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ベイラーとヒトガタ


 帝都上空。ヨゾラに乗って空を飛ぶマイヤの目には、その化け物の存在はよく見えた。


「人型の猟犬? なんて大きさ。バスターベイラーみたい」


 実際、バスターベイラーと全長は遜色無い。マイヤの目には、その実態はまだハッキリとわかっていないため、新たな猟犬が出現したものだと判断した。相対するコウ達に加勢する事も頭によぎったが、己の使命を思い出し、奥歯を噛み締めて戦場を見渡す。


「ヨゾラ! マイノグーラは!? 」

《イナイ! イナイ! 》

「やはり結晶の中なのでしょうか」

《マイヤ! シタ! 》

「下? 」


 ヨゾラの声に耳を傾けつつ、足元を覗き込むようにして、言われるがままに下を見る。マイヤ達は、ちょうど戦場を一望できる位置にいる。そして、巨大なヒトガタが蠢いているさらに奥に、おびただしい数の小型猟犬、そして。


「(武器をもった人間がいる!? )」


 なぜ人間がマイノグーラの味方をするのか。そしてあまつさえ武器をもって、こちらの、生き残った人間を攻撃してくるのか。マイヤ自身、『聖女の軍勢』を目にするのが初めてだったが、己の目で見ても、やはり信じがたい存在だった。


 武器といっても、剣や槍を持っているのではなく、棒に包丁を適当にくくりつけた物や、壊れたランプ。割れたガラス片をナイフにした物など、統一感がない。帝都は土地が痩せており、農民という身分が無い。その為に、すぐに戦いで使えそうな農具も無く、兵士でもない平民が持ち得る武器は少ない。結果、有り合わせで作られてた、故に、彼らの武器は粗末で脆い。さまざまな組み合わせの武器があったが、一度使えば壊れてしまいそうなほど、そのどれもがひどく貧相な造りであった。


 軍勢のすぐそばには、小型猟犬が、本物の番犬のように、雑多な武器をもった軍勢に寄り添っている。分かっていた事だが、軍勢と小型猟犬合わせての数は、こちらよりも圧倒的に多い。そして軍勢にはもう一つ特徴がある、


「(あれは、怯えている? )」


 誰も彼も、武器をもつその手が震えているように見えた。なぜ怯えているのかはわからず、しかしマイヤはそれ以上の観察ができなかった。


《マエ! リョウケン! 》

「噂の空を飛ぶ奴!? 」


 1匹、飛行型の猟犬がヨゾラの行手を阻む。飛行型猟犬は、コウモリのような、皮膜でできた翼をなんども羽ばたかせ、その牙でヨゾラを噛み砕かんと、衝突も恐れずに迫ってくる。

 

「飛び道具で無いのならァ!! 」


 現代の戦闘機がおこなう空中格闘戦とは、少々意味合いが異なる。文字通り、これは空中での爪や牙、得物を使った格闘戦。お互いに空を飛んでいるのならその翼を折ってしまえばそれでお終い。ひどく簡単な理屈。だがマイヤは、コウの戦いを、レイダの戦いを見て、1つの確信があった。それは、空を飛べる者が扱う飛び道具は、非常に強力であると言うこと。戦いにおいて、マイヤは己をズブの素人であると信じて疑わない。料理で包丁が扱えても、人を斬る為に剣が握れるとは思ってない。


 そんな素人でも、飛び道具が戦いで有用なのは理解できる。マイヤが理解している闘争での勝利とはすなわち、相手の攻撃に当たらず、こちらの攻撃を当て続ければ良い。敵に剣で攻撃されれば、盾で防ぎ、こちらの剣を相手にあてる。その繰り返しで敵は力尽きる。そして飛び道具があれば、相手の剣がこちらに届かぬ距離で、一方的に攻撃を当て続けられる。無論、あくまでこれはマイヤの、大雑把すぎる考えである。そもそも飛び道具を動く相手に当てるのは、相応以上の技量が必要であるし、マイヤは、剣を持つ敵側も、同じく盾を持っている事に気がついていない。


 閑話休題。

 

 マイヤの、あまりに大雑把過ぎる認識ではあるものの、飛び道具が戦いにおいて有用なのは、古今東西その通りである。重要なのは、距離の概念。地上での二次元的な戦いですら、高所を陣取った軍が有利である。そして、空を飛行し、三次元的に戦えると言うのは、それだけで圧倒的優位である。そこに、敵に近寄る事なく、間合いの外から一方的に攻撃できるとくれば、それはもはや戦いではなく、ただの的当て遊戯となる。


「サイクル、ショット! 」


 ヨゾラの翼の一部、胴体に近い部分の形が変わり、筒状となる。ヨゾラには腕がなく、翼がその代わりである。そして変形させた場所は、本来手のひらにあたる部分。その部位はサイクルを回し、武器や道具を生み出す事ができる。


「オルレイト様のようにはできませんがッ」


 マイヤは相手に狙いを定める術をまだ知らなかった。故に、なりふり構わず、とにかく数を撃つ事にした。空中の真正面、それもこちらに接近してくるのなら、狙いを定める時間より、撃った時間が多い方が命中しやすいと考えた。


「ヨゾラ! 」

《ウテェ! 》

 

 作り上げた二門のサイクルショットから、針が高速で撃ちだされる。バシュン、バシュンと、等間隔で、連続して、ひたすら当たるまで撃ちつづけた。 マイヤの戦術は、基礎知識の乏しさからどれもこれも大雑把である。だが、それでも、正道をはずしていない為に、大雑把な戦術はマイヤの想像以上に、しっかりと機能した。何回目かの射撃の際、一発が空飛ぶ猟犬の翼を射抜き、そのまま失速して地表へと落下していく。


「や、やった」


 敵である猟犬を討ち落とした。その事実を受け入れると、沸き上がる達成感と充足に、心と体が満たされそうになる。この充足を求め、さらに猟犬を探そうとしてしまう。


「(だ、駄目! 私の役目は敵を倒す事じゃない! )」


 思わず操縦桿を握り直し、再び空へと舞い戻る。


「地上の大きいのは、姫様に任せるしかない……私の役目は、マイノグーラを探す事! 」


 目を皿にし、地上を見て回す。地上にいる大きなヒトガタの周りに、人の軍勢が控えている以外は、特段なにも変わらない。瓦礫の奥に猟犬が隠れている様子もなく、少々肩透かしを食らう。


「やっぱり、あの結晶の中に? 」


 中央にある、六面体の、不気味な結晶体。今だにその目は開く事はなく、この戦いが始まってからも、沈黙を保っている。もしあの結晶の中にマイングーラが籠っていた場合は、今回の作戦上、最も困難な前提条件となる。


「やはり、隠れているのか……」

《マイヤ》

「見つけましたか!? 」

(ヘンナノ、アル》

「へ、ヘンナノ? 」

《フタツ! 》

「2つも?」


 ヨゾラが見つけた視界に、焦点を変える。そこには、あの巨大な六面体の前に、ほぼ似たような形状をした、小さな六面体がふたつ、チョコンと佇んでいる。周りの建物と同じくらいであり、大きいと言えば大きいが、その何十倍も大きい六面体が背後にある都合、遠近感が狂ってしまう。


「あんなもの、前の戦いの時は無かったけど……ヨゾラ、近くに不時着を」

《ハーイ》

 

 瓦礫の足場に着陸するのは、以前のヨゾラであれば難しかったが、この短期間、避難所での正確で、さまざまな場所に物資を届けていた彼にとって、もはやデコボコでない地形に着陸することなど朝飯前になっていた。


 ひときわ大きい建物の影に隠れるようにヨゾラを隠し、マイヤは屋根を伝ってよじ登る。もし、アレが小型の六面体で、自力で動く事ができるのであれば脅威だが、しかし、ピクリとも動く様子はない。試しに、黒騎士から授けられた単眼鏡で、さらに詳しく様子を観察する。


「……何か、半分くらい入ってる? 」


 小さな六面体の結晶は、やはり氷のように透き通っている。そしてその中身には何か入っているようで、しかし遠目からでは何が入っているかは分からなかった。


「もう片方にも……こっちは、全部……? 」


 そしてもう一方にも、やはり影がある。よくみれば、ひとつめより、もっと中身が詰まっているようにみえた。だがこちらも、そこまで全容が見えない。


「もしかして、他にもある……? 」


 結晶の周りを一通り見てみても、同じ物は見つからない。瓦礫の中でひっそりとたたずむその結晶はよく目立っていた。


「アレがなんなのか分からないと、なん……と……も……」


 そして、そのよく目立っていた結晶の元を観察していたとき、ソレを見つけた。


 優雅な足取りで、氷雪を思わせる白銀の髪がなびく。話に効いていた衣服とは違って、しっかりとした襟のついた、貴族のような服を身に纏っている。下半身はスカートであるが、拾ったのか、それとも後から裂いたのか、パックリとわれて太ももまで見えている。その足はおよそ健康的ではなく、細く頼りない。遠目からでも、結晶と同じように、異様さを醸し出している。


 マイヤは、すぐさま、その存在が『結晶の魔女』であることに気が付いた。


「(いた! いた! 後方だけど、たしかに、要る! )」


 足音を立てないように、ゆっくりとその場を後にしていく。見つかるかもしれない恐怖と、役目を果たせた興奮がぐちゃぐちゃになりながら、すぐさまヨゾラの元に戻る。


「ヨゾラ! 全速力! 」

《ミツケタ!? 》

「見つけた! 」


 見つからずに逃げられたのは不思議ではあったが、それよりもまずは、マイノグーラの居場所をカリン達に伝えなければ、仕事を果たせたとは言えない。ヨゾラのコックピットに収まり、操縦桿を握りしめる。すぐにサイクルジェットを点火し、この場を後にしようとした。


「戻りますよヨゾラ! 」

《マッテ! テキ! 》

「敵!? 場所は!? 」

《スグソコ!! 》


 ヨゾラが叫んだその時、マイヤは初めて気配を感じ取り振り向いた。次の瞬間、ヨゾラに牙を立てて襲い掛かろうとする、猟犬がいる。背中には翼があるが、中ほどからぼっきりと折れている。さきほど翼を射抜いた個体であると気が付くのに時間はかからなかった。


「しつこい!! 」


 サイクル・ジェットを猟犬に向けて吹かす。火柱が一瞬で立ち上がり、猟犬はたちまち丸焦げになっていく。だがそれでも、襲い掛かる意思は消えることなく、まっすぐヨゾラに向かってくる。このままでは牙を立てられ、ヨゾラもまた猟犬と同じになってしまう。


「―――ヨゾラ! 二個のうち一個を使います! 」

《ワカッタ! 》


 託されたのは、単眼鏡だけではない。ヨゾラは翼に備えた爆弾を外す。そして、外した爆弾を、翼で打つように、まるでテニスのラケットでボールを打つように、爆弾を猟犬に向かって打ち込んだ。


「最大加速! 」

《カソク! 》


 爆弾の導火線は、サイクル・ジェットの余波ですでに点火している。ジジジと音を鳴らし、その火はすぐに爆薬へとたどり着いた。


 直後、耳を圧迫する爆音と、衝撃と、爆風がヨゾラを襲った。ヨゾラはただ、マイヤを巻き込まないその一心で、加速し続ける。爆風によって体が安定せず、瓦礫の山に何度も何度もぶつけそうになる。


「こら、えて! 」

《コラ、エル! 》


 飛行を安定させるために、ふたりはとにかく高度を取ろうとした。。背後から来た爆風が後押しとなり、ヨゾラはぐんぐんと高度を上げていく。やがて、龍の腹が目前とせまるほどに、高度を稼ぐと、旋回して爆心地を覗き込む。


「……なんて、すさまじい威力」

 

 戦いで瓦礫の山となったはずの街。そこがまったくの更地になっている。たった一発、それも大型でない爆弾でこの破壊力。もしコレが、戦争の際、もっと多くの数、もっと巨大な爆弾で帝都に使用されていたら、帝都ナガラは、地図から消えていてもおかしくなかった。


「……なのに、まだいる」


 離れていたとはいえ、その余波を受けてなお、マイノグーラはそこに佇んでいた。ふたつの結晶を前で、空を飛んでいるヨゾラに顔を向けている。遥か彼方の上空だというのに、マイノグーラの視線を感じ、マイヤは背筋が凍った。


「(爆弾はもう1発ある。今からでも放り込めば……)」


 それは、条件反射か、反撃というべきか、とにかくマイノグーラを滅しなければならない使命感を感じた。爆弾の威力は、さきほど証明された。ならば、直撃させてしまえば、マイノグーラの致命傷にはならずとも、あの、ちいさい方の六面体は破壊できるかもしれない。


 だが、状況がソレを許さない。


《ホカノヤツ、3ヒキ! クル! 》

「ああ! もう! これ以上は駄目! ヨゾラ! 撤退します」

《ハイ! 》 


 追撃する暇が、敵の出現によってなくなった。それも、ヨゾラひとりに対して三体。数的不利である。戦う力が無い訳ではないが、他の旅団のメンバーと比べ、どうしてもヨゾラは劣っている。元々が、飛べないベイラーと寄せ植えする事で、飛行を可能とする為に作られた、試験的な人工ベイラーである。戦う事はさほど重要視されていない。


「今は逃げるが勝ちです! 」


 戦う事を放棄し、全力でこの場から離れる事をマイヤは選択した。推力を最大限に高める。ヨゾラは最高速度に達し、帝都の中央部から、一気に第十二地区の港まで戻っていく。その最中、最初に見たヒトバタの化け物がその目に留まった。さきほどから、コウをはじめ、腕利きのベイラー達が、その化け物を進ませまいと、あの手この手で攻撃を加えている。


「……なんてこと」


 だが、その図体由来の耐久性なのか、攻撃を喰らってもなお、進行速度は遅くならない。


「一体、アレは」



《なんだってんだぁ! 》


 コウが、大太刀で、ヒトガタに斬りかかる。だが、いくら斬っても、その体の中枢部に刃が食い込む事がない。刃の行く手を、無数の腕や足、もしくは人体のどこかしらが阻み、致命傷を防いでいる。


「まるで肉の壁ね」

《肉だけじゃない。骨も混じってる。コイツ一体なんなんだ》


 苛立ちを隠せず、刃にこびりついた血を払う。猟犬と違い、血を通して移動してくる事はないが、桁外れの耐久力がある。何より。


「シーザァー様! ! もう一回やって! 」

「応! 総員、構え! 」


 シーザァーの号令と共に、ウォリアー・ベイラー達が一列にならぶ。その手には、対猟犬用の水砲が構えられていた。


「目標……ヒトガタ! 」

「標準良し! 」

「放てぇえ!! 」


 一糸乱れぬ連携により、ヒトガタめがけ、大量の水が発射される。水砲の一撃は、たしかにヒトガタに命中し、その体を水浸しにした。


「(猟犬と同じならコレでなんとかなるはず)」


 猟犬は大量の水を浴びると、形態が変化する。段階を踏んで、最終段階には核が露出し、その核を砕く事で殺す事ができる。だが、このヒトガタは、どれだけ水をあびせても、一向に形態を変化させる様子がない。


「ダメか!? 」

「シーザァー様! 兵たちの指揮を! 」

「皇后様はどうなさる!? 」

「あのヒトガタを対処します! コウと私なら必ず! 」

「承知! ご武運を! 」


 シーザァーもこれ以上食い下がる事はなく、カリンの指示に従う。ヒトガタは脅威ではあるが、それ以外の脅威もまだまだいる。地上には軍勢が、そして空には飛行型猟犬が、目で見える範囲でも数十を超えるほど、空を飛んでいる。


「(空中にいるのは、陣にいる皆に任せるしかない……ここは)」

「よ、よぉカリン」

「サマナ? ……だ、大丈夫なの!? 」


 ヒトガタを攻略する上では、コウ一人では対処できない。そんな時、上空から、ボードを降りてセスがやってくる。だが、中にいるサマナの声は、酷く弱々しい。カリンはその理由に検討が付いている。


「やっぱり、あのヒトガタ、貴女が見るととてもマズイのではなくって? 」

「まぁ、そうだな……けっこうしんどいよ。何人、いや、()()()()()()()()()()()」」


 ヒトガタは、数多の人間が使われている事は、予想できていた。その上で、サマナはさらに残酷な事を、その心を見通す力で気が付いている。


「(しかもありゃ生きてる……まったくふざけてる)」


 なにがどうなれば、人が、あれほど人の形から遠ざかったまま、生きていられるのか。


「(マイノグーラは、何かしらを生み出す能力を備えてるんだろうが……どれもこれも、でたらめが過ぎるな……無理くり形を整えているようにしか見えねぇ)」


 猟犬を生み出したり、はたまたこのようなヒトガタを生み出したり。生産をする事が可能であるように見えて、その実、実際に生まれた物は、どれも在りようが歪でしかない。


「(黒騎士は、翼を持った猟犬が出てくるのを予想してた……だがコイツはなんだ? 何を作ろうとしてこんなもんができる? コイツは一体)」


 ヒトガタについて、サマナが考えれば考えるほど、その造形から何から、ひとつひとつ纏めてケチを入れたくなる。


「(だ、駄目だ、人の声が重なり合って、考えがまとまらねぇ、)」


 ヒトガタに、幾人の人間が仕様されているのはわかる。あまりに多すぎて、声が重なって言葉として聞こえてこないほどであった。だがそのおかげで、感情に引っ張られる事が無いのが幸いと言える。引っ張られていないからこそ、セスに乗り込み戦う事ができる。


「カリン! とにかく奴の弱点を探る! 」

「わ、わかったわ! 」

「カリンは上から! あたしは下から! 」


 コウが上空へ、セスが、ヒトガタの懐に潜り込む形で進む。


「(奴ら、攻撃らしい攻撃はしてこない。でもデカイし止まらない)」


 ヒトガタ。人が寝そべっているような姿で、這って進んでいる。単純な重量により、道は歪み、瓦礫が進む度に生まれている。進めば進むほど、血液なのか老廃物なのか判断のつかない液体がまき散らされていく。脇の下を通り抜け、左側、脇腹付近へと向かう。


「人の真似事してるなら、このあたりが心臓のはず」

《切り裂いてたしかめてくれる! 》

「そうしよう! 」

「《サイクル・シミター! 》」


 片刃の剣を生み出し、動きが鈍のを良い事に、脇腹を滅多切りにしていく。だが、コウの一撃でさえさほどのダメージになっていなかった。それがセスの攻撃ともなれば、まるで真綿を触っているようで、手応えがない。代わりに返り血だけがやたらと降り注ぐ。


「反応すら無しか! 」

《コウの方は、ッツ!?》


 上を見あげた時、空で炎が猛っているのが良く見えた。咄嗟にセスは、この後にくるであろう大技に備え、ヒトガタから距離を取る。コウが大太刀を大上段で構え、そのまま振り下ろす! 


「真っ向ぉおお」

《唐竹ぇえええ》

「《大炎斬!! 》」


 炎を纏った大太刀、その一閃が、ヒトガタの背中に、縦一文字に綺麗に入る。先ほどとは比べ物にならない威力と衝撃を受け、ヒトガタはついに、進む事をやめて、地面に倒れ伏した。返り血が炎で焼かれながら、瓦礫を舞い上げ、土煙であたりと包んでいく。


「あ、頭から尻まで一気にいったなぁ」

《だが、真っ二つになってない》

「……は? 」

《みえなかったのか? 衝撃はたしかにあったが、あのヒトガタ、まだ斬れていないぞ》

「ま、まさか、コウの一撃はバスターベイラーだって……」


 やがて土煙が晴れた後、セスの言う事が真実だったのが明らかになる。たしかに、頭、首、背中、そして尻まで、縦一直線に大きな切れ込みが入っている。まるで魚を捌いている途中のような、本来生きている生物相手では見る事のない光景が広がっている。


 だが確かに、ヒトガタは、真っ二つになっていない。それどころか、切り口は、体から生えた手足が、まるで傷を塞ぐように、手と手を取り合い、そのまま繕ってしまう。


「再生、してる? 」

《というより、怪我が怪我になってないな》

「あんなのコウの力より厄介じゃん!? 」

《どうせ心臓も無いだろうな。猟犬と同じだ》

「でも水が効かない、これじゃ核が見えない」

《ええい、面倒くさいな! 》

「……もっと威力のあるもので吹き飛ばさないと」

《そんなものどこに》

 

 サマナは、頭上を見あげる。空中要塞『コロシアム』では、すでに迎撃が始まっている。


「セス! 飛ぶよ! 」

《ん。分かった》

「カリン! ここは任せた! 」

「ま、任せたって」

 

 呆気にとられたカリンを見送りながら、セスはサイクル・ボートを作り、その上に乗る。空気の『流れ』を、より正確に捉えられるようになり、ボードだけでも、高度を高く取れるようになった。


「あの、冗談みたいな武器が要る! 」


 『コロシアム』には、黒騎士とレイダがいる。そして今、レイダは、バスターベイラー由来の武器を背負っている。サマナは、その威力に、すべてを賭ける事にした。

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