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ベイラーと戦士たち


「(アマルガムイスラが倒されている?)」


 マイノグーラは、目の前の敵に集中しつつも、周りの、目に映る範囲の状況を見続ける、そして、自身では理解できない現象を何度も目撃し、その度に疑問がふつふつと湧いてくる。


「(ついこの間まで、猟犬にすら殺されていたような連中が、なぜアマルガムイスラに勝てる?)」


 マイノグーラにとってこの数日はひたすら退屈の日々であった。『聖女の軍勢』を作り上げたとしても、彼女の望みは叶うどころか、遠のくばかりで、この地に住まう人間を、この星を喰らい尽す事はできていない。これは彼女にとって欲求ではなく、彼女の機能。星の外から来た彼女、マイノグーラは、星を喰らう生き物である。そこに、人間のような欲求は介在しない。そうするようにできている。


 彼女をとりまく様々な補助機能として、彼女自身の力のひとつである『時間を静止する力』がある、そして、力の一端たる獣は、機能の最たる例と言える。


「(なぜ、その全てが打ち破られる?)」


 目線を下にすれば、地上では猟犬が、その核を露出させ機能不全に陥いり、アマルガムイスラは、修復不可能なダメージを受け、行動不能に陥っている。この場で生まれ出でた五体のうち、すでに三体が敵の手中に落ちている。そして、その残り二体も、おそらく行動不能に陥るのだろうという予感がマイノグーラにはあった。


「(彼らは、成長している? この短期間で?)」


 予感の原因は、敵である人間の成長。猟犬の弱点を把握し、対策し、結果を出す。その一連の動作、観察は、間違いなく彼らの長所と言える。だが、マイノグーラが解せないのは、なぜその力が、この局面で露骨に発揮されるのか。


「(初めて猟犬を解き放った時はこうではなかった)」


 猟犬を見た彼らは、怯え、竦み、悲鳴を上げるだけの存在だった。そんな彼ら人間が、なぜこの短い期間で、こちらの想定以上の行動を、何度も何度も撃ちだしてくるのか。


「(……何か、要因があるはず。人間以外の要因が)」


 人間に劇的な変化は見られない。もちろん人間は成長するが、それはあくまで思考の問題が大部分を占めている。昨日できなかった事が今日できるのは、昨日の反省を生かし、彼らは今日に生かしている為である。だが、ここにある変化は、そのような知識面の事ではない。


 最初は数で勝っていたはずである。だがその数の優位は、グレート・レターによって覆された。


 最初はこちらに攻撃すら届かなかったはずである。だがその前提は、コウがマイノグーラの能力に反発する力を得た事で覆された。


 最初はアマルガムイスラに手も足もでなかったはずである。だが、緑のベイラーが持ってきた武器や、グレートレターが連れてきた者たち、そして、さきほど、ところどころオレンジの混ざった、青いベイラーが、アマルガムイスラをそれぞれ行動不能にしている。


 ここまで考えて、ふと、人間がこちらを凌駕する瞬間には、必ずある存在が絡んでいる事に気が付く。


「……ベイラー?」


 ベイラー。マイノグーラの認識では、この星に住まう、有象無象の者たちのひとつ。力こそこの星にしては強く、事実、己も器としてベイラーを利用している。


「ベイラーはただの、種のはず」


 己も使っている器としてのベイラー。サイクルを用いてさまざまなものを作り出せるが、それでも、マイノグーラのように『時を静止させる力』などは持ちえないはずであった。


「なぜ、ただの種がここまでの力を持つに至る?」


 目の前にいる白いベイラー、その欠けた大太刀を防ぐ。欠けているからこそ防げているが、これがもし、折れていない大太刀であれば、十全に威力の乗った一閃を防げていたかどうか怪しい。


 怪しいと、感じてしまった。その事実に、再び怒りが沸き上がる。


「……このぉ!」


 己のもつ『静止する力』で、周りの時間を停止させる。本来、この力を浴びた相手が動くという事はありえない。だが。


「《サイクル・リ・サイクル!》」


 相手の姿が変わる。炎を鎧としたような姿。その姿となった白いベイラーは、マイノグーラの力を諸共せず、こちらに踏み込んでいる。この力とマイノグーラは、すでに何度か相対しているが、そもそも樹木であるベイラーが炎を纏う時点で違和感がある。


「(この弱い星に、あのような力は不要なはず〉」


 この星の生き物は総じて弱い。(なお比較対象がティンダロスの猟犬である点で、この理論は破綻している)だが、星の強さに応じて、生き物はその生命力が異なるのは事実である。もし、星そのものが強ければ、そこに住まう者もまた強く、星そのものが弱ければ、そこに住まう者もまた弱くなる。

 

 星の力。その基準はさまざまだが、もっとも比べやすいのは重力である。重力が強い星ほど、その力にあらがうべく、そこに生きる生命たちは強くなる。逆に重力が弱ければ、そこに住まう生命は、強い重力のある星で生きる事などできないだろう。もっとも、マイノグーラは、まだこの星以外を知らない。知らないからこそ、この星で見た人という種類の生き物を見て、この星の大体の力を把握した。


「……把握した、つもりだった」


 そう。つもりであった。マイノグーラにとって予想外だったものが二つ。ひとつがこの星の守護者『龍』の存在。そして、もうひとつ。その龍に付き従うような『ブレイダー』と呼ばれる者だち。そして、ブレイダーもまた大分類で『ベイラー』の一種であった。


「明らかにこの星に見合っていない力たち……こいつらは」


 龍とベイラーに、愛しの猟犬たちは良いようにやられている。この星に似つかわしくない力を持ちあせた二つ。それら二つが、まるでこの星そのものとは、また別の由来を持つような。


「まさか、こいつら()?」

「真っ向!」

《唐竹ぇ!》


 ある種の可能性にまで思考が奔っていくのを、敵の攻撃に対しての迎撃で即座に戻される。敵は最大の威力をもった攻撃を仕掛けてくる。『静止する力』を受けた上で、である。


「《大切斬!!》」

「忌々しいっ!」


 もう何度目かになる毒を吐き、サイクル・ノヴァを炸裂させながら、大太刀の一撃を受ける。両手で真正面から受け止めた。大太刀に莫大な量のエネルギーが叩き込まれる。それらの余波を受け、空中で静止している破片がさらに粉々に砕け、また空中で止まる。


「折れた剣じゃ効かない!」


 衝撃が相殺し合い、間合いから遠のく。同時に『静止する力』を解き放ち、同じ時間の中で砕けあった破片が、時の影響をうけ、塵と消えていく。


「(決着が、つかない……やはり)」


 器として選んだベイラーに不服はない。むしろ、セブンもこの力を使ったのだと思うと胸が高鳴った。それはそれとしてこの埒の明かない状況は彼女にとっては面白くない。


「(起きるまで戦い続けるしかない)」


 そして、その状況を打破するのは、龍の一撃を受け休眠している、背後の正六角形が目覚めねばならない。マイノグーラの居城であるその城こそ、彼女がこの星にやってくるために使った、いわば船。船の名もまた、ティンダロスであった。


「(起きてしまえば、龍を殺してしまえる。そうすればこんなベイラー達など)」


 いつ起きるかどうか。そこがマイノグーラにとって問題であり、その時間は、まもなくであった。



「残り二匹!」


 新たな姿となったミーン。彼の欠けた手足を補うように、ジョウが力と姿を分け与えた。


《腕って、こんな感じなんだ》


 ミーンが、ワキワキと腕を動かす。元来持っていなかった部位が生えた事で戸惑いがあったが、違和感はない。最初から己の手であったように、体に良く馴染み、そしてよく動いた。右手のドリルは何者をも打ち砕かんとよく周り、左手は、今まで掴む事のできなかった物を掴める確信がある。


《左手は……ジョウだって、無くしてたのに》

 

 ジョウの身の上は、フランツから聞いていた。この帝都で行われていた『消毒』によって、半身が焼け爛れ、左手は使い物にならなくなってしまった事を。ミーンには、その使い物にならなくなる前の、ジョウが本来持っていた左手がある。


「ジョウは、お前に使ってほしいって思ったんだろう」

《そっか》

「俺も、お前が使ってくれる方が嬉しい」


 ミーンのコックピットの隅で窮屈そうにしながら、フランツが笑う。相棒を失った事に悲しむより先に、相棒が、その力を少しでも残そうとした結果として、友を助けてくれたことが嬉しかった。


「……最後まで口数の少ない奴だったな」

「あとで、ジョウの事を教えてよ」

「ああ。たくさん話してやるさ」


 このまま、思い出話に花を咲かしたくなる。だが、ここは戦場である。


《ナット! また来る!》

「見えてる!別のデカイ奴!」


 状況が語らう事を許さない。アマルガムイスラがミーンを認め、こちらに無造作に拳を振り下ろしてくる。攻撃の動作は遅く、今のミーンであれば避けるのは造作もない。避けるのはいいが、しかし反撃しなければ勝つ事はできない。


 反撃すべく、ナットはミーンの操縦桿を握りしめ叫ぶ。


「吹き荒べミーン!」

「あいあいさー!」


 以前であれば、このまま《暴風形態》へと移行できたが、今は、あるプロセスが必要だった。


「歌え!」

《”赤き炎はその全てを灰とする”》


 ジョウから託されたのは、なにも力だけではなかった。彼が好きだった古い歌もまたミーンへと託していた。ミーンならば、この歌を歌ってくれるであろうと思ったのかもしれない。そして、その目論見は見事に的中している。


「”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”」

《”われら獣の愚かを超えるべく血を集めよう”》

「《”大皿に血を集め捧げよう”!!》」

「(こいつらは、こう歌うのか)」


 ジョウとフランツと、静謐な調べとはまた違う、祈りと決意を胸に秘めた力強い歌を聞き、こんな歌い方もあるのかと感心する。


「(……でも、あいつは、あの歌い方がいいって言ってたんだなよな)」


 ふたりで、ああでもないこうでもないと、一番力が漲り、かつ一番気に入るやり方を試行錯誤していた事を思い出す。


「(きっと、こいつらもその内、一番気に入る歌い方を見つけるんだ)」


 ミーンが加速し、負荷がかかるのを全身で感じながら、この戦いの先、未来のふたりに想いを馳せる。


「(俺とジョウが教えた歌が歌い継がれていくのか)」


 ミーンが、迫りくる巨躯に向け、ドリルを向ける。加速は止まる事なく、最高速度を更新し続けながら、壁のような拳、その中心部を穿つ。がりがりと骨を、肉を、血をくりぬき、腕から肩にかけてまで、一直線に貫き通していく。そして、ミーンは肩から背中へと抜け、瓦礫の上を滑るようにして着地していく。そして、大穴を開けたアマルガムイスラの腕は、支えを失ったようにボトリと落ちる。同時におびただしい量の血肉があたりに飛び散っていく。


「今の僕らは」

「《負ける気がしない!》」


 己の力。そのあまりの手応えに、思わず拳を天へと掲げる。いままで、この掲げる行為すらミーンには許されていなかった。驕りは勝負においては禁物だが、腕を使って喜びを表現する方法がいままで無かった。それが、こうして左手で拳を掲げる動作ができる。その事実がひたすら嬉しかった。


《コレ、一回やってみたかったんだ》

「なら、勝った後いくらでもやってあげる」

《うん!楽しみ!》


 まだ勝負はついていない。気を緩める事はせず、しかして容赦もせず、追撃をしようとした時。ふとミーンの元に、ヒュンと、一本の弓矢が放たれた。


 そう、弓矢である。たった一本の弓矢。そのあまりの突然の攻撃、しかもベイラーにとっての無意味な攻撃に、音にも迫る早さで動き回れるミーンの動きが止まってしまう。一本の弓矢は、ミーンの肌に刺さるものの、それ以上の効果はない。引き抜く事すらしなくとも、そのままカランと矢が落ちた。


《ナット、今の何?》

「確認する!」


 アマルガムイスラからの攻撃ではなかった。であるならば、別方向からの攻撃であり、それはどこなのか探る必要がある。アマルガムイスラの反対方向、瓦礫の山の中でソレは見つかった。


「ひとだ……ひとがいる!」

《まさか、聖女の軍勢!?》


 聖女の軍勢。マイノグーラに与する信者たちの総称。今やその半数以上がアマルガムイスラの『材料』となってしまっていたと勘違いしていたナットにとって、人間が生き残っていた事実に歓喜していた。


「守ってやらなくちゃ!」

《で、でも》

「いくらマイノグーラの信じてても、ああなるって見ればわかるさ!」


 ナットの見立てでは、マイノグーラを崇める事が不可能だと断じていた。マイノグーラの甘い誘惑がどのような物だったのかは知らないが、いざ信じた上で、あの巨体、アマルガムイスラにされてしまうのであれば、信じる事はしないだろうと。


《でも、矢を撃ってきたよ》

「怖がってるだけだ。あの! そこの人達!」

「……」


 瓦礫の影にかくれていたのか、ぞろぞろとかなりの人数が現れている。その手にあるのは、凶器たりえるが武器たりえない代物たち。即席なのか、粗末なつくりをした弓と矢をもった物たちもいる。さきほどの攻撃は彼ら即席弓兵豚部隊が行ったのだと理解できた。


「動けますか!? 動けるなら僕らに続いて――」

「来るな化け物ぉ!」


 再び、弓矢が放たれる。やはり弓矢がミーンに刺さる事はなく、カランと落ちてしまう。だが何より、ナットは、『人間に攻撃された事』に愕然としてしまう。そして追い打ちするように、現れた聖女の軍勢は、ナットをなじり始めた。


「お前達が死ねば、俺たちは聖女様から褒美がもらえるんだ!」

「先に褒美をもらった奴らと同じように! 俺たちももらうんだ!」

「(……褒美?)」


 今まで、聖女の軍勢が口をそろえていっていた『聖女様からの褒美』が、一体なんなのか、ナット達はついぞ知る機会がなかった。


「褒美って、何がもらえるんですか」

「最初は……おそろしかった、だが、お前達を簡単につぶせるあの力は素晴らしいものだ!」

「(ま、まってまって。まさかこの人達)」


 会話がどうにもかみ合っていない。だが、その褒美の内容が理解でき始めた。理解し始めたからこそ、ナットは軍勢の思考が全く理解できない。

 

「アレは、あの巨人こそ! 聖女様に近づける姿だ!」

「(こいつらの目的って! アマルガムイスラに成る事なのか!?)」


 ナットにとってその目的は、到底理解できないかつ、理解したいくない目的だった。もっとも、ナットの理解には誤りがある。彼らは、アマルガムイスラになりたい訳ではない。ただ、この世界から解き放たれ、マイノグーラと同じ、もしくは近しい存在になる事であり、そしてマイノグーラは、彼らを自分と同じ『星の外から来た者』とすると約束したのだ。


 星から解き放たられたならば、もう人種も国も関係ない。明日を生きる為に飢えるも、争う必要もない。マイノグーラはそのように誘惑した。猟犬によって極限状態に追いやられた人々にとって、明日を生きる確約はなによりの誘惑だった。なにより、マイノグーラは目の前でその猟犬を従えてみせたのであれば、弱った心にとって劇薬となった。


 それら全てがマイノグーラによる自作自演であるとは、彼らは夢にもおもっていなかった。そして同一にすると謳った上で、実際に力を授かった結果生まれたのが、巨大なヒトガタ、あのアマルガムイスラである。一部の軍勢は、その醜悪な姿に離反を決意していた。もっとも、その離反者たちは猟犬の餌となっている。


 もはや軍勢に選択肢は存在しておらず、ただマイノグーラを信奉し、褒美を得る事でしか存在する理由が掻き消えている。そして、彼ら軍勢にとって、マイノグーラの障害は己の障害である。


「あのベイラーに爆弾を喰らわせろ!」

「『堕ちベイラー』もだせ!」

「(おいおいおいおい!?)」


 そして、人々は同じ人間を殺すべく、その手段を用意しはじめる。戦場で拾ったであろう人工ベイラー。もはやその名称すら分からず、コックピットが欠け人間が丸見えの状態である。『堕ちベイラー』は俗称であり、彼らにとっては代えがたい戦力かつ移動手段だった。


 そして即席弓兵部隊は、その矢に、導火線の付いた爆薬を括り付け、再びミーンを狙っている。同じくコックピットにいたフランツが、遠目でその爆弾を見て、血の気が引いた。


「ナット逃げろ」

「で、でもあの人たちを助けないと」

「あいつら爆弾を使う気だ」

「爆弾!?」

「あの形、俺たちにも渡された。アルバトがこさえた奴だ。奴ら目ざとく見つけてたんだ」


 アルバトが開発した新型爆薬。その威力は絶大であり、樽の大きさにまで火薬を詰めて爆発させれば、家屋数個はいとも簡単に吹き飛ぶ威力がある。その爆薬を使った爆弾が、今まさにミーンに放たれようとしている。一本一本の弓矢に括り付けられている為、総量はそうでもないが、数がある。


「(僕らだけなら爆弾は避けられる。でも、もし僕らから狙いが外れて、コウ達に、他の仲間に行くとマズイ!)」


 自分達の背後にはコウ達が居る。空中で縦横無尽に剣戟を繰り返している彼らに、万が一でも爆薬付きの矢が当たりでもすれば、ソレ自体が致命傷とはならずとも、一瞬の隙をマイノグーラの前で晒す事になる。そしてその隙こそ、コウ達にとって致命傷となる。


「こうなったら僕らで囮に」

「ナット! デカい奴がまた来る!」

「だぁあ! めんどくさい! ミーン! とにかく動く! コウ達の位置に気を付けて!」

《あいあいさ!》


 聖女の軍勢とアマルガムイスラ。二つを相手取り、かつ仲間の位置関係にも気を配らなければならない。自身が如何に早くても、仲間が傷ついては意味がない。今までにない経験と状況だった。


「せめて片方でもなんとかなれば」

「弓矢!撃てぇえ!」

「ナット!来るぞ!」


 号令と共に、即席弓兵たちが矢を放つ。導火線に火がついており、一斉射が弧を描いて迫る。総勢十五本ほどの弓矢。弓矢そのものの威力はさほどではないが、爆薬の存在が危機感を煽った。


「とにかく避けるしか―――」

「伏せろぉおお!」


 ミーンを加速させようとしたその時、遠くから、耳をつんざくような大声が響き渡った。それは鍛え上げられた戦士の野太い声で、その声量を前にナットは思わず怯み、そして指示通りミーンを屈ませる。次の瞬間、迫る弓矢を、投擲されたであろう二本の湾曲した剣がそのことごとくを切り刻んて行く。弓矢は途中で叩き折られ、失速し、そして導火線は爆薬に達した事で、空中で爆発した。


 閃光と爆風、そして衝撃が一遍に、誰もかれも区別なく襲い掛かる。


「今の声って」

《なんだ。空色に夕焼けが混じっているなぁ》


 閃光が落ち着き、目を見開くと、いつか見た鉄の鎧を身に纏ったベイラーがいる。包帯が要所要所に巻かれており、爆風によって生まれた風によって切れ端が靡いている。


《シュルツだ!》

「アンリーさん!」

「おう。しばらくぶりだな」


 砂漠の地で出会った放浪の民『ホウ族』の戦士。アンリー・ウォローと、その相棒シュルツ。ベイラーでありながら鉄の鎧を身に纏う、アンリーの剣である。


「しっかしまぁ、人が相手かぁ。ナットには荷が重いだろ」

「そ、それは」

「ここは任せなよ」

「でもアンリーだけじゃ」

「何。あたしだけじゃない」


 シュルツの肩から、ストンと降りてくる人影。片手に剣を持ち、片手に、剣を防ぐ為のソードブレイカーを持つ、変則の二刀流使い。


「俺では不服かな。ナット君」

「ら、ライ様!?」

「ここは任せてくれ給えよ」


 返り血で全身染まっているライであるが、息がまったく乱れていない。ライがが前線で戦い続けていた事はナットも知っている。そのライに、この軍勢を抑えてくれるのならば、状況はかなり好転すると考えた。


「お、お願いします」

「ああ、お願いされよう」


 ナットはライとアンリーにこの場を任せ、アマルガムイスラの元へと全力で向かう。黒煙を上げ、あっという間に見えなくなる。

 

「さて……砂漠の戦士は人工ベイラーの方を頼めるかな?」

「頼まれてやるよ色男……スゥウウ」


 アンリーが息を大きく吸い込む。そして、先ほど投擲したものと同じ武器を作り上げる。片刃で湾曲し、斬る、突く、組み合う事が可能な湾曲剣


「我が名はアンリー! アンリー・ウォロー! ホウ族、そして占い師アマツの戦士である!」

《このショーテルに斬られたい奴からかかってくるがいい!》

「はっはっは! 気持ちの良い奴だ!」


 堂々たる名乗りを上げ、ホウ族の戦士アンリーが叫んだ。ライはその気風の良さに笑った。『聖女の軍勢』は、彼らを前にし、ただ雄たけびを上げて攻撃する他無かった。


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