バスター・ケイオス
「……デカすぎる」
戦場に一際目立つ存在が現れた。虚空から突如現れたのではなく、元居た存在が巨大化している。
《化け物たちがいなくなりましたが》
「その代わりにアレが出来上がるって訳か」
黒騎士が奥歯を噛む。自身の攻撃で、ヒトガタのアマルガムイスラを一掃する考えが、対象がいなくなり不発に終わる。アマルガムイスラが居なくなったのは、本来よろこぶべき事だが、倒すべき相手が増えたのでは意味がない。
「アイの欠片まで使っていたなんて」
今まで見てきた敵の中で最大級の大きさをしている。それも、その大きさはさらに大きくなっているようで、今にも天井と化している龍を突き破らんとしする勢いで大きくなっていく。巨大化した、肉を纏ったベイラーとでもいうべき姿だが、その中心部は、コックピットの代わりに、あの目玉のついたティンダロスが収まっている。淡く透き通った結晶の周りに、赤い血肉が纏われ、常に脈動していおり、猟犬やアマルガムイスラが持っていた不気味さをそのまま維持している。バスター化したケイオス。黒騎士はそのままバスター・ケイオスと名付けた
「弱点らしい弱点なんかあるのかアレ」
《しかし、このまま手をこまねいていてもやられるだけです》
「……よし。他の連中と合流しよう。僕たちだけじゃどうしようもない」
《懸命な判断かと》
「マイヤもそれでいいかい」
「は、はい。ヨゾラ、行きますよ」
《ワカッタ》
少々もったいなく思いながら、高めに高めたバスターベイラー砲を仕舞い、その場を離れる。戦場で散り散りになっていたとはいえ、おおよそ仲間たちが何処でどう戦っていたかは把握している。
「空にいたカリンはどうなって―――ッ!?」
その時、空中で戦っていたであろうカリン達を探していた時に、ソレを目撃する。巨大化している最中の体に弾き飛ばされたのか、地上へと真っ逆さまに落っこちているコウが居た。サイクル・ジェットで姿勢を正そうとしているが、弾き飛ばされた際に翼が壊れたのか、飛行が全く安定していない。
「ヨゾラ! 頼む!」
《ハイ!》
ヨゾラがサイクル・ジェットを点火し、空へとレイダを連れていく。速度はコウに比べればずっと遅いが、それでも空を飛べるメリットが何より大きい。墜落中のコウを抱きとめるような形で、レイダがコウを受け止める。
《コウ様、どうなされたのです?》
《カリンが気絶している》
「何!? じゃぁまた眠ったのか!?」
《そうじゃない。ちょっと頭を揺らされ過ぎた》
「頭?」
よく見れば、コウの顔は何度も殴られたような跡が残っているが、何故そうなったのか黒騎士には想像できなかった。
「とにかく降りて合流するぞ」
《わかった》
「作戦はカリンが起きてから考えよう」
《場所はどうしますか?》
「そうだな……」
合流場所をどうするか考えあぐねていると、突如空へと煙が上がった。赤く着色されたその煙は、ちょうど眼下に見える海賊船から上がっている。
「さすが海賊。準備がいい」
《黒騎士様、なんですかアレ》
「船乗りが使う救難用の狼煙だ。だがこの場合は、ここに集まれって言ってくれてるんだろう。あの煙なら何処にいても目立つ」
救難用の狼煙。船の上で火を焚くのは危険であるが、命が天秤に乗っているのならその限りではない。そしてよく見れば、すでに船の上に何名かのベイラーが集結している。その中には、遠巻きでもよく目立つ桜色をしたベイラー、グレート・レターの姿も見えた。当初、アマルガムイスラ掃討後、再集結先は占い師であるアマツの元と決めていた。
その彼女の居場所が分かるのであればコレは好都合ともいえる。
「よし、コウはそのままカリンの傷を癒してくれ」
《……あの大きいな奴が動かなればいいのですが》
バスターケイオスは、その形状がまだ定まっていないのか、動く様子が見えない。
「今の内だ。小休止とまではいかないが、それでも作戦を立てなけりゃならない……それに」
《それに?》
「龍も動いてくれている。その隙に僕たちもなんとかしないと」
ふと天井をみれば、とぐろを巻いている龍の体が、ずりずりと動いている。それは、バスター・ケイオスは龍が動くほどの相手である証であり、そして同時に、龍の助力が得られる証でもある。
「龍が全部なんとかしてくれるのが一番いいがな」
《なんとかしてくれているのならこの状況になっていませんが》
「だよなぁ……」
そもそも、龍単体でティンダロスを倒せれば、わざわざこの地を自分の身を賭けて封印する理由がない。それはつまり、ティンダロスを倒すだけの力は、龍には無い事を示している。
「(だが、ブレイダーの言っていた事もまた本当なんだろう)」
グレート・ブレイダーは、こちらが協力すればティンダロスを倒せるとも言っていた。龍単体では倒せなくとも、龍と協力すればあの化け物は倒せる。
「それでも……ああなった場合は想定されてないと思うが」
協力して倒せるのは、あの正十二面体の場合かもしれない。もし、バスター化し、巨大かつ強力に進化してしまったのなら、はたしてこちら側に、否、この星に勝機はあるのか、まったく予想できない。
「それでも、生き残るには戦うしかない」
諦める選択肢は浮かばなかった。それはレイダが抱きとめているカリンも、きっと同じであろうと、不思議と疑わなかった。
◇
「おお、来たな黒騎士」
「こうしてみると、壮観だな」
狼煙を見て集まってきた戦士たち。その数は今までの比ではなかった。ベイラーの数、兵士達の数。そして、猟犬と戦っていたであろう生き物たち。戦場には至る所にその痕跡が残っており、如何に今までの戦いが壮絶であったかを物語っている。猟犬がいなくなった事で、多少の余力が生まれたのか、生き物たちの中には、のほほんと休んでいる姿も見える。肉食獣、草食獣問わず休息しており、本来喰い喰われる関係のものたちが隣同士で休んでいるのが、この場の異質さを加速させている。
だが、皆が無傷であった訳ではない。
「ミーン、お前その姿は」
《……ジョウが》
フランツのベイラー、ジョウの最期を伝える。彼は最後まで乗り手を、そしてミーンを気にかけ、そして最後には力を託す為に、本来は己の本懐を遂げる為の力の全てをミーンに使った。
「そう、か」
「うん」
「(誰一人欠けるな、というのは無理があったか)」
短い付き合いでも、色濃い経験を互いに積んだ仲だった。この戦いでは誰一命を落としている兵士は何人もいる。そしてその中に身内が含まれ始めた。
「(いつか、龍石旅団の中からも)」
すると、どうしても悪い方向へと思考が向いていく。龍石旅団の誰1人も失う事なく、この戦いを続けていた今までが、むしろ奇跡的だったのではないかとさえ、黒騎士は思えてきた。そして、いつか
「(もしそうなるとしたら……おそらく一番無茶をしている人になる。そして、この中で一番無茶をしているのは)」
どうしても、カリンの事が思い浮かぶ。それこそ、最も考えてはならない思考だった。
「僕は何を……」
「黒騎士?」
「す、すまない」
黒騎士にとって、今までこの顔を隠す仮面の必要性は、単に兵士達の士気向上に一役かっているからと納得していたが、今はこの仮面がある事にひどく安堵していた。額には冷や汗が垂れ流され、とても顔を見せれる状態ではない。
「少し、休んでいくか?」
「ううん。大丈夫」
「だが……」
ナットを慮り、休息を促すが、彼は力強く拒否した。
「ジョウは、犠牲になった訳じゃない。僕らの為に、力を分けてくれたんだ。だがらその分元気なんだ」
「……そう、か」
その言葉を嘘だと疑う余地はなく、気迫といい肌艶といい、今のナットは最高のコンディションと言える、同時に黒騎士は己を恥じる。ナットは、黒騎士の考えている以上にこの旅で成長していた。ジョウが、決して自己犠牲だけでなく、希望と共にミーンに力を託した事を理解している。そこに悲観している様子はない。
ナットは、強がりでもでなく、ジョウが去った事を乗り越えていた。
「ああ。その為も、ここから外に出て、うんといい所を探さないとな」
「うん。絶対にサーラにフランツ達を連れていくんだ」
そして、友の約束を胸に、ナットは戦うのだと。
「……」
「な、なに? な、なんだよぉ!?」
なにやら気恥ずかしく、黒騎士はわちゃわちゃとナットの頭をなで繰り回す。ナットは終始嫌がったが、ソレも無視してしばらく撫で続けた。
「や、やーめーろー!?」
頭を揺らされ、コウの中で気絶していたカリンが起きるまで、黒騎士の可愛がりは続いていた。
◇
集まった者たちの中で、怪我人は船に、他の者は戦列を組み、武器を直し始める。龍石旅団は常に先頭であった。
《カリン、もう大丈夫?》
「一生分頭を揺らされた気がするわ」
「殴り合いすればそうなるだろ……」
至近距離での殴り合いをしていた等と、最初はカリンが冗談を言っているものだと皆が思った。だが、彼女がコウと痛覚まで共有している事。そしてなにより、頬がわずかに腫れていた事が決定打となる。
「だが、そもそもその殴り合いにマイノグーラがよく付き合ったな」
「そう言われればそうね」
黒騎士が驚いたのは、殴り合いを先にしてきたのが、カリンからではなく、マイノグーラの方であった事である。今まで、こちらの理解の及ばない攻撃ばかりしてきた敵が、まるでこちらに合わせるかのような方法で攻撃してきた事に、不気味さと興味がないまぜになる。
「(存外、マイノグーラも変わり始めているのか)」
「黒騎士?」
「なんでもない……しかし、アレをどうしたものか」
「それもそうだけど、大事な事があるの」
「大事な事?」
ひとまずの懸念は脇に置き、目下の障害をどうにかする必要があった。その障害とはまさしく、巨大なバスター・ケイオスへの対処。生半可な攻撃が効く相手でもなく、しかし距離を取ろうにも天井が邪魔をする。戦うにしても手段がない。闇雲に戦って良い相手ではなかった。
「陛下は、楔を打ち込む為にティンダロスにいたわ」
「……ああ」
「そして、この場に見当たらないの。合流先は陛下も知ってるのに」
「……ああ……ああ!?」
カリンの言葉の真意を悟り、黒騎士が叫ぶ。
「つまり、あの中に巻き込まれてたって事か!?」
「おそらくは」
「何てことだ……」
最悪の想像が、こうもあっさり実現してしまった事に、黒騎士は頭を抱えそうになる。しかしカリンが優しく声をかけ続けた
「でも、もしかしたらチャンスだと思うの」
「チャンス?」
「陛下の周りにはブレイダー達がいたわ。彼らなら陛下を全力でお守りしてくれるはず」
「守るっていっても」
「何より、陛下は、楔を打ち込んでいたわ」
「楔……ティンダロスを壊す為の、アレか」
「ええ。あの時はセブンに邪魔をされたけど、今なら」
沈んだ思考の海から意識を取り出していく。楔さえ打ち込めれば、確かにティンダロスは破壊できる。すべての前提はまだ不確かで、それも勝機として数えるにはいささか小さい勝機である。それでも、戦いようが無い現状では、かなり実行性の高い作戦であった。
「なら、僕らがやらなきゃいけないのは、陛下の居場所を確認する事か」
「それでいいと思うわ」
カミノガエの無事だけでも確認しなくては、楔が撃ち込まれるか分からない。もしカミノガエの身に何かあったとしなら、彼の代わりに、誰かがティンダロスに楔を打ち込む必要がある。
「空を飛んでいくしかないな」
「そうね」
「ところでよぉ」
方向性が固まろうという時に、隣で話を聞いていたサマナが割り込んでい来る。その視線はカリン達を見ておらず、じっと一点を見て動かない。
「どうしたのサマナ。貴方も一緒に来てほしいのだけど」
「あたしここに残る」
「何かあるのか」
「何か……って訳じゃないけど……アレ」
視線の先にある物を指差し、カリンと黒騎士もソレを目にする。それは城の前にあった氷の結晶で、大きさはベイラーよりも少し大きい程度のもの。ただの結晶であれば別段気にする事はない。だが、サマナはそうではなかった。
「……まだ、居るぜアレ」
「いるって……まさか」
カリンが目を凝らすと、結晶の中が透けてみえていた。その中に居た者が、何よりの問題だった。中に居たのはベイラーであり、そしてその肌の色は、あの黒であった。
「まさか、アレは」
「セブンはあいつを、アイの事をずいぶん買ってた……そしてマイノグーラの力なら、あるいは」
マイノグーラの力で、セブンは致命傷を受けたにも関わらず、その傷の時間を止め、生き永らえていた。
もし、同じ事を、黒いベイラー……アイにしていたのなら。
「どうするサマナ……砕いておくか?」
「駄目だ黒騎士。野郎どもにやらせてみたが、あの氷びくともしねぇ」
「(真っ先に壊そうとしてたんだな……)」
ピッケル、ハンマー、岩、ありとあらゆる道具を試した様子であり、しかしまったく手応えがなかった。
「……あたしはアレを監視しておいた方がいいと思うんだ」
「そうね。お願いできる?」
「応さ」
『監視しておこうか?』の意図をカリンが読み取る。マイノグーラとの闘いがここまで来た上で、アイと戦うのは避けたい、何より、中にいる乗り手も無事であった場合さらに厄介となる。
「(さすがに、即死だとは……思うけれど)」
胴体を切ったはずであった。大量の出血も目撃している。セブンも確かに大怪我であったが、アイの乗り手の場合は、致命傷どころの騒ぎではない。アレだけの傷を受け、生き延びているとは思えなかった。
「……杞憂であればいいわ」
《カリン、黒騎士の方の準備が終わったみたいだ》
「分かったわ」
結晶の中で生きているかどうか。確認する術はない。今は、この地で生き延びえる為にも、カミノガエを見つけなければならない。優先順位をつけ、思考を切り替える。
マイヤとヨゾラが寄せ植えし終わり、共に空を飛べるようになる。
「では黒騎士、いつものようについてきなさい!」
「ああ!」
マイヤが飛び上がると同時に、コウも変形し、四枚の羽根を翻し空へと向かう。地上に残された者達は、結晶に注意しつつ、彼らを見送る。
「さぁ野郎ども、気張れよ。何が起こるかわからねぇぞ!」
「「おーー!!」」
サマナは海賊たちに声をかけ、兵士達はその声に驚きつつも続く。
「(戦力もある、大きさの違い以外は、なんともない)」
今まで、多勢に無勢の日々であった。それがようやく、あの大きな敵以外すべていなくなり、ついに戦力としては逆転している。
「(なのに、なんでこうも落ち着かない)」
バスター・ケイオスの得体の知れなさに、そして、今まで見えていたマイノグーラの心が再び見えなくなった事で、サマナの胸騒ぎが収まらなかった。




