死闘ベイラー
今回! 死闘!!
「吹き荒べミーン! 」
《あいあいさー! 》
ミーンの体から、サイクルの高音と共に、黒煙が吹き上がる。
「歌え!! 」
《”赤き炎はその全てを灰とする”》
古い詩を紡ぎ、ジョウの体もまた煙を上げる。そして、右手のドリルが高速で回転していく。
《”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”》
「”われら獣の愚かを超えるべく血を集めよう”―――」
詩の一節を胸に、ジョウのサイクルが高速で回転していく。
《”大皿に血を集め捧げよう”》
黒煙を上げる2人のベイラー。ミーンとジョウが、それぞれ高速移動を行う。ふたりとも、最速に至る時間を、限りなく零に近づけ、加速時間を吹き飛ばし、一瞬で最大速度へとたどり着く。
「ナット! 足を止めるな! 」
「分かってる! 」
フランツの言葉に小気味よく返事しながら、ふたりのベイラーが、ケイオスを起点に縦横無尽に動き回る。最高速度を出し続ける事による移動。いままでは地上でしかその移動は発揮される事はなかった。
「どれだけ早くても、地を這ってるなら」
一瞬考え込んむような仕草をした後、マイノグーラは、ふたりを追いかける事を止め、地上を無差別に攻撃し始める。残った背中の2本の腕から、サイクル・ノヴァを発射していく。サイクル・ノヴァは、その性質として、照射する事が可能である。膨大なエネルギーを叩き込む攻撃であるが、その源が尽きぬ限り、攻撃を出し続ける事ができる。
一筆書きをするように、サイクルノヴァで地表をえぐり取っていく。動き回っているミーンやジョウ達は、抉れた大地に足を取られそうになり、即座にその場で跳躍する。その跳躍をした瞬間、マイノグーラの目が見開かれた。
「コレで潰せる」
マイノグーラは、飛んだベイラー達目掛け、両手を向けて、サイクル・ノヴァを放つ。空中に逃げる事を想定した上でも追撃。通常のベイラーであれば、逃げ場のない攻撃。サイクル・ジェットを持つコウや、ヨゾラと寄せ植えしたレイダでなければ、避ける事はできなかった。だが、今のミーンとジョウには、サイクルジェットを持たずとも、空中を移動できる。
「駆け上がれミーン! 」
「空を舞えジョウ! 」
ふたりはそれぞれ掛け声を叫び、その足を宙で賭けた。他のベイラーには無い、圧倒的な脚力が成し得る、空中疾走。体重がちょうど釣り合うその瞬間に、足で跳躍する事で、ふたりは文字通り空を走る。
「フランツ! 合わせて! 」
「やってみせる」
爆音と黒煙をあげ、ふたりのベイラーはサイクル・ノヴァを避ける。そして、追撃を想定し、鋭角の軌道を取りならが、マイノグーラへと接敵していく。
「……変な、事を」
《「変じゃない! 」》
マイノグーラが、静止する力を使おうと二人を意識した瞬間、コウが躍り出て、大太刀で斬りかかる。背中の腕はすでにミーン達に向いており、マイノグーラは、両手を使って迎撃せざる終えなかった。
ケイオス・ベイラークリスタルの腕が、大太刀に掴み掛かる。サイクル・ノヴァが手のひらから発射されるも、大太刀はその一閃を、真っ二つに斬り裂いていく。閃光があたりに飛び散り、瓦礫に当たって赤くなる。
「お前はあとで消してやるから待っていなさい」
「嫌よ! 」
《(カリン、やっぱり、あの力は)》
コウが飛び込んだのは、なにもミーンを助ける為だけではない。静止の力についての再確認をするために、あえてその身をさらした。
「(ええ、やっぱり、対象に意識を向けないと使えないみたいね)」
それは、静止の力の全容。物体はおろか、時さえ止めるその力も、全能ではない。その力を僅かにでも身に着けたセブンにもあった、力を使う上での制約。
《(意識を向ける、そして、即座には使う事ができない)》
「(即座に使えたら、私達がこうして飛び込めていない)」
静止の力は、間違いなく強力無比な力ではある。使われたら抗う事は不可能。だからこそ、使わせない事が重要だった。そして、コウがケイオスを抑えているこの僅かな隙に、ミーンとジョウはそれぞれ左右から攻め込む準備ができている。
「サイクル」
「イカヅチ」
ふたりは、示し合わせた訳でもなく、自然に同じ技を使う。もっともこの技は言ってしまえばただの飛び蹴りであり、技巧らしい技巧は一切必要がない。だからこそ、掛け声と共に繰り出すにはちょうど良かった。両サイド、背中にある補助腕目掛けて、ミーンとジョウが技を仕掛けに飛び込んでいく。
《《「「キィイイイック! 」」》》
サイクル・イカヅチキック。最高速度で繰り出されるベイラーの飛び蹴り。威力は申し分なく、何より、その圧倒的な速さにより、迎撃や回避はほぼ不可能である。両手をコウに使い、背中の補助腕をミーン達に向ける事も間に合わないとマイノグーラは判断した。
「なら」
次の瞬間、マイノグーラの駆るケイオスの全身、その四肢がバラバラに弾け飛ぶ。コウの攻撃によるものでもなく、ましてや命中していないミーンやジョウの攻撃の為でもない。大太刀で拮抗し続けていたコウは、突然相手がその場から吹き飛んだ事でバランスを崩しそうになる。そして、ミーン達もまた、攻撃しようとしていた相手が忽然の姿を消した事で、キックは不発に終わる。地面を盛大に削りながら、減速する二人のベイラー。ミーンとジョウの元に駆け寄る形で、コウが大太刀を構えて向き直る。
「あいつ、バラバラになって、そのあとどうなった? 」
「ど、何処だ!? あいつは何処に行った!? 」
《―――こ、これは》
忽然と姿と消したと思われたケイオス。だが、ケイオスの部位だけは、空中に漂っている。両手、両足、そして補助腕。これらは、先ほどまで、体から分離してあやつられていた。だがどれも、その大本の体を起点に、360度の範囲のどこかに収まっていた。
「一度も、手足だけしか取れないとは言ってないわ」
ケイオスは、両手、両足、補助腕、そして腰、胴体、頭にいたるまで、バラバラに宙に浮いていた。
「……何よ、ソレ」
《ま、まずい。アレは駄目だカリン》
「ええ。あれじゃ、攻撃が当たらない」
《それもそうだが、もっとヤバイ! 》
コウが危機感を募らせた、バラバラになったケイオスは、重力などお構いなしに、体のパーツがそれぞれ独立して動き続けている。似た攻撃をしてきたアイは、胴体を起点に、その範囲内で、髪の毛をつたい、手足が動いていた。乗り手の入った胴体は、その場から動いていなかった。攻撃を避けるなら、最悪胴体の位置を把握した上で、サイクル・ノヴァが放たれる、その一瞬に現れる、こぼれ出る僅かな光を見逃さなければ、回避は可能であった。
だが、起点となる胴体そのものも移動する事で、両手の移動範囲は各段に広がり、そして、唯一、アイを討ち取った、接近戦に飛び込む事で四方からの攻撃を防ぐ策も、、マイノグーラは、分離する事で回避できてしまう。
《もうこの場所全てが、奴の狩場だ!! 》
「狩場……そうね。それがいいわ」
マイノグーラは、コウの言葉に気を良くしたのか、僅かに声が上ずった。
「ここは狩場。お前たちは、哀れな獲物たち」
「勝手に」
「獲物にするなぁ! 」
ナットとジョウは、高速移動で移動しつづけ、サイクル・ノヴァの攻撃をかわしつづける。
「胴体に攻撃できないなら」
「まずはその邪魔な手足を叩き潰す! 」
ナットとフランツの攻撃する意図は、不思議と、離れていても共通していた。そのほとんどは、ナットの意思にフランツが合わせている形である。 ナットは最初に「合わせろ」と言っていたが、それはあくまで攻撃する瞬間の話であり、こうも長時間、自分に合わせ続けているとは思っていなかった。
本来ではあれば、ナットはフランツに礼の一つでも述べる所であり、今、この瞬間でなければ、ナットの人となりを考えれば、すぐにありがとうの一言がでてもおかしくなかった。
「(あいつは、怒っている)」
そうしないのは、ナットは、かつてなく怒っている為である。
「(地下に避難させたが……ひどい有様だった)」
サイクル・ノヴァで消し炭になる所だったリクを、ジョウが穴を掘り、その穴にミーンが(それ以外手段がなかったとはいえ)蹴り込む事で、最低限、安全を確保していた。しかし、リクも、乗り手であるリオもクオを、地下ではまだ目覚めていない。
「(ナットにとって、あのベイラーに乗っていた双子が、大切だったからだ)」
ナットが怒る理由にも、検討がついている。短い日々であったが、フランツにはまだ、リオとクオの区別はついていない。だがナットが、そのどちらか片方に、肩入れしているのも知って居た。
だからこそ、その怒りは、どこまでもただしく思えた。
「(きっと、俺にとってのソフィアのような)」
ナットにとって大切な人がいるなら、ジョウにもまた大切な人がいる。妹のソフィア。両親のいない彼にとっての全て。もし彼女が傷つけられたのならば、ナットと同じように怒り狂う。
そして、その怒りを味合わせた存在を、やはり許す事はできない。
「なら俺も、お前の為に怒ろうッ! 」
《突貫》
ジョウとミーンが、黒煙を纏いながら疾走する。マイノグーラは、彼らを追いかけ、サイクル・ノヴァを発射するが、彼らの速さに、狙いが正確に定まらない。そして、照射された攻撃を、すんでの所で回避しつつ、ミーンとジョウは、その両腕に肉薄した。
コウが危機感を覚えたのはなんら間違いはない。今まで胴体を起点に展開していた両手両足。それが、胴体そのものまで動き、もし肉薄して胴体を狙おうとしても、分離して回避されてしまう。だが、ミーンとジョウは、お互いの速さを突き詰め、その問題点を『空飛ぶ手足に自力で追いつく』事で、強引に解決していた。
「ジョウ! 突き刺せぇえ! 」
「ミーン! 蹴り飛ばせぇ! 」
左右から回り込むように、ミーンが右手を、ジョウが左手を狙う。カギ爪の生えそろった手は、普通のベイラーより大きいとはいえ、狙いを外すほどの小ささではない。ミーンが全体重の乗ったキックを、ジョウが、回転するドリルで、それぞれ木っ端微塵に粉砕せんと迫る。二人が間合いに入り込んだ事で、補助腕や両足による攻撃は、同士討ちになる為に援護もできない。
少なくとも、コウ達はそう考えた。
「―――こうも、使えたのよね」
マイノグーラが小さくつぶやくと、ケイオスの両手が怪しく光始める。明らかにサイクル・ノヴァを発射する際の予兆であった。
「「まだ避けられる! 」」
ナットも、フランツも、迎撃される事を想定しており、ふたりは行動に移した。ミーンが空中で上昇を、ジョウが下降を選び、それぞれ射線から逃れる。空中にいるふたりならではの回避方法だった。
だが、マイノグーラにとって、もはや上下左右に逃げる事は意味を成さなかった。なぜなら、使用するサイクル・ノヴァが、今ままでと異なっている。
《―――違う! あいつが使おうとしているのは光線じゃない1 》
コウはその時、マイノグーラが何を使用としているのかを理解し、その上で、とっさにサイクル・シールドを二枚作り出し、そのまま投げ込んだ。
《間に合えぇええええ!! 》
そして、サイクル・シールドが、ミーンとケイオスの右手、ジョウとケイオスの左手、それぞれの間に挟まるようにして飛んできたその時。
ケイオスの両腕が、その場で爆裂し、極光が辺りを包んだ。
◇
「……これで、さん、あ、よっつか」
《ミーン! ジョウ!! 》
サイクル・ノヴァ。アイはソレを、光線として利用し攻撃していた。そして、同じ技を、コウも使っている。コウの場合は、全身を覆うような、爆発としての技だった。アイの方が、技としては後発であり、実際、戦いにおいて飛行でき、かつ遠距離から攻撃できる手段は、無類の強さを誇っていた。
ならばコウの爆発はアイの光線に劣っているのかと言えば、否である。もとより効果が違い、比較対象にならない。光線が遠距離で攻撃できるなら、爆発は、接近戦において、全方位に攻撃できる利点がある。
《―――飛ばした腕でも、コウと同じ事ができるなんて》
「コウ! ミーンは!? ジョウは!? どうなったの!? 」
《……吹き飛んだ。としか》
「そ、そんな」
「吹き飛ばしたわ。いえ、消えたかも」
悠々と、ケイオス・ベイラークリスタルが、四肢を元の位置に戻し、地表に降り立つ。両手から発せられたサイクル・ノヴァは地表を焦がし、あたりがちりちりと燃えている。
《(遠距離なら四方八方から。そして飛び込んでもサイクル・ノヴァで吹き飛ばされる! そして、あいつには、アイと同じく、コックピットの中の人間を殺す術がある! )》
コウは状況を確認し、そして、確認すればするほど、己の中から、冷静さが徐々に無くなっていくのを感じる。補助腕をいくつか切り落としたとはいえ、まだ二本残っており、なにより両手両足は健在。
《(俺の力は、再生……カリンなら、たとえサイクル・ノヴァで体が千切れても、マイノグーラに進もうとする)》
サイクル・リ・サイクルで、体を再生できる。だが、火傷には効果がない。サイクル・ノヴァで受けた傷を治すには、火傷した部位よりさらに奥の部分を自身で切り落とさなければならなくなる。だがカリンであれば、必ず行う。彼女は、猟犬に噛まれた足を自分で切り落とした事がある。だかからこそ、確信があった。
《(そうやって接敵して、拡散する方のサイクル・ノヴァを、俺が同じくサイクル・ノヴァでかき消す。そして、コックピットに大太刀を……)》
考え付く方法は、どうあがいても、カリンに無理を強いる方法だった。だが、それでも、最後のひとつ、マイノグーラ自身の力が、その行動を阻害する、
《(だ、駄目だ、どうやって接敵しても、『静止する力』で足を止められる。そして、止まった瞬間に、俺たちは死ぬ! )》
マイノグーラの持つ静止する力。一体どれほどの長さを止められるのかは不明であるが、接近戦で、一秒以上も体を止められてしまえば、致命傷は免れない。マイノグーラは、コックピットの人間を直接殺す術も持っている。
《これだと、奴に、勝てない……?》
「コウ! 何をしている! 動け! コウ 」
カミノガエの叫びが虚しく響く、コウが思考していた時間はわずかだが、それでも、たどり着いた、もとい、たどり着いてしまった答えに、硬直してしまう。己の力が、何一つ、相手に通用すると思えない。思えなく、なってしまった。
「カリン! コウはどうしたのだ! 答えよ! 」
「か、勝てない」
「―――何」
「勝てない、かも、しれない、と」
コウの共有は、カリンにも伝わっている。そして、カリンもまた、コウの考えに、理解を示している。示してしまった。この敵に勝つ為の手段が、自分達には無いかもしれないと。
故に、彼女は、焦った。こんな考えの、ほんの一旦でも口に出してしまった事を。
「大丈夫、大丈夫です! 」
大丈夫な訳がないと、頭に浮かぶ。
「必ず勝ちます! 勝ってみせます! 」
勝てる訳がないと、頭に浮かぶ。
「でないと、でないと」
今まで戦ってきた皆が、死んでしまうと、頭に浮かぶ。
意味が無くなってしまうと、頭に浮かぶ。
「―――ごにんめ」
そして、無慈悲にマイノグーラの攻撃が、動いていないコウに迫った。サイクル・ノヴァの一斉発射。両手、両足、補助腕の2本、合計6本の光線が迫る。石畳が焼け爛れ、赤熱化して熔けていく。
「ジェネラル! 何でも佳い! カリンを守ってくれぇええ!! 」
《承認》
コウの目の前に、グレート・ブレイダー、ジェネラルが立ちはだかる。ジェネラルだけではなく、他のブレイダー達もあわせ、50人のベイラーが、コウの盾となるべく立ちふさがった。
《各機、突入形態にて防御》
質では、リクに勝らないと踏んだジェネラルは、指揮下にあるブレイダー達を用いて、数で対抗せんとした。総勢50人のブレイダーが変形し、その姿が巨大な剣と変わる。乗り手に呼び出され、月からこの星に突入する際の姿。この剣の形態は、ブレイダーで最も硬い状態である。本来は、星に入る際にかかる加圧を耐える為である。それは、このサイクル・ノヴァの高熱量と相対するにふさわしいと言えた。
発射されたサイクル・ノヴァを、50人のベイラーが受け止め、はじき返していく。だが中心部にいるベイラーを中心に、ひとり、またひとりと砕け散っていく。
「陛下! おやめください! このままじゃ陛下が」
「命懸けの妻が後ろにいて、なぜ夫の余が辞めるができようか! 」
「し、しかし、もう」
半数が砕け散り、やがて、ジェネラルにもその影響が出始める。剣の先端部分が崩れ、解け始める。ジェネラルの崩壊と共に、他のブレイダー達が、加速度的に崩壊が早まっていく。
「こ、ここまでかぁ……」
《……》
「許せ、ジェネラル。お主を、もっとうまく扱えていれば」
《……》
「……ジェネラル? 」
《へい……か、白い……ベイ……ラーにお伝……えくだ……さい》
「な、何をだ、まて! 」
《龍から……じょう……ほう……が……あきらめては……いけな――》
「ジェネラル! 待て、一体何を」
《きのう、ふぜん……乗り手の保護を……優先……し……ま》
ジェネラルの体が崩壊していくと同時に、サイクル・ノヴァの照射を受け、ブレイダー、その全てが爆散していく。エネルギーが行き場を失い、帝都中心部が爆心地となる。轟音と閃光が辺りを覆い尽し、そして、焼け焦げた跡だけが残っている。
「……たくさん、消してやった」
「へい、か」
目の前で爆散していったブレイダー達の破片が、コウの身体に当たっては落ちていく。破片が残っているだけまだ状態がよく、中心部にいたブレイダー達は、もはやどろどろに解け、見るも無残に融解している。
「そ、そんな、陛下まで」
「おまえのせいで、みんな消える」
シュルシュルと手足を戻し、ケイオス・ベイラークリスタルがコウの元に向かってくる。その歩みは、まるで街を散歩しているように穏やかで、この場に全く似つかわしくなかった。そして、その穏やかな歩調のまま、マイノグーラはカリンを責め立てる。
「みんなお前を守って死ぬ」
「ちがう! きっと、きっと生きてる! 」
精一杯の反論だった。事実。まだカリンは、仲間たちの死体を見ていない。この目で見るまでは、彼らが、彼女らが亡くなった事など信じていない。きっと生きている。無事でいると信じている。
信じているからこそ、マイノグーラの次の言葉に動揺した。
「同じね」
「……は? 」
「まもってくれたから、セブンは、しんだ。だから、おんなじ」
「……」
「ああ、そうか、だから貴女も、おんなじ魔女って言われたてたのね」
「ち、違う! 」
「どうして? 」
「ど、どう、して? 」
「セブンは死んだわ。猟犬たくさんみんな死んだ。貴女も、おんなじ。みんな貴女の為に死んだ。きっと、同じなのよ。ええ、きっとそうだわ」
声色は変わらない。そのまま、どこまでも平坦で、頭にすっと入り込んでくるような透明な声。だが、その言葉に、カリンは大いに動揺し、そして狼狽える。
「人はどこまでも面倒なのは知っていた。貴女はさらに面倒。セブンは貴女をずっと脅威だと言ってた、それがどうしてなのか、何故なのか、全然分からなかった、でも、今、やっとわかった。同じだったからなのね! 」
「おな、じ」
「魔女だったのよ! 貴女も、たくさん命が死ぬ魔女! 」
責任転嫁も甚だしい理論だとカリンは投げ捨てようとした。だが、現状が、投げ捨てる事を許さなかった。彼女は確かに、リクやミーン、ジョウ、ジェネラル達のおかげで、この場所に立っている。カリンを慕い、仲間たちが命を懸けて守った。だがそれが、人を操り、敵対させ戦わせたマイノグーラ。
明日の為に、命懸けで戦う仲間と、恐怖によって支配された信者たち。
そこに何の差があるのかと。マイノグーラは問いかけている。
「同じだから、邪魔してくるのね」
「違う! 貴女が、この星を滅ぼそうとするから! 」
「じゃぁ、貴女が滅ぼすのはいいの? 」
「………へ」
「貴女が、その白いのに乗って、猟犬たちを滅ぼすのは、なんでいいの? 」
「何故って」
カリンが、言葉に詰まる。
「滅ぼしているのだから、滅ぼされてしまってもしょうがないでしょう? 」
「―――」
カリンは。己の語彙力の無さを恥じた。どんな罵詈雑言を並べ立て、まくし立てられれば、どれほど気分が良いか。馬鹿とか、阿呆とか、その程度しか罵倒できなかった。
だがそれ以上に、マイノグーラの言葉に即答できなかった自分に驚いていた。
「何考え込んでる!! 」
硬直していたカリンを突き飛ばすように、真上からサマナの声が響く。
《「サイクル・ブレード! 」》
赤いベイラー、セスが、上空からマイノグーラを奇襲する。片刃で重心の偏った独特のブレードを手に、ケイオス・ベイラークリスタルに斬りかかった。
「うるさい」
たった一言マイノグーラがつぶやくと共に、補助腕が体から切り離され、サイクル・ノヴァが放たれる。落下速度を鑑みられた、正確な十字砲火。セスは風に乗る事で空を舞えるが、その性質上速度が出せない。ミーンのような加速も、リクのような頑強さもなければ、サイクル・ノヴァに当てられてしまうのは明白だった。しかし、乗り手のサマナの声は、獰猛かつ朗らかだった。
「視えてんだよぉ!! 」
サイクル・ノヴァが発射される寸前に、セスが体をひねりサイクル・ノヴァを躱す。今まで、完璧なタイミングで放たれていた攻撃を、いとも簡単に躱した事に、マイノグーラは首を傾げた。
「貴女、何をしたの? 」
「あたしは何もしてねぇ! お前が変わったんだ! 」
「……変わった? 」
セスが、サイクル・ブレードをケイオスへと突き立てる。渾身の力を込めた攻撃であったが、その表面に僅かに傷がついただけで、致命傷とは程遠い。だが、初めて攻撃が通った。
「サマナ、変わったって、何が」
「こいつは今まで心が無かった。だから攻撃する瞬間も分からなかったし、何考えてるかも分からなかった。だが今は違う! 」
セスが両手にサイクル・ブレードを作り上げ、さらに追撃する。一撃、一撃、また一撃と、渾身の力を込めて振り下ろし、そこまでしてようやく、ケイオスの肌に生えた結晶が、パキリと割れる。
「お前には心がある! 心があるなら、あたしは読める! 」
「心……? 」
「それに、お前とカリンが、おんなじな訳あるかぁ! 」
セスはブレードを投げつけ、ついに残った補助腕を斬り落とす事に成功する。
「よし、このままぁ」
「―――その武器、そんな名前なのね」
次の瞬間、ケイオスの右手に、その肌と同じように、結晶化した刃が生み出された。刃は粗末であり、ガタガタである。だが、剣としての機能は、確かに果たせる形状としていた。
「サイクル・ブレード」
「おいおい、武器、ちゃんと作れんのかよ」
「―――貴女も切り落としてあげる」
マイノグーラが吐息を漏らす。すると、あたり一面が一気に静寂に包まれた。何度も放たれたサイクル・ノヴァによって焼けただれた石畳。その端から燃えていた炎が、ピタリと止まる。
マイノグーラの持つ、静止の力。ただしく認識されたその力は、自身以外の時間を止める事ができる。できてしまう。そして、その止まった時の中で、セスはブレードを振り上げていた、こうなってしまえば、もう防御も回避も不能。
「こう、かな」
マイノグーラは、試しと言わんばかりに、出来上がったばかりのブレードを横にふるった、すると、セスの両腕が、まるでバターでも切ったかのように、スルリと斬れ、そのまま地表に落ちようとして、途中で止まる。
「……ドリル、は、よく見えなかったから……あれは……キック、だっけ」
思い出したかのように、ミーンの攻撃を真似し、セスを蹴り飛ばす。武術もなにもない前蹴り、俗にヤクザキックである。だが、無防備な体に打ち込めば確かな威力となる。
「あ、もう終わる……龍がいると、コレだから駄目ね」
再び、ため息をつくと、周りの風景が、一斉に動き出した。燃えていた炎は燃え盛り、そして、斬り飛ばされセスの腕は、地面に正しく落ち、そして蹴りを胴体に受け、そのま後ろに吹き飛んでしまう。
「サマナ!?セス!? 」
《―――静止する力だ。そうとしか、考えられ無い》
コウは自身の予感が的中した事を、喜ぶ事ができなかった。『静止する力』を、いざ目の当たりにして、その理不尽さと、対抗策の無さに震えている。コウのサイクル・リ・サイクルは、たしかにマイノグーラの力に拮抗していた。だがそれも、あくまでマイノグーラが力を使っていた時に、自身の意識があるのが前提であった。今のように、気が付かない内に力を使われてしまっては、何の意味もない。
「龍の力さえなければ、もっと簡単に終わったのに」
《(龍がいなかったら、俺たちは全滅してたのか)》
静止する力は圧倒的だが、同時に制限もあった。その制限を龍が行っているとは、コウ達には知る由もない。もっとも、制限あったとしても、圧倒的な力である事に変わりはない。
「さっきから、遠くから攻撃するとふせがれるわね、なら」
マイノグーラがつぶやいた次の瞬間、ケイオス・ベイラークリスタルは一気にコウへと肉薄し、その手にもったサイクル・ブレードを振り下ろしてくる。
「……ッ!? 」
「この手で直接消してやる」
「コウ! 」
《大太刀を使う! 》
とっさに大太刀を抜き放ち、大上段の一撃を止める。結晶状になった剣と大太刀とがぶつかり合い、コウの手にはいままでにない、硬い陶器を殴ったような感触が手に残る。
マイノグーラは剣術などは一切使っていない。握りや踏み込みはでたらめ。重心の移動なども皆無。そんな素人が、通常の剣を使って相手を斬れるはずがない。カリンからみても、マイノグーラの攻撃は隙だらけであった。その隙だらけの剣術であっても、防御が一切おろそかにできない理由が、ケイオスが作り出したブレードにある。
ケイオスが振り落としたブレードが地面に刺さろうとすると、その切れ味で地面がスパンと斬れ、勢いを止めないまま、第二撃にもっていく。コウの一撃を、真正面から受けても、ブレードは折れるどころか、たゆむ事さえない。
ケイオスのブレードは、どれだけ雑に振り回そうとも、狙った対象が必ず断ち切られ、どれだけ雑に攻撃を受けようとも、折れる事はおろか、曲がる事さえない。ベイラー由来の物とは思えない強度と耐久性、そして切れ味。ズブの素人を剣術の達人に仕立て上げてしまうほどの一品がそこにあった。
結果、一合一合、切り結ぶたびに、コウのもつ大太刀の方が、少しずつ刃こぼれしていく。今までそんな事は一度たりとしてなかった、大太刀の損傷に、カリンもコウも戦慄してしまう。
そして、切り結んだ五合目に、起きてはいけない事が起きる。
「そうれぇ! 」
間の抜けた声と共に振り下ろされたブレードが、大太刀に触れた瞬間、その威力と切れ味によって、はじめて大太刀の切っ先がぱっくりと折れた。刃渡りが長く、切っ先だけが折れた形だが、それでも、大太刀のもつ長いリーチが完全に死んでしまった。
何より、大太刀が折れた事に、コウとカリンの心は乱れに乱れた。己の根幹を揺るがす問いかけに加え、『静止する力』の強さを目の当たりにした事にいる動揺に次ぐ動揺。そして最後に、己の切り札である武器を、いとも簡単に破壊されたのが、彼らの心にヒビを入れる決定打となる。
《「(……なにも、できない)」》
「……ああ、いいものをみせてあげる」
刀が折れ、膝をついたコウ。その彼らに追い打ちをかけるように、マイノグーラはケイオスで蹴りを浴びせる。心が萎んだ彼らに、もはや避ける気力もなく、その一撃をうけ、盛大に吹っ飛んでしまう。瓦礫の山々を貫通し続け、やっと減速したころには、誰かの家があってであろう場所に叩きつけられ、そのまま壁にもたれかかる。
「(どうやったら、勝てる? もう、勝てない? )」
カリンには、敵であるマイノグーラの打倒が、まったく描けないでいる。なにより、彼女が言い放った言葉が深く突き刺さり、頭から離れない。
「(滅ぼそうとしているから、滅ぼされる……私達が滅ぶのは、仕方のない事? )」
どうしようもなく過る敗北の二文字。そして、その二文字に至る理由が、あまりに自然に思えてしまう。マイノグーラに滅ぼされるのは、至極当然であり、受け入れるべきだと、頭の片隅、心の隅で、納得してしまいそうになる。なぜなら、マイノグーラと同じ事を、己もまたしてきたから。
「(私が、いけなかったの……? 人々が私を守ってくれるのは……私が、そうするように仕向けたから……? なら、今まで、私が戦ってきた意味は……一体)」
明日の為に戦えと、兵士達も喜んで賛同した。このまま朽ち果てるよりはずっといいと。
その行いは、本当に正しかったのか。カリンには、もう分からなくなっていた。すると、あれだけ強く握っていた操縦桿から手が離れる、やがて、視界の共有も無くなり、己の目線が、コックピット越しでしかなるなる。
その時、初めて、この戦場を俯瞰してみる事ができた。燦燦たる戦場には、マイノグーラの放ったサイクル・ノヴァで焼け跡が残り、ベイラーの破片が至る所に転がっている。
「皆……どこにいったの……? オル……? サマナ……? マイヤ?……」
仲間であり、友の声を呼んでも、返事がない。
「リオ?……クオ?……ナット?……フランツ……? 」
小さいながらも頼れた少年と少女たちの声もしない。
「陛下……カミノガエ陛下……? どこに、居ますか? 」
婚姻を結んで日の浅い、己の夫となった男の名を呼んでも、やはり返事がない。
炎の上がる瓦礫の中、カリンの声に返事を返す者はいなかった。
「ああ、そうか、皆、みんないなくなってしまったんだわ……」
《……》
「……コウ、もう、貴方だけね」
《カリン》
「なぁに? 」
《アレを、見てくれ》
コウが指さした先に、マイノグーラと、彼女の駆るケイオス・ベイラークリスタルが、悠然と立っている。今までは、戦いに集中しすぎて、周りの風景など気にも留めていなかった。
だからこそ、目の前に広がっている光景が、なおさら酷く見えた。
「呼び戻したの。やっときてくれたわ」
マイノグーラがコックピットから降り、その手で猟犬を撫でる。いつの間にか、ケイオスの周りには、 ざっと50匹ほどの猟犬が控えている。その背後には、無数の蠢く影。ゆらりゆらりと揺らめいている光が、さらに多くの猟犬、その牙が炎の光で反射しているものだと気が付くのに時間が掛かった。小型猟犬に加え、大型猟犬も混じり、そして空には、この中央まで来る際に撃ち落とした、あの飛行型猟犬も旋回している。
そして、最後、壁を打ち壊し、ひときわ大きな影が、なまめかしく、耳触りな音を立てて、ゆっくりとこちらにやってきている。それは、黒騎士が、あのバスターベイラー砲で打ちのめした、巨大なヒトガタ。
「まだ、動けるのね」
「当然でしょう……さぁ、どうするの? 同類の魔女さん」
マイノグーラの声は、平坦ではなく、すこし穏やかに聞こえる。それは、人間で言う所の、冷笑である。味方はおらず、敵は膨大。斬り伏せる事は可能だろうが、それでもなお、マイノグーラを倒す術は見つからない。まさしく、絶対絶命であった。
「……」
《……カリン》
だが、それでも、カリンには、たったひとり残った味方がいる。もっとも彼がいたとしても状況が打破できる訳ではない。彼、コウにも、マイノグーラ打倒の方法は思いついていない。
「……どうしたの? 」
《前なら、君だけでも逃げろって言ってたと思う》
「……そうね。そう言ったでしょうね」
尻餅をついた姿勢から、ゆっくりとコウが立ち上がる。その手には、折れた太刀がしっかりと握られている。
《でも、今の俺は違う。あれから、きっと成長した》
「なら、何ていうの? 」
カリンは、あまり期待せずに問いかけた。気休めや慰めでも言ってくれるのだろうかと。だがこんな状況では、そのどれも、全く意味を成さない。操縦桿を離し、意識と視界の共有さえ切った今では、コウの考えが分かるはずもない。
《マイノグーラと君は違う》
「どう違うの? 」
《マイノグーラには俺がいない。でも君には、俺がいる》
「やってる事が、同じだとしても? 」
《また比べている。君の悪いところだ》
「……また? 」
《君は、いつも自分と誰かを比べている。前はお姉さんだった。最近そうでもないなぁと思ったけど、今は、マイノグーラと自分を比べてる。》
カリンはそれ以上、何も言えなくなってしまう。図星だった。
《もう比べるのはやめよう。今、俺たちが出来る事をするんだ》
「できる事って? 」
《最期の最後まで、あきらめずに戦うことだ》
「相手に、勝てなくても? 」
《カリン、君は、いつも勝てる相手にしか戦ってなかったか? 》
「……いいえ」
《俺たちが旅の中で出会った人達は? 最後の最後に諦めた人はいた? 》
「いなかった、わね」
《俺たちだって、いつだってそうして来ただろう? 》
「……なんで、そこまで言ってくれるの? 」
コックピット越しに、目線が合う。カリンがコウを見あげ、コウがカリンを見下げる。共有ではなく、目と目があう。
《俺が、貴方を好いてるからだ。カリン・フォン・イレーナ・ナガラ》
いつか、ゲレーンで言った言葉が、そのまますらすらと口から出てくる。名前が変わった事以外は、同じだった。
《絶望したままの最後など見たくない。僕があなたの傍に居る。例えどんな境遇になろうとも、あなたを見届ける。 だから今は顔を上げて、前を向いてくれ》
「前を向いた後は? 」
以前は、これで納得できた。だが今は状況が違う。よりひっ迫している。だが、コウはそんな事お構いなしに続けた。
《死ぬまで一緒だ。いや、死んでも一緒だ》
「……」
己がいつの間にか、マイノグーラと比べていた事。そしてその事に気が付かせてくれた相棒。その相棒が、死ぬまで一緒に、死んでも一緒にいてくれる。
「……馬鹿な人」
《知ってるだろう? 》
「ええ。そうだったわ」
心が軽くなるのを感じる。死地に向かうというのに、あれほど体を覆っていた絶望感が薄れている。操縦桿を握りしめると、即座に共有が始まり、コウの目が赤く輝いた。
切っ先が折れた大太刀を担ぎ、敵を、マイノグーラを睨みつける。
先ほどまでの様子と似ての似つかない状態に、マイノグーラは疑問を感じたものの、大した問題とは感じなかった。ただ粛々と、猟犬たちに号令をかけようとした。己が手を下さずとも、仲間もおらず、折れた大太刀一本でできる事など、たかが知れている。
「髪の毛一本残さず、骨の髄まで食らい尽して―――」
号令をかけ、猟犬が向かおうとしたその時。マイノグーラの頬を、花びらが通り過ぎた。
「……何、今の? 」
あまりに戦場に似つかわしくない可憐な花びら。何より、今まで、焼け焦げた戦場には花どころか、草の一本も生えていない。それがなぜ、花びらが舞い上がっているのか。
「あの白いがやった? でもいままでそんな事してなかったはず」
異変に気が付いたのは、マイノグーラだけではない。コウも、カリンもまた、その花びらを目にして硬直している。しかし彼らは、マイノグーラのように、疑問を持って固まっているのではない。彼らは、その花びらを知って居る。
「白いのはまだこんな真似を―――」
そして、マイノグーラが、舞い落ちる花びらを、目線で追った時、ソレを見つけた。瓦礫の山の中で、巨大な花弁が咲いている。ベイラーすら飲み込まんとする巨大な花弁が、その場所で咲いている。
それは、淡い桜色をした、美しくも儚い花弁が咲き誇っていた。
次回! 反撃!!




