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ベイラーと大鎌

 

 ティンダロスの上で、巨体とベイラー2人が相対している。50mはあろうかという巨体、アマルガムイスラ。対してベイラー2人の大きさは7~8m。サイズ差はいかんともしがたい。なにより、片方のベイラーは足を悪くしているようで、時折足を引きずっている始末だった。


「(……アレで、戦えるのかのぉ?)」


 片方の、桜色をしたベイラー、グラート・レターの乗り手。アマツ・サキガケ。彼女は先代と違いまだ幼い。まだ彼女が占い師として目覚めて一年未満であり、何もかもが不足しているが、その不足分は、彼女が代々受け継いでいる占い師たちの知識が補填してくれる。しかし、どれだけ知識は補填されても、その知識が己の中で知恵として働くかどうかは別の問題である。


「(レターは喜んでいるが、てまえがしっかりしなければ)」


 操縦桿ごしに伝わるグレート・レターの喜びようといったらなかった。無論彼女にとって、グレート・ギフトがどれだけ大切なベイラーかは知識として知って居る。お互い住まう土地が離れており、お互いその土地で暮らす人と共に生きる事を決めている為に、こうして再会できる機会も無く過ごしていたとも知って居る。だが、それでも良いとグレート・レターは割り切っていた。お互いがお互い、たとえ離れて暮らしていても、この大きな星の元で暮らしているのは同じ。寂しがることは無いと。


「(思った以上に強がり)」


 占いでこの地に集まる事が分かった時でさえ、冷静を装っていたものの、物陰でこっそり喜んでいたのを、アマツは目撃してしまっている。そしていざ再会してみればというもの、それはもう心弾んでしょうがないといったようであり、さっきから操縦桿ごしに喜びようが伝わってくる。もしここが戦場でなければ、レターがこのまま踊り出しそうな、否、戦場であってもなんだか踊り出しそうな、そんな浮かれっぷりだった。


《さぁアマツ。行きますよ》

「お、おうともさ!」


 アマツは少々行き過ぎた喜びっぷりに困惑しながらも、目の前にいる敵を前にし気を引き締める。よじ登ってたどり着いた巨体。アマルガムイスラ。その巨体相応に頑強で頑丈。なにより死ぬことがない。こちらが出来る事は、四肢や頭を切り落とし、物理的に行動不能にする事だけ。


「(再生しない事だけが救いか)」

《来ますよ》


 アマルガムイスラが、その腕を掲げ、無造作に振り下ろしてくる。その一撃が当たろうものなら、ベイラーなど粉々に砕け散ってしまう。掠める事すら禁物の攻撃である。そして巨椀の動作は遅く鈍い。目で追う事が可能な遅さであるが、それが逆に恐怖心を煽る。命中してしまうかもしれない。と想像が働いてしまう。


「(こ、こんなに)」


 新たなアマツは、戦いの場にでるのは初めてである。占いであらゆる事を見抜く事ができても、その場で生まれる感情については全くの無知。この場合、迫りくる拳を前にして、全身を恐怖が貫いていく。攻撃が遅くとも、足が恐怖で固まってしまっては意味がない。


《やれやれ》


 だが戦いの素人を支えるのは、経験者の務めである。グレート・レターは、まるで散歩でもするような足どりで、ひょいと横へと跳ねた。そして、跳ねる前の位置に、アマルガムイスラの腕がすさまじい勢いで通りすぎていく。掠める事もないが、巨椀が通った風圧がレターの全身を駆け巡り、その肌がささくれる。 


「す、すまぬレター」

《気になさらず。では、今度はこちらの番ですね》


 恐怖で固まっていた己をフォローしていくれた事を感謝しつつ、大鎌を振り上げる。アマルガムイスラの腕、その側面に刃を突き刺すようにして振り下ろす。確かな手応えと共に、おびただしい量の返り血が降ってくるものの、返り血を意に返さず、そのまま、大鎌を足場とするようにして、一気に腕の上へと駆け登った。


 階段を降りるような身軽さで、腕の上に立つ。それはアマルガムイスラとベイラーのサイズ差から来る、本来あり得ない足場。彼女たちはいま、匍匐前進しているアマルガムイスラの腕の上にいる。真っすぐ進めば、肩にまだたどり着ける。踏みしめると、ミシミシと骨が軋む音と、肉が歪む音が同時に聞こえてきた。


「ぎゃあ!気持ち悪い」

《素直でよろしい》

「てまえの事より、グレート・ギフトは?」

《もう登り始めています》


 アマツがギフトの方を向くと、そこには、レターと同じように大鎌を突き刺して登っている。レターとは反対の腕に登りきり、鎌を担いでゆっくりと歩いてく姿があった。


《兄様なら大丈夫》

「あー……そのようだの」

《さぁ、兄様に負けないように……おや?》


 レターの目的は、アマルガムイスラの四肢切断である。行動不能にさえしてしまえば、当面の脅威はあのマイノグーラと、この下にいるティンダロスだけとなる。そうなれば、この星をかけた戦いにも終わりが見えてくるという物だった。だが、アマルガムイスラはそれらを阻害せんと動いてくる。


「な、なんぞアレ?」


 腕の上に、まるで腫れもののように、肉塊が沸き上がってくる。そして、その肉塊はある程度の大きさまで膨れ上がると、腕からブチリと分離し、そのままミチミチと跳ねまわった。


《あー。ブレイダーのような物ですね》

「ブレイダー? あの50人いるベイラーの事かえ?」

《アレは、親機がひとり、残りが子機としているのです》

「……つまり、アレは」


 ブチブチと肉が膨れては弾けた後、現れたのは、猟犬に酷く似た姿を持つ、犬型の何か。猟犬よりは、原型が犬により近い。四肢があり、頭も顔もある。最大の違いは、その表皮には毛がなく、例によって目がない。肉塊とアマルガムイスラには、まるでへその尾のように、肉の管が繋がっている。


「気持ち悪いし気色悪い!!」

《防衛用なのでしょうね。あまり遠くに行けない》

「でもこの数は聞いておらんて!?」


 目で見える範囲でも、すでに20匹以上。その数はさらに増えていく。


《よほど切り落とされたくないらしいですね》

「どうする?」

《ん? まさか》


 アマツは、気色悪い化け物をどうにかできるのかを問うたつもりだった。だが、その問いは、レターにとっては少し、いや、かなり気に障ったようで。


()()()()()()このグレート・レターが遅れを取るとでも?》

「ち、ちごうて! 数! 数が多すぎる!」

《問題ありません》


 一匹一匹のサイズは小さい。だが如何にベイラーといえど数で圧倒されてしまってはひとたまりもない。それでもレターは酷く落ち着いている。そして、一斉に肉塊が襲ってくるを待って、大鎌を構えた。


《こんなものは―――》


 大鎌を振りかぶり、一閃。胴体を、頭を、足を、ひとふりで10匹以上の敵を蹴散らしていく。その動作はよどみなく、慣れた手つきで繰り返していく。大鎌が降られるたびに、肉片がどんどん増えていく。血が噴き出し、肉が転び、臓物が散らばっていく。


草取り(くさとり)と変わりません》

「お、おお……」

《さぁ。サクサク行きましょう》

「(……まさか向こうも)」


 グレート・レターがどんどん血にまみれていくのを前に、思わず目をそむけたくなるのを耐えながら、グレート・ギフトの方を見る。彼らも彼らで、大鎌を振り下ろし、同じように敵を葬りさっていた。違うのは、グレート・レターと違い、ギフトの方は、同じように鎌を振るっているように見えて、返り血を浴びてない。なぜそうなっているのかアマツはまるで理解できなかった。


 そうして、ふたりのグレートが、敵を刈り続け、アマルガムイスラの肩にまでたどり着いた頃には、お互いの様子が全く事なっていた。方やレターは血みどろでべとべと。方やギフトは、足元がすこし汚れているだけで、他は清潔そのものだった。


《相も変わらず鎌の扱いが雑よな》

《兄様が丁寧すぎるのですよ》

「(雑とかの問題かえ?)」

《では、早々にこやつの腕を斬り落とすとしようか》


 大鎌を担ぎ、アマルガムイスラの首元まで歩いていこうとする。その時、ふたりのベイラーを、ぬるい風と共に、暗い影が頭上を覆い隠した。同時に、滴り落ちる血と肉の欠片。


「新手か!?」

《いえ、これは》


 視界の中には、新たな敵の発現は認められない。なら、上から滴り落ちる血と肉、そして影は如何様にして生まれたのか。同じく頭上を見ていたギフトの乗り手、ゲーニッツが、その正体に気が付き思わずつぶやく。


「ずいぶん、柔らかい体をしている」

「……ハイ?」

「占い師殿。我らはさしずめ、肩に止まった()といったところだ」

「蚊?……まさか」

「走れ! 押しつぶされるぞ!」


 巨体故に、その発想に至るのに多少の時間を要した。アマルガムイスラはなにも新たな攻撃を仕掛けてきたワケではない。至極真っ当に、邪魔者を排除しようと、その腕をぐるりと回して、手のひらでベイラーを押しつぶそうとしているだけであった。ゲーニッツのいうように、体についた蚊を叩き潰すの動作と全く変わりない。違うのは、さきほどまで、まさにその腕の上で大鎌を振るい続けており、敵の残骸が降り注いでくる。文字通りの血の雨であった。


「〈で、でもこれじゃ逃げれない!〉」


 アマツは言われた通りレターを動かしているが、自分達はアマルガムイスラの肌の上にいる。その肌の上をどれだけ移動しても、彼らを叩かんと動く手は軌道を修正し続けている。さきほどまで、無秩序に拳を振るっていたとは思えないほどの冷静な対応に、アマツは半ばパニックになりそうだった。

 

「〈レターの力を使って脱出する? 否、皇帝様を守れない! 今は楔を打ち込む作業をしていて、あのお方は逃げられない!〉」


 脱出するのは簡単だった。グレート・レターの瞬間移動を使用すればいい。だが、そうしてしまえば、今度は奥で控えているカミノガエ達に、このアマルガムイスラが向かってしまう。それはカミノガエに、グレート・ブレイダーにこの場を任された重大な責任から逃げるのと同義であった。


「(レターの力だけじゃ、あの腕は止められない。どうしたら〉」

《グレート・レターの乗り手よ》

「な、何か」


 大した打開策が浮かばず、ひたすら走っていると、隣で同じく走るグレート・ギフトが優しく声をかけてきた。彼は足はすでにぼろぼろで、細かなヒビこのまま走り続けるのは困難なのは目に見えて明らかだった。事実、走るスピードがだんだんと遅くなっている。


《合図で伏せておくれ。危ないのでな》

「ふ、伏せ? 危ない?」

《我が友の子よ。久しぶりにアレを使おうぞ》

「ああ。アレを?……足が駄目になるのでは?」

《何。ここで駄目になったとて、レターが何とかしてくれよう》

《―――分かりました兄様。必ずお迎えにあがります》

「レター? 待たんかコラ」


 アマツの静止も聞かず、レターはそのまま走っていく。そしてギフトの方は、走るのを止め、そのまま大鎌を構えた。


「(一体、グレート・ギフトは何を)」


 アマツが説明を求めようとした時、ギフトの構えに目が行った。大鎌を両手で持ち、ソレを振り上げる動作。動作そのものは、アマツは何度も見た。鎌はその武器の性質上、突く事ができず、そして横に振る事しかできない。もし縦に振ろうものなら、長く伸びた刃が地面に突き刺さり、身動きが取れなくなる。ならば右で振るか左で振るかの二択になりそうものだが、グレートギフトが使う鎌にはわずかながら角度が付いており、右から左へ振る構造にしかなっていない。刃の前提として、引くか押すかしなければ切る事はできないが、ふたりの扱う大鎌は、右から左へ振るう事でしかその真価は発揮できないようになっていた。


「レターみたく平らにすればいいのにのぉ」

《アレが、兄様が一番使いやすい形なのです》

「……のぅ。大鎌の使い方は、ギフトから教わったえ?」

《ええ》

「そもそもなぜ大鎌を?」


 戦う為に武器を持つのであれば、剣でも槍でも弓でもよい。アマツはそう言いたかった。レターが使いやすいという事で、ずっと大鎌をつかっているが、とにかく扱いが面倒くさい。強い弱いの話ではなく、『面倒くさい』のだ。


「もっと小ぶりでいいのがあっただろうに」

《兄様が最初に戦っていたのは、こういった大きな獣たちでしたから》

「……最初に戦った?」

《ゲレーンという国が出来る前は、それはそれは大変だったそうです。その頃、人はまだパンも作れていませんでしから、食べ物を取りにずっと狩りに出かけていました。ですが当時の獣を戦う術はまだなく、大人数で囲み、多大な犠牲をはらって、やっと食べていけるような有り様だったと言います》

「ん?」


 駆け出す足は迷いなくアマルガムイスラの首元まで向かっている。だが頭上から迫る巨椀はまだこちらを正確に捉えており、いつ振り下ろされるか分かったものではなかった。こんな、昔話を聞いているようなタイミングではないはずなのに、レターの口調があまりに優しくて、つい聞き入ってしまう。そして同時に疑問もわき上がる。


「ゲレーンは、豊かな土地だと聞いておるが」


 アマツにとってゲレーンは、農作物が良く取れ、森林からは質の良い木材が取れる、自然豊かな国であるとしか知識でしか知らない。確かに古い時代であれば狩りもしていただろうが、それにつけても、狩りだけで生計を立てていたとは、いささか信じがたかった。


「まだ農作が始まっておらんかったのか?」

《いえ、できなかったのです》

「できなかった?」

「かの地は耕すどころか、平地にはベイラーと変わらないほどの身の丈をした草が鬱蒼と生い茂り、種を植えようにも、その草の根が邪魔をして、土を掘り起こす事さえ難ししい有様だったとか》

「……ベイラーと変わらないほどの草木」


 草の根が生い茂っていては、種を植える事などできない。よしんば植えられたとしても、栄養が奪い取られ、実を残す前に枯れてしまう。アマツが住まうホウ族の里でも、規模は小さいものの農作は行っており、その苦労や苦難はアマツであっても骨身に染みている。


《そんな折、ひとりの庭師が、兄様の元に訪れた》



―――なぁ。草を刈る道具を作れないか?

 

 開口一番、そんな事を聞いてきた男だった。まだ、グレート・ギフトと呼ばれるずっと前。その男は、まだベイラーが何なのかよく知りもせずに話しかけてきた。何故そんな事を聞くのかと問いかけると、男は朗かに笑いながら答えた。


―――一緒にここを良くするのを、手伝ってほしいんだ。


 両手一杯に広げたその先は、ゲレーンという国がまだできる前、草木が生い茂り、人が住まうにはまだまだ不便が多かった時代であった。その男に、自分の私利私欲の為に、ベイラーを使いたいのかと問いかけた。


―――皆が明日を生きるのを、助けてやりたいのさ


 その為に、この広大な土地をひとりで整えるのかと問いかけた。


―――お前がいてくれれば、ひとりじゃないさ


 どこまでも気持ちいのいい笑顔で、男はそう答えた。それが、後にグレート・ギフトと呼ばれるベイラーと、後にゲレーンの初代国王となる、アインの出会いであった。



《―――ああ。そうだ、コレは、その時に友が考えたのだったな》


 足を肩幅に広げ、半身になり。大鎌を肩に担ぐ。それは、彼らの国がよく扱う剣術の基礎の構えに酷似している。カリンがもっとも得意とする剣術の構えもまた、半身で剣を肩に担ぐ形を取る。


 この一致は偶然ではない。ゲレーンの人々が扱う剣術、もとい、剣術のみならず、すべての武器、全ての構え、思想の出発点は、この大鎌の扱いが起点となっている。それすなわち、一撃に全てを込めて薙ぎ払う。そして、ソレを、何度でも繰り返す。


 繰り返す理由は単純。想定する相手が、一撃で仕留めきれない大型の肉食獣や、広大な範囲に広がる草木を刈り取る為。その思想はやがて対人には不要となり、忘れ去られようとしている。対人であれば、必殺の一撃が当たればそれで終いとなる。だが、生命力あふれる獣や草木はそうではない。

 

 何度でも繰り返し、そして必ず刈り取り切る。そうしなくては、土地を綺麗にできない。では刈り取るにはどうしたら良いか。


《サイクル・サイト・オーバーロード》


 オーバーロード。グレート・ギフトがグレート・ギフトになる前から持ってる彼の力。力といっても何も特別な事はしていない。サイクルに過剰な負荷をかける事で、作り上げる武器をさらに強靭かつ強大に変形させるもの。自身の持つ全力を、作り上げる道具全てに注ぎこむ力である。


《我が妹よ! 伏せよ!》

《はい!》


 合図を受け、グレート・レターが伏せる。そしてギフトが作り上げる大鎌、その刃が大きく固く分厚くなっていく。全身のサイクルが回っているが、特に重量が増えた鎌を刺せる両腕と両足に多大な負荷がかかっており、ギフトの体に細かな傷がつき始めた。そして両足が砕けるぎりぎりまで耐え抜き、巨大化を終える頃には、大鎌の刃は、アマルガムイスラの体と遜色ないほどに成っている。地表からみれば、アマルガムイスラの上で突然巨大な刃が発生したようにしか見えない。


 そして出来上がった大鎌を、全身の力を振り絞って振りぬく。


《根も葉もことごとく》

「星へ還れ!」

《「大魂取り(おおだまどり)!!」》


 それは。限界を超えて作り上げた超常の大鎌で、根も葉もすべてを刈り取り、全て良くなるように大地を均す技。技といっても、何か特殊な技巧がある訳でもない。この技に必要なのは、大鎌を作るだけのサイクルと、ソレを振りぬくだけの膂力。鈍い風切り音と共に、アマルガムイスラの腕を、文字通り両断し、切り落とされた腕は所在なく、地表へと落下していく。


「グレート・ギフトに、あのような力が」

《まだです》

「しかしてまえ達も手伝った方が」

《いえ、()()()()()()()()()()()()


 グレート・レターの言葉の後、その真意を理解する。


 ギフトは、振りぬかれた大鎌を、両手でしっかりと握りしめ、頭の上でくるりと回転させるようにして、もう一度、大鎌を振り抜ける位置にまで持ってきていた。その動作ひとつ行うだけで、ギフトの体に多大な負荷がかかっているのか、全身にヒビが入り、肌がささくれている。重量を支えるている両足の損傷がもっとも激しく、すでにささくれを超え、つま先から膝まで割れ始めている。


「《うぉおおおおおお!!》」


 ギフトとゲーニッツ。2人の声が重なり、大鎌が再び振りぬかれていく。今度は、叩いてきた腕ではなく、もう片方の腕めがけて、その軌道は弧を描きながら、正確に腕を捉え、先ほどと同じように輪切りなっていく。落ちた両腕は地面で盛大に跳ね飛び、あたり一面を血の海と変えていった。


 そしてアマルガムイスラは両腕を失い、上体を支える事が困難になる。結果、かろうじて腹ばいの匍匐前進状態であったのが、完全にうつ伏せになるような形で倒れ込んでいく。レターは鎌を突き刺し、宙に放り出されないよう、己の支えとした。一方、ギフトの方は、あえて放りだされる形で、宙へと舞い上がっている。


 サイクルジェットを持たないグレート・ギフトにとって、自身の力のみで空を飛ぶ事は叶わない。このような外的要因ではじめて、空を飛ぶ事、つまり高度を高くとる事ができる。そして高度を高くとった事で、ギフトは次の目標を見定める事が可能となる。


《余す事無く》

「悉く!!」


 巨大化した鎌を、アマルガムイスラの腰めがけ振り下ろす。ギフトの鎌が、血を切り分け、肉を斬り裂き、骨を断ち斬る。


「―――!!」


 そうして、アマルガムイスラの半身がばっくりと断たれ、今度こそ姿勢を保てなくなり、巨躯がずるりと滑っていく。手も無くなり、掴む事もなく、両足もないため踏ん張る事もできなくなったアマルガムイスラは、成すすべなく地表へと落ちていった。もはや、地表は血の池となり、その光景は長く見つめると心身に不調をもたらしそうな光景となり果てていた。


《さて。おーい》

《はいはい》


 強敵を断ち切り、ひと段落した所で、ギフトは気の抜けた声で妹であるレターを呼んだ。その呼びかけは最初から心得ていたようで、妹のレターはひどくご機嫌な声で、彼を受け止める。俗にいうお姫様抱っこである。 


《ご苦労様でした。兄様》

《ここ100年で1番働いたかもしれん》

《でしょうね》

 

 レターに抱かれるギフトは、オーバーロードにより、全身がひび割れている。コウの力でも、完全な治療に時間が掛かりそうな傷痕だった。


「ギフト。これであの敵は」

《うむ。全て行動できぬはずだ》

「ならばあとは」

《白い我が兄弟姉妹に任せるしかあるまい》


 ティンダロスの上空。未だコウは戦っている。


 アマルガムイスラの全てが行動不能となり、そしてティンダロス打破の為、カミノガエが必死の工作を行っている。状況は進んでいる。だというのに、この場にいる全員の胸中は穏やかではなかった。 


「(あのマイノグーラが、簡単に戦いを終わらせてくれるとは思えん)」


 それは、この戦いの中心にいる、魔女の存在。彼女は、人には思いもよらぬ方法を取りづづけてきた。であるならば。まだ何か手段を持っているかもしれない。もしくは。


「まだつかっていない手札があるのか」


 勝利したと言うのに、ゲーニッツには不安と焦燥が募るばかりだった。

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