表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/359

『渡り』のベイラー

ロボットで、少数先鋭の某仕様というのにあたります。

「オージェン様、まもなくです」

「そのようですね……にしても、酷い匂いだ」

「このあたり一帯に漂っている匂いは獣のものでしょうか」

「それにしたって濃すぎますね。これは一体……」


 休暇でコウが雪合戦を、カリンがセッションを楽しんでいたころ。オージェン率いる『渡り』は街道にほど近いゲレーン山岳部に来ていた。パーム盗賊団の定期的な報告会が行われている場所だ。『渡り』のベイラーは3人。それぞれがセンの実をごちゃまぜに混ぜた灰色で塗られている。うちひとりの肩にオージェンが座っていた。


「足跡を見る必要はありません。四ツ目のベイラーは地中にいました。なら、地中を移動できると考えていいでしょう」

「にわかには信じがたいベイラーです。地中に潜むベイラーというのは、日に当たらないことを自ら選んでいると? 」

「キノコと呼ばれているベイラーが城の地下に座っているのは知っていますね」

「え、ええ」

「彼とて、日の光を浴びないことを容認したベイラーです。他にそのように選んだベイラーがいてもおかしくなかった。残念ならが、そのことに気がつけたのは、あの黄色い四ツ目のベイラーに出会った後でしたが」

「オージェン様が気を揉むようなことはありませんよ」

「そう言ってくれると助かります」

「しかし、軍の到着を待たなくてよかったのですか? 」

「四ツ目のベイラー以外に戦力がないなら、その必要もありません。それに、軍の到着はあと4日かかると言います。そんなに待っていると逃げられる。けっして彼らが遅いのではなく、今、軍は復興で一箇所にとどまっていおらず、集結すら時間のかかる状態になっています。仕方ないでしょう」

「なるほど。しかし、盗賊を我々で対処するのは構いませんが、どのようにやりましょう。サイクルランスを引きちぎる四ツ目のベイラーです。生半可な策では通用しないかと」

「崖に突き落とします」

「……はい? 」

「あれもベイラーです。中には乗り手もいる。この高さから落ちて、ベイラーは怪我をするだけで済むでしょうが、乗り手はよくて骨折。悪くて死ぬだけです」

「わ、わかりました。そのようにします」

「姫さまだったら反対なされると思いますか? 」

「それは、もう。あの方はベイラーを好いていますので」

「そうですか。なら、連れてこなくて正解でした」

「オージェン様。見えてきました」

「各々、その場に伏せ」


 指示をとばし、その場に伏せる3名のベイラー。オージェンは肩から降りて、場所を確認する。そこは、崖にまるまるとした穴が空き、ベイラーが何名も入れそうなほど深くまでありそうな洞穴だった。そして、数名、布切れをまとってその洞穴の中に入っていくのが見える。


「あれか……洞穴の周りをみれますか? 」

「お待ちを」


 渡りのひとりがそう言うと、灰色のベイラーのうち、ひとりが頭の形を変えていく。カリカリカリとサイクルを静かに回し、頭部、それも片眼にあたる部分に、円錐状の筒が出来上がっている。その筒には、ベイラーの持つ琥珀状の胴体と同じ透明な物質が見える。


「サイクルスコープの調子は? 」

「良好です。……入口に2人、武器…鉈にみえます。いま入っていったのは3人です」

「16名。パームという男もその中にいるはずです。体格では、長細い体と言いますが、該当する人物はいそうですか? 」

「全員、布で全身を隠しています。ここからでは特定は不可能かと」

「周到ですね。パームという男、やはり侮れない」

「待ってください……オージェン様、このあたりで臭う原因がわかりました」

「何かみえたのですか? 」

「キールボアです……おびただしい数のキールボアの死骸が転がっています」

「……なるほど。あの洞穴は、キールボアの冬眠場所か。住居と食料いっぺんに確保したのですね」

「でもそんなところ、入っただけでキールボアに踏み潰されませんか? 」

「四ツ目のベイラーの胆力で返り討ちにしてしまったのでしょう」

「とすると、カリン姫さまが討伐した巨大なキールボアは、冬眠できなったのではなく」

「盗賊どもに寝床を追い出されたが正しいのでしょうね。忌々しい。……他には? 」

「鎖が運ばれています。これも大きい」

「鎖……鉄製ですね? 」

「そ、そうです」

「ベイラーを拘束するためのものとみて間違いありません。しかし新しく持ってきたということは、もうすでに新たなベイラーを攫ってきたとみて……」


 ここまで言って、オージェンの目が見開かれていく。それは、思考が頭を駆け巡り、答えをだしたときの表情だ。しかし、その答えが、必ずしも自身の理想とする答えでないことが、よくあるこことをオージェンはその身に染みていた。


「オージェン様? 」

「すぐに捕まえます。状況が悪い方向にむいているかもしれません」

「どうしたのです? 」

「あの場所にパームが居ない可能性がでてきました」

「なぜです? 」

「新しく拘束する道具を持ってきたということは、『仕入れた』ベイラーがあとから来るということです。なら、パームはベイラー攫いに今まさに出かけているとは考えられませんか? 」

「このあたりでベイラーがいるのは……」


 部下のひとりが思案する。宿場村であるハの村にはすでにベイラーはいない。新たにさらうのであれば、ベイラーたちが密集し、かつ人もあつまる場所が最適となる。そして、そんな場所がつい最近、出来上がっていた。


「街道沿いの作業場!  オージェン様! 急ぎ戻りましょう! 」

「できません。いまここで盗賊を叩かなければ後々の被害につながる」

「な、ならひとりを街道に戻して」

「もっとできません。ここにきて戦力の分断など無意味」

「なら、どうするのです! 」

「迅速に盗賊を捕まえ、街道まで戻ります。そもそも、パームがあの洞穴にいないと決まったわけではないのです」

「わ、わかりました」

「君は頭に血が登りやすいですね。感情的になりやすい」

「……はい。精進します」

「いいえ。そのままでいてください」

「はい? 」

「この『渡り』には、君のような人がひとりふたりいないと、どんどん感情が薄くなります。そして、感情の発露が乏しい人間は、信用されるのに時間がかかる。それに」

「それに、なんでしょうか」

「人として当たり前の反応をわすれた者の末路は酷いものです」

「胆に命じます」

「そうしてください。では、ひとりは後方でサイクルショットで援護。ふたりは前衛。武器は好きにしていいですが、洞穴での戦いです。長物は扱いにくいと心得てください……では、おのおの、抜かりなく」

「「「はっ! 」」」


 3人のベイラーが、一気にその場から駆け出した。オージェンのその肩に乗る。どれだけ激しくうごいても、振り落とされることなく鎮座している。やがて、洞穴のすぐそばまで来たとき、見張りのふたりが、ベイラーを認め、大声で中にいるであろう者に警告を促そうとする。その行動を阻害すべく、オージェンがベイラーから降りる


 人体の急所はさまざまだが、中でも首というのは、脳から伸びる神経が集中し、損傷したときの弊害がかなり大きい部位とされる。その首めがけ、オージェンは迷いなく自身の肘を振り下ろす。

拳を使わないのは、戦わない職業を演じる際に、自身の拳が鍛え上げられたものだと不審がられるからだ。故に、肘鉄。オージェンから繰り出された肘鉄が、見張りの首に決まり、そのまま崩れ落ち、呻き声だけが耳に届く。


 2人目の見張りは、仲間が突然得体の知らない大男にのされたをみて、ほぼ反射で手に持った鉈で反撃を試みる。勇敢さというよりは、突然おきた状況に理解できず、そのまま混乱によって導きでた答えを出す無策をともなった攻撃だった。


 その攻撃を、オージェンは懐にもぐりこんで、鉈での必殺の間合いから外した。見張りの鉈がだらしなく空を斬る。そのまま、再び、肘を、こんどは振り下ろすのではなく、横になぎ払う。狙うのは、顎。懐に潜り込んだ状態では振り下ろすには近すぎる。故に腕を折りたたんで、硬い肘を相手の顎にぶつける。2人目見張りは、今度は呻き声もあげず、すとんと膝から落ちた。


「穴の向こうから人影は出てきませんね? 」

「はい」

「ではそこの2人を、ベイラーの手の上に乗せてしまってください。縄で結ぶ時間が惜しい」


 オージェンは淡々と指示を飛ばし、洞穴の中に入っていく。2人のベイラーもそれに続いた。

1人は、入口でサイクルショットを構えてその場に居座る。


 すすんでいくと、 異様な空間が目に飛び込んでくる。おびただしい数の異国の金品や武器。貼り付けられた地図。名前が書かれた紙にはそれぞれ、各自がどれだけ盗みを働いたかの記録が残っている。その記録の意図を理解し、オージェンは不機嫌さを隠すことなく毒づいた。


「なんと忌々しい」


 直後、オージェンにむけ複数の槍が投げ入れられる。その数7本。どれも加減などない全力の投擲だが、オージェンがそこから一歩も動くことはない。


「仲間内で盗みを競い合っている。効率よく盗みを働くために班分けまでしているのか。どれだけ盗んだかを誇るために」


 槍がオージェンに届くことはなく、それは巨大な手によって遮られた。灰色のベイラーが、オージェンの背後に仁王立ちしていた。


「なるほど。確かにいままではうまくいっていたようです。だが君たちは運がない」


 オージェンが、投擲してきた盗賊立ちを数える。その数は槍とおなじ7。


「ゲレーンでベイラーを盗むなどしなければ、こんなことにならかなったろうに」

「う、うごくんじゃねぇ! 」

「はて。なぜ? 」

「こ、こいつらは人質だ! 返して欲しけりゃ見逃せ! 」


 数名の盗賊が、懐から鉈を取り出し、奥から人を引っ張ってくる。さらに、言葉は続いた。


「こいつらはろくにうごけねぇ。今俺たちがこいつに何をしようが反撃なんざできねぇんだよ! 」


 奥に、その体に鉈を突きつけている盗賊が吠える。突きつけてられているのは、目隠しをされ、手足を拘束されたベイラーと、その乗り手だ。ベイラーは頭に布をかけられ、目隠しをされ、鎖で手足をがんじがらめにされている。乗り手の方は、足の腱が切られている。動けなくするためだ。


「……あー、ベイラーが7人。被害と一致しますね。全員この洞穴に集めていたと。なるほど都合がよくなりました」

「だろう? 返すから俺たちは見逃してもらうぜ? 」

「見逃す? ……それはできない」

「こ、こいつらを殺したっていいんだぜ? 」

「パームという男を探しているんです。ここにいるのは7人。先ほど2人。これで、合計9人。のこりの6人がどこに行ってしまったのか」

「いうわけねぇだろ! それ以上近寄るんじゃねぇ! 」

「なるほど。ではここにいましょう。 みなさん! 無事ですか! ゲレーンの者です」


 オージェンが洞窟の中で声を張り上げる。すると、頭に布をかけられたベイラーたちが、もぞもぞと動き始めた。鎖を引きちぎらんとするものもいる。ベイラーがひとり、頭を振り回して、かかった布を振り落とし、叫んだ。


「《乗り手は、みんないるのか!? 》」

「ええ、いますよ」

「《俺はどうなってもいい! 怪我は治る! 鎖でたくさん削られたけど、大丈夫だ。乗り手の怪我はなおりにくいんだろう! 助けてやってくれ! 》」

「どうやら無事のようですね。……よかった」

「わ、わかったなら俺たちを見逃せ。そうしねぇともう無事じゃすまないぞ」

「ああ、やはり勘違いをしているようだ」

「なにが言いたい!? 」

「無事が確認できた以上、君たちを煮るなり焼くなりしないと気がすまない連中というのはいます。ですから連れて行きます。悪いようにはしません。しかし。『五体満足』でいられるかの保証はまったくありません」

「ふざけやがって! 」


 ひとりが、その鉈を乗り手のひとりに振り上げた。分厚い刃が暗い洞穴の中でもわかるほど鈍く輝く。乗り手は、覚悟をきめて、目をつぶった。


「ああ、それはいけない」


 バシュゥン


 サイクルショットの独特な射撃音が後方からこの洞穴に響く。現代の火薬をもちいた射撃でないために煙りはたたない。オージェンの後ろに控えていた2人の内1人のベイラーが、サイクルショットを構えて撃っていた。


 そしてその精密な射撃により、鉈だけを弾き飛ばした。通常のサイクルショットよりも小さく、細い針を打ち出したのだ。


「い、いまのは、なんだぁ!? 」

「各々。武器をねらえ」

「「了解」」


 灰色のベイラーたちが動き出す。サイクルを回し、針を生成する。しかし、通常のように腕から生やすのではない。指先をピンと伸ばした先に、何十本ものベイラーにとっては小さな、しかし人間にとっては、致命的な大きさの針を生成する。2人の灰色のベイラーの目が赤く輝く。


「撃て」


 オージェンの声で静かに、それでいて苛烈にサイクルショットが連発される。6人の持っていた武器はたしかに全て余すことなくはじき飛ばされ、その光景をみた盗賊は腰を抜かした。腰を抜かしていない数名もいるが、その盗賊たちはうずくまり呻き声を上げている。彼らは一様に肩を負傷していた。そのように狙ったのは、さきほどオージェンがたしなめた若者だ。


「……武器をねらえといったはず」


たしなめるようにオージェンが言うが、まるで悪びれずに若者は言う。


「人間の腕は武器たりえませんか? 」

「なるほど。よくやった」


 すたすたと、腰を抜かしている盗賊の頭をつかみあげる。盗賊も大柄ではあったが、2mの巨躯であるオージェンほどではなかった。盗賊の足が、地面から離れていく。


「ふたつ質問があります。どこの生まれですか? 」

「お、俺はさ、サーラだ」

「……他の者も? 」

「た、たぶん違う! そんなことお互い聞きくかよ! 」

「それはよかった、あの方の国を疑わずに済んだ。ではもう1つ。『誰に頼まれてました? 』」

「し、しらねぇ! 」


 その言葉を聞き、盗賊の頭が、オージェンの手で締め上げられていく。握力が強すぎて指先が頭にめり込み始める。


「いててててて!? だ、だれかはしらねぇ!! ほんとだ! でも羽振りがよくって!! 」

「そうでしょうね。半年以上潜伏できる資金が盗賊にあるとは思えない」

「そ、そうなんだよ。前金でどさっと! 」

「印象でもなんでもいい。話してください。そうしないと、頭蓋骨に5つの穴があくことになります」

「は、話す! 話す!! だ、だからやめてくれぇええええ!!  」

「わかりました。他の者を縛りあげろ」


 渡りの2人が、見張りをふくめ9人を縄で縛り上げる。怪我もある程度は治し、生きて連れて行く意思を明確にする。オージェンともうひとりは、攫われた人たちを自由にする。


「た、助かったんですね」

「遅くなってしまった。許して欲しい」

「助けてくれた人に、許すゆるさないもないですよ」

「《大丈夫だよな!? 嫌な声がたくさん聞こえたんだけど、大丈夫だよなぁ! 》」

「ああ、大丈夫だ。俺はここにいるぞ。大丈夫だ」

 

ベイラーたちは、己の乗り手が無事であることに安堵し、乗り手の方も、またベイラーに乗れることの喜びを全身で表していた。オージェンはひとりひとり見て回り、無事を最後まで確認する。


その確認の際、ひとりのベイラーがうずくまって動かないでいた。


「ベイラー、ソウジュベイラー。寝ているのですか? 」

「《……ああ、助けが、きてくれたのかぁ》」

「はい。帰りましょう」

「《……そうだなぁ。そう、しよう》」


 なにやらずっとうつむいたまま、それでも一応は立ち上がったひとりのベイラーを見送る。


「尋問は帰ってからゆっくりやりましょう。急いで戻ります。2人は盗賊団をこのまま国につれていきなさい。 1人は私と来るように。みなさんも、1度街道に行きます」

「「はっ! 」」


 ベイラーが盗賊たちの前にたつと、両手をその頭上にかざし、サイクルを回し始めた。手のひらから格子状に広がる樹脂が、立方体に生み出されていく。やがて、盗賊たちの足元に、床となる部品が広がると、その手を頭上から離す。そこには、サイクルを回してつくられた牢屋ができあがっていた。ベイラーが、2人掛かりで持ち上げる。


「死なせてはいけません。重要な情報をもっているはずです」

「はい」

「でも、酔わせないようにする必要はありません。ベイラーにのって、酔って死んだ人間はいませんからね」

「了解です。では、また共に」


 2人のベイラーが山を下っていく。


「では、これから街道に向かいます。案内するので、付いてきてください」

「「「「「「《はい! 》」」」」」」


 ベイラーと、その乗り手たちが、一斉に声をそろえて応えた。


「速度は出さなくていい。確実に全員家に返す」

「……分散していたら、運び出せませんでしたね」

「だが、一箇所に集まっているとはおもいませんでした。存外戻るのも時間がかかるかもしれない」


 洞穴からでると、何日かぶりに見たであろう日の光に、目がくらんだのか、それともうれしさからか、泣き出すものが現れる。


「《あったけぇなぁ……》」

「冬になってたんだなぁ…」


 ふと、オージェンが足を止めた。さきほど声をかけたベイラーの動きが悪く、ついてこれないのだ。見れば、他のベイラーよりもなにやら怪我が酷いそれに、切り傷ではなく、また別の種類の怪我にみえる。しかし、すでに足元の鎖が邪魔しているわけでもなく、本当に『歩くのが苦手』といった体裁で、そこにいる。それをみて、悪い予感を胸に、オージェンはベイラーに訪ねた。


「君は……乗り手は、どうした? 」


 ゆっくりと、ベイラーはオージェンを見て、答える。掻き消えそうな、細い声だった。


「《彼は、口下手だが、思いやりを忘れない男だったよ》」


 光を灯さないベイラーの瞳が、過去形で語るその言葉以上に意味を乗せていた。それをみて、オージェンの唇から、血が流れる。時間も、ゆっくりと流れた。


「―――それは、どうゆう。なぜ、君の乗り手だけ」


 時間にしてわずが数秒も満たないはずの、永遠にも似た一瞬の時間流れを経て、あくまで、あくまで感情的にならずに、その理由を問うた。


「《手口が私だけ違ったのだ》」

「1人でいるところを、狙われたのではないのか」

「《捕まった皆がそう言っていたが、私だけは違った。……恐ろしいことをする人間だ。あんなことを思いつく人間がいるのか》」


 ベイラーは、その場で膝をついた。その両腕で体を抱き、震えている。


「なにが、なにがあった? 」

「《それは―――》」


 ベイラーの口から、詳細が語られる。その言葉ひとつひとつで、オージェンは唇をさらに噛み締めた。そこに、列から遅れているベイラーを気にしてあの若者がこちらに来る。


「オージェン様、どうしたんですか?そのベイラーがどこか…」


「 ふ ざ け る な ぁ!! 」


 オージェンの怒号が、この森に響いた。まだ木々に残っていた雪が、その声によって枝から堕ちる。不用意に近づいた若者は、その怒号を聞き、耳なりで周りが聞こえなくなった。耳を塞ぐのが間に合わなかったのだ。


 しかし、自分に身に何が起こったのかも理解できず、しきりに耳を触っている。そんな若者をみて、オージェンは、自分が今どんな声をだしたのかに気がつき、時間を置いて、謝罪をする。


「……すいません。大声をだしました」

「うおぉ、聴こえだした。……えっと、何が、あったのですか? 」

「私の中で、感情を抜きにして、事実だけを述べられるようになるまで時間がかかっています。もう少し、この話をするのは待って欲しいですね」

「はぁ。オージェン様が、そういうのであれば」


 若者から向き直り、再びベイラーと向き合う。その琥珀の胸に触れ、うつむきながら、同じ言葉を重ねる。


「遅くなって、すまなかった。 」

「《あなたが、謝ることではない。……観測所での日々は、実に、楽しいものだった。きっとベルナディッドもそう思ってくれている》」

「亡骸もないのですか」

「《埋められてしまった。どこにあるのかもわからない》」

「そうか。そうか……すまない」

「《口癖になってしまうぞ。それ以上は無用だ。恩人に謝られても困るのだ》」

「ああ、ならば、こう言おう」


 オージェンが、琥珀の胸に触れた手を離して、真っ直ぐにベイラーと向き合った。


「立ち上がってくれてありがとう。また共にあれることを、私は誇りに思う」


 ベイラーも、その言葉に向き合う。


「《ああ、人とは、そうでなくては》」


 その目に、初めて、光が灯った。


「オージェン様、あの場に、四ツ目のベイラーがいなかったということは、つまり……」

「あ?ああ。……やはり、攫いにいったようです。そして、君の推測通り、街道、それも外れにいるベイラーを狙うはずです」

「はい! かならず防ぎましょう。これ以上、盗賊には好きにさせません」

「ああ。必ずだ。……必ず防ぐぞ」


 ゆっくりと、道を下る一行。その足取りは様々だが、閉所からの開放感よりも、ふたたび自分のベイラーとこうして歩けることに感謝している者たちのほうが、この場では多い。そして、ベルナディットのベイラーは、手を取られつつも、その歩みは誰よりも力強かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ