ベイラーと事象の地平線
ナイアーホテプ。そう呼ばれている存在は、かつてこの星の外からやってきた。この星目掛けて来訪した、というより、従姉妹に引っ張られて、偶発的にこちらにやってきてしまった、というのが正しい。ナイア自身、この星に来ようとは思ってもみなかった上に、従姉妹のマイノグーラとは、そもそも面識もない。従姉妹と表現したのは、直接の血縁ではないが、同じ親元から生まれている事への、ほんの少しの同族嫌悪が含まれている。
そしてその同族嫌悪は、この体に流れる何割かの組織が同じなのだと、否応なく理解せざる終えない事態が起きた為に加速した。マイノグーラと同じく、ナイアもまた、この星の守護者たる龍の影響をうけ、その力を何十分の一、何百文の一にまで力を抑え込まれてしまったのだ。『ナイア』という名前さえ、本来の発音とは言い難い。それほどまでに、元の存在から大いに湾曲され、曲解され、縮小された。幸いにして、マイノグーラのように派手にこの星で活動していなかった為か、龍から何かされるでもなく、地中奥底で封印されるような事はなかった。代わりに、堕ち過ぎた力を取り戻す為の手段として、ナイアは己の力を、本として閉じ込めた。龍の目から逃れる為でもあるが、一番の目的は、ナイアを認識した上で、こちらの信奉する存在に出会う為である。龍の制約から逃れるには、龍より自身を信仰させればよい事に気が付いた。
だがここでナイアの誤算がふたつ起きる。ひとつは、作り上げた本が、本来の大きさよりもだいぶ小さくなってしまった事。百科事典とはいかずとも、私小説程度の厚さになるはずだったその本は、一枚の紙を折り畳む事でできあがる豆本程度にしかならなかった。それでもなんとか作り上げ、己を祭り上げる為の神殿に置いた。いつか、この本の手にとる人間を誘惑し、手懐け、複縦させる為に。だが、ふたつ目の誤算が起きた。
作り上げた神殿が、土砂災害で見る影もなく崩れ去ってしまったのだ。神殿を作り上げた土地、その性質がやたらと激しかった。その土地の名は、ゲレーン。
《今にして思えば、アレも龍の仕業だったんだねェ》
ひとつ目の誤算はまだいい。己の力がどれだけ小さくなったか自覚しないままでに本としたせいであり、ナイアに責任がある、だがふたつ目は、龍の手の域が掛かったとしか考えられ無い。そうでなければ、地中で作り上げた神殿が、埋もれるのではなく崩壊して流されるのに説明がつかない。
《だが、それも過去の話だ》
「ナイア、といったな」
《名付けられしはナイアーホテプ。以後お見知りおきをゲレーンの王様》
「その男は、なぜそうなっている?」
《ん? これかい? これはねェ》
ゲーニッツが、怒号になりかけの声をなんとか押し殺し、努めて平静を保って問いかける。彼の友人、オージェン・フェイラスが、人ならざる者とやりとりしていた事実、そして今、目の前で、人ならざろうとしていようにしか見えない姿がある。黒目がとけ、焦点があっていないその顔には、およそ理性は感じられない。ナイアは、あえてゲーニッツの態度を逆撫でするような声で囁く。
《さぁね。契約者に聞いてみればどうかな?》
「なるほど。なら」
目に見えての挑発だった。目の前には一つ目の巨人アルスカリ。ナイアの眷属だというが、そんな事はもうゲーニッツには眼中にない。
「そうさせてもらう! ギフトよ! どうか私に力を!」
《ああ、我が友の子よ》
ギフトの目が赤く輝き、その手に持ったサイクル・サイトを振り下ろす。巨人はその胴体を真っ二つに斬り裂かれ、崩れ落ちていく。一匹、また一匹と巨人が地に伏していく。
《おうおう。中々》
《この程度)
そうして十匹のアルスカリが地に伏した。紫の輝きを放つ結晶に、ねばつく液体がどろりと垂れ永がされていく。アルスカリの体液は、血液とは違い無色透明で、代わりに非常に粘度が高い。何度かつかった大鎌は、切れ味は使えるものの、液体に阻まれ本来の力が発揮しずらくなる。
刃についた液体を払おうにも、ねばつきすぎて拭う事ができず、ゲーニッツはそのまま鎌をすて、新たな大鎌を作り上げる。
《草刈りより楽なり》
「お父様、これは」
父の、普段見ない激昂した姿と、見事な大鎌の扱いに感嘆しつつも、自分たちの置かれた状況と、自らの使命とが合致せずに、カリンは困惑した。確かにナイアは許せぬ裏切りを行った。オージェンの事も心配である。だが、自分達はマイノグーラとの闘いの真っ最中である。
こうしている間にも、外では仲間たちが猟犬と戦い続けている。彼らの実力を侮っている訳ではないが、戦力比もおとり、補給も望めない彼らにとって、あまり長時間待たせるのは得策とは言えなかった。
「(でも、マイノグーラの元に行きたくとも、これじゃぁ)」
行く手を阻むアルスカリとナイア。そして、オージェン・フェイラス。
「なんで貴方がそんな所にいるのよ、オージェン」
困惑は父に対してだけではない。普段から気に喰わない言動と態度をともなっていた彼が、カリンの胸中がどうあがちでもざわめいてしまう彼が、どうして、今になってこの結晶体、その中枢にいるのか。そして、なぜナイアの手先に成り下がっているのか。
「貴方は、そんな化け物に屈する程度の男だったというの!?」
「……」
オージェンは堪えない。熔けた目はどこにも焦点があっていない。ただ、時折気負えるうめき声が、かろうじて彼が生存してる事だけが伺えた。
生きている。その事だけでも、ほんの少し安堵してしまう。
「占い師様、私もお父様に加勢します」
「お待ちを姐さま」
この場を切り抜けるべく加勢しようとするも、占い師が待ったをかけた。てっきり占い師も加勢してくれるものと考えていたカリンは肩透かしを食らう。
「どうして!?」
「この場の事、手前は見た事があります」
「それは、占いで?」
「はい」
「なら、どうやって私たちはここを切り抜けたの?」
「残念ながら、私たち、ではありません」
「……え?」
「……私たちで、切り抜けるのではないのです」
芝居掛かったような口調だったアマツの声が明らかに暗くなる。彼女のいう見た景色とは、自分たちで切り抜ける光景ではなかった。
「恐ろしい事に、貴女のお父様は最初から理解しておいででした」
「……まってアマツ、まってよ。それって」
「ここは、お父様を置いてかなければなりません」
「何故!?」
カリンは声を荒げる事を止められなかった。
「ナイアの力のせいです」
「ナイアの?」
「アレの力が解放されれば、この地は、奴に飲み込まれます」
「ど、どういう事なの?」
「……コウ様ならば、わかるのでしょうか」
《俺?》
コウは、この事態をどうにか己で解決できないか思案していた最中だった。そこに突然アマツからの提案をうけしばし思考停止に陥る。
《え、なんで俺?》
「コレは、宇宙に関する事なので」
《あー、わかった。どんな感じ?》
「アレは、『事象の地平線』を模した力を持っています。その力で、あらゆるものを、この地の果て、星の果てにまで吹き飛ばす」
《『事象の地平線』……ん? ん??》
「コウ、なんなのソレは」
《まってくれ、何かの別名だったはず……えっと》
「その力は、物を運ぶという点でいえば、レターと似ているかもしれません。ですが、奴が送る場所はただ一点のみ。そして、飲み込まれれば決して逃れる事はできない。星も、音も、光さえも」
「な、なんなの、そんな力、聞いたことも―――」
《あーーー!?》
星も、音も、光さえ逃れられない。そのキーワードと、事象の地平線という名前で、コウは一体それが何なのかを思い出す。宇宙の始まりにもあった、人類はまだ全容を掴めていない、天体ショーのひとつ。
《ブラックホールじゃないか!? 嘘だろ!?》
「奴は、その力を使うのです」
ブラックホール。とある物理学者が提唱して定着したこの呼び名は、ホールとついているが、空間に穴が空く事を示さない。光も脱出できなくなるこの天体は、その現象として、瞬く星の中、何者にも染まらない真っ黒の円として観測される。その姿がまるで穴に見える事でホールと名付けられた。
《そんな力を使える奴がなんでこんなところに!?》
「間違えてはいけませんコウ様。事象の地平線は、アレにとって手段でしかありません」
《ブラックホールが、手段?》
「貴方たちは、この星の果てに何があるかを目にしたはず」
「果ての、戦場」
コウ達は確かに見た。この星、この宇宙の最果てにあるものを。罪人たちが集められ、この星の外から来る者共と、永遠に戦い続けている。死ぬ事もなく、人の営みともっともかけ離れたあの地獄を。
「おそらく奴は、鍵、もしくは門なのでは」
「鍵? 門?」
「アレは、果ての戦場に、あらゆるものを送りこめる」
「厄介極まりないわ」
「もし、レターと同じなら、逆もできる事を意味している」
「……待って、それって」
「奴は、あの軍勢をこの星に引き込める」
コウ達の背筋が凍った。軍勢は、視力の良いカリンですら、その総数を数える事はおろか、全容さえ見る事ができなかった。それほどの大軍。軍という呼び名さえ生ぬるい。もはや風や海のような、自然現象のひとつだと思えるほどの多さだった。それほどの敵がこの星にきてしまえば、人は、生き物は生きてきてなくなる。
「まって、そんな事ができるなら、最初からしてるはずよ」
「そうです。でもそうしない理由がある」
《……龍か》
星の守護者。龍の存在が、ナイアにとってなによりも厄介であるのは、彼自身説明していた。そしてもうひとつ。
「状況を利用した、といってました。この状況になったのは、アレの意思ではないのでしょう」
「偶々、こうなったと?」
「そうとしか考えられません」
《なんだい。そんな事まで分かるのかネ》
ナイアが、カタカタと首を動かし始めた。それは、いままでにない仕草で、どこか、貧乏ゆすりにも見えた。
《占い師の厄介さを忘れていたネ……でも、ひとつ訂正がある》
そして、カタカタと動いていた頭が止まる。
《龍は、アレから弱くなってくれているんだ。それこそ》
ゆっくりと、両腕をあげていく。その様子を前に、突然アルスカリ達がおびえるようにその場で立ち尽くした。すでにいくつかのアルスカリを切り捨て続けていたゲーニッツが、怯えて動かなくなったアルスカリを前に立ち止まる。
「……」
《この力、もう送る方はいつでも使える!》
ナイアが言ったその時、広げた両腕の間、その空間がわずかに歪み始める。最初な、渦巻きを伴い、そしてねじり曲がり続けていく。やがて、小さな円形が出来上がると、少しずつ、少しずつ大きく、黒くなっていく。
《ガチのブラックホールを作ろうっていうのか!?》
《うーん。ブラックホールではないが……コレも龍の力のせいか。まぁその理解でもかまわない。結果は変わらないのだからネ》
正確にはブラックホールではないとナイアが言っても、コウは一切信じる気が起きなかった。彼が手から生み出ているソレは、確かに周りの空間から、少しずつ空気を吸い上げ始めているように見える。
《まずいまずいまずい!》
この閉鎖空間ではそもそも逃げ場がない。かといって、ブラックホールを前に対処方法など思い浮かべなかった。コウの混乱をよそに、ナイアが上機嫌に、謳うように語り掛ける。
《さぁ契約者! 唄え!》
「……い、あ」
そして、今までずっと沈黙を保っていた、瞳の熔けたオージェンが初めて声を上げる。それは小さくか弱い、かつ何を言っているか理解しがたい。
「いあ、いあ、くとるぅふぐたぐん」
ゆっくり、確実に、その言霊を続ける。オージェンの言葉を受け、ナイアの手にある円が、より大きく、より黒くなっていく。やがて吸い込む力さえ大きくなっていく。コウ達の体がその生み出された風による身動きが取れなくなっていく。
《おっと》
吸い込む力が強すぎたのか、近くにいたアルスカリが、成す術なく吸い込まれていった。その体は、手の中にある円に、グチャグチャになりながら強引に収まっていき、やがて体液の一滴の残らず、虚空へと消えていく。
《クソ!? 見境なしか!?》
眷属と称した相手さえ飲み込んでいくその力を前に、コウは咄嗟にサイクル・ブレードで結晶を突き刺し耐え忍んだ。グレート・ギフトも、グレート・レターも、それぞれ大鎌を地面に突き刺している。全身を襲う風を前に体は言う事を聞かず、ただ耐えるだけになる。
「――――にゃるら、ほってっぷ、つがー」
オージェンの呪文が、最後の一文を読もうとした。勝利を目前にし、ナイアが歓喜に震える声を上げる。ここまできても、彼は、男か女か判別が効かない声のままだった。
《螺旋の最奥、永劫の先、星の彼方へと向かうがいい》
やがて、円の中心がより強く、より黒くなる。コウは自身を支えていたブレードが、その吸引によって折れ砕け、体が支えきれなくなった。
《カリン! サイクル・ジェットを!》
「わ、わかった!」
両肩、両足のジェットを全開にし、体をなんとか保つ、それでも、このまま吸い込まれるのは時間の問題と言えた。
《さぁ契約者! 名を呼べ……名を》
とらぺど。その名をオージェンが口にする事で、このブラックホールは完結する。一度完成してしまえば、制御はナイアのおもうがまま。だが、いくら待っても、契約者が……オージェンが呪文を唱え切らない。
《どうした契約者―――!?》
その時、足元にいたはずのオージェンの姿が居ない事に気が付いた。本来、契約者がとらぺどに飲み込まれる事はあり得ない。ならば別の場所にいるはずだと視界をさぐると、すぐそばにオージェンはいた。
結晶を背にして、体を何者かの剣を、その拳で受け止めていた。契約者たるオージェンは、口を開く事ができないでいる。
《……まさか》
《そのまさかよ》
次の瞬間、桜吹雪が舞い散ったと思えば、ナイアの両腕を、背後から大鎌が薙ぎ払った。肘から先がパックリと斬れ、ごろごろと転がっていく。グレート・レターの力で、一瞬のうちにナイアの背後を取ったグレートすると、さきほどまで吸引され身動きがとれないでいたレターとコウが瞬時に動き出す。
そして、ゲーニッツは、彼等に叫んだ。
「今だ! 行け!!」
「お父様!?」
「こいつは俺たちで何とかする! だからお前達はマイノグーラを!」
「で、でも」
「姐さま、ここをどうにかできるのは、彼等なのです」
占い師が告げる。彼女はずっと、この状況を打破するのは、自分達ではないと言い続けていた。それは、ここにいる全員で打破できるのではないという意味。彼女の言う彼ら、それこそ、ゲーニッツとグレート・ギフトの事なのだと。彼らは、決死の覚悟で、コウ達をマイノグーラ達の元へと向かわせる気なのだと。
「これが、最善なのです」
「そ、そんな事って」
《カリン》
コウが、変形しつつ語り掛ける。四枚の羽根を広げ、ナイアのさらに奥に向かうべくすでに機首が伸び始めている。
《何もかも終わらせればいい。そうすれば、何もかも大丈夫だ》
「……なによ。ソレ」
あまりに軽薄な励ましの言葉だった。ナイアがどれほどの強敵か分からないうえに、オージェンは未だ敵のまま。さらには、マイノグーラに勝つ方法さえまだ思いつけていない。だというに、この場で、愛する父と別れねばならない。それがどれだけ苦しい事か。
無論そんな事はコウも分かっている。分かっているからこそ、コウは、ゲーニッツがその意思を決して曲げる事はない事も知って居る。それは経験から来るものではない。
《君のお父さんを信じよう》
「……」
カリンは、一度こうと決めたなら、やり遂げるまであきらめない。そしてそれは、ゲーニッツも同じなのだ。なぜならゲーニッツは、最愛の乗り手たるカリンの父なのだから。
「―――お父様!」
「ああ」
そして娘は、父にかける言葉を探す。激励か、叱咤か、それとも憎まれ口か。そのどれでもなかった。自然と、故郷の言葉が思い浮かび、そのままするりと口から出ていく。
「また共に!」
それは別れの言葉であるが、同時に、再び出会う事への祈願。必ず、この地で再会しようという決意。
「また共に」
父もまた、愛娘に向けて同じ言葉を返す。短くも、それぞれ想いが籠った言葉が胸中に届く。
「コウ! サイクル・ジェットを全開!」
《お任せあれ! レターさん! 手を!》
《世話になります》
《それと―――》
コウが変形し、レターはその手を取る。宙吊りの形になりながら、この場所から脱出していく。そして、とある試みを行うべくグレート・レターに助力を請おうとした。
《逃がすとおもうのかい?》
しかしナイアは執念深く、コウ達に追撃をかけた。切り落とされたはずの両腕、その切り口がわずかにうねったと思えば、吸盤のついた、黒く粘ついた触手が勢いよく伸び、飛び去るコウ達をつかまえんとする。それはタコともイカとも違う、おぞましい触手に見えた。
《させると思うのか?》
その触手を、グレート・ギフトがさらに切り落とす。コウ達の安全は確保され、この場から離れていく。
《……やるねぇ》
《この場で、その根も断ってくれよう》
《フン。枯れ木寸前が何を言ってるのやら》
ナイアの言葉は、侮蔑の意味もあるが、事実でもあった。肌の艶やかさ、足腰の強さ、サイクルのしなやかさ。どれも、コウ達のような若いベイラーとは比べ物にならないほど脆く弱い。触手を切り落としたサイクル・サイトも、切り口は荒く、そして壊れて砕け散ってしまう。
《とらぺどを使うまでもない》
《どうかの》
グレート・ギフトの言葉の直後、彼の足元に大きな花びらが開く。桜色をしたその花は、さきほどグレート・ギフトをナイアの背後に送った力でもある。
《その花弁、開いた所に来るんだろう?》
《ああ。だが今、この場に届かせたいものがあったようだ》
花開くと、中から緑の炎が吹き上がり、グレート・ギフトの体を覆い尽した。両手両足、胴体、コックピット、ありとあらゆる全ての箇所に、炎が纏われ、包まれていく。
《(焼身自殺、いや、この場合は他殺か)》
ナイアは、なぜ急に自身を炎で纏わせたのかしばし理解に苦しんだ。ベイラーの体となったのは、龍の目を掻い潜る為であり、そしてその不自由さは、痛いほど理解している。火は天敵中の天敵であり、見るのも遠慮願うほど。だが、炎の中にも、例外がある。
《そうか、その炎は》
《我が兄弟姉妹よ。その助力に、感謝しよう》
グレート・ギフトが浴びているのは、コウの緑の炎。そしてコウの炎は、ベイラーの体を癒し、治す力がある。だが、その本質は治療ではない。それは生命のもつ力そのものを加速させる力。それは、長い年月の中で削れてしまったグレート・ギフトを、本来の姿に立ち戻させるだけの力となる。
《この姿は、長くは持たないだろうが》
枯れ木のように割れた肌は艶ややかになり、無数のヒビが入っていたコックピットは、鏡面に輝き、そしてなにより、その両足は雄々しく大地を踏みしめている。その声すら若返って聞こえる。
《星の外より来る者を相手取るに不足は無し》
《ええい。契約者。遊んでいないでこちらに来い》
敵が予想外の反抗にでた事に気分を害したナイアは、短期決戦を挑むべく契約者たるオージェンをコックピットに呼び戻さんとした。
だが彼は、ずっとひとりの剣士と戦い続けている。
《存分に戦え、我が友の子よ》
剣士の名は、ゲーニッツ。刃渡り70㎝ほどの、片刃の剣で幾度となくオージェンと切り結んでいる。対するオージェンは徒手空拳。間合いに入る事ができずにいる。
「少し俺と稽古だ、オージェン!」
「……」
瞳の熔けたオージェンは答えない。代わりに、手甲で剣を弾き、がら空きになった胴体めがけ蹴りを浴びせてくる。ゲーニッツはその蹴りに対し、浮き上がった剣を強引に引き寄せ、柄で受け止めた。
「……」
「……」
オージェンはわずかに距離をとり、両腕を構える。それは、彼が収めた格闘術の構え。対して、ゲーニッツもまた構える。足を肩幅に広げ、剣を肩にかつぐようにしたその構えは、ゲレーンで広く伝わる、一撃の重さに特化した構え、そして、カリンがもっとも得意とする構えでもあり、そして。
「この構え、お前が、教えてくれたんだったな」
「……」
「待ってろ、殺してでも目を覚まさしてやる」
ゲーニッツの剣、そしてカリンの剣、それらの基礎は、ここにいるオージェンが教えている。オージェンは今でこそ暗殺者であるが、以前は腕の立つ剣士であった。そして二人は、親友であり、好敵手であり、恋敵であった。




