 何が面白いのかわからない笑い声が響く。四本角のベイラーは、再び体にかかった雪を溶かしている。体中が凄まじ熱を発しているのは明白だった。


「やっぱりもう片方も潰しとかないとなぁ!」


 四本角のベイラーが、無造作にミーンの片足をつかんでもちあげる。体重を感じさせない持ち上げ方ができるほど、そのベイラーの力は強く、大きかった。そのまま、両手を使って、ミーンの足を握り締めていく。


「《ガアアア!?? ああああ!? 》」

「これは、罰なのさ。おまえたちが悪いんだぜ。このパーム様の言うことを聞かないからだ。」


 バキバキバキと、片足がひねられていく。雑巾を絞るかのような、配慮の欠片も見えない扱い方で、ミーンの足を潰していく。空色をしたミーンの欠片が、雪の上に積もる。しかし、ミーンもナットも諦めていない。最後の足搔きをしてみせる。ひねられないように、膝をたたむようにサイクルを回していく。


「《ひと思いになんかさせるもんか! 》」

「おまえ達みたいなのに! いいようにされてたまるか! 」

「あがく、あがくねぇ。じゃぁそれが無駄だって分からせてやるよ。」


 その光景を、カリンはじっと立ち尽くして見ていた。呆けている訳ではない。目に焼き付けている。そんな眼差しだった。


「私は、貴方のことを許しません。」

「ああ?なんだ急に。いまいいところなんだか黙ってろよ。」

「ベイラーをただの道具としてしか見ていない貴方を、決して許しません。」

「はん。許さないなら、どうすんだ? 」

「裁いてみせます。必ず。」

「裁くぅ? 別にいいけどよ、1人でどうやってそんなことをするってんだ。」


「《1人じゃない! 》」


 四本角のベイラーが、その頬を別のベイラーによって殴られる。大きく体勢を崩した拍子に、ミーンをその手から離してしまう。


「な、なんだぁ!? 」


 不意打ちを喰らい、パームは本日2度目の転倒を経験する。視線を、たったいま殴ってきたベイラーに向ける。ミーンではない。そもそも、ミーンに『殴る』ということはできない。


 なら誰が殴ってきたのか。


それは、純白のソウジュベイラーだった。

  

「いつの間に助けを呼びやがった!? 」

「《カリン! 遅くなった! 》」

「上出来よ。 私を中に! 」

「《お任せあれ! 》」


 カリンの元に走ってその手を向ける。カリンも慣れた風に、コウのコクピットの中に入っていた。


「《カリン、あの刺々しいやつは、新しいベイラー? 》」

「あれは四ツ目のベイラーです。形が変わりました。」

「《あれが四ツ目!? じゃぁ、盗賊なのか!? なんでこんなとこに!? 》」

「さぁ。でも、残り3つがどうこう言っていました。急を要するのでしょう。……コウ。」

「《はい。》」

「ミーンが、他の皆も、あのベイラーに、いや、あの男によって大怪我を負いました。」

「《はい。》」

「乗り手も心配です。このまま逃げ出したとして、あの6人を盗賊にむざむざ渡したくありません。だから、戦います。」

「《わかった。なら、今度は勝とう。》」

「ええ。勝ちます。必ず。」


  サイクルブレードを展開し、その手に握る。そしてもう1度、十字に腕を組んでブレードを大きく太くしていく。カリン命名のサイクルミルフィーユブレードだ。菓子の名がついていながら、その迫力はむしろ凶器としての面を存分に押し出している。その武器を、いつものように肩にすえた。


 コウとカリンの、パームとの再戦が始まった。




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