ベイラーと突撃命令
「み、みろ! でかい奴が! 」
「目が、いてぇ! 何ださっきの光! 」
戦場の真ん中にいた、巨大なヒトガタが、要塞から発射された熱線によって、文字通り吹き飛ばされた。巨体は相応の重量があり、住宅地に落下すると、あたり一面に破片という破片をばらまいていく。その肌は紅く焼けただれ、体の中心部には、まるでドリルで無理やり抉ったかのような傷が残っていた。
兵士達の方は、巨大なヒトガタが倒れ、歓喜している者が半数、熱線の光を見てしまい、目が眩んでいる者が半数といった次第であった。そして、それは敵として戦っている『聖女の軍勢』も同じ。
「今の光は、一体」
だが、目を焼かれていない者たちは、倒されたヒトガタに対して、絶望を感じるより先に、茫然としてしる者の方が多かった。武器を持ち、敵を目の前にしながらも、その場に立ち尽くしてしまう。
「は、はは、マイノグーラ様のお子が」
「だが、あの程度では、あのお子は殺されない」
「そうかいッ! 」
立ち尽くしている相手を、鉄拳王シーザァーが、ほぼ一方的に殴り倒していく。彼は今、居心地の悪さで頭が一杯だった。敵として相手しているのは、どれも一般人で、武器の扱いはおろか、兵法そのものも習っていないようなズブの素人ばかり。ただ戦意がこちらの兵士より圧倒的に高いというだけの烏合の衆。そして、その烏合の衆に交じるようにして、猟犬が時折現れ、こちらの兵士を喰らっていく。喰らわれたが最後、兵士は猟犬となり、先ほどまでとなりで供に戦っていた仲間を、その牙で喰い殺そうとしてくる。
「(今の兵士の総数は? この短い間に、何人猟犬になった? )」
頭によぎる、仲間たちの顔。今すぐにでも確認し、その安否が気になる。だがその懸念を吹き飛ばし、ただ目の前の敵を、その拳で打ちのめしていく。
「得体のしれないヒトガタが倒れたぞ! 進めぇ! 」
己を鼓舞し、味方を鼓舞し、ただただ進む。退路は無い。進み、マイノグーラを倒すまで、この戦いは終わらない。これは最後のあがきである。
「(長引けが不利は必定、まだか! )」
マイノグーラの居場所をつきとめさえすれば、あとは総群でかかるのみ。だが、まだ前線には、そのマイノグーラの居場所については伝わっていない。
「死ねぇ! 」
横腹めがけ、『魔女の軍勢』の男が、雑多なナイフで刺し殺しに来る。防具の類は身に纏っておらず、平民の服である。そしてナイフも、刃が下になっている。殺傷力を上げるなら、刃を上に向けて突き刺すほうが良いが、その事すらこの相手には無い。あるのは、その血走った目と共にある殺意だけ。一瞬の邂逅であったが、その刃には血が付着していた。それはすでに、誰かを、同じように突き刺したのだと分かる。致命傷にならずとも、傷をうけ、一瞬でも足を止めれば、たちまち猟犬の餌食であっただろう。
「死ねるか! 」
シーザァーは、冷静に横から来たナイフを、その持ち手を弾く事で地面に叩き落し、そして、がら空きになった顎に向け、正拳突きを放つ。男は顎を強かにうち、そのまま崩れ落ちるようにして倒れた。口から泡を吹ている。脳震盪である。トドメを指すのは定石であるが、そんな暇すら惜しい。
「まだか! 」
「うゎああ! 」
「ええい! 次から次へ―――」
雄たけびを上げて突進してくる相手に向け構えと取った瞬間、シーザァーは己の体が一瞬硬直するのを感じた。敵は、物干し竿を、斜めに切って槍にしただけの武器を持って、突撃してきている。無手で槍を相手にするには、相応以上の力量がいるが、相手がズブの素人であれば対処も容易い、真っ直ぐに突いてくるだけの突きなら、刃となっている穂先を、さきほどの男と同じように叩いて落とし、下がった事で間合いの中に入り込み、槍を奪う等すればいい。槍がもし脆い物なら、持ち手としている部分を折る事もできる。さまざまな対応策が、シーザァーの頭の中にはあった。実行もしようとした。
だが、突っ込んできたのが、貴族の服を着て、それも年端もいかぬ少女であった事に理解が僅かに遅れてしまう。まだ子供であるのに、血走った目は先ほどの男と同じだった。
「うぁあああ! 」
「―――」
一瞬、その一瞬のせいで、雑多な槍に左肩を突かれる。そして間の悪い事に、着こんだ鎧のちょうどスキマに槍が入りんだ。これは少女が名人であったのではなく、本当にただの偶然であった。
だが、偶然であろうとなかろうと、シーザァーの体にダメージが残る攻撃を与えてみせた。
「(不覚! )」
この場で叫びたい気分だった。シーザァーは今までさまざまな修羅場をくぐってきたと、自分でも思っていた、仲間たちもそうであると信じていた。
だが、この戦場は、今まで見たどの戦場よりも激しく、醜く、おぞましかった。
「ぬぉおお! 」
槍が貫通する前に、手でつかみ取り、持ち手を拳で叩き折る。真っすぐ突進してきた娘は、そのまま勢いを殺せず前のめりに突っ込んでくる。そしてシーザァーは、その娘の胴体に、ただ膝をあわせてやれば、自動的に膝蹴りが決まる。ゴリッと内臓が抉れた鈍い音が鳴ると、娘は盛大にむせ返り、膝をつく。
「ゲッホゲッホ」
「――」
咳き込み、膝をついた娘の頭を、そのまま拳で打ち下ろし、地面に叩きつける。顔に傷が残るかどうかなど、この際考える事は無かった。娘は、うずくまりその場で丸くなる。うめき声が聞こえる為、生きているのはわかった。
「……少し刺さったか」
幸い、刺さった槍は貫通しておらず、激しい痛みがある事以外は、極めて良好だった。刺さった槍を抜けば傷口が開き、逆に血を失ってしまう。そうなればもう戦う事ができない。
「まだだ、倒れる訳には」
「「「うわぁあああ! 」」」
目の前に広がる、『聖女の軍勢』、その一団、もはや鬨の声なのか、悲鳴なの判別できない悲痛にみちた叫び声で、こちらに迫ってくる。その一団の後ろには、数匹の猟犬。邂逅すれば、軍勢の方はどうにでもなるが、猟犬に対処できなくなる。
「手が足りぬか―――」
「ならば手を貸そう」
聞き覚えのある声が聞こえると、次の瞬間、体の横を、突風が通り過ぎた。その風は、人のようで、片手に剣を、片手にソードブレイカーを持った変則二刀流の剣士だった、剣士は、迫りくる一団に斬り込んでいく。敵の攻撃を、そのソードブレイカーで止め、一刀で斬る。時に突き、時に薙ぎ払い、一団のことごとくに一刀を浴びせていく。剣士は金髪で、この暗い戦場でも、よく目立った。金髪がなびき、剣がひらめく。一連の動作のキレは凄まじく、ひとりを打ちのめしたと思えば、すぐに標的が変わっている。そして、瞬きしている間に、たったひとりの剣士によって、一団は無力化されてしまった。
剣士は肩で息する事もなく、剣についた返り血を振るい落とす。
「シーザァー殿。大丈夫か? 」
「サ、サーラ王」
サーラの王、ライ・バーチェスカが戦場でその剣を振るっている。
「お后様の、ご容態は? お傍にいなくてよいので? 」
「ああ。ロペキスに任せた。俺が居てもどうしようもないしな」
そういって力なく笑う。笑うが、男女問わず魅了するような金髪に返り血が突き、そして目が笑っていない。援軍であるはずなのに、畏怖さえ覚えそうな様相だった。
「今は兵が足らんのだろう? それとも俺では頼りないかな? 」
「し、しかし、船の護衛は」
「そちらも問題ない。俺の父上が要る」
「父上……? しかしライ殿の父は」
ここ帝都に来ていはいないはず。シーザァーがそう続けようとしたとき、ライは遮るように伝える。
「義理の父の方だ」
◇
兵士達がいくら戦おうとも、猟犬を推しとどめようとも、迎撃要塞を用いても、どうしても穴はできる。ネズミ一匹通さない、という訳には行かなかった。五人ほどの『聖女の軍勢』と、一匹の猟犬が、避難船に迫りくる。現在、避難船にいるのは、戦えない者たちばかり。武器を持った事がないものではない。武器すら持てないような者たちである。
「ひとりでも多く殺す」
「ひとりでも多く食らわせる」
「そうすれば、聖女様に認めてください」
うわごとのように繰り返し、軍勢は突き進む。だが、目の前にひとりの男が仁王立ちしていた。護衛である事は想像できたが、たった一人。侮る訳ではないが、無茶であろうと彼らは考えた。
「まずはひとりだぁああ! 」
猟犬が、その頭を喰らおうと真っ先に飛び掛かった。だが次の瞬間、船から発射された大量の水が猟犬にぶち当たり、そのまま地面に落下していく。対猟犬用の、『水砲』である。
「船にも備えてあったのか」
「そうだとも」
仁王立ちしていた男が、その背に持った太刀を抜き取る。カリンが持つ刀より分厚く、重く、大きくできているソレは、本来、力を誇示する為に作られるような儀礼用の太刀である。
「―――スゥウウ」
男が、短く息を吸い込んだと思えば、軽快な足取りでその場から駆けていく。太刀を振り上げ、まっすぐ、なんら躊躇もせずに、突っ込んでくる。
「な、なんだぁ!? 」
「―――ズァアアア」
遠くから聞こえてくるその声が、近づいてくるほど、耳に突き刺すほどに大きく強くなっていく。
「ズァアアアアアアアアアアア! 」
恥も外連もなく、目玉をひん剥き、口を広げ、その雄たけびのような気合いで、五人の敵は、その体を硬くしてしまう。
その剣士―――ゲレーン王、ゲーニッツの持つ剣術は、カリンが使う物と同じ。違いがあるとすれば、練度や習熟度ではなく、筋肉量と声量。
「ズァアアアアアアアアアアア! 」
「「「うぁあああ!? 」」」
振り下ろした剣は、雑多な武器では受け止める事もできず、その胴体に食い込み、敵の一人がしたたかに打ちのめされ、地面に押し付けられた。そして、食い込んだ刃を持ち上げ、再びの叫び声。
「ズァアアアアアアアア!!!」
「「うわぁあああ!?!?」」
構え、打ち下ろし、振り上げ、構え、打ち下ろす。とても単純な繰り返し。だが、その圧倒的な肺活量から来る大声により、敵がひるみ、叩き伏せられていく。そして、振るう太刀を引く事をせず、文字通り叩き落している為、斬る事をしていない。それでも、単純な質量を、筋力によって叩きつける為、鈍器としての威力はすさまじい。その一撃により、敵の人体に一条のへこんだ跡を残していく。全員、綺麗に鎖骨から肋骨にいたる部分、その全ての骨が折れている。
「ズェアアアアアアアア! 」
そして、物のついでのように、さきほど水砲を浴び、吹き飛ばされていた猟犬の核を、真っ二つに砕き割る。猟犬であったものはその姿が霧散していき、やがて叩き伏せれた人々は、細かく息をするのが精いっぱいで、言葉を発する事が出来なくなった。細い息が、まるで笛のように鳴っている。
「―――こんなものか」
避難船の前には、カリンの父であり、ライの義理の父にもなったゲーニッツが、その剣を振るっていた。
◇
「あの方の剣の腕は」
「確かだ。俺が保障しよう」
「では、我らは」
「目の前の敵に集中するまでだ」
目の前の敵、今だ猟犬と、本来であれば手を取り合う事ができたであろう人々。なぜ彼らがマイノグーラを聖女として扱い、付き従っているのかは分からない。しかし、敵として立ちはだかる以上、戦わねばならない。
「マイノグーラに惚れでもしたのかね。彼らは」
「――まさか」
ライの皮肉めいた言葉に、そんな馬鹿な、と否定しようとしたシーザァーであったが、彼らの、妄執に取り付かれたような血走った目が忘れらない。強迫観念にでもとらわれたような顔つきで、女子供も分け隔てなく、兵として仕立てあげてきたマイノグーラであれば、可能ではないのかとさえ想った。
「(そもそも、あの初代剣聖が心酔したのだ。訓練もしていないただの平民が、マイノグーラに心酔しないとどうして言える? )」
それは、逆説的な考えであったが、不思議と腑に落ちた。
「であれば、マイノグーラの、魔性に当てられたのでしょう」
「魔性か。なら残念だったな。俺には効かん」
「……でありましょうな」
戦場だというのに、思わずくくくと笑ってしまう。サーラ王が、その妃にぞっこんであるのは、サーラの民の語り草であった。帝都での招集で各国が集まった折にシーザァーも知った事である。
笑った事で、少しだけ心に余裕ができたのか、それとも、まだ余裕があったから笑えたのか。今はひとまず、この拳をもう一度握り直すだけの気力が湧いた事に、シーザァーは感謝していた。
そして構えを取り、敵軍に向かおうとすると、背後で、大きな炸裂音と共に、避難船から、淡い緑色の煙が上がっていくのを目にする。帝都や、その他の国でも用いられる狼煙である。色も様々用意されるが、そのうち、緑は、今回、目標発見の報せに、用いられる事になっていた。
目標発見。それすなわち、結晶の魔女、マイノグーラが発見された事に他ならない。
「あの狼煙、たしか」
「マイノグーラ発見の報! マイヤ殿、よくやってくれたぁ! 」
シーザァーが喜びの声を上げる。つられるようにして、兵士達がにわかに活気づく。彼らもまた、この報を心待ちにしていた。そして、狼煙を見た兵士達、ベイラー達が、シーザァーのいる最前線に、一気に集結していく。傷つきながらも、それでも戦い続けた彼らの数は、全体の九割は残っていた。戦意は十分。そして、地上にいた龍石旅団のメンバーも続々と集まってくる。
そしてその団長であるカリンと、そのベイラーコウが、空から着地した。
《みんな、まだ残ってくれている》
「ええ。でも、これからよ―――ってお義兄様!? 」
「やぁカリン。こうやって、一緒に戦えてうれしいよ」
「は、はい! 」
本当は、共に戦うような状況になど陥りたくはない。本来はそう答えるべきであると、カリンの冷静な部分は考えている。だが一方で、本気で戦い、競い、そして称え合った者と、こうして肩を並べて戦う事は、今まで経験した事ない体験であり、それは不思議と悪い気分ではなかった。ここは戦場で、いつ猟犬に食い殺されるかわからぬ場所のはずなのに。
「(戦える事に、喜んでいる……まさか)」
『果ての戦場』で、戦い続ける人々を見てしまったせいなのか。頭に過る光景はそれほどまでに鮮烈だった。そこで戦い続ける人々は、泣く事もなく悲ししむ事もなく、ただ戦う為だけに生きていた。だが彼らは、何故か分からないが、歯をむき出しにした、強烈な印象に残る笑顔をしていた。それはカリンの中で、戦う喜びと笑顔が結びついていない為に起こる不和。
「(今は、そんな事を考える暇じゃない)」
「カリン! もう揃ったか?」
「黒騎士がまだきてないようです」
「すまない、遅くなった」
ほんの少しの逡巡だったが、その間に、カミノガエがブレイダーを、黒騎士が、レイダと、ヨゾラ、そしてリクを伴ってやってきた。ここにいる、戦力としてのベイラーはすべて集まっている。そして彼らは、下される号令を今か今かと待っていた。
「カリン、君がやった方がいい」
「陛下でなくてよいのですか? 」
「君のほうが人心をよく知って居る。悔しいとすら思えないほどにな」
「……わかりました。コウ、ちょっと手伝って」
《おまかせあれ》
カリンが、コックピットから躍り出て、コウの右手に乗る。コウは、カリンをそのまま持ち上げる。コレで、カリン専用のお立ち台となった。カリンは己の剣を抜き、天へとかざす。息を吸い込み、敵を睨む。
『聖女の軍勢』は、現れたカリンを前に、怒りを露わにしている。マイノグーラから何か言われているのか、それとも、集まったベイラーの総数に対して、自分達の、サイズの違いによる劣等感を覆す為なのか、喚き声をあげて威嚇している。彼らの背後には、ベイラーの外にでたカリンを喰らおうと、猟犬が退去して押し寄せていた。
演説などしている暇はない。もともと、やる事は決まっている、たたひとこと、カリンの掛け声で、ここに居る皆は、命を懸ける。掛けられる。この号令をかければ、もう止まる事はできない。否。許されない。だが、号令せずに、ここでなぁなぁで戦い続けても、意味はない。
「総員」
兵士達に、仲間に、ただ無事であれと、僅かな祈りを込めて剣を、そのまま降り下ろし、その祈った口で、眼前の、全ての敵へと向けて、命と断つ為に言い放つ。
「突撃ぃいい!! 」
《《「「うぉおおおおおおおお」」》》
兵士が、ベイラーが、ここにいる仲間全員が吠える。大気が声によって震え、身に纏う衣服がビリビリと揺さぶられる。号令をかけたカリンとコウを残し、総突撃が始まる。作戦ですでに決まっていたとはいえ、この迫力に尻込みしそうになる。そして『聖女の軍勢』は、勢いに完全に飲み込まれている。ウォリアー・ベイラー達がもつ水砲で猟犬を無力化し、ただひたすれに進んでいく。
これは決死の突撃である。この突撃は、そもそも後ろを気にしていれば不可能な突撃。背後の、避難船を一旦頭の外に置き、マイノグーラめがけ、全戦力をもってして一点突破を図る。これは人が集まる場所に猟犬が向かう習性も利用している。今この戦場で、猟犬が喰らうべき人間が一番多いのが、この突撃隊なのだ。
だが、すこしでもこの突撃の勢いが弱まり、マイノグーラにたどり着けなければ、敗北。もしたどり着けたとしても、そこでマイノグーラを倒すのにてこずれば、こちらの軍は背後をとられ、包囲される形となり、それもまた敗北につながる。この突撃を、なんとしても成功させ、マイノグーラにたどり着き、そして倒さなければ、この地に、この星に、この戦いに、未来はない。
「コウ! 」
《遅れは取らない! 》
カリンはすぐさまコックピットに座り、サイクルジェットを点火させる。指揮を執る人間であるが、同時にコウは最前線で戦う身でもある。
「いけぇえええええ!! 」
緑の炎が、コウの体を押し上げ、仲間たちと供に突き進んでいく。これでも、彼らは、戻る事はできなくなった。ただひたすらに進む以外無くなった。目指すは、中央に鎮座するマイノグーラである。




