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ベイラーと信仰の話


「この黒ガリがぁ!!」


 黒ガリ。いつからか、彼が友に言わなくなったその言葉を聞き(鍛え上げた為にガリガリでは無くなったのが影響している)、当の黒ガリ本人は何を思ったのか。それとも、溶けた瞳はすでに何かを考える事ができるのか。できたとして、それはどこまでの領域の話なのか。この瞬間の剣術か。それとも明日の話まで、想像は広げられるのか。熔けた瞳のオージェンに対して、すでに対外的な判断ができない。彼はどこをどう見ても、ナイアに何かを施されている。呼びかけには応じず、ただナイアの言う通りに動く人形と化しているようにしか見えなかった。


 だが、彼の友であったゲーニッツという男は信じている、彼は、オージェンはナイアに抗っていると。なぜ、どうして、どうやって。様々な疑問は浮かぶが、今は何もかもを投げ捨てる。追及するのは、このふざけた男に一撃食らわせた後でいい。全てを終えた後でいい。


「(その一撃はあの手!)」


 ゲンコツを喰らわせたいのは山々だが、本人の希望がある。右手の手の甲。どうやら其処を攻撃してほしいらしい。わざわざ挑発までしてその事を伝えているあたり、洗脳かそれに類するナニカをされている人間の行動とは思えなかった。


「(従っている振りをしているのか、はたまた自力で洗脳を解いたのか)」


 洗脳。そうとしか見えない。でなければ、オージェンがゲーニッツを攻撃する理由がない。加えて。


「―――」

「ッツ!?」


 オージェンが距離を詰めてくる。刀の間合いに入ってなお、一切退く事なく突っ込んでくるこの胆力。だが、そこには気力も気迫も見当たらない。


「(一流の武人がたどり着く境地、ではない!)」


 それはある種の、極意であるが、それはその極意に至るべき過程がある。今のオージェンには、一切の気迫、気力、闘志を感じない。かつて共に稽古した中でも、彼がその境地にたどり着けるような武人で無かった事を踏まえても、感情を抑止されているとしか思えなかった。


「(それだけじゃなく)」

「―――」


 突っ込んでくるオージェンに対し、刀を逆手に持ち替えて応戦する。逆手は順手と違い間合いが近くなり、接近戦に対応しやすくなる。当然、遠い間合いには対応できなくなるが、現状、オージェンが、遠い間合いで戦う武器、槍や弓を持ち出していない為、懸念材料たりえない。


 右の掌底、その横殴りを躱し、下段蹴りを、こちたの足を上げる事で回避する。続く左の掌底による正拳突きを、刀で防いだ。刀と拳がぶつかったその瞬間、ガチリと耳に残る異音が響く。同時に、オージェンの手がミシリと音を立てた。それは掌底で、刀を防いだ時に出る金属音ではない。


「(指、いや、手首の骨の一部が砕けた音!)」


 それは骨折音。通常、人間の肉体は、攻撃に十割の力を出さない。全ての力を注いで攻撃すれば、反動で己の体が損傷する為である。通常六割、訓練して七から八割程度の力となる。


「(体の限界を超えて、いや、超えさせられているのか)」


 連撃が終わり、オージェンがクルリと体を翻している。蹴りが来るのは予測できた。蹴りを防ぐ為に刀で防御の構えを取る。

 

 オージェンの攻撃は、あきらかに残りの三割さえ投入した全力が込められている。故に、こちらが防御すれば、いともやたすくオージェンの体が壊れていく。すでに右手からは内出血が見受けられた。他にも、足の裏は靴がやぶけ踏みしめるたびに血が噴き出ている。


「(早々に決着をつけねば、オージェンはこちらの攻撃を受けるまでもなく、体が自滅してしまう!)」


 それは、なんとしても避けたい。敵を屠るだけならばいい。だが、ゲーニッツにとってオージェンはかけがえのない友である。


「(奴にとっては、どうかは知らないが)」


 友である。とは思っている。その心に偽りは無い。だが、彼の、ゲーニッツの中に残る、小川に転がる小石ほどのしこりがある。


「(お前は、イレーナを……)」


 イレーナ。それは、今は亡きゲーニッツの妻の名。ゲーニッツとオージェン、そしてイレーナは、同じ時代を生きた友であった。ゲーニッツとイレーナが恋仲になった後も、三人の交友は続けられた。


「(それでもお前は、私達を祝福してくれた)」


 そうしてゲーニッツはイレーナと婚姻を結んだ。その時、普段はしかめっ面のオージェンが、珍しく微笑んで、自分達ふたりを祝福してくれたのを、よく覚えている。そうして少しの後、二人の間に娘が立て続けに生まれた。その娘たちこそ、クリンとカリンである。


 ゲーニッツの心に残るしこり。オージェンは自分達を祝福してくれた。娘たちに稽古もつけてくれた。だが。ゲーニッツは知って居た。自分が愛した女性を、彼もまた愛していたのだと。


「(お前も、イレーナの事を)」

「―――」

「(こんな事になるなら、もっと聞いておけばよかったな)」


 友を失うかもしれない恐怖が、ありもしないもしもが頭をよぎる。ゲーニッツもオージェンも、お互いに口下手であるという自覚がある。だが、それは第三者から見れば、それぞれ同じ口下手でも、カテゴリ違いである。ゲーニッツは、言うべき事か、言わないべき事かを悩みに悩み、その結果、長い時間がかかるものの、最終的に言うべき事を相手にきっちりと伝える事ができる。対してゲーニッツは、ほんの僅かでも、自分が相手に言わない方がいいだろうと結論付けた場合、一切その事を口にしなくなる。


 両者ともに口下手である。だが、ゲーニッツの方は最終的に口にするのに対し、オージェンは口にしない。一か零の差がある。


「(なんでこんなに頭が回るんだろうな)」


 なぜ、今になってこんな事を想うのか。友が窮地に陥っているからか。星の命運がかかっているからか。どれも違う。しかし、原因は思い至れなかった。


「(次の手は何だ)」


 すでにオージェンの右の掌底、下段の蹴り、左の掌底を防いだ。ここまでは視界ははっきりとしている。だが、その後。オージェンが体を大きく翻してから、急速に視野が狭くなっている。


「(……蹴りではない?)」


 体術で、体を翻した場合、十中八九蹴りの攻撃が考えられる。それはほぼ後ろ回し蹴りである。主に背中の背筋を最大限に利用した回し蹴りであり、通常の回し蹴りよりも予備動作が大きい分、隙は大きいが、背中の筋力を用いたバネによって、威力が数段引き上げられている。


 強力な攻撃であるが、連撃の最終攻撃に据えて格闘連撃を組み立てると、相手に防御をさせ続ける事で、予備動作の隙を生まない方法がある。もっともゲーニッツのほどの武芸者ならば、回し蹴りが来ると先読みし、防御の構えを取る事は容易である。


 そのためゲーニッツは防御の構えを取っていた。回し蹴りは頭部、腹部、そして下段となる脚部と狙いは様々。だが、蹴りの軌道はどれも回転方向から点を目指してやってくる。その攻撃を刀で防御するのであれば、頭部、腹部、脚部直線状で結んだ位置に縦方向で構えておけばよい。多少隙はさらすが、敵の足を防ぐのであれば当然の位置となる。確かに蹴りを待っていた。翻った体から伸びてきたのは、蹴りではなかった。


 一本の剣。ゲーニッツと同じ故郷て作られた刀による突きであった。



「ガァ!?」

《何!?》


 小さなうめき声が、友の子から聞こえる。遠い子孫である彼の声は、ギフトにとってまだ覚えきれていない声であるが、それでも、彼の声はまだ聞き分けが付いた。そうして目を向けると、眼を抑えてうずくまる乗り手の姿。ポタポタと血が流れ出ている。


《まさか》


 それは、体に通っていないはずの血が、サッと引いていくようだった。それはギフトが今まで乗せてきた、数多の乗り手たちの経験による、ただの錯覚であったが、それほどまでに心をかき乱れてしまう。


《(あの瞳は、やはり尋常ならざる力か)》


 オージェンの変異にギフトも気が付いている。その上で、ゲーニッツはオージェンとの一騎打ちを望んだ。手を貸したいのは山々だが、目の前にいる敵がソレを許さない。


《よそ見とは余裕じゃないカ!》

《ッ!》


 三本の触手が体をからめとろうとするのを、大鎌で切り払う。すでに何度も行われた攻防であるが、切り落とし続けているはずの相手の触手が、全く途切れない。再生しているのに加え、先ほどから無限に生え続けている。


《狂気に飲まれた男の事など放っておけばいいのに》

《狂気に、飲まれた?》

《あの男はとうとう正気でいられなくなったのサ》


 きりおとされた触手よりさらに大きく太い触手を背後にはべらせながら、ナイアは得意げに語る。


《正気でいられない?》

《当然だろう。自分の生きている世界とは異なる物体であり、生物であり、生態だ。そして、それらすべてが、この星を凌駕しうる存在。そんな存在を、一体誰が信じられる》

《……》

《いや、言い方がおかしいか》


 その語り口はどこか楽し気で、頭部に見える部分が縦に揺れている。その仕草が笑っているようにみえた。笑っているように見える事が、不気味だった。


()()()()()()()()()()()()()()

《……何?》

《信じるというのは信仰だ。あの男はこの星の人間だというのに、このナイアをついに信仰してしまった。元の人間が理解していい範疇を、悠々と超えてしまったんだ。だから、狂った。いや、狂わずにはいられないのサ。ああ、勘違いしてはいけナイ》


 触手を指に見立て、チッチッチとジェスチャーまでする始末である。


《ナイアにとっては狂うことこそ望む事。それは、この星の理から離れてくれた事と同義なのだから》

《信仰……そうか。お前達は》


 信仰。それは何にたいして行われる物なのか。


《ただの外から来たものではないのか》

《おや。どういう意味か聞いてもいいかな?》

《お前たちは、単なる害獣ではない、という事だ》

《おお! やっと気が付き始めたのか。参考までに、その先の答えを聞かせておくれ。単なる害獣でないなら、ナイアは、マイノグーラは、何だい?》

《……この星には、創造主と呼ばれる存在がある。そして、創造主には別名がある》


 それはギフトにとっても古い記憶。まだ初めの乗り手と出会った頃にきいた、彼等の心のよりどころとなったお話。だがそのお話も、人々が知性と理性で発展し、知恵と勇気で育っていった彼らの中で、ただのおとぎ話、夢物語、寝物語として語り継がれていったもの。


《その名は、神》


 神。人が崇め、信仰し、普及する総称。だが、未だこの世界ではその単語を語る為の神話が存在していない。故に、存在そのものが軽く扱われている。


《我らの星には神がおり、だが人々は未だ信仰をしていない》

《うんうん》

《お前達は、星の外から来た者たちであると同時に、星の外から来た神であるのだろう》

《おうおうおうおうおう! 長生きしているだけの事はあるねぇ!》


 触手を手に見立て、拍手するナイア。いくつもの触手で行う為、まるで百人の拍手のような盛大さがあった。


《ご名答だよご老人。そこまで当てたなら、なぜマイノグーラがこの星に来たのか、ナイアがこの星に来たのかもわかるんじゃないかな》

《……まさか、偶然ではないというのか》

《まぁ、そうさ。ナイアも最初はそう思った。星は腐るほどある。でも、腐るほどある星の中で、なぜこの星なのか。確かに偶然だったかもしれない。だが、マイノグーラが、そしてナイアがこの地に降り立ったのはある意味で必然だった》

《降り立ったのが、必然?》

《結果的には、だがね。あんな思いするのは想定外もいい所だ》


 『あんな思い』というのがいかなる物かはギフトにはわからない。ろくでもない目にあったのだろうとは考えが及ぶ。


《それでもやはり、結果的にはこの星は大正解なんだ》

《……何故だ。人を滅ぼし、星を滅ぼさんとするお前達にとって、星の差が一体なんになる》

《神が居ない。それはつまり》


 にゅるにゅると伸ばした触手が天を指す。その先にある天井を指差ししているのではなく、天井を超えた先、封印を行っている竜に対して。


《信仰を得て、ナイアがこの星の神となる》

《……お前達が、神だと》

《ナイアは信仰で、マイノグーラは生態を喰いつくす事で星の神になろうとしている。もっとも、あの娘がそこまで考えているかは怪しいが》


 マイノグーラが怒り狂い、忌々しがっているこの星を喰らうのは、彼女と出会ったセブンのせいである。今の彼女に、神になるつもりなど微塵もない。しかし、彼女の行いは、結果的に神になろうとしている。


《信仰なきあとに、神だけが残る星……面白みは無いが確実な手段だ》

《なぜ、そこまでして》

《信仰を得て、星を得る事で、より力を高める為に》

《ただ、それだけの為にか!?》

《―――》


 口のないはずのナイアの顔が、大きく歪む。それは、未だかつてないほどの大きな笑みであり、その表情が笑みであると気が付くのに、ギフトは時間が掛かった。


《ただ、それだけの為サ》

《―――もう、よい》


 大鎌を握りしめる。目の前にいるのは、話し合い、交渉、取引、一切の意味を成さない。その行動理念と手段、それによる目的、何一つとっても、この星に害を成すだけの存在である。強敵であり、怨敵であり、宿敵である。


《お前達は、この星で生かしておけぬ!》

《ならば、君たちを葬ってから、ゆっくりと生かしてもらおう!》


 触手をうねらせるナイア。しかし、今までのようにギフトに向けて叩きつけたり、巻き付けたりではなく、別の行動を行う。それはまるで、縄を結うように、3本の触手を組み合わせ、ねじり合わせていく。


《コレはなかなか切れないとおもう―――》


 そうして出来上がる、1本の触手。


《よ!!》


それを鞭のようにしならせ、ギフトへと振りぬいていく。動きは遅く動作も単純。さきほどと同じように、ギフトは触手を大鎌で切り落とさんとした。だが、今までの触手よりもずっと固く、刃が食い込まない。その上、衝撃がすべて逃げてしまい、両断には至らない。事態はさらに悪化していく、


 Ⅰ本になった触手は、大鎌にぐるりと巻き付いていく。そしてそのまま締め上げるようにして刃に纏わりつくと、瞬きする間に、大鎌を砕いてしまう。


 それはまさに、己の意思で動かせる鞭。しなりと強度を併せ持ち、迎撃は困難を極める。


《これでベイラーを巻いた事はまだないんだ》

《……そうか》

《うん。だから、初めての経験をさせてくれ!》


 しなやかになった触手がギフトを襲う。ギフトは迎撃をやめ、ひたすら回避に専念する方向に舵を切る。いかに縦横無尽の攻撃とはいえ、触手にも長さがある。ひたすら距離をとり、からめとられないようにする為に動き続ける。


《(白い我が兄弟から力を受けていなければ避けられなかった)》


 己の体は、かつてもっとも体が動いた時代に戻っている。それはコウの力を受けた結果であるが、長くはもたないのも自覚していた。


《(逃げ続けるだけでは、こちらが不利)》


 相手の触手は切っても切っても再生する。そして、乗り手は大怪我を負っている。この状況で、自身だけ逃げの一手を打ったとしても、状況は覆らない。目の前にいる倒すべき敵を倒す為に、まずは乗り手の安否を確認すべく声を張り上げる。


《我が友の子よ! 動けるのか!》

「……愚問だ!」


 致命傷にはなっていないようで、ゲーニッツはその場で立ち上がる。しかし、さきほどの一撃で右目をやられたのか、視界の半分が効いていないように思えた。それでも、ゲーニッツがギフトに愚問であると言ったのは理由がある。


「ようやく刀を抜かせた! 奴を追い詰めているのはこちらだ!」

《左様であるか》

 

 オージェンは今まで無手で相手をしていた。それは、彼が暗殺者としての道を進みだしたときに会得した技術t。だが、本来の彼はれっきとした剣士である。それこそ、ゲーニッツの娘たちに剣を教えられる程度には、剣を習熟している。今まで無手であったのは、そもそも抜く必要がないと判断されていた為であるのは想像に容易い。


「やっと本気になったな」

「―――」


 オージェンは答えない。代わりに剣を取り、構える。足を開き、刀を大上段で、肩に担ぐようにして構える。それは、一刀のもとに全てを切り伏せる構えであり、故郷、ゲレーンの中でも使い手が限られる剣術。


「(それで、来るのか……なら)」


 相対するゲーニッツが構えるは、全く同じ構え。双方が同じ剣術を習い、切磋琢磨し鍛え上げたのであらば、当然といえば当然であった。体躯はオージェンが上。しかし剣戟の速さはゲーニッツが上。剣術の腕はほぼ互角。だが、ふたりより強い剣士がいた。それこそ、イレーナ・ワイウインズ。ゲーニッツの妻であり、カリンの母。


 そのイレーナを、決闘の上で一度負かしたのはゲーニッツである。


 構えから繰り出される技に名はない。しいていうなら、真っ向斬りである。真正面から、縦一文字に斬り裂く。それはとても単純であり、故に百の技巧より一の気迫で繰り出す事を求められる一撃である。


 ゲーニッツが大きく息を吸い、肺に空気を送り込む。顔面から流れ出る血は止まる事なく、しかし痛みは少ない。呼吸を整え、意識がフラットになっていく。対してオージェンは微動だにしない。熔けた瞳では意図を読む事などできない。そもそも、呼吸しているのかさえ怪しかった。


「「―――」」


 両者、示し合わせたかのように、同じタイミングで間合いに踏み入れる。肩に担がれた刀が跳ね上がり、相手の頭上めがけて振り下ろされていく。


「ズァエアアア!!」


 オージェンは声を出さない。出せないのかもしれない。大上段からの一撃は正確にふたりの頭に向かい、そして当然二人の刀はそれぞれぶつかり合い、大きな音を立てて弾きあった。


 踏み込みの強さ、剣戟の威力、間合いの広さ。ふたりの間にはそれぞれ微妙な差があったが、それらを踏まえた上で繰り出された一撃は、この瞬間お互いに拮抗した。


「まだまだぁ!!」


 そして、ゲーニッツはさらに追撃する。弾かれた刀を、強引に振り戻し、再度真正面から打ち込んでいく。


「―――」


 それは、オージェンも同じ。正確には、そうしなければ自身が斬り裂かれている。両腕が弾き出され、それでもなお両者の体幹はブレる事なく、ふたたび二の太刀として両者は頭上に刀を振り落ろす。


 一撃、二撃、三撃、何度も何度も繰り返す。防御できるような攻撃でもなく、間合いに入っているが故に回避する暇もない。お互いがお互い、必殺の一撃をもってして拮抗しつづけなければ、次の瞬間には胴体に刃が食い込む。しかし、刀が弾きあうたびに火花が散り、両者の刀身はに無視できないヒビが入り始めていく。


「(……ここからだ、ここから、奴の手を堕とす!)」

 

 この必殺の一撃の応酬であるが、この状況は、ゲーニッツが意図的に作り上げたもの。敵が大上段からの一撃を繰り出すのであれば、ゲーニッツは返し(カウンター)、居合斬りを使う選択肢がある。しかしその手段を取らなかったのにもまた理由がある。


 それは、居合斬りでは正確にオージェンの手を切り落とす事ができない為である。もし居合斬りを放つものなら、胴体を狙う他ない。なにより、カウンターでは必勝に至れない。


「(必ずお前を連れて帰る!)」


 ゲーニッツが何を考えているのかは分からない。その口で語る言葉はいつも数少ない。それでも、友を、そして娘の師であった者を連れて帰らないという選択肢はゲーニッツには無かった。

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