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心の故郷、その果てで


「残りは!? 」

《二匹! 》


 コウが、刀を振り払い、刃にのこった血を振り払う。足元には、ぴくぴくと不気味に蠢く猟犬が一匹、すくなくとも、手足を切り落とした事で、猟犬は行動不能となっている。


「叩き潰す! 」

《応!! 》


 このまま捨て置く事はできない。猟犬は体の中にある核を砕かない限り死なない。それは体のどこかにある。露出させる手段もあるが、コウであれば、体全体を炎で覆う事で、どこに核があろうと、すりつぶす事が出来る。


「サイクル! 」

「《リ・サイクル! 》」


 コウの全身から炎が吹き上がる。緑の炎は、背中から生えた四枚の羽根先から噴き出て、コウのシルエットを大きく変化させている。他にも胸、腰、腕、要所要所に炎が灯り、まるでドレスのように炎を纏う。


《焼き尽くすのは得意じゃないがッ! 》 


 コウの炎は二種類、傷を癒す炎と、焼き尽くす炎。それらは使い分けができる。最初は焼き尽くす炎しか使う事が出来なかったもので、もともと、傷を癒す炎の存在自体、コウがソレが自身の力であると認識するのに時間が掛かった。


 戦いでは、炎は猛らせれば猛らせるほど、力が溢れていく。炎そのものの力も同じ。猛った炎を、直接相手にぶつければ、それは火炎の嵐となる。


《燃えろ!! 》


 手をかざし、炎に行き先を示してやる。そうすれば、体からあふれる炎は自然と、手をかざした方に向かっていく。そして、炎が猟犬にたどり着くと、そのまま、焼け付く匂いがあたりを包む。手足をもがれた猟犬は、逃げる事も立ち向かう事もできず、ただ炎に身を焼かれていく。


《そのまま、燃え続けろ》


 猟犬は簡単には死なない。無論脅威ではあるが、コウの場合、対処は容易い。こうして、一匹一匹焼いていけばよい。この方法に息ついたのには理由がある。


「コウ、血だまりは? 」

《……大丈夫。無い》


 足元を見ると、先ほど切り払った猟犬の血が滴っている。だが、血が貯まるほどの量はなく、四方に散ってしまっている。


「奴らは、血だまりを自由に行き来できる。下手に斬り殺しても、血だまりからまた出てくる」

《でも、この方法なら、奴らは血を流せない》


 猟犬の攻略する方法、その正攻法は、すでにオルレイト達が解明している。水を浴びせ続け、猟犬の肉体の段階を進めさせ、そして核を露出させる。そして露出した核をつぶせば。猟犬は死ぬ。だが、その死ぬ間際まで、猟犬は抗い続ける。牙を無くし、爪を無くしても、動く元に襲い掛かる。


 そして、動けさえすれば、血だまりの中から復活できる。


「(……こんなやり方、きっと良くないのだけど)」

     

 生き物を、生きたまま焼き殺す。それはカリンの感覚としては、最悪の殺害方法である。山で狩りをする者とて、狩る対象を焼く事はない。なにより、この方法は、視覚にも、嗅覚にも多大な爪痕を残す。舞い上がった灰は体に降り注ぎ、一面をただよう匂いに、体が拒否反応を示す。胃の中が逆流しそうなのを、カリンはなんとか堪えている。


 「(でも、私が、コウが、こんな所で死ぬ訳にはいかない! )」


 これは生存の賭けた戦いである。いままでのように、名誉を守る為に決闘をするのとは訳が違う。相手に規則がないのなら、こちらが勝手に規則を守って、守った結果負けるのでは意味が無い。


《カリン! デカイのやる! 》

「ええ! 」


 残る三匹、うち一匹は、ベイラーと同じ大きさにまで膨れ上がった猟犬。仮に大型猟犬としているが、戦うに際しさまざまな弊害が出てきている。  


「大きいのに動きの素早さがまったく変わってな、それに組み付かれたら、そのまま押し切られる! 」


 今までの猟犬の戦いは、数の不利を押し付けられ続けていた。同時に、小ささ故に、それが対処法を見つけられたために、多少の数は問題にならなくなった。元々、戦うだけなら、ベイラーが猟犬に負ける事はなかったのだ。しかしこの大型猟犬は、小型猟犬の素早さのまま、力も大きさ相応に強くなっている。真っ向からの力比べでさえ、ベイラーに勝るだろう。


「火炎はあそこまで届かないわ」

《なら、こいつだ! 》


 接近戦に分がないのであれば、遠くの間合いから戦う事を選ぶ。コウが右手を構え、サイクルを回す。作り上げるのは、針を撃ちだすベイラーの遠距離武器。


「《サイクル・ショット! 》」

 

 小さくも鋭い針が、猟犬たちを襲う。コウのサイクルショットは、レイダのショットより精度と飛距離で劣るとは言え、連射速度や威力は遜色ない。サイクル・ショットによって小型の猟犬は頭を射抜かれ、吹き飛ばされていく。そして、大型の猟犬は、その場で跳躍するも、続く連射で、足の一本に命中し、大型猟犬は姿勢を大きく崩した。 


《好機ッ! 》

「サイクル・ブレードを! 」


 すでに行動不能になっている猟犬たちには目もくれず、大型猟犬にむけ走り出す。左手にサイクル・ブレードを作り上げ、柄で折り取って、順手で構えなおす。


《大太刀でないのが》

「文句言わない! 」


 心の故郷にまでは、背中の大太刀は持ってこれなかった。大太刀の圧倒的な間合いと威力を惜しむ。サイクル・ブレードは耐久力を犠牲にし、切れ味を重視した武器。鎧をまとった相手等には通用しにくいが、生身の肉をもった大型猟犬であれば、まだ効果があった。


 肩に担ぐように刀を構え、姿勢を崩した猟犬の顔面に向け、最大の力で刃を振るう。コウの体に纏われた炎が、サイクル・ブレードの切っ先まで伸びて、深緑の刃となる。


「真っ向」

《唐竹ェ! 》

「《大炎斬!! 》」


 龍殺しの大太刀を使った時と比べれば、その刃渡りと威力は半減といっていいが、姿勢を崩し、隙の晒した相手であれば問題無い。大型猟犬の首元めがけ、その技の名通りに、真っ直ぐ振り下ろす。その刃は肉を正確に捉え、両断していく。猟犬を斬った手応えは独特で、少なくとも、陸上を歩く動物の首には骨があるものだが、猟犬にはソレがない。分厚い肉の塊を斬っているのと同じであり、とても生き物を斬った手応えとは言い難い。そして代わりに、おびただしい量の血が流れ出る。返り血でコウの白い体が赤く染まっていく。


《大型になったからか、血の量も多いッ!》


 猟犬の血はただの血ではない。集まって血だまりとなれば、その中を猟犬が行き来できるようになってしまう。そのせいでカリンは一度不覚を取り、自身の脚を自身で切断しなければならなくなった。小さな猟犬のひと噛みでも、その後、体を蝕み自身もまた猟犬となってしまう。その時は即座にサイクル・リ・サイクルで事なきを得たが、これで大型猟犬に噛みつかれようのものなら、自身が猟犬になるより先に、単純な致命傷になってしまう。そうなればサイクル・リ・サイクルの再生すら間に合わない。この力は、死んだ人間には効果が無い。


《さっさと焼き払って――》

「コウ! 足元! 」

《何ッ!? 》


 カリンの目は、コウの足元にある、先ほど大型猟犬を斬り裂いた際の返り血がある。その返り血の中から、残る一匹の小型猟犬が姿を現した。


《クソ! この量でもアウトか》

 

 噛みつかれるより前に、猟犬を踏み潰す。ぐしゃりと音と立てて足元で半身がつぶれる。だが、それでも猟犬はまだ死なない。つぶれて動かなくなった体を動かそうとしながら、コウに噛みつこうとしてくる。その執念深さに、コウは無いはずの肝を冷やした。


「コウ、今度は前! 」


 そして今度は頭だけとなったはずの大型猟犬が、頭だけでコウに噛みつこうとしてきた。コウは反射的にサイクルブレードを前に突き出す。眉間に刃が直撃し、そのままブレードが折れ、落下していく。


「危なかった」

《……そうでもないみたいだ》

「え? 」


 頭だけで動いた時点ですでに規格外であるが、大型猟犬は、今度は頭に刃が刺さったまま、こちらに再び噛みつこうとしてい来きていた。ずりずりと頭だけで這って迫る様子は、いかなる生き物の生態に、なにひとつ当てはまっていない。


《サイクル・シールド! 》


 猟犬の牙を防ごうにも、ブレードではすぐに砕けてしまう。ならばと、盾であるシールドで牙を受け止める。首だけになった状態でも獰猛さは全く衰えておらず、盾を壊そうと何度も牙を立ててくる。


 猟犬の目的はひどく単純で、噛みついて殺すだけ。それが猟犬を増やす事にもつながる。合理的であるとさえ言えた。だがコウには、その単純さも合理さも、猟犬についての何もかもが。許せなくなってきている。生きている物を殺すだけの生き物。そんな者を生き物と呼ぶことさえ忌々しい。


《カリン、アレを使う》

「……ええ、分かったわ」


 足元の猟犬と、前から来る猟犬、二体を同時に仕留めなければいけない。だが、今は腕を大型猟犬に、足は小型の猟犬を押さえつけるので手一杯で、とても剣技を使える状態ではない。それでも、コウにはまだ技がひとつ残されている。発動までに若干の溜めが必要だが、威力は絶大。


《サイクルゥ……》


 関節の各所がさらに輝く。その輝くは炎のより一層際立たせていく。そして、光は少しずつコックピットに集約し、より強く、より大きく輝いていく。その輝きが一層強くなった瞬間、カリンとコウが、その技の名を叫ぶ。


「《ノヴァ! 》」


 サイクル・ノヴァ。それはコウを中心とした、エネルギーの大爆発である。



《跡形も無く吹き飛ばした、よな》


 猛っていた炎を納め、コウが元の姿に戻る。爆発が終わり、あたりを見ると、肉塊がそこかしこに転がっている。猟犬の残骸であろう事がわかるが、幸いなことに、血が流れ出ていない。爆発によって蒸発したのか、霧散したのかは定かではないが。血だまりが無いという事は、猟犬からの不意打ちを考えなくていい事になる。


「……コウ」

《何か見つけた? 》


 カリンの目線に従い視線を移すと、そこには、散らばる肉塊の中でふたつ、未だに脈動している部分がある。おそらくは、ソレが核なのだろうが、未だに結晶の状態になっていない。


《サイクル・ノヴァでもだめなのか》

「コウ。炎を」

《ああ。》

 

 コウが炎を向け、脈動している肉を焼く。猟犬は確かに殺す事ができる。だがその労力は普通の生物の比ではない。いまも、コウが炎で焼いた猟犬は、その身を焼き続けている。核を砕かず、体だけ燃やし続けたとして、その体が燃え尽きる事があるかどうか、現段階では検討もつかない。


《終わった、か》

「そうみたいね」

「あんな奴ら、何処からきたのかしらねー」

《……ん? 今の声は》


 コウが、コックピットからカリン以外の声がする事に驚き、カリンの視界で隅々まで探すと、そこに声の主がいた。


「こんにちわ。ちぐはぐな子」

《メイロォさん!? 》

「よく覚えてましたー! 久しぶりねぇ」


 コックピットから小さなメイロォがとびだし、コウの頭をなで繰り回す、と言っても大きさの差がありすぎるため、ほぼメイロォが抱き着いてぺしぺしと叩いているようにしか見えなかった。


「なんか肌がすごいわね。それに羽根がある」

《あれからいろいろありまして》

「でも今度はヒレにしなさい。泳ぎが速くなるわ」


 くるくるとコウのまわりと漂いながら、じろじろと観察していく。


「……ちぐはぐ加減が増してるわね。何? ベイラーがもう一人分増えてる」

《それもまぁ、いろいろありまして》

「いろいろあったのねぇ」

「それよりコウ、貴方どうしたの? やるべき事って」

《ああ、カリン、来てくれて助かった。俺ひとりでできるかと思ってたんだけど》

「貴方、何してたの? 」

《上に行こう、そこで説明する》


 コウが羽根を広げ、サイクル・ジェットを点火する。ただ垂直にジャンプするだけなら、変形するよりも効率がよい。カリンが何時間かけても歩いてきた川を、コウはなんなく飛び越えていく。


「楽だわコレ」

《そうか、カリンは歩きだったのか》

「私も欲しいわサイクル・ジェット」

《無理じゃないかなぁ》

「……木我一体ならいけそうな気がするわね」

《まってくれ本気か? 止めといたほうがいい》

「ちょ、ちょっと言ってみただけよ。でもどうしたの? そんなに心配? 」

《心配というかね》


 飛び越えた後、ズシンと大きな音を立てつつもしっかりと着地する。


《飛べるようになる前に、まず着地を覚えないと》

「あー……そうだったわね」


 コウは、もう何十何百と着地を失敗し、足が折れ、腕が折れ、腰が折れと、全身ボロボロになっていた。飛ぶ事に理想を抱くのはコウも十分に理解している。その上で、実際飛んでみてわかった事は、飛ぶ事はすなわち落ちる事とセットであり、そして落ちる時は、上手な落ち方をしなければ体を壊してしまうという、考えてみればひどく当たり前な事だった。


「最近、貴方と飛んでないから忘れてたわ」

《この戦いが終わって、龍が帝都を解放してくれたら、いくらでも飛ぶよ》

「そうね。いっぱい飛びましょう」

《さてカリン。ここなんだけど》

 

 話しながらコウは綿毛の川、その上流に来ていた。川幅がせまくなると同時に、上流にいけばいくほど川が枝分かれしている。そしてコウは、その枝分かれしている中でも一番太い場所へと向かっていた。カリンは、漠然とその川の様子をみていたが、コウがたどり着いた場所で、思わず吐息が漏れた。


「ここは」

《綿毛の川ができあがる、湧き所だ》

「ベイラーなのに、良く見つけたわね」


 メイロォが素直に褒める。そこには、ベイラーと同じくらいの大きさをした花が咲いていた。道端に咲いているような、なんの変哲もない花が数輪、寄り集まって咲いている。大きさ以外は、普通の花にしか見えない。色は様々。黄色、白、淡いピンクに水色。派手さは無いが、大きな花畑といえる。だが、その様子は常軌を逸していた。


 その花々は、一定のリズムで、咲いては枯れ、咲いては枯れを繰り返している。芽吹いた草が伸び、みるみるうちに花は咲き、すぐさま花は種を作り。そしてあまりも早く枯れる。そして、枯れた花の中から、再び新しい芽が伸びて、そして花をつける。ここだけ時間の流れが違うのではないかと錯覚するほどに、あまりも速い花の一生であった。種から芽が出ているのではなく、枯れた花の下からまた新たに芽吹いているのが、さらに奇妙であった。


「……もしかして、あの枝分かれした先にも、こんな花畑が? 」

《ああ。でもここが一番花の量が多い。ここから一番綿毛が出来るんだ》

「でも、様子がおかしい事なんて何も」

《よく見て。端の方》


 コウが指さしする先を、カリンが注視する。そこは、花が生まれては消えている一群の端であるが、そのだけ、枯れた花がそのままになっている。新たに芽がでる様子もない。


「……枯れたままだわ」

《カリン、試しにサイクル・リ・サイクルを》

「え、ええ」


 カリンが操縦桿を握り、コウの体に意識を集中する。焼き尽くす熱ではなく、命の力を後押しする暖かさを。手の先から広げていく。ゆっくり染みわたるように炎が広がり、枯れたままの花が、少しずつまた芽吹き始める。


「……治った? 」

《これを繰り返そう》


 ベイラーの手のひらほどの広さを、少しずつ元に戻していく。


《こんな広くない場所なら俺一人でもなんとかなってたんだけど、やっぱりカリンがいると速い》

「貴方がみつけた、やるべき事って」

《コレだよ。……猟犬と戦う事よりずっと地味だけど》

「いえ。きっと大切な事よ」

《カリンならきっと、そう言ってくれると思ってた》


 サイクル・リ・サイクルの炎で、芽吹かなくなった花を温めていく。まるで親鳥が卵を温めるように、ゆっくり温め続ける。そして、少しずつ、花が咲いて種を残すこの花畑が広くなっていく。それから、2人はずっと、この花畑を広げる事だけに時間を費やしていく。


 やがて、2人の苦労の甲斐あって、花畑は、全ての花が、一定のリズムで咲いては枯れるを繰り返すようになった。治した花がすぐに枯れるのは、見ていて気持ちの良い物ではないが、それでも、綿毛が花から飛び足していくたびに、カリンは笑みがこぼれて仕方なかった。


「なんとかなったわね」

《ああ……あとね》

「え、まだあるの? 」

《この、さらに上なんだ》

「上? 」


 カリンが見上げるも、やはり満天の星しか目に映らない。


「コウ、貴方には何が見えているの? 」

《見えてるんじゃない。聞こえてるんだ》

「聞こえる? 」

《この川の果てから、何か、変な音、いや、声が》

「……待ちなさいよ」


 メイロォが、コウの言葉に驚きを隠せないでいる。


「ベイラーに聞こえる? なら心の声じゃないわね」

《小さいメイロォさんにもわかるんだ》

「で、でも私には何も聞こえないわよ」


 それはメイロォの耳にも聞こえていた、いわば小さな異音だった。


《せっかくここまできたから、どうせなら見ていこうかなって》

「そんなに声が気になるの? 」

《……うん。この目でソレが何なのか確かめたい》

「――はいはい、じゃぁ。行きましょうか」

《ありがとうカリン》

「どういたしまして」


 コウがもつ好奇心に火が点いてしまった。こうなっては、もう止まらない事をカリンは知って居る。そしてカリン自身も異音が気にならないと言えば嘘になる。心の故郷で聞こえてくるのは、自分の足音くらいなもので、猟犬と戦っている時すら、血の滴り一滴が鮮明に聞こえるほど、この空間は静謐である。


「サイクルジェット点火! 」

《点火! 》


 コウがさらに上へとジャンプする。すでに川が無く、ただ見上げた先にある膨大な星空に突き進んでいくような感覚だった。目的地も分からないため、コウ自身どれほど高い場所まで進んでいるか検討がつかなくなっていく。しかし、しばらくしてから、カリンの耳にも、その声が聞こえてくる。だがその声は予想に反して、聞いた覚えのある声だった。


「これは……鬨の声? 」

《やっぱり、そう聞こえる? 》


 それは、軍隊が戦列を推し進める時に叫ぶ鬨の声であった。だが、その規模がおかしい。


「あきらかに百や二百の声じゃないわ」

《そうなの? 》

「だって帝都で聞いた声よりずっと大きいもの。でもこんな星の空の下で、一体何と戦ってるの」


 鬨の声を上げているという事は、戦いが起きている事に他ならない。だが、その軍勢は一向に姿がみえない。だがそれでも声は無い止む事なく、サイクルジェットて天高く飛べば飛ぶほど、その声は大きくなっていく。

 

 やがて、耳を塞ぎたくなるほどの大音量になったころ、コウの目の前に、今までにない物が映る。


「星空に、雲? 」

《ガス星雲だ》

「ガス? 」

《宇宙にあるガスが集まってる場所だよ、でも目で見えるだけで触れたりは……》


 コウが知識を披露しようとしたその瞬間。ガス星雲は、確かな質量としてコウにぶつかる。


《これガス星雲じゃない! それに雲でもない!? 霧か!? 》

「前が、見えない」


 それは雲と言うよりは、薄く層になった膜になっている。コウの体にまとわりついて離れない。それでも、コウの進行を阻むほどの力はなく、やがて層を突き破って、さらに上昇していく。


《雲の切れ間だ! 》 

「出口ね! 」


 そして、上昇し続けると、層は途絶え、最後の膜を突き破り、コウ達は外に出た。出た瞬間、いままでずっと聞こえ続けていた鬨の音が、大音量で耳に飛び込んでくる。


「ここは」

《隕石群……か? 》


 コウがたどり着いたのは、ごつごつした岩が浮かぶ。大きさはベイラーよりずっと大きく、100mを超えている物もざらにある。


《もしかしてここ、アステロイドベルトなんじゃ》

「さっきから何? ガスセイウンとかナントか」

「きゃああああああああ! 」

《メイロォ!? 》

「ここは、ここは! 駄目、来ては駄目! だって、ここはぁ……」


 メイロォはうわごとを言いって、そのままぶつぶつと独り言を言い出して止まらなくなってしまう。尋常ではない悲鳴であったが、その悲鳴でさえ鬨の声ですぐに掻き消えていった。


《一体何だって言うんだ》

「……コウ、私は何を見ているの? 」

《何って……いや、アレはなんだ? 》


 そして鬨の声を追うようにして目を動かすと、否が応でもソレに息ついた。コウが言う、アステロイドベルトとは、太陽系にも存在する、小惑星帯の事である。火星と木星の重力によって一定周期をまわる、小石の集まり。だが宇宙規模での小石であり、直径は500m超える物もある。そしてコウ達がたどり着いたアステロイドベルトの下に、声の発生源があった。あったが、コウ達はソレを理解するのにずっと時間が掛かった。


 人が、何かと、戦っている。老若男女問わず、服らしい服も着ず、みすぼらしい、ぎりぎち鈍器と呼べるかどうかも分からない武器を持ち、ひたすら声を荒げて、何かと戦っている。何かとは、おそらく敵なのだろうが、その敵は、有機物なのか、無機物なのかも、遠目ではわからない。あまりに戦っている敵の種類が多い。統一性が無いのである。


 そして、何より、その数。さきほどカリン達が昇ってきた綿毛の川、その綿毛一本一本を、そのまま人に挿げ替えたような多さと密度。百や二百はおろか、億さえ超えていそうな数の、人が、何とも分からない者と、ひたすら戦っている。


《なんだ、ここは》

「コウ、カリン、逃げて、ここはいけないわ」

「メイロォ、貴女ここが何なのか知ってるの? 」

「ええ、知ってるわ。ここは終着であり、忌むべき場所であり、誰もたどり着きたくないと、心の底から願っている場所」

「願っているって、いつから? 」

「きっと生まれた瞬間から。ここは」


 ちいさなメイロォ―は、うわごとのように話している。感情の制御がきかないのか、目から涙が流れている。それでも拭う事もなくメイロォは続ける。


「ここは、()()()()()

「果ての、戦場」 

「罪を犯した者、道を外した者がたどり着く終着、ここにたどり着いた者は、永遠に戦う」

「え、永遠に、戦う? 何と? 」

「蝟ー縺?黄繧」

「え、何? なんて?」


 完全に聞き取れなかった。それは音が分からず理解もできなかった。()()()()()()()()()()のだ。そしてメイロォはそのまま、気絶してしまう。これ以上意識を保つ事ができずに、自己防衛のために意識を落としたようにも見えた。


「全然分からないわ。ここは一体なんなの」

《……ああ、そうか》


 コウは、漠然とこの場所が何を意味するかを理解した。


《ここが、ガミネストにとっての、地獄なのか》

「じごく? 」


 果ての戦場。罪を犯した者が送り込まれる最後の戦場。送り込まれた者は、ここでは死ぬこともできず、しかし生きていても何もできない。ガミネストにとっての地獄とは、迫りくる敵とただひたすらに戦い続ける場所だった。


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