表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
314/359

ベイラーと生存戦争


 今まで、避難達の為に働いてきた大工、避難民、兵士に至るまで、生き残る為に動き続けてきた全ての人を、カミノガエが集めた。箱状に組んだだけの、簡単な壇上に登り、カミノガエが大きく声を張る。


「皆、今日まで、誠に、良い働きだった。礼を言おう」


 その一言を聞き、大工たちは胸が一杯になった。帝都が、今まで彼らの働きに対して、皇帝が直接ねぎらいの言葉をかける事など一切なかった。彼らにとって、それは金よりも重大な、今後、生きる為の誇りとして胸の内に燃え続けるであろう言葉。無論、カミノガエは自身の言葉にそれほどまでの力があると知っている。だからこそ、嘘偽りなく、この後に続く言葉を言わねばならない。


「その働きが、明日もまたできるとは分からなくなった。もうすぐ敵が来る」


 敵。すなわちマイノグーラ。猟犬、そしてマイノグーラに与した、軍勢。


「魔女が、一体どうやって、我が民をたぶらかしたかはわからぬ。だが彼らは、明確に我らの敵となった。敵となった上で、猟犬を友とし、我らを食い尽さんと、今もなお迫ってきている。本来であれば、余が諸君らを導き、逃げる道を授けるのが道理である。だが」


 逃げる。その選択肢が取れないのは、カミノガエ以外にも、この船に避難してきた人間たち全員がすでに知っていた。逃げられないからこそ、日々を精一杯生きようと努力してきた。


「それは叶わない。だからこそ、余は諸君らに言う」


 皇帝が、その手を握りしめ、前に突き出す。


「戦え。そして、勝て。そのための備えを余はしてきた。天をみよ」


 突き出した拳を上に向け、指さす。頭上には、木製できた、半球型の構造体が宙に吊るされている。大工たち、兵士達が、急ピッチで作り上げた、空中砦である。


「地上と空、二方向を迎撃し、勝利しなければ、我らの明日はない」


 すでに、複数人の兵士達は空中砦に待機し、敵を迎撃する準備が整っている。


「戦えぬ物は、船の中から出るべからず。そして、手の空いている物は、兵士たちを良く助けてほしい。槍が折れたならば代わりの槍を。防具が壊れたのなら代わりの防具を、怪我をしたのならば手当を。何より、兵士が倒れたのならば、その手に武器を持て」


 民が息を飲む。国を治める人間が、兵士ではなく、一般市民に戦いを強要するなど、本来あり得ない事態である。だが、そうしなければ、この戦いを生き残る事などできないのだと、カミノガエは語気を強くして続ける。


「道半ばで倒れた者たちの為に、飢えて死んだ者たちの為に、祈るのではなく、武器をとり戦え。悲しむ前に、慈しむ前に、ただただ、敵を討て」


 それはあまりに冷酷な宣言。統治者として横暴な発言。それでもカミノガエは宣言する。


「敵は強大であり、絶大であり、膨大である。兵士達が戦っているからよいなどという、この戦いを、他人任せにしている者がひとりでもいれば、我らは奴らの胃袋の中だろう。猟犬は、兵士だろうと、商人だろうと、奴隷だろうと、区別を付けない。そして一度噛み殺されれば、その身は猟犬となる。そして猟犬は、あまねく全ての人間を殺すまで止まらないだろう。そのような敵を倒す方法はただ一つ」


 腰に下げた剣を掲げて、カミノガエは叫ぶ。


「誰ひとり欠けずに、奴らを根絶やしにせよ。そして」


 無理、無茶、無謀である。敵はそもそも増え続けているのに対して、こちらは減り続けている。十全に戦る者も少ない。その上でのこの宣言。ただの戦争の何百倍の難しさがそこにある。補給も見込めず、援軍も来ない。そんな状況下で、敵を根絶やしにしなけてば勝利できない。あまりに不条理である。


 その不条理を認めた上で、最後の言葉を伝える。


「明日、再びパンを食べる為に、その手に剣を取れ! 」


 その誓いは、生き残り、食事を共にとる。それこそ、カミノガエが望む事。少し前の彼では、考えもしない事だった。カリン達と出会い、影響を受けあってたどり着いた答えだった。


 その答えに、大工たちが、手を掲げて応える。


剣よカミノガエ(ソード・セイブ・ザ)皇帝陛下を守り給え(キング・カミノガエ)


 手に取った剣に応えるように。そして、己が信じる皇帝を守ってくれるように、祈りを込めて、叫ぶ。大工が、兵士が、そして民草が、いつの間にか息が揃い、短い大合唱となる。


 その剣が、敵を倒す事を。その剣が、皇帝を守る事を。そして。その剣が、この生存戦争に勝利をもたらしてくれる事を、心から祈り、願う。


「総員! 配置につけぇえ! 」

「「「「応!! 」」」」 


 コレは、最後の戦いが始まる前の、景気づけ。カミノガエはこの催しに最初は反対だった。元々、士気は高く、何より、戦えぬ人々を無理やり兵士の傍に呼び寄せるようで、気が気でなかった。


 だが、鉄拳王シーザァーの熱い進言により、渋々決行し、そして終わってみれば、決行して良かったと、カミノガエは心の底からシーザァーに感謝した。


「……お主も壇上にでて良かったのだぞ? 」

「いえ。今の皆さんは、陛下に誓っています。私にではありません」


 ずっと後ろで控えていたカリンが顔を覗かせる。


「それに、私が出た所で、陛下が考えた以上の言葉は出てこないでしょう。そして、陛下の言葉で、皆の心が動いたのですよ」

「……余の言葉で、人の心が動くか」

「ええ」

「考えもしなかったな」


 天涯孤独となり、土地柄狙われ、安住など皆無だったカミノガエが、怠惰に沈むのも、無理からぬ事だった。しかし、もう彼の体に怠惰も、無気力もない。


「さぁ、余も出陣だ。ベイラーの元へいこう。伴をせよカリン」

「はい。陛下」


 二人が、横に並んで歩きだす。体格的にはカリンの方が大きいが、それでも、二人の歩幅はいつの間にか一定の範囲で収まり、どちらかが速すぎたり、どちらかが遅すぎたりする事はない。自然体で、二人の歩幅があっていく。すでに二人は、お互いがお互いを尊重し合っている。それは夫婦としてなのか、それとも、共に戦う仲間としてなのか、第三者からは区別はつかない。それでも、カリンとカミノガエは、ふたりとも、安らぎを感じていた。このまま戦いがなければ、どれだけいいか。この安らぎを、ずっと感じていたいと。


「「〈でも今は〉」」


 安らぎに身を沈める暇は無い。戦わなければ絶滅する。その瀬戸際である。安らぐのは、戦った後でいい。その後でなら、いくらでも休める。ふたりの踏みしめる力が強くなる。その足は、まっすぐベイラーの格納庫へと向かっていった。



「なんか、いろいろくっついたな? 」

「ミーンとジョウにはなんにもないのかぁ」

「いや、コレには訳がだなぁ」

「何してるのよ」


 格納庫では、想像よりも緩い空気が流れていた。剣呑としているよりはずっとマシであるが、それでも、どこか場違いな空気だった。どうにも、ナットとフランツの苦言を受け、黒騎士が言いよどんでいる。


「カリン、あの、だなぁ」

「リク達には武器を集めてくれたのに、ミーンとジョウには何にもないんだ」

「……あー……」


 黒騎士が、どこかバツが悪そうな声を出している。仮面で隠れていても、その声色で、とてもいいにくい事を、言わんねばならない事を悟る。故にカリンは先回りして答えた。


「ナットとミーンには、何も持たせられないからよ」

「……」

「鎧でもなんでも、貴方たち二人のベイラーには単なる重しにしかならないわ。だから、黒騎士は用意しなかった、というより、出来なかったのよ」

「……ごめん、黒騎士」

「分かってくれればいいんだ」


 リクには盾と弓弩が、セスには水砲が、ヨゾラには爆弾がそれぞれ用意された。ミーンとジョウにはソレが無い事を、少し気にしていた。


「なんだなんだ。これからというに」

「鉄拳王」

「今はシーザァーとよんでくだされ、皇后さま」


 人だかりを見つけてやってきたのは、鉄拳王シーザァー。地上での指揮と、実働部隊を任されている。彼の乗るベイラー、アレックスは修繕も終わり、万全の状態であった。アイの欠片ももうなくなり、バスター化する心配もない。シーザァーはミーン達を見て、何か思い出したように手を叩く。


「そうだ、よければ、そこの2人のベイラーにもらってほしいものがある」

「ミーンに?」

「ジョウにか? 」

「おーい! 」


 鉄拳王が呼びかけると、兵士が肩に何かを担いで持ってくる。よくみればそれは、丸められた巨大な布で、ぐるぐる巻きにしてあった。どさりと置かれたソレは、鮮やかな青色をしており、きちんと裏地もある。何枚もの生地を縫い合わせた、巨大な一枚布であった。


 ナットとジョウはソレをみて、ピンときた。


「これって! 」

外套(マント)か」

「元々、お前たちのベイラーにはソレがあったろう? だが戦争の最中で無くなってしまったと聞いた。そしたら、兵士達が休憩時間に拵えたそうだ」

「いいんですか? 」

「もちろん。我が栄えある帝都近衛兵の手作りだとも」

「フランツ! 」

「……よくわからない事をする連中だ」


 ナットは嬉しさを隠せないでいる。外套(マント)がなくなったのも、フランツとの闘いの最中で無くなってしまったもので、その外套は、ナット自身が作り上げたものだった。もう一度作るには時間も手間も無く、しかし、贅沢は言っていられないと心の内に秘めていたものだったが、やはり、長年、外套(マント)をはためかせながら走るミーン姿が、ナットには脳裏に焼き付ている。同じ姿になるのは、気恥ずかしさより、素直な嬉しさが勝った。

 

 対して、ジョウの方は、心底訳がわからないといった顔だった。


「ジョウは、嫌? 」

「嫌……とは違うな。どういえばいいのか、わからない。やっぱり、コレをもらったら、何かしないといけないか? 」


 だが、それも、他人から何かを受け取った経験の乏しさからくる反応だった。ナットはすぐに気が付き、少しずつジョウに語りかける。


「ジョウ、別にいいんだよ。何かもらったから、何かしないといけないなんて考えなくていい」

「そうか。だが、何ていえばいい? 」

「ありがとう。でいいんだ」

「――ありがとう。でっかい人」

「ハッハッハ! ああ! ああ! 」


 バシバシと肩を叩く。シーザァーがスキンシップのつもりで叩いていても、単純に体格差と重量のせいでふたりは簡単によろけてしまう。


「やめ、やめ、やめろー! 」

「いてぇ……」

「さて、それなら、付けてあげないとね。コウ! 」

《ああ》

「聞いてたわね。手伝ってちょうだい」

《おまかせあれ》


 コウが、ミーンとジョウを外套(マント)を着せてやる。肩にひっかけるようにして、金具で止めてやる。その外套は、ミーンの空色と、ジョウの灰色に、鮮やかな青が良く映えた。


 これにて、全ての支度は整った。黒騎士とカリンが配置と作戦の説明を始める。


「レイダとヨゾラ、リクは上の陣、『コロシアム』へ。地上はセス、ジョウ、ミーン、それとコウが向かいます」

「まず、ヨゾラが偵察に出発、敵の配置と、マイノグーラの位置を探る。その間、レイダとリクで上空から迎撃、ミーンとジョウが地上でかく乱を、セスとコウが、空と地上を行き来する遊撃を行う。そしてマイノグーラの場所が分かり次第、全軍を持って進撃。撃滅する」

「……何度聞いても、無茶苦茶な作戦でありますなぁ! ハッハッハ! 」


 鉄拳王が説明を聞いて感想を言う。


「訓練じゃ赤点は免れませんなコレでは」

「だが、訓練ではない」

「ですな黒騎士。地上部隊には、パラディン、ウォリアーの混成部隊を配置しています。ネズミ一匹、船には近づけさせません」


 地上部隊には帝都の兵士が、空には、子機であるブレイダーがそれぞれ配置される。空を飛ぶ猟犬の存在もあり、この配置は妥当と言える。


「本当は、ヨゾラに護衛を付けたい所だけれど」

「構いません姫様。どんな敵だろうと、今度は振り切って見せます」

「……そう。お願いねマイヤ」

「はい。このお役目は必ず果たしてみせます。この命にかえて―――」

 

 最後の戦いで、思わず出た言葉だった。ヨゾラとマイヤが、マイノグーラを見つけなければ、この戦いに勝利はない。だからこそ、自分の命を惜しむ事なく、役目を果たしてみせようという心意気だった。だが、その言葉の、ほんの最初を口にした瞬間、カリンの目の色が変わった。


「かえちゃ駄目よ。それは許さない」

「―――」


 目の色が変わった。というのは、雰囲気が変わったという意味ではない。


 彼女の目が、片方だけ、ベイラーのように赤く光っている。よく見れば、彼女の首筋から目にかけて、線のようなものもが走っている。それはベイラーの肌にある模様に、よく似ていた。


「コウだって、そう思ってるわ」

「は、はい」

「この作戦は、生き残らないと意味がないのだから、命に代えるのは、絶対にダメ。猟犬に殺される事も許さない」

「(姫様、気が付いていらっしゃらない? )」


 マイヤは思わず眼鏡をはずして、目をマッサージし、再びカリンを見る。何度見返しても、カリンの体の変化は空目などでは無かった。それは尋常ならざる様子だが、当の本人であるカリンは体の変化など気にも留めていない。


「マイヤ、だから帰ってきてね」

「は、はい。必ず」

「あと、もうあんな事言わないで」

「それは、はい。もう言いません」

「よしなに」

 

 マイヤの言葉を良しとすると、カリンの姿が少しずつ元に戻っていく。眼鏡を付けなおしてみても、その姿は、なんら変わりない。


「(アレは、一体)」

「さてみんな。これが龍石旅団、最後の大仕事よ」


 ベイラーを、乗り手を、カリンが見る。ここに来るまで、ひとりが欠けてしまった。だが、ベイラーの人数は変わった。そして、今、新たな姿へと変わっている。


「魔女マイノグーラを倒し、生きて帰える事……その為に皆、抜かりなく! 」

「「「「応!! 」」」」


 乗り手が全員声が重なった。そして、それぞれの相棒の元へ向かう。


 戦う為に。だがそれより、生き残る為に。



「龍石旅団が出てきたな」


 一足先に格納庫から出ていたのは、グレート・ブレイダー、その親機、ジェネラル。乗り手であるカミノガエは、他49人のブレイダー達を、上空に建造した『コロシアム』に向かわせている。


 そして、格納庫からは、コウを先頭に、レイダ、ミーン、ジョウ、セス、リク、ヨゾラがそれぞれやってくる。七人のベイラーが、確かな足取りで持ち場へと向かっていく。ヨゾラが一番乗りで、空へと飛び立っていく。


《彼らの働きで、生存が決まるでしょう》

「だが、彼らだけに任せても、我らは滅びる。そうであろう? 」

《肯定です。陛下》


 誰一人欠けてはならない。しかし、誰かひとりに頼ってもならない。相互に支えあい、戦わなければ生き残れない。


《まもなく、敵集団の先頭が見えてくるはずです》

「よくもまぁ、律儀に進んでくるものだ」 


 陣を敷いているのは、すでに敵側にもバレているはずである。それを踏まえた上で、正面から押しつぶさんと迫れるのは、物量故か、それとも別の要因か。


「勝算があるのだろうな」

《肯定します。陛下》

「もっとも、奴らに算段が立てられたらの話だが……」


 そこまで言って、カミノガエは考え込む。


「(もし、軍勢の中に、軍師、いや、なんでもいい。指揮者になりえる者が紛れ込んでいたら、作戦のひとつやふたつ、立ててくるか)」


 想定される上で最悪のケースではある。だが、その場合は、こちらの作戦を変更する暇は無い。


「(だが、もうそうだとしても、コウとブレイダー、その二つの戦力で、正面突破できない状況に陥らない限り、こちらの勝算はある)」


 以前であれば、猟犬を前にして逃げる他なかった、だが、この期間中に、弱点を見つけ、対応し、対処してきた。その積み重ねが、この迎撃に生きる。


《……これは》

「どうしたジェネラル」

《正面、門の奥から、何かが》

「敵か!? 」

《上空のブレイダーより、視界を共有します》


 カミノガエが視界が一瞬ブレると、数秒遅れで視点が変わる。その視点は、すでに陣の中で待機していた、子機のブレイダーによるもの。その視界には、確かにこの第十二地区の門を壊して、何者かがこちらへ向かってきているのが分かった。だが、門の崩落によって起きた地響きと土煙によって、視界が鮮明にならない。


「やつら、どうやって門を壊したんだ? 」

《……》

「どうした? 」

《上空より、飛行型猟犬接近! 数は20! 》

「来たか! ジェネラル! 各員に伝達! 迎撃開始の(トキ)を上げろ」

《了承》


 土煙の中から、すでに存在が示唆されていた飛行型猟犬が現れた。姿形は、猟犬にそのままコウモリの羽根が生えたようなもの、翼だけが何度も羽ばたいて、胴体が吊るされているように、だらんと下がっているのが、不気味というより、滑稽に映った。


《土煙の中からさらに多数の猟犬を確認! こちらに真っ直ぐ来ます! 》

「地上部隊に伝達! コウにも伝えろ! 」

 

 合図と共に、地上部隊と、陣地コロシアムで鬨が上がる。


 

「行くわよコウ! 」

《おまかせあれ! 》


 ジェネラル達が敵を認めた頃。鬨の声を上げてカリンが先陣を切った。サイクルジェットを最大にし、加速していく。後ろにはブレイダー、パラディン、ウォリアー、それぞれのベイラーが後をついてきている。しかし、コウの加速についてこられるものはいない。目の前には、大、小、それぞれ入り混じった猟犬たちが迫ってきている。


「出し惜しみはしない! 」

《分かった! 》


 肩に備えた大太刀を抜き放つ。力を込めずとも、すぐにサイクルが回り、大太刀に炎が纏われていく。そして、広範囲を一気に薙ぎ払うべく技を放つ。


「真っ向」

《一文字》

《「大 炎 斬 !! 」》


 目の前の猟犬たちを、炎が覆い尽し、吹き飛ばしていく。大太刀で直接切り裂かれた猟犬は、その剣圧で、他のどの猟犬よりもはるか彼方へと吹き飛んでいく。この一撃により、猟犬たちのスピードが一瞬だけ止まった。


 その止まった隙を、兵士達は逃さない。


「水砲、第一射、放てぇ! 」


 直後、勢いが殺された猟犬たち目掛け、大量の水が浴びせらていく。ウォリアー、パラディンの両ベイラーに持たされた水砲の砲撃により、猟犬はたちまちその姿を保てなくなり一匹、また一匹と、結晶化していく。コロコロと、まるで石ころのようにあたりに転がっていく。


「畳みかけろ! 第二射! 放てぇ! 」


 そして、控えていた第二陣が、追い打ちで水砲を浴びせていく。すると、結晶化した猟犬たちは、姿を保てなくなり、ヘドロ状になってあたり一面に散らばった。こうなると、猟犬は動くものをなんでも捕食するようになる。目の前にいたコウが真っ先に狙われ、一斉に飛び掛かってくる。だが、これもまた、作戦通り。


「ブレイダー達! 」

《了承》


 数名のブレイダーが上空から急襲し、ヘドロ状になった猟犬を、難なく切り裂いていく。無論、コウもまた、大太刀で襲い掛かる猟犬を薙ぎ払っていく。硬い手応えと共に、ヘドロはそのまま霞のように消えていく。人が瞼を何度か閉じている間に、カタが付いた。


「地上は、ひと段落ね」

《ああ! 》


 この一瞬の攻防で、数十匹の猟犬を対処してみせた。


「空に行きましょう。空中じゃ水砲は当てにくいわ」

《黒騎士ご自慢の武器はまだ使われてないしね》

「あんなもの、使わないに越した事ないわ」

《名前、何だっけ? 》

「サイクル・バスター・カノンだって」

《そのまんまなんだ》

「使ったなら、目が痛くなるほど光るはずよ」

《確かに》


 黒騎士が用意したサイクル・バスター・ショット。もし使えるならば威力は折り紙付きだろうが、まだ使われた痕跡がない。


「まぁいいわ。この調子で……」

《警告、敵、増援あり》

《うぉう!? 子機の方も喋るのか!? 》

「お代わりが来たわね。コウ、大太刀を」

《分かった》


 コウが大太刀を構え、後方にいるブレイダー達と合流する。突出してしまっては、水砲による援護も受けられず、孤立を招いてしまう。突撃するのはあくまでマイノグーラの位置が分かってからであった。


《(飛行型は上にいる。こっちに襲ってこないのが気になるが)》


 視界の外で、チラチラと『コロシアム』に向かって飛んでいる飛行型猟犬を見つけている。もし飛行型が地上と連携してこられたら、先ほどのようには上手くいかない。


《連携をとってこないのなら好都合だ》


 ヨゾラからの連絡も無い。今はこのまま、地上に迫る猟犬をこちらで対処し続けなければならなかった。そうして、猟犬の第二派を待っていると、コウの目に、信じがたく、しかしその可能性が示唆されていた存在がやってくる。


《―――本当に、マイノグーラの仲間に、なったのか》


 その手に、農具や木材、鎖、とにかく手に持って、武器として扱えて、敵を倒せるならばなんでもいいといったばかりの道具を手にもって、人が、ゆっくりとこちらに歩いてきている。


 聖女の軍勢。そう呼ばれた彼らが、狂乱の元やってくる。


 分かっていた。知っていた。しかし、いざ目にすると、やはり信じがたかった。なぜ、自分達を食い荒らそうとしてくる存在の元に居られるのか、一切の理解が出来ない。


「……やるわよ。コウ」

《……》

「兵士達だけに任せられない。私達で」

《待ってくれカリン》

「貴方、まさか今更」

《違う! ()()()()()()! 》


 軍勢のさらに奥。彼ら、彼女らに隠れながら、それはずるりずるりと向かってきている。猟犬もそばにおり、そのどれも、ベイラーと同じ大きさの大型猟犬。数は五匹ほど。そして、そのおぞましい全容が見えた時、カリンは思わず操縦桿から手を話、両手を口に覆った。


「……アレは一体」

《猟犬、なのか》


 大型猟犬が小さく見えるほどの巨体。赤黒い肌、にみえるが、その表面は常に血で濡れている。おぞましいのは、表面がドロドロとしており、動くたびに、液体が周囲にまき散らされている。外見は、そのままヒトガタであるが、足が使えないのか、そのまま這いずっている。骨格を補強するように、他の骨が生えており、うごくたびに外れては砕けている。またかなりの熱量を帯びているのか、全身から大量の煙が出ていた。


 それは人の姿をしているのに、人にはあり得ない形状を生態をしている。猟犬を初めて見た時と同じ、嫌悪感と忌避感を煽る造形をしていた。


《相変わらず訳の分からないものを》


 その巨大な人型、その頭部がこちらを向く。猟犬がそうであったように、パーツがバラバラで、あるべき場所に無い。目は二つあるが並んでおらず、またサイズが違う。口は真ん中にある。耳が鼻の位置にあり、鼻は口の位置にあった。髪の毛は無い。ドロドロに解けた人のようなナニカである。


《とにかく、あんなデカイのが避難船に取り付かれたら、もうおしまいだ。幸い、動きはトロいから何とかなる》

「……待って」

《どうしたカリン? 》

「あれ、口が動いてるような? 」

「何? 」


 カリンの指摘で、コウが、ドロドロに解けたナニカの口を見る。口というよりは、顔に対して大きすぎる為、もはや食虫植物のような外見になっているが、確かに唇が動いている。そして、わなわなと震えながらも、かすかに、確実に聞こえる。


「 た す け て 」


 その瞬間、カリンは、コウは、己の目で再び、ナニカを観察しなおした。ヒトガタであったその皮膚。そしてその奥に見えるのは、骨のようであった。だがよくみれば骨ではない。


 その骨は、人間の、腕が、足が、胴体が、棒状であれば区別なく何本も寄り集まってできている。同時に、この生物が立てない理由が判明する。そもそも、そんな構造で立てるはずも無い。


 その肌は、人の肌を継ぎ接ぎにしてできている。部位に区別なく、人の顔の肌に、別の人間の肌が縫い付けられている。縫い針で縫ったのではなく、まるで溶接でもするように、熱で固められている。


 その声は、この化け物にされた人々が重なった声。その声には、男や女など関係なく、そして何より、子供の声も混じっている。


 そのヒトガタには、尊厳と呼べるものが何一つない。コウが、叫んだ。


《カリン! 絶対に助ける! 》

「ええ! 」


 どうやって助けるのか。どうすれば助かるのか。考える暇も、余裕も無かった。その混じった声に突き動かされるまま、コウがヒトガタへと飛び出した。


 迎撃作戦はすでに、予想もしない戦力の出現によって瓦解し始めていた。 


・迎撃用空中要塞『コロシアム』


この瞬間にのみ存在を許された半球型の要塞。地上で建造され、天を覆う龍から『吊り下げる』事によって、空中に固定されている。避難船の頭上に位置し、空から来る敵を迎撃可能となっている。食糧や物資の備蓄もあるものの、水場がなく、生活には不向き。


・サイクル・バスター・カノン

バスター化したベイラーの喉から胴体にかけての部位を拾得、ベイラーが持てるように回収を施した武器。使用時にはコクピットに管を打ち込む必要がある。なお、怒りによって作動する事が判明しているが、携帯しているレイダはソレを拒否している。


・飛行型猟犬

飛行する猟犬。猟犬に後付けで翼が生えているような物で、羽ばたいて飛んでいる。飛行能力そのものは劣悪で、加速も弱く、風がふけば明後日の方向に飛んでいく。この生物の脅威は、猟犬が空から襲ってくるその一点にある。


・???

コウが接敵した巨大なヒトガタ。猟犬のように、生物のルールにそぐわない形状と生態をしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ