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ケイオス・ベイラークリスタル


「兵士は下がらせろ! この相手はベイラーでなければ無理だ! 」

「は、はい陛下! 」

「シーザァー! 兵士達を頼む! 」

「御意!! 」


 マイノグーラが、ベイラーに乗り込んだ。そのベイラーは、あのアイに、ケイオス・ベイラーの要素を合わせた力を持っていた。七つの手と、両足から放たれるサイクル・ノヴァ。その一斉攻撃を放ち、カリン達は窮地に陥る。だが、リクが皆の前に立ちはだかり、その一撃を受け止めて見せた。


 だが、リクには、その一撃を防ぐだけで精一杯だった。そのまま、乗り手である双子と共に、リクは力尽き、倒れてしまう。もしリクがサイクル・ノヴァを防がなければ、ここに来た皆が死んでいた。


 勇猛果敢といえば聞こえはいいが、リクは、皆を守る為に、犠牲になった。


「カリン! 動け! 動くのだ! 」

「ッツ! コウ! 」

《おまかせあれ! 》


 倒れたリクに、サイクル・リ・サイクルをかけ続けていたカリンも、カミノガエの声によって我に返り、即座にコウを空へと飛ばす。その瞬間、さきほどコウがいた場所に、サイクル・ノヴァ、それも十字砲火による攻撃が浴びせられる。


「(リク、リオ、クオ、そんな)」

《カリン! 今はよけるのに集中するんだ! 》

「分かってる、分かってるけど」


 生きているのか死んでいるのか、まだ不明である。だが、この戦火乱れる戦場のど真ん中においておくにはあまりに心配であった。


 だが、その心配する心すら嘲笑うように、苛烈な攻撃は続く。


《サマナ! ぼさっとするな》

「してない、けどッ」


 四方八方から、サイクル・ノヴァが発射され続けている。セスはその場を動き続け、なんとか当たらないようにするので精一杯であり、とても反撃にでれるような状態ではなかった。


「(目が、回る)」


 黒騎士は、なんとか迎撃しようとサイクルショットを構えてはいるが、動き続けている標的に狙いを定めている間に、別方向からの攻撃が迫り、それを死に物狂いで回避してを繰り返し、そのうち、撃ち落とす事を諦めた。


「(コウは、こんな化け物といつも戦ってたのか)」


 攻撃の種類そのものは、黒騎士も経験している。もっとも、これほどの数、それも同時に集中砲火を受ける事は、コウ自身にも経験が無く、よって対処のしようもなかった。


「せめて、リオとクオだけでも……って」

《どうしました黒騎――》


 疑問形で問いかけている間に、レイダの左腕が、サイクル・ノヴァの余波によって焼け熔けてしまった。受け身をとってすぐさま体勢を立て直す。


《チィ! 厄介な》

「レイダ、まだ動けるな」

《右腕があります》

「ならいい。なぁ、リクはどこにいった? 」

《リク? さきほどそこに》


 倒れていた場所に目を向けると、そこに居たはずのリクの姿が見当たらない。


《まさか、もう》


 レイダは、このサイクル・ノヴァの連打、その余波にリクが巻き込まれてしまったのではと考えた。自分の左腕も、その余波で簡単に吹き飛んでしまった。ならば、倒れて無防備だったリクは、直撃を受けてしまってのではないかと。 


「―――違う」

《はい? 》

「レイダ! ヨゾラ、飛ぶぞ! 」

《は、はい? しかし》

「いいから! 少しでも奴を空に釘付けにする」

《―――はい!》

「分かりました。ヨゾラ! 聞きましたね!? 」

《トブ! 》 

 

 黒騎士の意図を組み、ヨゾラがその推力をレイダに明け渡す。コウと空で合流を果たす。両者、示し合わせたように、背中合わせで、クルクルとキリモミしながら、警戒を怠らない。


「黒騎士! 」

「カリン! この攻撃、なにか予兆とかないのか!? 」

《ある! アレは発射される瞬間に、すこし光る》

「少し光る? 」


 オウム返しで繰り返しながら、それでも観察をし続ける黒騎士。避けながら躱しながら、それでも、空をフヨフヨと飛び回る腕、そのひとつを注視する。


「(よく見れば、形状が背中と両腕で違うのか)」


 観察した副次的な効果で、今まで一辺倒にしか見えなかった腕の形状が異なる事に気が付く。補助腕の方が小さく、両腕の方が大きい。そして、両腕の方は、左右非対称のようで、明確に右と左があった。しかしオルレイトには、どちらが右で、どちらかが左なのかは、ぱっと見ただけでは分からない。


 それでも、一度気が付いてしまえば、そのふたつの腕の位置が、少しずつ空中でも把握できるようになっていく。そして、オルレイトは一つの規則性を見出した。右へ左へ、縦横無尽に動いていたように見えた、ケイオス・ベイラークリスタルの腕は、実は左右の腕は交差する事なく、そして補助腕も、交差するように動いていない。


 それぞれの腕は、一定の範囲を、円を描くようにしてまわっており、そして重ならないように動いている。それは、すべての腕は、髪の毛で体に接続されており、下手に動かすと、腕と腕で絡みあってしまう為の措置であると、オルレイトはすぐに気が付いた。


「(使うのも面倒くさそうだ)」


 率直な意見であった、強力であり、強大であり、脅威であるのには間違いない。だが、自分で使ってみたいかと問われると、とても首を縦に振る気にはなれなかった。武器の特性に気が付いてからは、オルレイトはすぐさま対策を立てる。


「レイダ! バーストショットだ! 」

《あの腕に、まぐれ当たりを狙うのですか? 》

「違う! 狙うのは腕じゃなくって、空間だ! 」

《空間……仰せのままに》

    

 迫りくる莫大なエネルギーを交わしつつ、レイダの腕に、サイクル・バーストショットを用意させる。サイクルショットの拡散攻撃である。一体多数の相手に使われる事が多いレイダの得意技であるが、今回は別の用途となる。


《「サイクル・バーストショット! 」》


 狙いは、腕ではなく、腕と、体の間にある空間。本来何もなく見えるその場所に向けて、ズガガガと一斉に針を撃ちだしていく。一見、オルレイトとレイダが錯乱し、でたらめな方向に射撃しているように見えた。だが、龍石旅団の皆が、オルレイトはそんな事をしないと信じ、兵士達は、黒騎士ならば何か手を打ったのだと信じた。そして、一斉に発射された針が虚空を切ろうとした時、マイノグーラが声を発した。平坦で感情の読めない声であったが、水滴一滴分ほどの、ため息にも似た声が出る。


「―――そんな事するのね」


 瞬間、今までカリン達を追い回していた腕を、即座に体に戻していく。シュルシュルと音を立てて、腕があるべき場所へと帰っていく。一同は、突然の攻撃停止に、驚くと共に、不気味さを感じ警戒を解く事ができなくなる。すると、最初ににマイヤが口を動かした。


「なぜ、相手は攻撃をやめたのですか? 」

「あいつの弱点を突いたからさ」

「あのベイラーに、弱点があるのですか!? 」


 マイヤが、信じられないと言った口調を隠せない。マイヤは一介の従者であり、こと戦闘については素人である。その素人のマイヤでも、目の前の、敵として現れたベイラーの、異質さと強さは認めてしまえるほどだった。 


 オルレイトは、少し得意げになりそうなのを抑え、要点をまとめていく。


「あのベイラーに弱点があるんじゃない。あの攻撃に弱点がある」

「あの攻撃に、弱点が? 」

「――弱点なんかないわ」


 マイノグーラが、再び攻撃を再開する。背中と両腕を空へと飛ばす。ここで、オルレイトは、あえて正面でマイノグーラと相対した。その瞬間、オルレイトの視界には確かに、本体を繋ぐ髪の毛が、直線状に伸びているのを確認する。髪の毛を自在に動かせるのは、アイの頃から変わっていない。だが、その動きの精細さ、精密さは、アイより劣っているように見えた。


 だからこそ、その伸び切った髪の毛は良く見えた。


「今だ!! 」

《サイクル・バーストショット! 》


 狙いをつける必要すらなかった。飛び回る腕ではなく、接続している、その細い髪の毛めがけ、サイクル・バーストショットを放つ。拡散する攻撃を選んだのは、一直線上に伸びる髪の毛に対し、点で攻撃しては効果が薄い為。バーストショットであれば、空間に対し、面で攻撃を仕掛ける事ができる。そして、面で攻撃されれば、1本の直線でしかない髪の毛は、いとも簡単に攻撃にさらされる。


 いくつもの針のうち、一発が確かに髪の毛に命中し、そしてブチンと音を立てて千切れた。髪の毛の先についていた腕は、そのまま制御を失い、地面へと落下していく。すかさず、オルレイトは畳みかけた。


 一本、また一本と髪の毛をちぎり飛ばし、敵の弱点を突き続ける。


「(これなら、奴の攻撃を封殺できる! )」


 ケイオス・ベイラークリスタルは、武器を持っていない。腕そのものがほぼ必殺の武器であり、そして独立して稼働するのであれば、必要が無い。だが、武器を持たないと言う事は、そのまま、腕の優位性を失っているとも取れる。


「(もし、盾を持たれてたら変わってた)」


 もし、レイダの面で行う攻撃を、大きなサイクル・シールドで防がれていれば、戦局はさらに悪化していた。他の武器を使われていたら、他の道具を使われていたら、オルレイト達は、もう戦う事すらできなくなっていたかもしれない。


 武器はおろか、道具を使わない。それはなぜかと、オルレイトが頭の片隅で考えるたが、不思議とすぐに答えが浮かび上がった。


「(あいつは、戦っているベイラーしか知らない。知ろうとしない)」


 ケイオス・ベイラーも、アイも、どちらも、戦う為にその姿を変えたベイラーだった。彼らの強さは、森で佇んでいるようなベイラーとは、確かに一線を画しているかもしれない。だがケイオスも、アイも、戦う事しか知らない。戦い以外に、知ろうとしない。


「そんな奴らに、負けるか! 」

「―――忌々しい」


 オルレイトが、3本目の腕を落とした時、マイノグーラがつぶやく。最初に比べて、ほんのわずかだが、確実に、感情の機敏を感じさせる声色になっている。その声から滲み出ているのは、怒り以外の何物でもない。


「コレが、駄目なら、こうしてやる」

「(今度は何をしてくる!? )」


 オルレイトは、警戒度を引き上げる。マイノグーラ相手では、警戒しすぎると言う事はない。そして、警戒はしつつ、己の知識を用いての予測は一切しなかった。今まで、マイノグーラが現れてからという物、常識は全く役にたたない。予測や予期と言った物は、ほぼ使い物にならなかった。猟犬の出現から、人間を味方につけ、人間同士で争わせ、『時を止める力』を明かし、そして今、アイとケイオス・ベイラーを併せ持ったベイラーに乗っている。


 どれもこれも、オルレイトでは予期できなかった。


「(何を、してくる)」

「この手で、直接手を下してやる」


 マイノグーラが、今まで空に飛ばしていた腕を全てもとに戻し、その右手を掲げる。すると、全身のサイクルが、いままでにない爆音を発し始める。それは、サイクルが高速で回っている証。そして、ケイオス・ベイラークリスタルは、真っ直ぐレイダへと直進してくる。


 その動作と音を前にし、レイトの脳裏から、忌々しくも忘れてはならない記憶がよみがえる。


「まさか、アレは! 」

「――――消えろ人間」


 大きく右腕が振り上げる。爪には液体が滴り、ポタポタと液だれしている。その液体は、本来、密封されているベイラーのコックピットを、ベイラーの意思を問わず、自由に行き来させる特別性。セブンから、アイの話を聞いていたマイノグーラは、自然とその言葉を口にする。


強奪の(エクストーション)(フィンガー)


 コレは、ベイラーではなく、乗り手である人間を殺す為の、最悪の技。ベイラーの手を直接コックピットにブチ込み、内部の人間を握りつぶす。アイを利用しているのであれば、同じ技を使えても、なんら不思議ではなかった。レイダに一瞬で間合いを詰めると、鋭く尖ったカギ爪が、コックピットに触れる。通常は触れてもなんら意味も効果もないはずの攻撃。だが、液体により、爪はスルスルとコックピットへと侵入していく。その時、レイダは冷静さを失い、ただ子供のように喚いた。この技を受けた人間がどうなるのか、レイダは、オルレイトは、嫌というほど知っている。


《だ、駄目! 止めてぇ!! 》


 取り乱しながら、侵入してくる腕を必死に掴む。すでに爪の半分がコックピットに侵入し、オルレイトの体を斬り裂かんとしている。オルレイトは、その行動が無駄だと分かっていたも、両足をつかって、必死に外へと押し出さんとする。己の恐怖心はすでに最大であり、何か行動していなければ、このまま心が折れてしまいそうだった。


「(死にたくない! 死にたくない! )」

 

 レイダとオルレイトの必死の抵抗により、ほんの僅かな時間膠着状態となる。そして、この膠着から逃れる為に、オルレイトがひたすらに策を考えていると、マイノグーラがぽつりとつぶやく。


「あ、そうか、こうも使えるんだ」

 

 次の瞬間、ケイオス・ベイラークリスタルは、その手の指を、中でパっと開いた。一瞬、潰されなくなった事で安堵しそうになったオルレイトであるが、その手のひらにある物を目にした途端、反射的に悲鳴を上げた。


「これで、熔けて死ね」

「うぁああああああ!? 」


 コックピットという逃げ場のない閉鎖空間で、鉄すら溶かすサイクル・ノヴァが発射されればどうなるか。想像すればするほど、オルレイトの恐怖が増していき、そして、その恐怖はレイダにも伝播していった。


《させるかぁ!! 》

 

 コウが、レイダを救出せんと大太刀を振りかぶり、割って入ろうとする。だが、ケイオスの背中から生えた補助腕から、サイクル・ノヴァが発射され、行く手を阻む。3本切り落としたとっても、まだ背中には2本残っていた。


「これでふたりめ」


 マイノグーラは、勝ち誇るでもなくつぶやいた。攻撃の意識は、たしかに目の前のレイダへと向いていた。


 だからこそ、地表がわずかに動いていたのを、彼女は見逃す。そして、地下深くから聞こえる声も、また耳に届いていない。

 

「―――サイクル・イカヅチィ」


 レイダのコックピットが爆散せんとするまさにその時、雄たけびと共に、空色をしたベイラーが、地下から飛び出してくる。すでに全身のサイクルが回り、体中に黒い煙を上げ、レイダとケイオス・ベイラークリスタルの間に割って入った。


《「キィイイック! 」》 

 

 地下から現れたミーンが、発射寸前の腕を文字通り蹴り上げると、一拍遅れて、サイクル・ノヴァが発射される。一条の光がレイダの体を掠め融かす。それは背中にいたヨゾラも同じくであり、ただの余波で、片方の羽根が完全に解け落ちてしまった。


「(クッソ、なんとか着陸しないと)」


 操縦桿を握ろうとも、浮力を失ったレイダにもはや無く術はなく、そのままあっけなく街中へと墜落してしまった。一部始終を見ていたコウは、安否の確認をすべく飛び出そうとするが、またもやケイオスの腕に阻まれ、身動きが取れない。


《(たのむ、無事でいてくれ)》

「今のは、一体」


 コウはただ、レイダ達の無事を祈る事しかできなかった。一方のマイノグーラは、心底不思議そうに、地上に現れたミーンを見る。ミーンは、あつらえた新品の外套に身を包み、そしてにらみつけるようにしてマイノグーラを見た。その目は真っ赤に輝き、全身には、先ほどよりも激しく、黒い煙が巻き上がっている。


「僕と、レイダ、そして」

「ジョウが相手だ」

 

 ミーンが、昼の空のような青空の色だとしたら、ジョウは、夕焼けの空のような色をしていた。同じ空の、異なる色をもつベイラー達。


「……忌々しい」


 すでに何度目かになる同じ言葉を、マイノグーラがつぶやいた。 


「何匹でも殺してやる」


 もう、怒りだけが、今の彼女を突き動かしていた。

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