ベイラー・キャリアード
「新型爆弾、着弾確認!」
「ようしようし」
ベイラー・キャリアード。そのブリッジ。操舵者とは別の、この飛行船を指揮する者である彼女―――龍が帝都を閉ざす前に脱出に成功していたポランド・バルバロッサは、感嘆と共に目を輝かせている。時刻は夜。すでに目も効かない状態であるが、それでも、龍という巨体が動き、退いた事を、上空から目視するのは容易かった。
「出せるアーリィの数は」
「全部で6、ザンアーリィが3です」
「よし。このままキャリアードは離脱。ベイラー達を出すよ」
「はい!」
「戦闘準備だよお前達」
「「「了解ですバルバロッサ夫人」」」
帝都を襲撃する際に建造された、巨大空母。ベイラー・キャリアード。それは商業国家アルバトを筆頭とした商業連合軍が、まだセブンが仮面卿と名乗っていた頃、その技術と情報をもとに共同で開発、栽培されたアーリィ・ベイラーの一種である。アーリィ・ベイラーは、グレート・ブレイダー達を模して造られた物であるが、それゆえに飛行形態と人型形態への変形を有していた。しかし技術と知見が進むにつれ、飛行形態は飛行形態独自のメリット、デメリットが、人型形態には人型形態独自のメリット、デメリットが広まった。結果として、高機動を良しとしない実験機も生まれ、さらなる情報の収集も行わた。
情報の収集と精査により、最終的には、このベイラー・キャリアードには、本来ベイラーにとって最重要であるはずの、人型をとる事ができない。代わりに、構造の大型化と単純化による、胴体の収容量が桁外れに大きくなる。そうして構想され建造されたのが、このアーリィ・ベイラーを空中輸送できる生活空間さえ確保した、巨大な空飛ぶ輸送船としてのベイラーであった。
「ポランドちゃんと呼べといっているのに」
手下の言いようにぶつくさと文句を垂れながら、ポランドは観察していく。現時点で、帝都にいた商業連合軍は壊滅といっていい。このキャリアードに居るのは、本来投入予定でなかった予備兵力であり、戦力の数も、練度も、開戦時の半分以下と言える。
「(だが、それでも構うもんか)」
それでも、今、この瞬間に援護するというのが、なによりの効果を発揮する事を、ポランドはよく理解していた、
「(どうせ地上でも空中でもろくに戦えない連中だ。なら」
圧倒的な技量と戦力の差を埋める為に、ポランドには秘策があった。その秘策は、アルバトが用意していたあの爆薬。
「(キャリアードだけじゃ落としきれない。できる限り、まんべんなく落としてやらなきゃね)」
これから、手下たちは、新型爆薬を満載したアーリィ・ベイラーで上空を飛んでいく。そして、帝都の地を、文字通り消し炭にするのだ。
「バ、バルバロッサ夫人!」
「ポランドちゃんと呼びな!」
「ぽ、ポランドちゃん! 帝都にバスター化したベイラーが!」
「(ほう。セブンの想い人は巧く扱っているようだ。感心感心)」
セブンの想い人の名前を、ポランドはまだ知らない。だが、セブンとの付き合いは長い。彼がぽろっとこぼした想い人についてのアレコレは、嫌というほど耳に残っている。その出会いも、分かたれた理由も。それゆえの憎悪も。
「あれほどの巨大化をみせてくれるとはねぇ」
「ポランドちゃん、どうしましょう?」
「心配する事はないよ。アレはアタシたちの味方だよ。なにせアレは、我ら仮面卿の奥方が操るベイラーだ」
「か、仮面卿に奥方が!?」
「そうさ。お前達も聞きな!」
ベイラー・キャリアードに張り巡らされた金管ラッパから声が響く。
「仮面卿が、なぜアルバトを支援し、帝都を打倒しようとしていたのか。今、話すとするよ」
「な、なんだ?」
「今になってどうして?」
手下たちの中で動揺が走る。当然である、彼等はただ、帝都打倒の為に動いていた。仮面卿の境遇など聞いた事がない。だが、彼等の中にも、なぜ、仮面卿がここまで自分達を支援してくれるのか、気にする者がいたのもまた事実。仮面卿の協力なくして、このキャリアードはおろか、アーリィの供給もあり得なかった。ポランドが声を張り上げて進める。
「今、外にいるバスター化したベイラーの乗り手。アレには仮面卿の奥方が乗っているんだ」
「う、嘘だろ!?」
「仮面卿って奥さんいたのか!?」
「(嘘ではないからね)」
仮面卿、セブンとマイノグーラの関係性を今ここで事細かに説明するよりも、もっとも単純な関係性を示すほうが効果的であるとポランドは考えた。
「彼女は長い間、帝都に幽閉されていた。彼女を取り戻すべく、仮面卿はなんども帝都と戦い、その度に返り討ちにあった。仮面の奥と言わず、その体中にいくつも傷をつけて……だが、彼は絶対にあきらめなかったんだ」
「そ、そんな」
「(まぁコレも嘘ではないね)」
そもそもマイノグーラが元より星の外から来たもので、幽閉されるべくしてされている点は話さなかった。ここまで話ていると、手下の一人が、ハっと気が付く。
「で、でも仮面卿は……」
「そうだ。道半ばでついに倒れてしまった……アタシにとっても、あいつは、いい友人だった」
仮面卿が倒れた事は、他の誰でもない、ポランドが告げていた。今までは、仮面卿に対して、ただのパトロン程度の認識しかなかった手下たちであったが、ポランドからもたらされた情報により、その認識が改められる。
「それを知った奥方は怒り狂い、仮面卿の仇を討とうと、命の投げ売って、あの巨大なベイラーを操るに至っているのさ」
「そ、そんな事が」
「連合軍諸君。こんな事をアタシが頼める義理じゃないが、どうか、アタシの友であった男の、長年の夢をかなえる手伝いをしちゃくれないか。帝都から奥方を解放するという夢を」
一瞬の静寂。その後に、キャリアード全体が震えるような歓声が巻き起こった。
「まかせてくれぇ!!」
「まだあそこで戦ってる仲間もいるんだ! 絶対解放してみせらぁ!!」
「(……話の筋だけ見ればそうなるわな)」
この演説は最後の一押し。ポランドは、冷静になった頭で、彼等の歓喜の毛尾を聞いていた。
「(大義名分が増えた。加えてそれが美談と来ている。こんなに人が動きやすい条件はない)」
もとより、帝都に反感を持っていた者たちの集まりである。それを知った上で利用し、こうして人を集めていたとはいえ、ここまで仮面卿の話の乗ってくる事に、少々驚いていた。そして驚いていたのは自身の事。
「……ん?」
足元に水滴が落ちている。上を見ても、雨漏りが起きたわけではなかった。そうして、その水滴が出てきた場所をたどると、自身の顔に行き当たる。
「そうか。いい友人だったってのも、嘘じゃなかったかぁ」
目から零れたソレを拭う。付き合いが長かったからか、その目的をしっていたからか。それとも、秘密の共有をしている数少ない人物のひとりだったからか。少なくとも、ポランド・バルバロッサは、友としてセブン・ディザスターと長い間接していたのだと。今、兵士達を騙さんとするこの瞬間に自覚した。
「以上! 健闘を祈っとるよ!!」
ラッパを閉じ、ブリッジのいる手下たちに見せないように顔を拭う。
「あとを任せていいかい」
「ど、どうなさるので?」
「アタシもこの弔い合戦に出たいのさ。悪いかい?」
「い、いえ。バルバロッサ夫人であれば、誰も文句はいいませんとも」
「だからポランドちゃんだって」
そう言いつつ、ブリッジを手下に任せ、自身もまた乗り込むべき乗騎の元へと向かう。格納庫ではポランドが現れた事で、兵士達の士気は最高潮に上がっていた。
「バルバロッサ夫人! いえポランドちゃん! 我らお伴します!」
「ああ」
アーリィ。ザンアーリィへとそれぞれ乗り込んでいく手下たち、その中で、唯一、翼を持たないベイラーの元へとポランドは向かう。
「さぁ。いこうか。あたしの可愛い可愛い息子よ」
ポランド専用の非可変型のベイラー。ブレイク。アーリィの推進力を補助的に用いている為、地上での疾走、跳躍は可能だが、飛行はできない。先の戦いで破損した部位を修復、そして改修を施している。特に背中に武装を積んだバインダーが追加され、新型爆薬を用いた火薬兵装を搭載している。増した重量をものともしないように関節各部も調節されていた。
「さて。おーい、誰かの乗せとくれ」
「ポランドちゃん! この背中にお乗りください!」
「エスコートを頼んだよ」
ザンアーリィの背中にブレイクがまたがる。
「格納庫開け! 総員発進!」
「仮面卿の弔い合戦だ!!」
「(本人は望んじゃいないだろうがね)」
弔いなど無用であると、きっとセブンであれば答えただろうと。セブンは最後の最後に、愛するあの星の外から来たものを守ったのだ。悔いのひとつも残っているはずもないと。
「(だから、勝手に弔ってやるさ)」
本人に聞く手段などないのだ。ならば、己の好きにさせてもらう。今までポランドがそうしてきたように。
「全員、爆弾投下後、狙うのは白いベイラーだ! アレさえ堕とせば、この戦い、アタシたちの勝利だよ!」
「「「了解!」」」
その翼に、大地を焼き払う爆弾を明一杯詰めて、キャリアードの中からアーリィ達が飛び出していった。
◇
「なんだ!? 何が起こった!?」
キャリアードからの爆弾投下により、戦場は一気に炎に包まれた。瓦礫だらけだったはずの場所は更地になり、クレーターとなり、もはや何も無くなっている。地上にいた帝都の人々は、再び襲い来る新型爆弾の脅威を思い出し、体が固まり始めていた。
「アレは空母?なら、もしかしてポランド・バルバロッサか!?まさか生きていたなんて」
《黒騎士、これは》
「爆弾をなんとかしないと」
「オイ! オルレイト! 聞こえるか!」
ゴンゴンと足を叩く音で下を向くと、ずっと共に戦い続けていた兵士達の中に交じっていた、彼の肉親がいた、思わず仮面を脱ぎ捨てる。
「父上!? どうなさったのです!」
「今のはなんだ!?」
オルレイトの父、バイツが状況の確認の為にやってきていた。体は煤けているが、特に外傷も見当たらないのが幸いと言えた。
「ちぃ、まだ耳が変だ」
「アレはアルバトが作った新型爆薬です」
「なに? 爆薬!? こんな威力のあるものをつくったのか!?」
「空飛ぶベイラーが空中から落とすんです。まだ来る可能性があります、これからレイダと迎撃に―――」
《オルレイト様!》
レイダが悲痛な声を上げた。視線の先には、キャリアードから出てきたであろうアーリィ・ベイラー達。その翼には見覚えのある爆弾が満載している。
「まずい! 父上! 話は後です! コックピットに!」
「な、なに!? しかし俺は」
「いいから早く!!」
オルレイトは無我夢中で父の手を取り、強引にコックピットの中へと迎え入れた。バイツはもんどりうちながら、外の状況を見る。
「ひ、久しぶりにレイダの中に入ったな」
「ヨゾラ! 急速上昇だ!」
《ジョウショウ! ジョウショウ!》
「上昇? 飛ぶのか? うおぉあ!?」
レイダと共にいるヨゾラのサイクル・ジェットが点火し、空へと舞いあがる。バイツは、乗り手を退いた身であったが、かつての相棒が突然空を飛んだ事に驚き声を失った。
「レイダ! サイクルショット!」
《しかしまだ距離が》
「構うな撃ちまくれ!!」
以前の長射程であった弓弩はここにはない。サイクルショットでは上空にいる敵に対してはどうしても射程がたりなかった。だとしても、ここで迎撃を行わなければ、地上にいる仲間たちすべてが焼き払われてしまう。
そうして、地表へと落とされた爆弾。視認できるだけでも3つ。
「撃ち落とせぇええ!!!」
何としても爆弾を落下するより先に落とさねばならない。しかし、飛び上がり、迎撃行動を行っているレイダは目立ったのか、他のアーリィ達からの攻撃を受け始める、背後から飛んできたアーリィが、サイクル・ショットでレイダを狙った来た。
《こ、これは》
「レイダ! 躱しながら当てられるか!?」
《やってみませます!》
集中砲火を避け、レイダが上空を飛び続けながら迎撃を繰り返す。落とされた爆弾のうちひとつに命中し、空中で大きく炸裂した。その爆風と爆音は激しく、空中にたレイダはおろか、地表にいた人々も耳を塞いでいる。
「あの2つ!」
《オルレイト様! 敵機がこちらに!》
「まて、あのベイラーは!?」
ザンアーリィの背に乗り、レイダに直接攻撃を仕掛けてくるベイラーがいる。それは、以前レイダを空中で狙撃してきた相手でもあり、そしてこの事態を引き起こした張本人が乗り手であることも、オルレイトは知っている。
「ポランド・バルバロッサ!」
「黒騎士ぃ! 生きていたのかい! しぶといねぇ!」
「こっちのセリフだ!」
空中でサイクル・ショットをレイダに向けて放たれる。狙撃は正確で、とてもでないが、爆弾を撃ち落としながら避けられるようなものではなかった。
「同じ飛べないよしみだ! 仲良くしようじゃないか」
「誰がお前と仲良くなんか!」
「そうかい!」
ブレイクが突然ザンアーリィから降りると、サイクル・ナイフを手にし、レイダへと突撃を賭けてくる。
「レイダ!」
《真正面からなど!》
サイクル・レイピアを構え、突撃してくるブレイク目掛け突きを放つ。その突きの鋭さは地表であれば、間違いなくブレイクを刺し貫いていたであろう鋭さだった。だが、ここは空中であり、三次元の軌道が可能である。
「ほうれ!」
ブレイクの腰についた、短時間だけ点火できるサイクル・ジェットが炎を噴き出し、その体を急上昇させる。レイダよりも高度を稼ぎ、すれ違うようにしてレイピアの一撃を回避した。
「コイツ、前より空中戦ができるように!?」
「誰が接近戦なんかやるかい」
ナイフは囮であった。すでにポランドの左手には、新たな武器が備わっている。鉄を筒状し鋳造されたその外見は、もはやその道具の名前を考察する必要がないほど、単純かつ明確な武器だった。
「喰らいな!」
ブレイクの腕に備わったカノン砲が火を吹く。爆薬があるのならば、大砲も作成そのものは可能であった。レイダへ向けて発射されたその大砲は、サイクル・ショットの何倍もの弾速で放たれ、その半身を文字通り吹き飛ばして見せた。その火力、威力、衝撃に、オルレイトも、バイツも、そして背中にいたマイヤも全身を強く打ってしまう。
「試製アルバトカノン砲。悪くないね」
これは、キャリアードに搭載予定であった大砲を、ブレイクように縮小、簡易化した火砲である。今まで、ブレイクの関節強度が大砲の反動に耐え切れないと分かり、使われる事はなかったが、この度の修理、改修により、ついにこの大火力を得るに至った。
「ポランドちゃん!」
「ああ。気が利くね。ついでに、奴らの巣窟を見つけたよ」
「おお! あそこですね!」
ザンアーリィがブレイクの手を取り、再びその背中に乗せる。
「ああ。白いのを落とすのはその後さ」
◇
「レイダが!」
「いかん!」
地表で避難誘導を続けていた彼等は、こちらに落ちてくるレイダの姿をいち早くとらえた。
「誰か! 誰かレイダ殿を!」
「任せろ! キッス! サイクル・ネットだ!」
《……おーまーかーせ》
ゲレーンから来た仲間の一人。ワイズと、その相棒。間の抜けたキッス。彼等が叫びを上げると、両手から、まるで漁師が使うような網が出来上がる。その網を、レイダの落下する手前の空間に投げ入れた。レイダの体は網にかかり、そのまま衝撃すべてがネットで吸収される。やがて、ゆっくりと下ろされると、その惨状が目に飛び込んでくる。
「な、なんだコレは。ぐちゃぐちゃないか」
《でも、乗り手は無事―》
カノン砲を受けたレイダは、その四肢が粉々に砕けていた。コックピットの例外ではなく、球体の半分が割れ、中にいる乗り手が外から見えてしまっている。幸いな事に、オルレイトもバイツもうめき声をあげてはいるものの、外傷らしきものは見当たらなかった。しかし、レイダの背中にいたヨゾラは、直撃を受け、翼とサイクル。ジェットは全損し、コックピットもほぼ破壊されている。マイヤも気絶していた。
「イカン、はやく船に運んでやれ」
《……に……げ……て……くだ……さい》
《まってワイズ。レイダ、話がある》
レイダが、力を振り絞り、言葉をなんとか紡いでいる。
「レイダ、しゃべらなくていい、さっきの爆音はすごかったが、もうすぐ避難も終わる。だからそれまでも辛抱だ」
《ちがい……ます……空から……にげて……》
「あ、ああ。逃げよう」
レイダの懇願は、その熱意の半分も伝わらなかったが、それでも、ここから逃げねばならないという事だけは伝わった。カリンがあらかじめ避難をしろと指示していたのが、不幸中の幸いとなる。
「向こうにはナットも、リオもクオもいる。心配するな」
《ミーン……リク……カチコチのまま》
レイダを運び出そうとしたその時。サイクル・ジェットの音が響き、ゆっくりと降り立つベイラーがひとり。
「ほー。一か月どうやって生き延びたのかと思えば。なるほど。拠点をどうにかしてこさえたわけだ」
「な、なんだあのベイラー」
突如現れたブレイクに、避難中であった者たちは不安に駆られた。だが、ここに居るのは避難中以外の者もおり、そして、やってきたポランドの事を知っている者もいた。ズシンズシンとわざとらしく音を立て、ポランドの前に立ちはだかる。
「ポランド・バルバロッサ殿か」
「その声、ああ、鉄拳王じゃないか。まぁよく頑張ってるじゃない」
「ならその頑張りに免じて、お引きとりを願いたいところですな」
「前なら、そうしてたんだがね」
ポランドは当たりを見回す。ここにいる戦力の中で、最も注視せねばならない存在を探し、そしてその存在が居ない事にわずかに胸をなでおろした。
「白いのは此処にはいないか」
「コウ殿が狙いか」
「ここに居ないとなると、あのバスター・ベイラーのとこか。まさか、巻き添えを食いたくないから向かわなかったのが裏目にでるか」
そう言いながら、ポランドはカノン砲に火薬と弾丸を詰め直している。上空には、すでにアーリィ達も旋回しいており、爆弾の落下地点はここであった。
「白いの……コウか、ときおりバスターが動いているのをみるに、あそこで必死こいて戦っているわけだ」
「ああそうだ。今にあのバスター・ベイラーは、コウ殿と陛下、そして龍の協力によって打ち倒される」
「ほぉーそうかい。カミノガエまでまだ生きてんのかい。こりゃほんと、お前たち、うまくやったんだねぇ」
半分の冷笑と、半分の誉め言葉であった。そも一か月もの間、物流が断たれた地で餓死せず生き残っている事が不思議なのだ。無論それが、グレート・ギフトたちの手によるものだとは、ポランドの知る所ではない。
「まぁ、あとでゆっくり、その首を取りにいくとするさ」
「来るがいい!この鉄拳でお相手仕る」
「ハァー。シーザァー。お前のそういう所が、あたしゃ大嫌いだったよ」
ガコンと、弾込めが終わり、シーザァーに大砲が向いた。そしてそれが合図だったかのように、上空で旋回していたアーリィ達がシーザァーに、ひいてはこの場所に向かってくる。
「そこの緑のベイラーと一緒に吹き飛びな」
「と、飛び道具!?」
とっさにシーザァーはその鉄拳でガードの姿勢をとった。たしかにこの姿勢なら、バルバロッサからの攻撃に限り防げるかもしれない。だが、彼にはまだ上空からの攻撃は意識がいっていなかった。
カノン砲が発射されると同時に上空から爆弾が投下される。ヒュルヒュルと、一見間抜けな音を立てているものの、その破壊力はすでに照明されている。ポランド自身、巻き添えを食うか食わないか、ぎりぎりの範囲での攻撃を仕掛けていた。
「コレで一気に事が楽になるね」
爆炎、爆風、そして爆音が遅れてやってくる。すこしでも難聴にならないよう耳を塞ぐ。
「さぁ、次は白いのに―――」
爆風によって舞い上げられた瓦礫と塵、そして炎が当たりを包んでいる。もはや結果など目に見えていた。
「なんで、破片に緑がない?」
だが、その舞い散る破片は、想像と異なるものだった。黒騎士の駆る緑のベイラーを破壊したなら、その破片が舞うはずである。
「燃え尽きたか?それとも何か別の……」
そうして、舞い上がった風が収まり始めた頃。ソレはいた。
《サイクル・シールド・オーバーロード》
舞い散っていたのは、たったひとりのベイラーのシールドだった。唯のシールドではない。限界を超えた強度と範囲、そして生成速度によって形成された、強靭かつ強大なシールドが、あたりを包み、投下された爆弾から鉄拳王を含め、避難中出会った人々や、他のベイラー達を守っていた。
《……間に合った……ようだな》
「グレート・ギフト……」
《佳いのだ、我が友の子よ》
その身を犠牲にし、グレート・ギフトが盾となった。すでに体は、手足が繋がっているのが奇跡という状態であった。
「だがそんな体で何ができるのさ」
《ああ。こんな体になっても、まだひとつだけ、やれる事がある》
グレート・ギフトが、そのひび割れた顔で前を向く。
《次の、世代に、受け継ぐ事が》
「(こいつ、そもそもどうやってここに来た?)」
ポランドが疑問に想いつつ観察していると、ギフトの背後に、何か物体があるのを見つける。それは氷の結晶のようで、ギフトよりもさらに大きい。
「(なんだ一体?)」
《無理をいってすまんな。我が妹よ……これより》
辛うじてつながった手が、結晶に触れる。
《新たな、グレートを指名しよう》
「……新たな、グレート……待ちな、その結晶の中にいるのは」
炎で揺らめいた光で、結晶の中にいる者が何か、ポランドははっきりと見た。そして次の瞬間、その見えた物に対して思わず毒を吐く。
「そんな奴まで生きてんのかい。何の冗談だいそりゃぁ!?」
そんな奴。彼女にとってはそう言わざるおえない存在。計画の実行に必須であったが、マイノグーラさえ目覚めれば、最終的には必要がなくなる存在。
憎しみを集め呼び覚ました、黒いベイラーが、結晶の中にいた。




