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ベイラーとサイクロプス


 ティンダロス内部に突入したカリン達。幸いにしてカミノガエと合流するが、新たな巨人と出会う。コウの世界でサイクロプスにも似たその怪物は、その眼の光を浴びると、正気を失ってしまう、今までと全く異なる化け物であった。


 窮地に堕ちったカリン達を救ったのは、カミノガエと同じく、このティンダロス内部に閉じ込められていた者たち。


《《「「サイクル・サイト!!」」》》


 グレート・ギフトと、グレート・レター。ふたりの偉大なベイラーが駆けつけた。二人の手に生み出される大鎌は、この場にいる巨人たちの首を。例外なく切り落としていく。


《兄様、眼を見ないように》

《承知している。我が妹よ》


 二人は、お互いがお互いをカバーしあい、巨人たちを打ち倒していった。その様子を見たカリンは、敵の姿をまじまじと見る余裕ができる。


「本当に猟犬と違うのね」

《どうしてそう思った?》

「そりゃ、口が無いのもそうだけど。見て」


 おびただしい血がこの場に流れる。透き通った結晶の集合であるこの空間では、粘度の高い血液は異様に目立った。その色は、生き物の色としてはあり得ない色をしている。


《血の色が、緑?》

「あれだけ訳の分からなかった猟犬ですら、一応血は赤かった」

《じゃぁ、こいつらは》


 一つ目の巨人。突然現れた別の敵。戦力は、ベイラーであれば苦戦しない程度であるものの、その眼を直に浴び続ければどうなるかは、考えたくも無かった。


「ティンダロスの中は、何か法則がねじ曲がってるのかしら」

「その点、私も気になっていてな」


 やがて、巨人たちの排除が終わったのか、大鎌についた血を払い、グレート・ギフトたちが帰ってくる。そして中にいるカリンの父、ゲーニッツは言う。


「レターは、ここは時間と空間がぐちゃぐちゃだと言っていた」

「ぐちゃぐちゃ?」

《説明してもいいのですが、そろそろ挨拶をさせたく思います》

《挨拶?》

「お初にお目にかかります」


 大鎌を下ろし、グレート・レターから人が出てくる。その人の姿を見て、カリン達は目を丸くした。


《「占い師じゃない!?」》

「お二人には、先代がお世話になりました」

「せ、せんだい?」

「先代は引退し、手前が名を受け継ぎました」

《い、引退したのかあの人》

「というか襲名制なのね」

「アマツ・サキガケ。以後、お見知りおきを……お会いしとうございました。白いベイラー」

《ん? 俺と?》

「マサとキョウ。この名前に心当たりは?」

《ん、ん?……どっかで聞いた事あるような》


 降りてきたのは、リオやクオよりわずかに年上で、ナットとさほど変わらないであろう少女であった。その素性は同じく占い師であるという。だが、コウはその素性より気になる事があった。


「二丁目の工房で、母さまと父さまを助けていただき、感謝いたします」

《工房?……ああ!? 君、あの人達の子供か!?》

「二人とも元気でいますよ」

《そ、そうか……良かった》

 

 コウ達がホウ族の里の厄介になっている時、その工房で事故が起きた。その事故の際、コウの救助活動によって命を救われた者こそ、当代のアマツの両親である。


「先代と同じように、アマツ、とお呼びください」

《わ、分かった》

「よろくしお願いします。カリン姐さん」

「はい……はい?」

「カリン姐さんと」

「……よ、よろしく」

「積る話はありますが、まずはレターの話をお聞きください」

《わ、わかった》

「(この子もなんか変だわ)」


 以前のアマツの印象がどうしても残っているふたりにとっても、当代のアマツはどこか変であった。もっとも当代からしてみれば、完全に先代のせいであり、理不尽この上ないかもしれない。彼女も彼女で自分が変なことに自覚が無かった。


「レター、お話を」

《はい。私の力。サイクル・レターは、眼で見えない距離まで離れている場合、私が来た事のある場所しか行けません》

《「(そうだったんだ)」》


 瞬間移動だが、万能ではない事はカリン達もうすうす気が付いていた。しかしそんな制約がある事は知らずにいたが、ここでふと、コウが疑問に思う。


《アレ? ならどうしてカミノガエ陛下と合流できなかったのですか?》

《良い質問ですね。そしてまさに問題はそこなのです》


 ピンと指を立てるグレート・レター。


《この場所は、たしかに私達は通りました。しかし、その時はカミノガエ陛下はいなかったのです》

《どういうことですか? だって現にここにいるのに》

《はい。私達にも分かりません。貴方たちの声が聞こえたので戻ってきてみれば、ここに居たという訳なのです。これはつまり》

《時間が異なるやもしれん》


 グレート・ギフトが補足する。


《本来時間は不可逆のもの。それが、この地では遡れるのやもしれない》

「それって……あー……えっと……」


 カリンは必死に考えるも、理解できず、理解できていないからこそ、なんとか理解しようと質問を投げる。


「そもそも、どうして時間と空間に関係か?」

《それは、空間の先に時間があるかだ。我が友の子よ》

「空間の先に、時間????」


 その質問の答えも、やはり理解できず、首を傾げたまま固まってしまう。すると、コウがその言葉を聞いて、思い出したようにまくし立てた。


《そうか! コレ三次元と四次元の話か!》

「さんじ、何?」

《三次元は空間。そして四次元は時間の事だ!》


 コウは、子供の頃にみたお話に心底感謝した。ありがとう、とある青い猫型のロボットよ。彼のおかげで、一次元、二次元、三次元、四次元の事は理解できていた。


《時間は空間影響を及ぼす。故に、この地はどれだけ時間が進んでも、我らに意味を成さない》

「グレート・レター。えっと、それはつまり」


 すでに知恵熱がでそうなほど悩みこんでいたカリンが導き出した、もっとも分かりやすい現状への確認。


「時間が経ったかどうか、分からないってコトですか?」

《左様であろう》

「でも、単純に、あれからそんなに時間たってないだけじゃ」

《……カリン、まって》


 時間が経ったかどうか不明である。だが体感できなければ、そもそもこの状況がどれほどの危機なのかもわからない。しかしコウは、その危険度をすぐに認知させる方法を導き出している。


《君、最後の食事をとったのはいつだ?》

「へ?」

《で、ここに来て、腹は減ってる?》

「それは……あれ!?」


 激闘に次ぐ激闘。食べれたとしてもパンの一欠けら程度。とてもではないが満足のいく食事はとれていない。だというのに、このティンダロスの内部に突入してからというもの、あれほど頭の片隅に追いやっていた空腹を感じていない事に気が付く。


「お腹空いてないわ」

《眠気は?》

「無いわ!?」

《つまりコレは》

《時間が、進んでおらんと考えるべきであろう》 

《そして、陛下がここに居た時間と、私が通った時間が一致していなかったのではありませんか?》

「それは……えっと?」

「そうか。余が起きる前に、貴君らはここを通ったのか。だから、貴君らはここに来れた」

《(すげぇ。わかるんだ)》


 コウがカミノガエの時空の感覚に対する理解度に驚愕する。コウの説明ひとつで、完璧に理解してみせた。カリンが理解できていない点を含めて、彼の理解力はすさまじものがある。今にして思えば、カミノガエは、グレート・ブレイダーと出会った時も、驚く事なく飲み込み、猟犬の正体が分かった時さえも、その概要を理解してみせた。総じて、カミノガエは己の理外にある存在への理解が早い。


《(コレが、この人の力か)》

《この空間は、バスター化したベイラーの力と、そしてティンダロスが持つ力が同居しているようです》


 時間に関する力は、マイノグーラ側の力とみて間違いなかった。彼女は、時を静止させる力を持つ。だが、空間に対してその力が発揮された事はない。


《そして、彼女たちとは別に、もうひとつ》

《もうひとつ?》

《さきほどの巨人。コレはいままでの敵には無かったものです》

《サイクロプスか》

《巨人がそう名乗ったのですか?》

《ああいや。そんな感じの名前がいいかなぁって》

《ふむ。ではそう名付けましょうか》


 便宜上の呼称として、サイクロプスと命名された。グレート・ギフトとグレート・レターによって切り裂かれた体は、猟犬と違い完全に静止している。生命としてのルールは、コウ達の側に寄っているように見受けられた。


《戦いやすいのは良い事だ》

「あの目だけは気を付けないと」

《でも、この後に及んで、一体なんなんだ》

《……答えは、この先にあろう》


 今まで沈黙を保っていたグレート・ギフトが指を刺す。それは、巨人たちがきたであろう道の奥。彼らの、ねばついた体液が残る足跡が付いている。その足跡はずっと長く続いており、彼等がどこから来たのかを示唆していた。


《征くか》

「そう、する他ないでしょうね。お父様、それでよくて?」

「異存はないよ」

「警戒はせねばなるまい。連中も空を飛ぶかもしれん」

《それは……あー……うん……》


 コウは否定しようにも、猟犬が翼を生やして襲ってきた例を見てしまっている為、全否定する訳にもいかなくなった。仕方なく、己の頭に残る僅かな記録を遡り、ひとつ目の巨人について思い返す。


《(サイクロプスって羽生えたっけかな?)》

「コウの世界って変な生き物がいるのねぇ」

《いや、コレは想像図で、実際は違っていたというか》

「へぇ?」


 サイクロプスは、想像上の生き物とされている。その図は、マンモスの骨から着想を得た説もある。マンモスの頭蓋骨は、中央に大きな穴があり、その穴のすぐ横に巨大な牙がある。大きな穴はマンモスの長い鼻の部分であるのだが、太古の人々は、このくぼみを目とし、両脇の長い牙も相まって、巨大な一つ目の怪物を生み出すに至った、という説である。


《実際の生態なんかわからないよ》

「コウの世界の人、おもしろい考えするのねぇ」

《実際に生きてる場合は想定してないだけだって》


 だが、こうして目の前で、その一つ目の怪物が動いている様を見てしまうと、別の違和感がぬぐえない。特に、ゲレーンで生態系に多少なりとも振れた身であるコウにとって、出会ったサイクロプスは不振な点が多い。


《(口がないなら、どうやって食べ物を食べるんだ?)》 


 まず、人間より大きく、ベイラーよりも小さい体躯を維持するための食糧は何なのか。そして、その食糧をどうやって得ているのかが、サイクロプスから読み解く事ができない。


《(人の気を狂わすのは、まるで人しか狙っていないみたいだ)》


 そして、サイクロプスが見せた力は、ベイラーであるコウには効きが悪かった。動物たちであれば、そもそもあの巨体を前にして逃げ出すか、似たような体躯の肉食獣であれば、二本足の部分に噛みつくなりして襲い掛かっている。ここまで考えて、コウはふと、猟犬の事を思い出した。


《そうか。あいつら、そもそも生態系が存在しないんだ》


 生き物は、その全てが生態系を形成している。土があり、その土で育つ草木があり、草木を喰う獣があり、そして獣が死ねばまた土に還る。人間でさえ、捕食者側として生態系に参加している。だがマイノグーラの使役する猟犬は違う。ただ喰らい、己の存在を増殖させつづけ、しまいには、猟犬同士も喰い合う事で、外敵を滅ぼす為だけに存在に姿を変える。


《全部、ひとりで喰う為の存在》


 仮にマイノグーラがこの星統べる事があれば、それはすべて猟犬が単一で存在する世界であり、循環はなく、故に生態系は存在しえない。


《星の外から来た者は、みんなそうなのか》


 星の外から来るのならば、元の星にあった生態系を無視するのは、自然といえば自然である。なぜならそれこそ、理の外から来ているのだから。

 

「どうやっても仲良くなれない訳だわ」

「隷属させようとしていた余の一族は、揃って大バカ者であったな」

「それは……」

「佳い。カリンが気にする事ではない」


 カミノガエの一族は、長年猟犬を研究し続けていた。解析し、その力を我が物にできればという野心の元に勧められた研究だった。


「無駄に終わらぬ為にも、この戦い、勝つぞカリン」

「はい。陛下」

《兄様、コウ様、開けた場所に出ます。警戒を》

《わ、分かりました!》

《うむ》


 そうして足跡を追っていくと、グレート・レターが警戒を促す。ちょうど軌跡が終わるあたりが、広場になっているらしい。コウがブレードを、グレート・レターが鎌をそれぞれ構える。

 

 そして、結晶群を通りぬけると、今までとはまた違った雰囲気を醸し出す空間に出た。透き通った結晶である事は変わりないが、今までが青白い氷の水晶であったなら、ここは紫のアメジストであるかのような輝きがあった。


《同じティンダロスの中でも色が違うのか》

「えっと、アマツ、貴女の占いはどれくらいの期間を?」

「姐さん。実は、占い師としてはまだ未熟で」

「あら」

「この地に来た未来を視た後はまだ何も」

「(それがそもそもすごい事なのよね)」


 心の中で改めて占い師の力に驚嘆しながら、アマツの話を聞いていく。


「この地で見たは、マイノグーラと、もうひとつの影の存在」

「もうひとつの、影?」

《それが、鮮明に映らないとか》

「はい。どうしてもぼやけてしまって」


 占いで見た景色は、通常鮮明である。あまりに鮮明で現実と混同してしまう事があるほどだ。だが、今回はそうでは無かった。


「先ほどの巨人たちの事かもしれません」

《じゃぁ、マイノグーラの新しい手下ってコトか》

「足跡はここに集まってるけど……アレって」

 

  三人のベイラーは、巨人の出現場所と思われる場所にたどり着く。今までとは景色の違う結晶。ねばつく液体がわずかに残る床。そしてなにより、中央に見える、ひときわ大きな結晶。アメジストのような色をした結晶であるが、他の結晶と違い、その中央が暗闇であり、そして暗闇の中は、煌めく星が瞬いているように見えた。

 

 このティンダロスの内部は最初から異様であったが、ここはさらにまた別の異様さがある。


「ねぇコウ、アレって、貴方のいう()()、じゃないの?」

《あ、ああ。そう、見える》


 異様さの原因は、中央にある結晶のせい。閉ざされた空では決して見る事のない宇宙の色がそこにある。そして、さらなる変化が三人を襲う。


 暗闇の中から、ぬめりを帯びてゆっくりと、腕が伸びてきたと思えば、頭、胴体、足と続き、やがて全身が暗闇の中から這い出てくる。這い出てきた何者かは、何度か痙攣した後、ゆっくりとこちらに向き直った。怪しく灯る一つ目が、こちらを睨みつける。その姿は、さきほどカリン達も目にした者。


《サイクロプス!?》

「じゃぁここが出現場所!?」

《カリン!》

「撃つ!」


 問答不要であった。サイクル・ショットを作り上げ、まだ動きの繊細さが欠けるサイクロプスに対して先制攻撃を仕掛ける。針は真っ直ぐその大きな一つ目に当たり、あたりに緑の鮮血をまき散らして動かなくなる。


「アレをなんとかしないと駄目ね」

《おかしい》

「どうしたの?」

《もし、アレがマイノグーラの手下で、ここが生産場所だとしたら》

「だとしたら?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()


 いくら周りを見回しても、マイノグーラの姿はおろか、猟犬の一匹さえ見当たらない。


「お父様、アマツ、他に敵は?」

「少し待て」

「姐さん、ちょっとお待ちを」


 警戒していた二人がさらにあたりを見回すが、やはり該当する者はいない。あるのは、あやしく光る紫の結晶。


 ふと、カリンの父、ゲーニッツは、結晶の色に注目した。


「(今までは氷のようだったが、ここは宝石のようだ)」


 それは、単なる質感の違いを前した感想であったが、ふと、今まで見ていた氷の結晶がここにはあるかどうかが気になった。なんのことはない、ただ、結晶の色を見比べたいと思っただけの行動。


「(あの氷の色はどこにも……いや、あった)」


 そして、広場の天井にあたる位置にある結晶が目に映った。その結晶はこの場所の中ではまだ氷の結晶の色合いをしており、紫の結晶と見比べる事ができた。よくよく観察すると、氷の結晶は、時折内部が水流のように流れており、光が分散している。かたや紫の結晶は、内側から零れ日のような光がいくつか放たれており、より煌びやかに見えた。それこそ、掘り返して宝石にでもすれば、かなりの値打ちになりそうな代物。


「(なんとも奥方に喜ばれそうな―――)」


 少々、場にそぐわない考えをしたなと、考えを改めようとしたその瞬間、結晶の変化を目の当たりにして息を飲んだ。氷の結晶を、隣に生えていた紫の結晶が、まるでその瞬く光で飲む込むように、侵食、否、侵略している。じわじわと光が浸透していき、やがて、氷の結晶は、先端まで光が行き渡ったが最後、隣に生えていた紫の結晶とまったく同じ色合いへと変化していった。


「なんだ。コレはまるで」


 その時、ゲーニッツは、コウの呟きが頭の中で再生される。


―――()()()()()()()()()()()()()


「ティンダロスを喰っているような……まさか、それは」


 そうして導き出される答えに、ゲーニッツは身震いする。全身から汗が吹き出し、呼吸が浅くなる。その父の尋常ならざる様子に、思わずカリンが声をかけた。


「お父様? どうされました?」

「カリン、気を付けろ。ここにはマイノグーラとは違う、いや」


 憶測かもしれない。予測かもしれない。何も確定してない。だが、なぜか、彼の直感がそう告げた。


「マイノグーラさえ食らう、別の存在がいる!」

「は、はい?」

《別の、存在?》

「コウ君の言い方をするなら、星の外から来た者」

《ま、まさか》


 その瞬間、中央にある結晶から、サイクロプスが出てくる時とはまた異なる音が耳に届く。ピト、ピト、ピト、と、そして、同時に声が聞こえた。


《おや、おや、おや》


 その声は、かなりくぐもっており、一度聞いても、男性なのか、女性なのかよくわからない。だがなにより、その発声方法に聞き覚えがある。


《ベイラーの声? なら味方、なのか》

《兄様、これは》

《騙されてはならん》


 マイノグーラを喰らうの者がベイラーならば、こちらの味方になってくれるかもしれない。そんな淡い期待を、グレート・ギフトが切り捨てる。


《アレは、断じて我が兄弟姉妹ではない》

《なら、今の声は一体》

《我らの模倣、あるいは、体を借りたか》

《ご名答サ♪》


 声の種類が女の声になった。


《流石は古いベイラー。よく分かるものダ》


 次の瞬間には男性の声に、そしてすぐ混ざって二種類の声がいったりきたりしている。まるで安定しない。そして、声に主が、ゆっくりと、結晶の中央、宇宙の中から現れ出でる。


 大きさも、肌の表面も、たしかにベイラーであった。黒い斑点のある灰色で背後の景色が貫通して見えている。斑点は時折動いていた。そして、通常のベイラーとは細部が異なっている、まず手足が違う。タコやイカにも似た触手状でぬるぬるとしており、また腐りかけの甘い匂いを放っている。コックピットの位置にあるのは、単なる暗闇で、色がついていない。よく見れば、動いている黒い斑点と同じ色をしていた。なにより、頭にはバイザーがなく、代わりに、斜めに歪んだ円形の、結晶の中にあった物と同じ、宇宙と呼ぶしか形容できない空間がある。


 コウ達ベイラーは、謎のベイラーに警戒した。ただ一人、その声を知って居る者だけが反応を返す。


「貴方……ナイア?」

《やァ! 久しぶりだネ!》

《カリン、あいつ知ってるの!?》

「え、知ってるも何も」


 ナイア。そう呼ばれたベイラーの事を、カリンは知って居る。


「だって、あの子、()()()()()()()()()()だもの」

《オージェンさんのベイラー、だって!?》

《少し状況を利用させてもらったヨ》


 そういって、ナイアが左手(指の代わりに触手がついている)を持ち上げる。よくみれば、その体はところどころ傷があり、移動している斑点にも、切り傷や刺し傷がの切っている。特に、首元にある大きな二個の穴が目立っていた。それはまるで、獣に喰いつかれたような傷。


《代償は払ったけどネ。成果はあっタ》

《代償? 成果?》 


 そういって、左手で持ち上げるのは、一本の生白い腕。肩から切り裂かれた、体の一部であった。それが一体誰のものなのか、コウ達が検討つかずにいると、ナイアは、今まで以上に愉快な声色で応える。


《マイノグーラの腕サ!》

《マイノグーラの、腕ぇ!?》

《もうちょっとだっタ、惜しかっタ》 


 愉快そうな声をしているが、しかしまったく笑っていない。


《あんたは、味方、なのか?》

《そうとも言えるシ、そうとも言えなイ》

「貴方は、一体なんなの?」

《うーん。どうしようかナ、どっちが面白いかナ》


 カタカタと肩を揺らして、一応は笑っているような仕草を見せる。だが、やはり笑い声を出す事はなく、サイクルが不規則にカタカタ動いているだけで、人形がひとりでに動いているような不気味さがある。触手がやたらとなめらかに動いているのが、違和感にさらに拍車をかけた。


《うん、きっと今言った方がおもしろいナ》

《(調子が、狂う)》


 何か、決定的に会話がかみ合わず、価値基準の差があるようにしか思えなかった。自然に苛立ちが沸き上がるのを抑えつつ、ナイアを言葉を待つと、信じられない言葉を耳にする。


()()()()()()()()()()()

「……」

「……」

「……」

「……」

《……》

《……》

《……》


 まず、主語を理解するのに時間が掛かった。一人称としておよそ使われる事のない言葉だった。そして、二人称の『アレ』を指す言葉が一体なんなのかを理解するのにも、さらに時間が掛かった。


 この体。つまりナイア。アレ。これが、しばらく何を指すのか不明だった。だが、従姉妹という言葉で、女性系である事は推察できる。そして、コウ達は、ずっとその女性系で呼ばれる存在をずっと追ってきてる。マイノグーラは、聖女とまで呼ばれていた。


 つまり、ここにいるナイアは、マイノグーラと()()()()()()()()()()。さらには、血縁関係にある


《な、にぃ??》

《龍の力が弱まって、この体もずいぶん動かしやすくなってサ》


 与えられた事実を飲み込むにつれ、カリン達の顔が青ざめていくが、そんな事はつゆ知らず、ナイアは、まるで詩でも歌うようにつづける。


《契約者との日々は良かったが、そろそろいい具合だったからネ》

「……ひとつ、聞きたい」

《何かな? 契約者の友》


 ナイアには表情がない。だが、その声色だけは、笑っているようにしか聞こえなかった。嘲笑っているようにしか聞こえなかった。


「オージェンは、何処だ」

《ここサ》


 ずるりと、コックピットであったろう場所から男が投げ出された。その体躯、服装からなにから、ゲーニッツが、カリンが見間違うはずも無い。そして、その男はゆっくりと立ち上がる。その瞬間、カリンが短い悲鳴を上げてしまった。ゲーニッツは、ただただ、痛ましさに胸が割かれそうだった。


「お前」

《契約者は長年、よく頑張ったよ》 


 決して労いには聞こえない声だった。その男……オージェン・フェイラスの体は、居たって正常に見える。ただ一点を除き。


「オージェン、貴方」

「その、眼は」

《この体がこうなったからサ。でもいつかは成る事だったヨ》


 オージェンの目は、その瞳孔がどろりと溶けている。焦点が合う事はなく、もはや、何を見ているのか分からない。そもそも、もう何も見えていないのではないかとさえ思える眼をしていた。


《もっと後にする予定だったんだけどネ。マイノグーラがずいぶん粘るし、龍がこんなに弱っているのははじめてだし、利用させてもらっタ》


 立ち上がったオージェンは、置物のように突っ立っているだけで、なにも行動していない。まるで抜け殻になってしまったかのようだった。


「オージェン! 私よ! カリンよ! 分からないの!?」

 

 カリンの声にも反応せず、ただ、その場に立っている。背後には、全身をうねうねと蠢かせているナイアが居る。


《さ、君たちとも遊ぼう。その方がきっと面白そ―――》


 ナイアの言葉を待たず、グレート・ギフトとグレート・レターが、その鎌をナイアに向けて振るっていた。湾曲した刃は正確にナイアを首を捉え、そのまま降りぬけばおしまい、となる。


《せっかちだネ》


 だが、そう成る前に、ナイアの前に、先ほどの巨人が、その身を挺して鎌を防いで見せた。現れた巨人を警戒し、とっさに距離をとる二人。


《厄介な》

《紹介するよ。コレは眷属『アルスカリ』。丈夫で力持ちサ》

《(そうか。こいつらが今まで違っていたのは)》


 ようやく思考が追いついてきたコウが、サイクロプスたちの違和感。その正体が分かり得心が行く。


《(マイノグーラの力じゃなかったからか!?)》


 だが、今更ソレが分かったとしても、事態は何も好転しない。だが、乗り手のカリンは、ただひとつの確認をしたくてたまらなかった。


「ナイア。貴方は、私たちを騙していたの? 裏切るつもりだったの?」 

《おー。そうか、その問いが来るカ》


 その問いは、ナイアにとってすでに用意された答えがあったのか、にやけた声を隠さず、たっぷりと、わざとらしい間をおいて答えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()


 そうして、両手を広げ、サイクロプス改め、アルスカリ達を従え、結晶の前にたつナイア。その最前には、瞳の熔けたオージェンがいる。


《さぁ、マイノグーラを飲み干す前に》


 結晶にどかりと座るナイア。その顔は変わらず暗黒だが、やはり、笑っているようにしか聞こえない声色が耳に届く。ナイアは、この状況を、心の底から楽しんでいるようだった。


《君たちで愉しんでみようカ》


 裏切りのナイアが、その力でコウ達に牙をむいた瞬間だった。

ラストダンジョン前の総決算的な部分です。


サイクロプスの外見連想マンモスの骨説は、俗説ではあるらしいのですが、実際マンモスの骨をみるとあまりにまんまなので私個人的には非常に好きな説です。


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