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ベイラーと託されし力


 アマルガムイスラの巨体が、大きく倒れていく。土煙を上げ、破片と血肉をまき散らし、そのままぐったりと動かなくなる。巨体相応の力があり、猟犬よりもずっとタフであるが、猟犬にはあった、再生する特性がなくなっている点で、カリン達はかろうじて勝機を見出していた。


「フランツ! 今の見た!?」

「見た。あいつらどうも不死身じゃないらしい」


 アマルガムイスラに、黒煙を上げてまとわり続けながら、ナットとフランツが顔を見合せる。彼らの相棒たるミーンとジョウにあるのは、圧倒的な速度であるが、アマルガムイスラに対して、コレといった有効打を与えられていない。手足の隙間を縫うようにして走り回る事で、アマルガムイスラをここに釘付けにしている。釘付けにできる事自体は異様ではあるが、それでも倒せないのが、彼らにとって歯がゆかった。しかし、彼らがここで戦い続ける事が無意味という訳でもない。アマルガムイスラと戦う事で、中央でマイノグーラと戦っているコウ達は、こちらに意識を向ける必要がなくなる。


「(そのほうが、白い奴が戦いやすいか)」


 別段指示された訳でもなく。自然とフランツはナットと共に行動をしていた。自分達の相棒であれば、この大きな化け物相手に、勝つ事はできなくても負ける事はないと確信していた。実際、アマルガムイスラには、その巨体による攻撃を除けば、ただの巨大な肉の塊であり、鈍重で鈍足で鈍くさい


「(ここで時間を稼げば、あのやせっぽっちの奴がこっちに来てくれる。それまでの間はここで戦う)」


 そして、その鈍重で鈍足なアマルガムイスラが、経った今目の前で倒れ込んだのを目撃し、笑みを隠せない。倒し方の例が見られたのであれば、あとはその繰り返しを続けるだけ。


「ナット! あの細い奴をこっちに呼んで来い!」

「細い奴って誰の事?」

「あの、あー……えっと、あの赤いベイラーの乗り手だ」

「ああサマナさんの事か!? え、そんなに細いかな」

「いいから呼んで来い。俺じゃ顔と名前がまだ分かない」

「わかった! 気を付けてね!」

「ああ」


 サマナ。それが赤いベイラーの乗り手の名前。自己紹介はされていたはずだが、それでもまだ名前と顔が一致していない。赤いベイラーに乗っているのも、戦いの最中でようやく思い出した程度だった。ナットが特に疑問に思う事もなく、時間稼ぎから離れようとする。二対の黒い煙、そのひとつが別方向へと向かって駆け出して行った。


「さて、もう少し付き合ってもらうぞ」


 ナットを見送り、目のついていないアマルガムイスラの顔を見る。顔らしい部品が見当たらないが、一応顔に該当する部分がある。頭との区別はまだついていないが、頭部の表面という部位は存在している。目も鼻も口もなく、のっぺりとしている。皮がないため、肉がむき出しで赤黒い。他の部位も似たようなもので、皮と呼べる部位がないため基本的に赤黒い肉が丸出しであった。そして動くたびに、時折内部から骨が突き出し、中から血液が噴水のように噴き出している。


「(ただただデカイ)」


 フランツは率直な意見を述べる。コミュニケーションなど到底不可能な存在であり、ここで対処しなければ、猟犬と同じように、この星に住まう人々に多大な被害が及ぶのは明白。建物はこの巨体にすべて押しつぶされ、農作物はその血で汚される。とてもではないが、この血が付着した農作物がまともな味になっているとは思えなかった。


 そして何より、この化け物には猟犬と異なり、水が効かない。猟犬の弱点であった水を克服していると言う事はつまり、この化け物が海へ侵入可能な事を意味していた。


「あの白いのが親玉を倒したとしても、こんな奴が残ってたら、駄目だ」


 海を渡り、他国を蹂躙する様がまざまざと思い浮かぶ。そしてなにより、この帝都の港をでて、真っ直ぐ進むと、そこはサーラである。その国は、フランツ達にとっての希望。


「サーラが無くなったら、ソフィアが悲しむ」


 帝都のスキマ街に生まれ落ち、今は、ただひとりの肉親として共に生きてきた妹。その妹が行きたいと願っている国。


「俺たちはそこで、まっとうに生きるんだ。そうだろうジョウ!」

《ああ。そうだな》

「その時は、お前も一緒だ」

《それは、いいな。とてもいい》


 淡々と相棒が応える。だが、彼もまた喜んでいるのが、操縦桿越しに伝わってくる。彼もまた、スキマ街で、朽ちていくだけの存在だった。半身を焼かれ、片腕を失い、気力を失っていた彼と出会えたことを、フランツは生涯忘れる事はない。今は、彼以外のベイラーに乗る事など考えられ無い。


「歌え!! 」

《”赤き炎はその全てを灰とする”》


 古い詩を紡ぎ、ジョウの体もまた煙を上げる。そして、右手のドリルが高速で回転していく。


《”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”》


 ドリルを突き刺し、抜きとり、また突き刺す。何度やっても手応えが薄く、それでいて深く進もうとすると、血肉が邪魔をして、一向に進まなくなる。故に、刺しては抜き取り、刺しては抜き取りを繰り返す。返り血でジョウの体が真っ赤に染まっていく。


「”われら獣の愚かを超えるべく血を集めよう”」

《”大皿に血を集め捧げよう”!! 》


 ベイラーとも猟犬とも違う手応えに戸惑いながら、それでも何度も突き続ける。そのたびに、アマルガムイスラがその手で払いのけようとしてくるが、高速に動き回るジョウをとらえきれない。


「ノロマがぁ! 」


 吐き捨てるように飛び退き、背後へと回る。フランツが狙っているのは一点。腰である。


「(どう見てもデタラメだ。だが)」


 アマルガムイスラについて分かっている事はすくない。猟犬とも違う性質なのはいわずもがな。なにより弱点が見当たらない。それでも、サマナ達の攻勢の中で明らかになった事がある。無秩序に見える肉の塊にはひとつの法則がある。


「(こんな成りでも、奴ら()がある)」


 骨。肉体を支える部位であり、実際アマルガムイスラの肌には無数の骨が突き出している。だがフランツが言っているのは、見かけの事ではなく、構造体としての骨であった。フランツには医学の知識はない。骨がなんであるかはよく分かっておらず、どれほど人体にとって重要なのか理解していない。


 ならばなぜ、骨を見つけた事に彼がほくそ笑んでいるのか。


「骨ってのは折れるとヤバイんだ。特に腰のは!」


 彼が奴隷として働き続けられたのは、健康体であったコトに加え、彼の前に何人もの同じ奴隷が、腰を痛めてそのまま働けなくなった点もある。フランツはその経験からして、生き物には腰があり、骨があり、そこを痛むと支障が出ると知って居るだけである。


「ジョウ!」

《貫けぇ!》


 背中にまわり、両足の生えた腰部分にドリルを突き刺す。先ほどと似た感触が伝わり、そして先ほどまでであれば、ドリルが止まる位置まで掘り進めると、途端に硬い手触りへと変化し、フランツが確信を得る。


「はっはっは! 立派な骨がありやがる! ソフィアに分けてやりてぇなぁ!」


 妹に頑丈な骨があれば、両足ももっと自由にうごけたろうに。


《駄目》

「駄目か?」

《ソフィア、嫌がる》

「それもそうかぁ! このまま進めぇ!」


 一瞬過った些細な願いを振りはらい、アマルガムイスラの腰を掘り進める。腰骨にあたる位置に正確に穴が空いていき、同時に大量の血肉が舞い散っていく。確かな手ごたえのまま、肉を潰す音から、がりがりと、石を削る音へ変化する。返り血の代わりに黄ばんだ骨の欠片がまき散らされていく。そして、しばらく掘り進めると、目の前が開けていく。


 ボトリ、とジョウがアマルガムイスラの中から(正確には、背中から入り、そのまま正面へと)飛び出していく。


「通った!」


 そこそこの高さから落下し、ジョウが転がりながら衝撃を緩和する。そして敵の姿を今一度認めんと顔を上げると、その敵から、聞いた事のない音が響き渡っていた。


「……なんだこの音?」

 

 アマルガムイスラには動きはなく、聞こえてくるのは、パキパキと乾いた音。その音が、連続し、かつ徐々に大きくなっていく。アマルガムイスラが動かない事を良い事に、フランツは改めて距離をとる。


 次の主観、音が一際大きくなった時、アマルガムイスラの、右足の付け根から下が大きく裂け、そのまま下へと落下していった。当然、アマルガムイスラは、這いまわっていたような形であるため、バランスが大きく崩れ、そのまま倒れ込んでしまった。大量の血と骨と、瓦礫が混ざって吹き上がり、あたり一面に嵐のように吹き込んでいく。やがて舞い散った埃が落ちつくと、そこには片足を無くし、そして腕の力だけでなんとか這いずり回ろうとしているアマルガムイスラの姿。進行速度は五分の一ほどに低下し、なにより体を支える為に片手が塞がっており、注意すべき攻撃が左手のみに限定された。


「……勝てるかも、しれない」


 ドリルが通用する部分であれば貫通でき、そして貫通できる部位であれば、アマルガムイスラを崩壊せしめる。いままで勝てないと思っていた相手に、ほんの僅かでも光明が見えた。


「なんだ、別に呼ばなくてもよかったな」


 緊張の糸が切れたのか、肩の力が抜けていくのを感じる。目の前にいるアマルガムイスラはこちらに来ようとしているが、進行速度が遅く、たどり着く事には日も傾いている。


 ふと、目線を横にすると、さきほど、サマナ達を呼ぶように頼んでいたナットが、海賊たちを引き連れすでにこちらに戻ってきていた。そして、しきりにこちらに向かって何かを叫んでいるのが聞こえた。


「遅いぞナット。足の速いお前らしくない」


 ベイラー達には表情が無く、口も無いため必死の形相をしている訳ではない。それでも、彼らが、何かを伝えようと必死に身振り手振りを繰り返している。ナットに至っては、ミーンを暴風形態にしてまでこちらにやってきていた。


「……なんだ?」


 さすがに異様だと感じ取り、あたりを見回したとき、フランツは自分の視野が如何に狭かったのかを思い知る。勝てそうになり余裕が出たせいであるが、今は原因を探っている時間はなかった。


 倒れて進みの遅くなったアマルガムイスラ。その両サイドから、さらにもう二体がぬるりと現れ、そして、ジョウめがけ、その巨大な拳を振り下ろしていた。


「(近すぎる! 間に合わない!)」  

 

 ジョウも暴風形態へと移行すべきであったが、あの形態に移行するのはサイクルを最大限に加速させ続けた先でたどりつくものであり、ある程度移行までにタイムラグがある。


 そのタイムラグは、この瞬間では致命的であった。このままでは、文字通りジョウごと押しつぶされてしまう。コックピットがいかに頑強でも、質量で押しつぶされては意味がない。


「すまん、ソフィア」


 絶体絶命の時。とっさに出たのは、愛する妹の名前だった。



 爆音と衝撃。そして一拍遅れて届く破片と埃。それら全てが収まる頃、舞い散る破片を弾き飛ばしながら、ミーンが壁に激突し、静止する。


「……いき、てる」

「フランツ、無事?」

「無事、だが、コレは―――!?」


 ミーンが、ジョウに体当たりをして間一髪、脱出したと悟る。だが、完全に脱出できた訳ではなかった。操縦桿を握り直し、視界と意識を共有すると、ジョウと、そしてミーンの体を見て絶句する。


「ぎりぎり、間に合ったん、だけどさ」

「お前たち、そんな、これじゃぁ」


 ミーン達は、完璧に押しつぶされる寸前で、なんとか外へと躍り出た。だが、あくまで押しつぶされる寸前の話。ミーンは飛び退くさいの右足を、ジョウは左足をが大きくひしゃげてしまっている。コウの手当をしなければまず治らない。そして、コックピットもまた、圧壊寸前であり、そこら中にヒビが入っていた。


「あの、白い奴の力をかりれば!」

「駄目かも、コウ、忙しいし」


 たはは、とナットが力なく笑る。彼は無策で飛び込んだ訳ではない。かならずミーンと共に脱出できると信じての事だった。だが、その目論見が外れてしまう。


「あいつら、急に動くが速くなった」

「……アレのせいだろ」

「アレ?」


 フランツの目線の先には、倒れたアマルガムイスラの肉体が、他の二体へとずるずると引きずられていくのが見えている。血管と血管が硬く結びつき、そのまま一本の血管へと変化していく。肉と肉がまじりあい、さらに多きな肉片へと。


「あいつら『アレ』で自分達を強くできるんだ」

「じゃぁ、アマルガムイスラを動けなくさせても、無駄ってこと?」

「かもな」


 アマルガムイスラには再生能力がない。膨大な生命力で他者を押しつぶす使命を帯びた存在。そこに思考も言語も必要ない。あるのは、どんな状態になっても、必ず使命を全うする為にそなわった機能。


「壊れても、別の仲間が取り込んで、さらに力を増す。ったくよくできてるよ」

「そんな事言ってないで、はやくここから逃げよう!」

「どうやってだ。得意の足はもう使えねぇ……ジョウ、どうだ?」

《―――》

「ジョウ?」


 ふと、相棒に問いかけても、返事が返ってこない。ジョウは口数が少ないが、それでも、呼びかければ返事のひとつは返してくれた。だが今は、一応反応はしているものの、言葉が帰って来ない。


「……まさか」


 悪い予感が胸に突き刺さり、そして衝動のままコックピットから頭を出す。すると。ジョウの頭は、すでに()()()()()()()()()()()バイザー状の目は砕けちり、中から発行体が露出している。その光も、弱々しく、今にも灯が消えそうだった。


「おいジョウ、嘘だろ? 」

「そんな、ジョウが」

「……はは、ジョウがコレで、足も駄目、もう無理だ」


 勝てるかもしれない。などと甘い夢をみた報いなのだと、フランツは思った。もしくは、いつか自分に降りかかるであろうと思っていた不幸が、今この時降ってきたのだと。


「ほんのちょっとでも、俺がいい気分になれた事が、そもそもいけなかったんだ」

「フランツ?」

「当然か。俺は今まで盗みも、殺しも、騙しもた。そんな奴が、こんないい目にあったらいけなかったんだ」


 スキマ街で生きていく為に、奴隷となってでも、妹を守る。その為ならばなんでもやった。スキマ街には法も秩序も関係ない。仕事であれば、フランツは悩む事なく、躊躇する事なく実行し続けた。


「だから、コレは報いなんだ」

「ちがう!!」


 己のせいで窮地に陥った。そして、己のせいでこうなったのなら、なにも悲観する事はないとまで思っていた。だが、その悲観に、否と言ってくれる者がいる。


「フランツが何の為に頑張ったのか僕は知ってる!」

「そうかよ」

「やっちゃ駄目な事だって分かってても、やんなきゃいけない時がある! それって自分の大切な者を守る為だ!そうだろフランツ!」

「ああ、そうかもなぁ」

「だったらあきらめちゃ駄目だ!」

「……なんでお前がそんな必死なんだ」


 単なる疑問だった。フランツにとってナットは、奇妙な間柄だった。雇い主がいた為に敵同士であったはずなのに、いつのまにか、自分の妹を仲良くなっている。誤解もあったが、その誤解はすでに解きほぐれている。そんなナットがなぜ、自分をここまで見てくれているのか、あまりピンと来ていなかった。彼らと共に居る時間は短く、その謎を解く暇もなかった。


「だって、フランツの守りたい人はまだ生きてる! 会える! だからあきらめちゃ駄目だ!」

「もしかして、お前は」


 それは、会えなくなった人が居なければ、決して出てこない言葉だった。


「盗みも殺しもした奴を僕は知ってる! そいつは、なんの反省もせずにのうのうとまた人殺しを続けた! でもフランツはちがうんだろう!? 妹さんの為だったんだろう!?」

「……お前、すげぇこと言ってるなぁ」

   

 誰かの為であれば、盗みも殺しもしていいのか、と言いかけた。だが、ナットはその言葉は想定していたようで、そのままかぶせるように叫ぶ。


「フランツはそれしか知らなかった! でもこれからそれ以外を知れる!」

「……」

「だからあきらめるな! 僕と一緒に来い!」

「……なんで、そこまで言ってくれるんだ」


 心底、心底分からなかった。仲良くしてくれるのは、きっとジョウの乗り手としての価値が自分にあるからなのだと。だが、そうだとしても、ここまで自分の事を考え、妹の事まで考えてくれるのは一体なぜなのか。


「馬鹿! 友達だからに決まってるだろ!」

「……」

「サーラに行くんだろ! だったらこんな所で終わっていいはずがない!」

「……そっか」


 不思議と、笑みが零れた。胸の内に暖かいものが溢れる。


「(友達、かぁ)」


 言葉に出して初めて実感する。自分は、いつの間にかナットと友達になっていたのだと。


「……ありがとう。その言葉だけで満足だ」

「満足するな! なんとか脱出を」

「無理だ。ジョウが、死んじまってる」

《……否》


 か細く、小さい、だが確実なジョウの声が、フランツの耳に飛び込んでいくる。


「ジョウ!? 頭やられてるのに、生きてるのか!?」

《……まだ、だが……もう、すぐ……死……ぬ》


 だが、ジョウの事態は切迫してるのは変わりなかった。彼は今、死の淵におり、そして最後の力を振り絞って、何とか声を出しているような状態だった。


「もういい、しゃべるな……最後まで一緒にいてやるから」

《駄目、だ》

「な、なんでだよ」

《妹、が、かなしむ、だろう》

「そ、そうだけど、でもコレじゃぁどうしようも」

《空色の、ベイラー……そこに、居るな?》

《いるよ》

《……お前に、託す》


 ゴロンと、ミーンに寄り掛かるようにして、ジョウが体を預けた。その衝撃で、壊れかけたコックピットが割れ、中からフランツが落ちてくる。操縦桿を握り、落ちまいと踏ん張っていると、突然ジョウがコックピット内のサイクルでフランツを押し出し、外へと追いやってしまった。対してミーンは慌てて、自分のコックピットの中へフランツを迎え入れる。ゴトリと頭を打った鈍い音を立てたものの、フランツがが起き上がって抗議する。


「ジョウ! 何するんだ!?」

《……ここまでの旅路、長く、辛い事ばかりだった。お前と会うまでは》


 ジョウの過去、フランツは聞き及んでいる部分は、己と出会う前。さして乗り手に恵まれず、行きついた帝都で体を焼かれた。そのまま朽ち果てようとした時、自分と……フランツとジョウは出会った。


《あれから、存外長かった……本懐を遂げんとするは、今》

「本懐!? まさかお前」

《だが、本懐よりも、大切な事がある》

「本懐よりも、大切なこと?」

《空色のベイラーよ。頼みがある》

《何?》


 ミーンは、拒否するつもりはなかった。なんとなく、彼がやりたい事を理解している。きっと、自分が、ジョウと同じ立場にいたならば、同じ事を頼むのであろうと予感もしていた。


《足と、両腕。連れて行ってはくれないか》

《……うん。いいよジョウ。ミーンと共に生きよう》

《ありがたい。ああ、ありがたい》


 ジョウは安堵し、そのまま、ぴくりとも動かなくなる。目の発行体から発せられる光も弱々しく消えていく。


「ま、まってミーン、ジョウは何をする気?」

《本懐を果たそうとしてる。そのついでに、僕らに荷物を預けてくれるんだ》

「何? 荷物?」

《……フランツ》


 弱々しい声と光が、フランツの名を呼ぶ。


《交わす言葉が少なくて、すまない 》

「言葉がなくたって、知って居たよ」

《何も与えてやれなくてすまない 》

「おまえのおかげで、何よりも大切なものが、出来たよ」


 そして、最後に、彼が紡ぐは、全てのベイラーが持つ、人に対しての祈り。


《……生まれ出ずる……全ての子らに祝福あれ。我が本懐、ここに、遂げん》



 戦場に不釣り合いな、大きな木が突如として生え始める。幹も葉も真っ白で、まだ身を成していない巨木。ベイラーが生まれる木。


「ソウジュの、木だ」

「誰!? 誰がソウジュに成った!?」


 黒騎士が、カリンが狼狽える。それでも、相対する敵から目を離す事ができなかった。


 ベイラー。ソウジュベイラーの略称であり、その体は実であり種である。そして彼らは、己が生まれ落ちた場所より、より遠くに行くために、人の手を借りるようになった。そして、いつしか、借り受けた人と共に、本懐を遂げるベイラーが現れる。それが、人の命を、時間を奪う行為だと分かっていても、同じ時を生き、共に生きてきたかけがえのない相棒が、傍にいてくれるだけで、ベイラーは、喜びを感じるようになった。


「フランツのとこのベイラーだ。ジョウとか言ったっけ」


 サマナがいち早く、ソウジュとなったベイラーに検討が付く。纏っている流れが、ジョウと同じものだった。


「でも、こりゃぁ」


 だが、生まれたソウジュの木は、自分の知識と照らし合わせても、貧相と言わざるおえなかった。幹も枝も細く、葉のつき具合もまちまち。ソウジュの木は、それこそ人が住める城のような大きさになる事もあるが、ジョウが成った木は、建物よりほんの少し高い程度。全体的に、どこか頼りない。


「(ソウジュの木が、こんなに弱々しくなる事があるのか?)」


 まるで、本来成長に使うべき栄養を、別の物に使ったような、そんな違和感があった。そして、たった今生まれたはずのソウジュの木が、内側からパキパキと朽ち、枯れはじめた事で、その違和感が決定的な物になる。サマナの目に、まったく別の流れが、朽ちたソウジュの内側からあふれている。


「この流れって」


 朽ちたソウジュの木の中に、別のベイラーが、ひっそりとたたずんでいる。その肌は、鮮やかな空色にと、波打つグラデーションのかかった、まるで夕焼けのような色合いの肌。そしてなにより、その体には両腕がある。ベイラーとしての左手。そして、何者をも穿つドリルが備わった右手。


「あのベイラーは、一体」

《接ぎだ》

「接ぎ、って、接ぎ木の事?」

《夕焼け色のベイラーが、空色のベイラーに体を()()()やったんだ》

「でも、接ぎ木って、もっと時間が……あ!」

《本懐を遂げる為の力を使ったんだ……物好きな奴だ。だが嫌いじゃない》


 ソウジュの木の中から、新たな姿となったミーンが、足どりを確かにして立ち上がる。折れた足も治り、そして、今までなかった右腕があった。


「ミーン。調子はどう?」

《腕って、こんな感じなんだねナット》

「ああ、ああ! そうだな」

《コレ、たぶんジョウが、ミーンにくれた腕だ》

「ああ。そうだな」

「ジョウも、そこに、居るんだな」

 

 ナットが、フランツが、ミーンの姿を見て確信する。ジョウは、確かにミーンに力を分けたのだと。たとえそれが、己の本懐が遂げられずともいいのだと。


 新たなベイラーの出現に、二体のアマルガムイスラが迫る。ジョウにそうしたように、ただ拳を振り下ろすだけの攻撃。だが、その速度も威力も、最初に見た時よりずっと早く重くなっている。


「吹き荒べミーン!」

《あいあいさー!》

「(ああ、ナット達はこうやって気合をいれていたのか)」


 なし崩し的にコックピットへと入り込んだフランツは、二人の声かけに、思わず感傷的になった。己の元相棒は、歌う事で、気合が入っていた。


「(ミーンにあるのは手足だけだ。アレまで分かるわけが――)」

《……あれ……なんか》


 ミーンが体を震わせ、右手を掲げた。サイクルが回り始め、その回転がどんどん大きく速くなる。その最中、ミーンは、自分でも首をかしげならが、フランツに問いかけた。


《ねぇフランツ》

「なんだ」

《”赤き炎はその全てを灰とする”》

「!?」

《コレ、何か分かる?》


 全身に衝撃が走った。その歌は、フランツ以外で知って居るのは、愛すべき妹と、もう一人だけ。


「あ、ああ! 分かる。古い、歌だよ」

《そっか》

「その続きは、”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”だ」

《うん、なんでかね、分かる。その後は》


 ミーンにも、なぜこ歌を自分が知って居るのか理解できなかった。だが、その歌を教えてくれた存在は、良く知って居る。自分と同じ、足の速いベイラーが、相棒の乗り手とよく紡いでいた歌だった。


《”われら獣の愚かを超えるべく血を集めよう”》

「《”大皿に血を集め捧げよう”!!》」


 全身のサイクルが回り、黒煙をミーンが包む。そして、次の瞬間。


 殴りかかってきたアマルガムイスラの拳、その中心部に、ドリルで突き進むミーンの姿。肉という肉、骨という骨、血という血、アマルガムイスラを構成する全てを、ドリルで削り、登り、砕いていく。


「《突貫!》」


 ジョウが、本懐を捨ててまで与えた手足が、ミーンにさらなる力を与えている。拳から侵入したミーンは、そのまま肩まで掘り進み、そして貫いた。空中に躍り出た形となり、無防備となったミーンに向け、二体目のアマルガムイスラが迫る。すぐさまドリルで貫こうとしたが、纏わりついた血肉のせいで、とっさに回転しなくなった。


《ならば!》


 ジョウがくれた力も使い、ミーンは己の力も高めていく。あらたに出来た腕を存分に使い、空中での姿勢制御に利用する。迫る拳を、錐揉みの要領で回避した。そして、その巨腕を足場として利用すべく着地し、アマルガムイスラの顔面めがけ、一直線に駆け出していく。そして繰り出したるは、己の最強の蹴り技。さきほど回避につかった錐揉みを、今度は攻撃に転じさせる。


「サイクル」

《イカヅチ》

「《キィイイイック!!》」


 黒煙と爆音を上げ、ミーンの蹴りが、アマルガムイスラの画面を捉える。ごりごりと不快な音を立て、アマルガムイスラの顔面を真正面から蹴り穿つ。画面には大穴が空き、アマルガムイスラはその勢いで後ろへと倒れ込む。飛び上がったミーンは、瓦礫の上を滑るように着地していく。一旦黒煙が収まると、そこに居るのは、空色に夕焼けの色が差し込んだ、新たな姿となったミーンだった。


《「……あと、二体!」》


 新たな力を得たミーンによって、二体のアマルガムイスラが倒れる。これにより少しずつ、だが確実に、コウ達の戦いは終着に向かおうとしていた。


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