星の守護者とバスターケイオス襲来
とぐろを巻いた体がゆっくりと動き始める。山脈と見まがう巨躯がわずかでも動くことで、本来風の吹かない封印されたこの地、初めて風でが舞い、空が震え、海が荒れていた。
次に聞こえてくるのは、耳に響く、聞いた事のない種類の動作音。体表と体表がこすれる、蛇が出すような音が、何十倍にも膨れあがったソレが、帝都の空一面で鳴り響いていた。
とぐろがわずかに緩み、龍の顔が天で姿を見せる頃、地上はてんやわんやとなっている。バスター・ケイオスからさらなる戦力が送り込まれた。それこそ、今まで数こそ少数だった、飛行型猟犬。
「大きい! 心して掛かれ!」
臨時で陣頭指揮をとっていたシーザァーが兵士達を鼓舞する。サマナ達が持ってきた海賊船、レイミール号を中心として陣形を組み、戦いに臨んでいる。カリン達が地上で伝達すより早く、彼らはすで行動を始めていた。
「陛下の安否が分かないままだというのに」
「止むおえん。こうなっては捜索もできん」
死線を潜り抜けた兵士達にとって、この理不尽な状況でも心折れる事なく、淡々と仕事をこなせている。それは、淡々と仕事をこなせてきた兵士だけが生き残ったのか、それとも別の要因かは定かではない。
その彼らが、唯一の懸念として挙げていたのは、皇帝カミノガエの安否であった。集合場所はあらかじめ共有されており、こうして集まった彼らの元に、未だ姿を現さない。彼らも無用な勘繰りをするほど間抜けではない。『陛下が崩御された』などと、口が裂けてもいう物ではなかった。そんな事を口にすれば、拠り所としている兵士達の士気は落ち、一気に前線が崩れてしまう。だが、心の奥底で、その可能性が否定できない者がいるのも確かであった。
「だれぞ、捜してくれる者がいる事を願うしかない」
「……はい」
「今はここで戦う他ない! サマナ殿の協力を得たこの陣ならば守れる! そして、戦える!」
急遽の砦としてありったけの材料をかき集めた拠点であるが、この拠点のおかげで、地表を気にする事なく、猟犬に集中できていた。
「はるか遠方より来るカリン殿の戦友らに遅れをとるでない!」
「はい!」
兵士の声がわずかに変わった。遥か遠方から来た戦友達。それは聞けば、かつて帝都に弓退くレジスタンスも含まれていた。確執は未だ取り除かれた訳ではない。それでも彼らが、帝都に協力するのは、ただひとえにカリン達への恩義に報いる為。ただそれだけであった。
「(何をすれば、こんな事になるのか)」
カリンやコウ達が、レジスタンスと、砂漠の人々の命を救った事をしらないシーザァーにとって、ここまでの献身的行為は逆に不気味でさえ思えた。いつか、レイズタンスの本来の目的通り、この国を亡ぼす手助けをするのではないかとさえ考えたが、この状況下で問いただす訳にも、そんな暇もなく、なぁなぁで供に戦っている。
「(そして戦えてしまっている!)」
いつの間にか兵士達の中には砂漠からのレジスタンスも潜り込んでおり、彼らはシーザァー指揮の元で、見事に陣地を構築し、そして戦っている。訓練のたまものなのか、それとも状況の対応力が高いのか、兎にも角にも、レジスタンスは総じて見事な働きをしていると言える。この戦場はすでに彼ら抜きでは戦えぬほどに。
「いくぞ諸君!! 剣よカミノガエ皇帝陛下を守り給え」
「「「 剣よカミノガエ皇帝陛下を守り給え」」」
帝都の兵士達がさらに声を荒げ答え、戦場で奮闘している。すでにここにいる兵士達は、シーザァーの直属の者はいない。ここにいる『帝都近衛騎士』は、もうシーザァーただ1人となった。
「それでも、恥じる事のない戦いを!」
大型猟犬が上空から食いかかってくるのを、乗り込んだアレックスで迎撃する。すでに近距離にいるであれば、使う手は1つ。
「帝都近衛格闘術! 正拳突き!!」
大口を開けた猟犬にむけ、その拳を喰わせてやる。だが、牙を、顎を、そして頭を文字通り粉砕し、猟犬は地上へと墜落し、その場でジタバタとしている。だが、頭部を失った程度では、猟犬は戦意を喪失しない。
「1匹落としたぞ! 掛かれ!」
「「うぉーーーー!」」
だからこそ、堕ち落とし、身動きが取れない一瞬の隙をつき、兵士達が無慈悲に大槍を体の各所に、地面ごと突き刺していく。
「水の効かない連中だ! かならず縫い付けるのだ!」
「「はい!」」
「血も拭っておけ! 布は使い捨てて構わん!」
堕ちた猟犬を、地面に突き刺し、その場に動かなくさせる。そして、血から這い出る性質を封じるべく、噴き出た血はその場で溜まらないようにぬぐい取る。そして、最後の工程として、新たな案が採用されている。
「はーい、終わった人からこっちおいでー」
体についた血を、運んできた水で洗い流す。これが、対処療法的とはいえ、現状取れる対大型猟犬用の戦法であった。
サマナが海賊たちと協力し地下からくみ上げてきた水で、戦ってきた物たちを文字通り洗い流す。洗い流すといっても、水をひたすら叩きつけるだけで、体はずぶ濡れ、鎧や剣は錆びになる危険もある。なにより兵士達の体温が下がる為、体調面に多大な負荷がかかる。
「つめてぇ!」
「はい、じゃぁコレ飲んできな!」
そこで、サマナ達ふくめ、この戦いで負傷し戦えなくなった者たちは、この場で火を起し、簡単な白湯を作り、兵士達に渡す。どこからか調達したのか、白湯には塩を融かしてあり、塩分も補給できる。
「ありがとう! もうひと頑張りしてくるぜ!」
白湯を受け取り、兵士達は戦場にとんぼ返りしていく。そして、兵士達が来ない間は、サマナ達はベイラーに乗り込み、ひたすらサイクルショットで弾幕を形成。敵を陣に近寄らせない。即興で作り上げた陣であったが、戦い続ける面において、人員配置を含めて非常に優秀と言えた。
「(怖いくらいに流れは上手くいっている)」
人員の采配はサマナが行った。指揮系統はシーザァーが基本であったが、そこに具申する形でこの配置を実現させた。猟犬の吸収も、地上から上を見あげていたサマナが異様な『流れ』を見た事ですぐに察知し、行動に移す事ができた。
「(今は、みんな何とかなるって思ってくれてる)」
戦場に渦巻く思想、それらひとつひとつを直に浴びてしまっていた以前とくらべ、意識を保ちつつ、戦場全体の流れを把握できる程度には、この呪いを制御できるようになっている。そしてその副次的効果として、采配という面で非常に役にたった。
怪我はなくても心が弱っている者、怪我をしてはいるが、ここで戦えねば心が死んでしまう者、人とは戦えたが猟犬とは戦えなかった者、逆に人とは戦えなくても猟犬とは戦えた者。流れを見る事により、人の持つ心を読み、そして振り分けていけば、おのずと組織として非常に頑丈になった。
そして、この副次的効果を体感した事で、ひとつの確証も得る。
「(コレがあるから、今までシラヴァーズは滅びなかったんだろうな)」
シラヴァーズの呪い。サマナに宿ったこの呪いは、なにも男を口説く以外にも使い道は山ほどあると思い知らされる。この呪いを持って生まれた者が、この力を有意義に使用すれば、地位も名誉も思うがままとなる。
「(嫌な事に気がついちゃったなぁもう)」
己の中に、地位や名誉を求めるような欲求があった事に驚きつつ、意識を戦場へと向ける。今は、出世欲に眩んでいる暇はない。
「上からまた来る! 野郎ども! 全力で撃ち落とせぇ!!」
「「「「応!!」」」
流れを読み、人を導く。その姿は、間違いなく船長の姿であった。
◇
上空で、とぐろを説いた龍が顔を覗かせた頃、バスター・ケイオスにも動きがあった。沈黙を守っていたケイオスの視線が、真っ直ぐ龍へと向かい始める。その動きは巨体らしく鈍重であるが、胴体にある、正十二角形、その中心部の瞳だけは、飛び続けているカリン達とずっと目が合っている。ティンダロスの要素をそのまま引き継いでおり、頭部の目線と胴体の目線、ふたつの異なる視線があるのか、この敵の特徴であった。
「(何処を見ているのが分からない、気持ち悪い)」
こと武芸者において、視線はさまざまな意図で用いられる。攻撃する際に、人間はおのずとこれから攻撃する場所への視線を向ける。狙いを定める為である。これは鍛錬すれば、その視線を利用し、フェイントにも利用できる。無数のフェイントを捌きつつ、本命の攻撃を当てるのは、ある一定以上の実力者同士の戦いではよくあることであった。
その点、この敵は単純に視線が二つあり、しかもそのひとつは、じっとこちらの目から外れない。目線だけはあっているのに、動作は一切こちらの無関係である。監視され続けているような、そんな不気味な気分にさせてくる。
しかも今は、頭部の目線はじっと龍の方を向いているのであれば、こちらを向いている胸部の目玉の不気味さは一層際立ち、龍以外にも攻撃をしかけてくるのではないかと錯覚させてくる。
「黒騎士! 第二射を!」
「す、すまない、だが安定が」
口へと砲撃した黒騎士とレイダ。第二射もすぐに発射する予定だったが、龍の行動開始と共に、上空では風が吹き荒れて、ろくに狙いが定められない状態となってしまう。ただでさえバスター・ベイラー砲にはさまざまな前準備が必要であり、この不安定さでは、もしもの場合、カリン達を誤射しかねない。
「こうなれば、地上から狙い撃つしかないか」
「でも、地上に下ろしてくれそうにもないわ」
飛行大型猟犬がカリン達目掛けて襲い掛かる。地上に向かった数と同数か、それ以上の数が、カリン達に向かってきていた。
「カリン! サイクルショットで牽制する! カリン達は逃げ回れ!」
「そうして! コウには今ろくに使える武器が無いのよ!」
《事実だけど言い方酷くない!? 》
龍殺しの大太刀を喪失し、有り余る力で作り上げる武器は悉く一回使い切り。一対一の戦いであればまだ工夫もできるが、一体多数の、それも三次元的な戦いを行うとなると、非常に厳しいと言わざるおえない。対応策として全方位攻撃であるサイクル・ノヴァがあるが、猟犬に対してはいささか威力が過剰となる。次にサイクル・ショット。コレにいたっては精度も連射速度もレイダにコウは劣っている。
《(アレ、俺、龍殺しの大太刀にだいぶ依存してたんだなぁ!?)》
折れず曲がらずよく斬れる。大太刀はまさにその理想形の武器と言えた。
失ってから初めて気が付く、などと流行り歌にある歌詞を、生前流し聞きしていたコウにとって、まさかこんな形で実感するとは、コウは夢にも思っていなかった。
「気落ちしてないで早く動く!」
《慰めてくれたっていいだろうに!》
文句を垂れつつも、コウは敵を引き付けるべく、空を縦横無尽に駆け巡る。わざと目の前を横切るように空を飛んでいくと、猟犬たちは、コウの後を追いすがっていく。
《誘いに乗ってくれた!》
「あとは黒騎士達を信じましょう」
コウの後ろに大勢の猟犬、そしてさらにその後方にレイダ位置づけ、空中での追撃戦となる。そしてこの後方の位置取りこそ、レイダがもっとも臨んだ場所。飛行しつつもサイクルショットで狙いを付ける。
「サイクル・ショット!」
《仰せのままに!》
黒騎士の合図と共に、一射、二射、三射とショットを放っていく。大型となった猟犬では、翼に一撃与えても堕ちる事はなく、二射、三射とさらに追加で翼に穴をあけることで、ようやく翼が折れ、そのまま地上へと落下してく。
そうして何度も繰り返しショットを放ち、一匹、一匹確実に仕留めていく。その間ショットを一発も撃ち漏らしておらず、レイダの技量の高さが伺えた。
「この調子で地上に叩き落とせれば」
《黒騎士様、さらに追加のお客様が》
「ええい、どうせそんな事だろうと!」
成果に喜んでいたのも束の間、バスター・ケイオスの口から、さらなる増援が現れ、思わず悪態をつく。そもそもの話、猟犬が相手となるのであれば、戦いにおいてはその圧倒的物量を視野に入れねばならない
「もう何度目だ。この『キリがない!』ってやりとり」
《腐っている場合ですか》
「じゃぁ誰に文句を言えばいい」
《龍にでも言ったらどうです?》
「じゃあそうする」
《はい……はい?》
何気なくいった言葉を鵜呑みにされ呆気に取られていると、黒騎士は息を吸い込み、龍に向けて怒鳴った。
「オイ龍!何とかしてくれぇえええ!」
《聞いてくれる訳が》
ないでしょうに。そう続けようとした時、突然、今まで聞こえた事のない音が空で響いた。
「……何だ今の」
《―――! ―――!》
「レイダ、コウがこっちきてないか?」
《え、ええ。猟犬を引き連れてこちらに来ているような》
コウが変形した状態のまま、レイダ達に突っ込んでこようとしている。何か叫びながら向かってきているが、移動中であるのと、風切り音でよく聞き取れない。
―――だが聞き取れないのは、風の音だけではなかった。
「……この、音は」
妙に聞き覚えのある音。普段は大雨と共に耳にする機会がおおい為、雨の降っていない現状と結びつかず、だからこそその正体に気が付くのにわずかに時間が掛かった。
「レイダ! サイクル・シールド!」
《どちらに?》
「全方位だ! いつかやった球体に!急げ!」
《は、はい!》
レイダがわたわたと準備を始める。そうこうしているうちに音はさらに大きく強く、激しくなっていく。
《(ま、間に合わない)》
レイダが必死にシールドを作り上げていくが、球状になるにはほど遠く、完成する前に、猟犬がこちらに迫ろうとしていた。だが、その猟犬たちを文字通り翼で吹き飛ばしながら、コウがレイダの元に駆け付ける。すでに変形をしおえ、人型となり、逆噴射でむりやりレイダとの位置を合わせてた。
「コウ! サイクル・シールド!」
《お任せあれ!!》
コウが両手を広げ、レイダ達をふくめ、一瞬で空間を丸呑みするように、サイクル・シールドを作り上げていく。サイクル・ショットの精度ではレイダに劣るコウが勝るのは、何か道具や武器を作る際の速さ。
シールドはすぐに全球状となり、レイダとコウ、そしてレイダの背中にいたヨゾラ全員分を包み込んだ。コウもヨゾラもサイクル・ジェットを一旦切っており、落下して危険な状態ではあったが、今はそれどころではなかった。
「全員! 捕まって!」
カリンが声の限りさけび、コウとレイダがお互いにお互いを掴み合う。そして乗り手が瞬きした瞬間。
龍がその牙から放った落雷が、空で嘶いた。乗り手たちは目を焼かれ、しばらく視界がしろくぼやけていく。
◇
《龍の雷……の、拡散版? それか、簡易版か?》
視力の回復と共にシールドを解き、サイクル・ジェットを点火してあたりを見回すと、信じられない光景が広がっていた。地上と空、両方から、ぷすぷすと煙が上がっている。雷の余波で、わずかにボヤが起きている。
「龍が、雷を使ったのね」
空で聞こえてきた音。それこそ、龍から発生していた雷の音であった。
「黒騎士、レイダ、無事?」
「なんとか」
《黒騎士様、本当に、龍がなんとかしてくださいましたね》
「もう少し他にやりようがなかったのか」
龍が雷を使い、猟犬たちを一掃した。あれだけの数、空にいたはずの猟犬はその姿を無くしている。撃ち落とし地上に落下していた猟犬も、雷に焼かれているようで、地上ではボヤを消火するのにやっきになっていた。
「雷で攻撃なんて、一歩間違えば僕らが黒焦げだ」
《……アレ、たぶん狙って撃ってる》
「な、なぜそういえる」
《だって、俺が作ったシールドに雷が当たってない》
「何ぃ!?」
龍は、無差別に空に落雷を放ったのではなく、どんな原理か理屈か、雷をねらいすまし、地上、空中、双方の猟犬にだけ狙いを定めて、落雷を放っていた。証拠に、万が一を考え、シールドで身を守ろうとしていたコウ達には、雷は落ちていない。無数にいた猟犬を、上空から雷で、まるで狙撃するかのように狙いすまして落とす。そんな芸当を、龍はやって見せた。
「雷をそんな……それは、どんな計算や工夫でできる事なんだ?」
《俺のいた世界でも、こんな風に雷を制御できるだなんて聞いた事ない》
「コウの世界でもか!?」
黒騎士は、コウの元いた世界に関してはざっくりとした理解しかしていないが、このガミネストと呼ばれる世界よりも、文明的には進んでいるという認識をもっている。そのコウの世界でさえ、こんな事はできないと言われてしまえば、龍の特異性がさらに際立ってしまう。だが同時に、龍に対しての不信感も募らせていく。
「最初からやってくれればいいもの」
《理由があるんだよきっと》
「まぁ、そんな事だろうとはおもうが」
不満不平は口に出すだけ無駄だとわかっていても、どうしても、なぜこの力をさっさと使ってくれなかったのかと考えてしまう。コウとしても、それは同意見だった。
「増援が出てくる前に、なんとしても陛下を見つけないと」
《陛下を見つける前に、逃げないとヤバイかも》
「今度はどう……」
――――La ――la――lA
その声が聞こえた瞬間、黒騎士がそれ以上言葉を紡ぐ事はなかった。今度は、龍では無く、バスター・ケイオスからの変化であった。胴体中央、正十二面体に備わった目、その瞳孔が、少しずつ、少しずつ収縮していっている。そして聞こえてくるのは、音階としては『ラ』だが、聞こえてくる音の種類が全てバラバラな音。楽器のようにも聞こえるし、風鳴りのようにも聞こえるし、鳴き声のように聞こえてくる。
――La ――la―lA ―La―lあ―lA LalあラaLalあラalA LalあラaLa
音は連続しつづけるたびに、だんだんとテンポが速くなり、連動するように瞳の収縮が激しく繰り返される。
《カリン! シールドをつくりながら距離を取る!》
「よ、よしなに!」
この後に来る衝撃に備え、シールドに構えつつ、全速で後退していく。これらの予兆は、すべてティンダロスの時に経験している。
《(間に合ってくれぇ)》
ひたすら距離をとりながら、その瞬間を待ち続ける。地上にいた人員も、サマナの必死の訴えにより、総がかりで防除陣形をとっているのを視界の端にとらえ、ひとまずの安心とした。
そして、その安心を吹き飛ばさんとする声が、空に響く。
――LAアアアアアアアアアアアアアアアアアア
一つの音階、一つの種類の音が、長音となって、あたりに響き渡る。そして、眼球より、光の束が寄り集まった、光線のようなものが発射される。発射の反動で大気が揺れ、衝撃がシールドを襲った。ミシミシと音を立て、その一回の攻撃で全部の場所に盛大にヒビが入る。
「ティンダロスの時のアレ!」
《冷凍光線!》
コウ命名の、冷凍光線。弾速はおそく、目で追える程度だが、発射された数は八本。それらすべてが、ゆっくりと弧を描きながら、最終的に龍の頭部に向かうように飛んでいく。誘導され、命中すれば、命中した部位が凍ってしまうこの攻撃により、龍は羽根を一枚失っていた。
以前は翼を使い、巻き起こした風で攻撃そのものをかき消して見せた。だが、今の龍はとぐろをまいてうごけずにいる。避ける事も、迎撃する事も叶わない。命中すれば、龍の生命が停止するのは明らか。
だが、龍は動かない。代わりに、バスター・ケイオスの肉塊が、数か所同時に、もごもごと動き始める。やがて、肉塊を飛び出し、数十の数のベイラー達が現れる。背中に剣を背負ったようなベイラーこそ、彼らが捜していた者。
「ああ! あれって!」
《無事だったんだ!》
《各機、任意の位置に移動。すみやかに実行されたし》
無機質な声と共に、背中に剣を背負ったようなベイラー、グレート・ブレイダーが、ケイオスから飛び出し、冷凍光線の射線上へと向かっていく。そして、その身を盾として光線を受け、地表へと落下していく。
《八機喪失。被害中規模》
《ブレイダー!》
盾とならなかったブレイダーに寄っていくコウ達。だが、その行動を制するように、ブレイダーが手を前にだして答える。
《当機は、個体名ジェネラルではありません》
「じゃぁ。陛下は、無事なの?」
《個体名ジェネラル、および陛下は無事です》
まさしく希望がもたらされたのだとカリンは思った。ブレイダー達はお互いの位置を把握できる。つまり、このブレイダーからジェネラルの位置を聞き出せば、陛下を見つける事ができ、そして陛下を見つける事ができれば、楔を打ち込み、このバスター・ケイオスを倒す事ができる。
「陛下は今どこに」
当然の問いであった。勝利が目前に控えている故の問い。答えはだいたい予測できている。答えが得られ次第、すぐに向かう手筈であった。
《ティンダロス内部です》
「わかったわ!……はい?」
もう一度、聞き返してしまう。
《ティンダロス内部です。皇后様》
「な、内部?」
《はい。付近で戦闘中だったグレート・ギフト、およびぐグレート・レターと共に、バスター化時、巻き込まれました》
「な、なんですって!?」
《詳細な現在地は不明。なお、生存はしています》
最後の一文に喜ぶべきなのか、それとも取り乱すべきなのか、カリンは判断がつかなくなっていた。唯一の希望を打ち砕かれたような心持ちであるが、しかし、その希望も、完全には潰えていないように思える。
「なら、陛下に会いにいくには?」
《内部に侵入する必要があります》
「その方法は?」
《当機はその問に対する適切な回答を持ち合わせていません》
「そ、そんな」
「……まってくれブレイダー」
途方に暮れるカリンを前に、黒騎士が割って入る。
「適切な、って言ったな」
《肯定です》
「なら、不適切な返答はあるんだな?」
《……それも、肯定です》
「なら教えて! その不適切な返答の方!」
食ってかかるカリンに気圧されるように、ブレイダーがぽつぽつと語り始めた。それは、自身でも正しくないと分かっている言説と、恥を承知で具申しているような様子だった。
《ティンダロスの瞳は、ある瞬間のみ、別空間とつながっている可能性があります》
「ある瞬間? 別空間?」
《命中時、凍結してしまう低弾速光線発射時です》
「めいちゅ……ていだ……何?」
《あー、冷凍光線の事か……ん? 発射時……??》
やたらと小難しく話すブレイダーの要点をコウが噛み砕いていく。
《発射する時、どうして別空間をつながってるって?》
《サイクル・ショットで例えるなら、針は光線、そして瞳は銃口となります》
《うん》
《つまり、あの目から発射される瞬間は、アレは銃口であり、そして銃口であるなら、内部が存在する、という仮説です》
「分かるような、分からないような。黒騎士は?」
「感覚としては、理解できる、だがあまりにめちゃくちゃな話だ」
乗り手のふたりは否定的であった。コウは、顎を撫でながら、その理論を新名も中で整理し、そして質問にして補正を賭ける事を選ぶ。
《あの目が、人間と同じような、レンズの可能性は?》
《ならば、あの目そのものが、侵入口たりえます》
《あーそっか。目薬とか目から体に入れるや》
《ティンダロスが人体と同じ構造をしているかは不明。しかし、猟犬の姿を鑑みるに、こちらの世界とは、ルールが異なっていても、物体そのものはルールに則っています》
《猟犬は足も、指も、なんなら肉も、こっちの世界と同じだ。ただ組み合わせがバラバラなだけで》
《あれだけの巨体、そして肉がまとわりついた形状。バスター化によってティンダロス側にも影響が無いとも断言できません》
《……ちなみに、なんで発射時なの?》
コウの問いに、ブレイダーは淡々と答えた。
《通常時、当機があの目に激突しました》
《あー……その時は入れなかったのね》
《肯定》
《じゃぁ、やっぱり》
《発射時、瞳孔が収縮するその瞬間ならば、あるいは》
《……なる、ほど》
一通りの考察を聞き終え、コウが沈黙する。蓋をあけてみれば、すべて憶測であり、実証した事は何一つない。なにより危険性があまりに大きい。
《収縮するより前に飛び込むと?》
《当機のように激突します》
《収縮しきった後に飛び込むと?》
《発射された光線に命中、そのまま墜落します》
《なぁるほど、なるほど》
ブレイダーが不適切だといった理由。それは単純で、成功するかしないかもわかなければ、そもそも成功したとして、内部に侵入できるかどうかも不明であるからこそ、この返答は不適切であったと言える。唾棄すべき提案とも言える。だが、乗り手のカリンがふと相棒に問いかけた。
「ねぇ、コウ」
《何?》
「えーと、収縮する前にとびこんじゃったら、怪我するだけで済むって話であってる?」
《……まぁ、うん。おおざっぱにはそうだね》
「じゃぁ、一番危険じゃないのは、速く飛び込む方か」
コウが思わず頭を抱える。カリンの言動にではない。カリンが考えている事が手にとるようにわかり、否、分かってしまった自分自身に頭を抱えた。
カリンは今、危険度の振り分けを行っている。つまるところ、瞳が収縮する前に突入しても、怪我ですみ、その怪我はサイクル・リ・サイクルで治す事ができる。そして収縮しきった後に光線を浴びても、凍り切る前に、サイクル・リ・サイクルで氷を溶かしてしまおうと考えていた。コウの力は、ティンダロスの、ひいてはマイノグーラの力に拮抗できる。そして、凍結する速度より、リ・サイクルの力の方がわずかに速く適応されるのも、マイノグーラの戦いの中で知って居た。
「じゃぁ、別に失敗を気にしなくていいじゃない!」
《(やっぱりそうなるよなぁ!)》
「向こう側にいけなかったら、その時また考えるわ」
《(そういう事じゃないんだけどなぁ)》
向こう側に行く手段が見つかり喜喜としているカリンに水を差す訳にもいかず、コウはただ沈黙を守る。
カリンの視点では、失敗しない試みとして映っているが、コウの視点では、失敗するとカリンがまた怪我をすると映っている。
収縮しょり速い場合、激突の衝撃はもろにカリンの体を貫く。その時の痛みはどうなるのか。サイクル・リ・サイクルでは怪我は治せても痛みは取り除けない。そして、冷凍光線は、そもそもまだリ・サイクルの効力が効くかどうか試していない。よしんば効くとしても、カリンの体が一瞬とはいえ氷漬けになってしまう。
それら乗り手の被る全ての懸念を、カリンは一方的に無視している。
《(でも、だからこそ、俺しか試せない)》
突入できるかできないかは、すべてコウでなければ話にならない。飛行できること、サイクル・リ・サイクルを使用できる事。どれもコウでしか満たしていない条件である。
「怒った?」
《怒っていいなら》
「じゃぁ駄目」
《君ねぇ》
「やる価値があるわ。そうでしょう?」
もし内部に侵入できれば、カミノガエと合流できるだけでなく、共に巻き込まれたグレート・ギフトやグレート・レターとも合流できる。特にレターと合流できれば、サイクル・レターの力によって、外に出る事も容易となる。
《(中で何があるのかわからない。猟犬がひしめきあっているかもしれない。それどころかそもそも入れるかもわからない)》
何もかもが曖昧な、作戦とも呼べない代物である。
《(でも)》
可能性はある。
「いいわねコウ」
最期に、相棒であり最愛の人であるカリンから、いつもの問いかけが投げかけられる。そしてその答えは、彼女を乗り手とした時から変わらない。
《お任せあれ》
未だにバスター・ケイオスと龍の戦いは続いている。その最中。ケイオスの内部に侵入するべく、コウ達は動き出した。




