サイクル・ジェットブロー
バスターケイオスがゆっくりと動き出す。眼下に蠢く怨敵を、冷凍光線によって凍結させる事が叶わないとみるや、直接その手で沙汰を下す為に、その足を踏み出した。200m以上はある巨体の足である。そのひと踏みは大地を揺らし、大気を震わせる。本来、バスター化したとしても、ベイラーがそこまで巨大になる事はない。なったとしても、その巨体に体の強度が追いつかない。自重で砕け散ってもおかしくない。故に、今までバスター化したベイラーは、砕けた体を補強する術を身に着けていた。
ケーシィ・アドモントがバスター化させたベイラーは、全身に血の針を巡らせ、強引に体を固定した。ライカン・ジェラルドヒートがバスター化させたベイラーは、その体に金を纏わせた。乗り手によってさまざまな形でその体に新たな力を宿していたバスター化である。そして、マイノグーラがバスター化させたベイラーは、何を宿したのか。それはとても簡単な問いだった。
「肉が、滴ってる」
《アレって、たぶん》
「ええ、猟犬だわ」
その巨体の端々に、生々しく有機物が見え隠れしている。それらはカリン達がこの帝都で嫌というほど目にして、あの猟犬の肉片。構造上、肉としか形容できないその部位があちらこちらにある。その肉片が、巨体を強度を強引に押し上げていた。
そして、その巨体が、第一歩を踏み出す。街は文字通り踏み潰され、瓦礫が宙に舞い散っていく。あと二歩も前に出れば、とぐろを巻いている龍の体へと触れる事はできてしまう。龍の耐久度は未知数であるが、このままでは、バスターケイオスによる、単純な質量打撃を受ける事は明白だった。
龍の体は確かに巨大だが、その厚みと太さの一点においては、相対的に細くなっている。200mある巨体の拳を、蹴りを、そして至近距離での冷凍光線を防げるとはとても思えなかった。
「龍にはまだやってもらう事がある!」
《なら足元を狙う!》
《私にお任せを!》
定石として、ベイラーは足元を狙うのが良い。単純に転んでしまうからだ。そしてその役目を負うべくレイダが前に躍り出て、背中に背負ったバスターベイラー砲を構えた。バスターベイラーの一部を剥ぎ取ったその大砲から発射されるのは、冷凍の真逆。熱閃である。
「レイダ! 奴の足を焼くぞ!」
《はい!》
「すぅう……」
黒騎士ことオルレイトが、決意と共に息を大きく吸い込む。この武器は今までレイダの持つ中でも最高の威力と射程を誇るが、発射にはとてつもないエネルギーがいる。サイクルのではない。オルレイトの持つ、感情の力である。そして、その感情が一番何に反応するのか。すでに彼等は知っている。
もはや、カリンに耳を塞いでくれとすら頼まなくなったオルレイトは、それでも顔面が恥ずかしさで真っ赤になりながら吠える。
「レイダ! 愛してるぞぉおおおおお!!」
その瞬間、バスターベイラー砲の基部から特大の光が放たれ、同時に、銃口からすさまじい光量の熱線が吐き出される。一直線に伸びるオレンジの光が。バスターベイラーの足へと直撃する。位置としては、ちょうど人間で言う足の親指に相当する位置である。表面が真っ赤にめくれ上がり、同時に、猟犬の肉が焼け焦げ、ぼとぼとと地面に落ちていく。その衝撃はバスターベイラーでも多少の効果があったのか、進行がわずかに遅くなる。だが、致命傷には至らない。まだ、少々痒い程度のダメージにしかなっていない。
《黒騎士様!》
「そのまま持ち上げろ!!」
だからこそ、黒騎士は照射したまま、バスターベイラー砲を上へと持ち上げた、銃口から放たれ続ける熱線が、バスターベイラーに一筋の線を描いていく。そして直後に、足元と同じように、爆炎と共に肉片が焼け焦げていく。そしてついには、胴体にあるあの眼球にまで熱線はたどり着いた。
「撃ち抜けぇええええ!!!」
それは、もはや大砲ではなく、巨大なレイピアを突き刺しているような姿だった。熱閃による刃は、確かに胴体の瞳に突き刺さる。薄い氷が割れたような音がきこえたと思った次の瞬間、バスターケイオスが、その胸を押さえうずくまる。今までにない反応に、黒騎士は戸惑うものの、思考はすぐさま次に移った。
《今ですカリン様!! カミノガエ様!》
「コウ! ジェネラル! 奴にとりつけ!!」
《はい! 行きますジェネラルさん!》
《承知》
バスターケイオスの体に取り付き、今度こそ楔を打ち込むべく、コウが飛行形態へ、ジェネラルが大剣形態へと変形し、上空へと躍り出る。楔を打ち込み、龍によって破壊してもらう為だ。
飛び上がり、徐々に加速していくコウ達。高度をどんどんあげ、その体に近寄っていくと、彼等の行く手を遮るように、飛行型猟犬が現れる。元は拠点を襲っていたこの敵が、わざわざわ妨害の為に現れるあたり、コウ達の目的はすでにマイノグーラに露見していると見て間違いなかった。同時に、バスターケイオスにとって、やはり龍の攻撃は無視できない物であると言う、何よりの証拠でもある。
《クソ、にしても数が多い!》
「こんな時、大太刀があれば」
龍殺しの大太刀が無い事に、もう何度目かになる歯噛みをする。コウの戦闘力の大半を、あの大太刀に依存していた事はすでに何度も噛みしめていたが、やはりあの大太刀の力はすさまじかったのだと実感する。だが、そんな折、突然ジェネラルが提言した。
《コウ様、我らを剣としてお使いください》
《……なんて?》
《ブレイダー、コウ様の元に》
《え、待って待って待って》
コウが事態を飲み込むより前に、ブレイダーのうちの一人がコウのすぐ傍にまでやってくる。ブレイダーは、大剣形態をもち、その体がそのまま剣のような姿になっている。刃渡りはそのままベイラーと同じである。刃幅に関しては、太刀というより大剣である、
《お早く!》
《か、カリン!》
「お言葉に甘えるわよ!」
飛行形態から人型形態へと変形し、その手にブレイダーを掴む。空中で姿勢を整えるのが困難なほどの重量であり、地表で振るう事など、とてもできそうにない。空中でブレイダーの方がサイクルジェットを用いて、自身の位置をその都度調節してくれていた。やがて、ぎりぎり肩に担ぐような構えを取り、コウと、そしてブレイダーのジェット、二種類の推進力で空中を一掃する。
《いける!カリン!》
「ええ!」
「《サイクル・リ・サイクル》」
コウの身体が緑の炎に包まれる。そして、コウの身体がそうなったように、ブレイダーの体もまた炎に包まれた。同時に、サイクルが高速で回転し、ブレイダーの刃にもまた炎が纏われた。
「もっとよ……もっと!」
「《もっと煌めけぇええええええ!!》」
コウの炎が、まるでドレスのように形づくられる。そして、ブレイダーの剣が、大太刀の時と同じように、巨大な剣へと変貌する。
「このまま振りぬく!」
《ずえぇああああああ!!》
ブレイダーを手にしたコウが、横薙ぎに振るう。炎の刃が、同じ高度にいた大量の猟犬を、文字通り切り落としていく。如何に猟犬でも、地表に落下してしまえば、再び空に上がってくるのには時間がかかる。彼等の移動速度は、コウ達とは比べるまでもなく遅い。
「……う、上手く行った?」
《だ、だめだ! ブレイダーが》
空中にいた猟犬は確かに一掃できた。しかし、ブレイダーは先ほどの一撃で、大剣部分が焼け落ちててしまっている。こうなっては、もう一度同じ攻撃を撃つ事はできない。なにより、この焼け落ちたしまった大剣部分こそ、楔として打ち込む際に重要な部位であった。
「ジェネラル、この手は今後禁止よ」
《楔を打ち込んだ後であれば、問題ないと存じます》
「そ、そうだけど」
《とにかく、今は急ごう! 猟犬が戻ってくるより前に取り付くんだ!》
再び、コウ達は進んでいく。バスターケイオスは、接近すればするほど、その巨大さを肌で感じ取れる。それはまるで城塞が動いているかのような重厚感があった。それは、コウが生きていた現代でも見かけるものではない。
《ジェネラル! 何処に取り付けばいい!》
《頭部です。ベイラーの形と取った以上、弱点は頭部となります》
《わかった!》
「……コウ、なんか、また動いてるけど」
《クソ、もう立ち直ったのか》
「い、いえ、腕を、真っ直ぐ伸ばしてるの」
《は? 腕?》
カリンが見たものをコウも見る。たしかに、バスターケイオスは胴体を抱えてうずくまっている姿勢から、いつの間にか膝たちの状態になっており、その右腕は、拳を握り、地面と水平になるようにして真っ直ぐ伸ばしている。
それは、カリンにとっては、サイクルショットを打つ姿勢に見えた。レイダが精密に狙撃する際に取る姿勢であり、実際にその姿を見た事は何度もある。だが、コウだけは、脳裏に浮かんだその光景が離れないでいた。
《……あいつも、アイみたく腕が飛ばせるんじゃ》
「飛ばせるからどうなのよ? 腕にコックピットの破片もないのに」
アイは、その右腕と両足に、コックピットの破片が埋め込まれており、サイクル。ノヴァの発射口として利用していた。縦横無尽に動く右手と両足から放たれる十字砲火は、今でもコウの心に圧倒的な脅威の一つとして残っている。
だが、もし、発射口のない拳で、腕だけが打ちだせるのなら。
《あ、嘘だろ。それヤバイかも》
「え?」
コウが、バスターケイオスが何をしようとしているのかを理解した次の瞬間、ソレは行われた。バスターケイオスの、肘から先が、突然火を噴いて打ち出されていく。サイクルジェットで強引に空を飛んでいた巨椀は、空中でさらに加速し、コウ達のすぐそばを通り抜ける。巨大な物体が突然高速で動いた事による突風が当たりを吹き抜け、コウ達は一時的に空中で制御不能となる。
「あ、アレは何なの!?」
《飛ばせ鉄拳的な奴だ!!》
通常サイズのベイラーであれば、全く持って意味の無い攻撃である。ベイラーはそもそも軽く、脆く、柔い。そんな上腕部を相手に叩きつけた所で、効果などあるはずもない。だからこそ、アイはサイクル・ノヴァを発射できるようし、遠距離から、かつ遠距離での攻撃を行っていた。
だがそれも、ケイオスのような巨体になると話は変わってくる。大質量になる事に加え、猟犬の血肉分の重量の増加。そしてなにより、大出力のサイクル・ジェットにより、鉄拳となったソレが、壁となっている龍の体へと、盛大に打ち込まれた。その衝撃により、龍の鱗が何十枚、何百、何千枚という数が剥がれ落ちていく。拳の形にそのままくっきりと痕が残った。
「サイクル・ジェットブロー……?」
《やらないからな!? やれないからな!?》
「わ、わかってるわよ!」
それはあまりに荒唐無稽な光景だったが、冷凍光線については、コウ達が死に物狂いで防いでいたが、あの空飛ぶ鉄拳はどうしようもない。コウの身体における、質量と運動エネルギーの差があまりに大きすぎる。故にそれはとても単純で、とても効果的だった。その一撃で、龍の体は確かに傷つき、そして、わずかでも塞いでいた体が歪んでいる。隙間が、ほんの僅かに空いているのだ。ダメージは見かけでは分からなずとも、着実に与えている。
サイクル・ジェットパンチはそのまま、ケイオスが空を飛んでいた時と同じように、どうして飛んでいるのか不明な方法で浮遊し、肘へと戻る。
「セブンの時もそうだったけど、どうやって浮いてるのよアレ!」
《(ジェットも使わないで飛ばせるのに、ジェット使ってるのも気になるけど、今はそんな事重要じゃない!)》
《コウ様、頭部へ急ぎましょう。先ほどの攻撃をあと二度行われた場合、試算上、龍の体に穴が空きます》
《カリン! 全速力だ!》
もう四の五の言ってる状況ではなくなった。暴風によって崩れた態勢を立て直し、がむしゃらにバスターケイオスの頭部へと向かう。広大な土地を地表スレスレで飛んでいるかのような錯覚を覚えつつ、二回目のパンチが発射されるよりも前に、コウ達はケイオスの頭にたどり着いた。
頭部は、至る所にもある、猟犬の血肉が、まるで傷痕のように這っている以外は、通常のベイラーとさほど違いは無かった。
「ジェネラル!」
《残存ブレイダー! 総員掛かれ!》
残り4体のブレイダーが、頭部へと突き刺さる。大きさとして、人に蚊がとりついたかのような、とても小さく心もとないサイズであったが、それでも、この時の為に、彼等はここに来た。
ブレイダー4体が、それぞれを線で結んだ時、ひし形になるように位置取り、額へと突き刺さる。その瞬間、今まで沈黙を守ってきた龍が、ここに来て初めてその声を上げた。
「――――!!」
それは、あまりに大きな大気に震えであり、音として認識する事は叶わなかった。爆音が、聞く者全ての耳をふさがせた。
「こ、これは、龍の、声?」
《龍の雷は!? 雷はどこから来る!?》
楔を打ち込み、そして龍の雷を打ち込む。龍の雷とはすなわち、牙に蓄えられた膨大なエネルギーである雷と、大気に漂う、この星が持つエネルギーである雷を合わせた、龍固有の攻撃、コウ命名のライトニングブレス。楔を打ち込んだ直後に龍が行動しはじめた事に安心しつつ、発射されるであろうその攻撃の巻き添えを喰らわない為に、コウ達はこの場を離れる必要がある。
「コウ、龍はとぐろを巻いてるのよ」
《えっと、それで?》
「コウ、蛇がとぐろ巻いてるの見た事ないの!?」
《あ、あるさ。図鑑とかだけど》
「じゃぁ蛇の頭はその時何処にあった?」
《そりゃ……》
コウが頭の中で、蛇のとぐろを巻いた姿を思い出す。しっぽが一番外側にあり、そして、頭はとぐろの頂点にある。蛇がとぐろを巻く理由は、一説では、360度を監視する為である説や、リラックスしている説などがある。だが、ここで重要なのは、とぐろを巻いた蛇の頭は、とぐろの頂点にあるという事。そして、それは、丁度、コウ達の真上を指しているという一点にある。
「上よ!」
コウが見上げたその先であった。赤い鱗を纏う頭、その頭に似つかわしい、巨大な二本の牙。その牙は、内部で雷が轟いている。そして、大きく開かれた口の内部からは、再び耳を抑えたくなるような轟音が鳴り響いている、その音こそ、まさに雷が轟く音。
《こ、この距離なら防ぎようが無い!》
コウは全速力で逃げつつも、龍の選択にただ感服していた。マイノグーラのいるティンダロスにも、楔を打ち込み、龍の攻撃で粉々に砕く手筈だった。だがその時は、セブン・ディザスターが、その身を避雷針とする事で難を逃れている。だが、今回は真上、かつ至近距離である。避雷針があったとしても、それは意味をなす距離ではない。
「か、勝ったッ!」
カミノガエが己の使命を果たせた事に思わずガッツポーズをとる。このままいけば、バスターケイオスは、胸部にあるティンダロス諸共粉砕できる手筈であった。いくら巨大なベイラーといえど、山脈サイズの龍相手では、小さいと言わざる終えない。
そうして、ライトニングブレスが放たれるその時、バスターケイオスが、その片腕を、さきほど、龍の体へと拳を飛ばしたように、今度は、龍の頭へと向けている。
「……まさか」
《もうここまできたらどうしようもない!》
何をするかは理解できた。しかし、コウ達ではすでに介入できる余地はなかった。急いで頭から離れていく。そして、龍の砲撃……ライトニングブレスが放たれた時。同時に、ケイオスもまた、その拳を飛ばした。雷と拳。それはあらゆる意味で拮抗するはずのない組み合わせだったが、今この時は、龍とバスターケイオス、もとい、内部でケイオスを操ってるマイノグーラの、真っ向からの勝負であった。
龍の雷を迎撃するケイオスの拳。雷を受け、拳は中央からバックリと割れる。あまりに大きすぎる為に、木が割れる音というよりも、地割れのような音がコウ達の耳に届いた。そして次に聞こえてくるのは、拳が盛大に燃え盛る音。雷を受け、さすがのケイオスも、ベイラーの肌である為に、山火事のように炎が猛り燃え盛っている。時折鼻に届く肉の焼けた匂いは、猟犬の血肉が焼けている。拳1つで、致命傷は確かに避けたものの、ケイオスの片腕はこれで使い物にならなくなった。
「あ」
この時、カリンは、マイノグーラの策が何なのかを理解した。彼女は、龍の攻撃を防ぐために、拳を放ったのではなかった。確かに結果的に攻撃は防いだが、重要なのは、この先の事であった。龍のライトニングブレスは、充電に相応の時間がかかり、連発できない。そもそも発射されれば対象は雷で妬き尽くされれるような攻撃なのだ。連発は本来必要ない攻撃と言える。
対して、ケイオスの攻撃方法は、サイクル・ジェットブロー。右腕を文字通り飛ばしての攻撃である。狙いを定める必要はあるが、龍のライトニングブレスや、コウのサイクル・ノヴァのように、溜める必要がない。何より、ベイラーには腕が二本ある。
「まずは退いてもらうわね」
「―――――!?」
マイノグーラは静かにほくそ笑み、ケイオスの左腕を、ライトニングブレスを撃った直後の、無防備な龍の頭へと打ち込んだ。巨大な鉄拳が、龍の頭部を正確に打ち抜き、龍はそのままのけぞるようにして全身が空へと跳ね上げられた。山脈にも等しい巨躯が宙を浮いた事で、今までずっと閉ざされていた空間が、マイノグーラの手によって、およそ一か月ぶりに解放される。
「わぁ!? 龍が、浮いた??」
龍の顎を捕らえた、それはそれは美しいといえるまでのサイクル・ジェットブローであった。遥か後方の山々へと落下した龍は、遠くからでも分かるほど大きな大きな瓦礫を周囲にまき散らした。落下したのは、龍の元である人間が自力でたどり着く事はできないほどの、高度と寒さを持った山々であった。
《あれは、龍を撃ち落とす為の攻撃!?》
龍が、アッパーの要領で吹き飛ばされた。龍とティンダロスの戦いは終始龍の優勢であったが、ここに来てティンダロスがリードを取る形になる。そして、龍が吹き飛んだ事により、コウ達は一か月振りに天井の無い空を見上げた。
「……夜、かぁ」
双子月の輝き、星の瞬き。それらは確かに美しい。願う事ならば、全てを終えた後に、改めてこれら月と星を鑑賞するのだと、カリンは心に決めた。




