子守をするベイラー
子供の相手もお手のものです。
「すっごーい。あおーい! 」
「きれー! あおーい! 」
「《ナット。助けて。》」
「無理かなぁ。」
郵便のベイラーが来たという知らせが瞬く間に届いて、皆がミーンを取り囲む。家族に宛てた手紙を渡すもの。友に宛てた手紙を渡すもの。各々好きに宛てた手紙をミーンにこぞって渡す。みな、仕事どころではなかった。それとは別に、腕のないミーンがよほど珍しいのか、すでに帰ったはずの、ジョットの娘である双子のクオとリオが、ずっとまとわりついていた。
「なんでマントつけてるのー! 」
「真っ黒なマントつけてるのー! 」
「《ナットが見繕ってくれたものです。贈りものです。》」
「「へー!! 」」
「ミーン! 変なこと言うな! 」
「《変? これをくれたのは嬉しかったのに。》」
「そうゆうことじゃなくってさぁ。」
そんなミーンの元に、コウがやって来る。カリンがコウからするりと降りて、他のみなと同じように、手紙を持ってくる。しかし、双子を認めて、顔を青ざめた。
「なんであなたたちがいるの!? もう帰ったのではなくて!? 」
「うん? 」
「はい? 」
「あー、ええっと、ここはお仕事する場所だから、貴方たちはもう家に帰るといいわ。」
「それはできません! 家出してきたので! 」
「そんなことしません! ってクオ! 」
ここで、この双子の意見が始めて食い違った。なまじ同じ顔で、区別がつきにくいうえに、言っている言葉も似ているので、こうして片方が片方の名前を呼ばなかればわからない。
「《家出? 》」
「「しまった! 」」
「ジョットも心配します。家に戻りませんか? 」
「嫌です! お父さんはこのとことずっと遊んでくれません! 」
「ダメです! お父さんはこのところずっと遊んでくれません! 」
「それは、お父さんが忙しかったからで、貴方たちを蔑ろにしたわけではないのですよ? 」
「「それはそれ! これはこれ!です! 」」
「これは、どうしましょうか。」
「《僕に聴かれても……家出して会いに来るくらい寂しかったんだろ? でもジョットさんはここにいないし……てっきりナヴと一緒に帰ったものだとおもっていたし。》」
「「そうでした! 」」
「はい? 」
双子が、ミーンから離れて、トテトテとコウの元にやって来る。
「じゃぁ! 白いベイラーさんにお願いします! この前のお礼をさせてください! 」
「じゃぁ! 白いベイラーさんにお願いします! 綺麗に体を拭かせてください! 」
「そうしたら、家にもどりますか? 」
「「……」」
「黙っちゃった。というわけでコウ、貴方にご用みたいだけれど。」
「《ナヴさんにも頼まれちゃったし、断れないなぁ。》」
「だそうです。いいそうですよ。」
「やったぁ!! 道具をとってきますね! 」
「やったぁ!! 拭くものをとってきますね! 」
ダダっと駆け足でどこかにまた行ってしまう。 宣言通りにいろいろ必要なものをとってくるのだろう。
「《姫さま。ベイラーを拭くのって、子供にはおもしろいものなんでしょうか? 》」
「楽しくはあるわ。私もそうだったし。よくレイダにお願いしたもの。」
「《レイダさんに? 》」
「ええ。喜んでくれるのが嬉しいの。」
「《そうゆうものですか。》」
「そうゆうもの。さて、ナット、今よろしくて? 」
「よろしゅうございます姫さま。」
ナットが、皆がこぞって手紙を渡している中を、その小さな体を生かして、人ごみを縫うようにして出てきた。
「これを、お父様に。」
「こ、これを国王様に! なんと大それたお役目! 」
「そんなことないわ。貴方はゲレーンを救ったじゃありませんか。そんな貴方にお任せしたいの。」
「で、では。このナットとミーン、必ずやお届けします。」
「お代は、これほどでいい? ごめんなさい。もっとあげられればいいのだけれど。」
「こ、こんなに!? お、多すぎます。」
「なら、この前の嵐での活躍の報酬、そのほんの一部ということになさって。いまこの場で、お金という形でしか、貴方たちに報いることができないのが悔しいけれど、それで納得してくださらない?」
「そ、そうゆう、ことでしたら。ありがたく受け取ります。……その、もし、報酬が一部というのでしたら、1つ、望みがあります。」
「どうぞ言ってご覧なさい。」
「叔父さんが、あの嵐の日からいなくなってしまいました。観測所で仕事をしている人で、その、嵐が来たって教えてくれたのも、叔父さんなんです。ですから、褒められるのは僕じゃなくって、叔父さんの方なんです、だから、叔父さんを探してください。」
「ナットの、叔父さん。お名前はなんていうの? 」
「ベルナディットっていいます。ちょっと顔が怖い以外は、ほんとうに優しいです。」
「大丈夫。私の周りには人探しがうんと得意な人がいますから、その人に頼めば、きっと大丈夫。」
「で、では! 」
「ええ。必ず見つけて、貴方の元につれてくるわ。」
「はい、はい! ありがとうございます。 ありがとう、ございます……。」
ナットが、涙を堪えられずに、その場に崩れ落ちてしまう。ミーンの元に集まっていた人達が、そっと毛布をかけてやる。
「あ、ありがとうございます。」
「すぐいってしまうの? 」
「は、はい。でも、ミーンもつかれているので、すこし休んで行くつもりです。」
「なら、皆と昼食を取らない? 貴方の話だって、みんな聞きたがっているの。観測所から1日でゲレーンにきたベイラーとその乗り手のことを知りたいのよ。」
「大体は、身の上話になると、おもいますけど、それでいいなら。」
「もちろん。ほら! みんな散って! 手紙は渡したでしょう! お昼にいろいろ聞けるのだから、それまで話はとっておくの! 」
姫さまにいわれてが仕方ないと、ぞろぞろと皆、自分の今日の担当にもどていく。こうゆう場合、仕切るのは大体オージェンだが、件の盗賊退治に向かっているのだろう。あれから姿を見せない。
「《カリン。僕は今日どうしようか。》」
「私はオージェンからの指示を伝えるから、貴方はここで待っていて。」
「《え、でも一緒のほうが。》」
「それはね。」
「「もってきたー!! 」」
コウが驚いてふりむくと、クオとリオが、手元を明るくする灯火―チシャ油を原料とするランプだ―と、掃除道具を一式、それと幾ばくかの枝を持って戻ってきた。その目は疲れを知らず、爛々と輝いている。
「双子との約束があるでしょう? それを蔑ろにするつもり? 」
「《そ、そうゆうつもりじゃ。 》」
「なにかあったら、そうね。コウ、私の笛の音はわかるわね。」
「《も、もち、ろん。まだ意識的に分かっているって感じじゃないんですが。》」
「それでもいいわ。笛を鳴らすから、そうしたらこっちに来て頂戴。 」
「《わかりました。》」
「じゃぁ、ちゃんと揉みくちゃにされなさいね? 」
「《揉みくちゃ?! 》」
コウにとっては不穏な、カリンにとっては愉快な言葉を残して、乗り手はその場を後にする。そのまま、入れ替わるようにして双子がその手に器具を手にしてやってくる。いつぞや、医者のネイラがつかった、ベイラーを掃除するときにつかう専用の道具だ。大きくて2人掛かりで支えている。
「どこからやりましょう! 」
「どこからがいいでしょう! 」
「《え、えっと、とりあえず座るので、後ろに下がっていてください。》」
「「はーい! 」」
双子は素直に言うことを聞き、後ずさる。コウはそのまま片膝ではなく、両足を投げ出して地べたに座り込んだ。立ち上がるときが大変で、通常この座り方をすることはないが、椅子もないこの場所で、体を拭いてもらうなら、こうしてしまったほうが人の手を入れやすい。
「《そしたら、両足からお願いします。上の方は危ないから、今日はいいですよ。》」
「えー! やりたいー! 」
「拭いてみたいー! 」
「《そ、そんなに? 》」
「「そんなにー! 」」
「《……そしたら、手に乗ってください。よじ登るより危なくないと思います。》」
「「やったー!! 」」
了承を得たのをいいことに、道具を用いて、ゴシゴシとコウの足を拭き始めた。この時期は、すこし外を歩けば、ベイラーの足回りは泥と雪にまみれてしまい、体の色が隠れていることが多い。仕方ないこととはいえ、足を拭いてもまた明日同じように汚れてしまい、綺麗な状態に保つのが難しい時期だ。コウも例外ではなく、白い体に土気色がびっしりとひしめいていた。元が純白であったと初見で分かる人間など居ないだろう。
「頑張ってるんだねー! 」
「働いてるんだねー! 」
「《街道が通れるようになれば、サーラから物が届いて、ゲレーンの人たちが、冬を越せるようになりますから。》」
「お父さんも? 」
「大丈夫? 」
「《はい。ジョットさん……ええっと、お父さんもです。それに、きっとお母さんも大丈夫です。》」
「やったー! 」
「やりぃ! 」
「《お母さんのお名前は、なんていうんですか? 》」
「「オーリエ! 」」
「《素敵な名前ですね。》」
「リオ! 」
「クオ! 」
「《ジョットさ、お父さんがつけてくれたのかな。》」
「「お父さんとお母さん二人で考えたってー! 」」
「《そうかぁ》」
他愛ない話をしながら、双子は、手際こそ見ていて危なっかしいが、きちんとコウの足を綺麗にしていく。最初は、いつぞやの器具をくるくる回してくずを取り除き、繊維質の布で汚れを水ぶきで拭き取る。水は、雪どけ水で事足りている。少しずつ、でも確かに足先が綺麗になっていく。しかしコウには懸念もあった。この場には火がない。双子の両手を温める場所がないのだ。水仕事するのに温める場所がないのはこの双子にとって余りにも厳しい。
「《しまった。暖房がない。》」
「だんぼー?」
「ってなーに?」
「《えっと、あったまる火。》」
「「火? 」」
「白いベイラーさんは起こし方しらないのー? 」
「白ベイラーさんはつけかたしらないのー? 」
「《えっと、2人は知っているの? 》」
「「しってるー! 」」
「《どうやるの? 》」
「こうします!! 」
「そうやります! 」
一旦掃除の手を休め、双子はせっせともってきた枝を一箇所に集め始めた。その枝を丁寧に組み上げてていくと、枝でできた釜ができあがる。この枝を薪として焚き火をするようだ。双子のひとりが、ランプの灯火からもらい火をして、枝につける。しかし、湿気っているようで、2人が息をなんどもなんども吹き付けるが、とても体を温めるような火にはならない。
「グズグズだー。」
「ベチョベチョだー。」
「《そっか。なにも1から火を起こさなくても、もらい火すればいいのか。》」
「でもつかないー」
「つかないなー。」
「《湿気ってない木があればいいの? 》」
「粉になっているのがいいー」
「木の粉がほしー」
「《木の粉? 》」
「よく燃えるー」
「すげぇ燃えるー」
「《あー、そしたら、ちょっと待ってね。》」
コウがその手を、まだちょろ火程度しかない焚き火の上にかざす。そのまま、わざと指先に力を入れながら、手を開いたり閉じたりする。無理に力がかかり、サイクルが普段鳴らない軋みをあげて喚く。しばらく手を握ったり閉じたりしていると、指の節々から、削れて出た粉が、焚き火に降り注ぎ始める。
「すごーい。」
「でたー。」
「《もうちょっとかな。》」
なんどもグーパーを繰り返し、自身の粉をまんべんなくふりかける。最初は小さく燃えるだけだった火も、コウの振りかけた粉でどんどん燃え広がっていく。
「かけすぎー。」
「やりすぎー。」
「《そ、そう? 》」
「でもありがとー! 」
「ありがとー! 」
双子は出来上がった粉に、さらにランプからのもらい火を足して、火を大きく強くする。それはやがて炎となって、双子の体を温めるに十分な火力となった。
「あったかーい。」
「寒くなーい。」
「《よかった。》」
しばし掃除の手を休めて、双子は自分の手を温める。双子の手がしもやけになってしまう前に火をつけることができ、安堵するコウであったが、自分の両足をみて、想像よりもずっときれいになっていることに気がつく。手際が悪く見えたのは、小さな体で届きにくい場所をやっていたからであり、こうして磨かれた白い体をみれば、双子は想像以上にやってくれたのだ。
「《すごい綺麗になったよ。》」
「やったー! あとは腕とお顔とー」
「背中と頭―」
にひひと笑う双子が、どんどんコウを掃除する算段を立てている。しかし、その手は震え、頬ま真っ赤にそまり、しきりに手を自分の息と焚き火で温めている。極寒と呼ぶにふさわしいこの時期に、外で水仕事をすれば大人でもつらいというのに、この双子は、それでもコウを拭きたいと頑なだ。それを見たコウが、一計を案じた。
「《2人とも、少し手伝ってください。》」
「おしごとですかー? 」
「まだおわってなーい」
「《体を拭いてもらうけど、その前にやりたいことがあるんです。それに、終わったら3人で遊べますから。》」
「遊ぶ!? 」
「できる!? 」
「《できます。》」
「やろうクオ! 」
「やろうリオ! 」
「《そしたら、とりあえずその場にいてください。雪を集めて、整えて……》」
空いている手で、手短に雪をあつめる。手を壁にみたてて、ズゴゴゴと動かし、双子のすぐそばまで山盛りにしていく。そして、それを双子を囲うようにして、さらに集めていく。
「飲み込まれるー」
「潰されるー」
「《潰さない潰さない。》」
ある程度集めたら、今度は、雪を摘んでどんどん積み上げていく。火を囲む双子を囲む、雪の壁をこしらえていく。双子がみえるか見えないかほどの高さになったとき、始めて指示を飛ばした。
「ひとり、たってもらえますか? 」
「やだー! 」
「ふたりがいいー! 」
「あー、えっと、じゃぁ二人で。」
コウの言うことを聞いて、その場に立つ双子。その双子の身長を、自分のベイラーの指で測り、どのくらいの大きさにすればいいのかの見当を付ける。そうして、壁をならし、高さを調節する。やがて双子の体が、壁に阻まれてみえなくなったころ、最後の指示を飛ばした。
「《あつめた雪で、天井をつけられる?》」
「天井?おうちなの? 」
「これ、おうちなの? 」
「《うん。できる? 》」
「「やる! 」」
コウが集めて積み上げた雪。その余りで、囲まれた雪に蓋をする。最初こそ崩れ落ちてしまってうまくいかなかったが、次第に、固めながら作っていくことを双子は覚え、みるみるうちに自身らを囲んでいた雪に蓋をしめていく。火を消さないように時々息を吹きかけながら作業をしていくと、そこには、雪ですっぽりと囲まれた双子がいた。しかし、これで完成ではない。
「でれないー! 」
「おたすけー! 」
「《はいはーい。》」
コウが自身の人差し指をゆっくりと突き刺し、そのままほじくり返していく。あまり強すぎると、せっかく作った力作を崩してしまう。ゆっくりゆっくり指だけを動かしてほっていく。すると、ペタリと何かが触れた。
「「つかまえたー!」」
「《つかまったー。さて、1回そこから出てくれると嬉しいなぁ。》」
「「はーい。」」
素直な子達だと、コウが内心微笑みながら、指をその構造物から抜いていく。それにつかまって、双子もすこしだけ雪まみれになりながら、外にでた。そして、出来上がったものをみて、感嘆の声をあげる。
「「雪のお家だぁあああ!! 」」
「《かまくらっていいます。で、もういっかい入ってみて。》」
「おじゃましまーす! 」
「しまーす! 」
雪で作った家、いわゆるかまくらである。外見を見て満足した双子は、するすると先ほどコウが作った出入り口に入っていく。そこで、再び、先ほどよりも大きな感嘆の声があがった。
「「あったかーい!? 」」
「雪の中なのに! なんで!? なんで!? 」
「お外なのに!どうして!? どうして!? 」
「《え、ええっと、暖かい空気がもれないから、だっけかなぁ。僕も詳しいことは……》」
「「すごーい! 」」
もはや理由などはどうでもいいように、きゃっきゃとはしゃぎながら、双子はよりそって体を温めていく。
「あったかいねぇ」
「あったまるねぇ」
「《よかった。今度、みなさんにも作り方をおしえてあげてください。》」
「うん! ここのみんなと、いっしょに……」
「そうだね! ここのひとたちといっしょに……」
リオとクオが、言葉に詰まった。
「それより先に、教えたい人たちがいるの。」
「もっともっと、教えたい人たとがいるの。」
「《それは? 》」
「「お父さんとお母さん」」
「《それでも、家に帰りたくない? 》」
「クオ、いっていいと思う?」
「うん。いいと思う。リオ。」
すこしして、ひとりが出口からすこしだけ顔を出して、コウと相対する。コウもまた、リオに顔だけでなく、体全体を向ける。ズリズリと、雪に跡がついた。
「私たち、似てるでしょう? 」
「《そうだね。そっくりだ。》」
「だから、入れ替わってみようっておもったの。」
「《入れ替わる? 》」
「ベイラーさんは、いま話しているのがどっちか、わかる?」
「《……ごめん。、わかんない。》」
「うん。みんなそう言っているの。あのナヴだってそう言ってた。でも、お父さんとお母さんは違うの。なんでかわかっちゃう。」
「《そうゆう、ものだと思うよ。》」
「なんでか知りたかったの。なんでわかるのか。」
「《それで、家出を?》」
「お母さんにやってみたの。入れ替わって。でも『そうゆうおふざけはやめなさい。』っておこられちゃった。」
「《入れ替わりって、どうやって? 》」
「それは……」
「リオお姉ちゃん、いいよ、言って。」
「《おねえちゃん?リオちゃんがお姉ちゃんなの? 》」
「お父さんがそう言ってた。だから、呼び方を変えたの。クオのことをリオって呼んで。」
「リオのことをクオって呼んだの。」
「《でも、わかっちゃったんだ。》」
「だから、今度はお父さんだって。」
「でも、お父さんは遠くに行っちゃったから、追いかけたの、そしたら」
「お父さん、家に帰ったって。」
「家出したって、リオもクオも、怒られるって。だから、ここにいるの。」
「《お父さんが、どうして帰ったのか、知ってる? 》」
「しらない。おとなの人は、狩りがおわったからだって。でも、ナヴを置いて行っちゃったんだよ!あんな大けがだったのに!」
「お父さんひどいよ! あんなに仲よかったナヴ置いていっちゃうなんて! 」
……コウは、今、頭ごなしに、この双子を怒鳴りつけるかどうかを必死に考えていた。いたずらを両親にしたいからという理由で、この2人はここに来て、それがバレれたら怒られる。だからここにいる。そう言っている。いま、2人はジョットの容態を知らないのだ。知れば、今すぐにでもゲレーンにもどるだろう。しかし、ほんとうに、それがこの2人にいことなのか、わからなくなっていた。なぜか。
「《いたずら、バレると怖いもんな。》」
コウも、そんな経験を持っていたからだ。そして、慎重に言葉を選ぶ。
「《でもさ、ジョットさんって、本当にひどいお父さんなのかな。》」
「ひどいお父さんだよ! ナヴをほっておくし! 」
「わたしたちとちっとも遊んでくれないんだもん! 」
「《ほんとうに、そう思う? いっつも怒鳴ったり、威張ったりするお父さんかな? 》」
「怒鳴ったりは、しないけど……」
「威張ったりもしないけど……」
「《どうゆうお父さんだった? 》」
「いっつも、狩りしに森にいって……」
「果物とか、とってきてくれて……」
「でっかい動物を取ったら、村のみんなに分けてあげるの。たべきれないからって。」
「それに、料理もすごいんだ。お母さんといつも一緒につくってるんだよ。」
「《そうゆうお父さんって、ひどい人かな。》」
「……ひどく、ない。かも。」
「《かも、かぁ。》」
「遊んでくれないもん。ナヴもおいてっちゃうし。」
「《ナヴのことは好き? 》」
「大好き! 」
「お父さんが乗るとすっごいんだよ! わな? っていうのも何個もつくっちゃうの。」
「《お父さんも、ナヴが好きだと思う? 》」
「うん。いい「あいぼう」だって。」
「《ナヴには、あったよね? 》」
「うん。……すっごい怪我してた。でも、治るって。」
「元気になるって、ナヴが言ってた。」
「《ナヴは、置いていかれたって、言った? 》」
「……言ってない。」
「《きっと、お父さんも、リオちゃんやクオちゃんに言ってないこと、あると思うんだ。》」
「……そうかな。クオ。」
「そうかも。リオ。」
「《なら、まず、お父さんと話してみないかな。きっと、ひどいことするだけじゃないお父さんだって分かるからさ。》」
「でも、怒られちゃう。」
「たくさん怒られちゃう。」
「《わかった。そしたら、僕も一緒に怒られるから。》」
「……本当?」
「……一緒に?」
「《もちろん。それに、自分たちが悪いって、わかってるんだもんな? 》」
「……うん。」
「いたずらしすぎた。」
「なら、謝らないとな。」
「「……」」
2人とも押し黙っていたが、ゆっくりと、その口を開いた。
「ごめんなさい。」
「ごめんなさい。」
「《……いや、僕にじゃなくて。》」
「一緒にきてくれるっていった。だから、ごめんなさい。」
「クオたちの手伝いをさせます。だから、ごめんなさい。」
「《あー、うん。わかった。一緒に行くよ、だから、お父さんとお母さんにうんと話すこと。いいね?》」
「「はーい。」」
「《よし! じゃぁ、約束通り、かまくらで遊ぶ! 》」
「「どうやってー? 」」
「《それはーこうだ!! 》」
指を一本、かまくらのてきとうなところにずぼりといれる。力を込めてしまえば、すぐに倒壊してしまう。静かに指をそのかまくらに沈めていく。
そうして、コウの指がずぼっとはまり。かまくらに窓を作った。
「すっごい! ベイラーってこうゆうこともできるの! 」
「ナヴもできるよ! ナヴだって器用だもん! 」
「《そっか。ナヴさん、器用なのか。》」
「それクオ! うめちゃえうめちゃえ! 」
「うん! うめちゃえうめちゃえ! 」
かまくらの中から、たった今つくった窓を塞ぐリオとクオ。その修復作業はあっというまで、すぐに窓がなくなってしまう。
「《2人とも直すは、はやいなぁ。》」
「いっつもお母さんのお手伝いしてるからね! 」
「本当にいろいろお手伝いしてるからね! 」
「《なら、これなら、どうだ! 》」
興が乗ったコウが、こんどは両手を使ってかまくらに窓を開けていく。慎重に、かつ迅速に、指だけをつかって開けていく。クオとリオも、内側から負けじとその穴を塞いでいく。開けては塞ぎ、開けては塞ぎを繰り返し、今度は突き刺す指の数を増やそうかとしたとき、かまくらにヒビが入った。コウの手が思わず止まる。
「《やめやめー! 》」
「えー。」
「降参?」
「《そ、そう! 降参! 降参です! 》」
「やったー!! 」
「かったー!! 」
ぱたりと、残った穴から二人が倒れ込んだのが見える。疲労困憊といった感じだ。
「《危ないぞ! 火があるのに。》」
「だいじょーぶ。」
「よけてるー。」
「《よかった。》」
「たのしかったー。」
「またやろー。」
「こんどは、ナヴと、お父さんと、」
「お母さんと、一緒に。」
「《うん。やろう。でも、そのまえに、やることがあるだろう? 》」
「……うん。謝る。」
「ごめんなさいっていう。」
「《うん。リオもクオもいい子だ。》」
「「えへへ。」」
「《さて、ミーンと一緒に戻ろう。あー、でもお昼にはまだかかるだろうし、このあとどうするか。》」
このあとの行動を考えて、ふたりをかまくらからだそうとした時だった。コウの脳裏に、叫び声に似た何かが突き刺さる。その声は、どこまでも明瞭に意味を乗せて体に走っていく。
『助けて』と、その声は言っている。
「《な、なんだ!? 今の》」
「どうしたの? 」
「痛いの? 」
「《いま、2人とも僕を呼んだ? 》」
「ううん。」
「呼んでないよ。」
「《じゃぁ、今のは、なんだ? 》」
「あ! もしかして! もしかすると! 」
「乗り手が笛を鳴らしたのかも! 」
「《笛? そうか! カリンが呼んだのか! 》」
「なんていったの? 」
「どういったの? 」
「『助けて』って。」
「じゃぁ、行かなきゃ! 」
「行かないとダメだよ! 」
「《そ、そんなこと言っても、場所がわからない! 》」
「大丈夫! 乗り手のこと! ずっと考えてればいい! 」
「そうすればいける! ナヴだっていつもお父さんに呼ばれたときそうしてた! 」
「《や、やってみる! 》」
「いってらっしゃい! 」
「気をつけてね! 」
「《リオ! クオ! ちゃんと火を消してからもどるんだよ! それじゃぁ、行ってくる! 》」
どこへ向かうかもわからないのに、コウの足取りは揺るぎなく一方に向かって走りだす。乗り手が居ない中で、この雪の上で、速度が出ているわけではないが、それでも歩くよりはいい。しばらくして、コウの姿がみえなくなり、リオとクオがお互いの顔を合わせてささやきあう。
「……あのベイラー、危ないきがする。」
「そう思う? 」
「クオは思わない? 」
「だって、白いベイラー、とっても器用だよ? 」
「でも、お父さんも、ナヴを呼ぶときは『こっちこいー』なのに、『助けて』って、なんだろう。」
「危ないかなぁ。」
「でも、白いベイラーひとりじゃ寂しいよ。」
「……そうだね。寂しいね。行こうか。白いベイラーさんの乗り手も見てみたいもんね。」
「そうだね。……あ。」
「どうしたのリオ。」
「お名前、聞き忘れちゃった。」
「あーあ。」
「でも、会いに行けばベイラーさんも乗り手さんもお名前きけるもんね。」
「そっか! さすがおねえちゃん。いこ!」
「うん。行こ!! 」
かまくらの中にある火を雪をかけてしっかりと後始末をする。そのまま、てとてとコウを追って2人は走り出した。もう、いたずらするために走る双子は、そこには居なかった。




