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ベイラーと殴り合い

  


 5体のアマルガムイスラが地表でのたうちまわっている。腕を、足を、頭をそれぞれ切り落とされ、撃ち落とされたそれぞれの体は、もはや移動さえ難しい有様になっている。


《皆、やってくれたか!》


 戦い続ける中、仲間たちが必死に戦っているのを視界の端でとらえていたコウは、彼らの働きにひとりひとり労いの言葉を駆けたい衝動に駆られた。目の前にマイノグーラさえいなければ、今すぐにでもそうしたい。


「ソレはあと!」

《分かってる!》


 カリンが即座に否定し、特に反論もせずに受け入れる。彼らがアマルガムイスラを行動不能にした事で、自分達はマイノグーラとの闘いに全力を尽くせる。戦っていた仲間たちも、今の時点で労いを受けたとて本望ではない。


「あとは貴女だけよ」

「―――その、ようね」


 相対してるのは、マイノグーラ。ケイオス・ベイラークリスタルは未だ健在であるが、双方に未だ決定打が無い。どれだけケイオスがコウを傷つけようとしても、コウの力で再生し、どれだけコウがケイオスを傷つけようとしても、ケイオスの補助腕を斬り落とすの精一杯で、コックピットにまで刃が届かないでいる。何より、双方相手の存在を否定しきるだけの攻撃を持ちえていない。コウの大太刀は折れ十全に力を発揮できず。マイノグーラの『静止する力』はコウには無意味。ならば残るのは、双方がもつ純粋な力くらべ。サイクルの力や戦闘術。それらすべて、一進一退を繰り広げるだけで決着が着かない。


「(このままで、いいはず)」


 だが、不本意だとしても、この一進一退を繰り返す事こそが、この星がマイノグーラに勝つ唯一の方法ではないかとカリンは考え始めている。それはティンダロスの目覚めと、龍の一撃の復活に寄る所が大きい。


「(ティンダロスを破壊できる一撃。それをマイノグーラが耐えられるとも思えない)」


 この、実時間にしてまだそこまででないはずの、気の遠くなるような戦いの中で、カリンはすでに自身が決定打にならない事を悟りはじめていた。決着をつけるのは、この星の守護者たる龍が放つ黄金の雷撃。それこそ切り札であり、ティンダロスとマイノグーラを倒す唯一の方法であると。


「(セブンも雷撃を直撃させない為にその身を挺した。ならば効果はある)」


 もしもあの時、セブン・ディザスターがその身を避雷針とせず、龍の雷撃が直撃していたのなら、その場ですでこの戦いは終わっていた。ならば、同じ事をすれば、この戦いは終わらせられる。


 カリンにはすでにソレしか信じる寄る辺が無くなっている。コウのサイクル・リ・サイクルは、怪我は治すが疲労までは取らない。その事実を知ったのは、マイノグーラと戦い続けはじめた後の事。空を飛び回り、体に掛かる荷重を受けながら、全方位から来るケイオスの攻撃を避けつつこちらの剣戟をぶつけに行く。精密作業といってもいいその動作の連続は、全身にのしかかる重い疲労感を与えていた。その疲労により思考が鈍化しはじめているのを自覚している。これ以上戦いが長引くのは、今まで辛うじて致命傷でなかった攻撃を致命傷いたらしめる。


「(こちらが打てる手は、やはり)」


 剣戟以外の攻撃で効果的だったのは至近距離でのサイクル・ノヴァ。あの攻撃であれば、致命傷にならずとも、ダメージは確実に蓄積する。それは折れた太刀で与えるダメージよりもずっと大きい。だが、元々サイクル・ノヴァは連発に向かず、何より間合いを太刀よりもさらに短い距離で放たなければならない。それは、腕を、足を飛ばし、全方位から攻撃してくる敵に対してあまりに困難な攻撃方法であった。


「(あの時は迎撃で使えた。だからこそアレ以降、マイノグーラは接近戦をさほど仕掛けてこない)」


 迎撃で使うのも考えたが、すでにマイノグーラにも手の内はバレている。おいそれと同じ手を受けてくれるとも思えなかった。やはり八方塞がり。このまま戦い続ける事しかできない。そう考え始めた時、相棒がふと零した。


《カリン、奴の遠距離攻撃をどうにかすればいいんだ》

「……どういうこと?」



「……忌々しい」


 もう何度つぶやいたか分からない言葉を吐きながら、しかしマイノグーラは、自身でも驚くほどに冷静だった。愛しき我が子同然であったアマルガムイスラは倒され、いまや打ち上げられた魚である。戦力として数える事はもう不可能と言っていい。ようやく目覚めたティンダロスも、その表面にずっと張り付いているブレイダーが楔を打ち込もうと必死である。もし打ち込まれ、忌々しい龍の一撃が放たれてしまえば、如何にティンダロスとはいえ無事では済まない。故に今すぐにでも妨害しにいくべきだが、目の前の白いベイラーの存在がソレを許さない。


「(だが、最初に比べて随分勢いが落ちた)」


 戦力差は覆され、ティンダロスに対する決定打を敵は持ち得ている。それでもこの戦いの決着がこれほど長引いている理由をマイノグーラは気付く。それはマイノグーラに対抗できる力が、あの白いベイラーだけであり、そしてその白いベイラーが徐々に弱ってきている。赤い太刀が壊れた時から顕著であり、一撃一撃に威力が無くなっている。


「(このまま戦い続ければ負けるのは向こう)」


 マイノグーラには体力という概念がない。肉体の構造がそもそも人と異なるのであれば当然である。


「(白いベイラーを片付けた後に、あのブレイダーを止めればそれでおしまい……ここまでくるのにアマルガムイスラまで使う羽目になるとは)」

 

 それはマイノグーラにとって脅威の連続であった。猟犬を連れ出した後、龍に土地ごと封印され、そして土地の人間を食い尽そうとしても、人間は地の利を生かし抵抗しつづけ、そして、土地の外から援軍を呼んできた。アマルガムイスラを作り上げ、戦力の差は覆ったものの、戦力差を埋める多少の均衡をとったはずであったが、その均衡も今や無き物となった。


「(それでも勝つのはこちら)」


 それでも勝利を疑う事はない。猟犬はいくらでも呼び出せる。アマルガムイスラは材料となる人間を用意せねばならないが、人間の心象心理を把握する術はすでに心得た。ならば、封印された土地から離脱さえできれば、この星は容易く食い尽せる。食い尽し、奪い尽し、力を蓄え、新たな星へ。


「そして新しいセブンに会いに」


 新しいセブン。己を理解する他者。すべてはその為に、目の前の白いベイラーを叩く。邪魔者がここまで粘る事に苛立つが、もうすぐ終わりが見える。白いベイラーさえどうにかすれば、あとのベイラーは自身の『静止する力』で如何様にもできる。


「もうそろそろ堕ちてしまえ」


 右腕をかざし、白いベイラーに向けてエネルギーの塊をぶつけんとする。構造はサイクル・ノヴァと同じで、全球状に放出するか、一直線に放出するかの差になる。この攻撃方法もマイノグーラは慣れたものであった。


 予備動作ありかつ直線状の攻撃故、地上で放てば回避されやすい攻撃ではあるが、ケイオスは空を自由自在に飛び回れる。背後に回って放てばそれだけで十二分の脅威足りえた。そして白いベイラーの背後へと回り込んでの一撃。加えて、その一撃を避けられたとしても、二の矢として左手でのサイクル・ノヴァが待っている。


 一直線に伸びた光線が白いベイラーへと迫る。相手は回避せずやりすごすようであるが、だとしても意味はない。


「(終わったな)」


 もし一撃目を受け止められたとしても、すぐに二の矢として攻撃すれば、白いベイラーとてひとたまりもない。サイクル・ノヴァはケイオスに有効かもしれないが、同時に白いベイラーにも効く攻撃でもある。


「あとは龍を排除しればそれで―――」


 サイクル・ノヴァの行く先を見ていたマイノグーラが目にしたのは確かに直撃する場所にいた白いベイラーの姿。だが奇妙な事に、避ける事もなく、まっすくこちらに突っ込んでくる。


「(諦めたか)」


 勝敗が決し、あきらめた行動だと考え、マイノグーラはそれ以上思考しなかった。すぐにでも龍を堕とす算段をつけなくてはならない。マイノグーラにとって龍は強大かつ宿敵であり、ティンダロスの攻撃が有効打として働かない。自身の『静止する力』も織り交ぜて戦わなければ、龍を堕とす事は叶わない。一体どのように攻め落とすか。


 そのように思考の方向性を走らせていると、突っ込んできた白いベイラーがその場突然()()()()()()()()()()()()()


「(攻撃をかき消した?)」


 手段としては理解できる。使用しているのは同じサイクル・ノヴァであり、白いベイラーとケイオスとの威力には大きな差はない。双方のサイクル・ノヴァが当たれば、エネルギーはぶつかり合い、消費し合い、そして最後には消滅し合う。


「(何故そんな事をした?)」


 理屈はすぐに分かった。だがその選択をした理由が不明であった。こちらは発射口が複数ある為連打できるが、白いベイラーはそうではない。力の発揮には一定の時間が必要である。


「(やはり諦めたのか)」


 これ以上に思考を破棄し、想定通り、2射目を発射すべく左手を構えた。爆裂した音と衝撃、そして一面を照らした激しい光で一瞬の目くらましとなるが、それでも最後に白いベイラーがこちらに向かっているのは把握していた。


「手数はこちらの方が上」


 後ろに後退しつづける。白いベイラーは接近しなければこちらに有効打を発揮できない。対してこちらは、遠距離からの攻撃をなんども行う事ができる。つまり、ケイオスは相手に近づく必要はない。想定どおり、二の矢として、サイクル・ノヴァを放った。一撃目が無傷であろうとも、こちらの二連射までは、白いベイラーはサイクル・ノヴァを連射できないのは把握済み。


 閃光の中、想定通り無傷なままの白いベイラーが現れる。やはりまっすぐ突っ込んでいるが、構えが今までと異なっている。大太刀を片手だけで、それも大きく振りかぶっている。


「一体、何を」

「いっけぇええええええ!!」


 乗り手の女の、けたたましい声が響く、同時に、折れた大太刀を、あろうことかこちらに投げ込んできた。太刀には回転が加わり、円盤状になりながらケイオスに迫る。


「そんなもの撃ち落として―――」


 左手から第二射を発射する。一条に伸びた閃光が、大太刀を捉えた。このまま破壊し、第三射、第四射を白いベイラーに叩き込めば、この戦いに勝利したも同然。そう直前まで考えていた。


 直撃したはずの大太刀が、緑の炎をあげ、その場でサイクル・ノヴァを斬り裂くまでは。


「何!?」


 予定を変更し、三度目、四度目と繰り返し大太刀に浴びせる、だが、その刃はとどまる事を知らず、こちらにまっすぐ進み続けている。


「(あの大太刀、あんな力があったのか!?)」


 マイノグーラは、白いベイラーの持つ大太刀について、さほど理解していなかった。だたの大きな片刃の剣。認識はここで止まっている。彼女は知らなかった、大太刀には、サイクルを増幅する力が備わっており、折れてない部分だけでも、コウの力を纏わせれば、壊しても壊しても再生する、この星でも随一の強度を誇る物体になるのだと。


 コウの力は、生命を増幅させる面が多く、多くの場合無機物には意味をなさない。太刀は半無機物と言って良く、その力を受ければ折れた部分が生え変わらずとも、コウの緑の炎によって、折れず曲がず良く切れる太刀となる。その太刀を投擲したならば、どんな妨害も無意味。非常に効果的な攻撃方法だが、サイクル・シミターやサイクル・トマホークのように、極端な重心の偏りがないため、投げても戻ってこない。故に投擲で使う事は今までなかった。


「そんな事が!?」


 サイクル・ノヴァを斬り裂きすすみ、やがてケイオスへと向かってくる。マイノグーラは咄嗟の判断で、コックピットに命中しないよう、体を大きくひねった。目論見は上手くいき、致命傷を避ける。だが、大太刀はケイオスの肩口を斬り裂き、そして落ちていった。


 大太刀の一撃で僅かに姿勢が乱れ、ケイオスが隙を晒す。その隙を、彼らは待っていた。


「《うぉおおおお!!》」

「な、なに!?」


 大太刀の対処に一杯で、さらに接近してくる白いベイラーに対応できなくなり、接近を許してしまう。そして、右手が掴まれ、こちらのサイクル・ノヴァを封じられる。


「なら背中の腕で……」


 ならばと補助腕を飛ばし、白いベイラーを狙おうとするが、その射線の全てに、自身が被ってる事に気が付く。何より、近すぎて射角が取れない。このまま放てば、サイクル・ノヴァで自身も巻き込んでしまう。


「この距離なら、あの腕も使えないでしょう!」

「(やつらの狙いは、コレか!?)」


 この対処法は、コウの経験による所が大きい。アイとの交戦時、その腕を飛ばして攻撃してきた際、接近戦であれば射線の関係で攻撃できなくなる。それが例え、どれだけ腕が増えても同じことであった。


「(奴は剣を投げた! 斬撃はしてこない……なら狙いは)」


 そして、コウ達は満を持してエネルギーを高めていく。もたもたしていれば、充填が終わりサイクル・ノヴァが来る。もう一度喰らえば、否。ここまで詰めてきた相手が一度で諦めるとは思えない。もし、あの攻撃を。何度も食らったら。如何にこのケイオスとて無事では済まない。


「させるものか!」


 なんとでも阻止しなければならない。だが方法が思いつかない。すると自身でも考えもしなかった行動に出た。掴まれた右手は使えない。ならばと、とっさに左手で白いベイラー、その顔面を、無造作に殴った。


 ガコンと小気味よい音と共に、白いベイラーの上体が大きく揺れる。すると衝撃で乗り手がどうにかなったのか、エネルギーの充填が止まった。


「な、なにをした?」

《―――このぉお!!》


 自身の行動に戸惑っていると、すぐに反撃が来る。こちらの右手を握っているからなのか、相手も左手でこちらの殴ってくる。ガコンという音と衝撃により、コックピットが揺れ、あやうく操縦桿を手放しそうになる。


「いい加減に!」


 そして、同じ手段で、こちらも反撃をした。



「いい加減に!」


 マイノグーラが思いもよらない行動に出た。接近し、全方位からの攻撃を防ぎつつ、サイクル・ノヴァを叩き込む。それを実行し、上手く行った。上手く行ったのだが、その後がまずかった。


「ッガァ!?」


 コウの顎に、再び拳が命中し、強制的に頭が揺らされる。コウへの攻撃は、そのままカリンへと伝播している。片手はケイオスを封じるのに使っており、拳を防ぐ術が無い。正確には、拳を防いだ場合、こちらの攻め手が無くなる。


「まだ、まだぁあ!!!」


 コウの拳がケイオスの顔を捉え、殴り抜ける。カリンは、コウに防御の必要はないとあらかじめ言っていた。攻めなければ、勝てない。


「忌々しい! いい加減沈め!」

「沈むのはお前よ!」


 そして、ノーガードでお互いがお互いを殴り続ける。間合いが近すぎて蹴る事ができず、空中に要る為投げる事もできない。必然的にお互いに有効打として出せるのが拳以外に無くなっていた。ガコンガコンと何度も音を立て、お互いの頭が揺れる。距離が近すぎて、技法らしい技法も使えない。単なる横殴りの応酬が続く。避ける事もできず、何度も何度も命中し続ける。乗り手であるカリンはその都度意識が遠のき、マイノグーラはその都度体が放りだされそうになる。コウはサイクル・ジェットを制御し、ケイオスもまた飛ぶ事だけは維持しづけた。それでも拳の激突の度に、両者の高度はぐんぐん落ちていく。


「(ここで気を失う訳にはいかない!)」

「(ここで、操縦できなくなる訳にはいかない!)」 

 

 やがて両者ともに、地上へと失速しながら、殴り合いの応酬が続く。手を緩める事はできず、手を抜く事もできない。そうして高度は下がり続け、ティンダロスの表面に、両者が着陸する。着陸といっても、ちっとも安全ではなく、失速し高度を維持できなくなった為、長い制動距離を必要とした胴体着陸であり、実体としてそれは墜落であった。コウが着陸した際、衝撃に耐え切れず両足を盛大に折ったが、即座にサイクル・リ・サイクルで治す。カリンには、悲鳴を上げる暇も無かった。一方、ケイオスも墜落の衝撃はあったが、体の頑強さがコウの非ではなく、折れるような事はなかった。だが、コウに長い距離をガリガリと引きずられた為、全身をやすり掛けされたような状態となった。


 両者共に墜落した損傷は甚大であった。にも関わらず、コウもケイオスも、しっかりと両足で立ち上がり、未だでに腕を握りつづけている。コウは治療の為、足を中心に炎が燃え盛っており、踏ん張りがまだ効かない。そしてケイオスは、先ほどの着地で顔の半分が削れ、その視界が半分に文字通り削り落ちていた。


「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ」

「……」


 殴られ続け、失神しそうな衝撃を繰り返した事と、骨折の痛みとが混ざってカリンの額に脂汗が流れでる。そしてマイノグーラは、共有されていた視界の半分が消え去り、いよいよサイクル・ノヴァで狙いを定めるのが困難になる。


「―――」

「―――」

 

 両者の間合いはすでに必殺であり、躱す暇も、躱す気もない。次の一撃を確実にブチ当てる事しか頭になかった。この時、マイノグーラは冷静になれば、掴まれた腕を斬り落としてでも距離を取り、サイクル・ノヴァの一撃、もしくは、コックピットごと乗り手を滅ぼす『強奪の指』を使えば決着がついていたかもしれない。カリンも、反撃を加味した上で、サイクル・ノヴァによる迎撃か、蹴り技で対抗すれば違ったかもしれない。だが、当の両者は、もうどうしようもなく頭に血が上っていた。ここにあるのは、原始的な怒りの感情と、目の前にいる敵を必ず打ちのめすという使命感。


 そして、両者、技法も技巧も技術もなく、力任せに拳を振り上げた。両者の拳は弾きあい、僅かにソレ、腕の上で交差し、上腕部を削りながら、お互いの頭部へと綺麗に命中する。交差返し(クロスカウンター)である。


「ガァ!?」

「ぐぅう!?」


 カリンの頭は跳ね上がり、白目をむく。マイノグーラはコックピットの中で盛大に跳ね飛び、ついに操縦桿を手放した。コウも、ケイオスも膝をつき、そのまま動かなくなって、否、動けなくなってしまう。


《カリン!》


 コウが急いでサイクル・リ・リサイクルを使うも、カリンの意識はすぐには戻らない。


「……これで、おしまい」


 そしてマイノグーラの方はすぐにでも立ち上がり、操縦桿を握ろうとした。だが彼女もまた吹き飛ばされ、その際にコックピットの中をボールのように跳ねまわった結果、両腕がぽっきりと折れてしまっていた。彼女にとって、マグマ以外の外的要因の外傷である。もっとも、彼女にとって、この外傷は生命維持になんの不都合もない。だがそれはあくまで、ただ生きる場合による。骨折し、握力が消え去った腕では、操縦桿を掴もうとしても、握る事ができず、ずるりと擦れるだけで一向に力が入らない。


「なぜ、なぜ握れないの」


 マイノグーラは、骨が折れたという事を認識できず、操縦桿がにぎれない事をただ不思議がるだけで、一向に戦う事ができないでいた。


 わずかな静寂の後、先に動いたのはコウの方だった。


「―――サイ、クル」


 頭を何度も揺らされ、カリンの視界は未だ横揺れを起しており、正確な距離感がつかめない。その上、コウが作りだせるブレードは、一度で折れてしまう脆くも鋭い刀。何より、コウのパワーで振りまわそうものなら、対象を切るより先に壊れてしまう。故に、最大限保険を掛ける。


「《サイクル・バスターブレード!》」


 ブレードを包むように、再度ブレードを生み出す。頑丈さ、厚さ、大きさ、それぞれ単純計算1.5倍されたブレード。コレをもってしても、コウのパワーでは一撃持つか怪しい。それでも、この刃で決着をつける他ない。


 そして、決着をつける技巧もただ1つ。


「真っ向」

《唐竹ぇ!》

「うごけ、動けケイオス! なぜ動かないの!」


 自身の体に不備があるとは気が付いていないマイノグーラを前に、コウが剣を振り上げる。繰り出したるは、馬鹿正直に振り下ろす必殺の一刀。


「《大切斬ぁああああん!》」


 ケイオスの頭に刃が食い込む。表皮は固く、ストンと斬れる訳にはいかなかった。だがそんな事はコウもカリンも織り込み済みである。


「《ズェアアアアアアアア!!》」


 刀の峰に肘を置き、全体重をかけ一気に推し斬っていく。ズリズリと音をたて、食い込んだ刃がゆっくりと進んでいく。真正面に捉えた刃は、わずかに非左に逸れながらも、少しずつ切り落とされていき、そしてついには、コックピットにまで到達し、胴体の半分を縦方向へと両断せしめた。コウ達はそのまま股下まで切り落とさんとしたが、ここでバスターブレードの耐久が限界を超え、刃が粉々に砕け散る。


 パラパラと刃が舞い散りながら、ケイオス・ベイラー・クリスタルが、その身を半分に斬り裂かれていく。コックピットはその上半分までを叩き割った。


「(手応えはあった、だが!)」


 両断こそできず、そして武器もなくなり、本来であれば勝利を確信してもおかしくなはかった。だが、中途半端に叩き割ったコックピットの中には、未だにマイノグーラがいる。折れた手を、まるで紐にもでするように結び付け、操縦桿に括り付けていた。


《(コレが大太刀だったならッ!)》


 耐久力も切れ味も十分だった大太刀であれば、中にいたマイノグーラまで完全に切り裂いていた。バスターブレードが現状最高の強度であるが、それでもコウ自身のパワーに追いつけない。


「コウ!早く二撃目を!」


 だが、この潜在一隅のチャンスを逃す訳にはいかない。再びバスターブレードを作り出し、今度こそ叩き切ろうとする。


「―――忌々しい」


 もう何度目かになる、マイノグーラの言葉、ソレ自体は聞きなれてしまい、別段気にする事はなかった。芯となるサイクル・ブレードを作り、その上からかぶせるように、再びブレードを作り上げる。


「―――いえ、もうそうじゃないわ」


 サイクル・バスターブレードを作り上げ終わった時、マイノグーラの声色が、わずかに震えている。のが分かった。その眼は真っ直ぐコウを、そして中にいるカリンを睨みつけている。


「この体のすべて、捧げられたもの全てをつかって、必ずお前らを」


 今まで、『忌々しい』というのは、相手に言い続ける事で、受動的な変化を望むような、何も効果のない言葉であった。だが、マイノグーラは、己の両手を潰され、猟犬を攻略され、アマルガムイスラさえ倒され、そして今まさに己も倒されようとしているこの瞬間、初めて決意する。どこまでも後ろ向きで、どこまでも害する者の立場である恐ろしき言葉。


 この星にとって、そしてベイラーにとって、あらゆる意味で最悪の言葉を口に出す。


「殺してやる!」


 感情が希薄だったはずのマイノグーラが、セブンを通し、感情を知り、この戦いを通して嫌悪を知り、殺意を覚えた。それは、長年この星に閉じ込めらて生まれた、報いを受けさせるという決意とは違う。どんな手をつかってでも、目の前の敵を倒すという決意と共に、呪詛を吐く。


 次の瞬間、いままで行動不能だったアマルガムイスラの体が、急に崩壊し、ドロドロの肉塊となって地上を這いまわり始める。這いまわるのは、アマルガムイスラだけでなく、未だ地上に残っていた猟犬たちも、一斉に動き出す。


《今度は、何をする気だ!?》

「いいから、今のうちに叩く!」

《ああ!》

「《ズェアアアアア!!》」


 これ以上手を打たせまいと、コウが突進し、その刃を振るう。一度目と同じ、真っ向から振り下ろし。


「GURAAAA……」

《猟犬!?》


 だが、脇から猟犬が躍り出て、その刃を真正面から受け止める。サイズ差と余力で、猟犬の顎を捉えたバスター・ブレードは、そのまま頭部から背中にあっけて、真っ二つに斬り裂いていく。


 無論、猟犬はこの程度は死なない、だが、必殺の一撃が猟犬に防がれた事実の方が、カリン達には大きかった。


「コウ! もう一度」

《……カリン、マズイと思う》

「へ?」


 目の前の、壊れかけのケイオスの元に、大量のアマルガムイスらだった物、猟犬だった物が集まりだしていく。その集まりは瞬く間に増え、家ひとつ分ほどの高さへとケイオスの元で積み上がっていく。  


《もし、あいつもベイラーで、そして、憎しみに反応したら……》

「……そして、もしアイの欠片もつかっているのなら」


 ケイオスベイラー・クリスタルは、その構造を、ケイオスとアイの思想を取り入れた、マイノグーラ用にセブンが用意させていた人工ベイラーであった。そして、人工ベイラーには、アイの欠片を埋め込ませる事で、感情の爆発を受けると、極めて特殊な状態へと変化する特性を持っている。もし、その感情の爆発をマイノグーラが行ったとするなら。


「この星から力を吸い取るのは後だ」


 もし、美しくも脆いベイラーの外装を、肉を持った生物が補強できるなら。


「お前達の命はここで終わる」


 バックリ空いたコックピット、その残りを己の手ではじき飛ばし、城跡地で鎮座している立体十二面体を持ち上げながら、マイノグーラは続ける。


「もうこの星の力など関係ない。お前たちはここでかならず」


 肉片が補助となり、全身の大きさが規格外へと変化していく。すでに50mなどは超え、200m以上の身長へと。そしてぽっかり空いた部分に、目玉のついた正十二面体を綺麗に収めていく。


「殺してやる!」


 マイノグーラが、ケイオスをバスター化させた。大きさは200m以上で、現在進行形でさらに大きくなっていく。バスター・ケイオスとでも言うべき存在が、ここに現れた。



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