ベイラー、突入す
バスター・ケイオスの内部侵入を決断したカリン達。その為に、まずは前提を確認すべく、正十二角形の真上まで来ていた。
「人の体と同じなら、そもそも簡単に侵入できるって話よね?」
《そう、なんだけど》
言葉を濁すコウ。距離が近くなればなるほど、その中央にある眼の異質さが明らかになっていく。距離がどれだけ近くなっても、その目線が外れる事はない。だが黒目部分が動いているようにも見えない。人間のように目が濡れているように見えるのに、それはただ艶があるだけで、実際には濡れていない。
《そうは上手くいかないよなぁ》
人間が瞬きするのは、瞳の乾燥を防ぐ為であるが、そもそも瞬きらしい事をしていない。つまるところ、この敵の眼の構造は、人間と全く異なっている。
《そんな事だろうとは思ってたけど》
「予想通り過ぎて腹も立たないわね」
《ってことは》
「作戦通りいくわよ」
作戦。果たして作戦といえるかどうかも怪しいソレは、発射の兆候があり次第、コウが変形し、最高速度で突っ込む事を指す。成功するかしないかなど、実行してみなければわからない。黒騎士が、ほとんど自身の望む返事は返ってこない事を予期しつつも、確認の為に問い変えkる。
「作戦かいそれ?」
「成功したら作戦って言われるわ」
「失敗したら?」
「私が怪我するけどコウがいるから大丈夫」
「君そう言うとこだぞ」
「ごめんあそばせ」
『もっといい作戦が口からでてくるのでは? もしかしたら泣き言でもいうのでは?』 等の返事は全く帰って来ず、ほぼ予想通りの返答に文句のひとつを垂れる。もっとも、黒騎士の方も、カリンがこちらの意に返すなど微塵も思っていない。
「せめて猟犬たちの邪魔が入らないようにするさ」
「ええ。発射はまだされないし、地上の方から様子を―――」
《カリン、その前に》
「おっと」
地上と合流を計ろうとしたが、カリンたちに猟犬が迫る。大型で翼をもつが、飛行速度はコウ達の方が速い。振り切る事は十分に可能だった。
「引きはがすわ。黒騎士、ついていらっしゃい」
「あ、ああ」
ここで戦ったとしても事態はまったく好転しない。むしろ、この場で地上に猟犬を堕としてしまうと、下で戦っているサマナ達に負担がかかる。自分達ができる最良の手段は、猟犬を引き連れつつ、突入までやり過ごす事。
「ヨゾラ、加速をかけるぞ」
《クロキシ、アイツラ。ヨウス、ヘン》
「様子が変? そんな事あるか?」
背中に背負われたヨゾラの言葉が気にかかり、猟犬を改めて観察する。翼を持っているが、それらは今まで出てきた事のある猟犬の集合体であり、別段特徴ではない。大きく空も飛ぶ事は脅威ではあるが、脅威そのものはすでに対処できている。対空攻撃で地上に落とし、地上に落としてから拘束すればいい。
「他に何が」
そして観察していると、彼らの移動スピードがやらた遅いのに気が付いた。その理由も、翼を必要以上に羽ばたかせ、その場にどうにかして留まろうとしている。
「……こっちを見てる? 何故?」
黒騎士が観察するのと同じように、猟犬もまたこちらを観察しているように、否、もっと別の行為に似ていた。それは黒騎士ががレイダと共に戦う中で使用するサイクル・ショットの経験から、直感で導き出された。
「――狙いを付けてる? だが何を」
生態を見る為の観察ではなく、狙いを定めるための照準を猟犬たちは行っている。だが猟犬が照準を定めて一体何をしようというのか。その答えは、彼等が大口を開けている牙にあった。
猟犬と名付けた理由でもある牙。その牙が、ミチミチと音を立てて、方向を変えている。鋭く尖り、生えそろった牙がこちらに向いている。
照準をつけ、そして牙を向けている。情報としてはソレだけだったが、黒騎士はその先を想像した。本来であればあり得ない想像だが、目の前の敵は、そのあり得ないを何度も超越している。
「レイダ! サイクル・シールド! コウを守れ!」
《仰せのままに》
《黒騎士? レイダさん?》
コウの背後に回り、サイクルシールドを作り上げる。鋼鉄と同じとまでは行かないが、攻撃を防ぐには十分な強度と大きさのシールド作り上げ、猟犬たちに向けた。そして次の瞬間。
猟犬が、その牙をまるでサイクル・ショットのように飛ばしてきた。口から血しぶきを上げながら、すさまじい勢いで牙が飛んでいく。レイダのシールドは飛んできた牙によって、いともや容易くズタズタにされていく。
「攻撃!? 何処から」
「猟犬からだ! あいつらこんな真似まで」
牙を打ち出す攻撃。コレは口に生えそろった牙の全てを撃ちだしているのか、狙いそのものは正確ではない。しかしその数と範囲が厄介だった。広域に広がり、かつ一発一発の威力もサイクル・ショットと遜色ない。そして複数の猟犬が牙を撃ちだした事によって、レイダのシールドは完全に打ち砕かれ。そのまま姿勢を崩してしまう。
「(遠距離攻撃で、牙を……まてよ、牙?)」
ヨゾラがなんとか態勢を整えようとするが、その前にさらなる効果が露わになる。
《黒、騎士様》
「レイダ!? どうした」
《左腕が、何か》
大量に発射された牙は、シールドにほとんど命中したが、その内の一本がレイダの腕、左前腕部分に刺さっていた。そして、刺さった先から、まるで内側から食い破るようにレイダの体を『ナニカ』が侵食していく。
「噛まれた時と同じ効果があるっていうのか!?」
《こ、これでは》
猟犬は噛み殺した相手を同じ猟犬と成す。これは、その時と全く同じだった。レイダの左前腕部分から先に進もうとする、体を猟犬に変貌させんとするナニカ。そのナニカをこれ以上侵攻させない為にどうすべきかを、すでに黒騎士は知っている。
「腕を引きちぎれ!!」
《は、はい!》
レイダが己で左腕を引きちぎり、そのまま猟犬めがけ放り投げる。弧を描いて飛んで行ったレイダの左腕は、滞空していた一匹の猟犬に当たり、そのまま
墜落していく。偶然の攻撃であるが、幸い一匹の撃墜に貢献した。
《レイダさん!?》
《大丈夫です……ただ、コウ様、治していただけますか?》
《わかった!》
コウがすぐにサイクル・リ・サイクルを使ってレイダの腕を治していく。傷ついてズタズタだったレイダの左腕が新たに生え変わる。
《猟犬が、遠距離攻撃を》
《はい。幸い連射はしてこないようです》
距離を離しつつも、こちらに追撃は無い。だが、今までよりも猟犬の脅威度がさらに増したのは言うまでも無かった。
「地上に向かった猟犬たちも、もしかして同じ事が?」
「分からない。だが、まずは合流したほうがいいな」
カリンが突入するのは、どうしてもケイオスが冷凍光線を使う場合でなければ実行できない。その前に、この脅威を共有しなくては、地上に残した仲間たちが全滅しかねない。
「間に合ってくれればいいが」
問題は、この攻撃方法が、すでに地上で使われていた場合であった。もし命中した後の対処法を誰も実行できなければ、悲惨な結末が待っている。
「そうなる前に、早く」
黒騎士は、カリンは、気持ちだけが焦ってしまっていた。
◇
「なんだ……連中は一体何を」
そして、地上では、今まさに、その攻撃が行われようとしていた。猟犬たちが一斉に飛び上がり、対空砲火を掻い潜りつつ、一斉に口を開けこちらを狙っている。その目新しい動作を前に兵士達はたじろいでいる。ただひとり、サマナを除いて。
「(な、なんだこの気持ちわるい流れ!?)」
猟犬たちから、まっすぐこちらに向かってくる不気味な流れが見える。その流れは、こちらを一気に飲み込まんとするほど大きく力強い。だが、流れが見えても、何が起きるのかまではサマナは予想できない。彼女の力はあくまで心を読む事であり、未来を予測する力ではない。
「サマナ殿、あいつらは何を」
「とにかく警戒だ! 何かしてくる!」
「リオ達どすうればいい?」
「お前らも警戒だ。なんか投げられるもんもっとけ」
「「はーい!」」
陣地でその力を存分につかい、構築にも一役かっていたリオ達が返事する。各々が武器を構え、空で滞空する猟犬に警戒心を強くする。猟犬はなおもこちらに大口を開けて待っている。そして、その口からブチブチと肉から骨がはがれる事が聞こえた頃、サマナが、ようやく猟犬が何をしてくるのかを予測しおえた。
「全員逃げ―――」
言おうとしても、すでに間に合わない事まで予想できてしまった。全員が全員空を見上げて、逃げられるような体制ではない。発射されるまでわずかな時間しか残っていなかった。だがその残った僅かな時間でも、動き回れる男がいた。
「ミーン!」
《あいあいさー!!》
狙いをつけ、滞空し続けていた猟犬めがけ、空色と夕焼けのまじった色をしたベイラーが飛び上がっていく。その右手に備わった巨大なドリルが、猟犬たちを刺し穿ち、突き貫いていく。
「回れぇええええ!」
貫いたまま、ドリルを回転させる。猟犬はいともたやすく肉が引き千切れていく。そして、一匹を貫いた後、猟犬は一斉にミーンに狙いを変えた。空から飛び上がった翼を持たないベイラーであれば、このまま地上に落下する他ない。だが、飛び上がったのは、あのミーンである。
「吹き荒べミーン!」
《あいあいさぁあ!!》
全身から黒煙をあげ、脅威的な脚力を利用し、空を疾走していく。そしてなにより、その速さに猟犬たちは対応できず、狙いが一切つけられていない。
「遅い遅い!!」
翼で滞空している猟犬たちは、地上で戦う者たちにとっては、三次元的には優位に立っていた。だがミーン相手では、圧倒的な速度差として現れる。空でとどまっているだけの猟犬では、最大速度で動き回っているミーンを捉える事などできはしない。そして今のミーンは、完全に猟犬の狩人となっていた。翼を、四肢を、頭を、そのドリルで次々と打ち砕いていく。
「ナット! 立ち止まるな! 狙い撃ちされる!」
「分かってる!」
ナットが戦っていると、猟犬たちのうち数匹はナットと戦うのをやめ、一目散に陣地へと向かっていった。
「まずい! 二匹抜かれた!」
如何にミーンの足が速くても、一体多数の戦いをし続けながら、一匹も猟犬を通さないのは難しかった。
《サマナ、来るぞ!》
「分かってる!」
《「サイクル・シミターブーメラン!」》
サマナが先頭に立ち、襲い来る猟犬たちを迎撃していく。撃ち落とす事を目的とするのではなく、牽制としての一撃。現状、ミーンだけが猟犬の標的になっている。ミーンには遠距離攻撃手段もなく、この状態が続くのはミーンの危険度が高い。
弧を描いて飛んでいくシミターが、猟犬に向かっていく。数匹の猟犬は攻撃を察知し、その場から飛び退いていく。そして標的をミーンからサマナ達へと変更し、距離を詰めてくる。牙の有効範囲を広げようという、猟犬なりと思考が伺えた。だがこれこそ彼女らの狙い。
「何匹釣れた!?」
《四、五匹ってところだな》
「大漁とはいえないか」
《だがこれでいい》
「いくぞ野郎ども!」
「「「おおおお!」」」
海賊船から男たちが駆るベイラーが躍り出てる、その手にはシミターを握られている。
「船長! どいつを狙えばいいで!?」
「どれでもいい!」
サマナの号令はあまりに大雑把だが、細かな指示を出したとしても、その通りにこの男たちが動いてくれるともおもっておらず、海賊たちも、細かな指示だされたらどうしようと思っていたものである。
大雑把な指示であったが、シミターを投げつけようにも、距離が遠ければあ足らず、こちらに向かってきている猟犬たちのほうが近い。故に自然と狙いは引き寄せた猟犬たちに定まっていく。
「撃たれる前に撃ち落とせぇええええ!!」
「「「「応!!」」」」
男たちが吠え、無数のシミターが舞う。猟犬の手足、翼、そして頭。いくつもの部位ごとに叩き斬られた猟犬たちが空中に留まる事ができず墜落していく。事態のとりあえずの推移を果たし、サマナはシーザァーにさらなる指示を行う。
「シーザァーのおっさん!」
「おっさん!?」
「なんでもいいから壁だ!」
「壁? しかしそれでは攻勢に出れんぞ」
「攻めてる場合じゃなくなった! やつら弓持ちになった!」
「な、何をデタラメな!?」
「嘘だと思うなら空を見な!」
遠距離攻撃の恐ろしさは、戦場を知って居るシーザァーに対して、もっとも実感しやすい例として弓持ちを出す。伝えられたシーザァーも、当初は信じられないといった表情を隠しもしなかったが、空でミーンと猟犬との闘いを見て、すぐに考えを改めた。
「ここで防戦をしようというのか」
「すくなくとも空から来られる以上はそうするしか無ぇだろ」
「歯がゆいが、致し方ないか」
防戦。籠城戦と言い換えなかったのは、この地で籠城戦をするなど、今までは死に向かう事と等しかった。だが、現状空からの脅威に対応するには防戦しか選択肢がない。いかんせんこちらには航空戦力が圧倒的に不足している。制空権は猟犬たちが持っているのだ。
「陛下の無事も確認できずに」
「大丈夫だ。あんたのとこの皇帝様は頑張ってる」
「そんな事までわかるのか?」
「……まぁな」
サマナは内心仕舞ったという顔を隠すのに必死だった。カミノガエが無事か、何処にいるのかなど、サマナは知らない、だが、カミノガエの持っている流れは独特であり、ソレがこの戦場で途切れていない事が、関節的にカミノガエの無事を証明していた。
だが、ソレを証明できるのは他ならぬサマナだけであり、そして知る事ができるのもまたサマナだけである。他人に伝えた所で信じてもらえる訳もなく、また説明も難しい。だからなのか、サマナは咄嗟に嘘をついてしまった。
「(どんどんアイツらに近くなっていきやがる)」
「至急盾と壁を! 急げ!」
どうあがいても自身がシラヴァーズに近くなっていくことを自覚しながら、それでもこの戦いで生き残る為に、最善を尽くす為にと思考を割り切っていく。そうしなければ、戦いに勝つ事はおろか、闘い抜く事さえできない。
「(まずは空からの攻撃をなんとかしなけりゃ)」
《サマナ》
「どうし―――」
――――La ――la――lA
相棒が何か言おうとしたその時、相棒の言いたい事を瞬時に理解した。大気を震わす、甲高い苛立つ声。
「(奴の狙いは!?)」
すぐに流れを追う。バスター・ケイオスの攻撃は一貫性が無い。対応を見誤れば、こちらが全滅する事も十分に考えられた。
「(龍か? それとも別の……)」
今まで、バスター・ケイオスの狙いは、体を張っているベイラー達か、それとも別の何かを狙っているのか。流れを把握できれば、何処に攻撃を撃とうとしているのを判断できる。そうして流れを見て、サマナは絶句した。
「やつの狙いは此処かッ!?」
《何!?》
「おっさん! 合図でありったけの障害物を空にばらまけ!」
「ついに名前が抜けたな!? ってなんだ、障害物?」
「いいから早くしろ! みんな氷漬けになりたいか!?」
「だが障害物って何を」
「なんでもいい! とにかく投げられる物をかき集めろ!」
サマナの鬼気迫る声にシーザァーはたじろぎつつも、投げられる物、投擲物をひたすら兵士達に集めさせた。生身の兵士は手ごろな石。ベイラーは、投げつけられるブレードやスピアーをありったけ作り、サマナの指示に従っていく。迎撃用であることは何と無しに理解できたが、この後に何が起きるかまでは理解できなかった。だがそんな中でも、バスター・ケイオスの声は空に響いている。
――La ――la―lA ―La―lあ―lA LalあラaLalあラalA LalあラaLa
音は連続しつづけ、だんだんとテンポが速くなり、連動するように瞳の収縮が激しく繰り返される。
「サマナ! 僕らも手伝う!」
「馬鹿! 戻ってくるな!」
ミーン達が猟犬を引きはがした後、何事かとこちらに戻ってくる。引き連れていた猟犬のほとんどをミーンひとりで対処しきっていた、その対応こそ喝采ものだが、状況は許さない。
「攻撃に巻き込まれる! お前らの足なら振り切れる!」
「僕らだけ振り切っても意味ない!」
叱責されたナットはまったく怯んでいなかった。それどころか、サマナの考えを甘いと逆に説得し始める。
「ここに居るみんなで生き残るんだ! 絶対に!」
「(……こいつはぁ)」
なんとしても皆を守る。その為にできる事はなんだってする。たとえそれがどれだけ不合理でも。
「わかったナット。だがな」
「うん」
「そのみんなの中にはお前も入ってんだ。それだけ忘れんな」
「―――うん。わかった」
それ以上言葉を紡ぐ暇がなかった。いよいよバスター・ケイオスの攻撃が発射されるその寸前、ふたりのベイラーが陣地に降り立った。緑色のベイラーと、白色のベイラー。
「黒騎士! 叩き落すわよ!」
「言われずとも!!」
乗り手の声が天高らかに響いたとき、同時にケイオスの声も響いた。
――LAアアアアアアアアアアアアアアアアアア
一つの音階、一つの種類の音が、長音となって、あたりに響き渡る。そして、眼球より、光の束が寄り集まった、光線のようなものが発射される。
「来るぞぉおお!!」
サマナが声を張り上げる、迫りくる光線が放射線状に広がったかと思えば、こちらに収束するように向かってくる、龍ではなく、こちらの攻撃してくるあたり、今までと違う攻撃パターンであった。その理由も見当がついている。
「(カリン達を孤立させる気なのか)」
カリンとマイノグーラが戦い、お互いに決定打とならないのは確認できている、カリンは大太刀を失い、マイノグーラはリ・サイクルの対抗策がない。故に、カリン達の攻略ではなく、外堀を埋める方向で攻めてきている。
「(カリンだけじゃ勝てなくなる)」
「今だ! 撃ちまくれぇええ!!」
思考が現実に引き戻される。迫りくる光線のいくつかはこちらが投擲したさまざなま物体(剣、槍、石ころ、その他いろいろ)にぶちあたり霧散していく。だが、それらを掻い潜り、三本の光線がこちらに向かってくる。それらは他の光線と違い弾速が速く、
「レイダ! 撃ち落とせ」
《仰せのままに》
狙撃の得意なレイダが狙いをつける。距離、光線の飛行速度を把握し、弾道の落下も計算にいれ、狙撃を行う。レイダの放ったサイクル・ショットは綺麗に光線に向かっていき、そのまま命中するかに思えた。
だがその直前、光線が発射された針から見て直角に曲がった。
「な、なにぃい!?」
《光線が、避けた!?》
それは避けた、としか言いようのない。意思があるかのような行動に絶句する。避けた光線は再び軌道を戻し、こちらに向かってくる。その間、何度もレイダが迎撃しようとするが、その度に光線は曲がり、躱していく。
今まで、光線は誘導していた事もあったが、性質として、一度物体に当たれば効力を失っていた。それが、そもそも物体に命中しないように回避行動をとるように変化している。
「ふざけるなぁあああ!!」
黒騎士は恥も外連も捨てて叫び、ひたすら迎撃に苦心する、だが、何度やっても結果は変わらず、そうしているうちに、光線はこの陣にまでやってくる。躱す事はおろか、迎撃する事もできない。
ここまで来て、カリン達が最前に仁王立つ。乗り込むコウの身体はすでに緑の炎で覆われ、煌めいている。
《もっとだ、もっと》
「もっと煌めけぇええええ!!」
炎はさらに大きくなり、黒騎士達だけでなく、この陣全体を覆い尽さんとする勢いで広がっていく。光線は命中するも、その炎に当たり霧散していく。一本、また一本と消え去り、最後の光線もまた力を失っていった。
「やっぱり、コウの力で拮抗できるわね」
《これなら、まだやりようはある!》
冷凍光線(仮)を防ぎきり、コウ達だけでなく、陣に残る人々全員が歓喜の声を上げた。いままでこの攻撃をここまで完璧に防いだことはなく、そして、完璧に防げたという事は、同じ攻撃が来ても対処できるという事でもある。
「あとはもう一度あの攻撃が来た時に、あいつに飛び込めれば」
「……飛び込む? カリン、正気か?」
「ええサマナ。私は至って正気よ」
突然明かされる、もとい、サマナが心を読んだ事で理解したカリンの作戦未満のナニカに、思わず天を仰ぎそうになる。だが、心を読み、作戦の全容を知ってしまうと、サマナは反論の余地がなくなっていくのを感じた。
「(もう、あたし達はこいつらを頼るしかないんだな)」
作戦の全ては、もうコウに賭けるしかなくなっていた。これ以上、こちらであの化け物に対処し続けるのにも限度がある。ならば、カリンの賭けに乗る方が、また可能性を見出す事ができた。
「分かったよ、手助けしてやる」
「サマナ、次はいつ来るかわかる?」
「ああ、すぐにあいつの流れを読めば―――」
サマナが予兆を探ろうとした時、バスター・ケイオスの流れは、すでに再び震えていた。そして。
――LAアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「もう一度来る!」
「第二射が早い!?」
バスター・ケイオスから発射される冷凍光線。今度は、八本。バラバラに、軌道を読ませない形で発射された。その軌道だけで、先ほどのように、一本一本が回避してくる光線である事は明らかだった。
《だがどこからこようと、全方位で》
「まてコウ! 今度は」
サマナが呼んだ流れ。回避する冷凍光線たち。それらが、一定の速度ではなく、それぞれ独立した起動でこちらに向かってきているのを読み切った。
読み切ったが、コウが対応できるほどの時間もなかった。瓦礫の街を縫うようにして、一本の冷凍光線が陣へと侵入してくる。ちょうどコウの死角になる位置から襲い掛かってきていた。サマナが力一杯叫ぶ。
「時間差で来るぞ!」
《このぉお!》
とっさに右手でサイクル・シールドを生み出す。光線はシールドに命中し、そのまま氷漬けに替えていく。凍結が自身の手に影響を及ぼす前に切り離そうとした。それでこちらが氷漬けになる事を防ぐ目的があった。
《残り七本―――!》
コウが数えた次の瞬間、今度は上と左、二方向から光線が飛び込んでくる。すでに右手は使用しており、左手だけでは対処できない。兵士達では光線をどこうできる者はいない。できるとすれば、ベイラーのみ。
《(当たってすぐに切り落とすか?……駄目だ。まだ光線が残ってる。アレ、コレマズイぞ!?)》
この二本の対処をしたとしても、残り五本ある。それらすべてがコウを向かってきた場合、とてもではないがサイクル・リ・サイクルで体を治している暇はない。
《こ、こんな事で!》
思わぬ連射、その対応を間違えた事を悔いていた。対応の仕方を変える暇はない。このまま命中するよりはいいと、コウは左手でなんとかシールドを作ろうとした時。コウの身体を突き飛ばす、黄色いベイラーが居た。
「姫様はやらせない!」
「コウもやらせない!」
双子が息をあわせ、コウの身体を突き飛ばす。そして黄色いベイラーリクが、その身に光線を一心に浴びてしまう。咄嗟に体をひねり、コックピットを逸らしたが、それでも頭と左腕に命中してしまう。
「リオ!? クオ!?」
「姫様!」
「「あとは、よろしくお願いします!」」
コウ達を守る為、リオ達はその身を使った。だがそれでも窮地は脱する事はできない。残り五本の攻撃が残っている。リクの体は徐々に氷漬けになっていく。それでも事態の急変に、心が追いついていない。
「こ、コウ、リクが」
《今は考えるな! まだ来るんだ!》
彼らへの試練は続く。コウの身体目掛けて飛び込んでくる五本の光線。それら全てに、兵士達は迎撃しているが、やはり回避され攻撃が命中しない。そして命中すれば、体が凍りついていく。
……危機は迫っている。だが、それとは別に、バスター・ケイオスの眼は、今まさに開かれていた。
《作戦を実行するなら今だ!》
「―――ッ」
奥歯を噛む音がコックピットで聞こえる。歯ぎしりに近いソレは、一瞬だけゴリゴリと聞こえた後、カリンは顔を上げてバスター・ケイオスを見あげた。
「突撃するわ! かっ飛ばしなさい!」
《仰せのままに!》
コウがその場で変形し、空へと舞いあがる。二対四枚の羽根をもつ飛行形態。そのコウを追いかけるように冷凍光線が迫る。
「後ろには何本!?」
《三本だ……三本!?》
コウが自身の眼を疑った。残りと追いかけている数が合わない。その理由は、自分の真下から来る攻撃で思い知る。
「下から!?」
《飛んだからか!》
地上で戦っていれば上だけ見ていればいいが、空を飛んでいるならば、地表にも目を向けねばならない。光線は明確にコウの死角を突いて攻撃を仕掛けている。まるで意思でもあるかのような柔軟な動きだった。
下から抉り込むように放たれる冷凍光線を、コウはバレルロールの要領で回避する。体スレスレを二本の光線が通っていったが、撃ち所が悪く、翼の二枚に命中し、体が凍り始める。
コウは無言で凍った翼を折り取り、適当に投げ捨てる。当然安定性は欠け、速度が出せなくなった。
「このまま目玉に向かう!」
後ろを一瞬振り返り、迫る三本の光線を視界に収める。先ほどと違って奇襲をしてくる事はないようで、そのままコウと冷凍光線のデットヒートが始まった。これにより、陣へと影響は皆無となる。
《目玉は!? まだ閉じてない!?》
「閉じてない!」
カリンの視力頼みで確認すると、バスター・ケイオスの眼は見開かれたままで、まだ閉じていない。そしてまじまじと観察すると、光線が出た後、開いた瞳孔は、チカチカと瞬いていた。
それはまるで、カリン達が一度見た、空の彼方、宇宙に酷く似ている。
「いけぇええ!!」
何かある。そう確信したカリンが、安定性を度外視で加速していく。翼が欠け、体が安定せず、ガタガタと体が揺れるのをお構いなしに最高速度までもっていく。背後に迫る光線との差はぐんぐん開いていく。
そうして、再びバスター・ケイオスに肉薄した直後。彼らの耳に、またしても忌々しい音が聞こえ始める。
――――La ――la――lA
《クソぉおおお!!》
「発射される前に飛び込む!」
冷凍光線の第三射が、今まさに発射されようとしいる。距離はまだ遠く、飛び込むにしても時間がかかる。なにより、これ以上冷凍光線を躱し続ける手段がコウには無かった。
《でもリクが頑張ってくれたんだ!》
「こんな所で追われない!」
二人とも、すでに自身の行動が理知的でない事は自覚していた。目的は曖昧で、手段も過程も、バスター・ケイオスにもたらされた光線によって全く定まっていない。それでも彼らがここで止まる事はない。ここで諦めれば、いままでの全てが無に帰す。
《「絶対にあきらめない!」》
サイクル・ジェットを限界まで吹かす。それでも最高速度を更新する事はない。だが、持てる力の全てを出し切った上で、まだ遠い。城と見まがうような巨体の胴体、その手前まで来たというのに、甲高い音は、すでに発射体制の前触れを終えていた。
――LAアアアアアアアアアアアアアアアアアア
三度目の長音が響き、バスター・ケイオスの瞳から冷凍光線が発射される。その数、さらに増加し、十五本。それら全てが、コウに向かっている。さきほどのように小細工してくる様子もなく、真正面から、コウ、ただ一点にむけ、包囲するかのように光線が飛来する。
ここでサイクル・ノヴァを鼻って防いでも、減速してしまう都合、瞳に飛び込む事はできない。だが、全方位から来る都合、回避も不可能。
《クソぉおおおお!!》
諦めない。だが、結末が見えてしまった。氷漬けになり、地表へと落下し、そして、コウ達を欠いた陣地にいる人々が、獣たちに無惨にむさぼられる様を。ほんの僅かな一瞬しかないというのに、悔しさが胸に満たされた。そのまま後悔の念さえ抱きそうになった時。
《やっと追い越せたッ!》
一陣の風が、コウを横切った。コウのサイクル・ジェットよりも早く、コウの前に出て、そして光線全てに向けて、その手を向ける。空色と、夕焼け色が混じったベイラー。今まで、彼の全力は、いつもコウと並ぶだけで終わっていた。いつしかコウが空を飛ぶようになって、単純な速度勝負ができなくなり、これからずっと、コウに勝つ事は、もうできないのではないかと、彼は思っていた。
その未練が、思いもよらぬ形で成就する。
《「サイクル・ドリル!!」》
十五本全ての光線が、風の正体に―――ミーンのドリルにぶつかっていく。凍っては削れ、凍っては削れを繰り返し、ほんの少しだけの時間ができる。ドリルは拮抗しているのではなく、単に時間が掛かっているだけで、ミーンの体は徐々に凍り始めている。
《ミーン!》
《ここはまかせて!》
やがて、凍らせる力がドリルの回転よりも速くなり、ミーンの上半身が凍っていく。それでも、ミーンも、ナットもまるで意に返してない。
「全部こっちに来てくれた!」
《このまま》
「《貫けぇえええええ!》」
ドリルは拮抗していなかった。だが、負けている訳でもなかった。ミーンは最後の力を振り絞り、光線を受けつつ、ドリルを瞳にねじ込んでいく。バスター・ケイオスの眼に触れたドリルは、まるで水晶を削るかのような音と共に、あたりに結晶をまき散らしていく。だが、結晶の手応えは一瞬で、すぐに水をかき混ぜるような手応えと変化していった。
「―――でも、ここ、までかぁ」
《ちゃんと帰ってきてださいね》
《ま、まってくれミーン、ナット》
コウの声は、ふたりに届かなかった。全身が凍り付き、二人はそのまま地上へと落下していく。本来であればふたりを受け止め、すぐにでもサイクル・リ・サイクルを使い治療するべきであった。治療するべきはミーンだけではない。リオもまた治療を待っている。
「―――行くわよ、コウ」
《―――》
だが、彼等がつくった道が開かれている。広がりつくし、わずかにしか見えなかった星空は、今や目玉一杯に広がっている。その先に何があるのかは分からないが、何かがあるのは確実だった。
ここでミーン達を助ける事にかまけて、この道の先に行けなかったのならば、今度は本気で彼らに軽蔑される確信があった。
《お任せあれ!!》
今まで以上の返事を上げ、コウがバスター・ケイオスの瞳に突っ込んでいく。壁に向かって全速力で向かっている為、カリンもまた恐怖心を煽られている。しかし、こうするべきだと進言したのはカリンであり、そのためにここまで来たのだという自負もある。
「行け、行け、行け!」
あとの己ができる事など、誰に聞かせるでもない祈りだけだった。そして、接触する間際。コウの身体は、まるで泥にでも嵌るようにゆっくりと、バスター・ケイオスの体の中へと飲み込まれていく。
これにより。カリンの作戦は、作戦と成った。




