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新たなグレート


 ゲーニッツ・ワイウインズにとって、グレート・ギフトは、幼い頃から共に生きてきたベイラーだった。ギフトと初めて出会ったのは、、彼が、彼の父に連れられた時である。最初の印象は、年老いたベイラーというのはこうなるのか。という物だった。ゲーニッツ自身、長年生きたベイラーを、地下にいたキノコを生やしたベイラーしか見た事がなく、そしてそのベイラーは、周りからみても特殊な例であるとは聞いていた。故に、純粋に、ただ長年生き続けてきたベイラー、というのを見るのは生まれて初めてだった。


《我が友の子よ、そちらが》

「ああ。俺の子だ」


 父が交わした言葉と、ギフトの目線は、今でも鮮明に覚えている。言い方もまた独特だった。父が「友の子」と、子供扱いされている事に違和感を覚え、そして、その友の子の、さらに子供の自分は、このベイラーに一体なんと呼ばれるのだろうか。などと考えたりもした。


「いずれ、お前が乗る事になる」


 父にそう言われ、彼が実際に乗り込めたのは、十年以上先の事だった。王が代々乗り継いできたベイラー。手のひらから小麦を出し、この国、ゲレーンを支え続けてきたベイラー。自身の、相棒たるベイラー。


「グレート・ギフト。何故そこまでこの国と共に居てくれる?」


 やがて、乗り手となり、父が亡くなるも、イレーナとの間に、クリンとカリンという娘をもうけ、忙しくも充実した日々の中で、ふとギフトに聞いた事がある。自分に直系の男児が生まれなかった事で、この国の次期王は、初めて別の血族が王となりえるかもしれない。無論、ゲーニッツが引退する間に、カリンやクリンが、男児を生み、その男児が王位を継承するのであれば、問題ないのだが、少なくとも二十年や三十年の時間は必要である。


 そう。時間、時間について真面目に考えた時、己の相棒たるギフトは、すでに二十年や三十年など当たり前に過ごし、百や二百、ともすればもっと長い間、この国で過ごしていた。すでに十年ですら、ゲーニッツにとっては長い時間なのだ。その何十倍も長い時間を、なぜギフトは共に居てくれたのか。ふと不思議になって問いかけた事があった。ギフトは、その問いを受けると、しばし首をかしげ、そして、ため息交じりに応えだした。


《やはり、我が友の子は、必ず同じ問いをしてくる》

「……同じ?」

《そなたの親も、そのまた親も、さらに前、アインですら、同じ問いを投げてきた。そこまで気になる事なのだな》


 アイン。それはまだこの地に『国』という概念すらなかった頃、初めて王となり国をつくった男の名前。その血は、脈々と紡がれ、今もなお、ゲーニッツの体に流れているという。


《―――その問いの答えも、また同じなのだ》

「と、いうと?」


 少し卑怯かもしれない。とゲーニッツは思った。相手の言葉はすでに決まっており、そして、確信がないものの、自惚れでなければ、その答えは、聞いた事がある気がしていた。そうさせたのは、彼の中に流れる血か、それとも、国が有事の際に、毎回ギフトが仲間のベイラー達に投げかけている言葉だからか。どちらかは分からなかった。


《好いておるからだ。この土地を、人を》


 その答えを聞いて、『ああ。やはりそうなのか』と、納得した彼がいた。



「ギフト、受け継ぐとは何の事だ!?」

《新たな、グレートを選ぶときが来たのだ》


 大火力のカノン砲を受け、ボロボロになったギフト。シールドがあった上でのこの威力であり、こんな物を連射されれば、ベイラー達は、そして逃げている生身の兵士や、戦えない避難民たちはひとたまりもない。すでに、新型爆薬を投下された帝都は火の海と化している。地上に逃げ場はなく、空もまた同じ。ならば避難するには海路しかない。だからこそ、その身を挺して盾となる事を選んだギフトに、ゲーニッツは賛同した。だが、そのギフトは、また別の事を考えていた。


《我が、友の子よ。今まで、共に生きて来れた事は、我が身にとって最大の幸運と安らぎであった》

「ま、まてギフト!? 何をする気だ!? この後何が起きるのだ!?」


 普段であれば、ギフトとゲーニッツは一心同体。その一挙手一投足は自分の手足と同じように操れるのは言うに及ばず、お互いの思考も分かり切っている。だが今は、ゲーニッツは操縦桿を握っているのに、まったく共有がされていない。それは、ギフトの側から、一方的に共有を切っている証拠だった。


「この戦いを終えてもまだ共に生きるのではないのか!?」

《思えば長く生きた。この身はすでに本懐を遂げる事も叶わぬ》

「そんな」


 ベイラーの本懐、それは、(ベイラー)である己を、ソウジュの木として発芽させる事。種だけでは遠くに行く事は叶わず、故に人間の手を借りてきた。


《だが、我が妹が教えてくれた。この命、最後の使い道を》

「最後……」

《案ずるな。今よりグレートとなる者は、犯した罪を贖う、贖罪の為に生きるのだ。その力は凶悪にして凶暴であろうが、今のそなたらには大事な力となろう》

「やはり、この結晶の中には、あの黒いベイラーが!?」


 氷の結晶の中に閉じ込めれている黒いベイラー。そのベイラーの事を知らぬゲーニッツではない。


「アレの乗り手はわが国にとっての災いだ!」

《乗り手は戻って来ぬ。戻るのは、ベイラーだけだ》

「し、しかし」

《そなた達と歩んだ道……まこと、得難いものであった》


 ギフトは、ガコ、ガコ、とボロボロになった体で、膝をついてでも体勢を整える。膝立ちにはなれたものの、なんとか倒れないようにするだけで精一杯の状態だった。ゲーニッツは、操縦桿を何度も握り直し、共有を得ようとするも、まったく叶わない。ギフトがこれから何をするかは分からなないが。その身を犠牲にする事だけは、直感で理解できた。


「ギフト! 私も共に!」

《ならぬ。そなたは生きよ》


 次の瞬間、ギフトのコックピットが切り裂かれ、何者かが侵入してきた。突然の出来事に、一瞬反応が遅れるものの、ゲーニッツは腰の剣を抜き取り、目の前に現れた侵入者と戦おうとした。だが、その相手は、人ではなかった。


「リュウカク!?」

「……」


 龍の眷属であり、竜と同じ角を持つ、鹿のような、馬のような生き物。ゲレーンの森に住んでいるが、その姿を現す事はめったになかった。星の危機に、番い共々参戦していたのは視界の端で見ていたが、いざ目の前にすると、その艶やかな白い毛並みと、ベイラーの中でも最も硬いコックピットを易々と切り裂く、恐ろしくも美しい角は、見る者を魅了しかねない姿だった。


「なぜコックピットを!? ってうぉあ!?」


 その姿にゲーニッツが呆気にとられていると、リュウカクは、ゲーニッツ服をむんずと口で加えると、引きずり下ろすようにしてギフトから下ろしていった。


「ま、まて! まってくれリュウカク!」

《眷属のお方。世話を掛けます》

「……」


 ゲーニッツはなんとか逃れようとジタバタ暴れるが、リュウカクの角がわずかにでも触れた部分がパックリと斬れたのを目の当たりにし。下手に動けば自分の体がバラバラになってしまう事を悟った。だが、そうであったとしても、この場を離れる事は、納得できなかった。


《我が友の子よ》

「ギフト!」


 リュウカクに引きずり降ろされた僅かな間に、ゲーニッツとギフトの眼がある。ギフト顔は黒く焦げ、すでにそのバイザー状になっている眼が割れており、片方が見えなくなっている。夜も深い帝都が、燃え盛る炎によって照らし出され、バイザーに反射している。その反射しているもう片方の眼で、しっかりと、ギフトはゲーニッツを見た。そして彼に伝えたかった言葉を言う。


《また、共にな》


 それは長い間、ゲレーンという国ができ、定着していった別れの言葉。ただの別れの言葉ではない。いずれ、どのような形であろうと、ふたりが再会できるようにという、祈りと願いが込められた言葉。今の世では、別れとなるかもしれない。しかし、いずれ、時が巡り、出会う事を祈っての事。


「ああ。ああ!」


 ゲーニッツは、リュウカクに咥えられて無様な姿である知りながら、それでも、応えねばならなかった。応えなくては、その祈りは自分に届いたのだと、ギフトが知る事ができなくなってしまう。リュウカクがその場を離れ始めるのも構わず。ひたすら大声で叫んだ。


「また共に! また共に!!!」


 その声を聴いたのか、ギフトは、そのボロボロになった顔で、ゆっくりと頷き、そして、相対する者へと向き直る。


「白い奴以外に、カノン砲を防ぐ奴がいるとはねぇ」


 ポランドと、彼女が操る一つ目のベイラーがゆっくりとギフトに近づく。上空では、第二波を敢行すべく、アーリィ達が旋回している。ポランドが操るブレイク、そのブレイクに搭載してきたカノン砲は、速射こそできないが、装填時短は非情にスムーズにできるよう設計がされている。すでに次弾を装填し終えており、ギフトに照準を合わせていた。そして、ギフトには、もうカノン砲の一撃を耐える事など不可能だった。


「だが、コレで終いさ」

《……長く、長く生きた》

「ん?」


 よろよろと、その腕が動く。その腕の先には、ギフトと共にこの場所に飛ばされてきた結晶がある。


《お前達のような者も何人もいた》

「お前達のような?」

《人から奪う事を、なんとも思わぬ者たちだ》


 壊れかけの指を、結晶に食い込ませならがら、ギフトは言う。


《事情があり、そうなってしまった者も、最初から生き方がそうだった者もいる。だからこそ、やらねばならぬ》

「老いぼれでボロボロのベイラーに何ができるのさ」

《……何かを、奪うものは》


 ギフトの、欠けたコックピットや、その眼が、怪しく光る。体中のサイクルが、損傷も度外視で強引に回り始める。


《必ず、()()()()()()()()()

「訳の分からない事をいってるんじゃないよ!」


 何をしたいのか、何を言いたいのか分からず、ポランドはカノン砲を発射せんとした。ギフトの指先にいる、氷漬けになっている存在の事は理解している。だが、今のギフトに、その氷を融かす事などできはしないと高をくくっていた。


「今更何ができるっていうんだい!」


 照準を合わせ、カノン砲を撃った、障害物もなく、風もない。外す距離でもなく、もし外れたとしても爆風で木っ端微塵である。火薬が爆ぜ、砲弾が飛び出していく。あたりの音など、硝煙の音で何も聞こえないはず。


 だがその時、静かな詩が聞こえた。


《龍よ。その名をお返しします。そして新たにこの者を、偉大な名をお授けください》


 砲弾はまさにギフトに直撃せんとした。だが、詩が聞こえた瞬間、あたり一面を、まばゆい光が包んでいく。その光に、ポランドが発射したカノン砲の砲弾が飲み込まれていった。


「何の光!?」

 


「コウ!?」

《なんだあの光は》


 その光は、バスターケイオスと戦っていたコウ達にもよく見えた。その光は、天の上る柱のように伸びていく。そしてその色は、人の血と同じ赤。


「またマイノグーラが何かした? それともポランドの新兵器?」

《……同じだ》

「何が?」

《オルレイトから聞いたんだ。俺たちがこの姿になった時の事》


 コウの姿は、すでに普通のベイラーとかけ離れている。アーリィの翼を模した、二対四枚の翼。アーリィのようの変形でき、そして帝都に来てからは、カミノガエの采配によって各所に金のエングレービングが施されれている。一番の変化は、やはり背中の翼であろう。そしてその翼は、砂漠でコウが、カリンとの中が深まった時に起きたものである。お互いがお互いをどう思っているかを、あの時二人はようやく自覚したのだ。


《緑の光があふれ出て、そこから俺たちが飛び出したって》

「でも、そしたら、あそこにいるのは一体誰?」

《分からないけど……》


 言葉尻を濁すコウ。それは、彼にはある種の直感が働いており、しかしその直感は、自分でも信じがたいものであった為である。もしかしたらそうかもしれないが、ソレはありえない。いや、()()()()()()()()()()


《だって、アレじゃ、もう乗り手は》

「まぁどうだっていいわ。マイノグーラでないのならやりようはある!」

《あ、ああ!》

「龍は何をやっているのかしら!」


 現状は、このバスター・ケイオスをどうにかするのが最善であると信じるが、しかし、ケイオスが動き出した事で前提が覆る。前腕がゆっくりと動き、その拳が握られていく。その挙動を、つい先ほどコウ達は診ている。


《ま、まずい! 拳を飛ばす気だ! また龍が吹き飛ばされる!》

「でもあんなの止めようがないわ!」

《だからってなにもしない訳にいくか!》


 コウが飛び上がり、構えらた拳の元に急ぐ。すでに狙いをさだめられいるのか、バスター・ケイオスの動きは滑らかであった。だからこそ、二人はその動きの違和感に気が付く。


「狙いが龍じゃない?」

《あの光を狙ってる?》


 その拳は、竜に打ち込まれるのではなく、赤い光へと向かっていた。光の柱は未だに伸び続け、夜空を突き刺さんとしている。


《どちらにしろ何とかするぞ! 地上にはオルレイト達がまだいるんだ!》

「大炎斬でやってみる!」


 コウがブレードを作り上げ、炎を纏わせ始めたその時。赤い光の中から何かた飛び出してくる。大きさはベイラーより小さい。しかし、その形状を、コウ達はよく知っていた。そしてコウは、自分の直感が的中していた事に慄いた。


《カリン! 離れるぞ!》

「―――ッ!?」


 とっさに変形し、飛行形態で拳から遠ざかる。拳が打ち出さようとした時、その飛び出してきた何かが怪しく輝いた。


 飛び出してきた―――()()()()()()()()()から、サイクル・ノヴァが放たれ、ケイオスの腕の中央から焼け溶かしていく。一瞬で高温に熱せられた空気が爆ぜ、爆風が辺りを包む。夜風と共にケイオスの破片が舞い散る。


「ケイオスの腕が、燃える」

《まて、まだ来る!?》


 光から飛び出したのは、ひとつではなかった。あらたに三つ。光の中から飛び出し、まるでまとわりつくようにして、あたりを飛び回る。それは、カギ爪のついた左腕と、ほぼ銃身と変わらないような形になった右足と左足。かかとがピンヒールのようになっている。ともすれば、歪な形をしたハサミのようであった。


 先に飛んできた右腕と合わせ、計四つから、それぞれサイクル・ノヴァが吐き出されていく。コウの爆裂と違い、一条の光となって打ち出されるその攻撃は、ケイオスの腕に、ミミズ腫れのような傷を残したと思えば、次の瞬間には、その傷口が悉く爆ぜていき、やがてケイオスの腕そのものが焼け爛れはじめる。それは圧倒的な火力と威力、そして手数であった。


 ケイオスに有効打を与えられた。それは喜ばしい事のはずであった、しかし、その攻撃方法は、コウ達にとってあまりに見覚えがありすぎた。


「……今の、攻撃って」

《足に、それに前は無かった左腕まで》

「コウ、私」

《ああ、分かってる。行かないと》


 何が何でも、その眼で正体を確かめねばならなくなった。すでにふたりの中で、一体何が、否、誰が其処に居るのかは分かっている。だが、本当にそうなのか、確かめねば気が済まなかった。


「陛下! すぐ戻ります!」

「う、うむ!」


 一言カミノガエの告げ、カリンが、コウが飛んでいく。地上に戻り黒騎士達の様子を見る暇もなく、一目散に光の元へと急ぐ。当の地上も、何が起こったのか、一部の人間は理解しておらず、逃げる事もわすれて茫然としている。


「ポランドのベイラーがいる!」

《近くにいるのは……レイダさんか!?》


 ヨゾラと共に空を飛んでいたレイダが墜落している事実と、爆風であたりが火で包まれている異様な戦場に、さらに異様な光の柱。状況は全く把握できなかった。


「とにかく、レイダの傍に」

《あ、ああ!》


 レイダと、ヨゾラの元に駆け付けると、その悲惨さを目の当たりにする。ヨゾラの翼はすべて焼け落ち、もう飛ぶ事などできそうにない。そして、墜落した際に受け止めたであろう、久々に会うベイラーを目にする。


《もしかして、キッスか?》

《おー……コウだ。ほんとうに……ずいぶん変わった》

「キッス!? なら乗り手はワイズね!?」

「左様です姫様! 」


 キッスとワイズは、共に山狩りをした仲である。こうして会うのは一年振りと言えた。


「ワイズ! あの光は一体?」

「それが、よくわからんのですがが、グレート・ギフトが、グレートを受け継がせるとか、なんとか」

《グレートを受け継がせる?》

「それで、ギフト殿が、その身を盾になった後に……」

《ギフトが!?》

「まって、ならお父様は!? 一緒じゃないの!?」


 わずかにカリンに動揺が走る。ギフトと共に運命を共にしたのではないかと一瞬でも考えてしまう。


「それが、リュウカクが現れて、王様を連れ出したんです」

「そ、そう……まって、じゃぁグレート・ギフトは?」

「それが、あの光の中です……もうこっちは何がなにやら」

《グレートを受け継がせる……ギフトが盾に……何をしたんだ》


 ワイズも状況を理解していない為、その説明は混迷を極めた。しかし、コウの直感が、この後、あの光から何者が出てくるのかを理解していた。


《カリン、ブレードだ》

「え、ええ」

《きっと、あの人は俺を襲ってくる》

「……そう、ね」


 サイクル・ブレードを構え、光の柱へと向きなおる。その様子を面白くないとふてくされているポランドが眺めていた。


「あたくしを無視するはいい度胸じゃないか。ならもう一発―――」


 コウ達へとカノン砲を向けた時。先ほど光の中から飛んできた両手、両足が、紐によって巻き取られるようにして戻っていく。そして、その戻るついでと言わんばかりに、その四か所から同時にサイクル・ノヴァが無作為に放たれた。大地を焼き、地面を抉り、あたりを爆炎で満たしていく。


「お、おいおい見境無しかい、ええ!?」


 ポランドはすでに、その正体を知っている。結晶の中にいた時にその姿を見ているのだ。だからこそ、驚きと共に、納得している。


「本当に簡単に死なないねぇ。あんたらは」


 やがて、光の中から、その胴体が現れる。その肌は黒く艶が無い。背中には、より強大で大きくなった二対のサイクル・ジェット。翼で揚力を得るのではなく、単なる推力だけを求めた結果としての均衡のない歪な形。その大きな背中からバランスをとる為なのか、腰からは長い尻尾が伸びている。時折バランスをとるように蠢く姿は、蛇のようで薄気味悪さに拍車をかけている。そして、肘から先、膝から先に、さきほど飛んで行っていた両手両足が元に戻る。真一文字に切り裂かれたコックピットが痛々しい。


 カギ爪の付いた両手は、もう誰かの手を取ることなど考えられていないようで。その両足は、大地を踏みしめる事さえ諦めたようで。その歪に大きな背中は、誰かと共に寝転ぶことさえ拒否しているようで。それら全てが、誰かと供に生きる事など、最初から考えられていないようであった。

 

《―――》


 光が収まり、その姿が露わになると同時に、彼女の慟哭が戦場に響きわたった。怒りの声とも、嘆きの声とも、悲しみの声とも取れるその声は、ただでさえ混乱の最中にあった戦場をさらに困惑させた。

 

 ただ一人。その名を呼ぶ者だけが、事態を理解していた。


《アイ!!》

《……》


 アイ。そう呼ばれた彼女は、ゆっくりとコウに向き直った。その真っ赤な髪をなびかせて歩いてくる。重い背中と両腕、そして尻尾がゆらゆらと動き、そしてピンヒールのせいなのか、前傾姿勢でのしのしと歩くその歩き方は、もはや人というより、二足歩行であるだけのただ人外でしかなかった。


 白く艶やかな肌をしたコウと、黒く傷だらけの肌をしたアイが向き直る。


《君は……俺と戦う為にもどってきたのか?》 

《……》

《なら、相手になる》

《……》

《でも今は――》


 ガン! とコウの頭のアイの頭がぶつかる。ベイラーの眼は、人間と違い瞼はない。故に表情と呼べるものは乏しい。よくて目線で語る程度の事しかできない。だが今この瞬間、アイは確かにコウを睨みつけていた。そのように、コウに錯覚させる程度には、怒気が籠っていた。


《うるさいのよ》

《……》

《イライラする……あんたにやられて、向こうで勝手に約束事を決められて、で! 今度はコレよ》

《向こう?》

《地獄か何かでしょ。知らないし興味、ないッ》


 ガン、と再びコウに頭をぶつける。今度はほぼ頭突きに近い。だがコウも踏ん張り、態勢を崩す事はなかった。


《じゃぁなんで》

《言ったでしょう。また勝手に呼び戻されたのよ!》

《俺と戦う為に、もどったんじゃないのか》

《ならとっくに戦ってるってのこのクソッ! クソ! クソ!》


 ガン、ガン、ガンと頭突きしているが、コウからしてみると、どうにも手加減されているような気がしてならなかった。


《龍の力だとかなんとか知らないけど、こんな感じか!》

《(……龍が何かしたのか?)》


 龍の力は多岐にわたる。どこにでも現れ、嵐を飲み込み、星に災いをもたらす者には、その力を抑制させる、文字通り神のような力さえある。


《ま、まってくれアイ。じゃぁ君は、なんの為にここに》

《……それが一番腹立つのよ!》


 ガン、と最後に頭突きをし、そのまま姿勢をもとに戻す。コウの方はなんども頭突きされたものの、どこも欠けてはいない。アイの強さを考えれば、いまの頭突きでコウの頭が吹き飛んでもおかしくはなかった。だが、そうはなっていない。


《私はねぇ!》


 カギ爪のついた指で、コウを指差す。ともすれば突き刺さりそうな指となっているが、やはりコウを傷つける事はない。そして、アイはまくし立てるようにして続けた。


《あんたを! あんたたちを、()()()()()()()()()()()()()!!》

《―――なん、だって?》


 コウにとってそれは信じがたい事であった。だが、状況がその裏付けとなっている。


《で、でも乗り手は!? というかパームはどうした? あいつが俺たちと一緒に戦う訳がない!》


 アイの乗り手。パーム・アドモント。コウにとっても、カリンにとっても、マイノグーラと同等の敵と言うべき存在。アイが戻ってきなのなら、彼もまた戻ってきてもおかしくはなかった。


《あいつは、居ないわ》

《いない?》

《戻ってこれなった。今でも、あの不気味な場所で訳も分からず、バカみたいに戦ってるんでしょうね》

《(不気味な場所……果ての戦場)》


 この世界の地獄。そこに、パームとアイはいた。そしてアイだけが、ここに帰ってきた。グレート・ギフトの手によって。


《聞きたい事は終わり? まだあっても、もう答えないけど》

《あ、ああ。大丈夫……いや。一個だけ》

《話聞いてた?》

《アイ。俺たちと、一緒に戦ってくれ》

《……》


 ブレードを地面に突き刺し、両手を空けた後、コウは手を差し出す。どうみてのアイの手では、こちらの手がズタボロになるのは明白であるが、それでも、コウは友愛を示す手段として、握手を選んだ。


《命令すんな》


 その手を、アイはいとも簡単に払いのける。コウはその事については動じなかった。むしろ、コックピットにいたカリンのほうが激情に駆られる。


「貴女、いい加減に!」

《あんたらは勝手に戦ってなさい。私も勝手に戦うだけよ》

《……ああ。ああ! それでいい!》


 コウは、払いのけられた手を、強引に両手でつかみ、カギ爪が食い込むのも暵まず、ブンブンとふる。


《それから、アイって呼ぶな》

《え、どうして?》

《龍から名前を付けられた。どうしても呼びたいならそっちで呼べ》

《なんて名前を?》


 アイが、ゆっくりと告げる。そこには、ため息と、僅かな清々しさが合わさっている。過去のアイの経験が、自分の名前に嫌悪感があるのか、それとも別の何かか。アイの事を知らないコウには分からなかった。


《グレート・エクトー》

《エクトー……君の、あの技からとってるのか》


 強奪の(エクストーション)(フィンガー)。アイが使用し、そして数多の乗り手を殺めてきた技。なぜその技の名前の一部をもじったのか。それはアイにもわかっていないようだった。


《たぶんね。でも、アイよりずっとマシ》

《わかった。グレート・エクトー。でも》

《なに?》

《君の名前の事も、俺は忘れないよ。アイ》

《……本当に変な奴》


 握手ですらないソレを受け入れた後、アイ改め、グレート・エクトーとコウの二人は、敵を見る。


《さぁ。行こうエクトー!》

《さっきも言った。命令すんな》


 黒いベイラーと、白いベイラーが、戦火の中で初めて並び立った。

ここまで、本当に長かった。

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