ベイラーと諦めの悪い者たち
マイノグーラの目的が変わった。今までは、この星を喰らい、力を貯め、再び宇宙へと戻るのが彼女の目的だった。だからこそ、猟犬たちをこの星に住まう人々を、力に変える為に使っていた。猟犬が人を喰らえば、喰われた人もまた猟犬となり、マイノグーラの手勢が増える。この、勢力の増強こそ、マイノグーラが最も欲したものである。
だが、それらを悉く打ち破る敵が現れた事で、目的の達成が困難であると自覚した。同時に、それらは、侮り、嘲る下等な生命ではなく、我が命を脅威にさらす、外敵であると認識を改める。そうなると、目的を達成する為の手段もまた変更される。今までは、力を奪う、もしくは取り込む事が最重要だった。
だが、もうそんな事は必要ない。
「存外、数がいるな」
マイノグーラの前には、コウ、グレート・ギフト。グレート・レター、そしてグレート・ブレイダーがいる。それも、ブレイダーに関しては、さきほど消し飛ばした十人を除く、残り総勢二十人。多勢に無勢は火をみるより明らかである。だが、それでも、マイノグーラは全く問題にしていない。
問題にする暇がない。彼女は、ここにいる全ての生物はおろか、この星を飲み込まんとしている。たかが二桁の数の差は問題ではないのだ。そもそも、この星の生きとし生けるもの、すべてが彼女の敵である。
「お前達は必ず滅ぼす……でもひとりずつ相手するのは面倒ね」
三人のグレートを前に戦うと思われた彼女であったが、突如、その体が地中へと沈み始めた。結晶の中を、まるで水の中にもぐっていくように、するすると体が消えてく。まさかの逃亡という選択に、コウが思わず声を荒げる。
「先に向こうを片付けるか」
《おい! 逃げるのか!?》
「忘れたの? ここが一体何処で、何なのか」
マイノグーラがそう言うが最後、彼女を乗せたマッドケイオスは、地面に吸い込まれるようにして、完全に姿を消し、あとには何も残らなかった。急な静寂に困惑していると、グレート・レターが乗り手である占い師に声をかけ、マイノグーラの言葉の真意を探る。
《ここは……巨大なあの目玉の中、でしたね?》
「そうだレター。だがそれがどうした?」
《そして、その目玉は、同じく巨大な、バスターベイラーのコックピットでもあると》
構造は複雑であったが、巨大さを鑑みなければ、ここはバスターベイラーのコックピットである。あまりに大きく広大で、まったくそんな景色に見えない。なにせ今まで戦うことさえできていた広さである。
なら、なぜマイノグーラはここからいなくなったのか。
「……まさか、中にいる私達ではなく、外にいる皆を?」
《そんな!?》
マイノグーラは、戦う相手を変えた。倒すのに時間のかかるコウ達ではなく、外で猟犬と戦っている黒騎士達に向いた可能性に行き当たる。マイノグーラの敵が自分達以外にも含まれるというのなら、黒騎士達もまたしかり。
ただでさえ、この空間内で起きた事を黒騎士達は知らない。もし黒騎士達が、マッドケイオスの事を知らずに、勇敢に戦いを挑んだとしたら、全滅は必死でいある。
《皆さま! 私の周りに!》
突如訪れた危機を前に、レターの周りに、ブレイダーを含んだ数十のベイラーが集まる。
《サイクル・レターを使います!》
《うむ。頼むぞ、我が妹よ》
《はい!!》
グレート・ギフトの励ましが、なによりの力となりレターの全身にあるサイクルが高鳴る。
《行きます!》
彼女を中心に巨大な花びらが開き、そして包まれていく。大軍を送り込む事さえ可能な彼女の力は、この球体の中では不完全となっていだ。だが今ならば、帰るだけである。
《帰る時であれば、この空間の外に向かえるはず!》
グレート・レターは半ば事故のような形で、内部に侵入していたレターであるが、合流し、外にでるのであれば話は別となる。黒騎士達が拠点としている、レイミール号の場所はレターも知っている。
《時間と空間がいくら変わっていようと……この星であるならば!》
そしてなにより彼女は、星が無事でさえあれば、必ず帰る事が出来た。
◇
「黒騎士! バスターベイラーが動き出した!」
「何!?」
中央、崩壊した王城の麓。最後の砦として戦い続けていた黒騎士含む、この帝都最後の残存部隊。彼等は、翼を得て空を飛ぶ猟犬たち相手に、一歩も引かない戦いを繰り広げ、そして猟犬の攻撃を退け続けていた。この場で守り、戦い続けていれば、コウ達が内部に侵入し、中に閉じ込められたブレイダーを必ず救出できると信じていたからである。元より退路は無く、そして食糧さえ底をつきかけている。戦うか、戦わないかの二択しか彼等には残されていない。そして彼等は、戦う事を選んだ。
「(後ろには凍ったミーン達がいる。ここを離れる訳には)」
彼等の硬い決意を揺るがすかのように、バスター化した敵のベイラーが動き出した。それは黒騎士達含め、兵士達の間でにわかに動揺が走った。味方であったミーンとリクは、コウ達をバスターベイラーの元に送り届ける為に、その体を犠牲にしている。ふたりは体が凍っており、乗り手はおろかベイラーが生きているかどうかさえ判断できない。そんな状態でも彼等が今まで戦えたのは、相手が猟犬という、すでに対処法の分かっている相手であったのが大きい。もし、バスターベイラー相手であれば話は変わってきてしまう。それも、相手は、戦いがからきしだった奴隷王ライカンが操るバスターベイラーとは強さも大きさも桁外れである。
「まさかカリン達は失敗したのか?」
《そ、そんな》
レイダが焦燥する。そうであるはずがないと己を振るい立たせようにも、目の前の敵が動き出した事で、溢れだした疑念を完全に払拭できない。それは兵士達も同じだった。
「お、おい! ありゃなんだ!?」
失意に沈む中、兵士の一人が指さす。動き出したバスターベイラー。その胸部にある目が、こちらを向いている。もともと、その胸部の眼は、なぜか見る者全ての目線とあっていた。理由はわからないが、何処にいても何をしていても、必ず目があるその不気味さは、否応なく嫌悪感を募らせる要因だった。
「laあああ……・」
その眼にある瞳孔が、僅かに収縮している。本来であればそんな些細な動きはわかる訳がないが、バスターベイラーの巨大さ故に離れていても分かるほどであった。同時に聞こえてくる、歌声にも思える、穏やかな声。
「お、おいおい、まさか」
黒騎士が真っ先にこの後何が起こるかを察する。あの胸部は元々、ティンダロスであった。そのティンダロスが備わったあのバスターベイラーが、同じ技を使わない理由がない。
《黒騎士様、にげましょう》
「何処にだ」
レイダが零した言葉に、黒騎士は思わず正論を吐いた。この後来るのは、間違いなく、龍さえ凍らせるあの光線である。その光線を、こんな兵士達の密集している場所に打ち込まれれば、抗う術はない。レイダは、黒騎士の事を第一に考えた、彼さえ生き延びてくれればいいのだと。だが、黒騎士は違った。
「何をしてるんだカリン、このままじゃ」
黒騎士は、最後までカリンを信じた。必ず、かの女なら約束を違える事はないと。忌まわしい歌声が耳にどれだけ聞こえてこようとも、黒騎士は退く事なくその場に立つ。
事態を察した兵士達は、しかし逃げる事はせず、その手にもった武器を各々構えた。彼等は最後まで抗う事はやめなかった。この場にいる誰もが、死を覚悟した。光線に当たり氷漬けにされるか、猟犬に喰われるか、選択肢はどちらかだった。しかし最後の最後まで、彼等は戦った。
――――La ――la――lA
そんな彼らを嘲笑うように、破滅の歌が聞こえる。耳に残るその歌は、放たれたが最後、龍でさえその体を凍らせる歌。コックピット部分が元々ティンダロスであるのなら、その攻撃もまた可能なのは想像できた。しかし想像できたとて、対処する事などできない。
「レイダ。シールドだ」
《……しかし》
サイクルシールド一枚で防ぐ事のできるような攻撃ではない。当たれば最後、体の全てが凍る光線である。そんなものを、この密集した場所に打ち込まれれば、自分達は敗北する。それでも、黒騎士は戦う意思を貫いた。
――La ――la―lA ―La―lあ―lA LalあラaLalあ
耳触りな音が、連続し続け、ついには、太鼓のように何度も何度も同じ音を繰り返していく。まもなく発射される前兆だった。
「もしかしたら、ほんの少しでもお前を守れるかもしれない。ほんの少しでも、僕の体が凍らないかもしれない。だから、やるんだレイダ」
《……はい!》
レイダはシールドを構えた。ソレを見たベイラーにのる兵士達もまら彼女に習いシールドを構える。ベイラーに乗っていない兵士達は、その盾の影に隠れるように退避しする。皆、この行動にどれほどの意味があるのか考えなかったわけではない。それでも、この行動は、何か意味がある事であると信じていた。
――LAアアアアアアアアアアア
そしてその歌と共に、龍さえ凍る光線が発射された。以前と同じように、一本ではなく、時間差で乱射される。こうなっては塞ぎようがない。誰もが己の死を予感した。凍り付いた体は、果たして死んでいると言えるのかどうかは判断できない。だが、未だに無数に蠢いている猟犬たちの事を考えれば、その結末は破滅であろう。それでも、彼等はあきらめなかった。
その時、戦い続けた彼らの前で、花びらが開いたのは同時だった。
《「サイクル・リ・サイクル!」》
《総員、防御姿勢展開、全力防御せよ》
彼等の前に開いた巨大な花弁の中から白いベイラーと、十数人のベイラーが躍り出る。白いベイラーが緑の炎を噴き上げ、数十のベイラー達に纏わせる。そして、炎を纏ったベイラー達が、光線を前にして、ひとりひとりが壁になるように立ちふさがった。
《「やらせるかぁ!!」》
コウがその手をかざし、ブレイダー達に炎を纏わせる。凍っても再生し、再度凍ってもまた再生しを繰り返す。己の体を盾として、光線を防ぐブレイダー達。ひとり、またひとりと、光線に撃ち落とされていく。しかし、ブレイダー達の犠牲により、時間差で発射された光線は全て宙に霧散していった。
「な、なんとかなったの」
《ですがもう同じ手は使えません》
「そ、そうなのかジェネラル?」
《子機は壊滅状態にあります》
「どれくらい残っている?」
《十全に動けるのは当機を除き、五機となります》
「五か……」
ジェネラルに乗るカミノガエがおもわず険しい顔をする。
「ずいぶん減ってしまったな」
《星の敵と戦っているのです。そのような事もあります。六機いれば仕事は完遂できます。お気になさらず》
「……まさか、慰めてくれているのか?」
《肯定です》
「へっへっへ。お前はいいやつだ」
《そちらも肯定です。陛下、合流を急ぎましょう》
「うむ!」
カミノガエたちが黒騎士達に合流する。周りには猟犬がいまだ溢れかえっているが、戦い続けていた彼らの拠点には、すでに何個もの砕けた猟犬の核が転がっていた。
《黒騎士! 無事か!?》
「無事だ。陛下とジェネラルを見つけたんだな」
《ああ。それと》
「ん?」
コウ達の後ろに控えたグレート・ギフト、グレート・レター。彼等の合流は兵士達を歓喜させた。そしてギフトの中から、もうひとり。以外な人物がコックピットから出てきた事に黒騎士は思わず自分の被っていた仮面を取って確認する。
「オージェンおじさん!?」
「ああ。帰ってきてしまったようだ」
カラス羽根は朽ちたものの、いまだ剣を取る力を残したオージェン・フェイラスがいる。彼が行った事は許されざる事だが、それでも、中で起きた事をしらない黒騎士にとっては頼りがいのある大人である。そのオージェンの眼が片方無い事に気が付く。
「お、おじさん、その目は」
「ナイアにくれてやったさ」
「ナイア?」
「……黒騎士、ナイアは」
あの中で何が起きたのか、カリンの視点で分かっている事だけが共有される。この時全てを知るゲーニッツは何も付け加える事はなかった。
「じゃぁ、星に来ていたのはマイノグーラだけじゃなかったのか、それも、おじさんを……まるで寄生虫じゃないか」
「だがその力も、結局マイノグーラが取り込んでしまった」
「なるほど。だから、あんな元気なわけだ」
「でも、こちらにはジェネラル達がいるわ」
「ああ、これでやっと準備が終わったって事だな」
立ち上がったバスターベイラーを前にして、コウが顔を見合わす。仲間たちは未だ健在である事に喜びを隠せない。
「オージェン、手は動かせる?」
「無論だ。君たちの炎はよく効いた」
「なら兵士達の手助けを。黒騎士、私達と共に」
「任された」
「マイヤ、まだ大丈夫ね?」
「な、なんとかなっております。このマイヤ、最後まで御供します」
「よしなに。シーザァー殿」
「は!」
今まで戦線を支え続けていたシーザァーが傍による。その顔には疲弊が見え隠れしているが、その笑みからは、ギラリと除く歯がよく見える。彼はまだ、戦う意思を亡くしてなどいない。
「女王陛下、ここに」
「……ああ、そうだったわ。私、女王だったわね」
「何を御戯れを」
今のいままで、カリンは自身がである事を忘れていた。即位してすぐ戦いが始まり、龍がこの地を閉ざしてからは、女王という身分など関係なしに働き詰めであった為、その自覚が育つ事は無かった。
「シーザァー様、港への道を作りなさい。時がきたら、サマナの『レイミール号』で脱出します」
「は? しかし港は……」
「この後、楔を打ち込めば、龍は必ず飛んでくれます。その時に逃げられるように手配を」
「は!この命にかけて―――」
「なりません」
ぴしゃりと拒否され、面食らうシーザァー。カリンはそんな彼の事も気にも留めず、さらに言い渡す。
「必ず生き残りなさい。コレは……あー……」
そう言えば自分は女王であったと、つい先ほど自分で確認したばかりであった、であるならば、この手が使えるはずだと勝手に納得し、そしてシーザァーに告げる。
「コレは女王からの命である、必ず帰還し、営みを続けよ」
「はッ!」
それは、かつて国が未曽有の危機に陥った際に、父が兵士達に告げたように。己のまた、兵士達に告げた。
「戦いは終わる、でも営みは終わらない。故に、生きてください」
「は!」
「それでは各々! 抜かりなく!!」
「「「「応!!!」」」
カリンの言葉を受け、シーザァー達が散っていく。猟犬たちを撃退しつつ、
港までの道を通す為だ。そして、コウ達は改めてバスターベイラーへと向き直る。今までにあったどのベイラーよりも巨大で、強力で、邪悪であった。




